Lメモ「世界の果てでアイを唄う少女」  投稿者:水野 響


  日も落ちて、辺りがゆっくりと朱に染まっていった。
  綺麗な、とても綺麗な夕焼け。

「ふぅ……今日も疲れた」
  とんとん。
  瑞穂は書類を整え席を立とうとした時、
「……瑞穂君」
  その背中に声がかけられた。

「あ、信さん……どうかしました?」
  瑞穂ははにかむように笑った。
  その仕種は、いつ見ても岩下の胸に暖かいものを満たしてくれる
  今までも、そしてこれからも見飽きる事はないだろう。
「いや……あの……」
  いつもはしっかりとした口調の岩下が妙におどおどしていた。
  何かを言い出そうとしては口をぱくぱくさせ、再び視線をあてもなくさ迷わせている。
「くすっ……落ち着いてください。わたしは逃げたり消えたりしませんよ?」
  瑞穂は口に手をあてておかしそうに笑った。

「あ……その……今日、これから暇かな?」
  岩下は少しだけ繰り返した後、目を上げてしっかりと言った。
「もし良かったら……あの、もしよかったらでいいんだけど……これから二人で出かけな
いかい?」
「え?」
  瑞穂は一瞬驚いた顔をして沈黙した。
  岩下との間に妙な沈黙が走る。
  時間が経つにつれて夕焼けが二人の顔を赤く染めていった。
  優しく、暖かい日差しで染められた二人の顔、しかし顔の赤さはそれだけではなかった。

  やがて日が落ち、辺りに振りまく赤い光が弱くなり始めた頃、
「……はい」
  恥ずかしそうに、しかしはっきりとした口調で瑞穂は答えた。
  今までで最高の笑顔で。





        Lメモ「世界の果てでアイを唄う少女」





「……あの、ここどこですか?」
  瑞穂が連れてこられたのは不可思議な場所だった。
  一本だけ妙に長い道路が地の果てまでも続いているようで、周りにはただ海と暗闇だけ
が続いている。
  光は道路沿いにある街灯だけだった。
  りーふ学園にこんな場所があるということには驚いていないようだ。
「すぐに分かるよ」
  岩下は相変わらず優しげな笑顔で瑞穂に答える。
  その笑顔に瑞穂はすっかり安心したようで、道路に目を向けた。
  すると街灯の下に人影があるのに気付いた。

「やあ、待ってましたよ」
  声と共に一人の男が歩いてきた。
「おまたせしてしまいましたか?」
  岩下は丁寧な口調で男に言った。
「いえ、それほどでもないですよ」
  明かりに近づくと共に男の姿がはっきりとしてくる。
  男はFENNEKだった。

「準備は?」
  FENNEKは言った。
  既にこれからの行動は決まっているような口ぶりだったが事実その通りなのだろう。
「ええ、大丈夫です。では、お願いしますね」
  岩下は優しい声で答える。
  そして瑞穂と岩下が瞬きをする間にFENNEKは車へと変わっていた。


「では、行きましょうか?」
  岩下は瑞穂に向かって聞く。
「え?」
  瑞穂は聞き返す。
「ドライブですよ。二人で海を見たいと思いましてね」
  岩下は楽しそうに言った。
  二人きりの、FENNEKが運転してくれるので、本当にのんびりと出来るドライブ。
  でも……
「大丈夫ですよ。FENNEKさんにはこちらの声は聞こえないようにしてもらってます
から」
  少しだけ不安に思った瑞穂の耳に岩下が囁く。
  ぼん、といった音さえ聞こえるように瑞穂の顔が真っ赤に染まる。
  瑞穂はそのことを想像したらとても楽しく、そして少しだけ恥ずかしかった。

「一緒に来てくれますか?」
  岩下の提案に瑞穂は、
「はいっ!」
  と、とびっきりの笑顔で答えた。



  辺りに街灯の光が現れては消えていく。
  海に映る街灯の明かりは、反射する月明かりに負けないくらいの彩りを背景に注ぐ。
「わぁ……素敵ですね」
  瑞穂は楽しそうに窓の外を見ていた。
  岩下はそんな瑞穂を嬉しそうに見ている。

「来てよかったでしょう?」
  そんな岩下の問いに、
「はいっ!」
  瑞穂は笑顔で答え、また窓の外を眺めていた。
  そんな瑞穂の嬉しそうな姿を岩下は目を細めながら見ていた。


