偽典Lメモ『大戦』第一話  投稿者:Fool
【初めに】

 この作品は“Lメモ”と銘打ってありますが、恐らく現在のLメモとは懸け
離れた話になってると思われます。
 登場人物も、設定を参考にしてありますが、一部、多少なりともアレンジし
た箇所があることをご了承下さい。
(パラレルワールド的な作品って感じです)

 それと、今回に限り撤退意志を示された久々野さんが登場してますが、これ
は、彼が登場しないと話が成立しない為です。
(ゴメンね、くくのん。でも、これでチャラにして…/笑)

 では、本編をどうぞ……。
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 言葉や文字によって世界に干渉出来る人間達がいた…。

 人々は彼らを《SS使い》と呼んだ…。





           偽典Lメモ『大戦』第一話

               −初戦−





           【1 year ago……】





 遥かなる時間と空間の彼方に、その学園はあった。

 試立Leaf学園――。

 始業開始のチャイムが、風に乗って学園全土に響いてゆく。
 学園の一日が、今まさに始まろうとしていた。
 だがそれは、学園史上、最も忌まわしき出来事の始まりでもあった。
 そう、今となっては語る者もいない、闇に葬られた歴史の――。





 その日は早朝から曇っていた。
 曇ってはいるものの空気に湿り気はなく、雨の降りだす様子はない。
「嫌な雲だな…まるで、ディエス・イレのような…」
 風紀委員長である二年の久々野彰は、校舎の屋上で手摺りに寄り掛かりなが
ら、空を覆う雲に目を細めた。
「…ディエス・イレ?」
 彼の隣で同じように空を見ていた二年の柏木梓は、聞き慣れない単語を口に
した友人を不思議そうな面持ちで見た。
「Dies・irae……審判の日……。人の歴史が終わる日の事さ…」





 登校中の生徒達の流れから少し外れた所で、眉間に縦皺を刻ませながら、鉛
色の空を仰ぎ見ているのは二年の岩下信。
「この感じ…まさか…」
 彼は感じていた。この学園を包む空気が普段と違うことに。
「何かが…起ころうとしている…」
 岩下は苦い表情で奥歯を噛み締めた。





 午前中最後の授業が終わり、学園は昼休みに入った。

 一年生のとある教室では、いつもと同じ情景が始まる。
「よっしゃあ! 雅史、パン買いに行くぞ!」
「あ、待ってよ浩之」
 教師への礼が済むと同時に教室を飛び出す藤田浩之と、それを追いかける佐
藤雅史。
 そんな二人を「もう、しょうがないな…」と苦笑を浮かべて見送る神岸あか
り。
「ねぇねぇ祐君、一緒にお弁当食べよ」
「さ、沙織ちゃん…」
 大きなスポーツバックを手に、教室に入って来たのは新城沙織。
 照れ笑いを浮かべつつも、彼女に手を引かれて席を立つ長瀬祐介。
「ヒューヒュー、相変わらずお熱いね、お二人さん」
 クラスメイトの冷やかしに、二人は顔を真っ赤にする。
 何処の学校でもある、ごくありふれた昼休みの儀式。



 そんな喧噪から離れた廊下で、一年の来栖川綾香は空を見ながら「嫌な雲ね」
と呟く。

 朝から空を覆っている雲は昼になっても晴れず、ぞれどころか、いよいよ厚
く垂れ込み始めた感じにも見えた。

「お前も判るか? 綾香」
 背後から聞き覚えのある声がして、首を後ろに動かす綾香。
「ハイド…」
 そこには、険しい面持ちで腕を組んでいる一年のハイドラントが立っていた。
「ヤバイ感じだ…」
「ええ…」
 二人は、忌まわしき気配を放ち続ける雲を見上げた。
 その表面に刻まれた渦は、これから起こるであろう波乱の予感に打ち震えて
いるようであった。





 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…。

 突如、獣の遠吠えにも似た咆吼が、昼休みムード一色の学園を震わせた。
 次の瞬間、学園の中庭に巨大な質量を持った物体が生まれた。
 それは、身の丈が5mはあろう巨人。
 巨人は両腕を前に力無く垂らし、やや猫背気味で中庭に立っていた。

