「我々は行動を始めましたよ。貴方はどうなさいます? 白夜さん」 一部が地獄絵図と化した学園の校舎屋上。 その一角でライフルを階下に向かって構えたまま、久遠遙は背後に立つ人物に尋ねた。 腕と顔に包帯を巻いた長身の怪しげな風体の男である。特にその両の腕にはギブスでも はめているのか、不気味なほど太い。 「……どうもしないさ。この程度で滅びが訪れるというのなら、それはそれで結構な事じ ゃないか……」 皮肉げな笑みを口端に張り付け、白夜と呼ばれたその男はそれこそどうでもよさそうに 答えた。 その蒼弓を映したかのような瞳を爛々と輝かせて。 「……貴方が……いえ、貴方は人を信じる。そういう事ですか?」 瞳の輝きは衰えない。 しかしその返答もまた、変化の無いものだった。 「……別に。信じるも信じないも……ココで終わりならそれまでだ。未来は消え失せ、語 るべき言葉は失われる……」 なんでもない。 それこそなんでもない日常の変化を、わざわざ挙げてどうするのかと言わんばかりの口 調だった。 「……静観……するおつもりですか?」 初めて、その質問で初めて白夜の、包帯に隠された顔に表情が浮かんだ。わずかに覗く 口元を歪め。 笑ったのだ。 「……私は何もしない……ただ見て、聞き、考えるだけだ……」 遙がスコープから目を離して銃口を上げ、視線を背後に向けた時には、すでに白夜の姿 はどこにも見当たらなかった。 下から上へ、階段を駆け上がって来る音を聞きつけたのだろう。 ――凶刃使い。破壊衝動を具現する力を有する者……か。 彼自身が語った事だ。どこまでが真実で、どこまでが虚偽なのか。それは語った白夜に しかわからない。 そしてその"凶刃"が切り裂くものがなんなのか、彼は語ろうとはしなかった。 「不確定要素は早目に排除すべき……かな?」 再びライフルを構え、スコープに視線を戻す。 屋上の鉄の扉が勢いよく開かれたのは、丁度その時だった。 「悠さん!」 息切れして肩で息をしながら立つ者の声に、無論の事、遙は聞き覚えがあった。 佐藤昌斗。遙の元マスターである悠朔――つまりは今の肉体の元の持ち主――と同学年 の生徒だ。 「探したよ……悠さん」 「私をか?」 苦しそうに息を整える昌斗の方を見もしない。朔ならそうしたであろうから。 「ああ。……その、知ってるかもしれないけど、ひづきが攫われたらしいんだ。それで何 か手がかりを掴めないかと思って……」 「何故、私を探した?」 至極まっとうな疑問だったが、昌斗はそれに答えるのに一瞬躊躇した。 「それは……貴方はジャッジに協力したりしているし……ハイドラントにも個人的に敵対 してるから……この学園の裏で、なにかたくらんでる奴がいるなら知ってるんじゃないか と思って……」 遙は嘆息して見せた。朔ならそうしたであろうから。 「45点だな。言い訳としては聞くに耐えないレヴェルだ。……まず確かに私はジャッジ に協力している。しかしそれは極めて個人的な理由によるもので、ジャッジの方針に共感 したなどというものではない。だからゴタゴタが起きた時に協力が必要か尋ねに行く、も しくは協力を要請することはあっても、基本的に情報を交換し合っている訳ではない。次 に、ハイドラントは学園で起こる事件総ての黒幕か? 答えはNoだ。私がハイドラント と敵対位置に居たからといって、彼の総てを知っているわけでもないしな。そんな事は少 し考えれば誰でもわかる事……つまり情報を得ようとして私を探すというのは極めて不自 然な行為と言えるな?」 その問いに昌斗は答えない。 深く考えれば別におかしな事ではない。何かを知っているかどうかは、確認しなくては 結局わからないのだから。 しかし昌斗は気まずそうな顔で返答に詰まる。それの意味する事など想像するのは容易 い。 双方が沈黙した状態を維持する気などさらさらない遙は、気にせず言葉を続けた。 冷徹に分析し、言葉を紡ぐ。朔ならそうしたであろうから。 「貴方が考えたのはひづきが攫われたその現場。