Lメモ私的外伝12「STARTING」前編 投稿者:ハイドラント
 魔法陣が昏い輝きを放つ。
「我は汝に肉を与えよう」
 呪の言葉と共に、妖術師はひとかたまりの獣肉を陣の中央に放った。
 ……ぞぶり。
 輝きの中に落ちた肉塊が、異音と共に膨張する。
「我は汝に血を与えよう」
 続けて妖術師は、大皿に満たされた黒い血を陣の中に撒き散らす。
 ……じゃっ。
 血は、床に落ちることなく、肉塊の中に吸い込まれた。
「我は汝に命を与えよう」
 妖術師が小さな水晶を放ると、それは忽ち肉塊に呑み込まれた。
 ……ずずっ。
 蠢いていた肉塊が、ある形へと変貌していく。
 棒状に突き出した部分が四ヶ所。
 球形に膨れ上がった部分が一つ。
 肉塊は、最初は不格好な人形となり……そして遂には全き人の姿になった。
 年の頃十六、七くらいの、少年の姿に。
「それ」はぼんやりとした眼差しで、妖術師を捉える。
「我は汝に名を与えよう」
 高度な術を完成させた喜びに口元を歪めつつ、妖術師は仕上げの呪句を口に
した。
 妖術師の目が、少年の虚ろな目と正面から見詰め合う。
 目を通して己が力を少年の中に叩き込まんとするかのように――妖術師は少
年の瞳を見据えたまま、最後の言葉を叫んだ。
「汝の名は……長瀬祐介!!」




             Lメモ私的外伝12




 綾芽ストーリー、一応の完結編。
 と言っても、登場編たる私的外伝9から時間が経ち過ぎているので、殆どの
人は「綾芽? 誰?」てなもんでしょう(笑)。
 てな訳で、前回のあらすじ。

あらすじ(Lメモ私的外伝9)
 学園に突如現れた巫女姿の少女。
 彼女の名は悠綾芽。未来からやって来た、悠朔と綾香の娘だという。
 浮かれ騒ぐ悠朔。錯乱する綾香。暴走するハイドラント。
 そしてその陰では、一つの策謀が動き出していた……

 とゆー訳でした。
 いったい何考えてこんなキャラ出したんでしょーねー。実はその目的、出し
た本人すら忘れました(笑)。
 それでもちゃんと決着はつけねばってことで、完結編です。どーぞ。




             「STARTING」




「はい、パパ。あーん♪」
「あーん♪」
 昼休みの中庭。
 この時間恒例の騒ぎ――パンを買おうとするマルチのためにセリスと天神昂
希が邪魔な生徒達を蹴散らしていたり、風見ひなたが鬼畜ストライクで応戦し
たり、流れ弾が楓をかすめたのを見て西山が暴走したり、ふと気がつけば暗躍
生徒会がパンを持ち逃げしていたり、その取り分を巡ってRuneとメタオ達
が乱闘したりといった、どうと言う事もないいつものことだ――から、この場
所はまるで別世界のように隔絶されていた。
 何故なら。
「うん……うまい。
 綾芽は料理が上手だな〜」
「ほんと? ありがとう、パパ!」
「どーでもいいけどあんた達、客観的に見て今の光景は恥ずかしいわよ……」
「綾芽。ほったらかしにされたママが寂しがってるぞ」
「何故そうなるのっ!?」
「ママも、あーん♪」
「あのね…」
「あーん♪」
「だから…」
「あーん♪」
「……あーん」
(入り込めない……この空間には入り込めないっ!)
 物陰で涙をだくだく流しながら、三人――悠朔、悠綾芽、来栖川綾香――の
様子を見詰めているのは、ガンマルである。
 その手には、「綾香さんへ」と書かれたカードが添えられた手作り弁当があ
ったりする。
(ううっ……彼女にこれを渡したい……しかし、ああまで完璧に「家族団欒の
ひととき」をやられては、入り込む隙がないっ!)
 実際には三人の間にはビミョーにズレがあったが、ガンマルの目には映って
いないらしかった。
「おいしい?」
「ま、まあ……」
「……おいしくないの?(じわっ)」
「お、おいしいわよ。うん、とっても」
「わーい!」
「良かったな、綾芽」
「うむ。私の好みから言えば、もう少し薄味だと良いのだがな」
(ああっ、三人とも、あんなに幸せそうに……)
「あ、飲み物も用意してきたんだよ。
 紅茶とコーヒー、どっちにする?」
「俺は紅茶がいいな」
「私はコーヒーね」
「緑茶はないのか。仕方ない、紅茶で我慢してやろう」
(三人とも……)
「おい待て。そのコロッケは俺の……」
「まあまあ。綾芽のぶんあげるから」
「ふむ、カニクリームコロッケか。いかんな、コロッケの基本はポテトコロッ
ケだぞ」
「あんたね、たかりの分際でいちいち文句言うんじゃないわよ」
(……って、なんであの男はスムーズに入り込んでるんだよぉぉぉぉ!?)
 何時の間にか三人の間に割り込み、弁当に手を出しているハイドラントを見
て、ガンマルは胸中で絶叫した。
 呆れ返った図々しさである。
 が、綾香も悠も慣れたもので、もはや突っ込みも入れない。
(くっ……あの厚かましさが俺には必要なのかっ!)
 いや、多分違う。
(このままでは俺はただの背景……そう、劇に例えれば「木」の役だ。
 勇気を出すんだ……一歩を踏み出すんだっ!)
 遂に意を決し、立ち上がろうとしたガンマルは――
「綾香っ!」
 頭を思いっくそ踏みつけられ、そのまま意識を失った。


