『どよめけ! ミスLeaf学園コンテスト』 第九話「開幕からの、ある集団の動き」 投稿者:悠朔

 何も無い空間だった。
 あるのは雑草の生い茂った大地。木々の間を抜けてくる風。そして光を降ら
せる太陽。雲一つ見えない抜けるような蒼弓と間近にある緑の対比が、目に優
しく感じられる。
 木々の中にぽっかりと空いたスポット。何故かそこだけ木が茂る事も無く、
長い時が流れた空間。そこはそんな場所だった。
 そこに居るのは一人の男。
 ただ無心に舞う。
 振るった腕から風が生まれ、そしてそれを切り裂く音が鳴る。
 手にしているのは2m近い長い棒状の物体。
 そのように扱う以上、槍――と呼んで差し支えないだろう。
 それを片手で振るい、両手で構え、振り、突き、払う。
 一連の動きは流水の如く、流れに淀みは無い。
 それを美しいと評する事も、出来るかもしれない。
 だがそれは人に見せる事を目的とした舞ではない。人に仇為すための技を磨
くもの。
 今は目前に獲物は居ない。だが得物との一体感が男の脳内にアドレナリンを
活発に分泌させる。
「ハァァァァッ!!」
 鋭い呼気とともに繰り出した棒を横に払い、腰を支点として上下左右、自由
自在に振りまわす。
「砕ッ!」
 槍が長大な弧を描き大地を叩く。
 さらに続く一連の演舞を終え、残身の構えで息を整えると、槍を持ったまま
悠朔は嘆息した。
「……ふむ。……まぁまぁかな」
 自分の動きに満足できたわけではないが、常日頃用いている得物ではない。
とりあえず、そう評した。
 草の上に腰かけ、横でボケ〜ッとそれを眺めていた降雨ひづきと佐藤昌斗か
ら、気の無い拍手が飛ぶ。
「今日は刀じゃないんですね」
「古流はなんでもありだからな。武器の王と呼ばれる槍術を操れなければ、一
人前とは呼べんし、奥伝の伝承など夢のまた夢なんだと……」
 ひづきの言葉に肩を竦める。
 祖父が行方不明となっている今、代理とはいえ悠家の当主である姉に、朔は
頭が上がらない。姉が扱えるようになれと言うなら、無理でもそれをやらなく
てはならない。
「それに……今日の相手は刀二本振り回して、なんとかなる相手じゃね〜から
な〜。下手すりゃいきなり遭遇戦なんてのもありえるし」
 古くから素手で刀を持つものに挑むには三倍。槍を持つものには五倍の技量
が必要だと言われる。それほど有利不利がはっきりしているという意味だが、
だからと言って武器を持ち変えたところで、それが即プラスになる訳でもない。
本来なら自分の使い慣れた武器を選ぶのが一番だ。
 だがそれでも敢えて、朔は槍を手にする事にした。
 三倍では追いつけない。
 だが、五倍……いや、慣れないものだという事を差し引いても、四倍なら或
いはなんとかなるかもしれない。
 浅はかと言われればそれまでだが、そう考えての事だ。
「誰と戦う気で居るんです?」
「そんなの綾香に決まってるだろ」
 何を当たり前の事を、と当然のように答える朔に、二人は当惑した表情を浮
かべた。
「綾香って……来栖川綾香さんの事、だよな?」
 念のため、と、昌斗が問う。
「他に誰が居る?」
「喧嘩したの、そんなに糸引いてるのか?」
「いいや?」
「もしかして、私が止め刺しちゃったとか……」
「確かにそれはある」
「そりゃそうだよな」
 ちょっとした後ろめたさから、恐る恐る尋ねたひづきに、二人が声を揃えて
肯定の意を示した。
「……なんだったら俺から事情を説明してやろうか?」
 少し考えて、昌斗がそう申し出た。
 彼なりに責任でも感じたのかもしれない。
 或いは最近抱いている――ひづきの下僕という――親近感がそう言わせたの
かもしれない。
「いや、気にすんな。この程度の小競り合い、いつもの事と言えばいつもの事
だ」
