Lメモ・テニスエントリー「掟破りのツープラトン」(前編) 投稿者:ギャラ
 その日、レミィは退屈だった。
「ウ〜ン……やることがありマセン」
 ぼやき声が、がらんとした暗躍生徒会室に響く。
「ミンナ、どこに行ったんデショウ……?」
 月島はテニスの特訓で留守。香奈子は勿論それに付き添っており、健やかもついていった。
Runeは「今度は戦争だ!」とか口走って食堂に盗み食いに行き、Hi-waitと瑠香は巡回に
出かけている。七瀬教諭は職員室だろうし、瑠璃子が何を考えて何処にいるのか分かるようなら
苦労はない。メタオの居場所にいたっては、アフロ同盟の居場所以上に興味はなかった。
 というわけで、レミィは一人寂しくお留守番なのである。
「ダレもワタシを誘ってくれマセン……」
 机に突っ伏してうだうだしながらぼやく。
 ――やっぱり、異星間交流はムズカしいデス……
 あんまりにも暇なので、JJでもHuntしに行こうかと考えた時。

 こん、こん。

「ハイ! ドーゾ」
 ノックの音にがばと跳ね起き、扉へと向かう。
 この際、退屈しのぎになるのなら風紀委員会からの召集でも歓迎したい気分であった。
 だが。
「お邪魔いたします!」
「サヨウナラ」
 ばたん。
 がちゃがちゃ。
 ……ふう。
 鍵をかけ、念のために閂(何故あるのかは知らなかったが)もかける。
「ワタシは何も見なかったとゆーコトで」
「むう。非道うございますな」
 ……
「どーやって入ったノ!?」
「はっはっは」
 いつの間にやら室内に座っていた物体――としか呼びたくない――が顎だけをかくかくと
動かして笑う。
 と、突然無表情な顔で俯いて、
「――わたくし、老女ですから」(CV:南央美)
「……さすが、亀の甲より年の功ネ」
 思わず感心するレミィ。
「……で、何の用なノ、セバスゥ? 今日は七瀬先生はいないわヨ?」
「いえ、本日は抗議に参ったのでございます」
 ずいっ。
 セバスゥナガセが真剣な目で詰め寄る。
 もっとも、彼女の目はいつも真剣ではあったが……たとえ歪んでいるにせよ。
「抗議?」
「はい」
「何ノ?」
「テニス大会の事でございます」
 首を傾げるレミィに、セバスゥが深々と頷く。

「つまり……何故男性ペアの参加が認められないのでございますかああああああああああっ!!」

 セバスゥ、絶叫。

「なるほど……言いたいコトはよく分かりマシタ」
「おおっ、分かってくださいましたか!」
 セバスゥの顔が喜びで輝く。
 そんなセバスゥに、レミィはにっこりと微笑んだ。
「ハイ。つまり、モット早くこうするべきデシタ……」
 何処からともなく、レミィの手の中に弓矢が現れる。
「ヤッパリ悪の魔法少女はHuntすべきデス……」
 弓が引き絞られるにつれ、レミィの身体に魔法の力が集まっていく。
 ようやく危険を感じたセバスゥが立ち上がるより、一瞬早く。
「行ってきナサイ大霊界! プリティ・ハンティング・ボンバー!!」
「らああぶりいいいいいいぃっ!」



