来栖川グループの次女の誕生パーティー。 それは大方の予想を裏切らず、盛大なものだった。 鶴来屋の洋館。 その最上階近くに位置する大広間を借り切り、業界の関係者や彼女自身の友人をほとん ど無差別に呼んだ。 そんな気さえする、活気に溢れた場となっていた。 ただひとつ気がかりな事といえば、本来この場の主役であるはずの少女、来栖川綾香の 表情が冴えない事だ。 そのまわりにはどこぞの会社の重役の息子だの、どこぞの理事の息子だの、どこぞの政 治家の息子だのが互いを牽制しながら彼女のご機嫌を伺っている。 本来快活で会話を楽しむタイプであるはずだが、今の彼女にはそれすら煩わしいもので あるらしい。 ――父親が偉いのはわかったから、少しは自分の事で自慢できる事ってないの? マシな者も何人か居るが、バカボンボンは所詮バカボンボンである。だからといって綾 香のように明確な功績を残している者など、世に希ではあるのだが。 ――それか選民意識に凝り固まった自意識過剰の馬鹿。……政財界ってこんなのを育む 温床な訳? そういった面があるのも確かではあるが、別にすべてがそうだと言う訳では無論ない。 とにかく彼女はむしゃくしゃしていた。 周囲の気遣いさえ神経に障るほど。 そんな時に初めて会った人物が面白い人だなどと思える訳もない。 かといって主賓である以上帰る訳にもいかない。 気分が優れないからと隣室に引っ込む事も考えたが、それは父の面目を潰しかねないの で断念した。 いつもなら彼女の周りに虫がつかないように警護する二人。そのうち一人――黒尽くめ の男――はこういった場が好ましくないのか、壁に背を預けたまま動こうとしない。 もう一人――白衣を纏った青年――はこの場にさえ居ない。 ガンマルがどうすればいいかオロオロしているのはいつもの事。 自身の面目を潰さないよう、最低限の会話はしているものの、それが面白くないのもま た事実だ。 ――なんだか疲れた……。 坂下好恵と松原葵。 格闘部の面々の姿を認めたところで、彼女はその場を離れる事を周囲に告げた。 当然、というべきか、格闘部の面々が招かれている以上、YOSSYもその中に混じっ ている。 ナンパ師を自負する彼としては、こういった所でする事はただひとつ。もしくはこれを 機会に葵と良い仲に進展を。というところのはずなのだが、イマイチ気分が乗らない。 結果として同行してきたメンバーに埋もれながら移動しているというありさまだ。 視線を部屋の一角。 そこだけが空気が停滞しているかのように、重苦しい雰囲気を醸し出している黒服の青 年。つまりはハイドラントが佇む方へと向けて、YOSSYは嘆息した。 「ハイドラントの事を……どう思う?」 「あん?」 「率直に言えば、俺はあいつが恐い。恐くて恐くて仕方がない」 昨日屋上に二人残った時、続きを促したYOSSYに、朔は静かにそう告げた。 「あいつは……許さない男だ」 「許さない?」 「そう……。意に添わぬ事。意に添わぬ物、総て。気に入らなければ目の前から消す。破 壊する。……殺す」 言われて、思い返してみる。 確かにそういうところはある。 面白がって行動している分には適当でいい加減だ。が、真になにかを為そうとした時、 彼は目的達成に全力を傾ける。妥協しない。引かない。恐れない。 恐らくは、その結果失うものが自分の命であったとしても。 1か、0か……。 有か無か。 成功か失敗か。 関わるもの総てに、選択を迫る。 「もし仮に、俺と綾香がうまく行って、恋人同士になれたとして、奴がそれを許すと思う か?」 「…………」 常識で考えれば答えは『Yes』だろう。 恋愛というのは当事者の問題だ。どれほど努力を重ねても、実を結ばない事も有る。ど れほどの妨害をしようと、止められない事も有る。 その時は、最後にはそれを許容するしかないのだ。 だが彼なら? 「奴なら……殺すぞ」 どちらを、ではない。 朔と綾香。 どちらも……だ。 「所詮仮定の話だがな。俺はこの若さで死にたくない」 「…………」 「誰を押しのけてでも近くに居たいと願ったのは俺だ。そのために1年間綾香を追い続け たが……最大の障害がそういうのだと気付いた時点で、諦めた」 フッと、自嘲するように笑う。 