 達観したようにそう言う朔の顔に、実際陰りは無かった。
「そんな事より……このサバイバル。本気で生き残る気なら、誰から潰せば良
いかわかってるだろうな?」
「誰からって……敵を見つけて、勝てそうなら戦って、無理そうなら退くしか
ないんじゃないか? 時間が経てば潰し合いで敵が減ってくれるだろうし」
 だから開会式後の猶予期間の間にこの森の中に潜む事にしたのだ。
 逃げまわる際の鉄則は、まず高いところには昇らない事。
 上へ上へと逃げると、どうしても逃げ場が無くなってしまう。飛行出来る能
力者なら話は別だが、あいにくこの面々にそういったスキルは無い。
 森を選んだ理由はもう一つある。
 朔が最も得意とするのがゲリラ戦だからだ。
 わずか小一時間のうちに、この森はブービートラップの宝庫と化していた。
例えしとめられなくとも確実に足止めになり、撤退の時間を稼ぐ事が出来る。
気配察知能力に突出した朔と昌斗――昌斗の方は、実は彼の持つインテリジェ
ンス・ソード、運命(運命)によるところが大きいが――にとって、ここは格
好の『戦場』と言える。
「こっちは寡兵だ。いくら学園の双璧と呼ばれる剣士を抱えてるとはいえ、数
で押されれば限界はすぐだ。遭遇戦ばかりでは疲弊が激しくなる可能性が高い。
そうなったらまともな状態では戦えない。逃げれない。開会前に避難場所をい
くつか設置しておいたが、そこまで持たなければ意味が無い」
<行き当たりばったりではいけませんよ、主>
 たしなめるように朔に同意する運命の言葉に、昌斗がしぶしぶ肯く。
 とは言え、運命の言葉は昌斗の脳に直接語りかけてくるものなので、ひづき
と朔には聞こえない。
「なにか言ってる事に間違いはあるか?」
「いいや」
「ではなにか不満でも?」
 不満そうなのを見てとった朔が重ねて問うのを、肩を竦めてやり過ごす。
「ねぇ。学園の双璧って……悠さんの事? へぇ〜。そんなに強かったんだ〜」
 ひづきが発した感嘆の言葉に朔は頭上に疑問詞を浮かべ、次いで不思議そう
に昌斗に視線で問いかけ、もう一度ひづきに視線を戻した。
「いやまさか。俺は剣士としては中の下から下の上ってとこだな。あの二人に
は足元にも及ばないだろう。……そのぶん多岐の武装の扱いに長けてると思っ
ているが。こんなのとか……こんなのとか……代わりダネとしてはこんなのと
かな」
 槍、刀に始まりサイ、トンファーなどの奇形の武器。銃、弓などの遠距離戦
用武器。寸鉄、分銅鎖、投げナイフなどの暗器に類するものなどなど。毎度の
事ながら、いったい何処に持っていたのかと思うほどの武器を懐から引っ張り
出し、それをお手玉のように弄ぶ。
「へ〜。……え? でも……。あれ? じゃあ……」
 うろたえるひづきに肯く。
「ああ、お察しの通りだ」
「……かついでません?」
「そういったつもりはないぞ。純然たる事実だ」
 ひづきは視線の先にあるものを、まるで信じられないといった表情で眺める。
「…………」
「……なんだよ?」
「昌兄って……そんな強かったの?」
「……どーだろ? 校内エクストリームでのきたみちさんとの対戦で、引き分
けになってからかな? そんな事言われるようになったけど、俺はあんまり実
感無いな〜」
「ふ〜ん」
 納得したのかしてないのか。ひづきはとりあえず肯いた。
 昌斗の背中で<主はまだまだ精進が足りません>などと運命がお小言を言っ
ているが相変わらず聞こえているのは昌斗だけだ。
「構わんか?」
 頃合を見計らって、朔が声を掛ける。
「真っ先に潰しておきたい人物を具体的に挙げると、来栖川姉妹。姫川琴音。
坂下好恵。サラ・フリート。ルミラ・ディ・デュラルにアレイ。怪奇仮装D箱
様……参加者で言ったらこんなとこか」
「怪奇仮装って……」
「……根拠は?」
