「……さて」 窓の外。 沈み行く夕日を遠い眼差しで見つめながら、朔は物憂げに呟いた。 むくれっ面で涙を目に浮かべているたけるへと向き直り、誠心誠意の説得を 開始する。 「この件に関しては慎重に検討し、冷静に状況を確かめた上で今後の対応策を 練りつつ、可能な限り前向きに善処する所存である事を明らかにするのにやぶ さかではないのだが、如何なものだろう?」 「そんな玉虫色の、政治家みたいな答弁聞きたくありませんっ!」 「むぅぅ……」 朔、絶体絶命。 「柳川教諭……。貴方も笑って見ていないで、なんとかしてくれないものだろ うか?」 「ん? ……助けが必要だったのか?」 「そりゃもう、切実に」 「ふむ」 教室の最前列の席に座り、朔の言うように笑いながら様子を伺っていた祐也 は、少し考えた後、肯いた。 「そうだな。講義に支障が出るのも困りものだ。……どうだろう? 川越君。 ここは一旦収めて、授業後に改めて会話の場を設けては?」 さすがに教師の提案とあっては無碍に断るわけにもいかない。 たけるはしぶしぶながら納得した。 「先生がそう言うのなら……。逃げないで下さいよ」 「あまり自信が無い。貴方は怖いからな」 たけるの台詞の後半は朔に向けられたものであり、それに対して彼は真面目 な表情で答えた。 正直が本当に美徳なのか疑うのはこういう時である。 とりあえずたけるは、逃げようが逃げまいが朔の食事に蟲毒を盛り、丑の刻 参りで呪いを掛ける事を誓い、ひとまずの溜飲を下げることにした。 「それでは……随分寄り道したような気もするが、この分類方法を説明しよう か」 そう言って、朔は最も左にグループ分けされたメイドロボの名前を円で囲う。 「その前に先程の質問の回答をよろしいでしょうか?」 話の腰をセリオに折られ、朔は疑問符を頭上に浮かべた。 「……質問?」 「この学園の代表的なメイドロボとしては、マールさん、ルーティさん、ティ ーナさんが抜けているかと思われます」 「ああ。……なるほど。ありがとう。では分類は……ここか」 言いながら朔は今しがた囲った円の中に三名――HMX-212aマール、HMX-212b ルーティ、HMX-212cティーナ――の名を付け足す。 「まず最も人数の多いこのグループ。人の姿を持ち、人で無いもの。人に造ら れたものでありながら、個としての名を持ち、己の意思で動き、思考するもの。 菅生の話ではちびマルはメイドロボとは一線を画した存在らしいが、とりあえ ずここに配置」 工作部などで活躍する多数のちびマルの本体は、実は一台コンピュータであ るらしい。人型ロボットはデバイス(端末)に過ぎず、制御などはすべて別の 場所で行っている事なのだそうだ。 そういう意味ではメイドロボとは少し異なる。菅生誠治の製作であるため、 製造番号はあっても型番は無い。 次いでその下。 「Dボックス。人の姿こそ持っていないが、個として名を持ち、己の意思、思 考で行動する」 さらに移って、右斜め上方。 「量産型セリオ。人の姿を持ち、個としての名を持たない。サテライトサービ スにより万能のイメージを植え付けられたもの。さらに学習能力も備え、一般 的には現在最も身近な人に近い存在」 右に移って、 「量産型ガーネット、並びに量産型マルチ。人の姿を持ち、個としての名も持 たない。出荷段階では学習能力もサテライトサービスも無く、インストールさ れてあるプログラム以上の行動は期待できない」 最後に右端に移る。 「量産型ボックス。人の姿も持たず、個としての名も無く、メイドロボと称さ れるロボットの中で、最も人から離れた存在」 黒板をコンコンと白墨で叩き、それからメイドロボのリストの上に、右端か ら左端まで横線を、左横に縦線引く。 線の交差した場所を示し、朔は座席の方に頭を向けた。 「つまり、この点に近いものが、より人に近いもの。という事だな。ここで注 目したいのが、量産型セリオと『名を持つもの』の差と、Dボックスの位置。 世代的に考えても、性能的には『名を持つもの』と量産型セリオの間には大 きな隔たりは無いはずだろうし、むしろ製品として確立されている分、プロト タイプより安定してさえいなければならない。そう考えるのが普通だ。 