『どよめけ! ミスLeaf学園コンテスト』 第四十二話C 「Battle stage」 投稿者:悠 朔

  刀を構えた剣士が二人。
  沈み行く夕焼けを背に、静かに対峙していた。
「そろそろ、ケリをつけるか……?  どちらが最強なのか。前回のような引き
分けなどという灰色の答えじゃなく。……だが、君が僕に勝てるかな?」
  ジリ、と、足が砂利を磨る音がする。
  構えるは逆刃の刀。
「貴方を師だ、などとは思いませんよ。きたみちさん!!」
  吼えるは昌斗。
  愛刀『運命』をいつでも抜き放てる構えで、闘志を剥き出しに強くきたみち
もどるを睨み付ける。
  今、学園の双璧と呼ばれる剣士。
  その二人だ。
  だが真に強いのはどちらなのか。頂点に立っているのはどちらなのか。実の
ところ誰よりも熟知していたのは当事者達だった。
「最強の重さ。君に背負えるかな?」
「知らないね!  そんなもんに端から興味なんてあるものか!!  知りたい事
はただ一つ!  俺がどこまで強くなれるか?  なれたか、だ!」
「……そんなものを知るために、命を、賭けるか?  死は恐ろしくはないか?
君を待つ者はないのか?  逆刃とはいえ、当たれば大怪我ではすまないかもし
れないぞ?」
「問題なのは生きるか死ぬかじゃない。やるかやらないか!  ……それが総て
だよ。俺を言葉で惑わせようとしても無駄だ。つまんない手は使わないでくれ
ないか?  興が殺げる」
  フッと、もどるが笑った。
「良い答えだ。迷いと決意を内包した……な!」
「なぶるかよ!!」
  踏み込むもどるに、昌斗が応えた。
  同じ流派。
  同じ神速と呼ばれる抜刀術。
  二つの剣はまったく同じ軌道を描き、甲高く金属音を響かせる。
  純粋なパワーではもどるが、一瞬の瞬発力とスピードなら昌斗が勝る。故に
初撃の威力は五分。
  交差した刃で一瞬、動きが止まる。が、力比べは分が悪いと見て、昌斗が素
早く引いた。
  勿論それをもどるが見逃すはずが無い。
  一陣の風となり、もどるの刃が唸る。
  昌斗がそれを弾いた。
  が、その程度では止まらない。初撃を凌ぐほどの速度で弐の太刀、参の太刀
が放たれる。
<主殿!!>
「やかましいっ!!」
  悲鳴をあげた『運命』を一喝する。
  集中を乱されるのは敗北に直結する。
  その剣閃はおろか、身のこなしさえ昌斗でなければ、同門の達人でなければ
見ることさえ出来なかっただろう。悲鳴をあげること以外できない『運命』は、
今はただの足手纏いだ。
「くっ!」
  数箇所に走る軽い鈍痛に、昌斗が顔を顰める。
  しかしむしろ傷を負いながらも致命打を避けきった昌斗の方こそ、驚嘆に値
する。
「……どうした?  まさかこの程度で怖気づいたわけでもないだろうな?」
「フン……」
  もどるの戯言を、昌斗が鼻で笑う。
  が、
  ――九頭龍閃……。さすがに、強い。隙が無い……。
  素直に認める。
  実際には隙が無い訳ではない。と言うより今のもどるの構えは隙だらけだ。
  だがその隙は意図して作られたもの。そこへ攻撃すれば確実に返すという絶
対の自信を以って作られたもの。
  うかつに飛び込めば大火傷では済むまい。
「やはり飛天の技では貴方に分がある……か?」
「なら、どうする?」
「本来の飛天の技、それらじゃ貴方には勝てないかもしれない。だけど、様々
な流派に存在する、様々な技を取り込み、進化する。それが"俺の飛天御剣流"
だ」
  飛天流に対するもどるの絶対の自信に抗しうるものは、昌斗のその自負であ
るのかもしれない。
  言って、昌斗は鞘に納まった『運命』を眼前に構えた。
「≪星を巡る者≫達が磨き上げた奥義……。見せてやるよ」
「その構えは……」
  さすがに剣に身を置く者。もどるは一目でそれを見抜いた。
  ――変位抜刀術!!