「T−star−reverseに関わりが深い。報道のために使っている傀
儡はあれのものだ。精神的に繋がってるとか聞いたように思うからな。傀儡に
見られるという事は、Tに所在が知られると思った方がいい。正直に言えば参
加者は放っといてもいいから彼には2〜3日ほど昏倒していて欲しいね。退場
は早ければ早い方が良い。情報を制する者が世界を制すとも言うからな」
 クククククと、底冷えする笑みを浮かべながら物騒な事を言う。
「じゃあ積極的に打って出るのか?」
「闇雲に出てもラチが開かんな……。少し待て」
 言って、懐から五芒星が描かれた紙の束を取り出す。
 片手で手印を切り、空中に文字を描く。
「式鬼! ……宿! ……動!」
 昌斗とひづきはその一語一語に、力が宿っているのを感じた。
 風もないのに言葉とともに紙の束が舞い上がり、朔の姿を隠すように紙吹雪
となって空を踊る。
「……翔!!」
 紙吹雪の中から羽音がした。
 舞い散る紙が総て、風に揺られながら地面に落ちる。
 その時には朔の手には一羽の精悍な鷹が留まっていた。
「いけっ!」
 朔の掛け声に応え、鷹は一声高く鳴き、その翼を広げた。
 重い身体を支える風を捕まえるためにしばらく低空を飛んでいた鷹は、高く
高くへと舞い上がり、視界から消えていった。
「……今の、何?」
「最近……使えるように……なった、式神……だ。なんだよ……。お前等、見
たこと……ないのか?」
 ぜーひーぜーひーと呼吸を荒くし、息も絶え絶えといった風情の朔。
「どしたの?」
「疲……れた……」
 ひづきにそれだけ答えて、大地にひっくり返る。 
「優れた術者なら紙吹雪総てを獣に変えたって言うけど……」
「俺にそんな……だいそれた真似が……出来るか」
 昌斗の言う通り、今寝転がっている朔の下敷きになっている五芒星の描かれ
た紙総てが、式神として飛び立つはずのものだった。
 だが実際は、それらに朔が前もって与えた力を総動員して、やっと一羽。な
んとか形を取らせることが出来たに過ぎない。
 術が失敗したとかそういう事ではなく、単に実力の問題である。
「式神ってあれでしょ? 紙とか人形に亡霊だとか動物霊だとかを封じて、そ
の力を使役させるっていう」
「まぁ……大体、合ってる」
「どんな事が出来るの?」
「術者が力不足……なんでね。さほど、たいしたことは……出来ん。偵察と、
あとはせいぜい伝達……」
『ピンポロポロピンポンポン』
「あっ、ちょっと待ってね」
 ひづきはポケットから携帯電話を取り出し、スイッチをオンにする。
「もしもし? あ、EDGEちゃん? ……うん……うん。……え〜? あ、
しまったな〜。その手があったか。……え〜? ずっる〜い! キャハハ。え
〜? ……うん……うん。え? ホント? じゃ、当てにしないで待ってるね。
……うん。それじゃ!」
 ピッとスイッチを切る。
「EDGEちゃんとM・Kちゃんが、今は耕一先生の授業で忙しいけどあとで
手伝ってくれるって。……で、なんだっけ?」
「…………。ま、文明の利器は便利で、伝統芸能は苦労の割には……役に立た
ないってこと……かな?」
 朔は皮肉げに口元を歪めた。
「?」
「あれに……偵察させてるあいだに見たもの、聞いたこと、感じたことは……
俺にも感覚として……伝達される。そのかわり俺本人は無防備だから……大丈
夫だとは思うが……スマン、周りの警戒……担当してくれ」
 言われて昌斗とひづきは朔が倒れ込んでからずっと目を閉じている事に気付
いた。
 言葉が途切れ途切れなのも、疲労だけが原因ではなく、式神を操る事に精神
を集中しているらしい。
「悠さんが他人を頼るなんて、珍しいんじゃない?」
「かもな。……ま、どっちにしろ暫く待機だな」
 そう言って二人は腰を下ろしたまま、のんびりと空を見上げた。