Dボックスが性能的に量産型セリオに並ぶ、とは、とても思えない。にも関 わらずこの位置付けにしたのは、Dボックスが明らかに本来備えているであろ う性能を超過しているからだ。 そもそも学習型でもないボックスタイプは、人間らしい会話なんぞ望むべく も無い。与えられた指示に対し、『畏まりました』『申し訳ありません』など と答えるに留まる。あとは暴力に対して『暴力は止めてください』と訴える程 度だと聞いている。 先頃メモリの量を増やした程度でバージョンアップのお披露目を行っていた 事を鑑みると、Dボックスに学習機能を付与したとは考えにくい。 だが、Dボックスは片言ではあるが、指示や質問。会話に対しそれなりに適 切な返答を行っている。これは明らかに矛盾だ」 朔はそこまで一気に語ると、顎に手を当て、少し考える仕種を見せた。 彼はこの時間、彼なりの論を発表するためになんらかの準備を行っていた訳 ではない。 自分が語った内容にこそ矛盾が無いか? 次に何を語れば良いか? 思考す る時間が必要だ。 「んでだ。ではその矛盾を解決しているのはなんなのか? という疑問に行き 渡る。私はこれを、『名の有無』による差だろう。と考えた」 まず聞き手の大半が理解出来なかった。 ここまでがロボット工学などの物理的な理屈で占められていたのに対し、明 らかにそれとは異なった理論による話を、朔は始めている。 「最初に言った通り、すでにこれはオカルトに類する話だ。別に頭から信じろ、 なんて言う気は無いし、聞き流した方が今後のためかもな」 まぁ尤も、と朔は言葉を継いだ。 「川越さんあたりは、言ってる意味がわかると思うが……。問答と行こうか。 Stand up please.」 起立を促され、震えながら立ち上がる。 真っ青なたけるの表情が、彼女の動揺を如実に物語っていた。 「撫物(なでもの)、というものを知ってるだろ?」 それは疑問ではなく確認。 まがりなりにも呪術に通じたたけるが、知らない筈が無い。 たけるが肯くのを確認し、朔は言葉を続けた。 「他にも人形(ひとがた)とか償物(あがもの)と呼ばれたりする、罪や穢れ を祓う事に用いられる紙の呪物だ。簡単に言えば、それに穢れを押しつけるこ とで身の清浄を守る。 形状は人に似た物。子供のお守りとしてお人形さんが作られ、室町時代には 這子(ほうこ)。赤ん坊が這い進む姿をした人形が作られた。家内安全を願う 流し雛と守り雛は、お雛様の原型であるとも言われている。 対して木製や骨製の撫物は呪い殺す事を目的として用いられる。 効果を増強させるために九字を刻んだり、呪文を刻んだりといろいろされた ようだ。 この撫物、元が神道だったのか大陸流入なのかは判然としないが、陰陽道に よって発展し、修験道などにも取り込まれ、そして爆発的に広まった。有名な 丑の刻参り、呪いの藁人形なんかはその最たるもんだろ。 ま、それだけ世に恨みつらみが絶えなかったって事だろうが、重要な点は別 にある。……何故、人型なのだろう?」 疑問の形で言葉を切り、そして朔はたけるを凝視した。 「伝統だから、です」 たけるは明確な答えを出すのを忌避した。 だからその言葉に逃げようとした。 明確な理由は無く、ただ単に伝統的にそうなっているから、従っているだけ なのだと。そういう事にしたかった。自分の動揺を抑える為には、どうしても そうしなければならなかった。 しかし朔はそれを許さない。 「では何故その伝統は確立されたのか?」 荒鷲のような眼光による威圧。 意趣返しのつもりであったなら、彼女は怯んだりしなかっただろう。だが彼 にはそんな気は毛頭無い。真理の探求のみに従事する意思の輝き。好奇心が混 ざったそれが、そこにあった。彼女に「わからない」という回答を拒絶させた のは、それ故であったのかもしれない。 「人の思い、人の穢れを移らせるなら……人に近い形の方が、より効果がある から、です」 「……やっぱりそうだよな?」 確認の問いに、たけるは肯いた。 呪術師、川越たける。 自ら筆操術と呼ぶ、空中に呪言を描く事で呪いを発動させる、学園屈指の呪 い師である。その術の威力に感嘆した神海が、年下の彼女に弟子入り志願をし たほどだ。