どよめけ!ミスLeaf学園コンテスト 第三十六話 「Honky−tonk−boys&girls.」 投稿者:悠 朔

  広瀬ゆかりという人物が居る。
  彼女は学園の生徒で、風紀委員長で、そして女優である。簡単に言うと、彼
女は学園の有名人である。
  風紀委員長と言えば、学園では生徒会長に勝るとも劣らない、恐怖の代名詞
だ。力による恐怖政治で風紀を守らせようとした事実は歴史にも新しいし、そ
れを委員長が自ら棚上げした今でも、風紀委員三年ディルクセン率いる生徒指
導部が風紀意識の向上に目を光らせている。
  大抵の生徒達が力で押さえつけてくる指導部の上に見るのはディルクセンで
はなく、風紀のトップ。彼女の姿なのだ。
  彼女は学園内以外でも、自宅のお茶の間で見ることもできる。
  ドラマに登場したり、バラエティー番組にゲスト出演したりと、学園で見せ
る姿とはまた違った姿を見せ、精力的にTVの中で動き回っている。
  女優という仕事の為に学園に姿を見せられない日が一週間以上続くこともあ
る。
  そのせいでクラスメイトとの仲が上手くいかないこともあるし、必要以上に
チヤホヤされる事もある。一学期中盤にあった風紀圧政時代の名残で軋轢が生
まれたりもしている。ほんの一部を除いて、孤立することもままあった。
  が、彼女は今も学園に通っている。
  彼女はこの学園が好きだったし、今は過ちだったと気付いているが、圧政は
学園に良かれと思ってした事だった。だから後悔していないし、これからも間
違いであったと後悔する事になっても、いろいろと試してみるつもりだ。
  彼女は学園の生徒で、風紀委員長で、女優で、演技が上手く、話術が巧みで、
美人で、そして何より、強い人物である。

  だが、彼女がよく笑い、よく怒り、そして時に人に隠れて涙を流す、ただの
女の子である事実を知る者は、あまり多くはなかった。


  YOSSYFLAMEという人物が居る。
  特別と言えるほどの肩書きは何も無い。
  彼は学園一のナンパ師を自称し、女性に手が早く、スケベで、恐ろしく逃げ
足の速い、ある意味どうしようも無い人物である。
  が、何故か女性間での評判は悪くない。
  というのも、彼は女性に対して差別しないのだ。
  体型や性格、年齢などが彼の好みであるか否かは言うに及ばず。コブ(オト
コ)付きだろうがコブ(子供)付きだろうが、まったく気にしない。
  男女問わず誰に対しても愛想が良く、細かな気配りをし、集団であっても個
々へフォローを怠らず、後腐れも無い。
  コブ(男)を立てる事も忘れない。
  とにかく人と人との間に立つ事が絶妙に上手い。
  女性ばかりではなく男性にも人気が出るのも、ごく当然と言えた。


  さてこの広瀬ゆかりとYOSSYFLAMEの関係はというと、何故か敵同士という事
になる。
  とりあえず公にはそういう事になっている。
  公には、と前置きしたからといって実際には違うとは限らない。事実この二
人は顔を突き合わせれば口論が絶えないし、顔を合わせた際毒舌の応酬がなけ
れば相手の体調を疑うような間柄だ。
  広瀬ゆかりとYOSSYFLAMEは敵同士。
  公にはそういう事になっている。
  が、なんだかんだ言って仲は悪くない。
  YOSSYFLAMEは暇な時にはわざわざゆかりにちょっかいを出しに出向いて行く
し、ゆかりの方もそれに憎まれ口を叩きつつ、嫌がっている様子は無い。
  彼らが口論しているのを目撃した人間が彼らのどちらかの友人にもし、「彼
らは仲が悪いのか?」と尋ねれば、その友人は苦笑しながらこう答える事だろ
う。
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
  と。



                            Honky−tonk−boys&girls.