  その時、妙な影が瑞穂の視界に入った。
「???」
  瑞穂は眼鏡が曇ったのかと思い、拭いてからまた外を見渡してみる。
  すると、
「はぁーはっはっはっはっはっはっ!!!!」
  ……瑞穂の目の錯覚ではなかったようだ。
  むしろ幻覚のまま済ませたかったが。
  確かに影がそこにはあった。
  人間の影。
  それも二人。

「どうしたっ!  セリス、貴様は所詮その程度かっ!」
  高笑いを上げながら恐るべき速度で走っているのは西山だった。
  腕を組んだまま上体を保ち、足だけが高速で動いていた。
  エイト○ンというかなんというか……まあそんな感じだ。
「くぅ!  西山、貴様には負けんっ!  負けんぞっ!!」
  隣には悔しそうに腕を伸ばしながら、やはり足だけを高速で動かすセリスの姿があった。
  徐々にセリスは西山に近づいていくが、もう少しの差がどうしても埋まらない。



「あぅあぅあぅあぅ……」
  瑞穂は悪夢でも見ているかのように口をぱくぱくさせた。
「ふっ、夜空も綺麗だ」
  岩下は別の方向を見ている。
  現実逃避したくなったらしい。



「こうなったら奥の手だっ!  かもん、まいもっぷ!!!!」
  セリスは片手を空に伸ばして指を鳴らした。

  ゴォォオオオオオオオオン!!!!

  次の瞬間、空が割れてモップが降ってくる。
  セリスのビームモップだ。
「装着っ!!!」
  見事なタイミングでセリスはモップを掴みながら叫ぶ。
「見ろ、西山っ!  これが奥の手だっ!!!」
  その叫びと共にセリスはモップを目の前に突き出した。
  モップの片方からビーム状にエネルギーが伸びる。

「ふん、それだけならいつもと変わらないではないかっ!」
  西山はくるりと後ろを向き腕を組んだまま、セリスの方向を見ている。
  後ろ向きに走っているのに、速度は一向に落ちていない。
「ふふふ……甘いっ!!!!  かもん、我が好敵手!  ゆきのモップよっ!」
  その叫びと共に空がまた割れる。
  空に空いた穴は部屋でご飯を食べているゆきの部屋に直結していた。

「わわわ!!  突然呼ばないでよ」
  空の穴ではゆきが慌てていた。
「……ん?  なにモップ?  もう、セリス!  ちゃんと返してよね、僕だって大切なんだ
から」
  ぶつぶつ言いながらもきちんと手持ちのモップをセリスに向かって投げてくれる。
  ゆきはいい人だった。

「ダブル装着っ!」
  セリスは再び叫び、もう一方の手でモップを掴んだ。
  そして、
「はぁあああああ!!!  合体っ!」
  がしゃーんっ。
  合体といっても柄の部分を繋ぎあわせただけだが、セリスは不敵な笑いを浮かべている。
「ほぅ……何をするつもりだ」
  西山は楽しそうに次の成り行きを見守っている。

「こうするのさっ!  うらぁああああああ!!!!!」
  しゅいんっ!
  両方のモップから刃が伸びる。
  その姿はナギナタだった。
「これぞ、奥義、ビームナギナタっ!  いくぜぇええええええ!!!」
  セリスはモップを振り回してプロペラの容量で風を後ろに流していく。
  スピードもあがり、やがて西山に追いついた。

「ドライ○ンやゲル○グの一種か、おのれは」
  西山はジト目で突っ込む。
「はっはっは、僕は負けないんだ」
  セリスは笑いながら西山を追い越していく。
「どうだっ!!」
  勝ち誇った声をあげるセリス。
「ふっふっふ、甘い!  甘いぞセリスっ!!!」
  しかし西山はまだ余裕のある顔で言った。
  追い越していったセリスの方に再び方向を戻した。
「貴様はまだ大地を駆けているにすぎんっ!  見よ!」
  そう叫ぶと西山は指で空に字を書いていく。
  指が通った後に光が残っていた。

