Lメモ魔王大戦「硝子の現実」『第五幕』 投稿者:悠 朔
 どちらも何も言わない。
 にらみ合い、あるいは見詰め合ったまま、身じろぎさえしない。
 沈黙と闇だけが、二人の間を隔てる物だった。
 一人は答えを模索し、一人はその答えを待つ。
 答えを得たからといって、結局何が変わるわけでもない。ただ、その答えを来栖川綾香
は知りたいと願った。
 それに答えるため、悠朔は答えを求め、何度も思考を繰り返す。
 得られる結論は常に一つきり。
 どれほど言葉を飾ろうと、どれほど言葉を連ねようと。
 結局その結論以外に意味などない。
 だから一瞬の――あるいは永遠とも思える――沈黙と停滞を破り、ポツリと呟くように、
朔は答えを告げた。
「……邪魔だった」
「え?」
「邪魔だったから……だ。人を殺すのにそれ以上に上等な理由が必要か?」
 答えに、綾香の瞳孔が見開かれる。
 その様子から、
 ――激昂するだろうか?
 という、朔の予想はあっさりと裏切られた。
「……どうしてよ? 綾芽が邪魔だったって……どうして?」
 ポロポロと、綾香の瞳から涙が零れた。
 どうして?
 その疑問に答える術を、朔は持たない。
「あなただって……あなただって綾芽のことを可愛がっていたんじゃなかったの? あの
娘が昼休みに教室に訪ねて来るのを楽しみにしてたんじゃなかったの? あの娘の前で笑っ
てたのは……みんな、みんな嘘だったって言うの? ……どうして? 邪魔だなんて、ど
うしてそんな事が言えるのよ!」
 言葉を紡ぐうちに、綾香の瞳に炎が宿る。
 怒りか、憎悪か。
「答えてよっ! どうして!!」
 絶叫に近い嘆きの声。
 それを聞いてすら、朔の瞳は氷に覆われたまま、なんの感情も宿そうとはしない。
 どうして?
 ――必要な、事だったんだろうな。きっと。
 ドウシテ?
「過去と決別する為に……」
 ――違う!!
 嘘だと誰かが心の中で叫んだ。
 そんな事が理由ではなかったと、誰かが叫ぶ。
 それは自分が望んだ事ではなかったと。
「その為には綾芽は邪魔だった」
 ――デモソンナ言イ訳ハ……シタクナイ……。
 言いながら、朔は数歩の距離を詰めた。
 綾香の目の前。
 朔が見下ろし、綾香が見上げる位置。
 そこに立った時、両の手は自然に伸びた。
 綾香の、細い首に。
「そして綾香。お前も……だ」
 冷たい雫が、朔の手に落ちる。
 綾香の涙。
 それが流れ出る元。その瞳が閉じられる。
「……お別れ……だ」
 朔の手に力がこもった。

 次の瞬間、叩き付けられるように扉が開かれ、ひとつの影が躍り出た。
 ――! ガンマルか……。
 それに反応するより早く、ガンマルが放った体重と勢いの乗った鋭い胴回し蹴りによっ
て、朔の身体は部屋の端に吹き飛ばされていた。
 背中が壁に激突する。
 息が詰まり、視界が歪む。
 そこから身を起こそうとした朔の体制が整う前に、高圧の雷撃がその身に襲いかかった。
 耳をつんざく爆音と眼を焼く閃光。
「があああああっ!」
 朔の口から絶叫が漏れる。
 ――ガンマルには雷撃を操る力はないはずだ。なら……この気配は、あいつか。
 朔が蹴り飛ばされたショックでその腕から開放され、両手を床に付いた綾香がせき込ん
だ。
 綾香を守るために、朔の前に隙の無い空手の構えで立つガンマル。
 彼の放った胴回し蹴りは綾香と朔の間にあったわずかな隙間を潜り込み、正確に、朔の
肉体の中心。人体の急所の一つ。鳩尾を貫いていた。
 並みの技量で叶うことではない。
「良い蹴りだな。さすがは格闘部部員……」
「ここに居ればどちらかが姿を見せると思っていた。悠、あんたかハイドラントが」
「フン……。私は別に、綾香に会う為にここに来たわけではないんだがな。結果としては
そうなったわけだ」
 鼻で笑う。
 その朔の言葉に、これまで沈黙していた者が口を開いた。
「結果として? 貴方はなりゆきで綾香さんを殺そうとしたと言う気ですか?」
 ガンマルの傍らに立つ、雷球を手のひらに乗せた穏やかな口調の青年。しかしその眼に
宿るのは明らかな怒り。
「お前が本気で怒っているところを見たのは収穫かもな……。斗織」
 葉岡斗織に向かい唇の端を釣り上げ、朔が笑みを浮かべた。
「余裕のつもりですか?」
「叩き伏せられた上に感電して立てない人間に、余裕があるように見えるとは……奇異な
事だな?」
「人であることを貴方は止めたんでしょう?」
「……流石。よく知っている」
 言いながら考えるのは別の事だ。
 ――いつからだ? いつから俺は、人が生きる為のレールを踏み外した?
