どよコン参加L「何故少年はその道を選んだか?」(4) 投稿者:悠朔

 それからまた、45の時間が過ぎる。
 朔は憂鬱だった。
 海よりも深く憂鬱だった。
 思い返してみても運が無かった。
 適当にYOSSYとだべって、さて教室を出ようと扉を開けたら、見知った
顔が三つ並んでいた。
 一人は呆れ、もう一人は赤い顔で涙ぐみ、最後の一人は肩を竦めて大業に首
を左右に振った。
 まぁ、あの時に言った事は真理――少なくとも男にとっては――だと思って
いるし、聞かれた事そのものについてはそれほど後悔していない。見せる事を
前提にしている水着と、肌を守る事を目的とした下着とでは天と地ほどの差が
ある。それには絶対の確信があった。
 それを偶然綾香に聞かれてしまったのは、やはり運が無かったとは思う。だ
がそれで綾香に"最低"呼ばわりされたのなら、これは受け入れるしかない。あ
れは偽らざる本音だったし、それが自分の姿なのだから。
 だから、別にそれはそれで良い。
 ついでに言うと葵に"不潔です"と言われた事や、好恵に蔑むような、という
よりむしろ、不幸を哀れむような目で見られたのも我慢出来る。それでダメー
ジを受けたのはどっちかというとYOSSYの方だったし。
 問題は、綾香に避けられているということだ。
 ――嫌われた……かなぁ?
 ふぅ、と、自分の席に座ったまま、好恵と喋りながら部活に向かう綾香を見
送り、嘆息する。
 ――だとしたら、悲しいねぇ。
 とりあえずそれ以上深く考えない事にする。
 彼は表面的には悲観主義的な割に、比較的物事を楽観的に考える傾向にある。
くよくよ悩んだところで情況が打開されるわけでもない。そのうちなんとかな
るだろう、という訳だ。
 無論、打開する努力をしなければならないときにはそうそうのんびりも出来
ないが、今がその時だとは彼には思えなかった。単に顔を合わせ辛いだけなら
こちらから動くのは逆効果だろう。
 日向ぼっこする猫のように机に寝そべりながら、放課後のうららかな日差し
を浴びてあくびする。
 ――至福。
 もともと細い目をさらに細め、ごろりと寝返りをうつ。
「……あ」
 ――ゴーストに餌やらにゃならんの忘れてるな……。
 自分の今の姿から連想した猫を思い、片目を開く。
 別に自分で飼っているわけでもないが、餌をやるのがすでに習慣と化して久
しい。今日も学園に来ているかどうかはわからないが、がめつい奴の事だ。多
分居る。
 ――適当なもの購買ででも買って、持っていってやるか。
 けだるい雰囲気をまとわせたままノソリと立ちあがり、そのまま外へと歩き
出す。
 廊下からグランドを見下ろす。
 良い天気だった。


