原点回帰Lメモ「これが正義だ!」  投稿者:Hi-wait


 朝、始業前の一年生の教室。
 Hi-waitは、へばっていた。
「体がだるい……」
 机に突っ伏して、うめく。
 その傍らで、針の代わりに氷嚢が付いた釣り竿を片手に持った、月島瑠香がいる。
「当たり前じゃないですか、今朝39度の熱があったんですから」
 39度の熱でよくここまでこれたものだ。
「仕方ないだろ、正義を守るためにはだな……」
 そうは言っても、彼の声には既に覇気がない。
「体の方が大事です! 今日は家で寝てなきゃ駄目ですよ!」
「いや、しかし……」
 その光景を見ながら、全員の思ったことは一つ。
(尻に敷かれてる……)
 しかし、それを口にした瞬間棒手裏剣が飛んできそうな気がしたので、全員あわててそ
の言葉を飲み込んだ。
 ……と。
 次の瞬間、教室に紫電がはしる。
 紫電の中心には、にっこりと笑った瑠香と、頭を抱えるHi-waitの姿があった。
「いいですか、ゆっくり家で体を休めてくださいよ?」
 瑠香が笑いながら言うと、Hi-waitはぎこちなく立ち上がり、
「ウン、ワカッタヨ。ボク、イエデユックリヤスンデルヨ」
 と言いながらよたよたと教室を出ていった。
『…………』
 教室中に、深い沈黙が訪れる。
 だから、Hi-waitの背中を見送っていた瑠香が、もう一つ付け加えた言葉は否応もなく
全員の耳に入った。
「今日は、私が悪と戦いますから!」
『……はぁ?』
 その時教室にいた全員が、驚きの声を上げた……

 Hi-waitの意識が戻ったのは、チャイムが鳴り終わったのと同時だった。
 どうやら、教師が教室に入ってきたため、瑠香の意識がそっちに向いたらしい。
「……で、僕はどうして襟首捕まれて引きずられてるんだ?」
 自らの襟首をつかんでいる男……ディルクセンに向かってそう尋ねる。
「仕方ないだろう。いきなり校門前に現れて、『ボク、ネツアルカラウタイスルヨ』と
しか言わない。保健室につれていってやるだけ感謝しろ」
 それだけ言って、再び歩き出すディルクセン。
「相田先生、いらっしゃいますか?」
 保健室の扉を開け、Hi-waitを放り込むと、
「こいつ、熱があるそうです。俺は授業があるのでこれで失礼しますが、よろしくお願
いします」
 それだけ言って、さっさと扉を閉めてしまう。
「…………」
 床に座り込んだまま、黙り込むHi-wait。
 見かねた響子が、静かに声をかけた。
「ええと……熱があるんだっけ?」
「そうらしい。……先生、解熱剤はあるか?」
「……え? ええ、あるけど……」
 響子はそう言いながら、棚の中から錠剤を取り出す。
 すると、いきなりHi-waitはそれをひったくって、瓶の中身全てを口の中に放り込んだ。
 ぼりぼりと音を立ててかみ砕く。
「……これでよし。世話になったな、先生」
 それだけ言って立ち上がると、さっさと保健室を出ていった。
「……あんな早く効くはずがないんだけど……治ったみたいね……どうして?」
 しばらく考えて、響子は何も見なかったことにすることにした。