  楓命

  宙にそう描いた後、
「とぅっ!!!」
  西山は空に向かって飛んだ。


「何っ!?」
  セリスは驚いたように西山を見上げる。
「これぞSS不敗流の奥義なりっ!」
  足の裏から気が溢れ出し、その勢いで西山は飛んでいった。

「くっ……西山め。まだそんな隠し技を!」
  セリスは悔しそうに歯噛みしている。
「はっはっは、だから貴様は甘いのだっ!」
  西山は楽しそうに空を飛んでいる。
  見た目は鉄腕アト○のようだが。

「まだだっ!  僕にだって命をかけられるものがあるっ!」
  セリスはモップを切り離し、モップの両方を巧みに使って宙に文字を描いた。

  マルチ萌え

「いくぞぉおおおおお!!!!」
  モップの先からエネルギーが噴き上がる。
  そして、セリスも宙を舞った。
「どうだぁあああああ!!」
「やるな、セリスっ!!」
  西山と共に空を舞うセリス。
  そして二人は月夜へと消えていった。



「あぁぁぁぁぁ……」
  瑞穂はすでに錯乱していた。
  というか扉に手をかけて思いっきり開きたい気分だ。
「そ、そうだ!  空を見てるからいけないんだよね……やっぱり道路をみなくっちゃ」
  自分に言い聞かせるかのように呟いた後、瑞穂は道路を眺めた。
「…………」
  瞬間、瑞穂は顔に青い縦線が走ったのを確かに感じた。



  ちょうどFENNEKの斜め後ろ辺りに影があった。
  人影……いや、違う。
  馬の影だ。
「まったく……道路を走ったら蹄が痛んじゃうじゃないかよ……ぶつぶつ」
  JJだった。
  そしてJJの鞍の上は簡易的な和室だった。
  和室というか畳が乗ってるだけだが。

「わー、はやいです〜〜」
「はっはっは、水野君。あんまりはしゃぐと落ちますよ」
「なんか平和だねー」
「…………」
  畳の上のちゃぶ台を囲んでお茶を飲んでいるのはSS不敗流の面々だ。
  どうやら二人の勝負についてきたらしい。
「っていうか、あんたらこの状態変だと思わないんですかい」
  もちろん美加香から突っ込みは入っていた。
  オール無視だが。

「畳があって、ちゃぶ台があって、お茶がある……くつろいでいけない理由なんてないじ
ゃないですか」
  風見はお茶を啜りながら美加香に言った。
「そうです〜」
  猫舌な響はのほほんとしながらお茶を冷めるのを待っていた。
「平和ですねー」
  西山にしごかれていないせいか、結城は幸せそうにぼけっとしていた。
「あなたたちわぁあああああああああ!!!!!」
  美加香がいくら叫んでも和んでいる面々はのんびりしたままだった。

「……英志さん、お茶はいりましたよ」
  楓がぼそりと呟くようにここにはいない男を呼んだ。
「あぅ?  楓さん、師匠は……」
  それを不審に思った響が声をかけようとした瞬間、
  きらりん☆
  空に一筋の閃光が走り、畳に向かって迸った。
「おぉ、すまんな」
  と思ったらすでに西山はあぐらをかいて楓の横を陣どっている。
  さすがだ。

「あぅあぅ〜〜さすが師匠です〜〜」
  目をきらきらさせながら素直に感心する響だったが、
「って、感心するなっ!」
  美加香から思いっきりつっこみが入った。
「あぅちっ!!!」
  クリーンヒットしたようだ。
  響の身体は見事に空に舞い……
「はやや〜〜〜」
  風に吹かれて畳の外へとはみ出した。

「響君、あぶないっ!」
  間一髪の所でひなたが響の襟を掴む。
  が、
「……えっ?」
  ひなたも足を滑らした。

「ひなたさん、危ないっ!」
  一緒に落ちて行くひなたの腕を掴む美加香も、
  つるりん☆
  滑った。

「みっきゃぁあああああ!!!!」
  空中をあがく美加香の腕が結城の襟を掴んだ。
「あぁ……なんかこんな予感がしたんだよなぁあああああああ!!!!!」
  三人分の体重を支えきれるはずもなく、結城も一緒に飛んでいった。

