テニスL「頑張った人にはそれなりに」 投稿者:悠朔

 春先の日だまり。
 蔓科の植物の絡まった天蓋。
 心地よい風の通り抜けるベンチ。
 そこに腰掛けて、缶ジュースを片手にボケッと流れ行く雲を眺める。
「……あ〜」
 喉から声が漏れる。
 が、それに深い意味など無い。
 のどかで、平和だ。
「浩之ちゃん……」
「ん〜?」
「……落ち込んでる?」
「ん〜。いやぁ?」
 特に気負いも何も無く否定して、自分の右隣に視線を走らせてみる。
 予想通り心配そうな表情のあかり。
「まぁ、負けたのは残念だったと思うけどよ」
「うん……」
「精一杯やっただろ?」
「うん……そうだね」
「だったら、いいじゃねーか」
 視線を前に戻し、残りの少なくなった缶ジュースを傾ける。数口飲むと空に
なった。
 その缶を目の前辺りに持ってきて、軽く振る。
 わずかに残った液体が、チャプチャプと音を立てた。
 嘆息。
 空は抜けるように蒼く、雲はゆっくりと流れていく。
 ふと耳を澄ませば小鳥の囀りが聞こえてくる。
 時間がここだけ、ゆっくりと流れているような、そんな気分になる。
 視線を適当に動かしていると、数メートル先にゴミ箱がある事に気付いた。
背もたれに預けていた手の中にある空缶に、再び視線を向ける。
 投げ入れるにはやや距離がある。入るかどうかは微妙なところだ。
 が、わざわざ動くのも面倒くさい。
「……そーいえば、あのテニス大会って能力なんでもありだったんだよな〜」
「? うん、そうだよ?」
 急にどうしたんだろう? と、あかりは不思議そうに肯いた。
 確かに大会において、魔法であろうが、科学グッズであろうが、気功であろ
うが、とにかく何を使用しても良いということになっている。相手のコートに
直接効果を及ぼすようなものでない限り。
 テニスボールで相手を戦闘不能にすれば、それで勝利だと明言している、あ
る意味とんでもないルールだ。
「だったらさ……。例えばPKでボールが自分のコートに突き刺さる前に進む
方向を外に変えるとか、風でふっ飛ばすとかもありだったんじゃね〜かな〜?」
「……え〜と。それは……駄目だったんじゃないかな〜?」
「なんでだ?」
「えっとね、ルールだと『テニスとして成立しない場合を除き、能力の使用を
制限しない』ってなってるから……だから、浩之ちゃんの言った使い方は出来
ないと思うよ」
「ふ〜ん……。そっか」
 自分で言っておきながら、浩之はあまり興味も無さそうにのんびりと返事を
した。
 まあ、過ぎてしまった事だ。
「それに、そういうのは“出来る人”でないと意味無いと思うけど……」
「なにぃ?」
 浩之の眼光に剣呑な光が宿った。
 急に凄んだ浩之に、あかりがキョトンとした表情を浮かべる。
「……だって浩之ちゃん超能力とか使えないでしょ?」
「あかり、お前……俺の力を甘く見てるな!? 見てろ!!」
 浩之は勢い良く立ち上がるとベンチの上に仁王立ちし、缶ジュースを前に掲
げた。
「『見せてもらうぞ。貴様の命の炎を』」
 セリフと同時にバキバキ、メキメキと音を立てて鉄製の缶が歪み、潰れてい
く。浩之は握力だけで、その缶をロープ並みの太さにまで縮めてしまった。
「見よう見まね、柳川先生の虐殺」
 へーぜんと、というよりやや冷たい視線で冷静に、あかりはつっこんだ。
「……いや! やりたかったのはこれじゃなくてだな!!」
 クワッと目を見開き、再び浩之が吠える。
「『グオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーッ!!』」
 生き物の王たる獣の咆哮――skill at 柏木耕一――に、脅えた鳥
達が慌てて飛び立つ。周囲でくつろいでいた生徒達が恐慌を起こし、飛行中だ
ったSOSが目を回して木の上に落ちた。
「……で?」
 耳栓をキュポンと抜きながら、やっぱり平静に尋ねるあかり。
「違う! これじゃないんだ! いいか、見てろよ! 次こそはだな!」
 精神を集中して、ゆっくりと己の力を引き出す。
「『…滅んでしまえ…みんな、みんな、みんな滅んでしまえッ!』」
 極限まで圧縮されてなお巨大なそれが、チリチリと視界の中で爆ぜる。
 世界を焼き滅ぼす、破壊爆弾。
「…………」
 浩之は泣いていた。
 畜生、こんなはずじゃなかったのに、と。
 なんでこんなもんが出てきやがるんだ、と。
 目標の定められていない破壊爆弾はその意義を失い、消えた。消してからこ
れまでの雑な扱いに対する報復に、適当なSS使いにぶつけてやればよかった
と思ったが、それも後の祭りだった。
「頑張って、浩之ちゃん……。次は上手く行くかもしれないよ」
「あかり……」
 傍らの少女に後光が差して見えた。
 その眼差しには無限の信頼と、慈愛が見えた。
 僅かながら憐れみが混じっていたようにも思えたが、不快なのでそれは気付
かないフリをすることに決めた。
「おう! やってやるぜ!! 何度でも! 力尽きるまでな!!」