  鞘に納まった刀を腰溜めに構えた状態から放つ抜刀術。刀身が見えぬ状態か
ら放たれるが故に回避が極めて困難な技だが、その軌道は酷く限定されている。
  変位抜刀術はその制限を取り払い、文字通り変幻自在な軌道を描く。加えて
刃を抜くまでの動きに幻惑され、術中に嵌れば最早回避も防御も不可能だ。眼
前に構えた鞘が楯の役割も果たす攻防一体の、まさに奥義と呼ぶに相応しい大
技中の大技。
  と、言葉にするのは簡単だが、これを習得するのは無論並大抵のことではな
い。
  ――ハッタリか?
  一瞬疑惑が脳裏を掠めたが、もどるはそれを否定した。
  ――いや……来る!!
  剣士としての直感が、"この"昌斗は危険だと、そう告げる。
  それを裏付けるように昌斗が動いた。
「行くぞ……。佐藤式閃光剣ノ壱!」
  ゆらりと、構えた刀身が光を放ち、揺れる。
  弧を描くように、だが不規則に揺れる。
  その動きから目が離せない。いや、いつ刃が抜かれるか見極めるために、目
を離すわけにはいかない。そして、故にこそ惑わされる。
  最早勝負は昌斗のペースだった。
「!!」
  もどるが息を呑んだまさにその瞬間、昌斗の剣が抜き放たれた。
「銀光宇宙刑事、大切断っ(ギャ○ンダイナミック)!!」
「なんじゃそりゃー!!」
「閃光剣ノ弐!  赤光宇宙刑事、破砕斬っ(シャリ○ンクラッシュ)!!」
「待たんかいっ!!」
「其ノ参!  青光宇宙刑事、青閃斬っ(シャ○ダーブルーフラッシュ)!!」
「落ち着けぇっ!!」
「とどめだっ!  閃光剣ノ終・光画ノ章!  粉砕ぃぃ、くらぁぁっしゅ!!」
「全部抜刀術と違ああああっ!!」
  かくしてきたみちもどるは、無残にも敗れ去ったのだった。


「っつ〜訳で喜べひづき、戦力ゲットな」
  窓の外からサムアップサインで爽やかに笑う昌斗を、
「え?  昌兄勝ったの?」
  ひづきが粉砕するのは、すでに毎度の事だった。
「……応援どころか見てもいなかったのかよ」
「だって悠さんの看病してたもの。外なんて見てないわよ。私だって治療受け
たかったし」
  あまりの扱いに気落ちしたが、理由を聞いてすぐに表情を引き締める。
「……大丈夫なのか?」
「なんか流入する情報が過多なせいで熱を出してるみたい。要は知恵熱かな?」
  言ってケラケラと笑う。
  それも当然。
  知恵熱とは通常、生後6〜7ヶ月の幼児にのみ見られる発熱を指す。が、これ
は本来原因不明のものであり、名称と特別密接な関わりは無い。単に知恵が付
く頃に生じる発熱、という意味で名付けられたものだ。
  頭の使いすぎで熱が出る、など、普通はジョークのネタでしかないのだが、
実際そうなのだから笑うしかない。
「とりあえず悠さんが持ってた符で主要な感覚封じたから、すぐ持ち直すと思
うよ」
  ひづきが見下ろす先。
  保健室に備えられたベッドには、彼女の言葉通り目隠しをされた上で額に濡
れタオルを載せられた朔が居る。
  が、昌斗は首を振った。
「いや、お前の方」
「え?」
「足、捻ったんだろ?  大丈夫なのか?」
「……あ、うん。へーき。だいじょぶ。腫れもひーた」
「ひづき?  お前、顔赤いけど本当に大丈夫か?」
  熱でもあるんじゃ、と、昌斗が窓越しに伸ばした手から、ひづきは慌てて身
を退いた。
「だ、だいじょぶだって!」
「そうか?  なら良いけど……。無理はするなよ?」
  その言葉に、ひづきはコクコクとぎこちなく首肯する。
「?  じゃ、俺は見回りがてらその辺うろついてるから。ここに居る限り大丈
夫だと思うけど、なんかあったら呼べよ?」
「うん……。わかった」
  少し困惑した表情を浮かべながら頭を掻きつつフェードアウトしていく昌斗
に、笑顔で手など振ってみる。
  昌斗の姿が窓から消えて数秒。
  声が聞こえないのを確信してから、