「……あれ? いま何か踏んづけたかな?」
「そんなことより、どーしたのよ、梓。
 いきなり飛び込んで来たりして……」
 唐突に走り込んで来たと思ったら、辺りをきょろきょろ見回し始めた柏木梓
に、綾香は呆れ気味の声をかけた。
 梓は綾香より一学年上であるが、二人は『塔』の同じ教室で学んだ仲である
ため、綾香は梓と話す時に「先輩」と呼んだり敬語を使ったりはしない。
 ハイドラントもそうだ。
「例によって、秋山登か日吉かおりにでも追われているのか?」
「ああ、それはさっきまとめてセメント漬けにして川に捨てて来た。
 そーじゃなくて、長瀬祐介を捜してるんだよ。二年の」
「長瀬を? なんでまた?」
 ハイドラントの問いに、梓は憤懣やるかたないといった口調で答えた。
「覗きだよ!」
「覗き?」
「そう。さっきの四時限め、うちのクラスは体育でね。更衣室で着替えてたん
だけど。
 ふと窓を見たら、長瀬がいたんだよ。やらしー笑い浮かべて……。
 ああ、思い出しただけでも腹が立つ!」
「長瀬君が……?」
「で、見なかった?」
「見てないけど……」
「そっか。こっちに逃げたのを見たって人がいたんだけど……校舎の中かな?
 それじゃねっ!」
「あ……」
 止める間もなく、怒涛の勢いで走り去っていく梓の後ろ姿を眺めつつ、悠が
訝しげに呟いた。
「長瀬祐介が、覗き?」
「長瀬さんて、そーいう人なの?」
「いや。少なくとも、俺の記憶では違う筈だが……」
「私もそう思うわ。そんなに親しい訳じゃないけど……」
「これは、あれだな」
 紅茶を啜りつつ、ハイドラントが訳知り顔に言う。
「普段そうとは見えない奴が、実は……ってやつ」
「隠された本性ってわけ?」
「そーかもな。あいつも、『雫』ではやることやってるんだし」
「やること、って何? パパ」
「綾芽はまだ知らなくていい」
「む〜」
「でなきゃ、あれか。とうとう狂気の扉を開いてしまったか……」
「黄色い救急車を呼んだ方がいいかしら?」
「勝手な事ばかり言うなっ!」
 と――
 唐突に響いた叫び声に、綾香はゆっくりと背後を振り向いた。
 そこには。
「……何やってるの? 長瀬君……」
「見て分からないかい?」
「……まあ、コアラのコスプレをして木にしがみついている姿を見れば、意図
する所は分からないでもないけど……」
「って言うか、なんで今まで気が付かなかったんだ俺たち」
 悠の声に、祐介は着ぐるみを脱ぎつつあっはっはと笑って言う。
「電波を使って電磁迷彩をしていたからね」
「……いいのか、それで」
「妄想に制限は無いからして、電波の力は万能なんだよ」
 筋が通っているような通っていないような事を言う祐介に、ハイドラントが
冷めた声で尋ねた。
「で、何か用か? のぞキング二号」
「勝手に仇名を付けるなっ!
 大体、僕は覗きなんかしていないっ!」
「やった奴は皆そう言うんだ」
「無実の人間だってそう言うだろっ!」
「まあまあ」
 綾香が二人の間に割って入る。
「私も変だとは思ってたのよ。長瀬君が覗き、ってのは。
 でも、それなら何でこんなことになった訳?」
「それは僕が知りたいよ」
 その場に座り込みつつ、酷く疲れた声で言う祐介。
「覗きだけじゃないんだ。購買部のbeaker君は、僕を万引き呼ばわりし
て銃を乱射してくるし、料理研の人達は、食べた物返せとか言いながら天翔熊
閃やら闇黒天鳳拳やら飛ばしてくるし……」
「EDGE師匠まで敵に回したのか……根性あるな貴様」
「だからやってないんだっ!
 ……とまあ、そんな訳で、身に覚えのない事で追われてるんだよ」
「ふーん」
 悠は立ち上がった。
「なるほどな、そういうことか」
 ハイドラントも立ち上がる。
「そうなんだよ……って、なんで僕はいきなり縛られているんですか?」
「気にするな。
 悠、お前は梓を呼んで来い。私は師匠を呼んでくる」
「おう」
「頼むから話を聞いてくれっ!!」
 泣き叫ぶ祐介に、悠はふっ、とあさっての方を向いて肩をすくめた。
「聞いてはいたがな、厄介事は御免だ。
 それに、お前を助けてやる義理なんかないし」
「義理はなくても人情とかないのかっ!?」
「あのな」
 ハイドラントが冷たい口調で言う。
「十三歳くらいのかーいー女の子ならともかく、貴様のよーな見るからに根暗
陰険オタク野郎って感じの奴が困っているのを見て」
「……かわいそう」
「なんて言う奴がいるわけ……?」
 自分の台詞に割り込んできた声に、ハイドラントはそちらを見た。
「無実の罪で苛められてるなんて……かわいそうですっ!」
 綾芽だった。
 両手を胸元で組んで瞳を潤ませていたりする。
 綾芽はわしっ! と祐介の両手を掴むと、彼に顔をくっつけんばかりに迫っ
て言った。
「分かりました、わたしがあなたの無実を晴らすお手伝いをします!
 頑張りましょうね、のぞキング二号さん!」
「壊したろかこのガキと思いつつも取り敢えずありがとう、綾芽ちゃん!」
 その様子を横目で見て、悠は仕方無さそうに溜め息をつく。
「やれやれ……ま、綾芽がそう言うんなら。手伝うとしよう。
 綾香は?」
「いいわよ。ヒマだしね」
「パパ、ママ、ありがとう!
 じゃあ早速、しゅっぱーつ!!」


