昼休み。いつもの視聴覚室。 暗幕を閉め切って暗闇となった部屋に、四人の男達がいた。 「前回は、辛くも失敗に終わった……」 「しかし、奴の運命はもはや風前の灯火……」 「次こそ必ず……」 「彼を我等の同志に……」 がたんっ! 誰かが立ち上がったらしい。 「おいおい、メシ食ってる途中に立ち上がるなよ」 「全く、行儀の悪い……」 「あ……す、すまん……」 がたがた。 「あれ? 俺の椅子、どこだ?」 「知りませんよ」 「自分でどっかに吹っ飛ばしたんだろ? 早く探せよ」 「分かってるって……わぁっ!」 どがしゃーん。 「うわ、俺のオレンジジュースが!」 「こっちのサンドイッチも、全滅ですね……」 「どーすんだよ、おい?」 「どーするって……」 しばしの沈黙。 「……逃げるか」 「そーですね」 「良い考えだ」 「全くだな」 がたがた。 ばたん。 そして……誰もいなくなった。 一方その頃。 一年生の教室では、風見ひなたがはたから見る限りなんだか羨ましい状況になっ ていた。 「ひなたさんひなたさん。今日は、お弁当作ってきたんですよ」 「全く、貴様はいつまで僕をゴミ処理に使う気なんですか?」 「ゴミ処理って、わたしはちゃんとお弁当作ってます!」 「いつもそう言ってゴミを作ってるんですからね……」 「何を言っている! 風見ひなた!」 いきなり現れるYOSSY。 「……今日は何の用です?」 「貴様、女性が心を込めて作ったものを、何故『ゴミ』などという? そのよーな 残虐な行い、許されるはずがあろうか、いやない!」 反語表現で力説し、指を風見に突きつける。 「だから、何なんですか?」 「だからその弁当、俺がありがたくいただいてやる! ……よこせっ!」 そのまま、美加香から弁当箱を奪い、一気に口の中に叩き込む。 三秒後。 風見の足下には、泡吹いて倒れたYOSSYの姿があった。 「……だからゴミなんですよ」 すでにYOSSYは聞いていない。 「「「「Hi-waitはいるかっ!?」」」」 「……今日はなんだか騒がしいですね」 あくまで扉の方を見ずに、風見が呟く。 「やーみぃさんなら、外だと思いますけど」 仕方がないから、美加香が教える。 「「「「そうかっ! 失礼したなっ!」」」」 そう言いおいて、その四人は出ていこうとした。 その時。 「ひ……ひなた……ちゃぁぁぁん……」 風見の背筋が寒くなった。 「……四季かっ!」 思わず身構え、右手に美加香をつかむ。 「……むっ!? いかん、発作か?」 「早く隔離するんです!」 「このままでは……」 四人は頭を抱えてうずくまる男を引きずって、教室を出ていった。 「……あれ?」 予想外のことに、対応できない風見。 「ところでひなたさん。今の誰です?」 「……さあ?」 二人とも、その四人に関する記憶がなかった。 「……落ち着いたか?」 「……ああ。済まなかった」 「まさか、あんな事に……」 「これからは、十分気を付けなければいけませんね」 そんなふうに話しながら歩く四人の前から、一人の女子生徒が歩いてきた。 ポニーテールにまとめた水色の髪。髪を留める、黄色いリボン。 月島瑠香だ。 「これは……」 「チャンスですね……」 「奴を人質にして……」 「あの男を……」 男四人が、廊下の隅で固まってひそひそ話している様は、はっきり言って……怪 しい。 しかし瑠香は、そんな四人に全く注意を払わず、彼らの前を横切ろうとした。 「……いまだっ!」 四人が一斉に飛びかかる。 「……えっ? えっ?」 などと言ってる間に、瑠香は取り押さえられてしまった。 「これでよし……」 「後は、手紙をあの男に……」 「ところで、誰か書くもの持ってますか?」 しーん。 「……持ってこい!」 「その前に、こいつを連れていきましょう」 「そうだな」 ずーるずーる。 