どよコン参加L「何故少年はその道を選んだか?」(3)  投稿者:悠朔

「だから、私はその意見には納得できないって言ってるのよ」
「だってそれは好恵の意見でしょ? わたしはわたしの意見を持ってるし、そ
れをあなたに合わせないといけないなんて事は無いはずよ?」
 綾香と好恵。
 うろたえる葵を傍観者に、二人の論議は続く。
「それはそうかもしれないけどね。……綾香。私に言わせれば、あなたは卑怯
ね」
「卑怯? わたしが?」
「違う? はっきりした答えを出さないで友達の顔で相手に接するなんてずる
いんじゃない? 餌を目の前にぶら下げられているのに、決して手を出せない
存在。それが身近にある異性の友達ってもんでしょ?」
「それはちょっと、露骨に目的を限定しすぎてる気がするんだけど……」
 冷や汗を浮かべる綾香に、それもそうかと好恵が肯く。
 所詮見方の違いかもしれないが、確かにそこまで限定するものでもない。
「でもあなたの場合当てはまるんじゃない? 陰口叩くだけの奴なんて怖くな
いっていうのはわかるわよ。でも遠慮する必要は無いっていうのはどうかしら
ね?」
「え?」
「少なくともあなたが身近に居るせいで、あいつらは恋人を作るチャンスを潰
してる。あなたがいい顔するから望みがあると思って、諦めて新しいチャンス
を探す機会さえ与えられないんじゃない?」
「それは……もしかしたらそうかもしれないけど……」
「もしかしたらなんて仮定の話じゃもうないでしょ? それって、私には残酷
に思えるわよ」
「う……」
 ひるむ綾香にほら見たことかと胸を張る好恵。
「でも」
 と、しばらく沈黙した後、綾香が口を開いた。
 うつむき気味だった視線を上げ、真正面から好恵を睨みつけて。
「わたしは今のままがいいの。あいつらとは友達で居たいの。あいつらがわた
しをどう思ってようが知ったこっちゃないし、わたしが変な事を言ったせいで
これまでの関係が崩れるような事にだけはしたくないの。それがずるいって言
うなら言えばいいわよ。……だいたいねぇ、わたしはあいつらに真剣に『好き
だ』だの『愛してる』だのと言われた事無いの! みんな勝手な憶測で好き放
題言ってるだけでしょ? そんなのの責任を取らなきゃならない云われなんて
わたしには無いわよ!」
 もともと早口で喋る彼女のペースが一段一段と上がっていく。
 言葉にしている間に興奮してきたらしい。
 ――アッタマきた!
 彼女の赤い顔にはしっかりそう書かれてあった。
「違う!?」
 実際ガウッ、とでも吠えつきそうな勢いで問う綾香。
「ハイドラントはいつもそれっぽい事言ってるような気がするけど……」
「ジョークに決まってんでしょ!」
 綾香の剣幕に好恵はコリコリと頭を掻いた。
 ――違うと思うけど。
 思いはしたが、さすがにこの状況で口に出せる事でもない。焼石に水どころ
か火に油だ。
 ――難儀な娘ねぇ……。さ、どうしたものか。
 煽りすぎたのかもしれないと、少し反省する。好恵は好恵で、彼女なりに気
を使っているのかもしれない。
 だが次の言葉を慎重に選ぶ好恵の苦労を叩き壊したのは、何気ない後輩の一
言だった。
「あの……もしそれが本気だったら、綾香さんどうなさる気なんですか?」
「へ?」
 ピタリと綾香の動きが止まる。
「や……」
「や?」
「や〜ね〜もう、葵ったら。そんなことあるはず無いじゃない」
 手をヒラヒラ振って否定するが、顔が紅潮――先程の怒りとは無関係に――
しているし、その笑みも緩みきっている。
「だいたい、ハイドはいつもいつも馬鹿騒ぎ起こしてでめーわくばっかりかけ
てくるし、ゆーさくはその辺何も考えてないか考えすぎて自滅してるだろし、
ガンマルはむっつりすけべだし、千堂和樹は題材ぐらいにしか……」
「……喜んでますね」
「そうだねぇ」