  現在、当Leaf学園では『どよめけ!  ミス・Leaf学園コンテスト!』  
略して『どよコン』なるイベントが開催されている。
  広瀬ゆかり当人は参加していないが、風紀委員の部下であるレミィ・クリス
トファ・ヘレン・宮内がエントリー・ヒロインとして参加していた。
  このイベント。ヒロインの衣服を剥ぎ取れば脱落と言う、過激なものである。
ゆかりはレミィの護衛として行動を共にしていたが、努力の甲斐なく敢え無く
彼女は脱落。他のメンバーで特別深い関わり――隼魔樹はゆかりにとって極め
付けの問題児であり、吉井、岡田、松本の三人組は風紀委員ではあるが、それ
ほどには親しくない――のある人物は居ない。
  とりあえず、とゆかりは親友の貞本夏樹とレミィを引き連れてコンテスト本
部に戻ってきたのだが、こうなるとする事もない。
  本部に設置されているTVを眺めながら観戦する、という手も無いではないが、
モニターに参加者が常に表示されるわけでもないし、最後の一人になるまで時
間無制限の競技だ。どれだけ時間がかかるかわかったものではない。
  初日と二日目くらいはどうにか都合をやりくりして参加者で居るつもりだっ
たが、今となっては脱落者の協力者でしかない。もともと多忙なゆかりはそこ
まで付き合うほど暇ではなかった。
  ふと夏樹が顔を上げる。
「お腹も空きましたし……本部横の蕎麦屋ででも食べてから帰りますか?」
  イベント中という事で許可を得て仮設テントを建て、しっかり営業を行って
収益を上げる者も、当然のようにこの学園には存在する。
  というより、その程度の事が出来る猛者でもないと、ここでの生活はやって
いけない。
  普段ならでぃあるとラーメンやたこ焼き屋XY-MEN、カフェテリア。イベント
時に限定ではあるが茶道部茶室、料理研軽食堂などが幅を利かせているのだが、
現在彼らは『食堂を除く校内へ飲食物持ち込み、販売の撲滅』を公約に掲げた
HMX-13セリオを脱落させるために全力で行動中である。
  その食堂もイベントのために押さえられてしまっている――ごく普通に生徒
には開放されているのだが、やはり無関係となった今は敷居が高い――ので、
校内で食事を得られる場所は相当少なくなっている。
  夏樹の提案に二人して頷くと、三人はさっさと蕎麦屋へと足を向けた。

  女三人寄れば姦しいと言う言葉がある。
  ようするに話題が尽きることなく、延々と喋りつづけている。という意味だ。
  実際彼女達は蕎麦を注文してからの待ち時間に、これまでの事、これからの
事、取りとめの無い話などなどを、脈絡もなしに、噛み合っているのかいない
のか、第三者にはかなり微妙に見える会話を延々と続けている。
  と、会話に興じていたレミィが何かに気付いて片手を挙げて振り回した。
「Hi!  ヒロユキ!」
「ん?  おう。レミィじゃね〜か」
  名前を呼ばれた少年が、のんびりした様子でレミィのそばへと歩み寄る。
  と、少年は好奇を含んだ二対の視線に気付いた。
「あ。少し聞きたい事があったんだけどよ、邪魔か?」
「いいえ。確か、藤田……浩之君。よね?」
「ああ」
「知ってるかもしれないけど……。風紀委員長を務めている広瀬です。こっち
は副委員長の貞本」
「よろしく」
  ゆかりの紹介に、夏樹が軽く頭を下げる。
「こっちこそよろしくな」
「噂はかねがね伺ってます」
  夏樹に言われて、浩之は渋い顔を見せた。
「噂の出どこって主に志保の奴じゃね〜か……?  あんまり良い噂じゃね〜と
思うけど……」
「さあ?  それは貴方次第じゃないかと思いますが」
  クスクスと笑ってみせる夏樹に、浩之の顔がますます渋くなる。
