……そして、事態がどーなったかと言うと。 「……さすがの私も、今回ばかりは生命の危険が大ピンチな気分を味わって しまいましたなー……」 りーふ学園大学部付属病院。 清らかな朝日の差し込む病室に、包帯でグルグル巻きにされたミイラ男が 五体ばかり転がっていた。 その中の一体――全身に『全壊祈願――篠塚弥生』だの『回復したら強制 収容所送りなので覚悟せよ。つまりはガス室とかシベリアの奥地とか。―― ディルクセン』だの『デビルパンチはチョップ力?――るりるり』だのと 書かれたミイラがうめき声を上げている。 なお、他の落書きの内容については『上記の落書きがまだ好意的な部類だ』 とゆー事実から類推していただきたい。 「まあ、それもこれも大いなる目的のためと思えば、納得もできるとゆー ものでございますが」 酸っぱい匂いを振りまきながら、ギャラはそのよーなことを宣うた。 匂いの原因は、彩が『見舞い』と称して持ち込んだ挙げ句、頭から豪快に ぶちまけて下さったもずくにあるのだが。 どーやら、kosekiの女装姿が彩の怒りを買ってしまったらしい。 エルクゥユウヤなら喜ぶ癖に、乙女心とは複雑怪奇なものである。 「……大いなる目的?」 ちなみに、隣のベッドに転がっているのは、そのkosekiだったりして。 「ええっ! たとえ私がこのよーな姿になろーとも、岩下さま&ハイドさま のラブラブ☆ツーショット写真がある限り、我らの勝ちは揺るぎないの ですっ!」 「ディルクセン先輩への復讐、とかいう話はどこに行ったんですか……?」 「……は?」 間の抜けた声。 そして、凝固するギャラの体。 そのまま、なんとなく沈黙が訪れた。 一秒、二秒……息の詰まるよーな時間が流れていき、病室内の緊張が意味 もなく限界に達した頃―― ようやく、次の言葉が発せられた。 「……おお、そー言えば」 「「「忘れるなああああああああああああああああああああああっ!」」」 ――それから、どんどこしょ。 いや、特に深い意味はないが。 「……それにしても、結局、私たちって何がしたかったのかしらねー?」 「なんだか哲学的なお話ですねぇ」 「別に、そういう話じゃないんだけど……」 やけに感心した表情のアレイに辟易しながら、美也はお茶を啜った。別段 謙遜したわけでも何でもなく、純粋に文字どおりの疑問を抱いてしまった だけなのだが。 「それを言い始めると、悲しくなりますから……」 「……」 その隣のベッドに腰かけて、冬月と優喜も同じよーな仕草でお茶を啜って いる。ミイラ男女がお茶を啜り、その横で金属鎧がリンゴを剥いている様 は、何とゆーか風情に満ち溢れているよーにも見えなくはなかった。 ……どちらかとゆーと、インドネシアで優雅にポークカレーを食べるよー な感じの風情ではあったが。 ちなみに、窓の外では即席の照る照る坊主にされたミイラ男が一体、手足 をくねらせて不気味な踊りを踊っていたりもする。 ……あ、動きが止まった。 びみょーにヤバげな痙攣が始まっているが、無事を祈りつつ生暖かい目で 見守っておけば大丈夫だろう。だって、そーゆー世界だし。 「ボクなんて、女装までさせられたんですから……」 まだちょっとだけ影響の残っているkoseki。 「……うぐぅ、むなしいよ〜」 ……どーやら、変な方向に影響が出てしまっているらしい。 このまま2ちゃんねるでネタにされるよーな人物にならなければよいの だが。 いやほら、うぐぅだし。 その有様に危機感を抱いたのか、さりげなく目をそらしながら美也が 口を開いた。 「……まあ、死ななかっただけでもよしとするべきなのかもしれないけど」 そう言いながら、アレイが切ってくれたリンゴを一切れ、口の中に放り こむ。 「目的も分からないまま踊らされるのは、性に合わないのよね……」 リンゴの酸味が傷にしみて、美也は小さく顔をしかめた。 「……なんとなく、分かるような気はするんですが」 「え?」 呟いた冬月の顔に美也が目を向けた――それと同時に、 「よう、生きてるかー?」 