「って、なんで昌兄相手に私が動揺しなきゃいけないのよ!」
  ぽすぽすと布団に八つ当たってみたり。
「まったくだ。中学生かお前ら。しかも同棲してたんじゃなかったか?」
「!!  お、起きてたのっ!?  って、同居を同棲とか言うなっ!」
「話し声が聞こえたから目が覚めた。で、言うなと言われても、差なんざ傍で
見ている分にはわからんぞ、と。それで、どのくらい寝てた?」
  言いながら朔は身を起こし、ひづきの方へと顔を向けた。
「あ〜。もうちょっとで保健室の使用期限が切れるくらい、かな」
  ひづきの返答に、ふむ、と頷く。
「となると、早く行動しないとお子様軍団が侵攻を開始してしまうかもしれん
な。その前にゴタゴタが起こる要素を揃えるつもりだったんだが……。これで
は難しいと言わざるを得んか。手駒として使えそうなのは……あの魔女。いや
……あれはさすがに少々手ごわい。望むとおりに操るのは困難、となると……」
「あの〜。それは良いんだけど……状況わかってます?」
「?  俺の事か?」
「うん」
「……ふむ、大体は把握できていると思うが?」
「じゃ、聞くけど、自分の名前言える?」
「あん?」
  はい自己紹介〜、などとひづきが合いの手を入れたまでは良かったが、途端
に朔は硬直した。
「……む?  九鬼……いや待て、榊……違う。東風ヶ瀬……じゃなくて神崎。
も違うな。竜堂……?  これも違うか。……久遠、は、正解なんだがそれはそ
れでいろんな意味でマズい」
  いや待て、久遠を基点として記憶の再構築を、とか慌てた様子でにぶつぶつ
言ってる朔を、ひづきは胡乱な視線のまま冷淡に眺める。
「あ〜あ、やっぱり。な〜んかオーラの色って言うか気配って言うか、そんな
のが不安定でいろ〜んな人がごっちゃになってるような気がしてたけど……。
いったいどんだけ取り憑かれたらそんなに混じるんだろね〜。さっきの低級霊
が見せた幻覚の影響とか、受けてたりしない?」
  などと言いながら、朔の頭をペシペシ叩く。
  叩けば叩いた分だけ、トコロテンのように出てくる有象無象の雑霊達。
「畏みぃ畏みー申〜す……」
  それらに対してか、拍手を打ち、頭を垂れる。
  一連の動作は朔の目から見ても、堂に入ったものだった。
「…………。あ。ああ、ああ。思い出した。綾芽が良い感じに脳漿ブチマケテ
華々しく散ったやつな。うん、ヤな感じに綺麗だったぞ。細部までリアルに夢
で見そうだ」
「止めてよね、私だってそんなの"夢でまで"見たくないわよ」
「はっはっは。どうせだから巻き込まれろ。そこらへんに転がってるので見慣
れたもんだろうが」
「そりゃそうだけど……。そういうイジメみたいな事して楽しい?」
「いいや、まったく」
  半眼で睨むひづきに、げっそりとした表情で答える朔。
  同様に彼女の顔色も悪い。そんなもの想像すれば、誰でもそうなる。そして
困った事ではあるが、言っているとおり二人ともそういうものは嫌になるほど
見慣れてしまっているのだ。
「……はぁ。霊感なんぞと呼ばれるものがある奴同士の会話なんて、電波なも
のと相場が決まってるが」
「私達なんか、見えてもしょうがないのにね〜」
  ハハハ……と、乾いた笑いの後、二人揃って盛大に溜め息を吐く。
「やっぱりアレか。お前も見たくないものとか見えるタチだったか」
「国道でダンプトラック前に飛び出す人影とか?  それともブロック塀の隙間
から覗き込んでくる大量の目玉とか?  電信柱の下でいつも佇んでる黒い影、
なんていうのもあるけど」
「あ〜いうのが救いを求めるなら、仏門か基督教でも頼れば良いものを」
「そ〜そ〜。皇さんとか、城戸先生とかね〜。神道の場合、滅属性持ちなんか
に当たったらもう悲惨だしね」
「ん?  なんでだ?」
「知らないの?  常世の国に渡る事も、冥府で裁かれて転生する事も、唯一神
