VSジン・ジャザムLメモ「鬼神と魔神(シリアス編)」  投稿者:ギャラ
 ――風が欲しい。

 校庭の中央に佇んだまま、男はそう思った。
 男は、風が好きだった。
 特に、戦場を吹く風が。
 血と硝煙、鉄と鋼、狂喜と絶望――生命そのものの臭いを湛えた、そんな風を感じて
いたい。
 そう思った。
 だが、それが叶うことはなく。
 男はただ、悟ったような眼差しで、己が前に立つ巨大な影を見つめていた。

 ――風が欲しい。

 だが、風は、影の背中に当たって空しく砕けるばかりであった。



 VSジン・ジャザムLメモ「鬼神と魔神(シリアス編)」



 男と影を見守るように、二つの小柄な影があった。
 いずれも女性のものだ。
 その一つが、影に向かって挑発の言葉を投げかけた。
 その年齢に相応しい、稚拙なものに過ぎなかったが――影は怒りに震え、大きく吠えた。
 大地さえも揺るがすような大音声が響き、その「異様」極まる姿に陽さえ陰ったように
思わせる。
 だが、残る二人は、僅かな動揺さえも見せなかった。
 ――何故、戦う?
 男が問うた。
 ――復讐か?
 重ねて問うた。
 だが。
 ――否。
 影の答えは、簡潔であった。
 ――我が信じる、愛のために。
 その言葉に、再び少女が罵りの声を上げる。
 だが、男はそれを止めた。
 そして、影に向き合う。
 勝て、という女性の声を背に受けて、男は腕を影に向けた。



 轟音一閃。
 戦いが、始まる。



 男の腕がその体から離れ、空を裂いて影へと突き進む。
 驚愕の声を上げた影が、大きく身を捻って「腕」をかわした。
 だが、その時既に男の身体は影の懐深くに潜り込んでいる。
 打った。
 打った。
 打った。
 男の拳が、幾度となく影の腹に叩き込まれる。
 だが。
 ――応。
 影が、吠えた。
 幾度となく拳を打ち込まれながら、揺らぎもせずに腕を振り下ろす。
 咄嗟に跳び退った男の背を掠めた腕が、大地に穴を穿った。
 ――駄目か。
 拳では、倒せぬ。
 それと悟った男は、距離をとり、その背から何枚もの「羽」を放った。
 一枚一枚が意志を持つかのように「羽」が舞い、一定の距離を置いて影を取り囲む。
 ――落ちよ。
 男が吠える。
 獣のように。
 否、鬼のように。
 鬼神の咆吼に導かれ、「羽」が光る。そこから迸った光が、影の全身を打ち抜いた。
 だが、男が鬼神なれば、影は即ち魔神。
 その身を炎に包まれながらも、拳を大地に打ち込む。
 巻き上げられた土砂によって、「羽」の光が遮られた。
 そしてまた、男の視界も。
 その隙をついて、影が疾る。
 男が反応するよりも一瞬早く。
 それが拳であったならば、或いは蹴りであったならば、男は防ぎ得たかもしれない。
 だが、それは腕でも脚でもなく。
 不意をつかれた男は、顔面に痛烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。



 ――頭が、割れそうだ。
 身体だけではない。
 影の一撃は、男の精神にすら痛みを与えていた。
 ――これを、使って。
 脚を震わせながら立ち上がった男に、いつの間に近づいたのか、少女が武器を差し出した。
 それは、男に新たなる力を約束するもの。
 それは、男に勝利を与えるもの。
 だが。
 ――不要。
 男は、差し出された得物を放り捨てた。
 衝撃を受けた様子で、少女が再びそれを差し出す。
 だが、男は断固としてそれを断った。
 男は、知っていたのだ。
 それを使えば、勝てるであろう事を。
 そして、それは己の誇りと引き替えである事を。
 だから、男は何も持たずに影と向き合った。
 目を向けるまでもなく、女性が自分を見守ってくれている事が分かる。
 それだけで、男には十分だった。
 ――何故、使わぬ。
 ――何故、傷つく。
 心の中で、何かが囁く。
 己の弱さが。
 誇りよりも、力を求めんとする、弱さが。
 ――何故、戦う。
 男は、笑みを浮かべた。
 戦鬼の笑みを。
 ――答えてやろう。
 男は、己に告げた。



 ――それは、俺がジン・ジャザムだからだ。



 男が吠える。
 地を蹴って宙に舞い上がった身体が、稲妻の如き速度で影に襲いかかった。
 その脚が、影の胸板に突き刺さる。
 そして。
 ――甘い。
 そう、影が笑った瞬間。

 轟。

 男の脚が、爆発する様な勢いで炎を膨れ上がらせる。
 さしもの影にも、この連撃に耐えきる術はなかった。



 脚一本。
 勝利と引き替えならば、安い買い物だった。
 男は、強がりでなくそう思う。
 ――ご苦労さま。
 女性が笑みを湛えて、男の肩を叩いた。
 心尽くしの料理でねぎらおうと、そう言った。
 だから、男も笑みを浮かべた。
 それは、生死の間に立つ、そんな人間にだけ許された笑みだった。



 その日、男はゆっくりと眠った。
 想い人の料理をたっぷりと腹に詰め込んで。
 ――戦士にも、時には休息が必要なのだ。



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結局、ジンさまと誰が戦っていたのか。
分かる方は分かってるでしょーけど、種明かしは「ティーナ日記へん」にて(笑)