Lメモ「ねこみこねこ」  投稿者:水野 響


  俺、藤田浩之は一人で家路についていた。

  汎用人型オプションパーツ、あかりは現在切り離し中だからだ。
  あかりは「今日の夕ご飯楽しみにしててね」と言い残し、浩之から離脱していった。

  鍋が食べたい、と言っておいたので今頃は最高の食材を手に入れるため日本を駆け回っ
ているのかもしれない。
  アカリ、日本を食らうって感じだ。
  今頃、全国各地の名産物地方は赤い熊によって強襲を受けていることだろう。



  しかし、一人だと暇だった。
  何か、こう、物足りない。
  俺の人生、塩を入れ忘れたイカの塩辛のようだ。
  このままでは俺の体は別の品物に変化してしまうに違いない。
  今こそ人生の調味料をゲットするべし!
  ふと、そんな言葉が頭を過ぎった。
  あかりが帰って来た時、人生の調味料を見せたらきっとびっくりするはずだし。




  俺がいつもと違う帰宅コースを選んだのはそんな理由からだった。





  まずは、いつもの坂道をあえて下らずにひもなしバンジーで降りてみた。
  地面に着地した時、両足がありえない方向に曲がっていたが次の瞬間には直っていた。
  さすが俺。
  主人公能力「絶対に死なない」はこういうとき、非常に便利だ。



  次に大通りではなく裏通りを通った。
  普通に行っては面白くないので電柱の陰に隠れながら通行人達の目を避ける。
  見つかったら一機死亡だ。
  目標、ランキング一位!


  ささっ、さささっ、ささっ。
  三本目まで俺は順調に進んでいた。
  人が来ては隠れ、隠れては走る。
  おお、意外と楽しい。

  しかし四本目の電柱に辿り着いた時、俺はゲームオーバーになった。
  なぜなら電芹の電柱に張り付いてしまったからだ。
  ギロチン電柱ドロップキックはかなり効いた。
  ギロチン入れた時点で首が曲がっていたので、ドロップキックはかなり無意味な気はし
たが。
  電芹テリトリーを侵した罪は重かったらしい。
  理緒ちゃんのようにはいかないのは触覚がないせいだろうか?
  もちろん数秒で復活したが。





  最後に俺は普段通らない小道へ入った。
  こんなところに小道があること自体、始めて知ったのだが。
  意外な近道を発見。
  これで明日からは3分の寝坊が許されると少し有頂天だ。


  日はいい感じに傾き、夕焼けが小道を照らしていた。
  その光は一日を朱く染め上げ、過去へと送り込もうとしている。
  詩人だ、俺。





  みーみー。

  そんな自分に感動していると鳴き声が俺の元に届いた。
  前方の電柱の陰のダンボールからだ。

  おお?  猫ですか?
  俺は興味をひかれてそちらへ走った。



  ダンボールを興味深げに覗き込む俺の目に写ったのは猫だった。

  猫だ。
  確かに猫だ。

  いや、本当は楓ちゃんだけど。


  というか楓ちゃん、なぜに猫耳?
  ふわふわした猫しっぽも、もちろん標準装備ですか?
  それより服が巫女服なのはなぜですか?


  いろいろな疑問が頭を過ぎるが結果的には、
『楓ちゃん捨て猫状態。誰か拾って☆  食費は大変だけどね』
  ということらしかった。





「楓ちゃん、ここで何してるの?」
  何はともあれ一応確認だ。
「……みーみー」
  楓ちゃんは一声鳴いてから、ダンボールを指差した。
  俺はダンボールに描かれた文字を読んだ。


『捨て猫です。
  かわいいです。
  誰か拾ってあげてください。
  なお、食事は一日三食。
  量は一回三Kgです』

  おお、エンゲル指数はうなぎ上り。
  発展途上国も真っ青だ。



「えっと、拾ってほしいの?」
  こくん。
「ご飯は一日三回?」
  こくん。
「ご飯の量は規定?」
  こくん。

  すまん、家の財政崩壊します。
  ということで俺は拾うのは諦めた。




「そっか、じゃがんばって」
  しゅたっ。
  俺は擬音とともに片手を挙げて立ち去ろうとした。



  うるうるうるうる。



  そんな俺の視界の片隅に憂いに満ちた楓ちゃんの瞳が目に入った。
  まさに楓ビーム。
  威力はメガ粒子砲の数倍だ。


  ぐはっ。
  思わず心の中で吐血するが、現実にも血反吐を吐きながら転がりたい気分だった。

  楓ビームはなおも俺を直撃しながらも語り掛けてくる。



  かわいいですよ。
  猫耳ですよ。
  巫女服ですよ。
  はにゃ〜ん☆ですよ。



  俺、陥落。





「はっはっは、財政くらいどうにでもなりますとも。ええ、家を売ってでも」
  妙に楽しそうな声を上げながらも、心は楓ちゃんを拾おうと決意。
  すでに妄想内では幸せな家族生活一ヶ月目に突入だ。

