「七瀬さまぁぁぁぁぁっ!!!」 「うわあっ、怪物ぅ!?」 「ぬうっ、失敬な! わたくしのどこら辺がどう怪物だと……いや、それはともかく、お喜び くだされ! 今日は七瀬さま達の日なのですぞ!!」 「え……でも、今日はひな祭りじゃあ?」 「左様にございます! そして、ひな祭りと言えばすなわちホモの節句!」 「僕はノーマルだぁぁぁぁぁぁっ!!!」 七瀬彰、慟哭。 Lメモ「ひな祭りだよ、全員集合!」 とてちてかんとん。 とてちてかんとん。 柏木邸の庭に、釘を打つ音が響き渡る。 「……ふぅ。あらかた格好はついたか」 耕一は、首にかけたタオルで額の汗を拭った。 目の前には、巨大なひな段がある。高さは、目測でおよそ十メートルといったところか。 ひな人形の一体一体が小柄な人間と同じくらいの大きさをしている。 「でもよー、耕一さん。これ、本当にひな人形なのか?」 細々とした飾りの入った箱を抱えたジンが、隣でぼやいた。 「そりゃそうだろ。これがひな人形以外の何に見えるっていうんだ?」 「……ひな人形って、角ははえてなかったと思うんですが……」 ジンと並んで箱を抱えていた東雲が呟く。本人に自覚はないのだろうが、茫洋とした口調が 余計に呆れ返った感じを醸し出していた。 「いや、まあ……これは柏木家にご先祖様が引っ越してきた時に持ってきたって由緒正しい物 らしいから、何か色々あるんだろ、きっと」 耕一自身も疑念を捨てきれていないらしく、言い訳がましい口調で弁解した。 「ま、いいか。よし、行くぞ、忍。そっちしっかり持てよ」 「はい……」 「がんばれよ〜」 ジンと東雲が箱を抱えてえっちらおっちらと歩いていく。細々とした飾りとは言っても、量が 多いのか、箱は人間一人が軽く入れそうな程の大きさをしている。それを抱えていく二人を のんびりと見送っていた耕一は、後ろで草を踏む音が聞こえて振り向いた。 「あ、ども、お疲れさまです。差し入れ持ってきたんですけど、柳川さんは……」 「お、阿部先生。すんませんね」 手を顔の前に立てて軽く会釈した後、耕一は貴之の持ってきた缶ジュースを一本受け取って 一気に口をつけた。冷たい液体が喉を流れ、火照った身体を冷ましていく。 「ぷは〜、生き返る〜っ」 三月とはいえ、これだけ巨大なひな段を組んだ後では、さすがに喉も乾く。 耕一が一息ついていると、貴之が何かに気づいたのか、上を向いて大きく手を振った。 すると、一瞬置いて、空から人影が振ってきた。 どんっ、と音を立ててその人物が着地する。 「おお、貴之。来たのか」 「ええ。あ、これ差し入れです」 「お、すまんな」 十メートル近い高さから飛び降りたというのに、平気な顔で柳川は貴之の差し出すジュースを 受け取った。 「どうだ、柳川。上の準備は終わったのか?」 「ああ、こんなものだろう」 「そうか。なら、ようやく休めるな」 柳川の言葉に、耕一は安堵の笑顔を見せた。 柳川も苦笑を返す。 「まったくだ」 「あ、柳川さん。あれは何ですか?」 貴之がひな段の一点を指した。そこには、角と牙と爪を持ち、他の人形よりも明らかに二回りは 大きい人形が鎮座していた。 「ああ、あれは右大臣だ。あっちが左大臣だな」 「なるほど。勇壮ですね」 柳川と貴之がそんな事を話しているうちに、耕一はジンと東雲が戻ってくるのに気づいて 立ち上がった。 缶ジュースを二本取って放ってやる。 「よし、休みにしようか!」 それから二時間ほどして。 あかりは、浩之や志保、雅史を始めとする友人らとともに、暗くなり始めた道を柏木邸へと 急いでいた。 「しっかしまぁ、大ひな祭り大会とは、千鶴校長も粋なんだか酔狂なんだかよく分からねぇ事 してくれるよな」 「まあまあ、大勢の方が楽しいじゃない。ね、浩之ちゃん」 「まあ、それはそうだけどよ……」 そう言いながらも、浩之の表情は晴れない。 