呪いというジャンルで彼女に追随する術者はこの学園に居ないと言 い切っても、過言ではないかもしれない。 「形には力が宿りやすいから。強い力を持つものの真似をするだけで、効果が あったりもするし」 「よ〜しよ〜し」 その彼女の言葉を得て、朔は満足げに笑みを浮かべた。「また何か質問する かもしれないが」と注釈を付けてから、座るよう促す。 「さてそ〜するとだ……」 バリバリと頭を掻く。 また考えを纏める。 取り敢えずの理屈さえ通ればそれで良い。問題はその論の組み立てをどうす るかだ。 「野球で、ピッチャーが投げたボールをバッターが打ち返すのは、理論上不可 能。って話、聞いた事無いか?」 これはそこそこ有名な話であるはずだ。 単純な理屈としては、人間の脳が電気信号を発信し、筋肉が着信を受けて反 応するのに要する時間が、およそ 0.2秒。思考する時間を排除した脊椎反射的 な行動であろうと、身体が動き出すまでには 0.2秒が必要であるとされている。 ピッチャーのフォーム、ボールの軌道、ボールの回転速度などからストライ クゾーンを通過するか見極め、その上でバットの真芯で捕らえる。 それがバッターに要求される一連の動作になるのだが、予測との誤差の修正 などというのは、理屈では不可能とされる。何故なら視覚から得た情報から脳 が発信する信号に、筋肉が追いつかない筈だからだ。 だが実際問題として、それは可能である。 極限の集中に達した人間が、こんな事を言っている。曰く『ボールが止まっ て見える』。 「つまり現代の技術での人間の解析なんてものは、その程度しか進んで無いと 言う事だ。 人間の動作を真似をするのがメイドロボの仕事だ。だが野球をやらせようと すると、真似をする為のプログラムを組む理屈が存在しない。という事になる。 その程度の技術しか無い筈の現代科学で、ロボットに状況に即した格闘戦が 可能ってのはおかしくないか?」 特に反論は出ない。 「そう考えるとメイドロボには格闘戦は不可能。なら、実際に格闘戦をしてい るDガーネットは何者なのか? メイドロボ、ロボットではないとしたら、一 体アレはなんなのか? そういう疑問が出てくる。 まず動物ではない。本能に根差して活動している訳ではないからだ。では同 様に本能以外の活動を行う生物。つまり人間か? いいや違う。人に近い姿を していながら、アレは人で無いものだ。人という範疇から逸脱した位置にアレ は在る。 そういう不可解なモノを、古来から人間はこう呼んだ。……つまりは『化け 物(神)』だ」 朔はそこで言葉を区切り、反論を待った。 これは屁理屈なのだから、反論があって当たり前。特にメイドロボを友達だ と認識している人間にとって、聞き捨てならない言葉の筈なのだ。 しかし誰も、意見を述べようとする者は居ない。 先ほどあれだけ食って掛かってきたたけるにしても、青い顔のまま震えてい るだけだ。 「?」 拍子抜けしたものの、朔は話を続ける事にした。 「化け物であるならば、その分類は何か? 分類出来ないから化け物と呼んだ のに、矛盾に聞こえるな。これも」 そう言って、朔は苦笑を浮かべた。 「様々な不可解な現象。その似たケースを分ける為に作られたジャンル。この グループの連中は、その中でこれだと考えれば一応の辻褄が合う」 最多のメイドロボの名が括られた円に、注釈を付ける。 『付喪神』 『九十九神』 「長く使われた物品に、魂が宿るというアレだ。 さっき言ってもらったように、形と言うのは思いが篭りやすく、特に人型で あればそれが顕著になる。量産型セリオはそういう意味では撫物として最適な 条件を揃えている。 思考する部位と記憶する部位を、端から備えているんだ。いきなり化けても 不思議じゃない。特にこの学園には化け物が……Special Skill Userがわんさ と居るんだ。変ずるには百年単位で時間がかかるって話だが、影響を受ければ 数ヶ月、どころか数日で付喪神化する事も充分ありえるだろ。 そもそもSpecial Skill Userとはどういうものか? 一度でも考えてみたこ とがあるか? Skill Userとは神を謀り世界を騙し、事象を欺く最凶最悪のペ テン師どもだぞ。