 Lメモ・テニスエントリー「掟破りのツープラトン」



「……とゆーわけで、暗躍生徒会への直談判は失敗してしまいました」
「そうか……」
 ここは薔薇部部室。
 窓から差し込む日光さえ薔薇色に染まって見える中で、LEDはギャラの報告に静かに
頷いた。
「……てゆーか、何でお前、頭に矢が刺さってんのに平気なんだ?」
「残念、ですね……」
 名無しの薔薇が、顔を伏せて嘆く。
 その頬を伝い落ちるものがあった。
「申し訳ありません……力不足でした」
「おい、無視するな! だいたい、さっきもそこのゴミ箱の中から出てこなかったか、お前?」
「……もう泣くな」
 名無しの薔薇の肩に、テロルの手がそっと触れる。
「テロルさま……」
「お前のその気持ちだけで、俺は……」
 言葉に出来ない想いを乗せて、四つの瞳が見つめあう。
 そして、床の上に落ちた二つの影が一つに溶け合おうと……
「おい! オレの話を……」
「「やかましいわああああああああっ!!!」」
 テロルと名無しの薔薇のダブルドロップキックが橋本に炸裂した。
「さっきからぐちゃぐちゃと鬱陶しいことを!」
「そうです! もうちょっとでテロルさまといいところだったのに……あ、いえその」
 怒鳴ってしまってから、顔を赤らめて俯く名無しの薔薇。
「いいところ?」
 にやりと笑みを浮かべてホノオノが聞く。
「あの、その……」
 名無しの薔薇はますます声を小さくしてごにょごにょと呟く。
 その横でそっぽを向いているテロルの、僅かに見えている目元が赤く見えるのは気のせい
だろうか。
「ま、それはともかく……こいつ、どうしようか、だい兄さま?」
 ホノオノが橋本の襟首を掴んだままLEDに目を向ける。
「そうだね……他人の薔薇路を邪魔する者は馬に蹴られて死ぬがいい、とも言う……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
 LEDの言葉に、慌てる橋本。
「だって、どう考えても変だろ、こいつ!?」
 泣きそうな顔でギャラを指さす。
 LEDは、あくまでも優雅な仕草で額に指を当て、
「……では、聞こう。何故頭に矢が刺さって平気なのだ?」
「……はぁ」
 どうでもよさそうな顔で首を傾げるギャラ。
「まあ、幻術士ですから」
「ちょっと待てやぁぁぁぁぁ!」
 橋本がギャラの襟首を掴んで持ち上げた。
「幻術ってのはアレだろ! 幻を見せる術だろうが!?」
「そうですが?」
「これのどこが幻なんだっ!?」
 ギャラの頭に刺さったままの矢を掴んでぐりぐりと動かす。
「……いやはや、痛いじゃないですか」
「第一! そこの直径30センチくらいしかなさそうなゴミ箱から出てきたのはどうやったんだ!?」
「……いや、幻術士ですし」
「説明になってねぇぇぇぇぇ!!」
 絶叫をあげてギャラの身体を振り回す橋本。
「ああ、もう、うるさい!」
 ごすっ。
 鈍い音がして、橋本の身体が崩折れた。
「じゃあ、矢島。これを馬に蹴らせてきて。たしか1年にいたでしょ?」
「はあ……」
 手刀を叩きこんだ姿勢のまま言うホノオノに、矢島は曖昧に頷いた。
「それはちょっとムゴいんじゃないかって気もするッスが……」
「……別に掘らせる方でもいいけど?」
「……蹴らせてくるッス……」
 気を失った橋本の身体を抱えて、矢島が諦めたような様子で出ていく。
 それを見送って、LEDは宣言するように口を開いた。
「では、今回のテニス大会は薔薇部としての妨害ではなく、各個人の努力に期待する。
 男女二人での温泉旅行などという愚かな事態は、断じて達成させてはならぬ!」
「「「「はっ!」」」」
 テロル、ホノオノ、名無しの薔薇、ギャラが一斉に膝まづく。
 そして一拍おいて、一斉に片手を天に突き上げた。
「「「「「かぐわしき薔薇の香りのために――」」」」」



「……ねえ、浩之ちゃん。テニス大会があるんだけど、聞いた?」
「あ〜? そう言や、志保のやつがそんな事言ってたっけな……」
「それでね、わたし出ようかなって思うんだけど……」
 ごそごそと、あかりが鞄から申し込み用紙を取り出す。
 浩之はそれを一瞥して、
「ふ〜ん。ま、頑張れよ」
「え……あ、でもね、男女ペアじゃないと駄目なんだって。だから……」
「雅史とでも組むのか?」
 ……どうしてこんなに鈍いのか。
 思わず拳を握りしめるあかりであった。
「そうじゃなくて、その……浩之ちゃん、いっしょに出ない?」
 ――言った。
 浩之は、賞品が何か気づいているだろうか。もし優勝できたら……
 そう思うと、顔が赤らみそうになるのを感じる。
 だが、浩之はあっさりと、
「ん……? いや、オレはやめとくわ。テニスなんかやったこともねぇしな」
「でもほら、浩之ちゃん、サッカーもうまかったんだから、練習したらすぐに上手くなれるよ」
「無理だっての」
「でも……わたし、浩之ちゃんのスコート姿って見てみたいし」
「……」
「……」
「……今のが、あかりギャグか?」
「うん……」
 ぺしっ。
「あうっ」