「それは、そうかもしれねぇけどよ……。ま、いいか。レミィ、ちょっと聞き
てーんだけど、あかり見なかったか?」
「アカリ?  見てないヨ?  どーかしたの?」
「いや……。なんか料理研究部存亡の危機だかなんだかで駆り出されてったん
だけどな。あいつに何が出来るってもんでもね〜だろ〜し、ちょっと手伝って
やろうと思ってよ」
  頭を掻きつつそんな事を言う浩之の視線が、何故か泳ぐ。
  学園一のお節介焼きと呼ばれる人間が照れる姿というのも、少し新鮮な気が
する。
「フ〜ン」
「そのあかりさんって、藤田君の彼女?」
「いや……そんな上等なもんでもね〜よ。ありゃただのおさななじみだな」
  ニヤッと、質問したゆかりが意味ありげな笑みを浮かべる。
  因みにその隣でレミィもニコニコ笑っているが、これはいつもの事だ。
「……なんだよ?」
「ただの、なんてて言いつつおさななじみって事は、ただの友達じゃ、ないわ
よねぇ?」
「そーいうのを重箱の隅をつつくって言うんだよ。あんま下世話な事言うなよ
な」
「はいはい。そういう事にしておきます」
  憮然と受け流す浩之。
  旗色悪しと見たゆかりは、さっさと白旗を上げた。
  それでも、笑顔は絶やさない。含むところがありますよ、と言っているも同
然だ。
  どちらが上手なのかは微妙なところ。
  見守っていた夏樹は呆れて肩を竦めた。
「あれ?  でもお前ら確かコンテストに参加してなかったか?  こんなとこに
居ていいのかよ?」
「アハハ。残念だけど脱落しちゃったヨ」
「へ〜、そっか」
  浩之は微笑んだまま肯いた。いつでもどこでも明るい態度を崩さずにいられ
るのは、レミィの美点だ。
「レミィだったらけっこういいとこまで残るんじゃないかと思ってたんだけど
な」
「柏木楓と、西山英志のペアに挑戦してね。返り討ちにあったのよ」
  わずかに、ゆかりの眉が片方上がる。
  自分達が失格した理由など、少なくとも楽しい話ではないし、継続したいも
のでもない。
「あれ?  楓ちゃんって……ついさっき失格にならなかったか?」
  浩之のそんな、疑問符混じりの言葉が無ければ。
「え?」
「ホント?」
「確かな情報ですか?」
「あ、ああ。さっき本部の前通った時に話してた事だったし、間違いね〜と思
うけど……」
「どんな状況だったんですか?  相手は?」
「もうちょっとしたら志保辺りが放送すると思うけどな。なんかYOSSYん
とこにしてやられたとか言ってたかな。上手く立ち回って楓ちゃんを孤立させ
たみたいだったぜ」
「……ナンカ、ヨッシーらしくないネ?」
「そう?  権謀術策はアイツの十八番だし、おかしくはないと思うけど?」
「どちらにせよ、結果としては仇を討ってくれた事になりますね」
「え?  あ、そか。そうなるわね。参ったな、アイツに借りを作るなんて」
  そういってゆかりは顰め面を作って見せるが、頬が緩んでいるのは隠しきれ
ていない。
  ――素直じゃないわね。
  そう思って夏樹が苦笑を浮かべる。
「ネ、ヒロユキ」
「ん?」        ・
「さっきヨッシー達って言ったケド、一緒に居たのってダレ?  ユーイ?」
  霜月祐依。
  来栖川警備保障で働くゴーストスイーパーである。
  が、YOSSYと並ぶ学園内におけるスケベの双璧――ここにむっつり山浦
を加えると三巨頭となる。らしい――と呼ばれる、風紀に追われる側の漢。
  YOSSYがパートナーに選ぶには、最適の人物と言えるが……浩之は首を
左右に振った。
「いや、写真だとなんか見覚えのない女の人達と一緒だったな。……ちょっと
待てよ」
  ――女?  あの色魔が?