のお膝元で最終戦争に備える事も無いの。ただ消えるだけだって話よ。世に言
うところの魂の消滅。そういうのが浄化能力持つと危険だからって、神格クラ
スが守護に付いたりするとかって聞いたけど」
「へぇ……。神格クラスって、八百万の神々か?  それとも国津神も含めてか?」
「さあ?  そこまでは知らないよ。噂くらいのものだと思うし」
  神道の術には成仏を促すものも、冥府に叩き落すものも無い。
  ただ清め、祓うのみ。
  それによって退去は可能なのだが、どうやら根本的解決にはならない事も多
いらしい。人間霊如きなら大半は浄化されてしまうのだが、昇華するか、消滅
するか、退去させられた先に残留するか、悪化して戻ってくるか、などなど結
果はその対象と術者次第。
  力の強いもの。例えば平将門や菅原道真のように祟り神と化したならば、鎮
縛し、崇め奉るのが神道というものだ。
  ついでに言えば陰陽の術にもその手の術は無かったりする。彼らが扱うのは
あくまで人にあらざる者であり――鬼に変じたものならいざ知らず――元とは
いえ人であった魂魄なんぞに関わる術は基本的に無い。
  それは大陸の幽玄道師あたりの役割だ。
  例外的に大陰陽師安倍晴明が、死を司る泰山府君に訴える反魂法によって、
徳の高い僧の命を救ったという逸話があるにはあるものの、これは術者の規格
が違いすぎて参考になるものではない。
「お前だったらもうちょっと鍛えれば、雑魚は寄って来ないだろうけどなぁ」
「そなの?  それだったらちょっと真面目に修行しよっかな〜」
「霊格に差が付いてな、悪霊の類は近付けなくなるはずだ。身の安全を図るな
ら早めにそうなっといた方が良いぞ。俺からしたら羨ましすぎる話なんだから」
「……そういえば前にそんな事言われた事あったっけ」
「見ないようにすれば、大抵それで済む話だけどな。特にお前みたいなタイプ
はアンバランスだと危ないとか聞いた」
「そんなことも言ってたかなぁ? ……羨ましいって言ったら私は昌兄が羨ま
しいけど。普段全っ然、見えないんだって」
「……見えてない?  あいつが?  あの"格"で?  ……冗談だろう?  ホント
に?」
「ん。なんか、私とは違うもの見てるっぽいかなぁ。ヘンな声聞いてるみたい
だし」
「ああ……。そういえばあいつが刀に話し掛けてるの、結構有名だよな。因み
にあれの声は俺も聞いた事が無い。多分昌斗となんらかの形でシンクロしてい
るんだろうと思うが……」
「…………」
「…………」
「電波な会話よね〜」
「電波だよな〜、つくづく」
  はふぅ、と、再び二人揃って溜め息を吐く。理解者が傍らに居る、というの
は心底ありがたい。
  尤も、そういった連中がゴロゴロ居るというのが、この学園のこの学園たる
由縁であったりもするのだが。
「見えてる人、どれくらい居るんだろうね〜」
「精霊使い系は見えてるみたいだぞ。あと、あれは魔族……いや、神族だった
のかもしれん。少なくともこいつらは普通の人間には見えないはずだからな」
  朔が示した先には最初、何も居なかった。
  指した手を天へと掲げ、その指を鳴らす。
  その瞬間、床を埋め尽くしたのは半透明の猛禽。
  隼、鷲、鷹を一羽ずつ。それを筆頭として床を黒く染める大量の鴉達。
「うっ……わ。なによ、これ。随分と数が増えてない?」
「ああ。最初はチンタラやって適当に終わらすつもりだったが気が変わった。
となると一羽じゃラチが明かん。こっからは全開でやるとして、手始めに手駒
を増やす事にした」
 散、の一言で一斉に飛び立つ大空の狩人達。
  羽音も無く。障害物もすり抜け。幻であったと言うように視界から消える。
「どう……いうつもり?」
  ひづきの額を冷たい汗が伝う。
  何かがおかしい。
  沸き起こる、嫌な予感。
  これは何か『違うモノ』。『良くないモノ』だという、なんの根拠も無い予
感。