……外傷の無い意識不明者が4名。そし て……斬殺された者が2名。問題はここだ。貴方はこの2名を殺害したのが他でもない私 だと考えたから、私を捜していたのではないのか?」 「………………そうだよ。この御時勢に真剣を振り回している人間なんて、この学園の生 徒以外」 「いない……とは言えないが、確かに無関係の人間に襲われたと考えるよりは妥当かもし れないな。一応忠告しておくなら、捜査は警察の仕事で素人が首を突っ込むべきではない。 今ごろ刀の携帯を許可された者を調べていると思うが……」 「………………」 「身内が攫われては、そうも言ってられないか」 「ええ」 昌斗は困惑していた。 直感は目の前の男が怪しいと告げている。しかし証拠はないし、何より落ち着きすぎて いる。人を殺しておいて、それが"お前の仕業ではないのか?"と追求されれば、人は落ち 着きを失うものだ。少なくとも昌斗の常識で言えば。 断言は出来ない。しかし怪しいのも確かだ。 昌斗はもう少し様子を探る事にした。 「ところでさっきから何をしてるんです?」 「パトロール」 ハ? と、昌斗の顔に疑問符が浮かんだ。 「貴方の言った通りだよ。今回の事件は学園の何者かが背後に潜んでいる可能性がある。 不審な奴がいないかここで見張っている訳だ。……昼休みの襲撃には、役には立たなかっ たがな……」 「授業にも出ず、ライフルで……か?」 「授業の方は気分が乗らなかった。サボリ魔の私が授業を抜け出したからといって珍しい 事でもないだろう。……で、恥ずかしい話だが双眼鏡を紛失してな。倍率の丁度いいのが これしかなかったんだ」 ――それに……授業など私には必要の無いものだ。 思いはしても口にはしない。どうせどうでもいい事だ。例え今回起こった悲劇がもとで、 この学園が閉校に追い込まれたとしても……。 ふと、昌斗を無視して泳がせていた視点が止まる。 その表情に笑みが浮かんだ。 それは遙のものではない、朔の、人を陥れた時に見せる根暗い笑み。あるいはそれは狩 りを楽しむ狩人の笑みであったか。 無論の事、その表情は昌斗からは見えない。 「……ところで昌斗さん。貴方が屋上の扉を開けてから今まで……いくつ間違いを犯した と思いますか?」 「え?」 「答えは4つです」 突如、遙の構えていたライフルが轟音をあげて火を吹いた。 同時に中庭を歩いていた少女の頭が粉砕される。あっけなく。まるで地面に落としたト マトが爆ぜるかのように、その少女の頭の半分が吹き飛んでいた。 それは赤い……鮮やかな赤の大輪の花を、大地に咲かせた。 そしてようやく遙は振り返った。その顔に仕事を達成した晴れやかな笑みを浮かべて。 「1つは私とハイドラントさんが敵対関係にあった……と過去形で語ったのに気付かなか った事。……それとも気付いてましたか?」 迫る昌斗が振るう白刃。 背後にはフェンス。下がる事の出来ない状況で、遙は微笑んでいた。 ぎりぎりの見切り。トン、と床を蹴り、その肉体が宙を舞い、背後のフェンスを越えて 空中で制止する。 「これで5つ目。動揺したせいですか? 踏み込みが甘かったですよ?」 昌斗から見ればほんの2m上。しかしそれは地面から十数mの高さにある事を示してい る。 魔術師でも超能力者でもない者が、空に浮かぶ。 それは昌斗にとって衝撃的な光景だった。 「2つ目は私が攫われた現場の様子を言い当てた事。どうして私が知っていたんでしょう ね?」 遙は笑みを絶やさない。或いは純粋で、そして虚ろな笑みを。 「3つ目、貴方は私をいぶかしんだ筈……にも関わらず私を放置しましたね。それもライ フルを構えたさせたまま……。もし貴方が的確に判断を下し、行動していたら……あの少 女は助かったかもしれませんね。……結構親切にヒントを出していたつもりだったんです が、残念でしたね」 「悪……魔め………………」 歯ぎしりする昌斗に、ほう? と、遙は感心したように溜め息を吐いた。 「私を知覚しましたか? ……それとも畏怖の念から出ただけの台詞……か?」 