どよコン参加L「何故少年はその道を選んだか?」(1) 投稿者:悠朔

「どうしたものか……?」
 教室の机の上に腰かけ、悠朔は悩んでいた。
 悩んだところで答えなど出るはずも無いとわかっているのに。いや、答えな
どとっくに出ているというのに。
 そもそもいったい何故、彼女はこんな催し物に参加する気になったのか。色
欲に狂った思春期の野郎共を喜ばせるだけではないか。
 愚にもつかない……とまで言う気はあまり無いが、だからといって納得でき
る答えがある訳でもない。そういったものにもそれなりに意義はあるだろうと
は思う。すなわち、結果によっては参加者のプライドを満足させる事が出来る
だろうという、意義が。
 だがそんな事に意味があるのだろうか?
 美醜の観念など人により千差万別。結果は偏にその時代の大衆の好みに委ね
られる。その中にさえジャンルがあるというのに。
「例えばロリ好きと年増好みとデブ専と筋肉萌えが同じ枠内に投票するとして、
その結果に意味はあるのか!?」
 魂から漏れ出る疑問。
 答えは茶をすする傍らの黒づくめの男からもたらされた。
「今回は選挙ではなく勝ち残りだがな」
「弱肉強食の破壊活動の果てに生き残りを賭けたサバイバル。ミスコンという
コンセプトから激しく外れている気がするがどうだっ!?」
「仲間は集め放題だから人気と人望は計れるかも知れんぞ」
「……お前が人望云々を口にする事自体がすでに間違いと言う気もするが、そ
れは人望と言うものとかけ離れた位置にあるものを要求されている気がするが
如何にっ!?」
「気のまわしすぎだろう」
 その場に居るだけで無形のプレッシャーを放つその男の言葉に、一片の躊躇
も無かった。
「そーか?」
「多分な」
 シレッと言い切る。
 だからこそ、朔は断言した。
「嘘吐け」
 と。
 それを受けて男がフッと笑う。
 二人ともボロボロに汚れ、ところどころに焼け焦げた痕、擦り傷や刀傷など
の怪我を負っている。
 それぞれが身にまとうものの色。白と黒の対比の中にある赤黒いシミ。それ
を真っ赤な夕日がさらに赤く、赤く染め上げていた。
 例によって例の如く一戦やらかした後だが、二人の顔に険はない。
 打ち合わせた通りの手合わせという訳ではない。演舞をやっている訳では決
してない。
 正真正銘の全力勝負。
 それでも、最後の一線を越えてはいない。
 手を抜いているという意味ではない。相手を死に至らしめる、あるいは再起
不能にする技。戦う技ではなく相手をより早く、より確実に倒すための技を学
ぶ者として、手にいれたものの数々。
 それらを用いてまで勝ちを求める時では、今はない。
 今の、そこそこ刺激的な、それでいてぬるま湯のような日々。それは決して
不快なものではない。こんな日々が続けば良いと、そう思っているのだ。
 だがその一方でいつかそんな、己の命を削りあって雌雄を決する時が来るだ
ろうという確信がある。その時が来るのを楽しみにしている。
 今のかりそめの、砂の楼閣の如き信頼関係が切れる、その時を。
 朔は傍らで平然としているその男に奇妙な苛立ちを覚え、尋ねた。
「お前はどうするつもりなんだ? ハイドラント」
「知れた事だ。誰が至上の女かなど競うまでも無いが、だからこそ誰かが推薦
するだろう。あいつをわざわざ晒し者にする気は無いが、出るならば手を貸し
てやる。……お前もそうするだろうと思っていたが? 今なら私と綾香の愛の
ために、露払いくらいはさせてやろう」
「まぁ、お前の戯言はいつものことだからひとまず置くとしてだ」
「置くな。最も重要なところだぞ、そこは」
「戯言という自覚があるようだから遠慮無くその話は置くとしてだ」
「むぅ!?」
「実際のところ、パートナーとしてならお前より信頼できる奴は……」
 朔は言葉を切った。
 何人かを脳裏に列挙してみる。
「ふむ。……まぁ、居ないだろうな。信用できるかはともかく」
 自分の呼吸に合わせてこれる者。
 相手のサポートに回るタイミング。
 何度も何度も、それこそ機会さえあれば立ち合ってきた二人だからこそ、見
えてくるものもある。
 学園でもこと破壊力においては屈指の威力を誇るハイドラントに前衛を任せ、
近中遠と距離を選ばず卒無く戦闘が可能な朔がスイーパーに徹すれば、それだ
けでも敵対する者にはやっかいになるはずだ。かてて加えて実戦経験がやたら
と豊富な二人はそれに捕われる事なく、臨機応変に対応することが出来るだろ
う。
 問題は背を預けるに足る信用があるかという事だが、綾香を守るという共通
目的を持てる今回に限ってはさほど心配無い。
 そう、問題は別にある。
「だが、それはそれとしてだ。俺は……」