「なに、どうという事も無い。俺はどちらかというとこの学園が平穏である方
が望ましい、と思ってる側でね。そういう意味では下手な野心を持ってるのが
権力を一瞬でも掴むのは避けたい訳だ」
「つまり、朝に一羽だけ飛ばしたのは全力じゃなかったってコト?」
「いや?  あの時はあれで全力だった」
  事も無げにそう答える朔。
  予感がさらに強くなる。
  ならばこの目の前の人物が語る最初とは、いったい何時を指した言葉なのか。
「……あなたは」
  無意識のうちに震える声。それに気付いて、問いを口にするのを一瞬躊躇す
る。
  その様子を見て、朔は首を傾げた。
「?  あなたは?  なんだ?」
「あなたはいったい、誰? いえ、"違う"。悠さんに近いあなたは、いったい
"何"?」
  朔の額に皺が寄る。
「んん?  霊視でなんかヘンなものでも見えたか?  もう憑いてる霊はいない
はずだと思うんだが……」
「そういうんじゃなくて!」
「あ。じゃあもしかしてアレか?  そんなに違って見えるものだとは思ってな
かったが……」
  思い至って、朔は頷いた。
  ――マズいな。それだけひづきの霊感は優秀だという事か。
  だが、今回働いているその霊感は、神道でいうなら巫女ではなくむしろ審神
者に近いものである。
  面倒な話だ、と、心の内では眉を顰めたものの、表情には出さない。
「でも別に怯えるような事じゃないぞ?  単に、無理やり忘れさせられてた事
を思い出しただけだ。言うなれば第四人格がようやく表層に出た状態、かな?」
「四……?」
「精神的なものではなく魔術的なものが原因ではあるが、乖離性同一障害だと
思えば良い。多分それが一番近いだろう。一が普段の表層。お前が知ってる悠
朔という人間として……二が個の意識をロクに持たない兵士にして人形。三が
霊感云々の統合体。こいつはもう完全に分かれてしまってるから、式鬼と考え
た方が妥当だろうな。普段は久遠遙と呼称してるんだが、糞爺いとかにいろい
ろと面倒な側面を付加されてるせいでどうにも制御が……。いや、ま、それは
いいか。
 で、通常はそれぞれ独立した意識で活動しているせいで、判断なんかはその
それぞれの人格のみに拠るんだが、今はそれらを総合的に管理出来る人格が表
層に出てると思ってくれればいい。つまりは、俺という人間のスペックを総て
引き出せる状態……になるか?  選択肢が増えれば判断に時間を要するように
なるから瞬時の判断力が低下しているという部分もある。そういった意味では
第二の方が単純戦闘力は上かもしれんが……自己を管理する以上、当然負うべ
きリスク。故に瑣末事だな、これは。
  さてそれに加えて、さっきの魔女が近所で地脈なんか開いてるせいだと思う
が、その影響かなにかで、俺にその関係の力が流れ込んでるみたいだ。今は術
の類の使用には疲労が無い、使用制限もほぼ解除されてると思ってくれ。
  これがいつまで持つかわからんし、もともとは第一が主導するようにセット
されてるから第四人格もいつまで起きてられるかわからん。
  現状を率直に評価すれば俺個人の単体戦力が向上しているという事になる。
が、それは恒常的なものではない可能性が高い。要はブーストがかかってる状
態だから利用するに越した事は無いと思うが?」
  今後どうする?
  と、視線で問う。
「ちょ……ちょっと待ってね、悠さん。いろいろ言ってるところ悪いけど、悠
さんに今必要なのは休養だと思うよ?」
「……あのな?  今言った事ちゃんと聞いてたか?  俺は行動を起こすなら今
のうちだ、と言ったつもりだったんだが」
「え〜と、なんか難しい事言ってるみたいだったから右から左」
「うん?  わりとわかり易く説明してるつもりだったんだが。俺個人の事情だ
から知らなくても特に問題はないが……なんだったらもう一度説明しなおすか?