 ・
 ・
 ・
 ・
 ・

 しばしの時の浪費。
「『ええ――――いっ!!』」
 やや可愛らしい掛け声が、ようやく浩之の口から零れ出た。
 不可視の力に持ち上げられ、ひしゃげた缶がフヨフヨと宙を漂う。
 実に十五回目の挑戦。
 おもむろに前世は鬼の少女であったことを思い出しスタンド(ここでは某漫
画の特殊な超能力の具現したものを指す)を出現させ、両の手のひらから無意
味に灼熱の炎の剣を生み出し、そのあとハンターモードを起動させ見境をなく
してしばし記憶を消失したりしながら、ようやく辿りついたこの能力。
 琴音の使用するサイコキネシス。その見よう見まねだ。
 感慨もひとしおである。
 自分でも、ちょっと女の子っぽいかな? と気になったりする発音ではあっ
たが、些細な問題である。
 ゆっくりと、だが確実にゴミ箱に向って進む。
 それを見つめるあかりの手にも、力が入る。こうして浩之が思い描いていた
状況になるまでは『もうどうでもいいよぉ』と言いたくなるような目にもあっ
たし、実際そう思ったりもしたのだが、こうなるとなんだか妙に緊張する。
 後少し。
 そう思った。
 ゴミ箱の上に缶が差し掛かった、丁度その時だった。
 ストンと力を失い、缶が落下する。
 缶はゴミ箱の縁に蹴られ、カラカラと音を立てて床に転がった。
「あ〜あ……残念」
 そう言いながらもあかりがトテトテとゴミ箱に近付き、缶を拾い、入れる。
「惜しかったね、浩之ちゃん」
 笑顔でクルリと振り返ったあかりに、いびきが答えた。
 浩之は最初腰掛けていたベンチに俯いて座っている。表情は伺えないが、ど
うやら目を閉じているようだ。
「浩之……ちゃん? ……寝ちゃってる?」
 失敗してしまったから気恥ずかしくて、タヌキ寝入りをしているのかもしれ
ない。
 そう思ったあかりが、慎重に浩之が眠るベンチへと近付く。
 これまでそうやって何度も驚かされてきたから、今日は気をつけようと思っ
た。
 目の前で手のひらを振ってみる。
 反応無し。
 制服のスカーフで鼻の下をくすぐってみた。
 フガフガ言ってはいるが、目を開く様子はない。
 もしタヌキ寝入りだったら「だー!! なにしやがんだ!」とか言って飛び
起きるだろう。
「ということは……ホントに寝ちゃってるんだ」
 どうして急に寝ちゃったのか、と疑問に思ったあかりは、以前琴音が超能力
を使うととても疲れるという事。それから急に眠くなると言っていた事を思い
出した。
「……じゃ、しばらく起きないよね?」
 確認するように尋ねるが、熟睡している浩之から当然返事があるはずがない。
「えへへ〜」
 幸せそうな笑みを浮かべて、さっき並んで座っていた位置より近くに、浩之
の身体に密着するように腰掛ける。
「お疲れ様、浩之ちゃん……」
 誰も聞くことのない、囁くような声。
 だがそれに答えるように、不意に浩之の頭が持ち上がった。
「え!?」              ・・・・・・・・・・・・・・・
 突然の事に驚くあかりに構わず、浩之は何かに不自然に押されたかのように
身体を動かし、あかりの肩に頭を預けると再び脱力した。
 ボバンと音がしそうなほど、あかりの顔が急速に真っ赤に染まる。
 だがこの状況を嫌がるはずもなく、嬉しそうに、そして幸せそうに、彼女は
笑みを浮かべた。



