どよコン参加L「何故少年はその道を選んだか?」(2) 投稿者:悠朔

 靴がカツーンカツーンと音を立て、響く。
 部活を終えた三人の少女が廊下を並んで歩いていた。
 一人は軽い音。
 その主は顔つきにも体つきにも幼さを残した、背の低い童顔の少女。輝きを宿
した瞳はどことなく子犬を連想させる。
 もう一人はやや重い音。けれど重すぎもしない。
 背は女性としても高いとは言えないが、三人の中でも鍛えられた肉付きの良さ
は際立っていた。その眼差しの鋭さと引き締められた眉が彼女の意志の強さを示
し、見る者に一つのキーワードを思い浮かべさせる。
 武人。
 彼女を示すのにこれ以上の言葉はないだろう。
 学校指定の制服に身を包んだ、対象的な風貌の少女。
 その間に挟まれるようにして歩く最後の一人だけは、私服を身に付けていた。
 赤紫を基とした、恐らくはオーダーメイドのスーツを隙無く着こなして颯爽
と歩を進める。
 奏でられる三つの足音。
 調和の無いラプソディ。
 響きは次の響きに遮られ重奏となり、最後には――あるいは最初からか――
ただの騒音になる。
 そこにさらに、別の音が加わる。
 意味を持つ音。
 人が紡ぐ言葉が。
「それにしてもあなたのダンナさん、つくづくイベント好きよね〜」
 そこにはちょっとした呆れが混じり、含まれている。
 声の主――スーツの女性――の視線の先にあるのは告知ポスター。
『校内公認イベント  どよめけ! Miss.Leaf学園コンテスト
 企画立案・月島拓也
 協賛  ・第一購買部  第二購買部  暗躍生徒会 他、随時募集中
 報道  ・放送部  情報特捜部
 追記  (報道の情報収集にはT−star−reverseの傀儡が
     使用される予定です。彼は参加者としても活動する予定の為、
     これへの加撃を行った場合は失格、あるいは退場とさせていた
     だきます。なお傀儡による加撃があった場合は、同様にTの反
     則。退場とします)』
「でもこれって商売になるのかしらね?」
「ちょっと……。前にも言ったと思うけど、アイツの事ダンナっていうの止め
てくれない?」
 次いで生まれたのはやや不満そうな声。
 それに、先程のからかうような声が応える。
「アラアラ照れちゃって可愛いんだから〜。いいじゃない。学園公認の仲なん
だから。ねぇ? 葵もそう思うでしょ?」
 そしてまた新しい声。
「え? えっとぉ〜。わ、私もお似合いだと思いますけど……」
「でっしょ〜? 誰もが羨やむカップルなんだから、もうちょっと堂々として
ればいいのにねぇ?」
 松原葵のどもりながらの返答に我が意を得たりと、来栖川綾香は胸を張った。
 話題となった坂下好恵はというと、赤い顔でソッポを向いて口を開こうとす
らしない。綾香の指摘の通り、照れているのだ。
「で? beakerとはどこまで進んでるの? 白状しなさいよぅ」
「な!?」
 あまりと言えばあまりにストレートな言葉だった。
 ギョッとした顔で綾香に視線を向け、そのまま好恵が硬直する。
「な、あ、う……」
 ショックが大きすぎたのか、口をパクパクさせているが、言葉は形にならず
意味を為さない。激しく顔色を赤から青。そこからまた赤へと変化させたあと、
うつむいて黙りこんでしまう。
「あ〜らあら。耳まで真っ赤にしちゃって……。つい最近まで固物で通ってた