どこからわからなかった?」
  質問に、ひづきは「う〜ん」と唸りながら天井を仰ぎ、そして答えた。
「乖離性なんたらがどう、とか言ってるあたりかな?」
  一瞬、朔の顔が引き攣る。
「……最初から?」
「えっと、なんか回りくどい?  みたいな?  ぶっちゃけ最後だけ言ってくれ
たらだいたいはわかったんじゃないかな〜って、思い返してみるとそう思うん
だけど」
「ま、回りくどい……」
  随分とショックだったらしい。
「思う……けど。ねぇ、結局今目の前に居る悠さんは、私が知ってる悠さんと
は違う人なの?」
「……は?  何言ってるんだ。人格云々と言った所で、それが俺である事に変
わりなど無い。思考パターン、優先順位などが多少変動するが、そんなもん、
気分や機嫌で誰だって変わるだろう?  差異などその程度のもんだ」
「つまりペルソナ(表層人格)が入れ替わったと思えば良いの?」
  ひづきの言葉に、朔は腕を組み天を仰いだ。
「う〜ん、そんなもんだな。一と二は直感重視。四は理論、思考重視だと暫定
的に考えれば、区別が付け易いかと思うが。基本的に今の状態がスタンダード
なんだけどな。ウチの爺いがいろいろ弄ってくれたせいで、普段は出てこれな
い訳だ。"霊格"が全開になってるから普段との差異が目に付いたんだろうと思
う。
  精神的なものが原因になっているわけではないからそのうち解除してやろう
と思ってたんだが、不都合が多くて今まで手出しできなかったんだが……さて、
これは幸か不幸か」
「……前の悠さんが、直感重視?」
「そうだが?」
「うん、まぁ……今のほうが変に理屈っぽい気もするし、ねぇ?」
「う" ……」
  打ちひしがれる朔。
 ――先程は昌斗も手玉に取られていたし、もしかして現在のメンバー中、素
で一番強いんじゃないかこの娘?
  主に立場。
  二次的表現として精神面で。
  などという恐ろしい予測が脳裏をよぎる。
  嘆息しつつ、手を懐へ。
「参考までに聞くと、三の使い魔くんはどんな感じ?」
「気まぐれ。気分の赴くまま。あと主に一への嫌がらせ」
「…………。きんぐぎどら?」
「なんだそりゃ?」
「この国が誇る怪獣映画のキャラクター。三つ首竜で、首同士で互いに喧嘩す
んの」
  ジト目で見詰めてくるひづきに、反論の言葉もなく頬を引き攣らせる朔。
「……で、それって障害にならないの?」
「エネルギー供給を管理してるのは四だからな。ガス欠の車は動かんさ」
「ふ〜ん……」
 つまりあんまりアテにはならない訳だ。
  ひづきはそう解釈した。
  さっき隼や鴉を飛ばした以上、ある程度の術を使用することは出来るようだ
が、どうやらこの人は本命の使い魔との相性が最悪であるらしい。
「それじゃ結局、今の悠さんは何が出来るの?」
「うん?」
  引っ張り出した携帯電話のディスプレイを覗き込み、その動きを止める。
「ん?  え〜と……あ、そうか」
  顔の上半分を覆っている包帯を捲り上げ、表示を確認しつつ操作する。
「聞いてる?」
  少し険の宿ったひづきの声に、ふむ、と頷きを一つ。
「出来る事がそう増えた訳じゃないが……やる事がよりえげつなくなるのは確
かかもな」
  携帯電話が相手を呼び出す音を鳴らし続ける。
  そこに表示されているのは、1人の生徒の名。
  佐々木沙留斗。
『はい、もしもし?』
「私だ。例の計画、実行に移そうと思うんだが……少し変更を加えたい。敷設
点に多数テントを設営し、キャンプ場に変化させたい。至急beakerと連絡を取っ
て、実行に移してくれ。かかった費用は第三者から見て妥当な金額だと言える
ならいくらかかっても構わない。収容人数は5グループ……そうだな100m程度
で、トラップの発動はこちらの指示があり次第に変更。一時間で出来るか?
  いや、私にも無茶を言っているという自覚はある。それに対しては金額で保
証を……。
  ああ。……15割増!?  ちょっと暴利……。いや、スマン。
  二時間?  キツいところだと思うが、頼む。
  ああそうそう、その前に、悠綾芽か弥雨那希亜が何処にいるかわからないか?