 つるり、と滑らかな光を放つピンク色の体躯。ギリシャ製の彫像の様に鍛え
られた逞しい四肢。その中を赤と青の血管が不気味な蠢動を繰り返している。
 体毛の類は頭部から足の爪先に至るまで一切見受けられず、顔に当たる部分
には、不気味な赤い光を宿すガラス玉のような目が二つと、大きく後ろに裂け
た口があるだけで、耳や鼻らしい物は存在しない。

 巨人の口がゆっくりと開いていく。中には刃物の様に鋭利な歯が並んでいた。
 カッと、ほんの一瞬、巨人の口が光った。

 巨人の口から放たれた閃光は、側の校舎を貫き、僅か数秒でそれを崩壊させ
た。
 爆音と共に紅蓮の炎に包まれる鉄筋の建物。
 中に居た人間達は苦痛を感じる間もなく、建物と運命を共にした。。

 おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…。

 誕生の産声か、紅蓮の炎の中で巨人は天に向かって吼えた。





「至急攻撃部隊を回してくれ! …そうだ、最優先で頼む!」
 学園の教頭、足立は自室で手にした受話器に向かって大きな声を上げていた。
「…何!? 次元対流が発生しているだと!? 馬鹿な! こことそちらの次
元間通路は安定させている筈だ!」
 そこまで言ってから、足立は、ハッとなって窓の外の巨人を見た。
「まさか…ヤツが!?」





 長閑な昼休みに突如として現れた異形の巨人。瞬く間に学園全体を恐慌の嵐
が包み込む。
 逃げまどう人々の流れは巨大なうねりとなり、その流れからこぼれた者達を
容赦なく踏みつぶしていく。断末魔の悲鳴を怒声が掻き消す…。
 そこには生徒や教師、果ては男や女の区別などなく、ただ己の生存本能に忠
実な生き物だけが居た。

 学園内数ヶ所に設置してある転送装置前。

 Leaf学園は異空間に存在しているため、学園の外部に出る場合はその数
ヶ所にある転送装置を利用する。
 その為、巨人から逃れようとする者達が転送装置に殺到するのは至極当然の
事と言えた。

「どけっ! 俺が先だっ!!」
「ちょっと! 割り込まないでよっ!!」
「てめぇっ! 何しやがんだっ!!」
「うるさいわねっ! あんた邪魔よっ!!」
 我先にと装置に群がる人間達。それは地獄の底に垂らされた蜘蛛の糸に群が
る亡者を彷彿とさせる。
 だが、彼らは気付いた。
 いつもと同じ手順を踏んでも、一向に機械が作動しないことに。
「なんだ!? 動かないぞ!!」
「嘘でしょ!!」
「どけよ! 俺がやる!!」
 そう言って、別の人間が装置を動かそうとするが、無情にも機械は沈黙を続
けた。

 唯一の脱出手段である転送装置が動かないと言うことは、すなわち、この学
園に閉じこめられたと言う事だ。
 化け物の様な巨人がすぐそこまで迫っているというのに。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 一人の女生徒が上げた悲鳴が、パニックを加速させた。



「落ち着いて! 皆さん落ち着いて下さい!!」
「慌てないで下さい!!」
 腕に風紀委員の腕章を付けた生徒達が、必死に叫んで何とか混乱を収めよう
としているが、恐怖に取り付かれた群衆の流れを止めることは出来ず、悪戯に
喉を痛めているだけだった。

 そんな風景の中、逃げまどう人々の流れを掻き分けて、彼らとは反対方向へ
と進んでいく一人の男がいた。
「ふっ、巨人か…。相手にとって不足はない…」
 その男、名前を佐藤昌斗と言った。この春Leaf学園に入学したばかりの
生徒である。





 一人の男子生徒が巨人の前に立ち塞がった。
 その右手には、鞘に収まった日本刀が握られている。
 彼は静かに抜刀した。
 しゃらん――。
 鞘鳴りの音がして、冷たい輝きを放つ刀身が姿を見せる。
 それは、逆刃刀と呼ばれる一風変わった日本刀だった。

 Leaf学園には、いわゆる“一般人”とは違う“特別”な人間が何人か通
っている。
 人には言えない力を持った者や、その筋の武術を極めた猛者など。
 そして、この男、二年のきたみちもどるも“特別”な人間だった。

「てやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 きたみちは逆刃刀を構えながら、地面を蹴って大きく跳躍し、巨人の左肩め
がけて振り下ろす。

 斬!!

