まほうのちから〜火使い〜 投稿者:ひめろく

『火使い』

 満開の桜並木の下を、一組のカップルが歩いている。
 おそろいのブレザーに、これまた同種の眼鏡。
 薄桃色の花びらが、ふたりの上にも、赤レンガの歩道の上にも、等しくふり
そそぐ。
 桜吹雪の間に間に、遠目にもそれと分かるほど、仲睦まじく。
 ふたりのうち、男の方が何かを言い、少女がやさしく微笑む。
 桜が、ただ桜だけが、彼らを包み込んでいる。
 ふいに、風が吹いて、男が歩みをとめる。
 不思議そうに、彼の顔を覗き込む少女。
 男はそんな彼女に微笑を向け、二言三言言葉をかわす。
 やがて、納得したかのように頷き、ひとり去っていく少女の姿を見送りなが
ら。
 桜吹雪の向こう側へと消えていく彼女の姿を見守りながら。
 男――岩下信は心の中で謝る。
 いつも心配をかけているとは思う。
 本当は人一倍優しくて、涙もろい彼女のこと。きっと、心中穏やかでないだ
ろうに。それでも、こんな事があるたびに、何も言わずに微笑んでくれる…。
 本当にいつも心配をかけていると、そう、思う。
(…だか、しかし…)
 風が吹く。花片が舞う。その甘い香に幽かに混じる異臭。
(それが…)
「大気に宿りし精霊達よ…」
 ざわめく。花吹雪の簾が。今度は風もないのに。
(岩下の家に生まれてきた者の運命(さだめ)っ…!!)
 彼の体が一瞬、青白い焔に包まれ、肩に触れた花びらが燃え上がる。
「……!」
 指先から、蒼い龍がほとばしり、そして…


             『彼が炎は魔を浄す』

            『彼が炎は魔を撃ち滅ぼす』


 風が吹く。
 桜吹雪が『それ』を覆い隠す。
 すべてが終わって、信は「ふぅ」と肩の力を抜いた。
「…さて。芹香さん、何か用事があるんじゃないんですか?」
 振り向いた先に、ぽつんとたたずむ少女の姿があった。
 白い花びらに映える艶やかな黒髪を腰まで伸ばした、ちょっとぼーっとした
感じの美人である。
「一体いつからそこにいたんですか?」
「……」
 少女の唇が微かに震える。やっと聞こえるか聞こえないか程度の小さな声。
「……そうですか。…え? 『あいかわらず、見事な腕前ですね』ですか?」
 聞き返しながら話すため、傍目に一人相撲のようである。
「いえ、それほどでも…。……え? 『折り入って頼みたいこと』…ですか?」
 こくんと頷く。
「……」
「……そうですか。わかりました。今夜、校庭で、ですね?」
 ふたたび、こくん。
「それでは、準備もありますので、私はこれで失礼させてもらいますよ」
 くるりと振り向いて去りかけ、
「芹香さん、ひとつだけいいですか?」
 『何ですか?』という風に、芹香はちょっとだけ首を傾げる。
 頭につもった花びらがひらりと舞い落ちる。
「あまり、無理はしないで下さいよ」
 言われて芹香は、ありがとうございますと、ぺこんと頭を下げ、私もひと
つだけいいですか? と呟くいた。
「何です? 芹香さん」
 芹香は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ考えるようにして、そして言
った。
「……(制服が、焦げてます)」
「……あっちっち!」