多分一緒に行動してると思うんだが」



  木の枝に並んで座り、沈み行く太陽をぼんやりと眺める。
  とりあえずの休憩はここで良いとしても、これから夜になろうかという時刻。
さてどこに身を隠すかと相談している二人の耳に、突然電子音的な音楽が流れ
始めた。
「あ、パパからだ」
  表示を確認して、嬉しそうに綾芽は通話ボタンを押した。
「もしもし?  え?  ……うん、そうだけど……どうして知ってるの?  迂闊
に返答するな馬鹿って……パパ自分で聞いといてそれ酷い。
  斜め下?  え〜と……うん。白旗振ってる人が居る、けど……うん。うん。
でもパパ、今は敵同士なんじゃ……。わかった。ありがとパパ」
  唇を尖らせながらも上機嫌で電源を切る。
  その様子に希亜は首を傾げた。
「どういったご用件だったんですかぁ?」
「ここ、今は安全だけど暫くしたら戦場になるから、始まったらさっさと撤退
するようにって。なんだったら佐々木さんが設置したテントでしばらく保護し
て貰っててもいいって」
「へ〜」
  あくまで気楽に答える希亜に、綾芽は複雑な視線を送る。
「……なんですかぁ?」
「うん、ここってさ。……下に居る佐々木さんの射程範囲内だから、その気に
なったらいつでも脱落させる事ぐらい出来たんだって。……そんな様で敵だな
んて10年早いって怒られちゃった」
  佐々木沙留斗は世界に名だたるトレジャーハンターであると同時に、Leaf学
園随一のトラップマスターである。
  確かに、彼の張った蜘蛛の巣に飛び込んで帰って来れる者となると、いかに
この学園の生徒といえどそう多くは無いだろう。
  そしていかに希亜のテリトリーである空に近いと言えど、沙留斗がそう言う
以上はここは安全でなどなかったという事だ。
「むぅ……」
「周囲を警戒する能力が足りないなら、地形でカバーしろ。減点1、だって……。
もう!  偉っそうに」
  ぶちぶち言いつつも、どこか嬉しそうな表情は崩れない。
  ――あの人は言葉に不自由してますねぇ、相変わらず。
  それに相槌を打ちつつ、それでも理解してくれる人が居るんだから恵まれて
いるんだろうな、などと思う。
  希亜は水筒から注いだお茶をズズッと啜った。
 その携帯にメール着信一件。
『件名:例の件
 こちらで解釈して勝手に果たさせて貰った。沙留斗に保護を求めるなら貸し
一。だが自主的な返却は要らん。こっちで必要な時に請求するから相応に覚悟
しておけ』




「はいは〜い。みんなのアイドル志保ちゃんよ〜。……あら、我らが部長様で
あらっしゃられる?  どしたの〜?」
  戦艦冬月艦橋、艦長席。
  本来の艦長をレーダー手席に追いやり、鳴り響く最新ヒット曲の着メロをカッ
トしながら、長岡志保はそんなふざけた口調で応じた。
「協力しろって……えらくまた高圧的ねぇ?
  でもさ、あたしらもハチマキ付きになっちゃった訳だし、馴れ合うのはちょっ
とまずいんじゃないかと思う訳なのよ。アタシら報道は中立の立場を……。
  へ?  うん……。うん……。なるほど、そりゃ確かにこのまま動きがないの
は困るんだけどさ〜。
  んじゃ、もう準備は済んでるの?
  ふんふん……。なるほど。いいわ、乗ったげようじゃないの」



「さて、細工は隆々。あとは仕上げを御覧じろ、というところだな」
  何件かに電話で連絡を取った後、朔は携帯電話を再び懐へ戻した。
「聞いてのとおり、ある地点で無理矢理戦闘を起こす。そういう訳でお前達は
近づくな」
  ひづきは顔を向けてきた朔の頭部に手を伸ばし、呪布と化した目隠しを目の
位置まで下ろす。どう贔屓目に見ても、今の朔は安定に欠ける。せめて視覚か
らの影響は排除しておきたいと思ったからだ。
  朔は特に逆らわなかった。
「……沙留斗さんなんて、いつの間に雇ったの?」
「登録の時、beakerの店に行っただろ?  戦闘を想定する以上、最高の武器を
用意するのは当然の事だ」
  そして罠というものは知られずにあればこそ、最大の効果を発揮する。
「敵を欺くにはまず味方から、というところだ。ことテリトリーの構築におい
ては、あれほど恐ろしいヤツも居るまいよ」