その理由は、彼の背中にあった。 「問題は――何でオレがお前らの分まで荷物を持たなきゃならねーんだ、ええ!?」 首を後ろに向けて怒鳴りつける。 だが、怒鳴られた方は一向にこたえた様子も無かった。 「なぁ〜に言ってんのよ、ヒロ! ひな祭りって言ったら、あんた、女の子のお祭りよぉ? 男が奉仕すんのは当たり前でしょうが!」 「そうそう、それにほら、日頃の行いってのもあるしね」 「出番あるだけいいと思いなさいって。この浮気大魔王」 志保、EDGE、M・Kが平然とつっぱねる。 「こいつらに関わった時点で、こうなるのは運命だから……」 志保の荷物である、ビデオカメラやら何やらを担いだシッポが、諦めきった表情で呟いた。 「そうそう、下っぱ部員はきりきり働く!」 「部長でもないくせに……」 シッポは、志保に向かってそこはかとない殺意を覚えつつあった。 その後ろでは、ゆきが浩之に向かって何度も頭を下げていた。 (ごめんね……でも、M・Kに逆らったら僕もとばっちり受けるし……) ちなみに、もう一人の保護者(?)である西山は、 「ひな祭り……楓の着物、楓のうなじ、甘酒で赤らむ楓の頬……ぶばっ!」 「楓ちゃんの妄想するなぁぁぁっ!」 鼻血を吹き出したまま、XY−MENに首を掴まれて振り回されていた。 余談ながら、その後方では、 「くっ……これでは手が出せないですね」 「何を弱気な! 藤田のやつを一気にさらうっスよ!」 薔薇部の一行が、浩之を虎視眈々と狙っていた。 「ですが……荷物に毛程の傷でもつけたが最後……」 「う……」 顔面蒼白のギャラの言葉に、橋本が呻く。 もともとM・Kの奴隷でもあった橋本と矢島は、彼女の実力も十分に知っていた。 「仕方ない……今日は諦めるか……」 「うぃっス……」 「仕方ないですね……」 「うふふふふふふ……」 「沙織ちゃん、随分と嬉しそうね?」 「だって、ひな祭りだもん! みずぴーもるりるりも太田さんも嬉しくないの?」 「うぅん……嬉しくないって言ったら嘘になるけど。ね、香奈子ちゃん?」 「まあね……ところで、どうして私だけアダ名じゃないの……?」 「しょせんワキやぐふうっ!?」 雉も鳴かずば撃たれまいに。 美加香の顔面に裏拳を叩き込んだまま、香奈子はそこにいる一行を見回した。 「それにしても、ずいぶん大所帯になっちゃったわね」 沙織、瑞穂、瑠璃子、香奈子の四人に加え、沙織が誘った風見、風見のオプション美加香、 瑞穂が誘った岩下、瑠璃子にくっついて来たとーると月島、香奈子といっしょに来た暗躍メンバー。 総勢で、十人を軽く超える人数であった。 「香奈子ちゃん、大勢は好きじゃないんだっけ?」 心配そうな顔を見せる瑞穂の頭に、ぽふ、と香奈子は手を置いた。 「まあ、いいんじゃない? 一人じゃひな祭りも祝えないんだし、さ」 微笑みあう二人から数歩後ろでは、岩下と健やかが、こちらも微笑をたたえたまま並んで歩いていた。 「少し、妬けますか、岩下さん?」 「君も言うなぁ」 岩下が苦笑を浮かべる。 「まあ、今日はひな祭りだからね。女の子どうしの方が相応しいのかもしれない」 「……百合は非生産的ですよ」 「誰もそんな事は言ってないっ!」 唐突なRuneの声に、岩下は声をひそめて怒鳴りつけた。 にやり、とよく分からない笑みを浮かべてRuneが離れていく。 「相変わらずだね、るーちゃんも」 「楽しそーなのはイイことヨ。笑う門には福来たる、ネ」 言葉どおり楽しそうに、レミィが笑う。 「それは違うんじゃないかな……?」 「ソウ?」 屈託のないレミィの笑顔に、健やかは苦笑を浮かべた。 「でね、風見くんったらひどいのよ」 「うん」 一方、沙織と瑠璃子は、にこやかに談笑していた。 と言っても、ほとんど沙織が話すばかりで、瑠璃子は時々相槌をうつ程度であったが、双方 ともにそれで楽しいらしい。 