あらゆる法則を無視する出鱈目な存在……」 ちらりと朔は視線を祐也の方へと走らせた。 「例えば柏木家を始めとする鬼の一族。彼らが鬼化する時、体積の上昇、重量 及び質量の増加が認められる。これは質量保存の法則を無視している。 かく言う私も精神力でエネルギーを生み出し衝撃波を撃つなど、エネルギー 保存の法則を無視している。 法則は物理を司る世界の根幹。それなくしては数多の数式が意味を失う、絶 対的存在だ。その絶対的存在を超越するのがSpecial Skill 。そう解釈してい る。 超越するのは物理法則だけではない。八希望の『トイマスター』や葛田玖逗 夜の『動物使い』など、有機物、無機物。知性の有無に関わらない支配・操作 系の能力も――使いこなしているかはともかく――確認されている。 仮にメイドロボがそういった影響を受けているとしたなら、中でも最も顕著 なのはグレース……。あ〜」 朔は言葉を切った。 先程の約束を思い出したからだ。 ガリガリと頭を掻き、訂正する。 「もとい、電芹という事になるだろう。学習能力向上型セリオタイプと位置付 けされたアレは、むしろ感情の起伏の幅を広くしたタイプに見える。 あくまで影響を受けていると仮定しての話だが、それならばSkill Userの力 の根源とされる『言霊』に極めて近い、呪言の能力者である川越や、珍しい製 造系能力者である菅生の存在は小さくない。 同様にDシリーズは学園に存在するほぼ総てのUserに『強力な戦闘力を有し たメイドロボ』として認知されている。 名を得たメイドロボが付喪神化によってSpecial Skill を得たのか、それと も関わりの深いSkill Userの影響かはわからんが、少なくとも名を得た連中が 物理法則に従っているようには見えないな」 言葉を操りながら黒板に関連する言葉を羅列させていた朔が、白衣を打ち鳴 らし、生徒達の集団へと身体ごと向き直った。 「以上が私の意見だ。 質問、意見は認めるが、反論は認めないからそのつもりで。何故ならこれは 私の答えであって、他の誰かが望む意見ではないからだ。今のところ証拠だっ て無い、陰陽術を通じて得た、あくまで私個人の考えだ。 自分の答えは、勝手に自分で出してくれ。 もしかしたら私が思っている以上に人体の解析が進んでいるのかもしれない。 Dシリーズの製作責任者であった佐竹正明が、優れたプログラムを構築し得た だけかもしれない。 私は別にそれらの反論を無視したり否定したりするつもりは無い。ただ私の 意見を否定するなら、それを証拠付きで見せて欲しいと思ってると、それだけ だ」 そこまで一気に喋りきり、朔は大きく息を吸い、吐いた。 いかに説明好きな性格であろうと、こんな大人数を前にして、事前の準備も ロクに無く、その上であやふやな論を語り、精一杯の虚勢を張るのは、控えめ に言っても楽な作業ではない。緊張の為に背筋に汗が張り付いて非常に気持ち 悪い。 そもそもこれは逃げの理屈だ。 説明出来ない。証明出来ない事をSpecial Skill Userと化け物いう、ふたつ のもともと不可解な存在で包み隠し、煙に巻いただけの話だ。 そこを突かれればぐうの音も出ない。 だが、それももう終わりに近づいた。 あとはこのまま逃げ切れば、それで終わりだ。 「……で、意見質問は?」 朔は不似合いな笑みまで浮かべ、堂々と胸を張り、集団に問うた。 場の返答は、沈黙。 「では柳川先生。後はまとめるなり続けるなり、ご随意に」 「ん。ああ……」 講義内容を租借していたらしい祐也が、大儀そうに立ち上がる。 それを見定めてから、朔は祐也と入れ替わりに至極自然な動きで教卓を降り、 出入り口へと近づき、ドアを開け、出て、閉める。 それを見るともなしに見送り、祐也は生徒達の方へと視線を戻した。 「科学とはまた違った視点からの、なかなか面白い意見ではあったな……。 では最後になるが、実際にメイドロボが戦争に使われる事があるのか、その 考察をしたいと……」 「あ―――――――――――――――――――――――――――――っ!!」 突如の大音量。 それは質量さえ伴って祐也を殴り飛ばし、周囲の生徒達を座席から追い落と した。 「な、なんだなんだっ!?」 