自爆Lメモ「冬の中にあるぬくもり」 投稿者:月島 瑠香(←最後の抵抗)
 日曜日。
 その日は、朝から寒かったです。
 私は、八百屋の奥に座ったまま、ぼーっと外を見ていました。
 あいにくの曇り空です。
 そう言えば、今日は昼過ぎから雪になるって、天気予報で言っていました。
「お客さん、来ないなー」
 暇です。
「……おうおう、瑠香ちゃん! なぁに辛気くせぇ顔してんでぇ!」
 いきなり、ばんっと背中をたたかれます。
「げ……源さん! 痛いじゃないですか!」
「全く……若いもんが、そんなシケたツラしてどうするよ! ちょっと気晴らしに
外歩いてきな!」
「え……でも、お店が……」
「いいって事よ! おーい、ハイ坊!」
 奥にいるHi-waitさんに向かって声をかけます。
「瑠香ちゃんどっかに連れてってやんな!」
「え……!?」
 げ、源さんったら、何言ってるんですか!?
「何で僕がそんなことしなけりゃ……」
 ぶつぶつ言いながら降りてきたHi-waitさん。
 ぶつぶつ言っていたくせに、コートと財布を抱えています。なんだかんだ言っ
て、どこかに連れていってくれるみたいです。
 あ。源さんの拳骨が……
「いてっ!」
「うだうだいってんじゃねえ! とっとと行きな!」
 放り出されました。
「晩飯まで帰ってくんじゃねえぞぉ!」
 高校生の男女を送り出しながら言う台詞じゃないと思います。
 とにかく、私とHi-waitさんは出かけることになりました。



             自爆Lメモ「冬の中にあるぬくもり」



「……で、どっかいきたい所あるのか?」
「うーん……」
 Hi-waitさんの問いに、私は少し考えて、
「Hi-waitさんの行くところなら、どこでもいいです!」
「うーむ……」
 今度は、Hi-waitさんがうなってます。
 何しろ、今まで一度たりともこんな事無かったんですもん。
 困るのも当然ですよね?
「そうだな……取りあえず、適当に歩くか」
「はいっ」

 で、結局。
 ここは、映画館です。
 Hi-waitさん曰く、『時間つぶしには一番いい』だとか。
 でも、どうせ見るんだったらロマンチックな映画がいいですよね?
 だけど、私たちはどんな映画を上映しているのか全く調べてません。
 あいにく、ロマンチックな映画は上映してなくて、代わりに米の国制作のアク
ション映画、仁侠もの、そして『翼のガソダム 終わらない三拍子』というアニメ
映画の三つが上映されているようでした。(最後だけやたらとリアルなタイトル
だったりするが、これは作者がビデオを買い損ねたこととは無関係のはずである。
多分)
 とにかく、私たちは米の国のアクション映画を見ることにしました。
 何せ、向こうのアクション映画と言ったら、必ずと言っていいほどラブロマンス
の要素が入っているんですもの。
 映画が終わったら、ちょうど昼ご飯の時間になっていました。
「瑠香……何か食いたいものはあるか?」
「そうですね……どうせだったら、ハンバーガーぐらいがいいですね!」
 そうなんです。
 私たち、源さんの教育方針とかで普段はほとんど菜食主義同然の食生活をしてい
るんです。だから、ハンバーガーなんて、こんな機会でもないと食べられません。
「そうだな……たまにはいいか」
「はいっ!」

 しばらく歩くと、駅前にヤクドナルドがありました。
 今は、50円バーガーというのをやっているそうです。
 でも、せっかくの機会ですから、私たちはヤックバリューセットを注文すること
にしました。
「すいません。チーズバーガーセットと、魚フライバーガーセットを一つずつ」
 Hi-waitさんが注文して、席に持ってきてくれます。
 Hi-waitさんが、魚フライバーガーをぱくつきながら話しかけてきました。
「……しかし、お前も安上がりな奴だな……まさか、昼飯がこんなもんで済むとは
思ってなかったぞ……」
「……でも、ハンバーガーってたまには欲しくなりません?」
「ま、そりゃそうだが……」
 そう言って、紅茶をすすります。
 ちなみにHi-waitさん、紅茶がとても好きなんだそうで、たいてい毎日飲んでい
ます。
「……でもHi-waitさん、紅茶にお砂糖とか入れなくていいんですか?」
「何を理不尽なことをぬかす。紅茶をストレートで飲まん奴など、悪だ」
 そうなんでしょうか……?
 ……と、Hi-waitさんの視線が、トレーの横に置いていた、私の手袋に向かいま
す。
「あれ、その手袋……」
「はい、Hi-waitさんがクリスマスにくれた手袋ですよ」
「使ってたのか……」
 なんだか悔しそうに言うHi-waitさん。
 でも、目が笑ってます。
「だって、あったかいですよ、この手袋」
 私がそう言うと、Hi-waitさんはなんだか照れたように目をそらし、紅茶を一気
に吸い込んで……あ、むせてます。
「大丈夫ですか?」
 私が笑いをこらえながら聞くと、Hi-waitさんはむきになって、
「こ、こんなものでどうにかなるわけがないだろう……」
 なんて言ってます。
「そ、それよりもだ……」
 私が全部食べ終わっているのを確かめた後、なんだか意地の悪い笑みを浮かべ
て、
「ここの50円バーガーって、安すぎると思わないか?」
 なんて聞いてきました。
「そうですね、すっごく安いですよね。でも、それがどうかしたんですか?」
「普通の牛肉を使ってるには、値段が安すぎる。これはきっと、コストダウンのた
めにそこら辺の墓場から肉を摂ってきているに違いない!」
「こ、声が大きいですよ、Hi-waitさん……!」
 しかも、そのお店の中で言わなくても……
 Hi-waitさんったら、立ち上がって拳を握りしめています。
「何を言う、瑠香! お前はこの事実に対し、正義の怒りを感じないのか! 客に
死肉を食わせるよーな店など、この僕が正義の使徒の名において抹殺してやる!」
 私は真っ赤になって、俯いていました。
「……まぁ、事実とすれば、だ。この店はそんなことはしないであろうと、僕は信
じているぞ。……なぁ、そこの店員?」
 ちょうど通りがかった店員に向かって、凄惨な笑みを向けます。
 私には、Hi-waitさんの心の声が聞こえました。『言い逃れ無用。社会的信頼を
失って、潰れるがいい』と。
「は……はいっ! もちろんですよ、お客様!」
 なんだか声が裏返って、腰が引けてます。
「うむ、よろしい。……ではそろそろ行こうか、瑠香」
「は……はいっ!」
 悠々と店を出ていくHi-waitさんに続いて、私もあわてて席を立ちました。
 あーあ……もうこのお店、来られないなぁ……

