木々は赤く染まり、風が肌寒くなってきたある日の事だった。
「すいません、俺はこういう者なんですけど。長瀬・・・源五郎だっけ? とかいう人を呼んで
もらえますか?」
「はあ・・・」
突如、来栖川電工にでかい旅行カバンを提げてやって来た、髪の逆立ったごつい青年。
彼の名刺にはこう書いてあった。
『さすらいのロボット技術者、佐竹正明』
☆★☆
「佐竹君、君には持てる技術すべてをつぎ込んだ"最高のアンドロイド"を作ってもらいたい」
佐竹正明、ロボット工学に精通する者で、その名を聞いた事のない者はいないと言われる。
風のように現れては常識外れな技術力を見せつけ去ってゆく、流れの技術者だ。
彼の素性は一切不明、何時消え、どこに現れるかも予測できない。
もっとも、プロジェクト中に逃げ出したりなどはしないが。
弱小企業達は、彼をなんとか引き込もうと八方手を尽くした。
しかし自由を愛する彼は、与えられた仕事をこなすとさっさと消えてしまう。
なんというか、ウルトラマンのような男なのだ。
「いや、それにしても噂は本当だったねぇ。いきなりウチにやってくるとは」
「長瀬さんとは以前に会った事がありますからね。知り合いのいない企業に行くと、身元の証明
だけで一日かかっちゃうんですよ。はっはっは」
長瀬と佐竹は、並んで廊下を歩いていた。
長瀬もそこそこいい体格をしているのだが、佐竹はその比では無い。
なんでも幼少の頃から空手をやっていて、それを捨てた今でもトレーニングだけはやっている
とのこと。
「かのニュートンも、発明は99%の体力と、1%のひらめきだと言ってますからね」
言ってない、それにニュートンでは無くエジソンだ。
どうやら一般常識には疎いらしい。
「ま、天才ってのはそういうものですからね・・・」
秀才の長瀬はひとりつぶやいた。
☆★☆
「制作するアンドロイドですが、基本設計、ソフト共に俺オリジナルの物を使用します。ただ、
体型及び概観はHMシリーズの物を流用します」
「あのー」
一人の技術者が手を挙げた。
「はい、何?」
「なんでHM−07ガーネットがモデルなんですか?」
それはみんなも聞きたい事だった。
HMシリーズで最も身長が高いからか?
次のプロジェクトに備えてわざと古い型を選んだのか?
「なんでかって?」
だが、佐竹の答えは皆の想像を遥かに凌駕していた。
「俺、こういう目の隠れた女の子って好きでさ。なんか知られてはいけない物を心の内に封じ込
んでいて、だけど気付いて欲しい。そんな苦しむ彼女の前に現れる主人公。彼は彼女をやさしく
包み込み、すべてをさらけ出した彼女の目には、輝く太陽のような光・・・そう思わないか?
みんな」
意志に関係なく肯いてしまう一同。
何故か彼らは佐竹にツッコミをいれることができなかった。
「んじゃ、ガーネットがモデルってことで決定。以後反対は許さんからそのつもりで」
勝手にしてくれ・・・
それが皆の正直な感想だった。
☆★☆
「長瀬君、佐竹君に任せたプロジェクトだが・・・進展はどのくらいかね?」
「ハードは90%完成。現在急ピッチでソフトの完成を急いでいます」
「は・・・?」
所長は思わず間抜けな声を出してしまった。
「ちょっと待て! まだプロジェクトチームを発足してから1週間だぞ!」
常識で考えればそんなに早くできるわけが無い。
もっとも、"常識では"だが。
長瀬はため息を吐くと、頭を掻きながら答えた。
「彼、ここに来る前から"最高のアンドロイド"の設計を完成させていたみたいです。仕事が与え
られたその日に組み立てに入りましたから」
「へ・・・・・・・・・?」
「・・・そういう人なんです、彼は」
関係者以外立ち入り禁止のラボで、長瀬は"彼女"をじっと見ていた。
「さて、どんなバケモノになりますやら。楽しみにしていますよ」
☆★☆
それから1週間程して・・・
「う〜ん」
長瀬がコーヒーを買いに自販機のところへ行くと、そこで佐竹が考え込んでいた。
「どうかしました?」
コーヒーを買い、彼の隣に腰を降ろすと長瀬は尋ねた。
「!? あ、長瀬さん、いたんですか」
ビクッと体を震わせると長瀬の方に頭を向けた。
本当に気付いていなかったようだ。
「ソフトの方が、うまくいかないんですよ」
実は佐竹はハード専門だ。
いくら天才でも、専門分野以外ではせいぜい凡人、良くて秀才レベルである。