 その疑問にも、やはり答えはない。
 生きることを諦めたその時から、彼が望む様々の答え。その尽くは失われている。
「オレは羨ましかったんだ。あんたと綾香の親しさが。それなのに……それなのに! そ
の結末がこれだっていうのか!?」
「お前がどう思おうと私の知った事ではないが……ガンマル。知っておこう、臆病と慎重
は異なる物だと言う事を」
「っ! あんたはっ!!」
 朔が胸に付いた埃を払いながら、立ち上がる。
 雷撃の影響も蹴りでのダメージも感じさせない、しっかりとした姿勢で。
 ガンマルがそれを妨げようと前に出かけるのを、斗織が制した。
「止しなさい! ダメージはありません!」
「あれを食らって……無傷だっていうのか? そんな……」
「これでも受肉した魔神だからな、今の私は。完全覚醒した魔王ならともかく、並みの人
間の手で葬られるほど、この命安くはない」
「並み……か。言ってくれる」
 ガンマルの額に冷たい汗が浮かぶ。
「確かに……我々だけでは、勝てないかもしれませんが……」
 そう言いながら、斗織の目に諦めは無い。
 それは勝算があり、機を狙う狩人の瞳だ。
「その口振りでは人数が集まれば可能だ、と言いたそうだな? ……何人集めた? 斗織」
「わかっているんでしょう? 気配を掴むのは気孔師の十八番ですからね」
「なら……さっさと行動に出ることだな。獲物を前にして私が躊躇する理由は何一つない。
おまけに私はお前達に邪魔をされて、すこぶる不機嫌と来ている」
 一歩、踏み出す。
 別に凄んだ訳でもないただそれだけの行為が、二人の男の背筋を凍らせる。
 強大な存在感。
 威圧感。
 畏怖。
 ただそこに"ある"という事が、直接恐怖に繋がる。それだけの力を秘めた相手だと、二
人にはわかっていた。
「たった一人増えた程度で、勝てると踏んだか?」
 朔が自嘲するように笑った。
「私も甘く見られたものだな……」
「そうでもありませんよ」
 斗織が大きく一歩踏み込む。
 遅滞の無い足運び。流れるような重心移動。
 素人の動きではない。
 そして紫電を纏った拳。
 斗織の雷撃は、当たれば人を感電死、または焼死させてしまうほどの電力を誇る。
 雷神、雷帝と呼ばれたのは伊達ではない。斗織は文字どおり必殺の拳を有しているのだ。
 遠い間合いから繰り出した拳では、無論朔には届かない。しかしその拳から四方に閃光
が溢れた。
「今です! ガンマルさん!!」
 雷撃の爆音は、斗織の叫びの後に響き渡った。



Lメモ魔王大戦
                                 「硝子の現実」
                       『第五幕   "葛藤" 望み、願い』



「……目くらましか」
「そういう事です。今の私の目的は、綾香さんを無事に逃がす事ですからね」
「なるほど。以前私に"智を以って綾香を護る"と吠えた覚悟は本物だと言う事か……」
 斗織の背後には、もはや綾香の姿は見えなかった。
 斗織が雷撃を放っている間に、ガンマルが連れ出したのだろう。彼の姿も見えない。
「残念な事に、あの時"勇で以って綾香を護る"って言った人が敵に回ってしまいましたか
ら。面倒が増えて大変です。ただでさえ黒い人が居て大変だというのに」
 斗織はそう言って、大業に肩を竦めた。
 それを見て朔が苦笑する。
「お前の方こそ随分余裕だな。確かに動きは素人ではないが……それだけだ。門前の小僧
というやつなのだろうが、それで本家に勝てると思うか?」
「昔は習わぬ経を読んだりしたんですけどね、最近運動不足なんですよ。手加減してくだ
さい」
「……武器は必要か?」
「いいえ。ここは刀を振り回せるほど広くないですからね。素手で相手させて頂きますよ」
「そうか……」
 棒立ちだった朔が構えを取り、身体の重心を下げる。
「では……始めようか!」
 言い終えた瞬間には、その身体は斗織の目前にあった。
 ――速い!