 ほんの少し聞き方のニュアンスを変えるだけで受け取り方が変わるという好
例かもしれない。
「隠れファン、多いみたいですね」
「多いみたいねぇ」
「よく調べてますね」
「来栖川だしねぇ」
 学園の中でも知名度の高い人物を列挙しながらロクでもないコメントを付け
る綾香を完全に他人事の目で眺め、聞き流しつつ、二人はのんびりとそんな不
毛な会話を交わす。
「綾香さん、どうするつもりなんでしょう?」
「結局……なるようにしかならないんじゃない? 今のままがいいって言って
るんだし」
「……そうですね」
「葵の方もね」
「……私、本当にそういうのよくわからないんです」
「だから、なるようにしかならないって言ったんだけどね。時間がそのうち解
決してくれるわ。こういうのは本人や周りが焦っても大抵無駄になるように出
来てるものよ」
「そういうものですか?」
「一つ年上からの教訓とでも思っとけばいいわ。雑音には耳を貸さないで、本
質だけ掴むようにすれば、そのうち自ずと結果は出てくるでしょ」
「……はい。覚えておきます」
「わたしの言ってる事まったく聞かないで盛り上がってるとこ悪いんだけど。
ね、これって自意識過剰だと思う?」
 二歩分ほど前を歩いていた綾香が立ち止まり、身体ごと振りかえって二人の
顔を覗き込む。
「…………」
「…………」
「…………」
「あの……怒って……ますか?」
「ううん、別にそんなことはないわよ。ちょ〜っと意見を聞きたいだけ」
 と、微笑みながら言いつつ、その実目は笑っていない。
 もともと美人系の綾香はそれだけで充分すぎるほど迫力がある。
「緒方理奈先生とか、森川由綺先生とか……広瀬ゆかりさんと比べてさ、わた
しって……」
 一瞬、言葉を探す。
 が、うまい言いまわしは浮かばなかった。嘆息して率直に言葉にする。
「わたしってどういう風に思われてるのかしらね……」
「友達から? じゃないわね。他の生徒達とか、か」
「綾香さん、負けず劣らず有名ですもんね」
 葵の追従ではない率直な言葉に綾香が苦笑する。
 実際、この学園では特にそうだ。知名度、人気とも前述のトップアイドル二
人に匹敵……下手するとそれ以上になりかねない。
 学園では比較的平穏な方向で日々を過ごす二人と異なり、綾香の場合イベン
トには大抵参加し、活躍している。もともとの知名度に加え、もはや綾香の名
を知らない生徒は存在しないのではないだろうか。
「そうね……。綾香の場合ただのファンなのか熱烈なファンなのか、それとも
あなた個人を好きなのかって、結構難しいかもね」
 その時綾香が浮かべたのは随分と難しい表情だった。
「……やっぱりそこなのかしらね〜。自分で選んだ結果そうなっちゃったんだ
から誰にも文句の言いようが無いんだけど……それってちょっと悲しい事だと
思うのよねぇ」
「悲しい……ですか?」
 オウム返しに問いかけてきた葵に、眉を寄せたまま綾香が肯く。
「わたしはここに居るのに、ファンってものは大抵わたしの偶像を追い求めて
るのよね。だからわたしに理想を押しつけて勝手に盛り上がって、その理想か
ら外れると今度は攻撃してくるようになる。……結構疲れるわよ。そういうの
の相手をした後って。世界中で本当にわたしのことをわかってくれてる人なん
て、何処にも居ないって気分になるの。理不尽だってわかってるのに、一人で
居る限り気分は落ち込んだまんま」
「綾香さん……」
「で、だからそういうときは気の合う友達とパ〜ッと騒いで忘れちゃう! そ
れ以上に良い手は無いわよ、ほ〜んと。つくづく思うけど、100人のファン
より一人の親友よね〜」
 ヒョイッと手を伸ばし、心配そうな表情を浮かべた葵にヘッドロックを決め
つつ、頭をガシガシと撫でる。
「あ、綾香さん、い、痛いですよぉ」