「……みーみー」
  心なしか嬉しそうな声で鳴く楓ちゃん。
  俺に拾われて嬉しいのか、単に宿主が決まって嬉しいのかが疑問だがそんなことは些細
な事だ。
  このいじらしさと可愛らしさは核の冬が十回は起こせるだろう。




「じゃ家に……はっ!?」
  手を伸ばそうとした瞬間、俺の手はぴたりと止まった。
  別にDI○様が近くにいたわけではないが。

「ここここの気配っていうか、殺意っていうか、滅殺っていう雰囲気はまさかっ!?」
  気配の元を辿るとやっぱりいた。
  対俺専用人型決戦兵器、あかり・ザ・グリズリーだ。
  その両手には全国各地の名産物が抱えられている。
  早いぞ、おい。
  加速装置でもつけたのか?
  あかりはかりかりと電柱を引っかきながらこちらをちらちらと見ていた。



  ……まずいッス。



  俺の心でエマージェンシーコールが鳴り響く。
  おそらく楓ちゃんに触れた瞬間、俺の命の炎は散るだろう。





「はははははは、と思ったけどやっぱり楓ちゃんには耕一さんも西山さんもXY−MEN
もいるし、やめとくわ」
  妙に乾いた声で言い訳めいた言葉を放つ。
  そろそろと体も後じさり、撤退準備も万端だ。


「……英志さん、ご飯の準備が三分遅れたんです」
  すると楓ちゃんは俯いたままそう言った。
  ここにいるのはそれが原因っすか?
「……耕一は千鶴姉さんに連れられて山に行ったまま帰ってこないし」
  ……耕一さん、あなたは星になったんですか。
  っていうか千鶴さん相手だと干し物になってる可能性大か。
「……XY−MENさんはわたしのために地中海の海産物を取りに行ってますし」
  くぅ、XY−MEN!
  お前は愛に生きる犬の中の犬。
  まさにキング・オブ・ドッグ!
  ……狼だっけか?  まあ大差ないだろ。
  俺、狼見たことないし。

「そういうわけで行くところがないんです……」
  ちらり。
  楓ちゃんは俯いた顔を一度上げてこちらを見た後、再び視線を落とした。



  いじらしい、愛くるしい、むしろ持って帰って床の間に飾りたいっす!
  家に床の間ないけど。


  ああ、体が勝手に楓ちゃんの方に!
  耐えろ俺!  耐えなきゃ明日の朝日どころか、帰って家の敷居をまたぐことすらできな
いぞっ!
  俺的我慢、最大。
  臨界も突破だ。




「はぁはぁ……す、すまない!  家には……」
  俺は「あかりがいるから拾えないんだ!  猫と犬は相性が悪いんだ!」と続けようとし
た。
  しかし言葉の途中で見てしまった。
  楓ちゃんアイズを。



  うるうるうるうるうる。



  拾ってくれないんですか?
  ご飯くれないんですか?
  もうこんなチャンスないですよ?
  猫な上に巫女服ですよ?
  はにゃ〜ん☆ですよ?


  猫しっぽぷるぷる。
  猫耳ぴくぴく。




  ぐっはぁ!
  萌え度測定、既に不能。
  むしろ道路を転げまわりたい気分だ。



  ガリガリガリガリ……



  ああ、あかりが電柱を削ってる!?
  怒ってます?
  すっごく怒ってますね?
  ……誰か助けてぷりーずへるぷみー。


  殺意といじらしさの視線が両側から突き刺さってきている。
  少しでもその心的負担を軽くしようとゆっくりと視線を他の場所に移動させる。
  そう、落ち着くんだ俺。焦ったら負けだぞ俺。
  俺は必死にそう自分に言い聞かせた。
  目は泳ぎっぱなしだが。


  ……あぅちっ。
  少しでも軽くするのが目的だったのに心的負担の原因がさらに増えた。

  あかりのいる電柱から数えて三本目の辺りに西山さんがいたのだ。
  ちなみに二本目の電柱は電芹が陣取っている。


  西山さんは血の涙を流しつつ、こちら(楓ちゃん方面)を見ていた。
  どうやら食事の件を後悔しつつ、どうやって謝ろうか考えてるんだろう。
  出来る事なら早く来てぷりーず。
  俺の心は陥落寸前です。





「……みぃ」
  楓ちゃんが鳴いた。
  催促するように。

  楓ちゃん萌え度、1000上昇。



  がんがんがんがんっ!