「聞きましたよ、ハードの性能を100%引き出せないそうですね」
佐竹は無言で首を縦に振った。
「・・・今のソフトではせいぜい50%・・・頭脳のみ、運動能力のみに限定すれば80%・・・」
再び考え込み、ポンと手を叩いた。
「そうだ、別に全てにおいてなんか言ってないもんな・・・よし!」
「?」
佐竹はさっと立ち上がると、道ゆく人々を吹っ飛ばしながらラボに爆走していった。
「で? これは一体何ですか」
「能力を分けました。ほら、完全無欠な人間なんかいないじゃないですか。ロボットだって同じ
ですよ。得意不得意があって当然です」
「私が言いたいのはだね・・・」
のんびりとした長瀬と佐竹の後ろで、所長が青筋を立てている。
「何故ニ体も作る!? しかも全然違うタイプを!」
「失礼な! 彼女たちはハード的には全く同じですよ。違うのは大きさと外観のみ。言わば、
ガーネットの小型版です」
「だったら初めから小型版を作らんか!!」
「──あの人は何を怒っているのでしょうか?」
「──ワカリマセン」
既に起動されていたふたりの姉妹は、爆発した所長と平然とした佐竹を横目に顔を見合わせて
いた。
「このやり取り見て変な先入観持たなきゃいいけどね」
長瀬は苦笑いを浮かべていた。
ともあれ、Dガーネット、Dマルチはこの世に生を受けたのである。
☆★☆
「これから身体能力のテストを始めます」
ザザッ!!
Dガーネットは四方から一斉に飛んでくるボールを軽々とかわす。
まるで全身に目がついているかのような動きだ。
「すごいもんだなあ」
長瀬も思わず賞賛の声をあげる。
「いえいえ、こんなのは序の口。彼女の神髄は戦闘ですよ」
「戦闘?」
「見てみます?」
テストの部屋には大量の警備ロボット、戦闘ロボットが配備された。
もちろん中古や、捨ててあった物を補修した物だが。
Dガーネットの方は、顔と腕以外の全身を覆う黒いボディースーツに、金属製のガントレット
とブーツ。
腰には特殊警棒が下げられている。
「相手がたくさんいますねぇ。どれと戦わせるんです?」
長瀬の問いに、佐竹は自身ありげに笑った。
「どれと? とんでもない、全部とですよ」
勝負はあっけなくついた。
Dガーネットの振るう警棒は、向かってくるロボット達を一撃で粉砕。
待ちに入ったロボット達も、圧倒的なスピードから繰り出される重い一撃で軽々と叩き潰される。
途中で警棒が折れるが、その後も拳と蹴り、時には投げを織り交ぜ遜色無い戦いを続ける。
やがて、彼女の周りにはスクラップの山ができあがった。
「・・・・・・・・・」
長瀬は、あまりの強さに恐怖した。
「よくやった。すごいぞガーちゃん」
戦い終えたDガーネットの肩をぽんと叩く佐竹。
硬直していた長瀬だが、そのやり取りを見て、自分が想像した最悪の事態は起こり得ない事を
確信した。
彼の目は、新兵器の破壊力に酔う軍人ではなく、娘の成長を喜ぶ父親のものだったからだ。
それから数日後、長瀬は野暮用で研究所内の図書館を訪れた。
「おや?」
一角に、大量の本が積み上げられている。
好奇心からそれに近づいていった長瀬は、その中心にいるものを見て絶句した。
Dマルチだ。
彼女は積み上げられている本をすさまじい速度で読破してゆく。
難解な専門書も混じっているのに関わらず、一冊に1分とかからない。
あっという間に未読の本の山は、読み終わった本の山になっていた。
「──ふう・・・」
最後の一冊を閉じ、そこで彼女はようやく顎が落ちている長瀬に気付いた。
「──こんにちは長瀬さん、どうかしましたか?」
「え? い、いや何でもない。ちょっとした野暮用でね」
自分の間抜けな姿を見られてしまい、ちょっと慌てる。
しばらく世間話をしていたDマルチだが、ふと、思い出したように山の中から一冊の本を取り
出した。
「──実は、長瀬さんに聞きたい事があるのです」
それは、日本の文化について書かれた美術書だった。
何故ここにこんな本があるのだろう。
長瀬は疑問を持ったが、いつもの事なので忘れる事にした。
「で、質問は? 私に答えられる事ならなんでも答えるよ」
「──まずはこれです」
Dマルチの指した物は、障子だった。
「──これは、外部との遮断という目的のためには弱すぎ、防音効果すらありません。どうして
も扉としては欠陥品のように思えるのです」