 鷹の視点を以って、遥かな高みから地上を見下ろす。
 とはいえ、空を飛んでいる、という感覚はない。
 背中から、大地が自分を包んでいる感触はあるし、霊体である鷹に実体は無
く、風を切る感覚を与えてくれるわけではない。
 視界角度の広いTVカメラ。
 あるいは360°をカバーした3Dフライトシミュレーターと言ったところ
か……。
 だがリアリティに関しては当たり前だが文句の付けようが無い。
 特に鷹が与えてくれる視覚情報は快適の極みと言えた。
 人間に比すること、なんと32倍にも及ぶ。
 遥かな高みから獲物となる小動物を発見するために、進化の一つの極みに到
達した生物の力。
 朔が使い魔として選んだ所以である。
 鷹は大きくゆるやかに旋回する軌道を描き、天空から学園の様子を伺う。


 どよコン開催から一時間超。
 服のはぎ取りが許可され、あちこちで騒動が起き始めている。
 最初のターゲットを一応Tと定めた訳だが、彼のよく居る場所、というのは
思い浮かばない。それほど親しいわけでもない。
 ――あいつと仲の良いのは……。
 幾人かのどよコン参加者を候補に挙げ、その行動範囲を割り出してみる。
 こういう特殊なシチュエーション下で普段と同じ行動を取るはずはないが、
普段からよく知っている場所かそうでないかでは安心感が違う。不安は疲労を
倍化する。よく居る場所に的を絞り、そこから捜索範囲を広げるというのは有
効なはずだ。
 ――まずは、格闘部とオカルト研だな。
 実のところ、朔にとってひづきが優勝するか否かなど、さしたる問題ではな
い。ゴーストを人質(猫質?)に取られてやむなく従っているのが現状だが、
それとて冷静に考えてみれば心配する事ではなかった。
 彼女は正真正銘、日本の神に仕える巫女なのだ。
 神道は穢れを何よりも嫌う。
 血を赤不浄と呼び、死を黒不浄と呼び、極力接触を避ける。あれほど稀有に
して強大な霊力の大半を失う可能性を覚悟した上で、死の穢れを自らかぶるな
ど、今ありえる事ではない。
 ――ま、予測の域を出んが。
 例えばその希少性をひづき自身が自覚しておらず、なおかつゴーストを塵芥
と同列視していた場合などは、ゴーストの安全は無い。
 とはいえ可能性は極めて低いと言えるだろう。
 だから、と言うべきか。
 今彼はボーダーライン上で自分の好き勝手に行動している。
 Tを倒しておかないと、後々不利になる。というのは朔の達した結論に違い
ないが、今捜しているのはTではない。彼はせいぜいオマケだ。
 ――こんな機会でもね〜と、あいつと全力戦闘なんて出来そにないしな。
 ひづきの護衛そのものを蹴ってもよかったのだが、昌斗という手駒が欠ける
のは惜しい。ひづきの戦闘能力も、さほど期待しているわけではないが役には
立つ。
 結論。
 騙して利用しよう。どうせ脅迫されての上なんだから、お互い様だ。
 という訳である。
 そして格闘部の使う道場上空にさしかかったとき、彼は標的を発見した。