 二人が座るベンチを見下ろせる校舎の廊下で、一人の少女がグッとガッツポ
ースを取った。
「元祖」
 そう言ってテヘッと舌を出す。
「琴音ちゃ〜ん」
 名前を呼ばれて振り返ると、廊下の先から走ってくる男子生徒が一人。
「あ、東西さん。どうしました?」
「あの……さ」
 琴音の前でトットッと足を止め、コリコリとこめかみを掻く。
 普段の調子で言葉を紡ごうとして、彼は口篭もった。
 よほど重要なことなのか、それとも言葉にするのにそれほど度胸を必要とす
る事なのか。
 目に見えて緊張している東西の姿に、琴音の方の緊張も高まる。
「あの……よかったら、その、ホントによかったらでいいんだけど」
「は、はい……」
 ドキドキした。
 何に期待しているのか、それさえ明確に掴めないまま。
「今日、一緒に帰らない?」
 照れながら言った言葉。
 なんだそんな事か、と思った。
 そしてそんな単純なことが、涙が出るほど嬉しいのだと、初めて気付いた。
 自分に大切だと思える友達が居る事。
 少女自身にそう語らせる事でそれを気付かせてくれた少年に、だから彼女は
自分に出来る今最高の笑顔を浮かべて、それに答えた。
「はい、私なんかでよければ喜んで」


                                Fin.

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 私の中の琴音のイメージというと一言で表せば、自虐的で排他的な少女、と
なる。
 だからだろうか?
 仲間に囲まれ、元気に動き回る彼女を見た時、幸せになる道を歩む彼女を書
いてみたいと思った。
 言っちゃ〜なんですが、今回浩之とあかりはおまけみたいなもんです。ホン
トに書きたかったのは後半部のみ(笑)
 楽しんで頂けたなら幸いです。

 さて、今回乱発した浩之の見よう見まねですが、これは『世界の中心たるヨ
ークに働きかけ、ランダムにスキルを発動させる』能力と私の勝手な想像によ
り設定されています。
 だから浩之には制御できませんし、何が発動するかもわかりません。
 完全ランダムだからこそ、激レア技能の魔王魔術なんかも、もしかしたら発
動するかもしれない……とか、そんな風に考えて使わせてみました。
 因みに今回使用したもので説明が無かったものは……
『長瀬祐介の破壊爆弾』
『柏木楓の前世の記憶』
『東雲忍のイブリース(炎天)の力』
『レミィ・クリストファ・ヘレン・宮内のハンターモード』 
 の四つでした。
 他にもいろいろやってるはずですが、今回は割愛(笑)

 本編執筆中のYOSSYFLAMEさんに多大な感謝と尊敬の念を抱きつつ。
 では、またの機会にお会いしましょう。