「え〜と……。それにかかってる費用って、後で雇用者に請求されたりするの
でしょーか?」
  一瞬、ひづきの目の前が暗くなった。
  少なくともあの男を雇うとなると、学園のイベントで費やすような金額では
なくなる。
  億万長者の時給など、一小市民としては計算したくもない。
「俺が勝手にやってることだ。お前は気にするな」
「そか。良かった……」
  さすがに安堵の息が洩れる。
  と、同時に精神の平静も戻ってきた。厚かましいかもしれないとは思うが、
切り替えは早い方だと自負している。
「でも……これって謀略の類よね?」
「だから?」
「ん〜。や〜、でも勝てば官軍って昔っから言うしね」
  あっけからんと言いつつも、ひづきは少し迷う様子を見せた。
  もとよりその言葉は勝利の為なら何をしても良い、という意味ばかりではな
い。謗りを受けることも覚悟しろ、という教訓の側面もある。
  しかし自腹を切って貢献しようとする朔を批難し辛いのも事実だ。
「俺個人の力量がお前たちに及ぶものなら、小細工なんて考えなくてもいいの
かもしれんがな。俺に出来る事というのは所詮こういう事ばかりだ。恨むなら
引き込んだ己を恨んでくれ。……というのも勝手な言い分か。ふむ……」
  顎に手を当てつつベッドから足を下ろし、椅子に掛けてあった白衣に袖を通
す。
  机の上に置かれていた二刀を手に取る。
  それで、それだけで朔の戦闘準備は終わった。
「では悪いが俺が手伝えるのはここまでだ。あとで何か言われても知らぬ存ぜ
ぬを決め込め。一応伏せてはいたが、開戦当初から俺の最優先事項は綾香との
対戦だった。その目処が立った時点で協力関係を解除しても不自然じゃないだ
ろう」
  仲間に関しては特別な規約がある訳でも無い。
  実のところ一番確実に優勝を狙うなら、それぞれのエントリーヒロインに一
人ずつ息のかかった配下を送り込み、隙を突いて衣服を剥ぎ取るというものだっ
たのではないか?  と朔は思っていた。
  問題になりそうなのは信用されるかどうかだけであるが、ヒロインにはある
程度の戦力を持ちたい思いと、信用できる者で揃えたいという相反する葛藤が
ある。つけこむのはそう難しくなかったはずだ。
「それじゃ……悠さんはそのキャンプ場に行くの!?  綾香さん達が来るかど
うかはわからないよ?」
「それはそうだが、お膳立てをしてしまった以上その責は取らねばなるまい?
運動部棟の一箇所だけ使えるようにしておくから、お前らはそこを利用しろ」
  唇を吊り上げ、ニヤリと笑う。
  勝手だとは思う。だが今更後に退ける訳がなかった。状況が不可逆である以
上残っている時間はない。
  立ち止まっている時間さえ惜しい。
  あっけに取られるひづきを残し、出口へと向かう。
「じゃあな。気が向いたら後でまた手伝いに来てやるよ」
「ちょ、待ってよ悠さん!  今の悠さんがその目隠し外したら大変な事に……」
  静止の声を遮って、ドアを閉める。
「なる……のに」
  慌てて伸ばした手が、力なく下ろされる。
  交戦すればどう考えても無事で済むはずが無いし、朔自身済ますつもりもな
い。だから後でまた、などという言葉が叶うはずも無い。
  ――言葉で煙に巻くつもりだったけど、失敗したみたいだしな。さすがは紫
の浄眼持ちといったとこか。
「さて……。行くか」
  ――安定している今のうちに。
  そう呟いたところで、視線と気配を感じて顔を向ける。
「青春よねぇ……」
  廊下に座り込んでいるM・Kが居た。
「うっうっうっ……。俺はただ、静の居場所を聞いただけだったのに……」
  泣いているきたみちもどるが居た。
  あれだけの斬撃を受けたにも関わらず、さすがは鬼神の一族。呆れた強靭さ
だ。
「ま、こんなときに無用心に声かけたのが悪かったと思うのねぇ」
  それを慰めているEDGEが居た。
  これに加えて昌斗も居る。
  心配する要素はまるで無かった。
  EDGEがふと、朔を見て、問う。
「結局、一人でやるの?」
  それに苦笑を返し、
「性分だからな。ワタクシゴトに他人を巻き込むのは主義じゃない。そんじゃ、
俺はフケるから、後は宜しく」
  気軽に答え、そのまま歩く。
  振り返る理由さえ無かった。