『どよめけ! ミスLeaf学園コンテスト』 第四十二話D 「Battle stage」 投稿者:悠 朔

  電話で、事前の打ち合わせ通りに始めていいと指示が来た。
  無人である事はすでに確認済み。
  ――その方法聞かなかったけど、踏み込んで調べたのかしら?
  だとしたらアレの評価を改めなければならない、と、志保は思う。
「結構な額請求されると思うけど」
『構わんさ。祭りは楽しむためにあるもんだ』
「んじゃ、ふっき〜。主砲発射よ〜い」
「ふっき〜って……もしかして俺?」
  冬月俊範の当然の疑問に、ブリッジの全員の視線が集中した。
  その総ての瞳がこう言っていた。
 ――何を、今更。
  あろう事か彼の付き人たる綾波優喜まで。
  さらに言えば帰還していたシッポと、ディスプレイに表示されているシャロ
ンの瞳は加えてこうも言っていた。
  ――諦め悪いな〜コイツ(この人)。
「メガ粒子砲、発射用意」
  仕方ないから泣く泣く指示を復唱する事にした。諦念だけが希望を殺すが、
さりとてこの状況で何に希望を抱けというのか。そもそも、希望とはなんぞや?
  そんな哲学的と言えない事も無いとりとめの無い思考が脳裏を過ぎる。
  どれほどの魔剣であろうと、折れた剣は折れた剣に過ぎず、再び鍛え直さね
ばそれは刃ではないのだ。
「発射準備良し」
  コンソールを操作し、間髪入れずに優喜が告げる。
  彼女は常に、己のペースを崩さない。
  だからこそ、現状が奇異に映る。
「撃て」
  適当に、という言葉は艦長の誇りを以って口に出さずに留めた。
  否。
  軍においては適当とは適切に当たる事。何も改める必要など無い。
  一瞬、泣きそうになった。
「Fire……」
  火器管制を預かる優喜がスイッチを押し込む。
  学園上空に浮かぶ戦艦冬月から光の線が伸び、それは学園の施設。すなわち
女子更衣室に隣接するシャワールームを爆砕する。
  ディスプレイに表示されるその光景を見ながら、俊範は思う。
  ――俺、ここで何やってるんだろう?
  堪えていた涙が一筋、頬を伝い落ちた。


  艦が派手に動いている間に、朔も地味、かつ適切に動く。
  デモンストレーションとしては有効だが、シャワールームを使えなくするだ
けなら派手に吹き飛ばす必要は無い。
  地下を走る水道管を、下水上水の区別無く、空間ごと手にした刃で斬断した
り、より簡単に済ますなら、元栓のコックを使用不可能なまでに破壊すればい
い。
  あと始末の手間など、それこそ朔の知った事ではない。


  数分後、戦艦冬月から学園全域に、学園に存在するほぼ総てのシャワールー
ムを使用不能にしたと放送があった。
  当然この大会で安全地帯として設定されていたシャワー施設は全滅している。
  走り回ったり争ったりで汚れが気になるとしても、それを落とす手段はなく
なった。
  残っているのは幻八が館長を務める仮眠館と、この戦艦冬月のみ。

  しかし、慌てる必要はないと放送は続く。
  一部有志が学園敷地内の森の中に、キャンプ場を構築している。汗くらいは
流せるし、テントの周りは学園最高の仕掛け屋――沙留斗――謹製のトラップ
の宝庫。
  安心して身体を休める事も可能だ。