「俺はあいつには勝てない。……勝ちたくない」 「守る自信がないからか?」 ・・ 「いいや。殺す自信がないからさ。……お笑いだ。俺は事もあろうに、そんなやつを友人 だと認識してしまってたんだ。いつの間にかな。……勝てる訳がない」 朔にとっては勝つよりも、倒すよりも、殺す方が遥かに簡単だ。相手がたとえ誰であろ うと、殺そうとするならばいくらでも方法がある。 いくらでもエース(切り札)を用意できる。 彼はそういった人間だ。 だがそれでも、勝てない人間というものは存在する。 勝てないと思わなければ、勝機はあると人は言う。 だが、勝ちたくないと思った時、勝機などどこに見出せるというのだろう? それはす でに勝負以前の問題だ。 「だがまあ……結局のところは疲れただけだよ。綾香を追いかけるのに。全力で追いかけ てるうちはいいが、これ以上は挫折した時のダメージが大きすぎる。程々でブレーキを踏 んどく方が賢明というものだろ」 「……それも真理だな」 「そういう訳だ。負け犬が撤退決め込んだだけの話さ……。言いたい事言ったらスッキリ した。俺はそろそろ帰るよ」 「お前は、それでいいのか?」 「もう決めた事だ。……暇だったら今晩遊びに来い。とっときの酒、開けるつもりだから な。最後の夜に一人酒というのは、少しわびし過ぎる」 「悪いけどな……今のお前と差し向かいで酒なんか飲みたくない」 「そうか……」 少し残念そうに呟き、朔は昇降口へと歩き始めた。 「縁があったら……また会おう」 片手をヒラヒラと振りながら、言う。 「縁……ね」 「生きてさえいれば、いつか何処かで誰かと会えるさ……。じゃあな」 彼は振り返らなかった。 彼は早朝のうちに寮を去ったらしい。 今日姿を見掛ける事はなかったし、恐らくもう二度と、あの場所で見掛けることはない だろう。 ――俺の口出しするべき事じゃ、ない……か。 そう思いながらも、YOSSYは再び出る嘆息を押さえる事は出来なかった。この陰鬱 な気分は当面、晴れそうにない。 そんな事を考えていたせいだろうか? 「あ、っと。失礼」 余所見をしていたのか、誰かとぶつかってしまった。慌てて謝辞を告げる。 「いえ……。こちらこそ、失礼いたしました」 言葉を交わすその瞬時にチェックを入れる。 ――む! 美少女。ここはお近付きにならねば!! そうと決めたからには行動は敏速に。 「この人込みの中でぶつかったのも何かの縁。少しお話でもしませんか?」 などとさわやかな笑みを浮かべながらのたまってみる。 ナンパ師の本領、ここに発揮。 パーティは滞りなく終了し、それぞれが帰路につく。 そのリムジンの中で、綾香は後ろへ流れていく夜景を見るともなしに眺めていた。 「…………」 「え? 今日は元気がないみたいだけど、どうかしましたか? ……うん。ちょっとね」 姉――芹香――の心配そうな声にも言葉を濁す。 視線は車外に向けたまま、振り返りもしない。 おっとりしてどこか抜けている様に見えて、この姉は人に対する観察眼だけはしっかり している。些細な表情の変化から相手の心情を読み取る事くらいなら、簡単にやってくれ る。 特に、相手が付き合いが長い綾香ならばなおさらだ。 「…………」 「らしくない? ……かもね。でも、私じゃどうすればいいのかわからないのよ……」 「…………」 私でよければ相談に乗りますよ、というありがたい申し出に少し心を揺らされたものの、 綾香は結局かぶりを振った。 「ううん。いい……。明日自分で、何とかしてみるから……。どうなるかは、わからない けど」 そうして話しているうちに、リムジンは来栖川家の邸宅に到着した。 車から出た途端に、冷気が肌を刺す。 「…………」 「ほんと。寒いわね……。ここ2〜3日、急に冷え込んだみたい」 ニュースによれば、寒冷前線がさしかかっているのだそうだ。 明日には高気圧が張り出してきて、気温も例年より温暖になるのだとか言っていたが、 今日はあいにくの雨天となっている。 「ありがと、長瀬さん」 「セバスチャンでございます。それでは、お車を止めてまいりますので……」 運転手を務めてくれた事に対する礼にしっかり訂正を入れ、長瀬源四郎は玄関前のロー タリーから駐車場へと車を走らせていった。 