「どうした?」
「俺は今回、静観しようと思っている」
「ほう?」
「俺は……自分が定めた覇道を行く人間だ。敵対するものには決して退かず、
押し退け、なぎ倒し、轢き潰す。神に会っては神を殺し、師に会っては師を殺
す。俺が俺らしくあるために、邪魔するものはそれが何者であろうと駆逐し、
斬断する。……俺が選んだのはそういう道だ」
 淡々と。
 事実を語るが故に淡々と、朔は語った。
 それをハイドラントが冷ややかに眺める。
「……要するに攻撃一辺倒で防御に、いや防衛にまわると自信が無い、という
ことか」
 朔の額から冷や汗が流れた。
 反論の言葉も出ない。
「図星か」
 ハイドラントの呆れたような視線が痛い。
「何故だ!? オブラートで包み隠した本音に何故気付く!?」
「気付かん訳があるか馬鹿め。お前まだ私のことを甘く見ているようだな」
「……どーもそんな気がしてきた」
 ハイドラントの言う通りだった。
 朔の戦闘スタイルというのは機動力を最も重視したものになっている。簡単
に言えば敵の攻撃はとにかく避ける。受け止める事はせず徹底して避ける。最
悪でも攻撃を外に弾くことを考えるという、正直無茶なものだ。
 受け止めれば動きが止まってしまうし、そうなると多対一の場合は致命的だ。
攻撃を弾けば相手の体勢は崩れるし、反撃の糸口となる。そういった理由を付
けようと思えばいくらでも付けられるだろうが、あまり意味が無い。結局封神
流のスタイルがそうなのだから仕方が無いのだ。
 悠家は異形のもの。妖怪、異神、悪魔。
 そして……鬼。
 長い長い歴史をかけてそれらと戦う術を模索してきた一族。それは人間の肉
体の脆弱さを思い知らされるものだったと伝えられている。それらの攻撃は人
に止められるものではない。耐えられるものではない、と。
 その事実から、彼の一族は防御し受け止める。ダメージを減らすという概念
を捨てた。そう言われている。
 護衛に向いているスキルではない。
 もともととことん打たれ弱い朔が警護に当たるなら、取るべき行動は一つし
かない。即ち敵対行動を取ると思われる対象の殲滅。それしかない。学園の有
力者ほぼ全員が参加するであろうこの企画で、いくらなんでもそれは無茶とい
うものだ。
「お前なら魔術で障壁を張れるし、お前が綾香の傍らに居るなら……あまり心
配することもないだろう。あいつは人気者だし格闘部からも護衛に付く奴が居
るだろうからな。壁としては俺より適任だ」
「悠綾芽の方はどうする? もう参加を決定したと聞いたが?」
「綾芽か……。我が家の家訓は"自立せよ"でね。あいつが選んであいつが決め
た事なら俺は別に何もしやせんよ。わざわざ立ち回るのも面倒だしな。頼って
くるようならまた考えもするかな? ……ま、少し心配ではあるが、今から手
を貸す算段をするのは過保護と言うものだろ」
 朔はそう言って憂鬱そうに溜息を吐いた。
 気楽な口調と表情がまるで合っていない。
 綾芽の護衛に付くことになったのは、一年の弥雨那希亜という男だ。
 空を超音速で飛行する非常識な――と形容するにはこの学園は非常識すぎる
ように思い、少々哀れを誘う――男だが、腕っ節に関しては頼りないとしか言
い様がない。
「綾香や芹香お嬢と合流すれば、なんとかなるだろしな」
 なんだかんだ言っても芹香、綾香、綾芽の三人は仲が良い。全員が異なるタ
イプの女性だが、だからこそか馬が合うらしい。一緒に生活している――身寄
りのはっきりしない綾芽は現在来栖川家に引き取られている――のだから摩擦
もあるはずだが、朔には正直彼女達が争う姿は想像できなかった。
 今回でも三人が連合を組むというのは充分考えられる。
「さっきどうしたものか、などと言いながら思い悩んでいた奴の言葉とも思え
んな」
「放っとけ」
 薄い笑みを浮かべたハイドラントに憮然と答える。
「あいつは妹みたいなもんだからな。……心配もする」
 ――俺みたいなのを頼る奴も少ないからな。支えてやりたくもなる。
 どんな人間も誰かに頼りにされるのは嬉しいものだ。いくら自立した人物に
好感を覚えると言っても、朔がその例外に当たる訳ではない。度を過ぎると今
度は煩わしく感じるかもしれないが。
 増して好意のカケラも抱いていない相手なら、怒りさえ抱く鉄火なタチだと
いう自覚もある。
 だからこそ、綾芽がそうすると決めたならその意思は尊重したいし、邪魔は
したくない。余計な手出しも。
「お前の方こそどうなんだ? きっかけがないと出てこないって言う風上日陰
はともかくとしてだ。皇華とかグレースとか川越たけるとか……結構身近に魅
力的な女性が居るように思うが?」
「知らん。そのあたりはそいつらのシンパが付くだろう。出るとするならばだ