  今回のイベントは衣服のはぎ取りが条件。ということは攻撃側であるならあ
まり女性を連れていきたくないはずである。心証を悪くする事になるだろうし、
足手まといにもなりかねない。
  それとも彼にはそこまで信頼する女性が居た。ということなのだろうか?
  なんとなく、面白くない。
  浩之が上着の内ポケットから一冊の冊子を取り出すのを見ながら、ゆかりは
首を傾げ、眉を顰めた。
  浩之が取り出したのはどよコン主要参加者名簿。
  本部が事前に参加を申請した人物のプロフィールなどを写真入りで発行した
ものだ。余談ではあるが、これによって直前までの戦力比を分析し、トトカル
チョは大いに盛り上がりを見せているとかいないとか。
  パラパラとページをめくり、浩之は目当ての人物を捜し出した。
「あった。風見鈴香。運送会社ペンギン便勤務で、担当地区にうちの学校が含
まれる……。詳細なデータは不明だが、確かなドライビングテクニックを所持
していて、その逃げ足は確か。今大会のダークホースとなるかも、か。なんで
こんなのが参加してんだ?  んで、もうひとりは……載ってないか。事務の受
け付けで見たような気もすんだけど……」
「ではおそらく牧村南女史でしょう。学園の事務担当で、女子寮の管理人でも
あります。YOSSYさんとは親交があるという話を聞いていますし、事務で
あるなら郵送物の受け取りなどでそのヒロインの方と顔を合わせる機会もある
でしょうね」
  夏樹の分析は冷静で的確だった。
 的確であったが故に、それはその場に居るある人物の逆鱗に静かに触れた。
「へぇ……。つまり部外者なのね。そのヒロイン」
  ゆかりのその呟きは、決して大きなものではなかった。
  口調もいつも通りだったし、表情も特別さっきから変わってはいない。
  特別目立つ変化は何処にも無い。どころか普段より落ち着いているように見
える。
  だが何故だろう?
  三人の顔に縦線が入り、冷や汗が流れる。
「治安維持を司る者として、混乱を未前に防ぐためにも部外者に生徒会長権限
を与えるわけにはいかないわよね。……夏樹」
「は、はいっ?」
「その風見鈴香を最重要指名手配。風紀委員全員を緊急召集。全力を上げてこ
のミスコンから脱落させなさい」
「あの……えっと」
  いつもハキハキと返答する夏樹が珍しくためらい、口篭った。
「何?」
「生徒指導部にも協力を要請するのでしょうか?」
「……あのね。私は全員を緊急召集する。そう言わなかったかしら?」
  むしろ呆れたように、ゆかりは答える。
「グズるようだったら生徒会長と全生徒の2/3の信任を得て選ばれた委員長
を生徒総会の過半数で不信任にするのと、委員長がその権限の一端で委員を除
名するのと、どちらが早いか考えさせなさい。
  それから、召集に応じなかった者は相応の処罰を覚悟するように、と」
「はっ、はいっ!」
  返答するや夏樹は慌てて席を立ち、校舎へと駆けて行った。
  これから放送で風紀委員を集め、学園に来ていない者には電話で連絡し、と
にかく大急ぎでメンバーを集めなくてはならない。
「まったく……。生徒指導部とか偉そうに言ったところで、所詮は風紀委員内