祐也が教卓にしがみ付きながら身を起こし、生徒達が椅子に這い上がりなが ら見守る中、大声を上げたたけるは慌てて席を立ち上がり、教室の出入り口へ と駆け寄った。 ドアから頭を出し、左右を確認。 本来なら放課後の特別教室棟。廊下に人影は見当たらない。 「………………。逃げた」 「ハ?」 「逃がした……」 廊下に頭を突き出したままのたけるの表情は、教室内の面々には知る事は出 来ない。 が、 「うふ……。うふふ……。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」 何をしているかは、その肩を震わせている事実も合わせて窺い知ることが出 来た。 「いいえ逃がさないわよ〜。私の呪いは有象無象の区別無く遅滞無く誤たず必 ず不幸を届けてあげるんだから逃げた事を泣くまで後悔すればいいんですでも 謝れば許してあげますよ今なら貴方の死だって許せちゃいそうですああ可哀想 な悠先輩ちゃんと謝るって事知ってたらこんなことにはならなかったのにねう ふふふふふふふふ……」 怖い。 はっきり言って尋常ではなく。 ――これはまた、悠君もやっかいな人物に目を付けられたものだな。 祐也は髪を掻き上げ、眼鏡の位置を直し、気の毒そうな視線でたけるを見つ めた。 まるっきり他人事である。 所詮対岸の火事など見物する以外に無いのだし、下手に手を出しても火傷を 負うだけだ。少々冷たいかもしれないが、正しい判断ではあった。 不気味な笑いが一段落したところでたけるに座るよう促し、祐也は講義を続 ける事にした。 「話が中断したが、実際にメイドロボが戦争に使用されるかどうか、それを考 えていきたいと思う。 まず兵士としてというのは、基本的に無いと私は踏んでいる。先程までの講 義で述べた段階でも、現在の技術ではメイドロボの運用には様々な問題を含ん でいる。 しかしその最たるものとして恐れるべきは、ハッカーによるハッキングやク ラッキングだ。特にハッキングで攻撃目標を改竄されたりしたら、盛大な同士 討ちを誘発されかねん。 重要機密の流出、組織トップの暗殺などなど、想定される危機には圧倒的優 勢から一気に敗北へ転落し得る、危険なものも含まれている。 人が作ったものである以上、セキュリティーも絶対では有り得ないし、敵兵 士一人を洗脳、教育する手間。あるいはスパイを教育する手間と言い換えても 良い。加えて敵地に潜り込ませるリスクなどを考えれば、圧倒的に手軽だ。こ れは特にセリオタイプに言える事で、衛星を介してのプログラムの流布により、 戦線に多大な影響を与えると考えられる。 ではまったく使用されないのか? それは戦場の規模によるだろう。ベトナム戦争のように徴兵に応じるのが国 民の義務となれば、金持ち連中はメイドロボと金を積む事で兵役を逃れるかも しれん。……尤も、今のご時世で大国がそこまで人員が不足する戦争を続行す るとは思えないが、な。 それに、既存のメイドロボを徴発し、戦闘用に換装したとしても、コストが かかるのに変わりはないし、手間も食う。 戦線が拡大すれば足りなくなるのは兵士よりむしろ医者だろう。特に近年の 銃器は殺害する能力より傷を負わせる能力を要求される傾向にある。単に一人 を殺すのと、一人の怪我人と後搬の人員では、後者の方が敵兵力を減らせる、 という考え方の為だ。 メイドロボが戦争に参加する事があるとしたら、どちらかというと医療や看 護の人員としてであり、兵士になる事は無いだろうと、私は考えている。 人が負う危険を少しでも減らす。作業の効率化を計る。ロボット工学の発展 はその研究から始まった。 だが人型ロボットは違う。人のより良き隣人たれ。メイドロボを生み出した 技術者達の、それが願いであったはずだ。そうでなければ会話によってコミュ ニケーションを取り、笑顔を浮かべる訳が無い。少なくとも、私はそう信じて いる。 以上で今日の授業を終わるが……質疑があれば返答するし、意見やレポート の提出なども受け付けている。優秀なものは掲示発表の上、成績に加点するの で作成したならば私に提出するように」 祐也は座席に座る生徒達を一望し、 「無ければ終わる。……解散」 終了を告げた。