「と、ゆー訳で、遂に見つけましたよ、長瀬さん(偽)!!」
「随分と急展開だな、おい!」
 グラウンドの一角。
 びしっ! と指を突きつけて言い放つ綾芽に、祐介(偽)はうろたえた声を
上げた。
「ここに至るまでの途中経過はどーなった?」
「あ、それを忘れてましたね。では……」


(中略)


「……と言う訳で、あなたが犯人ですねっ!」
「待て」
「いいんですよ、この方が書く方も読む方も楽だし」
「楽かもしれんが、訳が分からんだろっ!」
「仕方ないですね。じゃあ……」


 一年校舎「リネット」。
「長瀬祐介! マルチの髪を青く染めて『松原葵』と名札を貼ったのはお前か
ぁぁぁぁぁ!!!」

 二年校舎「エディフェル」。
「てめえだな!? 冷え性の楓ちゃんの座布団にアイスノンなんか仕込みやがっ
たのはっ! 食らえ、ビーストキャノォォォォォン!!!」

 三年校舎「アズエル」。
「長瀬っ! 俺のジンの整備用油を塩水とすり替えたりなんかしやがって!
あまつさえ俺のジンの鼻下にサリーちゃんのパパみたいなヒゲをくっつっけて
『∀ジン』に改造しようとしやがるとはっ! 俺のジンに代わって成敗しちゃ
るっ!!!」
「誰がお前のだっ!? てめーらまとめて死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 教職員棟「リズエル」。
「長瀬くぅぅぅん!? 君がプレゼントしてくれた私のフィギュア、胸をやけ
におっきく作ってあるのは、どういう意味なのかしらぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