「見つけた!」
 使い魔が支配の呪縛を解かれ、感覚を霧散させるのを自覚しつつ、跳ね起き
る。
 ――都合の良い事にTも一緒だ!
 心の中で快哉を上げる。
 これでTの身柄を確保できなくとも言い訳は成り立つ。
「格闘部の道場近くだ。標的が誰なのかまでは確認できなかったが、護衛対象
が一緒に居るらしい。戦闘中。大駒は確認できなかった」
「……行くか? 乱戦は好都合と言えば好都合だし」
 昌斗が少しためらいがちに言う。
 この三人の基本戦術は近接戦。
 乱戦で遠距離攻撃が出来ない状況は、それこそ望むところだ。
「……難しいところだな。まだ時間はある。今すぐ無理が必要と言う訳でもな
い。ただ……力が回復するまでしばらくのあいだは、使い魔での偵察は出来な
いが」
 二人はひづきに視線を注いだ。
 昌斗は純粋にひづきの身を案じて。
 朔はというと、
 ――自分の意見を押し通すのは適当ではない。あくまで提案するという立場
でそれとなく誘導するのが賢明だな。
 非常に腹黒い思考である。
「……さっき悠さん、T-str-reverseさんの退場は早ければ早いほど良いって、
そう言いましたよね?」
「ああ。遅かれ早かれ排除しなくてはならない存在だ」
「じゃあ決定! 打倒TさんでGo!」
 ビシッと虚空を指射すひづき。
 その方向をさりげなく変える朔。
「あ、こっち?」
「そう」
「んじゃ気を取りなおして出発進行〜!」
 指の向いていた方へと歩き出すひづきと、それに従う朔。
「……ど〜しても行くのか?」
 だが、昌斗は足を止めたままだ。
「気が進まない?」
「まぁな。わざわざこっちから出向かなくてもいいような気がするけど」
「でもさ昌兄、もしTさんがズルして私達の居場所ばっかり報道したりしたら
どうなると思う?」
「あいつがそんな贔屓するとも思えないけど……。あり得なくは無いか」
「でしょ?」
「でも勝てるとは限らないんだぜ?」
「そん時はそん時。私もそこまでの女だったって事よ! そんなこと言ってた
らいつまで経っても何にも出来ないわよ」
「……そこまで言うんだったら、ま、いっか。別に命まで取られるわけでもな
いし」
「そーそー。気楽にLet's go!」
 そうして、一人の巫女姫が二人の侍を従者に、辿りつけるかどうかもわから
ぬ覇道へと踏み出したのである。