とは思えないわね〜」
 言ってクスクスと笑う。
「冗談のつもりだったけど、ホンキで知りたくなってきちゃったわ」
 うろたえる好恵を見るその目は、まるで弱りきった獲物を見つけた肉食獣の
ようだ。格好のオモチャである。
 それを見かねて、葵が助け船を出した。
「あ、綾香さん……。あんまりいじめちゃ好恵さんがかわいそうですよ。こう
いう事には慣れてらっしゃらないんですし」
 途端にクリンと向きを変えた綾香の表情を見た瞬間、葵は自分のお人好しを
呪った。
「あら、葵も言うじゃない? ……ということは〜、もしかしてそっちの関係
進展した? 誰と付き合うか決めたとか?」
 興味津々。目を輝かせて質問責めする綾香はとにもかくにも嬉しそうに見え
る。かく言う葵がその手の話に慣れているかと言うと、それもまた甚だ疑問な
のだ。
「え? そ、それは……ちょっと……あの……」
「あ〜あ、まだ迷ってるの? YOSSYもRuneも昌斗もTもディアルト
も、み〜んな待ってるんだと思うんだけどな〜?」
「へぇ……。葵って意外にもてるのね」
「そうよぉ。知らなかった?」
「そ、そんな! 皆さんとはそんな関係じゃないですよ!」
「あらそうかしら?」
 慌てて首を振る葵を少し困ったような、少し心配しているような視線で見つ
め、綾香が葵に疑問をぶつける。
「あなたがそう思ってるんだったらそれで良いのかもしれないけどね。それが
真実だとは限らないわよ?」
「そう……なんですか?」
 困ったように考え込む葵を見て、綾香は微笑んでみせた。
 ――これで少しは、そっちの方に意識が行ってくれればいいんだけどね〜。
 姉貴分としてはこの朴訥な少女の行く末に一抹の不安を抱いてしまう。せめ
て男の一人二人くらい手玉に取るくらいしてくれれば安心なのだが。
 綾香が上げたように、もともとひたむきな努力家の葵は人望があるし、恋人
候補も居ない訳ではないのだが、いかんせん本人がお子様なせいか関係が成立
しないのだ。
「あの……少なくともRuneさんは違うと思うんですけど」
「あの子まだ子供なとこあるから、あれじゃない? 好きな子に悪戯しちゃう
心理」
「ええっ!?」
「わたしはそう思うけど?」
「そ、そんなはずは……」
 うろたえる葵。
 これで赤い顔でもしていれば、『ああ、葵が一番意識しているのはRune
なんだなぁ』とかで済んだのだろうが、葵の顔は蒼白だった。
「どしたの?」
「あの……学校の屋上から突き落とされるのって、その……悪戯の範疇に入る
んでしょうか?」
「へ? ……そんなことされたの?」
「はい……。中学の……綾香さん達が卒業されたあと、格闘の教練の時に……」
「へぇ。葵を格闘で下したの? そのRuneというのは」
 うなだれ、半泣き状態の葵とは対象的に、好恵は純粋に感心したらしい。上
がり症なので試合ではパッとしないが、葵は練習では良い動きをする。綾香や
好恵が目にかけているのは伊達ではない。
「あ、好恵は面識無かったっけ?」
「会った事はあったかもしれないけどね。あなた達の中学の後輩だったっけ?」
 綾香が首肯する。
 綾香と葵は同じ中学校出身だが好恵は違う。知らなくてもさほど不思議でも
ない。
「ふ〜ん……。でも変ねぇ? あいつって戦闘巧者だけど、それって音声魔術
あってこそのはずだけど……。格闘だけだったら葵の方が上なんじゃない?