  教訓:畳の上では靴下は滑りやすい。

「やっぱり楓のお茶は世界一だな」
「……英志さん(ぽっ)」
「はっはっは」
  弟子達が見事に転げ落ちた後も、二人はかわらず平和にお茶を飲んでいた。



「ふぅ……そうよね。これは悪い夢。そうよっ!  道路には悪い夢があふれてるんだわっ
!  今日は道路悪夢デーなのよっ!!」
  言動はかなり怪しくなっているが瑞穂は辛うじてこちらの世界に踏みとどまっていた。
  瑞穂は常識人として、向こう側に行くわけにはいかないのだ。
「せっかく夜空が綺麗なんだしね。さっ、空を見よっ!」
  瑞穂はいきおいよく空の方へ顔を向けた。
「……あぅあぅあぅあぅ」
  今日は空と大地のダブルで悪夢だった。


  星が輝く空の中に浮かび上がる影。
  空を優雅に舞う男、瑞穂の悪夢の二つ目はジンだった。
「おーれはーなーみーだをながさないーーダダッダー♪」
  ご機嫌な様子でグレートマジン○ーのテーマを歌っている。
  肩に装着したスピーカーは近所迷惑なくらいな音量でジンの歌声を流している。
「くぅ〜〜ブースターの調子、絶好調っすよ。柳川さんっ!」
  ジンはインカムに向かって柳川に連絡している。
  ブースターの調子を見ているうちにここまで来てしまったようだ。
「もー、熱血度数が上がりすぎて上がりすぎて、目からビーム出そうっす!!!  オーー
プティックブラスト!!!」
  びーーーー!!!!
  ジンの両目からビームが出た。
  見た目だけなら冷凍○ームでも可だ。

『あー、そうか……』
  しかしインカムの向こう側から聞こえてくる柳川の声は歯切れが悪かった。
「???  どうしたんです、柳川さん?」
  ジンは不思議そうに聞いた。
『…………』
  しかし返ってくるのは沈黙だけだった。

「ちょっとちょっと、どうしたんですかっ!」
  ジンは熱血度数が上がりきっているので大声で問い直す。
『……すまん、ジン!  実は……燃料がほとんど入ってないんだ、そのブースター!!』
「はぃぃいいいいいいいい!!!!!???」
  やっと返ってきた答えにジン、絶叫。

『うぅ……実は貴之がどうしても欲しがっていた花嫁衣装を買ってやるために部費をつい
……』
  インカムを通して柳川の悲痛な声が聞こえてくる。
「って、あんたわぁあああああああ!!!  部費をそんな事に使うなぁああああ!!!」
  ジンは命がかかっているので必死な声で返答した。
「くぅ、早く降りないとっ!!  で、後どれくらい飛べるんですっ!?」
  急いで降下しながらジンは柳川に問い掛けると、

『三秒だな、二、一、切れた』
「まてやぁああああああああああああああ!!!!!!」
  ジン、魂の絶叫。
『ジン、幸運を☆』
  無責任な言葉を残して柳川は通信を切った。

「うっわぁあああ、落ちてるぞ俺、このままでは海の藻くずだな俺」
  意外と冷静な口調でジンは時世の句を残そうとした。
「ふっ……ただ、心残りはPET(以下削除)をクリアーしてないこと……って、そんな
心残りはいやだぁあああ!!!」
  いろんな意味で後世に残る句を残してしまったようだ。


「ジィィィンン!!!  今いくぞぉおおおおおお!!!」
  その時、天の助けともいえる声がジンのセンサーに引っかかった。
「おお!?  救援か!?」
  ジンは声のしたほうを必死で探す。
  道路なのに土煙を上げて爆走する姿が目に入る。
「ふははははははは!!  秋山登、ここに参上!!!」
  天の助けというか、地獄の使者というか……。

「手前かぁああ!  ああ、後の苦労より今助かるほうが先決だ! ぜひ助けてくれっ!」
  苦悩の色をにじませながらもジンは秋山に向かって叫んだ。
「おお!  ジンに頼られてる!?  くぅ、これは後が楽しみだぁああああ!!!」
  秋山の歓喜の声が聞こえてくると、ジンの脳裏には「後悔」の二文字がくっきりと点灯
した。

「むっ!?  しかし、距離が遠すぎて救助できん……」
  秋山は止まった勢いでアスファルトにめり込みながら考え込んでいた。
「……ここはアレしかないな!!」
  結論が出たようだ。

「今こそ見せよう!  秋山流忍術奥義っ!」
  誰も聞いてないのに秋山は大声で叫びながら身体をひねり、
「人間手裏剣っ!!!!」
  自分で自分の肉体を回転させながら思いっきり放り投げた。
  ニュートンも真っ青だ。