  しかし勿論問題点もある。
  キャンプ場には定員があるし、時間的に締め切りが設けてある。


  これはメッセージだ。
  即ち……。
  戦って勝ち取れ。



  戦艦冬月が攻撃を受けたのは、その放送の直後である。


  当然ながら、攻撃されるのは想定されている事だった。が、空を行く要塞、
戦艦冬月と真っ向から戦うのは至難の極み。だから、と言うべきか、最初俊範
は"それ"が何を意味するか理解出来なかった。
  目の前に表示されている三次元レーダーから出る警報音。
  ――空対空のミサイル攻撃……だとっ!?
  いや、理解はしていた。
  しかしそれが意味する事を受け入れる事が出来なかったと言って良い。
  そもそも"それ"が可能な要素を揃えている者は、今この場に居る。他に思い
当たる人物など居ない。
  だから、それはありえない攻撃である筈だった。
「右舷より高熱源反応。UNKNOWN1より対艦ミサイル飛来、直撃来ます。以降、
UNKNOWN1をENEMY1と呼称」
  しかし本来レーダー手を兼任する優喜の反応は極めて事務的で、ほとんど感
情の起伏さえ感じられない。
  そしてだからこそ俊範は瞬時に我に返った。
「迎撃!」
「やってます」
「総員対ショック体勢を取り、被害想定区域の隔壁閉鎖!!」
  俊範が叫び、優喜がそれを実行した直後。
  先の優喜の言葉通り、戦艦が大きく揺れた。


  シッポの反応は俊範よりも遥かに機敏だった。
  警報が鳴り始めるや、即座に艦橋を出てラグナロクへと走り出す。
  直撃の振動に足を取られながらもその足を止める事無く、最短コースを最短
の時間で一気に走りきった。
「機種は?」
  コックピットハッチを開くと同時にシャロンに声をかける。
「照会済み。ハリヤーですね。夜間であるため細部は不明です」
「へぇ?」
  シートに滑り込み、ハーネスをセットしながら、シッポは少し驚いた表情を
見せた。
「という事は……」
「まず、あの地獄の女狐と見て間違いないかと」
「じゃあ、ナスティ・ボーイも出てくるかな。彼女が囮役とは……。剛毅だな」
「そうなれば長岡さん、ここでリタイヤでしょうねぇ」
「とはいえ、空戦となれば俺達が出ない訳にもいかないだろ。この艦がスクラッ
プになるのを眺めるのは忍びないしな」
「昼に襲った側が言う事でもないと思いますけどね」
「単に戦艦と航空機の相性が悪いだけなんだから、しょうがないだろ」
  戦艦は対艦戦闘、沿岸施設への攻撃こそその本領である。
  とはいえ、高い対空能力に定評のあるイージス艦が相手であろうと、彼がそ
う易々と遅れを取るとも思えないのだが。
  彼が駆る系統の戦闘機乗り。中でもエースと呼ばれる連中とは、すべからく
そういうものなのだ。
「……ブリッジ!  シッポ、YF−19で出る!!」