 右回し蹴り。
 ズドンッと、重い音が響き、ガードした左手に痺れが走る。
 その中で反撃に転じようとした斗織の右肩を右正拳が襲い、さらに左の鉄拳が斗織の左
鎖骨部に食い込む。
 左右の肩を打ち抜かれ、斗織の上半身の体勢が崩れた。
 左足払い。
 どうすることもできないまま、身体が後ろに流れる。
 その腹に、本命の右の一撃。
「ぐ……!」
 下がる斗織に追いすがり、とどめの一撃を加えようとしたところで斗織の右足が跳ね上
がった。サマーソルト・キックと呼ばれる顎を狙ったそれを避けるために、朔が大きく跳
び、引く。
 斗織の身体が縦方向に回転しながら弧を描き、着地。
「……用意のいい事だな」
「貴方相手になんの準備もしないほど、己惚れてはいませんからね」
 打ち込んだ拳に伝わってきた感触は、肉を打ったそれではなかった。
 斗織は耐弾か耐刃か。あるいはその両方を兼ね備えた、なんらかのボディーアーマーを
身に付けている。
 そこそこの重量があるはずだが、斗織の動きはそれを感じさせない。
 ――運動不足だなどと、よくほざいたものだ。
 防具の上からでは、単純な打撃ではおそらく有効打にはなり得ないだろう。
 だが、だからといって二人の力量の差は埋まりこそすれ、逆転するに至るわけではない。
「貴方の方こそ、いつからスタイルを変えたんですか?」
「空手の真似事だ。手加減をしろと言ったのはそちらだろうが? ……封神流で相手をし
て欲しいなら、そっちも本気になることだな」
「やれやれ、無茶を言いますねぇ……」
 ふたたび間合いが詰まる。
 今度もまた、朔が先を制した。
 どの方位からの攻撃にも対応する為の、ほとんど隙の無い、無構えからの直進。
 一瞬で距離を無に変える、矢のような中段突き。
 左足を前に出し、右足を左に引く。ただそれだけの動作で朔が進む軌道上から、斗織は
外れて見せた。
 柔術では体捌きと呼ばれる技法。
 朔にとっての右側面が、斗織にとっての正面に切り替わる。
 朔の右腕を掴み、その手を引きながら人体のもっとも強固な部位の一つを用いた肘撃を
脇腹に叩き込む。
 はずだった。
 突如、斗織の平衡感覚が失われ、視界が回った。
 自分が掴んでいる朔の腕を中心に、世界が回る。
 次の瞬間、斗織は背中に強烈な衝撃を受けていた。そこでようやく、自分が投げ飛ばさ
れたのだという事を悟る。
 朔はほとんどなんの動きも見せなかった。ただ、斗織に捕まれていた腕をほんの少し下
げただけだ。
 空気投げ、合気拳げと呼ばれる、合気の為せる神秘の技。
 動きを合わし、気を合わし、そして攻撃の機を合わせるそのタイミングだけで、人を大
地に転がす。
 その手を掴んでいたのは斗織の方であったにも関わらず。
 大地に臥した斗織が見上げる中で朔が足を持ち上げ。
 踏む。
 いつのまにか斗織の腕は固められていた。ただ軽く押さえられているような感覚でしか
ないというのに、身動きが取れない。
 避けようがない。
「げほっ!」
「聞こえなかったか? 私は本気を出せ、と言ったんだが?」
 足が再び上がる。
 踏む。
「が……はっ」
 素人でさえ、体重を乗せて踏み付ければ容易く瓦を砕く。
 手加減のない朔の踏み付けは斗織の肋骨を簡単に折り、二発目の踏み付けで左肩の骨が
砕け散った。
「ふ……ん。所詮お前の見てきたものは、表面だけという事か……。少々失望したぞ」
「……貴方は、本気を出せ、ではなく……本気を出して欲しいならって、言ったんじゃあ
りませんでしたか?」
「減らず口を……ん?」
「………………bela………………fes………………tiza………………」
 ささやくように、呟くように紡がれる呪文。
 不意に、部屋が明るく照らし出された。
 その光源となるのは紅蓮の炎を吹き上げる火の鳥。
「フェニックス……! そうか。三人目は貴方か……」
 迫るフェニックスを防ごうとした朔の足を、何かが掴んだ。
 同時に光の柱が吹き上がる。
「!」
「油断大敵……ですよ」
 倒れたままの斗織が放った、渾身の稲妻。
 雷撃は微弱なものでさえ肉体の自由を奪い去る。
「……ぉぉぉおおおお!!」
 防ぐ事さえままならず、フェニックスの目前の立つ朔が吠えた。
 轟!