「ちょっと待ってください! 僕がいつ……うぐっ!?」 「はっはっは、駄目だぞ、ひなた。他人の話を邪魔しちゃ。……で、何がひどかったんだ?」 「あ、えっとね。それが……」 「くそおぉぉっ、離せ、やーみぃ!」 風見はHi-waitに羽交い締めにされたまま暴れるが、Hi-waitの締めは固く、なかなか振りほどけない。 おまけに、城下まで加わってきては、ほどけるはずもなかった。 「沙織ちゃんを苛めたとあっては、オレとしても許せませんよ。まさか、風見くんがそんな 変態だったなんて……」 「何をわけの分からない勘違いしてるんですか、あなたはっ!?」 「この間のことなんだけど……」 「ふんふん」 「あああっ、美加香! 僕を裏切る気ですかぁっ!?」 「駄目だよ、風見ちゃん。女の子にひどいことしたら」 「そうだよ、風見さん」 「とーるさん! あなたまでぇぇぇっ!」 「なにっ!? 誰が瑠璃子にひどい事をしたって!? 大丈夫かい、瑠璃子! お兄ちゃんが守って あげるからね!」 「あああっ、このシスコン兄貴は、話をややこしくしてぇぇぇっ!」 血走った目で殺気をふりまく月島を見て、風見が泣き声をあげる。 と―― ごすっ。 鈍い音がして、白目を剥いた月島が、ばったりと倒れた。 「やれやれ……騒ぐのも悪くないが、路上では感心できないな」 「「「はい……」」」 背後から殴り倒した月島をかつぎ上げる岩下に、一同はおとなしく頷いた。 「――それで、結局のところ、ひな祭りと言うのは何なのでしょうか?」 Dセリオの淡々とした問いに対して、へーのきは答えに詰まった。 「えーと……」 「三月三日に行われる行事で、元来は追雛の……」 「いや、そういうんじゃないんだよ、Dマルチさん」 説明を遮られたDマルチが、首をかしげた。 「では、何なのですか?」 「んーと、要するに女の子のお祭りで、ほら、Dセリオさんたちも女の子でしょ? だから……」 「――私たちはメイドロボですから、性別は便宜上のものにすぎませんが」 「えーと……dyeさんも何か言ってあげてくれませんか?」 困ったへーのきが、後ろを歩いているdyeに振る。 dyeは横を歩いているセリオ――通常型――に目をやって、眠たげな声を吐き出した。 「これも人間の感情の発露だよ……見ておくといい」 「そうですか」 セリオが、どこか釈然としない様子で呟いた。 その様子を見て、dyeが僅かに目を細める。以前のセリオなら、何の疑問も持たずに頷いて いたかもしれない。 彼女も感情を学びつつある。その事が、dyeには嬉しかった。 「ところで、あっちの方がはるかに気になるんですが……」 榊が、一行の前を歩いている二人組を指さした。 いや、それを「二人」と呼ぶのは不適切だろうか。 「……気づかないふりをした方がいいと思うが……」 OLHが半眼で呟く。 「まったくですね。私の美意識にそぐわないこと、おびただしい……」 何故かDガーネットの横にいた鈴木静が、上品な仕草で口元を押さえる。 その視線の先では、メタオ改とDボックスが仲むつまじく寄り添って歩いていた。 「いやー、まさか来てもらえるなんてな! 俺ぁ、三国一の果報者だぜっ! そうそう、 せっかくだし、次の日曜にでも一緒に出かけねーか? オイルの旨い店を知ってんだ!」 「――オイルデスカ、オイルデスカ」 「……」 会話が成立しているのかいないのか、楽しげに話すメタオ改と、相槌らしきものをうつ Dボックスの姿に、榊は沈黙した。 「……だろ?」 「そーですね……」 ようやく見えてきた柏木邸の明かりに、梓は安堵の息を大きくついた。 「はぁ……やっと着いた……」 あまりの安心感に、思わず涙までにじみそうになる。 「やっと……解放される。