「シッポさんが迎撃に出ました」
「よし、これで時間が稼げる。各員次の襲撃に……」
  俊範の言葉は最後まで紡ぐ事が出来なかった。
「!  熱源反応!  直下から、来ます。回避行動を」
「何っ!?」
「この反応……ヘリ1、呼称UNKNOWN2。急速に接近」
  それは0の高度から遥かな高みへと。
  機構として静音という能力を付加されていながらなお、けたたましくその存
在を誇示しながら舞い上がり来たる。
  瞬時に空に浮かび頭上に君臨する冬月と並び、さらなる高みからブリッジを
見下ろす位置へと高度を取った。
  見上げる俊範が呆然と呟く。
「あのシルエット。アパッチ攻撃ヘリ……か?」
「UNKNOWN2、ENEMY2と断定。迎撃システム起動……」
  優喜の手がコンソールを滑る。
  が。
「反応、無し……!?」
  愕然と呟く優喜。
「そりゃだって、優喜ちゃんが操ってるのはただのシミュレーターだもん。ミ
サイル着弾まではプログラム組んだけど、射撃は実弾が出るのここから観測で
きちゃうでしょ?」
  今度こそ驚愕に目を見開き、優喜は己の隣――通信士席――に座する目深に
軍用帽を被ったその女性を見詰めた。
「だからどうやってもここでバレちゃうのよね」
「伏見……ゆかり先輩? ……いつから、そこに」
「えへへ。実はわりと最初の方から居たんだよ。普通にしてたら誰も気付かな
かったみたいだけど」
  この学園、人数多いしね。
  そう言って、ゆかりは笑った。
  単純な話だ。
  志保達情報特捜部は、ゆかりは戦艦冬月のスタッフだと思っていた。優喜達
は情報特捜部の部員だと思っていた。ゆかりの高い情報収集能力ゆえにこそ、
情報特捜部は戦艦冬月付きのスタッフだと勘違いし、俊範達は情報特捜部だか
らという理由で納得した。
  意思伝達の徹底されたグループなら、起こりえるはずも無い話。志保が部員
を連れ込んだゴタゴタで紛れ込んでいたのに、誰も気付いていなかった。
  ただ、それだけの話。
  ――負ける?
  その笑顔に、優喜の背筋は凍りつく。ゆかりはもう、詰みに来ている。態勢
を立て直すのは至難。
  その予測に追い討ちをかけるように通信が入る。
『戦艦冬月!  こちらYF−19シッポ!  ハリヤーはフェイク!  繰り返す、ハ
リヤーはジェットエンジン積んだラジコンで、攻撃能力のないフェイクだ!
  ……まんまと一杯食わされた形だな。急いで戻りはするが、ここまで用意周
到な攻めだ。多分間にあわんだろうな』
「ちょっとシッポ!  ナニ呑気な事言ってんのよ!!」
『こっちは冬月からのデータで動いたんだぜ?  大本が間違ったのをこっちの
責任にされても困る』
『ハッキングを受けていた可能性が大です』
『せいぜい頑張って時間を稼げ』
「薄情者〜っ!」
  そのやりとりを横目に、優喜が動く。
『我がもとに集え風の精霊達よ!!』
  パワーワードと声の主との契約に従い、風の精霊達がその力を顕現させるた
めに、その御手に即座に集い始める。
『覇王の息吹』
  冗談ではない。
  普段無表情なその瞳には、怒りさえ浮かんでいた。
『霊験なる魂を抱き』
  それこそ冗談ではなかった。
  彼女が乗り込んでいるのは軍が擁する最新鋭艦。
  それがたかだか学生のイベントで。同日に二度も陥落するなどあってはなら
ぬ。
  例え艦長である俊範が諦めと共に許容しようとも、一人の戦艦乗りとして、
プライドがそれを許せない。
  鋭い瞳で己を睨む優喜のその様を見て、ゆかりは微笑んだ。
「残念。それは間違いだよ」
  呟くよりも早く、ブリッジ後方の扉が音を立てて開いた。
  そこから突き出されたグレネーダーの砲口から、軽い射出音と共に弾丸が吐
き出される。
「もうここまで侵入されたというのか!?」
  同時。
  ゆかりの手にいつの間にか握られていた手榴弾が、弧を描いて飛んだ。
『塵界に魔天の主』
  躊躇は一瞬。
  だが、優喜は力押しを選んだ。
  呪文を停滞させる事無く、目前の標的をまず無力化する。
  しかる後、侵入者の迎撃を。
  艦橋が二度の閃光に包まれたその一瞬後。
『風神を招来せよ!!』
  優喜の呪文が完成。
  しかし。
  突き出された腕からは、そよ風さえ発生しなかった。
「!?  精霊が……応えない。眠ってる……?」
「魔力消沈のチャフだ!  優喜!  戦術を格闘戦にシフト!!」
  瞬時に状況を悟った俊範が指示を飛ばす。
  が。
  入り口から突入してきた黒、金、赤の三色の影が、風となりそれぞれ俊範、
優喜、志保に襲い掛かる。
  優喜はそれを戦慄を以って迎撃した。
  使い人はそもそも精霊を使った戦闘を得意としているが、それは格闘戦を苦
とする事を意味しない。気を用いた戦闘を初歩として、転移にも等しい高速歩
法など、優れた体術を修得するのが普通だ。
  それでもなお、目前の敵を打倒できるなど、恐らくは万に一つも無いと確信
できてしまった。
  敵はやや大げさな動きで顔を狙った左右のワンツーパンチを牽制とし、本命
は右のミドルキック。
  そこまで動きを読んだ。
「ぐ……」
  読んでいてなお、その本命を食らった。
  そのあまりの速さに為す術も無かった。
  腹部を走る衝撃に力が抜け、膝が折れる。
「動くなっ!!」
  壁際に追い込まれた俊範の喉下には刀が突きつけられていた。
「きゃ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「あ〜。もう、こら!  無駄な抵抗してんじゃないわよ!」
  志保は組み伏せられて服を剥かれているところだった。
  優喜が倒れながら周囲を見回した時には、もう総てが終わっていた。