 不浄を焼くとされる神炎が朔の身を包む。
「………………imk………………poetol………………………………」
 その間にも呪文は紡がれ続け、そして途切れた。
「eruku」
 高い、金属の澄んだ音が響いた。
 赤い五芒が床に浮かび、さらにそれは複雑な魔法陣へと変化する。
 ――縛魔の……結界か!
「引きますよ!」
 重傷であるのが信じがたい、機敏な動作で斗織が立ち上がり、ドアに向かって駆け出す。
「おおおおおお……。うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 炎に包まれながら吠える朔を見上げ、エーデルハイドはわずかに顔をしかめた。
「ニャーオ……」
 憐憫か、それとも感傷か。
 しかしそれも一瞬の事。
 ツ、ときびすを返し、部屋を駆け出る。
「みんな巻き込んで術を発動させるなんて、無茶しますね先輩!」
 言いながら、斗織は廊下に控えていた来栖川芹香を片手で抱え上げていた。
 持ち上げたあと一度バランスを取り直すと、すぐさま走り出す。
 その後ろに部屋を駆け出てきたエーデルハイドが続く。
「……」
「え? 魔に影響を受けていなければ、人体に影響はありません? それよりも降ろして
ください? ……駄目ですよ。今は逃げないといけませんからね!」
「……」
「顔が真っ青ですって? いやだな、芹香先輩。せっかく意識して思い出さないようにし
てたのに、痛いのを思い出しちゃったじゃないですか」
 言葉こそしっかりしているが、斗織の額には冷たい汗が大量に浮かび、流れ出ていた。
「……」
「心配する事はありませんよ。それより今は、一刻も早くここから離れないと……」
 治療は後でも出来る。
 今は逃げなくてはならない。せめて朔が廊下に出て来たとしても追撃を受けない位置ま
で。そしてより遠くへと。
 曲がり角に差し掛かるまでの暗い廊下。
 実際にはさほどの距離ではなかっただろう。
 しかしわずか数十歩をこれほど長いと感じたのは、斗織には初めての事だった。

「……のか?」
 炎の中で、朔が呟く。
「お前達も……違うのか?」
 朔の左腕がぎこちなく上がった。
 拳を握り締め、大きく横に振る。
 突風に吹き飛ばされるように炎が消え、そして魔法陣が輝きと共にその効力を失った。
 力無く立ち尽くす朔に、ただ静かに星の光が窓から降り注ぐ。
「誰なら……?」
 ――誰なら……越えられる?
 朔の姿が闇に包まれ、そして消えた。
 後にはただ、荒らされた部屋が残る……。



 榊宗一。
 神凪遼刃。
 東西。
 幻八。
 リーフ学園でもその名を知られる四人のSS使い。特異能力保有者――Special
Skill User――を前にしての態度としては、OLHのそれは不遜なものと言っ
て過言ではないものだった。
 轟然と胸を反らし、四人を見下す。
「どうやらお前達には何を言っても無駄らしいな」
「今更貴方と話し合う事など、何もない!」
 怒りのこもった遼刃の声に、しかしOLHは肩を竦めて頭を左右に振ってみせた。
 完全に馬鹿にしている。
「やれやれ……。彼女達にとって、闇こそが救いだったというのに」
「ほざけっ! 『我が魔力よ、闇の元に集い敵と共に弾けよ!』」
 遼刃の掌から赤い光が溢れる。
 魔爆光。
 それは高速でOLHに向かい、弾着と共に爆音を響かせ空間を振動させた。
 その攻撃と連動して、幻八がARMSを起動させていた。
「はぁっ!!」
 ブレードと化した腕を大きく振る。
 刃拳。
 真空の刃を放ち、敵を打ち倒すための技。
 この技は普段なら拳を使う。それだけでも充分すぎる破壊力がある。
 ARMSを用いた、なんの手加減もない一撃。
 二つのまったく異なる力が牙を剥き出しにしてOLHに襲い掛かる。
 が、それでさえ……。
「……毛ほども効いていない……か」
 遼刃の言う通り、OLHは魔爆光、刃拳を受ける前と変わらぬ姿でそこに立っていた。
 夜の帳よりも尚、深い闇をその片腕に宿しながら。