油断でもした?」
「そうじゃないんです! 格闘の教練の時にその……私が飛び関節で腕を折っ
てしまったんで……その報復に放課後いきなり屋上から落とされたんですぅ」
 二人が息を飲み絶句する。
「それで私も骨折して……。あ、あの時はほんとに……私はここで死ぬのかと
思いました!」
 完全に泣きが入っている。
 綾香の思考に浮かんだのは、
 ――まぁRuneらしいシュールな話よね。
 という、えらく達観したものだった。
「根に持つタイプ?」
 眉根を寄せ、好恵。
「意外とそうかも。でも仕返しだけはキッチリやって、あとは水に流しちゃう
し、時間が経ったら結構忘れてるみたいだから。そういうのを根に持つって言
うのかどうか……ちょっと疑問ねぇ」
「仕返しする時点で根に持ってると言うんじゃない?」
「それもそっか」
 肯いてから少し考えてみる。
 前述の五人の中で一番印象に残っているのは、結局Runeのようだ。それ
が良いものか悪いものかはさて置いて。
 ――昼休みはいつも一緒らしい昌斗とか……部活でアピールする機会がいく
らでもある残りの三人とか……。ちゃんと時間はあるっていうのに、Rune
に負けてるなんて情けないわねぇ。モーションが足りないのよ、きっと。その
あたりきっちりしてるのってTくらいだし。
 高校に入ってからRuneがなんらかの行動を取っているのなら仕方ないか
もしれないが、そういう話は聞いた覚えが無い。
 ――あ、たかられたりしてるって話は聞いたか。Rune貧困してるから。
「……つくづく情けない」
 たかる、という事ならいくらでも他に適当な人間が居る。例えば旧知の綾香
か柏木梓のところに来ればいいのだ。
 綾香なら親がある程度の贅沢――といっても庶民的感覚の粋を出ない程度の
だが――を許しているせいで、多少の余裕がある。
 Rune同様に貧困しているハイドラントによくたかられるとは言え、その
程度はある。
 梓なら夕食に一人客を招待するくらい、どうとも思わないだろう。柏木家の
面々なら夕食を囲む人間がいつもより多いというのはよくある話だ。少ない方
が犠牲の少ない場合もままあり、そこらへんはロシアンルーレット。
 その綾香の呟きを二人が聞き咎めた。
「何が?」
「何がですか?」
「甲斐性無しが一番印象に残ってるみたいだから、ちょっとね〜。それとも葵
って母性本能強いのかしら?」
「え?」
「Tにしても、告白するだけして、あとは音沙汰無しだし。もうちょっと露骨
なくらいでも良いと思うけど……無理か。女の子意識しすぎてるみたいだし」
「え? え? え?」
「人の事より……」
 先程救われたお返しか、今度は好恵が横から嘴を挟んだ。
「そう言うあなたはどうなのよ?」
「わたし?」
「やっかんでかどうだか知らないけど、女子のあいだで今流れてる噂はあんま
り良いもんじゃないよ。あいつらのあいだを行ったり着たりしてるとか、ああ
やって選んでるんだとか……。おおっぴらではないにしろ聞いていて気分の悪
いのも出まわってないわけじゃないよ」
「……なんで?」
「……さぁ? ……結構いい男だからじゃない?」
「……あいつらが?」
「少なくとも女性受けはするみたいね」
「ふ〜ん。あんましピンとこないけど……。ま、言わせとけば? 他人の誹謗
中傷が楽しいなんて人が言う事、いちいち気にしてたらキリがないわよ?」
「……そういうの無くす意味でも、いい加減はっきりしてやったらどうかって
私は言ってるのよ」
 やや険を含んだ忠告を受けて、綾香は柔らかく微笑んだ。
「あ・の・ねぇ。なんでもかんでも男女の仲に結びつけようとするのは、欲求
不満の現われなんだって」
「ハ?」
「beakerとなにかあったの?」
「なんでいきなり……そういう事になるのよ」
 戸惑う好恵に「さあ?」と首を傾げ、クスクスと綾香が笑う。
「周りにどう思われていようとね、あいつらはわたしにとってあなた達と同じ。
何でも言いたい事を言える、居心地の良い場所なの」
「……それでも、向こうはあなたと同じだとは思えないけどね?」
 彼らを知る誰もが抱く思いを、好恵は敢えて口にした。
 しなければならないと思った。
 彼らは大抵、おおっぴらだとかそうでないかなどの程度差はあれ、綾香への
好意、思慕を表に出している。それを踏まえた上で言うのなら、綾香のそれは、
他人からの好意に胡座をかく行為ではないのか?
 それは傲慢に過ぎるのではないか?