 学園の建物の近くでは、やや緑の多い場所。
 生い茂った木立や雑草などを見るとはなしに眺めながら、いつもの指定席と
化しているベンチへと歩み寄る。
「ゴースト? お〜い? ゴースト〜」
 声をかけて辺りを見まわす。
 が、居ない。
 出てくる様子も無い。
「ふむ……」
 一つ肯き、ガサガサと持っていた紙袋に手を突っ込む。
 引き出したその手には一匹の干した魚。尻尾を持ってブラブラと振ってみる。
 ――今日はメザシはお気に召さなかったかな?
 意外と好みが激しい、というより気まぐれに好物が変わるらしい猫を思い、
少しがっかりする。
 猫や犬の相手をしていると心が和むし、余計な事を考えなくて済む。今日は
ゴーストにじゃれついて過ごそうと思っていたのにあてが外れてしまった。
 嘆息する朔の耳に、軽く、テンポのいい足音が聞こえてきた。
「ん?」
 視線を向けるとその先から駆けてくるのは顔見知りだった。
 深い紫色の瞳が酷く印象的な、長い黒髪の少女。
「は〜るっかさんっ!」
「……おう」
 元気に駆け寄ってきた後輩に鷹揚に答える。
「来栖川綾香さんと喧嘩したってホントですかっ!?」
「…………。どっから仕入れたそんな情報」
「昌兄」
 即答する。
 因みに『昌兄』というのは彼女――降雨ひづき――の従兄弟で朔と同級の佐
藤昌斗の事だ。
「冷戦状態だからしばらくは刺激しないように近付かないようにしたほうがい
いってさ」
 ――なるほど……。あとで2〜3発焼きを入れておこう。
 口は災いの元。
 そんな足しにもならない誓いを抱きつつ、
「で? なにか用か? まさかそんな愚にもつかない事を確認しに来た訳でも
なかろ?」
「ちょ〜っと重要なんだけど……」
「? その言葉は矛盾しているな。重要なのかさして問題でないのか互いに打
ち消しあっていて……まぁへ理屈はいいか。喧嘩してるとなにか問題なのか?」
「喧嘩してるの?」
 首を傾げ、少し沈思する。
「別にそういう訳でもないと思うが……」
「そうなの?」
「避けられているような気はするな。……逆に、無意識にこっちが避けてるの
かもしれない。確かに昌斗の言う通り、冷戦状態といったとこか?」
「イェイ!」
 ひづきがパシンと両手を打ち鳴らす。
「?」
「じゃ、悠さん今フリーなんでしょ? 手伝って欲しいの!」
 何故『綾香と冷戦状態=フリー』という公式が成り立つのかと、ふと疑問の
を抱いたりもしたが、さりとて他にあても無い。
 つっこみを入れようかと思いはしたが、すぐに無意味な抵抗だと悟る。
 ――ちょっとダメージ。
 顔を顰めつつ、問う。
「なにを?」
「どよめけミスコン!」
「…………」
「二人ともずるいわよ! 鬼族なんだから力じゃ適いっこないし! 大人の魅
力なんてこの歳じゃ身につかないし! だいたい何よ! EDGEちゃんなん
て私と同じ歳なのに武術の達人なんて、人を馬鹿にしてるわよっ! 身体で勝
負にならないんだったら頭で勝負よ! 権力! 権力を手に入れてやるわっ!
今に見てらっしゃい! ぜ〜ったい後悔させてやるんだから!」
「……え〜と?」
「という訳で、お願いしますね!」
「だから何をだ」
「どよコンの護衛」
「……却下」
「え〜っ!? じゃ私の『どよコンを制して学園の最高権力者に! EDGE
ちゃんとちーちゃんを遠ざけて耕一先生ゲット作戦』はどうなるのよっ!?」
「うっわ〜、すっげ〜わかりやすいネーミング」
「こんなの凝ってもしょうがないじゃない」
「そりゃそうかもしれんが……。どっちにしろ俺の知ったこっちゃ無い。出る
なら勝手に頑張ってくれい」
 投げやりに応援して早々にこの場を離れようとする。
 と、ひづきが朔の白衣の袖を掴んだ。
「おい……」
 少し不機嫌な声を出してみせる。
 と、ひづきはハラハラと涙を流し、
「酷い! 悠さんったら私とあの子を引き離したくせに、私が困ってる時には
手を貸そうともしてくれないのねっ!? どうせ私なんかなんとも思ってない
のねっ!? 酷いわ! あんまりよぉ……」
「人聞きの悪い事を大声で叫ぶなぁっ!!」
 ――嘘泣きだ。ぜって〜嘘泣きだ!
 泣き崩れるひづきを冷や汗を流し真っ青な顔で見下ろしつつ、朔はそう確信
していた。
 だからどうなるもんでもないが。
「だいたいあの子って誰だ!?」
「てぴちゅちゃん。……ぐす」
 泣きながら見上げてくる女の子って可愛いな、とかいう感想が一瞬脳裏をか
すめたが、無視。断固として無視する。
「てぴちゅ……?」
 聞いた覚えの無い名前をしばし検索する。
 なんとかしてこの場を脱しなければ泥沼の底に引きずり込まれるのは火を見