「敗因はオートメーションの多用し過ぎ。人手不足だろ」
  那須宗一は刀を肩に担ぎ、何故か正座させられている冬月乗艦メンバーを前
にあっさりとした態度でそう言った。
「これだけ巨大な艦を動かしてるのが片手で足りるってんだから、そりゃ目に
つかないところなんてわんさとある。トップクラスのエージェントには、それ
で充分過ぎるってもんだ」
  通常運行するだけなら、この艦はなんとか一人で動かす事が可能だ。もちろ
ん、戦闘となればもっとスタッフを配置する。その為の席も設備もある。
  ただ、そのスタッフが居ないから、そのスペックをまったく生かせていない
だけで。
  しかも内部に撹乱役が居ては、対処する術もあろう筈が無い。
「でも……軍秘蔵のエージェントともあろう者が、どうしてこんなところで」
「私?」
  優喜の呟きを聞きつけ、リサ・ヴィクセンが自分を指差した。
「以前の事件でクビになっちゃったから、今はフリー。恋人の手伝いをしてる
だけよ」
  有名になってしまったエージェントに、活躍できる機会は少ない。
  当人の意向がどうあれ、軍の判断は妥当なところだ。
「ちょっとリサさん!  恋人っていうのは聞き捨てならないんですけど!」
「そう?  私は別に第二婦人でも第三婦人でも、愛人でもいいけど?  宗一に
愛して貰えるなら」
  吼える湯浅皐月に軽い調子でそう返事をし、宗一にヒラヒラと手を振って、
視線を優喜に戻す。
  納得したか? と。
  代わりに、俊範が口を開いた。
「それじゃ、元とはいえ、世界トップランカーのナスティ・ボーイとその仲間
……いや、恋人達がどうしてこんな事を?」
「オレ、ここの生徒」
  単純明快。
  非常に納得のいく答えだった。
  が、それでは疑問が残る。
「誰に協力してるんですか?」
「いや。俺達はアクシデントカードだな。目に付いたグループを落選させようっ
て形で参加してる。いつまでもこのイベントが長引いたら、授業が進まねえだ
ろ?」
「そんなに勉強熱心なタイプではないと思ってましたが……」
「ひでえな。授業がないと、こっちは心休まらんっていうのに」
  宗一の出席日数はなかなかに悪い。
  そう、授業が潰れれば、比率の関係で卒業が危ぶまれる可能性が発生してく
るくらいには。
「そうですか……。しかし間が悪いというのはあるもんですね」
「運が悪いのは確かだと思うぜ。こっちの事情を白状するとな、ゆかりを情報
収集役として派遣してたから、発覚する前に取り戻しておきたかったのさ」
「そういえば、長岡さん達がここを占拠した時にはもう居たんでしたね」
「それに、障害が大きい方が攻略は燃えるだろ?」
  なるほど、と俊範は思う。
  つまり志保は難攻不落の要塞を手に入れたつもりで、獅子心中の虫を引き入
れた上で、格好のターゲットを与えてしまった訳だ。
  ――陥ちるのは時間の問題だったと、思ったほうが救いがある……かな。
  どの道、この艦をゴリ押しで落とせる者となると相当限定される。
  さっさと脱落した方が競技の為だったのだ。


  戦艦冬月を乗っ取った暴君は、最後には基督教の聖者よろしく、剥かれた上
で十字架に架けられ晒し者とされた。
  そこには、不当な扱いに怒りを爆発させた戦艦のスタッフの、敗北の八つ当
たりが込められていた。
  特に綾波優喜の怒気は凄まじく、上司の冬月俊範は「普段から無表情な彼女
ですが、近づくのが危険だと感じたのは今日が初めてですね。明日からはペン
キを落としてパソコンをクリーニングしなくちゃいけませんから当分は徹夜に
なりそうですし、無理も無いかもしれません」と語っている。

  報道する側は、報道される覚悟も時には必要である。
  彼女はそれを我々に知らしめてくれたのだ。
  ありがとう、長岡志保。
  ありがとう、長岡志保。
  キミの勇姿を、我々は長く忘れる事はないだろう。
  もう一度だけ言おう。
  ありがとう、そしてさらば!


「勝手に殺してんじゃ、ないわよ〜〜〜〜〜ぅ!!」


  長岡志保:リタイヤ。