 そう思ったから。
 長らくつきあってきた友人として、言わなければならないと思った。
 けれど、
「好意を示されたからって、それと同じ好意で応えないといけないと決まって
る訳じゃないわ。それはわたしにしてもあいつらにしてもそうよ」
 綾香の返答は期待したものと正反対。
 あいつらが自分のどこを好きになったのかわからない。
 自分があいつらのどこを気に入ったのかもよくわからない。
 最初の印象だけで言えば、彼らは最悪だったかもしれない。
 それなのに彼らを受け入れている自分が居る事を、もうとっくに知っている。
 だからわからなくて良い。好きになる理由など。
 もしどこかで彼らに嫌われる事があったとしても、それを拒まずに受け入れ
る。受け入れられる。自分が相手の事を好きなら、それで良い。いつか関係が
回復する時だって来るかもしれない。
 逆にあいつらを嫌いになったのなら、もう自分には必要無いのだと、そこで
未練も無く切り捨ててみせる。
 好恵にどこまで読み切れたかわからない。彼女の思うように傲慢かもしれな
い、わがままなだけかもしれないだが、綾香が放った言葉にはそれだけの想い
が確かに込められていた。
 だから、だろうか?
 そこまで言って、ご機嫌だった綾香の顔が一転、不機嫌そのものになる。
「あいつらが好きならわたしに遠慮する事なんてないわよ。告白するなりなん
なりすればいいじゃない。女を磨く努力も振り向かせる努力もしないで陰口叩
くだけの奴なんて怖くないわ」
 毅然と、そして冷然と綾香は言い放った。
 張りつめた、彼女に支配された空間が形成される。
 この来栖川綾香という少女は人を惹きつける魅力がある。彼女がアイドル級
に有名になったのは、空手大会で優勝を重ねた上でエクストリ−ムで優勝した
から。ルックスが良かったから。そういう面は確かにあるだろうが、決してそ
れだけではない。
 彼女に人に言葉を聞かせる才能があったからだ。
 人を魅了する言葉を、無意識に選び出す力が。
「…………」
 そんな空気の中、それを聞いた葵は酷く複雑な表情をしていた。
 尊敬したいけど呆れてる。喜びたいけど困ってる。そんな顔だった。
「あの……綾香さん」
「なに?」
「言ってる事はもっともだと思うんですが……自分の事棚に上げてる気がする
んですけど……」
 遠慮がちにそう言うと、綾香はちょっとのあいだキョトンとしたあと、ケタ
ケタ笑い出した。
「いいじゃない。他人の不幸は蜜の味ってね。ちょっと意味違うけどそんなも
のよ」
「か、からかってたんですかぁっ!?」
「さあどうでしょうね〜? わたしはね、葵。あなたはもっと考えるべきだと
思うわ。自分の事、周りの事、これからの事。もっと沢山……ね」
「は、はぁ……」
 要領の得ない返事をする葵に、綾香が優しい笑みを向ける。そんないつもと
変わらない光景を目にして、好恵は不意に気付いた。
 ――ああそうか。綾香の言ったあれは、努力している者の、努力している者
だけの言葉……だね。
 だから他人の胸に響くのだ、と。
 それに気付いたからこそ、新たな事に気付く。
 ――結局こいつも……あいつらの事好きなんじゃないの? 選べないんだか
気付いてないんだか……。葵にしろ綾香にしろ、結局オコサマなだけなんじゃ
ないの?
 そう思った途端、心の内に余裕が生まれた。
 いわゆる恋人持ちの余裕。優越感というやつだ。
 ――あいつらとは別に好きな奴が居るって事も考えられないじゃないけどね。
「でもねぇ綾香……」
 その余裕を前面に押し出しつつ苦笑してみせる。
「あいつらが休み時間とかいつもあなたのこと目で追ってるの知らないの? 
あれ見てると思うんだけどさ」
 ふぅ、と少し大袈裟に溜息を吐く。
「まるでお預けくらってる犬ね」
 ヒキッと綾香の表情が固まった。
 顔を赤らめ目を吊り上げて、一言。
「うるっさい!」
 怒りを露わにする。
 それは珍しくも、その日初めて綾香が普段から崩さずにいる余裕を失った
瞬間だった。
 どうやらそれは、彼女にも思い当たる事だったらしい。