るより明らかだ。
「あぁ、なんだ。ゴーストの事か……。あれは公正な勝負だっただろーが?」
「何が公正よっ! 餌で釣るなんてずるいわよ! 卑怯だわっ! 横暴よ〜!」
「勝負前の約束に反した訳ではないし、ゴーストは俺を選んだんだから俺の勝
ち。だいたいそれまではお前が遊んでたんだから有利だったはずだろ? ずる
い卑怯は敗者の戯言。いい加減潔く引き下がれ」
 ここまでの会話の流れでわかるかもしれないが、要約すると朔が餌を与える
せいで学園にも出没するようになったゴーストの名前を賭けて、ひづきと勝負
したのである。
 ゴーストからお互い1mほど離れて名前を呼んで、そちらに来た方が勝者と
いうわけだ。
 結果は鰹節を懐に忍ばせていた朔の圧勝であった。昼時であったし。
「ぐぅ……」
「唇を尖らせるな、みっともない。だいたい飼うというなら今からでも別に止
める気はないぞ? 名前を付けるのは飼い主の権利だ」
「……昌兄がこれ以上食費にかけるお金は無いって言うんだもん」
「じゃ、諦めろ」
「……わかった。てぴちゅの事は諦める」
「そっちの名前を呼んでる時点で諦めきってないような気もするがな……」
 ボソッと、わざわざ聞こえるように呟く。
 キッと睨みつけてきたひづきを真正面から見返す。
「あいつの名はゴーストだぞ。間違えて欲しくはないな」
 朔は敗者にはしっかり鞭を打ち込む性分だった。
 無駄に敵を作るタイプと言える。
「うう……。いいわよいいわよ。こ〜なったら是が非でも私に協力してもらう
んだから!」
「ほっほ〜? 俺は自分の興味のない事には指先一本動かさない男だぞ? よ
ほどの好条件ででもないと、協力なんてしてやらんが?」
 精神的優位を確信していた朔は、余裕の笑みなどを嫌みったらしく浮かべな
がらひづきの様子を伺う。
「昌兄!」
 指をスナップさせ、ひづきが叫ぶ。
 パチンッと音が響いた。
「お〜い」
 それに応えて声が聞こえてくる。
 遥か頭上。
 校舎の上から。
「…………。なにやってるんだ、昌斗は?」
 朔の疑問に答えるように、昌斗は腕を虚空へと伸ばす。
 その手に捕まれているものを遠望し、朔は仰天した。
「!! ゴースト!? やめさせろっ! あの高さではいくら猫でも落ちたら
死ぬぞっ!!」
「慌てない慌てな〜い」
 片手を広げて朔を押し留めるひづき。
 ポケットに入れていたもう片方の手を抜き出して、朔の目の前にかざす。
「これな〜んだ?」
「……なんのスイッチだ?」
「ば・く・だ・ん♪」
「はあ?」
「悠さんが私の言うことに逆らったら、ゴーストくんの首輪がドッカ〜ン!」
「だあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
 仰ぎ見てみれば、確かに首輪を巻いている。
「血、血も涙も無いのか貴様にはっ! お前だって可愛がってたんじゃなかっ
たのか!?」
「聞きたくないわ! てぴちゅじゃないてぴちゅなんて、私の愛したてぴちゅ
じゃないのよ!!」
 イヤイヤするように首を振り、頭を抱えるひづき。
「お〜ま〜え〜は〜」
「さあ、ゴーストくんを取るか、私の軍門に下るか、二つに一つよ!」
「どっちでも一緒だろうがぁぁぁ!」
 叫んではみたものの、ひづきが示したように彼に選択肢などあろうはずが無
かった。
「は〜い、時間制限を設けま〜す。あと10秒以内に選んでねっ♪」
「ちょ、ちょっと待て! せめてあと5分猶予を……」
 時間を稼いで実際に爆弾をセットしたのか。逃れる術はあるのか。それを検
討しなくてはならない。
 他人の言う事を素直に聞くというのは朔の最も嫌う状況だ。
 ――なんとか、なんとかしなくては!
 だが朔の意思など無視して、ひづきは冷静に時を刻む。
「はい、6、5、4、3……」
「くそっ! わかった! 従う! だからスイッチから指放せ!!」
「やった〜! 戦力第二号確保! あ、先に言っとくけどこの無線スイッチ予
備もあるし、有効距離は結構広いみたいよ。それからわかってると思うけど首
輪は無理に外そうとしたら爆発するからね。科学部顧問、柳川先生作成の逸品! 
外そうなんて考えないでね。じゃ、よろしく〜」
 一号は言うまでもなく昌斗だろう。
 誰が作ったかまで告げたと言う事は、フェイクだという疑いは消えたと言っ
て良い。同時にそれは、製作者でさえ解体不可能だという事も意味する。
 どうしようもなかった。
「なんで俺がこんな目に……」
 がっくりと地面に腕を付く朔。
「怨むなよ〜。好きでやってるんじゃないんだからさ〜」
 上からそんな昌斗の声が聞こえてきたような気がした。