「って、格好良くモノローグしてるのに、どーして森を出た瞬間に、こんな団
体さんと遭遇するかなぁ?」
 左右のハイキックを瞬時に相手のテンプルに叩きこみながら、ひづきがぶー
たれる。
 脳味噌を左右から激しく揺さぶられたはちまきを締めたその学園生徒は、ぼ
やきを最後まで聞く事も出来ず、さらに巻きこむように振られた足で大地に叩
きつけられ昏倒する。
「すまん、この近辺を偵察する余裕が無かった。まだ完全に復調してないから
集中力がイマイチってのもある。俺とした事が気配を掴めなかった」
「あんまり警戒してもなかった」
<いくらなんでもそれは迂闊ですよ、主。あ、右から来ます!>
「とりゃあぁっ!!」
 朔と昌斗が当たるを幸いとばかりに、右へ左へとなぎ倒し、斬り伏せる。
 相手がザコばかりでも、包囲されてしまうとこの小人数では対処しきれなく
なるのは時間の問題だ。
 ――こういうときはYOSSYFLAMEの機動力が羨ましい!
 切実にそう思う。
「昌斗、ひづきをあまり前に出すな! ひづきは足元に注意しろよ!」
 テコンドーというルールでは、腰から下への攻撃を認めていない。
 ので、実は厳正にルールを守る人間が相手ならば、攻撃の瞬間さえわかれば
しゃがみこむだけで攻撃を回避できてしまう。
 尤も、ルールの枷から解き放たれてしまえば、そこに居るのは蹴りの達人で
あるわけだが。
「わかってる!」
「そこまで甘くないわよ!」
「いい返事だ!」
 実際、ひづきのテコンドーの腕前は朔の予想を大きく凌駕していた。
 この状況で、ほとんどサポートしなくてもなんとかなっているのだ。
 これだけの数に囲まれて、士気が下がっていないのは良い兆項だが、そろそ
ろなんとかしないと押しきられてしまう。いくら単純な武力に差があると言っ
ても一撃で昏倒させるのは至難の技だ。倒しきれなければしがみついてでも動
きを止めようとしてくる。
「ええい! 貴様等餓鬼か怨霊かぁっ! 有象無象がうっとうしい! いい加
減殺すぞコラァッ!!」
 こらえ性のない朔がそう叫ぶ。
 すでに背後に廻りこんでの後頭部への一撃や折れやすい肋骨への打撃など、
やばい攻撃が出始めている。これ以上放置して言った事を実行されるのはまず
い。
「くそっ! なんとかならないのか!?」
<ひとつ、良い手がありますよ>
「なに!?」
 昌斗が予想外の言葉に耳を疑った。
 と言うのも、先程から窮地に陥っているにも関わらず、運命は『これも試練、
修行です』とか言って、ちっとも手を貸してくれなかったのだ。
「なんだそれは!」
<ルールを良く調べましたか? 主>
「小言は後にしてくれ!!」
<……確かにこのままではひづき様の貞操の危機が>
「縁起でもない事言うなぁっ!」
<しかたがありませんねぇ。つまり……>
 運命は天恵の如く道を示した。
 光の道を。
 勝利への最短コースを。
「!! そうか、その手があったか!!」
 左手から迫っていた敵を蹴り倒しながら、昌斗が歓喜の声をあげる。
「悠! 斬るぞ!」
 呼びかけた昌斗は朔が振り返るのを確認し、己の頭を指し示した。
「! なるほどな!」
 その意図を瞬時に朔が読み取る。
「合わせるぞ! 付いて来れるな!?」
「誰に向かってものを言っている!」
 昌斗が運命を打撃モードから斬撃モード――刀身を包む気壁によるガードを
取り払ったモード――に変更。一旦刀を納め、抜刀の構えを取る。
 朔がそれまで振りまわしていた六尺棒を投げ捨て、抜き身の双刀を手に取っ
た。
「行くぞ!」
「応っ!」
 昌斗が抜く手も見せず抜刀する。
 三条の光の軌跡。
 否。
 無数の、目には捕らえきれぬほどの弧を描く軌跡が、一瞬のうちに周囲を埋
め尽くした。
 空気そのものが凝固したかのように、その場で動いていた者すべてが止まる。
「佐藤式奥義・斬鉄閃」
「封神流真技・一重斬り」
 二人が静かに告げ、刃を収める。
 その澄んだ音が響き渡ると同時に、世界が動き始める。
 男達の額に巻かれていたバンダナが、ぱさりと大地に落ちる。
「それは大会参加証明でもある。バンダナが無い以上、お前達がこれ以上ひづ
きに襲いかかると、婦女暴行になるぞ!!」
『ヒロイン以外の競技参加者は全員、白いハチマキを頭に着用する。
 これは、誰が参加しているか、それをヒロイン側にも認識してもらうための
もの。ハチマキ未着用の選手は競技の意思なしとして、ヒロインを剥くことは
勿論、ヒロインを守ることすら禁止する(大会ルールより抜粋)』
「そうなったら手加減はせん。……次は肉に入れるぞ」
 そう恫喝する朔の横で、昌斗は物憂げに嘆息した。
「また……」
「……ん? どーした?」
「また……つまらぬものを斬ってしまった……」
 昌斗がそう呟いて落としていた腰を上げたとき、周りの男達の衣服がパンツ
だけを残してバラバラに裂け、頭髪が切り落とされ、構え持っていた武器が両
断されて地面に転がり、そして……、
「マジ……?」
 朔の目が点になった。