「愛情表現愛情表現っ。ガマンしなさいよこれくらいっ」
「あ、あう〜」
「と・こ・ろ・でぇ……。すっかり忘れてたけど話の発端のミスコン、あなた
達は参加するの?」
「……まぁね。そういうあなたは?」
 一瞬だけ苦虫を噛み潰したような顔をしたものの、好恵は苦笑して肯いた。
「わたしはパース。理由はさっき言った通りね。葵は?」
「私は……推薦してくださる方も居るはずありませんし」
「それだったらさっき言った連中が……」
「静かにっ!」
 綾香の言葉を好恵が唐突に遮った。その表情は先程までとうってかわって緊
迫している。
 言われて耳をそばたてた綾香と葵はすぐにその意図を察した。
「言い争ってる声……?」
「みたいですね……」
 校舎内での口喧嘩、というのは要注意だ。次の瞬間になにが起こるかわかっ
たものではない。突然周囲一帯が爆発する。熱光波が飛んでくる。終いには校
舎が全壊して崩れ落ちる。
 この学園ではざらにあることだ。
「……この声は、YOSSYとゆーさく? ……間違い無さそうね」
「ならいきなり爆発に巻き込まれるっていうのは無さそうね」
 好恵が冷静に評する。
 代わりにいつどこから斬撃が飛んでくるかわかったものではない、という危
険があるが。
「珍しいわね、あの二人が喧嘩なんて……。どしたんだろ?」
 視線を向けられて好恵は肩を竦めた。
 わかる訳が無い。
 同様に葵が首を左右に振る。
 三人は顔を見合わせると、気取られないようにその喧嘩の声の方へと近付い
ていった。



「お前は何もわかっていない! 俺が言いたいのはそういう事じゃない!」
「あ、そっか。お前綾香一筋だもんな。他の女なんて眼中に無いか」
「別にそうでもないつもりだが……まぁ、あんまり興味無いか。……いやだか
らそういう話ではなしにだな」
「なら綾香の服剥ぎ取りに行けばいいんじゃね〜の? せっかくのイベントに
参加しないなんてもったいなくね〜か?」
「そんな面白い……訂正、後が怖い事が出来るか! じゃなしに! 聞けよ人
の話を!」
 律儀に合いの手を入れていた朔が喚くのを、YOSSYはうるさそうに睨み
つけた。
「耳元で叫ばなくても聞こえてるっての。で、なんだよ。言いたい事があるな
らさっさと言えば良いだろ」
「貴様が言うかそれを!? この理不尽に対する怒りをいったい何処に向けさ
せる気だコラ」
「知るかよ。で、なんだ?」
「身も蓋も無いな。ったく。人の話をまったく聞こうとしなかったくせに、よ
く言う……」
 一度嘆息して荒れかけた呼吸を整える。
「いいか? 俺は『悪趣味だ』と言ったんだぞ?」
 悪趣味、の部分をことさら強調し、静かにそう言う。
「だっ! からそれはだなぁ!」
 主義主張のためか過敏に反応するYOSSYを片手で制する。
「いいから黙れ。お前の言っている事はあながち外れではない。が、大きく見
落としている点があるのもまた事実だ」
「見落としている点、だと?」
「ああそうだ。致命的かつ、決定的な見落としだ」
 大袈裟に肯き、演出を狙ってかしばし言葉を切る。
 朔は顔を顰めた。
 物憂げに。
 どうしようもない矛盾を目の前にした賢者のように、苦悩を前面に押し出す。
 ――何故そうなのか?
 その疑問を悲しみをもって見据える瞳が、そこにあった。
「いったい……なんだって言うんだ? その見落しって……」
 フッと、朔が笑う。
 その見落としに気付けないYOSSYは、一瞬自分をあざ笑っているのかと
錯覚した。実際何を笑ったのかは、恐らく当人にしかわからないだろう。
 ただ冷酷に。
 嘲笑する。
 理解できないものを。
 あるいはそれを理解できない己自身を。
「お前な……剥いた先に水着があって何が嬉しいよ?」
 そう言って、朔は重々しく嘆息した。



 この瞬間教室のドアの前で三人ほどコケた。