  あかりが電柱をおたまで殴っていた。
  すでに電柱は傾きつつ、倒壊しそうだ。
「ああ、ペルルーニョが!?  しくしくしく……」
  あ、電芹が後ろで泣いてる。
  どうやらあかりの殴っている電柱にも名前をつけてたらしい。

  あかり忠誠度(もしくは、あかり恐怖度)、1000上昇。




  互角だ。



「ふんっ!  ふんっ!」
  ああ!  西山さん、何故にどうしてこんな所でシャドウボクシング!?
  ちらり。
「はぁ!  うらぁ!」
  西山さんはこちらにガンを飛ばしてから、今度は仮想の敵に蹴りも入れ始めた。
  っつーか仮想の敵、俺ですか?

  ……聞くまでもなかったですね……





  背後には猫耳巫女服少女、素敵な楓ちゃん
  左前方には破壊の女神、あかり・ザ・グリズリー。
  さらにその後方には楓暴走機関車、クラッシャー西山。



  俺は絶対絶命という言葉の本当の意味を始めて知った。



  その後、何分たっただろう?
  脂汗をだらだらと流しながら、俺は一歩も動けずにいた。
  まさに膠着状態だ。
  主に俺だけが。



  楓ちゃんはビームに加えて、ときおり「……みぃ」と切なく鳴く。
  逃げられない、いや、むしろ拾いたい。
  拾ってなでなでしたい。
  ああ、ジレンマ!


  あかりは電柱の隅で鍋を作り始めていた。
  売られていく子牛を見るような目でこちらを時々見ているが。
  メインの材料は……俺のようです。


  西山さんは突然シャドウボクシングを止めると電柱のてっぺんに登っていた。
  そして腕組みしたまま、こちらをじっと見詰めている。
  その視線の意味は、『一歩でも動いてみろ。この世に未練がなければな!!!』と言っ
たところか。


  俺、もう逃げ場ナッシング。





「………………ん」
  膠着状態は時間とともに続く。
  少しでも動いたが最後、楓ちゃんを拾ってしまいそうだし。

「か……で……ん」
  その時は鍋の具になるんだろうなあ、俺。
  浩之鍋か、セバスや雅史には食わせたくないな。
  自分がその場にいないとしても、なんか精神的にいやだ。

「……えでちゃ…」
  いや、むしろSS不敗流の奥義を見るのが先か?
  見た瞬間、この世にセイグッバイだろうけど。


「かえでちゃぁああああああああん!!!!!」
  ああ、うるせえ!
  人が人生最後のモノローグに浸ってる最中に!!
  ……って、あれは?



「持ってきたぞぉおおおおお!!!  ほら、魚介類!!  すでに舟盛りさっ!」
  舟盛りを掲げて土煙を上げながら爆走してくるのはXY−MENだった。
  体中、びしょぬれな上に背中に鮫くっついたままだった。

「……うれしいです」
  ぽっ。
  ああ、楓ちゃんが頬を染めてる!?
  なんだかはにゃ〜んな気分だが、無性に悔しいぞ!


「さあ、一緒に食おう!!」
  爆走してきたXY−MENは速度を落とさずにダンボールを小脇に抱えた。
  そして離脱していく。


「はっはっはっはっはっ!  楓ちゃんとディナーだぁああああ!!!」
  ドップラー効果を残し、消えていくXY−MEN。
  あっけに取られる三人(電芹は泣きながらあかりに壊された電柱を修理中)を尻目にX
Y−MENは楓ちゃんを一瞬で連れ去っていった。





「……は!?  おのれ!  XY−MEN!!!  貴様に楓は渡さんっ!」
  西山は空中に文字を書いている。
  楓命。
  なぜか指で書いた部分が光ったまま空に残っているので読めた。

「とぉ!!!!」
  ごーーーーー。
  西山は足から気を吹き出した。
  そしてXY−MENを高速で追っていく。
  もし追いついたとしても、ここにいた原因は西山さん自身だということを分かっている
のだろうか?

  まあ、何はともあれ脅威は去った。
  これで明日の朝日も拝めるってものだ。
  楓ちゃんは惜しかったけど。





「何が惜しかったの?」
  あかりの声が背後からかかった。
  ……声に出てましたか?

「うん、はっきりと聞こえたよ」
  にこにこ。
  いや、笑顔がめちゃめちゃ恐いんですけど。

「さ、帰って鍋にしようね」
  あかりは俺の手を掴むとそのまま歩き出した。
  強引に。


  神様、死んでも命がありますように……
  俺は心から祈りながらあかりに連れられて家路へとついていった。




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  心なし、takatakaさん風。
  改行が多いのはわたし風(まてや:笑)