 ひづき達は敵の迎撃を効果的な成功で納めたものの、時間をロス。
 標的と定めたTをロストし(見失っ)た。


 他のエントリー・ヒロインとは、未だ遭遇していない。



 離れて行動していた来栖川姉妹が再開したのは、丁度その頃。
 姉の根城であるオカルト研究会部室での事だった。
 そして、二人――来栖川芹香と綾香――の距離が手の届くの距離になったそ
の時。
「ゴメンね、姉さん☆ミ」
 電光の早さで、綾香の手が閃いた。
「!! 芹香さん!!」
 逸早く動いたのはトリプルG。
 持っていたライフルを構えなおし、照準を合わせ、叫ぶ。
 ――バスター・ロック! いくぜっ!
 かつてトリプルGが心の師と仰ぐジン・ジャザムは言った。
『ビームライフルの威力を上げたい……だぁ? 馬鹿かお前? そんな豆鉄砲
いくら撃っても効きゃしね〜よ。てめぇには魂がねえ。敵を打ち倒すのは熱い
血潮! 震え、焼けつくほど燃え盛る魂だ!! その魂を叩きつけるってのに、
ちんたらちんたらやってんじゃねぇ!! シャウトだ! 心の叫びをそのまま
声に出して表現してみやがれ!!』
 今この瞬間、トリプルGの心はジンとシンクロした。
 ――もうこの俺の手に持っているのはチャチなビームライフルなどではない! 
そんなヤワなものはこちらから願い下げだ! さあ、我が愛銃よ! 次元まで
歪めるその力! 今こそ開放してやる!!
「ンバスタァァァァァァァァァ――――――ッ!! ランッ」
「はい動くな」
「くけっ!?」
 魂の叫び――ソウル・シャウト――を言い終える事なく、トリプルGがそん
な奇怪な声をあげる。
「少しでも動けば、頚骨をへし折るぞ」
 言葉通り、トリプルGの首は野太い腕に完全にロックされていた。
 これでは下手に動く事は出来ない。
「ぐ……いったいいつの間に」
 驚嘆する。
 確かに意識は綾香に注がれていたものの、だからといって出入り口への注意
を怠った覚えは無かった。完全に虚を突かれている。
「……嬉しくねぇ」
「は?」
「……気付かれないのって……ぜんぜん嬉しくねぇ!!」
 絶対的優位にある敵――ガンマル――が涙を流して悔しがっている姿を、ト
リプルGはどこか希薄な現実感の中で背後に感じていた。

「動くなよ、雪、神無月」
 意味ありげに片手を掲げ、ハイドラントがそう呼びかける。
「動けば……雪にはわかっているな?」
 確かにわかっていた。
 音声魔術師が魔術を発動させる前に編み上げる"構成"が、同じく音声魔術を
操る雪智波には見えている。
 ハイドラントが編み上げたのは単純な。非常に、笑うほどに単純な"構成"。
 ただ"破壊"という属性のみを特化させた、単純にして強力無比な"構成"。
 学園でも屈指と評される、絶大な威力を誇るハイドラントの魔力の導火線。
 それがこの部屋を完全に覆っている。
 とても防ぎきれる代物ではない。
「く……」
「ここまで……なのか……」
 二人の魔術師は微動する事すらままならず、力尽きたようにガックリと肩を
落とした。