 きたみちの斬撃に、巨人は左肩から右脇に掛けて大きく肉を裂かれた。
 悲痛な雄叫びと共に、血の色をした体液がそこから噴水の如く吹き出す。
 ぐらり、と揺らぐ巨大な体躯。

 だが、
「ちっ! 再生してやがる」
 きたみちの攻撃で手傷を負ったように思えた巨人だったが、数秒もすると彼
が付けた傷は物凄い速さで塞がっていった。
「へへっ、こりゃちょっと骨が折れるかな」
 冷たい汗がきたみちの頬を伝う。
 彼は直感的に巨人の持つ強大な力を感じていた。
「こうなったら、出し惜しみは無しだ! とっておきを見せてやるぜ!!」
 得物を鞘に収め、全速力で巨人に向かって走り出すきたみち。



「先輩、加勢するぜ!」
「!!」
 不意に、きたみちの隣から声が掛けられた。
 いつの間にか、自分の横に日本刀を携えた男が並んで走っていた。
「お前は!?」
 その男は佐藤昌斗。きたみちもどるから見て一年下の後輩だった。

「先輩は右! 俺は左だっ!!」
「よしっ!!」
 佐藤は巨人の左脇を、きたみちは、その反対側を目指す。
 彼の手にある刀は、きたみちの逆刃刀とは違い、普通の日本刀だったが、そ
の刀身から立ち上る湯気の様な霊気が、ただの刀とは違うことを証明していた。
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」
 佐藤の息吹に呼応して、刀身が輝き出す。
「ふうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…」
 きたみちは鞘に収めた逆刃刀を左腰に挿し、右手をその柄に添えると、全身
の力を針の如く鋭く研ぎ澄まし、精神を集中させてゆく。

 やがて、二人は同時に必殺技を繰り出した。

「喰らえっ! 計都羅喉剣っ!! 暗っ!剣っ!殺っ!!」
「秘奥技っ!! 天翔鬼閃っ!!!」

 美しい残像を残しながら、二つの白刃が巨人の身体に吸い込まれていった。





 かりかりかり――。
 生温い風の吹きすさぶ中、逃げまどう人々の絶叫と、巨人の咆吼を遠くに聴
きながら、二年の来栖川芹香は手にした木炭で、屋上に半径1m程の魔法陣を
描いていた。
 側には、その行動を見ている男子生徒が一人。こちらは一年のdyeだ。
 彼の腕には、一匹の子猫が抱かれていた。

「にゃあ…」
 dyeに抱かれている子猫が甘えた声で鳴く。
 この猫の名前はエーデルハイドといい、芹香の飼い猫である。

 かり――。
 芹香の魔法陣を書く手が止まった。
「先輩…完成したの?」
 こくり、と芹香はdyeに向かって頷いた。そして一歩下がると、彼女は目
を閉じて、右手を自分の書いた魔法陣に向かってかざす。
「来栖川…芹香の名に於いて……。大地の精霊よ…猫の足音…女性の髭…石の
根…魚の息…熊の臆病…小鳥の唾…を用いて…ありえない鎖を…作り賜え……」
 静かに、カゲロウの羽音程の小さな声で、芹香は詩の一節のような言葉を紡
いだ。
 すると、それに呼応するように、黒く描かれた魔法陣が淡い燐光を発し始め
た。

「グレイプニルか…。フェンリルを封じ込める為の戒めなら…あるいは…」
「にゃあ…」
 dyeの呟きにエーデルハイドが愛らしい声で鳴いた。





 巨人が出現して約三十分。依然として学園内はパニック状態が続いていた。
 特に、学園内部数ヶ所設置してある転送装置の全てが、原因不明の故障で使
用できない事がそれに拍車を掛けていた。

「皆さぁん! 落ち着いて避難して下さぁい!!」
 少しでも恐慌状態を回復させようと、風紀委員に混じって大きな声を張り上
げているのは、生徒会役員で一年の藍原瑞穂。
「ちょっと、あんた達! 少しは落ち着きなさいよねっ!!」
 瑞穂の横で同じように大声を出しているのは、彼女の親友で、同じく生徒会
に所属している一年の太田香奈子だ。