 そんなこんなで朔はひづきに屈し、なし崩し的にどよコンに参加するする事
になったのである。



 同じ頃。
「あ、そうそう好恵。どよめけミスコンの参加の受付って、どこでやってるか
知ってる?」
 部活に向かう途中で、ふと足を止めた綾香が傍らの女性に問う。
「え? 第二購買部でも受付くらい出来るけど……。何? 結局参加するの?」
「しょうがないじゃない? 姉さんが参加するって言うし、『一緒に頑張りま
しょう』とか言ってくるし……。大方オカルト研の誰かに推薦されたんだろう
けどね。そんなの断れば良いのに……」
「ま、あの人ならしょうがないと思うけど? 時間にもまだ余裕があるし、購
買に寄ってく?」
「そうね。早めに済ませてしまいましょうか」
 綾香は肯き、物憂げに来た道を引き返す方向に足を向けた。

「はい! じゃ、本番の時はこのバンダナ締めてしっかり護って下さいね!」
「……ああ」
 第二購買部で登録を済ませ、差し出されたバンダナを地獄への片道切符を受
け取るような気持ちで手に取る。
 ――一般人が徴兵される気持ちってのは、こんなもんなのかもなぁ。
 がっくりと落とした肩を、昌斗はポンポンと叩く。
 振り返ると痛ましい表情で、一つ肯いた。
 まさに同病相哀れむ。
「なんとかならんのか?」
「なるなら苦労してないよ。ヒエラルキーは向こうの方が上なんだ」
「でも財布握ってるのはお前なんだろ? 料理なんかもお前がやってるんじゃ
なかったか?」
「それはそれ、これはこれ。自分の家の家事をやるのは当たり前だろ。ひづき
はやりたがらないから押しつけてくるけど」
 どちらかというと下宿している側の方が気を使うものなのだが、佐藤家では
当てはまらないらしい。
 ――なんか理不尽な気がする……。
 二人はしばし見詰め合い、同時に盛大に嘆息した。
 と、そこに前述の二人が新たな客として現れる。
「いらっしゃ〜い」
「あらゆーさく……」
「げっ……」
 beakerの声にふと振り向いた朔は思わずそんな声を出していた。
 一瞬いぶかしんだ綾香はひづきと昌斗。そして手にバンダナを持って硬直し
ている朔がを見比べ、すぐさま理解した。
 固まっている朔に向かってニコリと微笑むと、言ってやる。
「裏切り者」
 朔の顔面にビキッと亀裂が走った。
 その横を素通りしてカウンターにもたれかかる。
「ね、どよめけミスコンの登録申請したいんだけど、お願いできる?」
「おっ! Leaf学園のクイーンも参戦ですか。これでどよコンが盛り上がるの
は決まったも同然ですね」
「またまたぁ、口が上手いんだから」
「いえいえ本音ですよ。じゃ、この用紙に書き込んで……」
「あ、それからルールの方だけど……」
「…………」
「…………」
 そんな二人の打ち合わせをバックミュージックに、ギギギと音がしそうな動
作で朔は昌斗の方へと首を向けた。
「……なあ昌斗」
「……何?」
「……俺、前世で何か悪い事でもしたかなぁ?」
 その時昌斗に出来たのは何も言わず、ただ涙を流しながら首を左右に振って
やる事だけだった。
 そんな二人の様子を見て、好恵は呆れたように肩を竦めた。

「そういえばひづきさん。どよコンのコスチュームって自由に決定される方向
で話が進んでるんですが、ひづきさんはどうなされますか?」
「もっちろん巫女装束に決まってるじゃない。その方が悠さんも気合が入って
しっかり護ってくれそうだし」
「当店で扱うと言う事でよろしいですか?」
「うん、お願いね」

 さりげに悪意も無く止めを刺しつつ、朔にとって大きな、大きすぎる波乱を
含んだどよコンの幕開けは、もうそこまで迫っていた。

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 時間がかかってしまいましたが、どよめけミスコン参加L。よ〜やっと書き
上がりました。
 当然のように朔は綾香を護るだろうと思っていた貴方!
 甘い。
 そりゃもうチョコパフェに蜂蜜とシロップを大量にぶっかけたように甘い!
 やったことないからどの程度甘いのかわからんが!

 見てのとおり、今回は降雨ひづき嬢の犬。
 下僕ですね(笑)
 彼女のハイテンションかつパワフルな魅力を、今回は描いていきたいなと思
っている次第。

 では本戦でお会いしましょ〜。

 巻きこんでしまった昌斗氏に瞑目しつつ。