 後ろでバタバタしているのをまったく気にせず、閃いた綾香の手はというと
ヒョイと芹香の手を取っただけだった。
「あのね姉さん。やっぱりいくら破られるのが前提だからって、もうちょっと
お洒落は必要だと思うわよ?」
「…………」
「あらあらじゃないわよホントにもう……」
 部屋の端まで引っ張ると、天上に備え付けてあるカーテンを引いて部屋を区
切る。
「ほら良さそうなのbeakerのところから持ってきたから、着替えて着替えて」
「…………」
「え? 楽しそう? えへへ、わかっちゃう?」
 神無月りーず、雪智波、トリプルGの予想に反し、服を破く音は聞こえて来
ないし、二人の会話は平穏そのものだ。
「どういう……事でしょう?」
「……さぁ?」
「貴様らに観察力が無いのが原因だろうが」
 顔を見合わせるりーずと智波に、ハイドラントがうんざりといった風情で肩
をすくめる。
「今回綾香は参加しているが、エントリー・ヒロインではないぞ。参加してい
るのは護衛の方としてで、私達はそれを手伝っているだけだ」
「……え?」
「……は?」
「あいつは最初っから指定の特注制服というやつを着用していない。はちまき
を絞めていたのに気付かなかったのか?」
「壇上で演説したりと目立つ行動を取ったのも、みんな目を集めるためだよ。
情報特捜部とか、大会運営委員会とかも協力してくれたからな。まんまと騙せ
たって……言っていいのか?」
「ホントは綾芽にわたしの格好してもらって、姉さんからマントと帽子借りて
替え玉にしようと思ってたんだけどね〜。あの娘、今回はどうしても勝ちたい
から、馴れ合いはしたくないんだって」
「心配か?」
 ハイドラントの問いに綾香は少し間を空け、
「ん。ちょっとね〜。……あの娘がどっかで泣いてるかもしれないと思うと、
やっぱり心配よ」
 苦笑交じりでそう答えた。
「あ……ありなのかそれ!!」
「情報戦として面白いってさ。大会の企画を考えたの暗躍なんだから、それく
らい察しろよな」
 ガンマルはしれっと、なんでもないようにあっさりとそう言う。
 今度こそ。
 今度こそ三人の魔術師が脱力して座り込む。
「はい、ご開帳〜」
 その声とともに、綾香がカーテンを開く。
 男とは現金なもんである。全員の視線がそちらへと向いた。
「お〜」
「へ〜」
「あ、なんかいい」
 綾香がコーディネートしたのは、意外にもシンプルでスポーティなタイプの
ウェアだった。
 ロゴ入りTシャツにだぶっとしたGパン。ドジャースのベースボールキャッ
プ。
「ね? これなら普段の姉さんと雰囲気違うから、見つかり難いと思わない?」
「いや、見つかりやすいとか見つかり難いとかじゃなくて、その……単純に可
愛いです」
 思わず本音を漏らすりーず。
「…………」
 ぽっと、赤い顔を伏せる芹香。
 確かに、キャップの縁の下から覗く上目がちな視線が、殺人的な魅力を出し
ていたりは、した。
 綾香がウンウンと、微笑みを浮かべて肯く。
「概ね好評で満足満足。さ〜て、わたしはどんな格好しようかしらね〜。当初
の予定通り姉さんの振りして逃げ回ってみようか」
 そしてクスリと、楽しげな笑みを浮かべる。
「さぁ! 引っ掻き回してやるわよ!!」

===================================

 という訳で、綾香脱落……?
 と言っていいのかな?
 とりあえず彼女は芹香さんと綾芽を護る側で行動する予定。
 YOSSYさんが開会宣言すると同じに投稿するはずが、作者が遅筆である
ため計画は頓挫しかけるわ、怒涛の勢いで新作が上がるわと、意表を突かれま
くっておおわらわです。

 作者の趣味が反映されて、ますます多技能化への道を歩む朔。
 頂点を極められない奴のことを、どうかケラ芸キャラと呼んでください(笑)

 やってよかったのだろ〜か、こんな事?
 とか思わないでもない。
 ……ま、書いた以上開き直ってますが(笑)

 さて、誰が落ちるかわからないこの企画。
 最後まで残るのは誰かなぁ?

===================================

エントリー・ヒロインリスト

HMX-01D Dボックス
HMX-12 マルチ 
HMX-13 セリオ 
藍原瑞穂 
アレイ
小出由美子
太田香奈子
岡田メグミ
風見鈴香
柏木楓
柏木千鶴
来栖川芹香
坂下好恵
サラ・フリート
篠塚弥生
新城沙織
スフィー
降雨ひづき
月島瑠璃子
芳賀玲子
隼魔樹
悠綾芽
姫川琴音
保科智子
宮内レミィ
松本 
吉井
ルミラ=ディ=デュラル 

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戦線離脱・脱落者リスト

来栖川綾香
大庭詠美