「せっかちだな。……まだ夜は始まったばかりだ。ゆっくり楽しまないか?」
 その口元には薄い笑いさえ浮かべて。
 その姿が突如歪み、掻き消えた。
 蒼いオーラに包まれた白刃の奇跡が、その影を両断する。
「ちぃっ!」
 いつのまに回り込んだのか、その影の背後に刀を振っりきった状態でしゃがみこんでい
る宗一の姿が、鋭い舌打ちとともに現れた。
 その姿もまた、蒼い闘気に包まれている。
 天明一刀流七之太刀"楼月"、並びに天明歩法術"霞桜"。
 闘気と重心移動を利用した高速移動法からの、己のすべての力を叩き込む宗一の最強の
剣技。しかし相手をガード諸共打ち滅ぼすだけの気迫を込めたその一撃も、当たらなけれ
ばなんの意味もない。
 大技を繰り出したために宗一に出来たわずかな隙。その真後ろに、大気を振動させる音
を伴って、OLHが姿を現す。
 宗一に向けたその腕に、闇を宿して。
「ダーク……!」
「させるかぁぁぁぁっ!!」
 その瞬間、高速機動用ARMS――ラビッド・モード――を起動した幻八が吠えた。
 とっさに展開したOLHの闇の壁と、高速機動状態から繰り出した幻八の全体重を乗せ
た空中からの回し蹴りの激突する。
 ――"この"蹴りを……"この"裂破を、止める!?
 幻八の流派――アクア流交殺法――において、死殺技とまで呼ばれ、使用を戒められて
いる禁忌の技。
 その技に、さらにARMSのブーストをかけたにも関わらず。
 ――だがまだこれで終わりではないっ!!
「おおおおおぉぉぉぉぉ!!」
 足が根元から吹き飛んでもおかしくない衝撃を受けながら、幻八の喉から咆哮が漏れた。
 完全に動きを止められた状態から身体をひねる。
 蹴り足を軸に身体を回転させ、胴が天を向いた。その体勢から高々と掲げた片足を、踵
落としに脳天へと打ち下ろす。
 人間に可能な動きではすでにない。ARMSを駆使する幻八であるからこその攻撃。
 足は空中にあるうちに、ブレードへと変わっていた。
「ダーク・ウィンドッ!」
 楯として幻八の蹴りを止めた闇がOLHの呪文によって変質し、牙を剥く。
 闇がそこにある以上、変化は一瞬。
 足が振り下ろされる寸前で、軸としていた足に横方向へのGを加えられてはひとたまり
もない。もともと不安定だった幻八の身体はそれだけで風に舞う木の葉のように、地面へ
と叩き付けられた。
 その幻八の脇を抜けて飛び込んだ宗一が、刀を大上段に構える。
 今の瞬間、OLHの注意は幻八に注がれていた。
 ――この間合いなら術を発動させている暇はない! 獲った!
 宗一には迷いがあった。
 親友を手にかけねばならぬという事に。
 そして、人を殺すという事に。
 そのほんのわずかな迷いがあったからこそ、桜月は鋭さを欠いた。
 だが捨てる。
 迷いを捨てる。
 手加減などして、勝てる相手ではない。
 あわよくば生け捕りになどと、生易しい事を言っていられる相手ではない。
 戦いの中で、迷いは弱さに他ならない。
 ――この迷い諸共に……斬るっ!!
「はぁぁぁぁぁっ!!」
「禍霊の剣よっ!!」
 叫びながらOLHが腕を伸ばす。
 凝固した闇が剣の形を取り、宗一の刀を受け止めたのは、その次の瞬間だった。
「なにっ!?」
 ――剣の召喚!?
 確かに意外ではあった。
 それでも宗一は剣士。
 弾かれた刀を瞬時に下段に構え直し、踏み込み、斬り上げる。
 OLHはあくまで魔術師だ。
 刀の扱いでは宗一とは雲泥の差がある。接近戦に持ち込めれば、OLHを倒す事は容易
い。
 宗一はそう読んだ。
「災禍よっ!」
 その読みはある意味正解であり、ある意味誤りだった。
 仮にOLHが剣だけを用いて戦ったのであれば、宗一の勝ちは動かなかっただろう。宗
一の斬撃を受け止めた事さえ行幸と言える。
 だがOLHが唱えた言葉を引き金に、その手に持つ剣が低く重いうなり声を上げた。

「……え?」
 気がついた時には、宗一は宙に浮いていた。
 ――無音の……衝撃波?
