学園祭Lメモ「楓祭’98/女装コンテスト前哨戦(前編)」 投稿者:ギャラ
 暗い部屋だった。
 大きさは、およそ5m四方といったところか。
 そして、そこに男が七人。
 LED、テロル、ホノオノ、名無しの薔薇、ギャラ、橋本、矢島。
 此処こそが、学園最大の暗部として名高い、薔薇部の部室であった。

「……佐藤雅史、長瀬源四郎、七瀬彰……」
「あまりにもありきたりに過ぎる。これでは客は喜ぶまい……」
「さらなる参加者を集めよ……」
「我らが女装コンテストを成功させる為に……」
 薔薇リアン’sが次々に口を開くたび、橋本と矢島の体に震えが走った。
 立っている四人と、跪いている三人。その姿勢の差が、そのまま力関係の差を表して
いる。
 その中で、跪いていながら、平然とした表情を崩さない者が一人。

 ギャラ。

 薔薇部で最も新しい部員でありながら、少なくとも表面上は、毛ほどの怯えも見せては
いない。その表情は常と変わらぬ佇まいを見せ、何を考えているのか、外面から窺い知る
ことはできない。
 薔薇リアン’sの言葉が途切れた間隙を狙って、ギャラがついと手を挙げた。
「……その件に関してですが、既に策は練っております……」
「告げよ。その策とやらを……」
 LEDの言葉が、託宣とすら言える重さを込めて響く。
 その残響が部屋の雰囲気を引き締める中、ギャラは静かな口調で己が「策」を語り始めた。



   学園祭Lメモ「楓祭’98/女装コンテスト前哨戦(前編)」



「浩之ちゃん、遅いなぁ……」
 あかりは志保と一緒に、下駄箱の前で浩之を待っていた。これから学園祭の準備で忙しく
なることではあるし、今日は三人で遊びに出ようということになっていたのだが、浩之は
授業終了後にレミィに呼ばれて出ていったのだ。すぐに戻ると言ってはいたのだが。
「遅いっ! ヒロの馬鹿、何やってんのよ!」
「まあまあ、もうちょっと待ってみようよ」
 癇癪を起こしそうになる志保を、あかりが苦笑混じりに宥める。
 この光景も、既に何度も繰り返されたものであった。
「そんな事言ったって、もう三十分近いわよ? すぐ戻る、って言ったんならちゃんと
 戻ってきなさいよ!」
「うーん、そうだけど……」
 宥めるあかりの言葉も、今一つ歯切れが悪い。
 あかり自身、いい加減に苛立ち始めているところなのだ。
 そうして騒いでいるうち、あかりの目が、見知った顔を見付けた。
「あ、電芹ちゃーん。浩之ちゃん見なかった?」
「藤田さまですか? そうですね、そう言えば……」
 電芹が、首を傾げながら近づいてくる。
 そして、手の届くほどの距離まで来た時、あかりの背筋にぞくりと悪寒が走った。あかりの
中の剣士としての部分が、咄嗟に包丁を抜き打ちにしようとする。
 だが、あかりはそれを一瞬躊躇った。
 これが、浩之や雅史といった面々なら、あかりは躊躇わずに斬撃を放っていただろう。
気心の知れた彼ら相手なら、何の遠慮もせずにすむ。だが、それが電芹であったために、
あかりは斬撃を放つことは出来なかった。
 兄弟姉妹のいない彼女にとって、お料理研の仲間は、家族同然と言えるほどに大切な存在
であった。もしも共に料理をする姉妹がいたらこんな感じだろうかと、そんな思いを抱く
ほどに。
 そんな、妹にも等しい相手に包丁を振るうことは出来なかった。
「……失礼します」
 そう言って、電芹が、肩の塵でも払うような仕草で、あかりに腕を伸ばす。
 その時点で、あかりは策に囚われていた。
 あかりの優しさは、人間としては長所と言えるものであった。だが、剣士として、あるいは
戦士としては、最低の短所となり得た。
 電芹の手が肩に触れた途端、あかりの身体に衝撃が走った。
 視界が白く閃き、意識がその白の中に呑み込まれていく。
「……申し訳ありません」
 あかりの目が最後に捉えた映像は、電芹の姿が薄れ、その中からギャラの顔が現れている
様子であった。