がな」
「あそ。じゃ、Miss.EDGEは?」
「…………」
「俺が把握している限りでは、彼女に手を貸しそうな関わりのある人物はお前
と夢幻来夢。科学部関連からジン・ジャザム、ゆき。兄の西山英志。……こん
なところか?」
 指折り数える朔。
 数えてはいるが、その誰もが先に優先する人物が居る。彼女が孤立するとい
う事も充分考えられるが……。
「体育会系は上の命令は絶対だそうだが、師が出馬したときはどうするんだ?」
「…………」
 沈黙しているハイドラントに、自分の折りまげていた指から視線を移す。
 無表情なまま真っ青になったハイドラントの顔が、そこにあった。
 一言で表現するなら、灰。
 朔は天を仰いだ。
「前途多難だな……。お互いに」
「まったくだ」
 二人は同時に溜息を吐いた。



 次の日の放課後。
「え? お前参加しねぇの?」
「そのつもりだが」
「何ぁ故ぇ?」
「いや何故と言われても」
 心底不思議そうな顔を浮かべるYOSSYFLAMEに、逆に朔の方が困惑
した表情を浮かべた。
「俺はそこまで悪趣味ではないつもりだが……」
「悪趣味? お前今悪趣味って言ったか!?」
「あ、ああ」
 柳眉を逆立て怒りを露わにしたYOSSYの剣幕に気圧され、どもりながら
もコクコクと肯く。
「悪趣味とは心外な! 10代の大人でも子供でもない、まるで妖精のような
可憐な時期! その柔肌を目に焼き付ける事が出来るっていう貴重なイベント
だぞ!?」
「い、いやでもな……」
「しかも逃げ惑う少女を追いかけても誰も咎めないんだぞ!? 剥ぎ取りそこ
ねた服から覗く少女の肌っ! 破れかけの服を押さえながら逃げていく少女!
どうだ! お前も想像してみろよ!」
「どーだと言われても……」
「萌える! 否! これで萌えなきゃ男じゃね〜ぞ!」
 握り拳を震わせての熱弁&断言。
 目を白黒させる朔。「……変態かお前は」と一瞬思いはしても、流石に口に
はしなかった。自分と会話を持とうとする、数少ない、稀有にして奇特な人間
だ。友達と呼んで差し支えない人間を、出来れば無くしたくはない。
 それに男なら大なり小なりそういった感情を持っているものだと自覚もして
いる。言われて想像してしまって「ちょっといいかもしれない」とか思った自
分というものが、しっかり存在していたりするし。
 ここまでストレートに口に出来る人間もそうそう居ないだろうとも思うが。
ある意味尊敬に値する事だけは確かだ。
「気持ちはある程度理解出来ないでもないが……それは俺のキャラクターじゃ
ないって事くらいはわかるだろう?」
 その一言で熱が冷めたのか、YOSSYが肩を竦めてハッと鼻で笑った。悪
意があるわけではないだろうが、呆れているという気配だけは明確に伝わって
くる。
「変にCoolだからな、お前」
「いや別にそういう訳じゃなく……」
 ――確かにそういうところも無い訳じゃないが。
 どうしても嫌われたくない相手が居る。軽蔑されたくない相手が居る。だか
ら無様な姿を見せないよう、恥ずかしいところを見せないように、ついそう構
えてしまうところは、確かにある。
 もしハイドラントのように傲岸不遜なまでの自信に満ち溢れていれば、ある
いはそうである振りをする事が出来れば違っていたのかもしれないが。
 昨日自分の道を歩むと言ったばかりでありながら、それを曲げているように
も思うが、ある程度の自己管理もまた自分が定めたものである。朔自身はそう
いう自制を何よりも嫌っているのだが、なかなかに総てをふっきってしまうと
いうのは難しい。
 だが、今回の件はそういった事とは関わり無しに、見送ろうと思った理由が
他にあった。
「そういう訳じゃないって……まさかお前!」
 YOSSYがズザザと、一歩退いた。
「?」
「いや、最近そういうのが多いっていうのも聞いてたけどホントなんだな……。
ああ……。悪い、気付かなかった俺が悪かった。そういう事だったんだなぁ」
「そういう事って……どういう事だ?」
「皆まで言うな! わかってるって!」
「だからなにを?」
 ガシッと朔の肩に手を掛け、視線を合わせないよう床に落とし、
「頼むから俺をそういう目で見るのだけは止めてくれよ」
「…………」
 何を言わんとしているか理解するのに、かっきり三秒の時間が必要だった。
 拳をYOSSYの頭に振り下ろす。
「誰が男色家か!!」
「違うのか?」
「当たり前の事を確認するな!!」
「だってこ〜んなチャンスを見逃すなんて、他に理由が考えられね〜し」
「あ〜の〜な〜……」
 額に青筋を浮かべたまま息を大きく吸い込み、朔は口を開いた。
 怒鳴りつけるために。