病室の扉から、見慣れた顔がなだれ込んできた。 「……藤田先輩?」 「おう。……その声からすると、お前がkosekiか? そうすると、こっちが 冬月で、そっちが松原か。本気で見分けつかねーなー、お前ら」 「あはははは、ホントにミイラ男の軍団ねー、あんたたち。ここまで見事な のは久しぶりに見たわよ」 真っ先に入ってきたのは、浩之と志保だった。 いかにも面白そうな表情で、病室をあちらこちらと見回している。 「……長岡さん。怪我人にそういうこと言う?」 「そうだよ、志保。一応僕たちはお見舞いなんだから……」 二人の後ろから、バスケットを持った雅史が顔を出した。 「……あ、これお見舞い。クラスのみんなから、っていうことで」 「すみません、わざわざ」 恐縮するkosekiの手に、バスケットが押しつけられる。 「気にしなくてもいいよ。僕たちからも、感謝の気持ちっていうことで」 「?」 首を傾げるkosekiの前で、雅史ははぐらかすように軽く笑ってみせた。 そして、視線を浩之へと向ける。 「ね、浩之?」 「ん……ああ、まあな」 自分に注意が集まったことに気づいてか、浩之は空いている椅子に腰を 下ろすと、ゆっくりと語りだした。 「まあ、大したことじゃないと言えばそうなんだが……要するに、あれだ。 この前のディルクセン先輩のやり方ってのは、オレたちとしちゃどうして も納得できないものだったんだけどな」 「……それは、兄さんのやり方は確かに強引だけど……」 「いや、強引とかそういう問題じゃねぇんだ」 浩之は、美也の異議を簡単に遮った。 「もっと……何て言ったらいいのか……こう、『それは違うだろ』って感じ がするんだよ。何つーかな、ウチの学園らしくねーだろ、ありゃあ」 「……」 「はっきり言っちまえば、マジすぎるんだよ、ディルクセン先輩は。それが 悪いとは言えねぇのかもしれないが、オレには合わねぇ。志保や雅史も そうだろ? だからな、こうやって茶化してくれるだけでいいんだよ。それで、ちっと は気が楽になる。それだけでもな、結構違うもんなんだぜ――」 浩之の口調は変わらない。 いつもながらの、気怠げな、飄々とした調子で言葉を紡いでいく。 「……ま、助けられたっつても、それだけなんだけどな」 そして、照れたような笑みを浮かべて、話を終えた。 教室でのいつもの風景と、何が変わったわけでもない。 だと言うのに――その時、その場の空気は、完全に浩之一人に呑まれて いた。 言葉が、出ない。 美也も、冬月も、kosekiも、優喜も、アレイも……皆が、この雰囲気を 崩すことを恐れるかのように、沈黙を強いられていた。 「……お、おい。だから、そんなマジになるなって。ただの気分の問題なん だからよ」 その沈黙に泡を食ったように、浩之が焦った笑いを見せる。 美也は――静かに、息を吐いた。 「……つまり、こういうこと?」 「ええ、考えすぎかもしれませんが……」 視線を向けないままの問いに、冬月が応えを返す。 「……あたしは、考えすぎだと思いますが」 続いて、冷たく響いたのは、優喜の声だ。 その言い草に、美也は苦笑を浮かべた。 「それは同感ね……」 「ん、何の話だ?」 浩之が首を傾げる。 「別に、何でもない話よ。……まあ、無理に真面目に言えば、私たちの存在 意義とか、そういう話にでもなるのかしらね?」 「はぁ?」 「それより……」 ますます不審そうな顔をする浩之を置いて、美也は雅史に顔を向けた。 「……その話の流れからすると、もう一人くらい見舞い人がいるんじゃない の?」 「あ、やっぱり分かった?」 強い――けれど棘のない美也の言葉に、雅史は微笑んで、 「……っていうことだからさ、早くおいでよ。気にすることなんかないから」 半開きのままの扉の向こうに手招きをする。 そして―― 「冬月くん、kosekiくん、みんな……変な言い方かもしれないけど―― ――ありがとう」 ――日溜まりの花のような笑顔が、そこに訪れた。