「今行くぞぉおおおおお!!!  ジィィィィィン!!!!!」
  身体を回転させながらジンに迫る秋山が叫んだ。
  しかし顔だけは何故か回転していないところは謎だ。
「……なんかいっそこのまま落ちてくれ俺って感じだな……」
  ジンは絶望の呟きを漏らしていた。
「このまま二人はふぉーりんらぁああああぶ!!!」
  秋山は恍惚の叫びを上げていた。

「あああ!  やっぱり来るなぁああああ!!!」
  ジンはここに来て助けを拒否したが、もちろん秋山は止まらなかった。
  接近まで後、3秒、2秒、1秒、0秒、−1秒、−2秒、−3秒……
「「あれ?」」
  ……どうやらすれ違ってしまったようだ。

「くっ、すれ違ったか……ならば方向転換を……転換を…………しまったぁあああ!!! 
 この術は方向転換できないんだったぁあああ!!!」
  秋山は今思い出した術の欠点に思わず絶叫した。
「お前なー……」
  ただいま落下中なジンも呆れながら空高く回転する秋山を眺めていた。
「俺は帰ってくるぞぉぉぉお!!  あい・しゃる・りたーんだぁああああ!!!」
  きらりーん☆
  そして秋山は星になった。

「って、やべえ!  俺、まだ落ちてる最中だよ、おい!!  誰かぁあああ!!!!」
  ジンは再び救援を求め始めた。



「うぅぅぅ……しくしくしく……神様、わたしが何か悪い事をしましたか? なんで信さ
んとのロマンチックな夜がこんなのなんですかっ!?  教えてプリーズ!」
  瑞穂は泣きながら天に祈った。
  彼女は助ける気はないようだ。
「やはりロマネコンティはうまいな……」
  岩下はワインを片手にシックに決めていた。
「信さんもなんか壊れてるぅぅ」
  瑞穂は顔を左右に振りながらこの世の不条理を呪った。

「ふっ、瑞穂君。綺麗な海を眺めようじゃないか。どうだい、瑞穂君も一杯」
  岩下が妖しい目つきで瑞穂にワイングラスを差し出す。
「そ、そうですよね、海があるじゃないですかっ!?  昔の人も言ってましたしね!  空
と大地が駄目なら海へ行け、って!」
  ……民名書房だろーか?
  それはそれとして、ワインは断りながらも瑞穂は海を眺めた。
「…………神様なんて嫌いぃぃぃいいいいいいい!!!!」
  三度目の悪夢。
  今日はフィーバーだった。



  月明かりを受けて、波の間に輝く光が幻想的な雰囲気を作り出している。
  そしてその美しい波間を切り裂き、ホバークラフトのように進んでいる影が合った。
「速いねすごいね星が綺麗だね月も綺麗だね何で電柱が飛んでるとかは聞かないけど風が
気持ちいーね電芹」
「ふふふ、たけるさんと波間のクルージング……くすくす」
  たけると電芹だった。
  腰掛けた電柱は海を滑るように進んでいる。
「ねーねー電芹このまま何処までもいけそうだね」
  無邪気な笑顔を浮かべながら空を眺めてたけるが言った。
「たけるさんと波間の逃避行……ふふふ」
  電芹は邪悪な笑顔を浮かべながら呟いている。

「あれ?」
  そんなたけるの目に一つの影が目に入る。
「誰か助けてぷりーずへるぷみーーーー!!!!」
  いまだ落下中のジンだった。

「電芹電芹ジンさんが落下してるよこっちに向かってきてるよコロニー落しだよ核の冬が
訪れるよ地球のピンチだよ助けてガソダムやっぱり全機投入だよ!!!」
  たけるは混乱しながら電芹の後頭部にチョップしながら言った。
「あぅあぅあぅ……はっ!?  ジンさんがこっちに向かってきている……」
  チョップをもろに受けながらも電芹の中で決議が下されようとしていた。

  1、ジンさんがこっちに向かって来ている。
  2、ジンさんがたけるさんをさらいに来ている。
  3、わたしのたけるさんの愛の逃避行を邪魔しようとしている。
  4、わたしとたけるさんはラブラブ。
  5、ジンさんはお邪魔虫。
  6、人間手裏剣となって大気圏を突破中の秋山より入電「電芹!  今こそプログラムド
ライブだっ!!!」