「う・・・」
難しい質問だ。
「──そして、このついたて。人と人の間に立てるものとありますが、これでは体を隠すには
小さすぎると思うのです。それに声も聞こえてしまいます」
「むむ・・・」
「──あと、この獅子脅しという物も分かりません。どうしても動物を追い払う道具には見え
ません」
「・・・・・・・・・」
「──他には・・・」
「マルチ」
「──はい?」
「えー、あのだな、私は専門家ではないからうまくは言えないが・・・日本の文化ってのは精神的
な物なんだ」
「──精神的?」
「そう、障子にしろついたてにしろ、物理的には非常に弱い。だがな、精神的に遮断するには
それだけで十分なんだよ」
「──精神的に遮断?」
「うーん、これ以上私には説明できない。知りたかったら自分でもっと勉強してみなさい」
「──わかりました、それでは調べてみます。ご協力ありがとうございました」
深々とお辞儀すると、Dマルチは積み上げられた本をてきぱきと片づけ始めた。
「・・・日本の文化ねぇ・・・妙な事に関心を持つんだなぁ。おもしろい奴だ」
もっとも、流石の長瀬も茶道、習字、琴、日本舞踊、生け花等に精通するまでになろうとは
想像すらしていなかったが。
☆★☆
佐竹は本当の娘のように彼女たちに接した。
同じ部屋に寝泊まりし(初めの頃は、やましい事を考えてると思われ皆に怒られていた)、研究
の合間にはふたりを引き連れ外を散歩し、食事中にも、彼女たちに気を遣わせないよう口から
摂取できるオイルを出し、夜には一緒にゲームなどで遊んでいた。
とはいえ、箱入りに育てていたわけではない。
彼女たちの意志は尊重し、悪い事をすればしっかりと叱った。
そんな佐竹を、長瀬を始めとする、かつてマルチとセリオを開発していた研究員達は、自分達
に重ね合わせて微笑ましく見守っていた。
佐竹とD姉妹、どちらもひとくせもふたくせもあるキャラクターなので、いろいろ伝説に残る
ような事もしでかした。
以前にはこんな事もあった。
ある日の夜中、研究員のひとりが共同浴場へやって来た。
まだまだ若く、20代前半といったところだろうか?
どうやら彼は、泊り込みで仕事をしていてやっとひと区切りついたらしい。
しかし、既に風呂の時間は過ぎている。
だが、破ると何か罰則があるのかというとそういうわけでも無く、彼は周りを気にしながらも
さっさと脱衣所へ入っていった。
「あれ?」
どうやら先客がいるようだ。
すりガラスと湯気で良くは分からないが、2、3人といったところだろうか?
「なんだ、結構規則破ってる人いるんだ」
彼は安心して、さっさと服を脱ぐとタオルで前だけ隠してガラス戸を開けた。
「こんばんはー」
挨拶しながら入っていって・・・そのままの姿勢で凍り付いた。
「おう、君も背中流してもらうか?」
椅子に腰掛けていたのは佐竹。
そして、その背中を流しているのはDマルチ。
Dマルチの後ろで髪を洗っているのはDガーネット。
しかもDマルチとDガーネットは生まれたまんまの姿、タオルすら巻いていなかった。
「・・・・・・・・・ぶはっ!」
若い研究員は、鼻血を噴いて卒倒した。
翌日、佐竹は上からこっぴどく叱られた。
もちろん夜中に風呂を使った事に対してではなく、D姉妹と一緒に入った事に対してである。
もっとも、佐竹自身はふたりを"娘"としてとらえているためやましい気持ちは微塵も無く、
逆に娘と入って何が悪いとぐちぐち言っていたのだが。
ともかく、研究所は佐竹とD姉妹によって、よくも悪くも活気づけられていた。
・・・あの日が来るまでは。
☆★☆
「佐竹君、君に新しい仕事が入りましたよ」
ある日の昼、佐竹は一緒に食事を採っていた長瀬に新プロジェクトの事を聞かされた。
「どんな仕事ですか?」
豪快に茶碗の中身を掻き込みながら尋ねる佐竹。
彼らしいといえば彼らしいが・・・もうちょっと真面目に聞いてくれてもいいだろうに。
長瀬は内心苦笑しながら答えた。
「警備ロボを作れとのことです・・・最強の・・・」
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次回予告
戦闘ロボットとして生を受けたDセリオ
心優しきキラーマシーンは、自分の存在意義に何を思うか・・・
「何故・・・人は互いに傷つけ合うのでしょうね・・・」