大体、なんであたしが案内役なんか……」 「え〜、もう着いちゃったんですかぁ!? もっと先輩といっしょに歩いてたかったのにぃ」 「はっはっは。お邪魔虫はさっさと立ち去るがいいぞ」 「誰がお邪魔虫ですってえ!?」 背中の方から聞こえてくる声も、心の耳に蓋をして聞こえなかったことにする。 「電芹電芹あっきーとかおりさんが喧嘩始めちゃったよ危ないよ危険だよデンジャラスだよ 三回攻撃されたらやりやがったなでコンティニューだよ〜」 「落ち着いてください、たけるさん。いつもの事です」 こんな会話も聞こえない。 「あの……二人とも、柏木先輩、嫌がってるみた……」 「な・に・か、言ったかしらぁぁぁ?」 「ひぃ〜……」 「安心したまい。梓がこんな態度をとるのも全ては俺に対する愛情の照れ隠し!」 「へへーんだ。男の勘違いって嫌よね〜」 こんな言葉も聞こえない。 「何かなぁ……いつもどおりと言えばいつもどおりなんだが……」 「宇治くんも大変やな、あの二人相手やと」 「あっ、せーじさん保科先輩あっきーを止めてよほらあっきーが宇治さん蹴っちゃったよ 駄目だよあっきー一般人に攻撃したらおーのーでライフ減っちゃうんだよ……」 「おーのー」 「ほら減っちゃったよ〜」 「……って、何ゆーとんの、Fool!」 「いや、なかなかいいボケだったでしょ?」 「ま、タイミングは認めたるけどな」 「保科さんもFoolくんも、そんな事言ってる場合じゃないと思うんだが……」 「いや、関西人としては当然の反応ですよ。ねえ、保科さん?」 「うんうん、八希くんもよう分かっとるやないの」 こんな漫才も聞こえない。 「聞こえない……聞こえない……あたしは何も聞こえない……」 何かに憑かれたようにぶつぶつと呟き……もとい、背中に後輩に憑かれながら呟き、梓は 重い足を引きずるようにして柏木邸へと向かっていった。 「ほぅ……これはなかなか豪勢な……」 ひな祭り会場となった柏木邸の庭を見て、beakerは感嘆した。 広い敷地の中央に巨大なひな段が鎮座しており、その周囲にゴザが敷かれて、甘酒を入れてある らしい徳利や軽い料理が乗った小卓がいくつも並べてある。 「そうですか? 確かにひな人形は巨大ですけど、それ以外は……」 「ああ、宴会の準備じゃありませんよ」 沙留斗の疑問に、beakerはあっさりと首を振った。 「この庭、そのものですよ」 「え?」 beakerの言葉に、第二購買部一同がきょろきょろと周囲を見回す。 「そうなの、beaker?」 「そうですよ。庭石なんかの配置といい、木の枝ぶりといい……金がかかっているだけでなく、 なかなかセンスもいいですね」 「ふ〜ん……」 言われて、坂下はもう一度庭を見回してみた。 不思議なもので、そう言われてみると、なんとなく豪華なように思えてくる。 「たしかに、いい庭ですね……」 不意にデコイが呟いた。 おや、という表情で理緒がその顔を覗き込む。 「あれ? デコイくん、そういうの分かるんだ?」 「例えば、あの岩……」 理緒の言葉に、デコイは静かに一つの庭石を指してみせた。 「隠れ場所にちょうどいい! まさに絶好の撮影スポットというものです!」 「結局それですか……」 沙留斗が半ば呆れ、半ば感心して呟いた。 それを尻目に、坂下は一本の木に近づく。 「でも、まあ……」 そっと木に手をついて、空を見上げた。 「わたしには、こういう分かりやすい綺麗さの方がいいけどね」 つられて見上げた一同の目に、満開の桃の花が飛び込んできた。 「わぁ……」 理緒が感嘆の声をあげる。 そのまま、しばらくの間、一同は声もなく桃の花を見つめていたが―― ぐぅ〜。 「あ……」 自分の腹から鳴った音に、理緒が赤面する。 「花より団子、ですか」 「うん……って言っても、花もいいけど、ね」 穏やかに微笑むbeakerに、理緒は照れ笑いを返した。 つづけ。