 痛覚は浮遊間が消え去る寸前で帰ってきた。
 身体を引き裂くような激痛をどうする事も出来ず、受け身も取れずに地面に転がる。
「聞け。闇の咆哮を……クライム・ダークネスッ!!」
 間髪を入れず、OLHが呪文を放った。
 放射状に、散弾の如く打ち出される闇の弾丸。個々の大きさは米粒にも満たない。しか
しそれら一つ一つが滅びの気を纏い、床や天井に穴を穿ち、侵食するだけの力を有してい
た。
 避けるには戦場となった空間そのものが狭すぎた。 
 ――光の精霊よ、助力を!! 命は榊さんと幻八さんの治療を!
   ――承知。
   ――わかりましたっ!!
 東西の呼びかけに応え、二体の精霊が顕現する。
 光は乱舞となってOLHの放った闇を迎撃し、打ち払う。
「『暗黒の力、門を開き彼の地より集え。我が力となり全てを退けよ!!』」 
 同様に、遼刃が防御用呪を唱えた。
 次元さえも寸断する壁が出現し、四人とOLHを別つ。
「げ、幻八さん……」
 その名を呼んで東西が絶句する。
「だ、大丈夫だ! まだ戦える!」
 闇の猛威に晒された幻八の姿は見るも無惨なものに成り果てていた。
 それでもバキバキと音を立てて再生していくその身体。人ならぬその身。
「ば、馬鹿野郎……。いくらなんでも無謀すぎるぞっ」
 直撃を受けたはずの宗一の方が、まだしも軽症だった。それでも手にした刀を杖変わり
に、ようやく立っているというような状態となっている。
「他人を庇うなんて暇があったら自分の身を守れ。……でないと死ぬぞ」
 そのセリフに幻八の顔に苦笑が浮かんだ。
 死ぬ。
 もしかしたらそれは正確な表現ではないのかもしれない。
 ――なら、どう言えばいいんだ? ……壊れるか?
 そんな場違いな感想を思い浮かべながら。
「……肝に銘じておくさ。今後があればな」
 満身創痍と化した前衛。
 また、空気を裂く音が響いた。
「今のは惜しかったな。もう少し頑張ればなんとかなるかもしれないぞ?」
 遼刃が張った障壁を、OLHが闇を渡り越えたのだ。


「手詰まり……ですね」
「……ああ」
 忌々しいことではあったが東西の呟きに、遼刃は肯くしかなかった。
 遼刃が駆使する妖術は、破壊力の大きい魔術を行使するに長い呪文の詠唱を必要とする。
片や東西の操る精霊魔術は呪文は必要ないものの、精霊に命令を下した後、効果が現れる
までにタイムラグがあった。
 攻撃が完成するまで、OLHがのうのうとそれを眺めているとは思えない。
 それならばと宗一と幻八が接近戦を挑んだとしても、自由に闇を渡る能力を持つOLH
の動きを捕らえるのは、五体満足であっても至難の事だろう。
 加えて東西と遼刃の術はお世辞にも命中精度が高いとは言えない。
 精霊魔術は第三者の力を借りて行使するものだ。ひとつ間違えばどのような結果を招く
かわかったものではない。そして妖術は、破壊の規模があまりに大きすぎる。
 遼刃の知る中には小高い丘程度なら軽く消し飛ばすほどの破壊力を持つ術もある。これ
ならば確かにOLHにダメージを与える事は出来るだろう。あるいは一撃で倒す事も可能
かもしれない。だがそれをすれば確実に、時間稼ぎにまわった宗一か幻八か、あるいは二
人ともを巻き込む事になってしまう。
 命中精度を上げる方法が無い訳ではない。威力を下げれば範囲は限定出来るし、呪文の
詠唱時間も減る。
 しかし光波程度では効果が無い事は、すでに実証済み。当てる事が出来たからと言って、
それでOLHの防御を越えられなければ本末転倒なのだ。
 ――半端な術では役に立たない。……しかしこれはいったい、どういう事だ?