「そう、そうなんですねっ!  ジンさん!  貴方は私とたけるさんの『あれ?  電芹、私
達の娘は何処?』『いやですたけるさん、昨日お腹空いたからって食べたじゃないですか
』『あ、そうだったね。じゃあ今度また攫ってこようか?』『もうたけるさんの食いしん
坊☆』てな感じの鬼子母神系な暖かい家庭を築く邪魔しようとしてるんですねっ!?」
「築かないって、おい」
  たけるの突っ込みも今の電芹の耳には届かない。

  ぴきーん!
  決議完了、覚悟も完了。
「……任務了解っ!」
  電芹の目が怪しく輝き、すっくとその場に立ちあがった。
「大丈夫ですっ!  たけるさんは私が守りますっ!  そう、愛の家庭を作る為っ!」
「まて、おい」
  気力満タンで握りこぶしを空に向かって振り上げる電芹とジト目で突っ込むたける。
「おお、ちょうどいいところに!  頼む助けてくれぇええええ!!!」
  ジンはやっと二人の姿を確認したらしく、両手をばたつかせて救援を求めている。

  もちろん二人には聞こえてなかった。
「電芹不思議エネルギー充填!!!  はぁぁぁぁぁ…………」
  電芹はたけるの突っ込みは無視して両手を胸の真ん中に近づけて気合を入れ始めた。
  両の手の平の間にエネルギーの奔流が溢れ出した。
「たけるさんとラブラブたけるさんはかわいいたけるさんを食べる……ぽっ」
  呪文というか妄想を唱える電芹。
「食べるって何ぃ!?」
  その呪文を聞いてしまい、がびーんとなるたける。

「行きますっ!  ヘルっ!  DTL!  ヘブンっ!」
  電芹の拳に堪ったエネルギーがうなりを上げてジンの元へと飛んでいった。
「助けてって何故に攻撃ぃいいいいいい!?」
  突然の攻撃はもちろんジンに直撃した
「うぎゃぁあああああああああ……あ?」
  ぽむっ☆
  ジンは電柱になった。
「なんでだぁああああああああ!?」
  絶叫を上げる電柱ジンは自由落下していき、
  ばしゃーーーーん!!!!
  海へと消えていった。
「まてやぁごべばごぶぶぶぶ!!!」
  ちなみに、「へるDTLへぶん」は、
  ヘル…地獄へジンさんはごー、
  D…電芹と、
  T…たけるは、
  L…ラブラブで、
  ヘブン…天国へごー、の略らしい。

「電誅完りょ」
  しゃきーん。
  ポーズをつけてたけるの方へ振り替える電芹。
「うで、すぅ……」
  だったが、その声は徐々に小さくなっていた。
「電芹?」
  目の前にはにこにこしながらたけるが微笑んでいた。
  とても純粋な笑顔だった。
「は、はぃぃいいいいいい!」
  が、今の電芹には地獄への特急便に見えた。

「今のはずかしい名前の技……いつも使ってるの?」
  にこにこしながらたけるが聞く。
「い、いえ!  自分は始めて使ったでありますっ!」
  何故か軍隊風に答える電芹。
「そ、でもね?」
  たけるはそこで言葉を区切って背中に手を突っ込んでごそごそし始めた。
「は、なんでありましょうか!?」
  電芹は直立不動のまま答える。
「おしおきね☆」
  たけるはにこやかな笑顔を絶やさずに言った。

「……は?」
  電芹はやや脅えた声で聞き直す。
「お・し・お・き☆」
  たけるは背中から手を出しながら今日最高の笑顔を見せた。
「は……あのたけるさん?」
  電芹は脅えながらも微笑みを浮かべた。
  ただしその笑顔はひきつり、額からはだらだらと冷や汗が流れていたが。
「なあに?」
  たけるはにっこりとしたままだ。
「そ、その両手に持ってるものはなんですか?」
  電芹はたけるがさっき背中から出した両手を見ながら言う。
  柄の方にくぎ抜きがついた大きなかなづちと五寸釘だった。
『たけるっ!  秋山内閣総理大臣、承認だっ!』
  その時、たけるの耳に秋山の声がなぜか届く。
  現在秋山は月軌道に乗って、持ち帰る手段は皆無となっていた。
  自力で戻ってくるだろうが。