「え? ……な……なんなんだよ。なんなんだよお前は!?」 空気が変わった。 昌斗の顔面が蒼白に変わる。 「どちらにしろ、浩之が起きてくれない以上、少しこちらで手を出す事にしましょう。こ れ以上停滞しても、"彼"が暇を持て余すでしょうし」 またクスクスと笑う。笑いながら昌斗の傍らに降りて来る。 攻撃を加えるなら、それは絶好の機会。けれど昌斗は動けなかった。 今の遙の威圧感は朔が刀を構えている時の比ではない。圧倒的すぎるのだ。その存在が。 心の奥底から沸き上がる、恐怖。 純粋で、押し潰されてしまいそうな"死"の影を纏ったその巨大な闇を前に、動物が取れ る行動はただ脅え、逃げる道を探す事だけだった。 「ゲームをしよう」 人の姿を備えた悪魔は、唐突にそう言った。 「ロールプレイングゲーム。今夜は新月……次の満月が頂点に差し掛かった時、儀式は終 焉を迎える。それまでにお姫様を救出してごらん?」 悪魔には根拠、理由など必要無い。 悪魔という存在は人の定義の限界を超えた存在。 それに対抗するなど並大抵の覚悟では済まない。弱さも甘えも……彼らに対峙するなら 許されない。 彼らは純粋に"魔"。 ただ"悪"だ。 「主役は君だよ。頑張りなさい、勇者様」 人差し指で胸を突かれる。それほどの距離にあって、昌斗は身じろぎする事さえ出来な かった。 何故人が魔を恐れるのか。 その訳を昌斗は思い知らされていた。 そこに理由など無い。 それは人が闇を恐れるのと同じ。本能的な、根源的な恐怖なのだと。 風が踊った。 強風が昌斗の視界を遮る。 そして昌斗が再び瞳を開いた時、遙の姿はどこにも見当たらなかった。 Lメモ魔王大戦 「硝子の現実」 『幕間劇 "恐怖" 終の予言』 **************************************** 浩之「なぁ……この撃たれた女の子って……誰だ?」 朔 「次回以降で明らかになる予定ですが……筆者のダークな性格を考えれば、多分想像 するのは難しい事でもないでしょう(笑)」 浩之「ふ〜ん……じゃ、次の質問。……なんで俺こんなところに居るんだ?」 朔 「次回主役」 浩之「え"?」 朔 「いや、だから……次回主役だから、です」 浩之「本当か? 本当だな!? 出てきた途端にボロクズのようになるんじゃなくて、本 当の本当に主役なんだな!?」 朔 「嘘ではありません」 浩之「やった……。苦節の時、耐え難きに耐え、忍び難きを忍んできた甲斐があった(涙)」 朔 (……"あの"浩之が泣くほど喜んだ上にんな難しい言葉を吐くとはな〜。ちょっと出 番が多いだけで終わる可能性もあるけど、喜びに水を差しても悪いから黙ってよ・笑) 浩之「ん? なんか言ったか?」 朔 「いえ。あ、次回のヒロインはお待たせしました綾香で〜す(待ってたのは私だけと いう意見も無きにしもあらず・笑)」 綾香「はいはいっと……変な役じゃないでしょうね?」 浩之「何!? ということは次回は俺と綾香でラブ・ロマンスか?」 朔 「んな訳あるかぁ!!」 SE:メキミシ……。 綾香「……わ〜〜〜〜! 浩之しっかり!」 朔 「ほっとけ。愚にもつかない事を言った報いだ」 綾香「で、でも首が妙な方向に……」 朔 「そんなもん厳倉はあっさり治してたぞ。あ、一角鬼だったっけ? (by風使い)」 綾香「あのね(汗) 400年も生きた妖術師とか、鬼の一族と一緒にしないでよ」 朔 「あ、すまんけど出番がチラッとあるだけ……もしかしたらまったくないかもしれな いんだが……(話題変更)」 綾香「そうなの? ま、それならそれでいいけど」 朔 「そう言ってくれると助かる(変な役……かもな〜・汗)」 綾香「次の傾向は?」 朔 「虐殺は次の虐殺を呼ぶ。それを阻止する為戦う時を悟る者。目覚めの時。涙。そし て今こそ……戦いの幕が開かれる」 綾香「次回。Lメモ魔王大戦 硝子の現実 『第三幕 "転" 涙と怒り』……ご期待ください」 朔 「く〜、一回やってみたかったんだ。こういう次回予告(笑)」