「……それで? 結局諦めたわけ?」
「うん……」
 翌日、昼休み。
 あかりの机の前には、いつも通り志保が陣取っていた。
「あんたねぇ……主役になりたいって子が、こんなイベントに参加しないでどうすんのよ?」
「でも……浩之ちゃん出ないって言うし」
「あのねぇ……それなら、他の人誘えばいいでしょうが。ほら、三年の東雲先輩とか、部活で
 顔見知りなんでしょ?」
「うん、そうだけど……浩之ちゃん以外の人と、旅行行くのいやだから……」
 はあっ、と志保がわざとらしく溜息をつく。
「まったく、そんな事じゃ主役なんか夢のまた夢よぉ? ……ま、いいわ。この志保ちゃんが
 一肌脱いであげようじゃないの!」
「え? いいよ、そんな……」
 何を思いついたのか立ち上がった志保を止めようとしたが、一瞬遅い。
「まぁまぁ、見てなさいって。あんたにぴったりの相手、探してきてあげるから!」
 言い捨てて、さっさと走り去っていく。
 その方向に手を伸ばしたまま凍りついているあかりを見て、隣で弁当を食べていた智子が
肩を叩いた。
「ああなったらもう止まらんわ。……ま、不幸な事故やと思うて諦め」
「志保ぉぉぉぉぉ!」
 あかりの悲痛な叫びが、昼時の平和な教室に響きわたった。


 同時刻、すぐ外の廊下では。
「ふむ……いやはや、どうしたものですやら」
 ギャラは手に持っていた申し込み用紙に視線を落とすと、それをくしゃくしゃに丸めて
立ち去った。



 くしゃり。
 カツサンドの入っていた袋を握り潰して、浩之は立ち上がった。
「そろそろ、教室に戻るか」
「そうだね」
 雅史がにこやかに頷く。
「ああいう人たちと関わりたくないしね」
「……まあな」
 屋上の隅で空を向いて立っている人たち……月島兄妹と香奈子、健やかを見ながら浩之も
頷いた。
 本人たちの主張によれば、テニスの教育番組を受信しているらしいのだが。
 ちなみに、祐介は教室で中華鍋を利用して衛星放送から受信していたりする。
「……なるほど、ここで桂馬を活用するんだね」
「いいスライディングだルリコ」
「……会長……」
「……ねえ、太田さん。番組が違うみたいだって教えた方がいいのかな……?」
 なんとなくそっちを見ながら、浩之はもう一度、力強く頷いた。
「そうだな。さっさと戻ろう」
 別段荷物があるわけでもなく、空袋だけポケットに突っ込んで階段に向かう。
 だが、扉は浩之が手をかけるよりも早く、中から押し開かれた。
「お、藤田! いいところに!」
「ん……YOSSYじゃねえか。それに、美加香にシッポまで。どうしたってんだ?」
 浩之が聞いたが、三人はそれにかまわず詰め寄ってくる。
「あかりちゃんと別れたってのは本当か!?」
「藤田さん、神岸さんといっしょに出るんじゃなかったんですか?」
「お前のせいで、志保が妙なことをなぁ!」
「……は?」
 首を傾げる浩之。
 三人も、お互いに妙だと思ったのか、顔を見合わせると今度は落ち着いて話し出した。
「えーっと、だから、お前があかりちゃんと別れたって志保が……」
「神岸さんが藤田さん以外のパートナーを募ってるって長岡さんが……」
「オレに神岸さんとペア組めって、しつこく志保が……」
 ・
 ・
 ・
「あの野郎ぉぉぉぉぉ!!」
 浩之の絶叫と同時に、昼休みの終了を告げる鐘の音が屋上に響いてきた。