男四人が女子生徒を引きずって廊下を行く。 しかし、気にするものは誰もいなかった…… 「Hi-wait君っ! 君宛に手紙が……!」 放課後、何をしようか考えていたHi-waitのもとに一人の男子生徒が走ってき た。 Hi-waitは、無言で手紙に目を通す。 『月島瑠香は預かっている。返して欲しくば、貴様一人で視聴覚室に来い。要求が 受け入れられない場合、人質の安全は保障しかねる。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らん や。鶏口となるも牛後となること無かれ。苛政は虎よりも猛し。では待ってい る。』 後半は何を言っているのか全く分からなかったが、取りあえず瑠香が捕まったこ とだけは理解できた。 「全く……」 Hi-waitは、しぶしぶと行った感じで立ち上がる。 彼の元に手紙を持ってきた男子生徒は、もう姿を消していた。 「しかし……今のは誰だ?」 彼の疑問に、答えるものはなかった…… 三十分後。 彼は、視聴覚室のドアの前に立っていた。 ゆっくりと、右手でノブを回す。 中は、真っ暗だった。 「ようこそ、Hi-wait……」 先程の男子生徒の声だった。 「……人質は無事か?」 「安心しろ、危害は加えていない……」 中の声は、複数いるようだ。 (四人か……) Hi-waitは、そう見当を付けた。 何か、四人という数字に引っかかるものを感じるが、なんだかよく分からない。 Hi-waitは、息を殺して次の台詞を待った。 「しかし、妙に時間がかかったな……」 「まあいいでしょう。さあHi-wait君、彼女を返して欲しくば、我々の同志 に……」 ドアの所に立っている彼は、全く言葉を発しない。 「……何とか言ったらどうだ!」 ついに、業を煮やした四人のうちの一人が彼に詰め寄る。 「………………!」 「どうした?」 「こいつ……Hi-waitじゃない!」 「なにぃっ!?」 「そうすると彼は、逃げたんですか?」 「……ここにいるよ」 その声は、彼らの後ろから聞こえてきた。 同時に、後ろにいた四人の内、三人がくずおれる。 「……Hi-waitさんっ!」 女の声が、彼の名を呼ぶ。 「なっ……貴様、どうやって背後に?」 「ガラスを切った。経費でおちるだろうな」 「じゃあ……こいつは一体……」 うろたえている男を無視して、Hi-waitはもう一人に呼びかける。 「ご苦労だったな、永井。貴様の親は、橋の下に縛り付けてある。早く行ってや れ」 その言葉を聞いて、彼……永井君は、脱兎の勢いで駆け出していった。 覚えている人は何人いるか? 正解は……クイズにしておこう。 「くそ……だが、我々は決して諦めんぞ!」 「……何をだ?」 瑠香を後ろにかばうように立ち、Hi-waitが詰問する。 「とぼけるな! 貴様は、我々の同志となる運命なのだ!」 そのまま、視聴覚室から走り去っていく。 「………………?」 首を傾げるHi-wait。 「どうしたんです?」 そう訪ねる瑠香に、彼は首を一つ振り、 「いや……なんでもない」 そう言って、二人は視聴覚室を後にした。 彼らの正体……言わなくても分かってるよね? 「でも……本当に来てくれたんですね……」 帰り道、Hi-waitは瑠香と並んで歩いていた。 「い……いや……その、なんだ……」 珍しくどもるHi-wait。 瑠香は、そんなHi-waitを見て、くすっと笑い、 「ありがとう……」 とだけ言った。 「ぼ、僕は当然のことをしただけだ……感謝される筋合いは無いぞ!」 かなり動揺している。 「ふふふ……」 瑠香は、また笑い出した。 「な、なんだよ……何がおかしい?」 「別に……ふふっ……」 夕日が、そんな二人の影を長く伸ばしていた…… <完>