 遼刃には違和感があった。
 先ほど遼刃が使った防御呪文――次元寸断――は、本来なら術者の周囲を覆い、敵の攻
撃を一瞬だけ防ぐ術だ。
 それにほんの少しアレンジを加え、広く展開したに過ぎないものであったはずだった。
 元来次元寸断の効果時間はさほど長いものではない。長く展開する事は不可能ではない
にしろ、それには多量の妖力を消費してしまう。
 ――その制約が無い? どういう……事だ? それにこの地に満ちる瘴気は……何処か
ら流れ込んで来る?
 妖術師たる遼刃に好都合といえば好都合だ。しかしだからこそ疑念が湧き起こる。
 思考の海に沈む遼刃と異なり、東西の額には冷や汗が浮かんでいた。
 瘴気が満ちるという事は精霊達の力が衰える事に直結する。
 精霊使いには致命的だ。
 戦いが長引けば長引くほど不利になる。
「どうすればいいんだ。……どうすれば?」
「手詰まりでもなんでも……やらない訳にはいかないだろう。それがあいつを、OLHを
止める唯一の手段だからな……」
 ――それが俺の、親友としてのけじめだ。
 壮絶な覚悟を表情に張り付かせ、宗一は刀を構え直した。
 比較的軽症と言っても、それはあくまで幻八と比較しての話でしかない。全力での動き
があとどれほど出来るかは微妙なところだ。
「くっ……」
 幻八の、ARMSによる回復は続いている。
 ――だがまだ早い。戦闘機動をするには不十分すぎる!
 身構えようと足掻く幻八の動きは、まだ緩慢なものでしかない。
 何故生きている?
 何故産まれてきた?
 幻八の中に、その疑問は常にあった。
 そしてその答えもまた。
 ――戦うためだ。敵を屠る為に、俺は生きてきた……。
「だから……誰でもいい。俺に、俺に今戦う力を!!」
 今欲するのは敵を倒すための力ではない。
 ただ立ち、戦う力だけを、幻八は切実に欲していた。
 四者四様に、だがあくまで戦う意志を崩さない四人を見たOLHの顔に浮かんでいたの
は憤りではなく、怒りでもなく……深い深い、哀れみだった。
「……そう言えば東西君。君は戦いにほとんど参加していないようだけど……」
 ふと気づいたように問う。
「どんな立場にあっても、僕は精霊使いだ。この力は人を傷付けるためのものじゃない。
この力は人を救う為のものだ」
「なら、『仇を討つ』という君の言葉はどうなるんだ? 君の言う仇は俺の事だろう?」
「仇は討つ。姫川さんを……」
 言葉にするのに、心が痛んだ。
「姫川さんを殺した事を、あなたに心の底から後悔してもらう!」
「それが君の復讐か。……無理だな」
 肯く東西に、にべも無くOLHは言い切った。
「人を救う? 君はその力で、いったい誰を救ったと言うんだ?」
「!」
「他人を救う事なんて誰にも出来はしない。人が出来る事は、ただ選択のきっかけを与え
る事だけだ。"力"など邪魔なものでしかないよ……。むしろ君こそがその事を知っている
と思っていたけどな」
「……」
「いや、邪魔どころか害だ。紫の髪、紅い瞳……そこに超常の力だ。……目立ちすぎた」
 闇の深淵だけを映していたOLHの瞳に、やるせない嘆きと怒りが宿る。
 その口から語られているのは琴音達の事だと、4人とも直感していた。
「せめて人と変わらぬ容姿だったらまだ……望みもあっただろう」
 人が異なるもの、異なる事象を嫌うのは何故だ?
 偏見。
 人種差別。
 そんなものが世の巷に溢れているのは何故だ?