 廊下を爆走するHi-wait。
 いったんグラウンドに出て、そのまま走り抜けようとすると……
「もう体はいいのか、Hi-wait?」
 ディルクセンに声をかけられた。
「何であんたがここにいるんだ?」
「当然だろう、校舎はこっちだからな。ところで……」
 そこでいったん言葉を切り、Hi-waitをじろじろと見る。
「それだけ動けるんだったら、もう大丈夫だろう。とっとと教室に戻るんだな」
 Hi-waitは足を止め、正面からディルクセンに向き直った。
「断る。僕には正義を守るという大きな指命がある。授業なんか受けている暇はない」
 その言葉を聞いて、すっ、とディルクセンの目が細くなった。
「ほう、授業放棄か? 生徒指導部の者として、見過ごすわけにはいかんな」
 Hi-waitもゆっくりと構えをとる。
「僕のじゃまをする気か? ならば貴様は……悪だ!」
「抜かせ!」
 ディルクセンが、腰のホルスターからワルサーを引き抜こうとする。
 しかし、Hi-waitの方が早かった。
「来い! 懐かしの下水ワニ!」
 次の瞬間、Hi-waitの足下から地響きが聞こえてくる。
「……足下?」
 はい、そーです。
「ってことは……」
 その通り。
 下水ワニが地面を破って現れたのは、Hi-waitの真下からだった。
「出てくる場所が違うぞ馬鹿野郎ぉぉぉぉぉぉ!」
 下水ワニにはねとばされて、罵声を残しながら飛んでいくHi-wait。
 やがてその姿は、窓ガラスを突き破って校舎の中に消えていった。
 残されたディルクセンは、割れた窓ガラスと目の前の下水ワニ、そしてワニが出てきた
穴を交互に見る。
 やがて、ポケットから胃腸薬(チュアブル)を取り出し、口に含んでぼやいた。
「まず、この穴とワニを何とかせなあかんか……」

 Hi-waitは、周りを見回した。
 自分を取り囲んでいる、驚愕の表情(一部、諦めの表情も混じっていたが)。
 割れたガラス窓。
 黒板に書きつづられた化学式。
 二年生の教室だった。
 ……と、そこでふと気付く。
(……化学式?)
「俺の授業を妨害するとは、いい度胸だな」
 Hi-waitの後ろから声をかけてくる者がいる。
 半ば凍り付きつつ、後ろを振り返るHi-wait。
 そこには、予想通りの姿があった。
「何か言いたいことはあるか?」
 冷ややかな目つきの柳川。
「えーっと……」
 とりあえず笑ってみせるHi-wait。
「貴様の命の炎……どんな色だろうな?」
 にたり、としか表現できない笑みを浮かべて、柳川は言い放った。
(ひょっとして今日の柳川先生……なんだかとっても狩猟者モード!?)
 びびりまくるHi-waitに向かって、柳川はゆっくりと右手を挙げる。
「さあ、美しい炎を見せてくれよ!」
 ……十五分後。
 柳川は、返り血をなめていた。
「なかなか美しい命の炎だったぞ……」
 そして足下の血の池と、その真ん中にいるHi-wait(ってゆーか肉塊)を見下ろした。
「授業の邪魔だ。誰か処理しろ」

 Hi-wait、保健室に逆戻り。

 正義女の戦いは、放課後から始まった。
 これがHi-waitだったら授業をさぼっているところだが、妙に几帳面な瑠香にはそれが
できなかったのだ。
「えーと、私一人じゃ戦えないし……誰か協力してくれる人を捜さないと……」
 そんなことをつぶやきながら、瑠香は生物部の部室を目指して歩いていた。

「やぁ、瑠香りん。どうかしたんですか?」
 葛田玖逗夜は、いきなり入ってきた瑠香ににこやかに笑いかけた。
「ええと……葛田さんに頼みたいことがあるんですけど、協力してもらえます?」
「瑠香りんが……僕に?」
「はいっ!」
 さらににこやかに微笑む瑠香。
「瑠香りんの頼みとあらば!」
 いきなり張り切る葛田。
「じゃあ、私と一緒に悪と戦ってください!」