「たたたたけるさん、落ち着いて落ち着いてお仕置きはいやです戦争は悲しいです!」
  まずは電芹が落ち着いたほうがよさそうだった。
「だーめ☆」
  しかしたけるはにこにことしながらかなづちと五寸釘を振り上げ、
「いくよー……かなづちへるっ!」
  すこーん!
  勢いよく振り下ろされたかなづちが五寸釘をめりこませた。
「はぅぅぅうううううう!!!!」
  電芹、絶叫。
「そしてーーーかなづちへぶんっ!」
  掛け声と一緒にくぎ抜き部分で五寸釘を抜き去る。
「うにゃぁあああああああああ!!!!」
  電芹は絶叫をあげながらその場にうずくまった。
「胸にぽっかり穴が、穴がぁああああ!!!」
  だくだくと涙を流しながら穴の空いた胸を押さえる電芹。
  光にはならなかったが、その代わりにものすごく痛いようだ。
「反省するまでそのままね☆」
  たけるはにっこりと微笑んで言う。
  天使のような悪魔の微笑みだった。
「さ、このまま家にれっつごー」
  たけるは電柱を操って家に方へ向ける。
「うぅ、愛の障害ですねっ!  わたし、負けませんっ!」
  電芹は遠くの星に誓っていた。



「し、信さん……」
  すがるような思いで瑞穂が声をかけた。
  さすがに瑞穂の正気も限界のようだ。
「大丈夫、瑞穂……」
  岩下はそっと瑞穂の肩に手を置いた。
「あ……信さん」
  ぽっ、と頬を赤らめる瑞穂は『やっとラブラブな雰囲気に!?』などと思っていた。
  次の瞬間、岩下は上着を突然はだけた。
  上着の下は素肌だった。
「しししし信さんっ!?  ま、まだ早いですぅうううう!!!」
  瑞穂は真っ赤になって両手をぱたぱたさせる。
  しかし次の言葉は予想もしていない言葉だった。
「さあ、君に世界の果てを見せてあげよう!!」

「……はい?」
  瑞穂はすでにどこか間違った世界にいることを自覚した。
「さあ、FENNKE君!  オープンだっ!」
  岩下は窓ガラスを数回叩いて叫ぶ。
「おぅ!!!」
  がしゃん。
  車はオープンカーになった。

「とぅっ!」
  次の瞬間、岩下はボンネットに逆立ちし、一回転して座り込んだ。
  大股開きで。
「ふははははっ!  さあ、世界の果てへれっつごーだ!」
  岩下は風を全身で浴びながら叫んだ。
「信さんが壊れたぁあああああああああ!!!!!」
  瑞穂は今日ついてきた事を人生でトップ3に入るくらい後悔していた。

「うらぁああああ!!!  ぶっちぎりだぜぇえええええええ!!!」
  速度を上げ続けるFENNEK。
「ふははははははははははは!!!!」
  高笑いをあげる岩下。
「なんで私ってこうなのぉおおおおおおおお!?」
  涙を流しつづける瑞穂。

  辺りの風景が光と解け始めた頃……カーブが近づいてきた。
「なにぃいいいいいいいい!!!!!」
「ふははははははははぁああああ!!!!」
「いっやぁあああああああああああ」
  三人は三者三様の声を上げたその直後、
  轟音が辺りに響き渡った。

  やはり曲がれなかったらしい。
「俺は……スピードの壁を……超え、た」
  FENNEKは満足そうな顔で倒れた。
「ふは、は、は、は……は」
  岩下は最後の笑い声と共にアスファルトの上にうつ伏せになった。

「うぅ……私って……不幸……るーるーるー」
  冷たいアスファルトの上に寝転び、割れた眼鏡を直しながら瑞穂は哀を唄った。
  妙にむなしい響きだけが辺りに木霊し続けた。




                 <END>

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  あぅあぅあぅあぅあぅ……(汗)
  今回出演した方全員すみませんんんんんんんん(滝汗)
  ……見直してみると全員壊れてるし……あぅ(汗)

  確か最初は岩下さんと瑞穂の小さな恋のメロディーLになる予定だったのにどこで間違ったのか(笑)
  あと今回パロディーの山ですので、ネタ分からないとおもしろくないかも(汗)
  最後に、登場された方々本当にすみませんでした(ぺこ)