 とさり、と軽い音を立てて志保の身体が地に崩れ落ちた。
「……ふう」
 志保が完全に意識を失っていることを確かめ、ギャラは軽く吐息を漏らした。志保の横には、
こちらも意識を失ったあかりが倒れている。
 彼女の性格は知ってはいたが、これ程容易く事が運ぶとは思っていなかった。電芹の姿の
幻覚を纏うだけで、攻撃を躊躇してくれるとは。あかりが倒れた後、動転している志保を
倒すのは、さらに簡単だった。
「やはり、少々良心が咎めますね」
 欠片ほどの誠意もない台詞を、臆面もなく呟いてのける。
 手にしていたスタンガンを懐に仕舞い、代わりに携帯電話を取り出した。
「……もしもし。はい、こちらは成功しました。あかり様はしばらくは動けませんので、
 その間に……はい。それでは」
 通話を切って、一息つく。
 あかりと志保の身体を何処かに移し終えたら、次の目標の所に向かわねばなるまい。
「まったく、人を騙すのも楽じゃありませんね……」
 呟いて、ギャラは二人の身体を抱えさせる為に『鬼』を実体化させた。



 ほぼ同時刻、中庭では、浩之が先刻の志保と同様に苛立っていた。
「なあ、レミィ。要するになんなんだよ、その用事ってのは?」
 問い詰める声にも、自然と責める響きがこもる。
「アー、その、急いてはコトを仕損じるヨ、ヒロユキ」
「だからってなぁ……人を三十分も引きずり回しといて言う台詞じゃねーだろ!?」
「ア、アハハハハ……」
 誤魔化そうとするレミィの笑いも、流石に白々しい。
 そんな二人の様子を物陰から窺いながら、香奈子は健やかに尋ねた。
「健やかくん、まだなの? さすがに、これ以上は誤魔化し続けるのも限界よ」
「そうみたいですね……るーちゃん、どうなの?」
 その言葉に、先程から携帯で何処かと連絡をとっていたRuneが顔を上げた。
「今連絡が入りました。神岸先輩は抑えたそうです。レミィにゴーサインを出してやって
 ください、太田委員」
「分かったわ」
 香奈子はその言葉に頷くと、物陰から顔を出して、レミィに向かって腕で大きく丸を作って
見せた。それを見たレミィの顔が輝く。
「フフフ……ヒロユキ、長かったヨ……」
「そりゃオレの台詞だっての。んで? 結局、何なんだ?」
 漸くか、といった顔で浩之が続きを促す。だが、レミィはその言葉も耳に入っていない様子
で背中に手を伸ばし、制服の下から半弓を引き出した。
 こちらも制服の袖に隠し持っていた矢をつがえ、浩之に狙いをつける。
「Huntingヨ!!」
「ちょっと待てぇぇぇ、なんでそうなるっ!?」
「モンドー無用ヨ!」
 ミヤウチ星人の本能を剥き出しにして浩之を射るレミィを見ながら、健やかは誰にともなく
呟いた。
「ところで……藤田くんを捕獲する前に死んだらどうするんだろう?」
「……知ったことじゃないわよ」
 何処か疲れを滲ませて、香奈子は呟いた。



「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、なんで僕がぁぁぁぁぁぁ!?」
「今さら泣き喚いたところで無駄ッス! 今回の企画は暗躍生徒会の協力を得ているッスから!
 ほら、ちゃんとこの参加申請用紙に七瀬先生の名前が」
「それ、Rune君の字じゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ええい、男らしくないッス! 潔くするッスよ!」
 そう言うと矢島は、まだ泣き喚き続ける七瀬の首を脇に抱えて、無理矢理に引きずって
行こうとした。
「助けてぇぇぇぇぇ、誰かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 七瀬は必死で逃れようと足掻くが、矢島の腕はびくともしない。既に忘れられている話だが
矢島は実はバスケ部の部員で、体力と運動神経はかなりのものを持っている。七瀬の力で
抗いきれるものではなかった。
「ちょっと待つルリコ!」
 そこへ、月島の鋭い声が飛んだ。流石にこれは無視できず、矢島がやむを得ず足を止める。
 それを見やって、月島は手に持った紙を差し出した。
「……僕の分の参加申請用紙だルリコ」
「ウッス! 確かに!」
「助けてくれるんじゃないのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「甘いルリコ! こうなった以上、僕とあなたはライバルルリコ!」
「嫌だったら嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! そんな姿を美咲さんに
 見られるくらいなら死んだ方がマシだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「喚いてないでさっさと来るッス!」
 結局、七瀬は泣きながら矢島に引きずられていった。
「……かわいそうに」
「……ねえ」
 今だに泣き声が途切れ途切れに聞こえてくる扉の方を見て、美和子と由紀はしみじみと呟いた。
もっとも、助けようなどという考えはまるで無かったが。