「落ち着いて…ゲホッ、ゲホッ」
「瑞穂ッ!?」
 突然瑞穂が咳き込んだ。
 二人とも長時間に渡って喉を酷使させた代償として、既に声がガラガラに掠
れていた。
「大丈夫? 瑞穂…」
 優しく親友の背中をさする香奈子。
「大丈夫…」と目の端に涙を浮かべつつも笑顔で答える瑞穂。
 その時、瑞穂の首の辺りから銀色の何かが滑り落ちた。
 キィンと澄んだ金属音を立てて地面に落ちたそれは、銀色の小さなアクセサ
リの付いた首飾りだった。
 地面で銀に輝くネックレスを見た時、瑞穂の顔に不安の色が広がった。
「あれは…確か岩下先輩に貰った…」

 香奈子には、そのネックレスに見覚えがあった。それは二年の岩下信が誕生
日のお祝いにと瑞穂にプレゼントした物だった。
 貰った当時、嬉しそうに見せてくれたのを覚えている。

 瑞穂は彼の身に何か大変な事が起きているのを、ほぼ直感的に感じ取った。
「信さん…」
 青ざめた顔で彼女は岩下の名前を呟いた。





「ふぅ…まったく、とんだことになったな…」
 人気の無い校舎裏を、ぼやきながら歩いているのは二年の健やかだった。
 巨人の雄叫びと、逃げる人達の絶叫を含んだ風が、膝の辺りまである雑草の
上を流れていく。
「正体不明の巨人か…」
 歩きながら顎に手を当てて考え込む健やか。
「…学園が様々な外部組織から狙われている、って言うのは、前から聞いてた
けど……ん?」
 ふと、彼の足が雑草を踏み鳴らす音が止んだ。
「あれは…」
 彼の目は、雑草の中に身を埋める様に倒れているの生徒を捉えた。

「大丈夫ですか?」
 その側へと駆け寄り、倒れている生徒の身体を抱き起こす健やか。
 倒れていたのは男子生徒で、瞳は固く閉じられ表情は苦悶に歪んでいた。
「君はっ!?」
 驚いた声を上げる健やか。
 倒れている生徒は彼の良く知る人物、同じ二年の岩下信だった。
「岩下君!?」
 健やかの声で、閉じられていた岩下の瞼が弱々しく開いた。
「君は……健…やか…君か?」
 苦しげに岩下の口が動く。

 その時、健やかは岩下を支えている手のひらが妙に滑っているのに気付いた。
 不思議に思い、自分の掌を見た健やかの表情が凍る。
「これは…血!?」
 彼の手は深い赤色に染まっていた。
「ぐっ! ごほっ!!」
 喀血する岩下。健やかは改めて彼の全身を見た。
 所々をボロボロに破かれた制服。その下の皮膚には幾つもの裂傷が走ってい
た。
 赤く避けた皮膚と皮膚の合間から、白い骨が覗いている所もある。
 幸いにも、出血は止まっている様ではあるが、重傷には違いない。素人目に
も一刻も早い手当が必要なのは明らかだった。

 ――学園で五指に入る程の岩下君を、ここまで打ちのめすなんて…。

「ともかく手当をしないと…立てますか?」
「すまない…肩、貸してくれるか…」
「ええ」と健やかは岩下の上体を起こし、彼の肩を担いで立ち上がった。

「一体誰にやられたんです?」
 歩きながら健やかは、岩下に問うた。
 彼は息も絶え絶えに一人の男の名を告げた。
「SGY…だ」





                              ――つづく





              ▼次回予告▼

 突如として出現した謎の巨人に挑むきたみちと佐藤。しかし、彼らの必殺技
は巨人に通じず無惨にも敗れ去る。
 傷つき、倒れる二人。その時、新たな人影が巨人の前に立ち塞がった。

 次回、偽典Lメモ『大戦』第二話−戦鬼−。
 戦雲の中に咆吼が木霊する――。

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 書き終わるまで一年半もかかっちゃったよ…(苦笑)。
 本当はね、20kくらいで終わらす筈だったんだけど、いつの間にか200k
を超えてたの…(爆)。
 しかし、たかだか200kを書き上げるのに一年半も使うなよ、俺……。

 ちなみに、一〜二話迄は以前UPした《偽典Lメモ『大戦』(抄)》を書き直
した物です(手抜き?/笑)。