 昼から、私たちはカラオケボックスに入りました。
 Hi-waitさん曰く、『暇つぶしだ、暇つぶし』だそうですけど。
 でもHi-waitさん、マイクを握ったら結構熱唱するんです。
 まぁ、一度握ったマイクを離さない、なんて事はないんですけど。
 今日もHi-waitさん、番号を入力してマイクを握ります。
 そして曲が始まって……
「Brand New Heart 今ここから始まる♪」
 また声が高くなってます。ちょっと声の低い女の人で通用するんじゃないかしら?
 じつはHi-waitさん、歌う曲によって、声ががらりと変わっちゃうんです。
 前に風見先生や美加香さん達とカラオケに行ったときなんか、『貴様らに真の技
を見せてやる』とか言って、一人デュエットしてました。さすがに重唱のところは
再現できませんでしたけど。
 私も何曲か歌います。
 Hi-waitさんとデュエットもしちゃったりして、結構楽しく過ごしました。

 ボックスを出ると、もう夕方です。
「ねえ、Hi-waitさん」
「……どうした?」
「どうせだから、夕焼け見ていきませんか?」
「……別に構わんが」
 と言うわけで、私たちは家の近くの公園にやってきました。
 まわりの木々が、夕焼けに染まってとっても奇麗です。
 私とHi-waitさんは、ベンチに並んで座って夕日を見ていました。
「奇麗ですね……」
「………………」
 Hi-waitさんは、何も言いません。言わなくても、私には分かります。
 Hi-waitさんも、この夕日を奇麗だと思っていること。
 その時でした。
 私たちを、三人で取り囲んできた人達がいたんです。
「……おぅおぅ兄ちゃんら、こんな所でのんきな身分やのぉ。そこの彼女、ちょっ
と俺らに貸したってぇな」
 その人達を見て、Hi-waitさんの目がすっ、っと細くなりました。
 まるで、学校の中で本気になった時みたいに。
「この時代に、まだ貴様らのような連中がいたとは驚きだな……」
 Hi-waitさんのその言葉に、その人達は怒っちゃったみたいです。
「なんだぁ、てめえ! 人がちょっとおだててやりゃぁ、ええ気になってつけあが
りやがって!」
「てめえ、ムカつくんだよ!」
 Hi-waitさんの左手が、翻りました。
「ぎゃっ!」
 と、三人のうちの真ん中の人の右手に、棒手裏剣が刺さっていました。
「僕一人だったら、少しは相手してやるんだがな……瑠香の前で、貴様らのような
醜い奴をのさばらせておくのは好かんし、ましてや貴様らが瑠香に手を出そうなど
と言語道断。僕が本気にならないうちに、とっとと消えろ」
 Hi-waitさん、声に本物の怒気がこもっています。
「て……てめぇ!」
 三人がHi-waitさんにつかみかかろうとした瞬間、Hi-waitさんの左手がまた動き
ました。
 次の瞬間、三人とも両手に二本ずつ棒手裏剣が刺さっています。
 つまりHi-waitさん、左手だけで十本の棒手裏剣を投げたって事になるんですけ
ど……
 どうやったんでしょう? 何回見ても、分からないんです。
 三人は、両手から血を流しながら、逃げていきました。
 その背中に向かって、Hi-waitさんが声をかけます。
「筋肉の筋に沿って刺してある。ちゃんと治療すれば、大した傷害は残らないはずだ」
 三人は、それに答えることもなく行ってしまいました。
 その姿が完全に消えると、Hi-waitさんは優しげな笑みを浮かべました。
「……すまなかったな、瑠香」
「……え?」
「見苦しかったろう? 全く……あんな奴らが現れるなんか、思ってなかったから
な……」
「いいんですよ……」
「………………?」
「だってHi-waitさん、あの人達に言ってくれたじゃないですか。『瑠香に手を出
すなんて言語道断』って。それって、私のことを心配してくれたんですよね?」
 Hi-waitさんの目を見ながら、ゆっくりと噛み締めるように言います。
「ま……まあな……」
 私は、Hi-waitさんの肩に頭を預けました。
「だから、Hi-waitさんは私を守ってくれるためにやったんでしょう?」
「………………」
「だから、いいんですよ……」
 Hi-waitさんの手が、ぎこちなく私の肩に回されます。
「るか……」
「………………」
 私は、ゆっくりと目を閉じました。

 そして私の唇に、柔らかいぬくもりが触れました。

「おう、瑠香ちゃん! どうだったい、楽しかったかい?」
「……はいっ!」

                               <完>