 七瀬が矢島に引きずられていったのとほぼ同時刻、きたみちもどるは、七瀬と同様に涙に
くれていた。
「だから、勘弁してよ理菜姉ぇぇぇ!」
 必死で壁にしがみ付いたまま懇願するが、理菜に容赦する気配はまるでない。
「何言ってるのよ! これに優勝すれば温泉旅行よ、温泉旅行! 静ちゃんをたまには旅行
 ぐらい連れてったげなさいよ」
「だからって、こんな手段は嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 きたみちは片手で床に突き立てた逆刃刀を、もう片手で廊下の窓枠を掴んで抵抗するが、
理菜もこの学園で教師を勤める豪の者である。壁ごと引きずっていきかねない程の力で
きたみちを引っ張っていこうとする。
 そうやって二人が必死の、けれど外から見れば喜劇でしかない争いを繰り広げていると、
そこに静が通りがかった。
「あ、ちちうえ、なにやってるの?」
 必死で壁にしがみ付いている父親を見て、静は不思議そうに首を傾げた。まさか父親が
女装コンテストに出場させられそうになっているなど、彼女には想像も出来ない事であった。
「い、いや、ちょっとね……」
 まさか本当の事も言えず、きたみちが言葉を濁す。
 と、その目の前に静が一枚の紙切れを差し出した。
「ねえ、ちちうえ。さっき、ギャラおにいちゃんっていう人からこんなのもらったんだけど
 ……なんて書いてあるの?」
「ん? どれだい?」
 きたみちが、不自然な体勢から首を伸ばして紙を覗き込んだ。
 全力でしがみ付いていて体力に余裕もないだろうに、それでも娘の疑問に答えてやろうと
する根性に、理菜が心の中で感心する。
「えーと……女装コンテストのお知らせぇ!? こんな子供にまで配ってるのかぁぁぁ!!」
 思わずきたみちが絶叫を上げる。その隙をついて、理菜は静に話しかけていた。千載一遇
の好機を前に、その目が輝きを放つ。
「ねえ、静ちゃん……ちちうえは、それに出場するのよ」
「え? そうなの、ちちうえ?」
「そうよ。静ちゃんのために頑張って優勝するんだって。……ね、きたみっちゃん?」
「わーい! ちちうえ、がんばってね! 静もおうえんにいくから!」
 そう言って自分の袖を掴み、目を輝かせている愛娘の姿を見て、きたみちは口ごもった。
ここで、出場しない、という事は容易い事だ。だが、そうすれば静は落胆するだろう。
「……こうなったら、頑張るしかないわよね?」
 理菜が、笑いを含んだ声をかけてくる。
 その声を耳にし、目を輝かせている静の姿を見て、きたみちは覚悟を決めた。
「……はい……」



「……はい。そうですか……はい、はい。どうも失礼しました」
 チン、と音を立てて受話器が下ろされる。
 橋本は、首を鳴らしながら疲れた溜息をついた。
「駄目だったぜ。九品仏とかいうヤツは、ここに赴任してくるのは相当先の話だと」
「そうですか……こちらも、伯斗さまは依頼が入っていて忙しいそうです」
 同様に何処かに電話をかけていたギャラも、そう言いながら、手にしたアドレス帳を振って
みせた。
「まあ、最初から期待はしていませんでしたが……」
「ところでよぉ……」
「はい?」
「この九品仏とか伯斗って、誰なんだ?」
 橋本の質問に、ギャラは遠い眼差しで答えた。
「世の中には、知らなくともよい事というのは存外に多いものですよ……」



「ジィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!!!
 おまえの為に、セーラー服を用意してやっ……」
「ブレスト・ファイヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
 異常にスカート丈の短い、俗に言う美少女戦士風セーラー服を手にした秋山に、ジンの
胴体装備武器一斉砲火が炸裂した。全弾命中による、軽量級メックなら行動不能になる程の
ダメージを受けて、秋山の身体が一瞬のうちに焦げた肉塊と化す。
 だが、それぐらいで死ぬようでは、この学園で生命力を誇るには値しない。
「ふはははははははっ! 85点だ、ジンよっ!」
「たまには大人しく死にやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
 瞬く間に蘇生した秋山に、ジンが涙混じりの叫びをあげながら、文字通り鋼鉄の拳を
叩きこむ。
 秋山の顔面が陥没し、頸部からごきり、という鈍い音が聞こえた。
「やるな、ジン! 3点プラスだっ!」
 だが、秋山には通じない。
 ますます嬉しそうな笑いを浮かべて躙り寄る秋山に、ジンは恐怖と敵意の入り交じった、
追い詰められた獣の様な視線を送った。
「さあっ、ジン! この服で、見事女装コンテストの優勝を飾ってみせるのだ!」
「冗談じゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
 ジンが血を吐くような叫びを上げる。
 だが、秋山はそれを無視して詰め寄ってきた。
 ジンが、諦めて運命に身を委ねようとした、その時。
「待ちなさい、秋山さん!」
「何者!?」
 背後から制止の声をかけてきた何者かにむかって、秋山が誰何の声をあげる。
 ジンは、その乱入者の方を、さながら救世主を前にした罪人のような面もちで見やった。
「天呼ぶ地呼ぶヒトゲノム! 悪を止めろと私を呼ぶ! 魔法少女マジカルティーナ、
 正義のために参上です!」
 お決まりの口上を叫び、マジカルティーナが手にしたステッキの先を秋山に突きつける。
「秋山さん! あなたは間違っているわ!」
「そうだ、ティーナ! もっと言ってやれ!」
 秋山の注意が逸れた隙に距離をとったジンが、ティーナに声援を送る。
 ティーナは、そちらに向かって軽く頷くと、秋山に対する追求を続けた。
「よく見なさい、秋山さん! 女装コンテストの規約にはこうあります! 『女性および両性具有
 の方の参加はご遠慮下さい』……つまり、ジンさんはマジックナイトに変身する以上、参加
 できないのよ!!」
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「ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいいい!!」
「どうしたの、ジンさん?」
「じゃあ何か、俺が女性だとか両性具有だとか言うのか貴様はぁぁぁ!?」
「だって、そうでしょ?」
「そうだぞ、ジン。俺が悪かった、謝ろう」
「うがああああああああああああああっ! 納得するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ティーナ、すまなかったな。俺が不注意だったようだ……」
「いいえ。分かってくれれば、それでいいの☆」
「そこぉぉぉぉぉぉぉぉ! 何を丸くおさめてやがりますか、貴様らはぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ジンの絶叫が響く中、秋山とティーナは握手を交わすと、穏やかな雰囲気で分かれていった。
後には、只独り取り残されたジンが、魂を振るわせるような慟哭の声を上げるのみであった……

 追記。この十分後、怒り狂ったジンが暴走。二年生棟は秋山もろとも瓦礫と化した。
 また、更にその五分後、ジンとティーナの保護者OLHが死闘を開始。ジャッジ及びDセリオ
の介入で決着が着くまでに相当数の生徒が巻き添えで重傷を負った模様。

                              長くなりそうなので続く。
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 はふー。今回はかなり疲れたギャラでございます。

 なんだかギャグなのかシリアスなのかよく分からない出来上がりになってしまいました(苦笑)
馬鹿馬鹿しい話をシリアスっぽく書いてみるとどうなるか、と考えてみたのですが……
どうも失敗の予感がしております(汗)

 とりあえず書いてる本人はそれなりに楽しかったので、勘弁してやってくださいませ(おい)

 ご意見、ご批判お待ちしております。(特にレミィの台詞は自信ないです(汗))

 それでは。

#ちなみに、この前哨編は学園祭数日前という設定です。念のため。

##今回のスペシャルサンクス。きたみちもどるさま(笑)
  参加ありがとうございます(笑)

###今回のごめんなさい大賞。ジンさま(笑)
   その、何と言うか……ごめんなさい(ぺこり)