「……で、ここ?」
 葛田は、おずおずと瑠香に話しかけた。
「はい☆」
 満面の笑みで答える瑠香。
「でも、ここって……」
 そう。
 ここは第二茶道部部室前……つまり、ダーク十三使徒の拠点である。
「あの、瑠香りん……本気ですか?」
「ばっちり本気です!」
 小さくガッツポーズを作りつつ、邪気0%の笑みで答える瑠香。
 もっともこの場合は、邪気が少しでもあった方が葛田にとってはよかったかもしれない
が。
「葛田さん……協力してくださいますよね?」
 既に確認の形になっている。
 葛田は少しずつ後ずさる。
 一歩、二歩……そして、脱兎のごとく駆け出した。
「瑠香りん、ごめんっ!」
「あっ……」
 呆然と見送る瑠香。
 しかし次の瞬間、葛田は通りがかった男子生徒と正面衝突してしまう。
 瑠香が不思議そうに、その男子生徒の名を呼んだ。
「あ、Hi-waitさん……って、どうしたんですそんなボロボロで!?」
「ま、まぁいろいろあって……な」
 二年生の教室につっこんで柳川にボコられたことは、とりあえず黙っておく事にしたら
しい。
「で、お前こそ何やってるんだこんなところで?」
「えっと……悪と戦おうと思って葛田さんに協力を頼んだんですけど、ここに来た途端逃
げようとして……」
「ほぉ……」
 Hi-waitは、冷ややかな目つきで葛田を見つめた。
「貴様、悪と戦うのがそんなに嫌か?」
「てゆーかHi-waitさんは僕に導師と戦え、とでも言うんですかっ!?」
「うん。正義のためだしな」
 あっさり頷くHi-wait。
 葛田の背中に、冷や汗が浮かんだ。
 とりあえず、思いついたことを口にしてみる。
「えーと……Hi-waitさんと瑠香りんって、合体できるって本当ですか?」
 その言葉を聞いた途端、Hi-waitの動きが止まった。
 葛田は今更後悔するが、もう遅い。
 やがて、Hi-waitはゆっくりと言葉を紡ぎだした。
「そーか、そんなに合体が見たいか……」
「いや、そうじゃなくって……」
「いいだろう、見せてやる! 瑠香!」
「はいっ!」
 むしろ嬉々として、Hi-waitに向かって電波をとばす瑠香。
 そのまま二人を、紫電の輝きが包む。
「二人の心を一つに合わせ、踊れ正義の盆踊り! 絶対! 正義! デレンガイ
ヤァァァァァァ! ……って、あれ?」
 既にその場所に、葛田の姿はない。
 どうやら合体の途中で逃げてしまったようだ。
(どうします、Hi-waitさん? 追いかけますか?)
(いや、いい。奴には別の手段で報復することにしよう。しかし……なんかしっくりこな
いな。このまま終わるってのは)
(じゃあ、ちょっと暴れます?)
(そうだな。ここ、悪の拠点だし)
 デレンガイヤーの中で、相談がまとまったようだ。
 偶然通りがかった生徒を捕まえ、なにやら耳元でささやく。
 その生徒がおびえながら頷くのを見届けると、突然デレンガイヤーは高笑いをあげなが
ら暴れ始めた。
 端から見ていると、まるでこっちが悪役のようである。
 しかし、そんなことは微塵も気にしないデレンガイヤーであった……

 騒ぎを聞いて駆けつけてきたディルクセンは、笑いながら暴れるデレンガイヤーを見て
珍しく躊躇した。
 風紀委員としては何とかしなければならないが、なんか怖そうだし。
「あーあ、またこりゃ派手だねぇ」
 見物に来たらしい長瀬源一郎教諭が、脳天気な声を上げる。
「あの……いいんですか、長瀬先生? あのままにしておいて……」
「んー、いいんじゃない? どうせそのうち、飽きるだろうし」
「…………」
 ディルクセンは、無言でポケットの中から胃腸薬(チュアブル)を取り出し、蓋を開け
た。
 ……空だった。
「また新しいの、買わなきゃな……」
 なぜか遠い目をしながら、ディルクセンはつぶやいた……

 次の日。
「葛田、聞いたぞ……貴様、女にそそのかされて私を襲おうとしたそうだな?」
「えっと、それはその……」
「プアヌークの邪剣よっ!」
「誤解です導師ぃぃぃぃぃぃ!」

 ……めでたし、めでたし。

                               <完>