の派閥に過ぎないって言うのに。ディルクセン先輩もその程度の事は理解して
欲しいものよね」
  そう呟いて、ゆかりは物憂げに溜息を吐いた。
  所詮学校とは社会の縮図。
  民主主義イコール数の暴力。
  つまりはそういう事なのだ。
  いくらディルクセンがゆかりを突き上げたところで、風紀委員内でどうこう
出来るものではない。ゆかりが自主的に辞任し、ディルクセンに後を譲りでも
しない限り、ディルクセンの元へ権力が回る事はありえない。
  ゆかりが生徒指導部の過激な行動を容認している理由はそこに起因している。
  汚れ役を進んで引き受けてくれると言うのだ。それが風紀を守るために必要
なものなら、いくらでも利用すれば良い。邪魔になれば即座に切り捨てるだけ
の話である。
  ――クーデターを起こすなら来たるべき雄飛の時まで誰にも知られてはなら
なかったのよ。行動は雷の如く、反撃の機は一片たりとも残すべきじゃなかっ
た。……そうしなければ、真に権力を持つ者は倒せない。それが出来なかった
以上、大甘よね。ディルクセン先輩は。
「あのよ……。余計なお世話かもしれねぇけどさ、大丈夫なのか?  あんな事
言って」
「夏樹だってまさかそのままディルクセン先輩に言うはずないでしょ。刺激す
るだけにしかならないんだから。……ピエロはね、余計な事を考えないで観客
のために踊っているあいだが、一番幸せなのよ?  フフフ……」
  後に、保科智子をリーダーとする監査部が設立され、ゆかりは新たな頭痛の
種を抱える事になるのだが……それはまた別の話である。
「あ、ああ。そう……だよな」
  それで会話が途切れた。
  浩之の額から冷や汗が流れる。
  ――く、空気が重い。
  本来なら彼は無関係なのだから立ち去ればいいのだが、それすら言い出すの
を躊躇する。
  それほど重い。
「お待たせしました〜!  山菜蕎麦のお客様……。肉蕎麦のお客様〜」
「ハ〜イ!  肉蕎麦はコッチね!  ……イッタダッキマ〜ス」
  難しい話は聞き流していたのだろう。レミィが元気よく返事をする。
  空気が硬化しているところでの救いの手。
  一気に場が和む。
  ホッとした浩之は早々に辞去しようとした。いつまでもこんな場所に居ては
心臓に悪い。
  のだが。
「月見蕎麦のお客様……」
  山菜蕎麦はゆかりの前に。肉蕎麦はレミィの前にすでに置かれている。
「?  あ、夏樹のぶんか。あの娘もせっかちね。食べてから行けばよかったの
に。……え〜と、藤田君?」
「え?」
「良かったら食べていってくれない?  帰ってくるのを待ってたら、蕎麦も伸
びちゃうだろうし」
「あ……いや、でもよ」
「心配しなくてもおごるわよ。まさか女性からの誘いを無碍に断ったりは、し
ないわよね〜?」
  さすが現役女優。その笑みは極上である。
  とはいえ、やはり精神の安定は平穏に生活をおくる上で必要不可欠である。
  ――コレ以上俺にここに留まれって〜の?
  救いを求めてレミィへと視線を投げる。
  が、食事に集中している彼女は気付かなかったらしい。
  或いは無視されたのか。
  ――ええいっ!  男は度胸だ!