「お帰りなさいませ。綾香お嬢様に誕生日プレゼントが届いてましたので、お部屋の前に 置いておきました」 「ありがと」 「それと……」 多少困惑したように、言葉を詰まらせる。 「? 何?」 「差出人不明の花束が……。ポストに直接押し込んでいったようなのですけれど……如何 しましょう?」 「危ない物ではないんでしょ?」 「ええ、それは確認しておきましたから。ああ、その時に見つけたのですが」 そう言って差し出されたのは折り目の付いた一枚のカード。 表にはただ、『For Ayaka』とだけ記されている。 「誰からかしら?」 「中は見ておりませんので……」 カードを手に取り、目を通す。 「フ〜ン……。あ、花は適当なところに飾っといてもらえる?」 「かしこまりました」 「それじゃ今日は疲れたし、もう休むことにするから……。行こ、姉さん」 綾香はきびすを返し、早足に自分の部屋へと向かう。 確かに疲れているのは事実だったが、行動があまりに性急だ。声を掛けられたというの に、芹香はその後を慌てて追いかけなくてはならなかった。 妹と並んで顔を覗き込み、ギョっとする。 「…………」 「え? どうしたのかって……べつにどうもしないけど……?」 「…………」 「泣いてる……? え? あ……ホントだ。あれ? おかしいなぁ。昨日はっきり言われ たはずなのに。アハハ……。変だよね?」 顔は笑っているのに、綾香の顔から流れる涙は止まらない。 「姉さん、私……フラれちゃった」 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 「 「 「 突然こんな形で知らせる事になったのは不本意だが、昨日伝えられなかった事 「 「 を伝えようと思う。 「 「 今日、正式に学園を去る事になった。 「 「 もし今も、貴方が私を友達だと思ってくれているなら、いつか。 「 「 いつでもいい。恋人でも連れて九鬼神社に遊びに来て欲しい。 「 「 その時は歓迎する。 「 「 「 「 別れがあんな形になったのは残念だ。 「 「 どうか元気で。 「 「 「 「 「 「 「 「 P.S. A Happy Brithday! 「 「 「 「 「 「 bye−bye. 「 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「 「貴方に、花束を……」 『別れの言葉』 <了> ======================================== 2000.1.23 朔 「2000年対応」 綾香 「は?」 朔 「いや、今回の話のこと。でないと曜日が合わない……と思う。そもそもこの学園 が土曜日も授業やってるのかどうか知らないし……穴だらけという気がしないでも ない。 最近の授業システムに明るくないからな〜。高校大学と土曜は休みだったから、 自分の経験に合わせる事すら出来なかったし」 綾香 「……臆病者」 朔 「うっ……(汗) ま、まあ消えるんだったらすっきり消えようと思った訳です。 え〜、これはあくまでIfの物語です。私的には十月政変でハイドラントも私も 無事に生き残っている、というのは考えられませんので」 綾香 「……逃げるんだ。戦う事もなしに。これまでずっと、それっぽい事してきたくせ に。ずっと思わせぶりな事言ってたくせにね〜?」 朔 「は、うう……(滝汗) ま、まあ確かにPS版の発売で綾香の誕生日が判明して、それで書いたのがコレ というのは確かにアレかもしれんが……。 勝手に1人で行き詰まって、勝手に1人で結論を出して、勝手にさっさと行動す る。極めて"らしい"行動だと思うが。 朔 ま、それはさて置き、これがいわゆる撤退宣言、になります」 はじめ「これを最後に、悠朔はLメモの活動から撤退いたします。長いあいだお付き合い 頂き、ありがとうございました……」 朔 「キャラクターの使用はフリーです。このような我が侭かつ傲慢なキャラクターを 使いたいという機会がありましたら、ご自由にどうぞ使ってやって下さい」 はじめ「それでは皆様」 朔 「どうかお元気で」