「特異能力に"覚醒"した者なんて、奇異か恐怖の対象でしかない。そんな奴等が行き着く
先がここだ! このリーフ学園だ!! そこで爪弾きにされた人は、いったい何処へ行け
ばいいって言うんだっ!!」
 血が溢れた。
 赤く、暗く、そして堪えきれない憤りを含んだ雫が、OLHのその両の瞳から。
「愛している。愛さずにはいられなかった……。だがこの世の何処に、彼女達の心安らぐ
場所が、笑っていられる場所があったと言うんだ!!」
 誰も答えられなかった。
 霊能。
 ARMS。
 妖術。
 卓抜しすぎた剣技。
 その異能。その"力"故に排斥された過去を持つ者達だからこそ。
 受け入れてくれるものがこの学園にしか存在しないと知っているからこそ。
 彼らはその答えを知らない。
 沈黙が重くのしかかっていた……。


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朔 「終末まではお前と一緒! keep a cool! という訳で……ようやく第
  五幕終了だな」
斗織「(……貴方と一緒だなんて、ヤです……)随分かかりましたね〜」
朔 「いろいろあってな。ボコボコのやられ役、ご苦労だったな(……ま、こいつにはた
  まにはいい薬だろうがな……)」
斗織「ま、目的と理由あっての事ですから(……とはいえ、手加減と言う言葉を知らない
  んですかねえ?……)」
朔 「……今本気で相手してみるか?」
斗織「私は無駄な事はしない主義ですからね。遠慮しておきます。ところでゆーさくさん」
朔 「(額に青筋)……なんだ?」
斗織「芹香先輩が呼び出したのはフェニックスでいいんですか?」
朔 「エーデルハイドはフェニックスに変化するはずだからな」
斗織「にしてもエーデルハイドさんのファミリア・アタックを受けて平気なんだから……
  ゆーさくさん強いね〜」
朔 「(……こ、こいつ、1度ならず2度までも……)魔王大戦では誰が誰より強くて誰
  と誰が戦えばどちらが勝つか、だいたい決まっている。
   私はその中でかなり強い分類に入るし、ガンマルの格闘技は『我流で達人』の域を
  出ない。斗織は格闘技のskillを持ってないんだからこの結果は必然だ。……フェ
  ニックスは流石にノーダメージではないが、私に属性攻撃はもともと効きにくい」
斗織「(……ム……)何故です?」
朔 「封神流武闘術スキル詳細設定参照。退魔の家系は伊達ではないって事だ。……やは
  りお前は封神流の深淵を知らんな?」
斗織「そーかもしれませんね〜(……もっと電圧を上げてやれば良かった……)」
朔 「今回は予想以上に戦闘シーンが長引いて……というか、何故戦闘シーンというのは
  少し書くだけでこんな量になるんだろうな? 描写も面倒だ。
   特に四対一の、対OLH戦は……面倒と言うほかない。自分の方は、以前から大体
  イメージはあったし一対一だったからまだ書けたが……こっちは誰がどこでどう動く
  か緻密に考えなくてはならないからえらく苦労したぞ」
斗織「東西さんの戦い方とか?」
朔 「遼刃はまだ呪文を唱えてくれるからアクションを起こしやすいんだが……結果影が
  薄いように思うな」
斗織「あ、それから榊さんが排斥されたっていうのはどういう事です? 剣道とかで強かっ
  たら尊敬されるんじゃないですか?」
朔 「剣道ならな」
斗織「はい?」
朔 「宗一は天明一刀流。つまり古流剣術だ。斬り殺す事が目的の古流と、一本取ればそ
  れまでの剣道では構えなんかも違ってくる。古流の戦い方のままで優勝したらお偉方
  は大騒ぎだ。愚にもつかないことだがな。
   ……ついでに言っておくと、これは宗一の正式設定という訳ではない。剣道大会で
  優勝というのは魔王大戦で勝手に付け足した設定なので、勘違いのないようにな」
斗織「さて。ではそろそろ次回予告……」
朔 「ない」
斗織「は?」
朔 「戦闘が続くと予定通りに行かない事が判明したので次回予告は無しだ。一応副題は
  "決戦"。または"前哨"のつもりなんだが……ちゃんと進むのか、恐ろしく不安だ」
斗織「そ、そぉですか。じゃ、気合を入れてくださいね!(……ニヤリ……)」
朔 「お前……何企んでんだ?」
斗織「いやぁ……気合を入れて差し上げようと思いまして」(雷撃を宿した右手がバチバ
  チと派手な音を立てている)
朔 「ほほう……。なかなか面白い意見だなぁ?」
斗織「ははははは」
朔 「ふふふふふ」
(不毛な睨み合いのまま、幕)

★禍霊……まがつひ

(注) 神岸あかりや新城沙織の目も赤いと思った方もいらっしゃるかもしれませんが、
   髪の毛も赤い方々の色は茶色であると納得してください。
    また、イビル、エビルは魔族。
    ティリアは異世界人です。
    以上の事からお気づきになるかもしれませんが、魔王大戦では姫川琴音はヒメカ
   ワ星人ではありません。また、笛音さんは琴音の妹という立場になります。
    書き手の勝手な都合で変更しておりますが、どうかご了承ください。