「ご相伴に、預からせて頂きます」
「何よ、改まっちゃって。……変なの」
  ゆかりは不思議そうに呟き、パキリと割り箸を割った。
  しばらく無言のまま、周囲に存在する音は三人が蕎麦をすするものだけにな
る。
  急造の店にしてはなかなかの味と言えた。
  出汁はインスタントや出来あいの物ではなく、自分達でちゃんと鰹節から出
したものらしいし、蕎麦はさすがに手打ちではなかったが、わりと近くにある
有名な名産地の品を使用しているようだ。
  トッピングも悪くない。
  値段も高くは無いし、ここに入ったのは正解だったと言える。
「……結構旨いな、コレ」
「ウン、美味しいネ〜」
「意外と悪くないわね」
  そんな無難な会話を交わしつつ、
「でもサ、ユカリ?」
「なに?」
「そのスズカさん、指名手配にするほどタイヘンかな?」
  レミィがおもむろに爆弾を踏んだ。
「…………」
  浩之の使う箸の動きがピタリと止まる。
  顔が硬直するのを、彼は止められなかった。いや、この場合は口を動かす事
が出来なかったと言うべきか。
  ともかく、彼は話題をすぐさま転換する唯一の機を逃してしまった。
「当然でしょう?  相手はあのYOSSYFLAMEなのよ?  それがエントリーヒロイ
ンに手を出さずに協力してるって言うんだから、絶対何か企んでるに決まって
るわ!」
「ナニカって?」
「それは……わからないけど。アイツの事だから女生徒の制服を露出の大きい
ものに制定するとか、女子寮の男子禁制を撤回するとか、そんなロクでもない
事に決まってるじゃない」
  すでにゆかりの頭の中からは、YOSSYが生徒会長になる訳ではない、と
いう事実は抹消されているようだ。
  ――素直じゃね〜なぁ。
  それも異性から見れば少し可愛いかもしれない。もう少し愛嬌があるものな
らば。などと浩之は思いつつ、辺りに放たれるプレッシャーに痛む胃に顔を顰
める。
「何処の誰だか知らないけど……私を敵にまわした事、絶対に死ぬほど後悔さ
せてあげるわ……」
  すでに浩之の胃は限界に達した痛みを伝えてきている。
  クックックッと凶を含んだ顔で笑うゆかりの横で、浩之は顔を蒼白にして震
えているしかなかった。もうつっこむ気力も無い。
  別段、件の鈴香は意識してゆかりに敵対しているわけではないし、彼女が深
読みして勘ぐるような関係でもない。
  が、げに恐ろしきは女の怨念と言うべきか。昏い情念が見え隠れ。
  そんな二人の様子を見るともなしに見ながらながら、話題を振ったレミィ自
身はというと、実はまったく別の事を考えていた。
  ――それにしても、どうしてこの店にはソースとケチャップとマヨネーズが
無いのカナ?  これじゃせっかくの蕎麦が美味しく食べられないヨ。



  競技に参加していない生徒へは家へ連絡。不在の場合は帰宅次第連絡をする
よう徹底する。生徒が携帯電話を所持している場合は直接連絡。
  近場に居た生徒数名をまず終結させ、短時間のうちに風紀委員を非常召集し
た夏樹はというと、
『ブラボーよりアルファーへ。これよりチャップリンと合流、標的を挟撃する。
構わないな?』
「あいよ。戦力温存を留意しつつ、戦線を展開してくれい。敵が強過ぎると思
や、尻尾巻いて逃げても誰も責めねーぜ」
『アイアイサー!  適宜対処する。でかい土産を持って帰るから楽しみにして
てくれよっ!』
「おう。健闘してくれぃ」
『ガンホーガンホーガンホー。狼は擬似餌に食らいついた。繰り返す、狼は擬
似餌に食らいついた』
「よ〜し、フロッガーども(グリーンベレー)に遅れを取るな。SEALSの
意地を見せてやれ!!」
『イエッサー!  状況を開始します!』
『こちら第七機鋼兵団。ポイントA-7-47における索敵活動を完了。ヒトロクサ
ンマル現在、敵影を確認できず』
「ヤ・ボール(了解)。ポイントA-8-52へ向かい、引き続き索敵任務を実行さ
れたし。ジーク・ハイル(総統万歳)」
『ヤ・ボ−ル。ジーク・ハイル』
『こちらブロッサム(桜大紋)・1。ブロッサム・リーダー応答願います』
「こちらブロッサム・リーダー」