「……と言う訳で、情報収集の結果、真犯人は『ダーク長瀬』であることを突
き止めたわたしたちは、遂に校庭の隅に犯人を追い詰めたのでした!」
「今の説明でどーしてそーいう訳になるのか、百字以内で説明して欲しいぞ」
 指を立てつつあさっての方を向いて説明する綾芽に、半眼で呟く祐介(偽)。
「大体、僕はそんな事はしていない!
 そっちの奴が偽者だっ!」
「何だとっ!?」
 祐介(偽)にそう言い放たれ、目を剥く祐介(真)。
「ふざけるな! お前のせいで僕は、殴られるわ蹴られるわ撃たれるわ焼かれ
るわ切り刻まれるわ、散々な目にあったんだぞっ!」
「てゆーか、よく生きてるよなお前」
「巻き込まれた私たちもね」
 ぼろぼろの姿で食って掛かる祐介(真)に、やはりぼろ姿でぼやく悠と綾香。
 祐介(偽)は、祐介(真)の剣幕にも怯むことなく、怒鳴り返してきた。
「罪を犯した者が罰を受けるのは当然だっ!
 お前にひきかえ、僕は何もしてないのに攻撃されたんだぞっ!?」
「罪を犯したのはお前だろーがっ!
 いい加減正体を現せ、パチモン野郎!」
「正体を見せるのはお前だ、この海賊版が!」
「黙れ焼き増し男!」
「CD−Rは反則だっ!」
「違法コピーは止めましょう!」
「ソフトはお金を払って買うよーに!」
 なんだかんだ。
 あーだこーだ。
「……しかしあの偽者、本物と見分けがつかないな」
「(偽)って印が無かったら、わたしたちも区別が出来ないね」
 言い合う二人を眺めつつ呟く悠に、綾芽が頷いた。
 綾香が思わず額を押さえる。
「あのね綾芽、そーいう事は言っちゃ……」
 ぽんぽん。
「はい?」
 と、唐突に後ろから肩を叩かれ、綾香は振り向いた。
「あ、姉さん」
「………」
 そこには、いつからいたものか、来栖川芹香がぼーっと立っていた。
「どうしたの? 姉さん」
「………」
「え? ……そんなこと出来るの?」
「……(こくこく)」
「さすが、姉さん!」
「………」
 照れたように芹香が俯く。
 綾香は、未だ言い合いを続けている祐介たちの方に向き直った。
「そこの二人、ストップ!
 姉さんが、魔法で偽者の正体を暴いてくれるって!」
「なにっ!?」
「本当っ!?」
 驚きの声を上げる祐介(真)と祐介(偽)。
 芹香はこくりと頷いた。
 そして、懐から怪しげな本を取り出すと、謎の呪文の詠唱を始める。
「……de……sis……latel……do……gilkel……」
 奇怪な韻律を伴い、静かに響く芹香の声。
(ゆーさく?)
(ああ。分かってる)
 綾香と悠は、ゆっくりと、その場から動いた。
 祐介(偽)が何か動きを見せたら、すぐに取り押さえられる位置に。
 ――祐介(偽)は、息を呑んで、芹香を見詰めている。
「……lai……verd……deros……fargo……」
 呪文の声が、次第に高くなっていく。
 ――祐介(偽)は、まだ動きを見せない。
 その時。
「あっ……」
 綾芽が小さく声を上げた。
 祐介(偽)が、はっとそちらを向く。
 綾香と悠がびくりと動く。
 そして。
「壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 祐介(真)の放った電波が、綾香たちを襲った。
「きゃああああああああああああああ!!??」
「ぐぁああああああああああああああ!!??」
「…………!!!!」
「たっ……タケミナカタぁっ!!!」
 辛うじて魔術の構成を編み上げた綾芽が、熱衝撃波を祐介(真?)に向かっ
て放つ。
「ちっ!」
 それは僅かに狙いを外し、祐介(真?)の足元を砕いたが、電波の放出を妨
げる事は出来た。
「どっ……どういう事だ!」
 電波の衝撃の余韻に顔を引き歪めつつ、悠が叫ぶ。
「偽者はあんただったって事!?」
 朦朧とする意識を必死に繋ぎ止め、問う綾香。
 祐介(真?)が、ふっ、と笑い――
「そういう事ですよ」
 綾香の問いに答えたのは、別の声だった。




                          <中編に続く>