『法定速度を無視して暴走する車と屋台を発見しました。残念ながら現在乗車
している車の性能では追いつけそうに無い。交通機動課の出動を要請する。な
お、暴走車内に重要参考人を確認。ポイントは……』
  以上のようなやり取りを聞きつつ、口からエクトプラズムを吐き出していた。

  要するに数に物を言わせたローラー作戦である。学園の各所に人員を配置し、
適時連絡を取りあって対象を追い詰める。それが夏樹が今回立案した計画の骨
子だった。
  現在確認されているYOSSY率いるグループの構成は、彼に加えて風見鈴
香、牧村南、川島はるか、そして途中で行きずりとなった月城夕香である。
  鈴香が駆るのはハーレーダビットソンの大型バイク。とはいえ、バイク一台
に三人以上乗るのは非常に危険だし、今の状況では無謀だ。
  が、実際問題として他に足となるものは無い。鈴香がハーレー以外を持ち込
んでいない事は確認済み。はるかの自転車に二人乗りでは、はるか自身の機動
力と体力を削ぐ事になる。
  である以上、取れる移動手段は限られてくる。
  バイクが徒歩の速度に合わせるか、徒歩がバイクの速度に合わせるかのどち
らか。後者はいささか無茶な手段、の筈なのだが、YOSSYは偉駄天足とも
呼ぶべき『高速移動』によって時速100km前後で走り回る事が可能だ。南か
夕香を背負ってでも、実現出来ない事も無い。
  だがいかにSS使いと言っても所詮人間。バイクはガソリンが切れるまで走る
事が出来るが、人には、というよりどんな動物にもそこまでの持久力は無い。
加えてバイクはガスの補給さえすればすぐに動く――ポリタンクにでも入れて
随所に隠しておけば、ガス欠の心配も薄い――のに対し、人は休憩がどうして
も必要だ。
  事実、事前の調査ではYOSSYが走り続けていられる限界は一時間前後、
となっている。
  かてて加えて、彼らのチームで実質戦闘要員足るのはおそらくYOSSYの
み。南は論外。鈴香とはるかにしても戦闘能力が無いわけではないが、どちら
かというと非戦闘要員という雰囲気が強い。
  夕香は玲子と同様にコスチュームの特殊能力発動で戦う事も出来るようだが、
北方巫女の短刀はさほど脅威とならない(リーチは無いし、威力は無いし。真
ではゲーメストランキング最下位だったし、以降も妹キャラにさえ性能で負け
てる始末。動きが速く投げられると鬱陶しい程度。でもメーカーVSには浪人と
ともに登場)上に、援護キャラ(鷹、又は狼)も居ない。
  故にこのグループ内での比重はありとあらゆる面で、大きくYOSSYに傾
いていると言っても過言ではない。
  これは夏樹にとってラッキーな事実だった。
  ゆかりからの至上命令は『学園に所属していないにも関わらず、このイベン
トに参加している風見鈴香を脱落させよ』というものだが、その怒りの矛先が
誰に向いているかなど一目瞭然だ。
  複数の部隊を率いて順次休み無く戦闘を仕掛ければ、それを受けるにせよ逃
げるにせよ、YOSSYは疲弊していく。とどめを刺す部隊にゆかりを配置し
ておけば、少しは怒りも冷めるだろう。
  特に難しいミッションでもない。
  事実その筈である。
  例え、編成された部隊の中にサバイバルゲーム愛好会や、アニメ研究会。軍
事歴史研究会などの有志が参加していたとしても。その有志達が衣装を着込も
うなどと言い出し、大多数の賛成で受容されたとしても。指揮所に詰めた数名
がノリノリで激を飛ばしていようとも。
  貞本夏樹と風紀委員会の気高き精神は、決して屈したりしない。
「……しないんだい」
  涙目でそう呟く彼女の背中には、確かに哀愁が漂っていた。

『エマージェンシー!  エマージェンシー!  ターゲット・インサイト!  タ
ーゲット・インサイト!!  YOSSYを、YOSSYを補足した!  指示を!
本部!  指示をくれっ!!  現在位置は……』
  17:06。
  彼らはついに本命と接触。
  誰を標的としているか悟られぬよう、散漫に参加者達に攻撃を仕掛けていた
彼らは以後、整然と、隠密に、迅速に、行動を開始。部隊を展開していった。