Lメモテニス大会修行編「サインはY」  投稿者:ハイドラント
 努力という言葉は嫌いではなかった。
 勝利――人生の目的を一言で象徴するようなそれを手にする為に必要不可欠
なものと知るならば、努力することを厭う理由などはない。
 それでも厭うのならば、それは怠惰か、敗北主義だ。
 自分はそのどちらとも無縁でありたい。
 十数年の生のうちで、自分は無数の努力と、ほぼ等しい数の勝利を経験して
きた。
 実績があるのだ。努力をし、その上に勝利を重ねてきたという。
 だから、努力することの意味を疑う理由は、自分には全くない筈だった。
 だが。
 数日後に控えた勝負に向けて、自分は努力をしていなかった。
 何故?
 努力する理由がないのだろうか。
 ――今回の勝負には、代償を払ってまで勝たねばならぬ理由はない?
 そんなことはない。理由はある。
 自分は負けることが大嫌いなのだ。……これほど切実な理由が他にあろうか。
 ――ならば、努力しなくても勝てるからなのか?
 それも違う。数多くの敵は皆強い。全力を以って戦わねばならない。
 努力しなければならないのだ。自分は。
 なのに、していない。
 無為に時間を過ごしているとは思いたくない――「怠惰」は最も嫌いな言葉
の一つなのだ。が、自分のここ数時間……例えば「手にニスを塗って『手ニス』
ってのはどーです?」とか言ってきたパートナーをドリルパンチで沈めたりし
ていた時間が有為だったとはとても思えず、客観的に判断して今の自分は怠惰
としか思えなかった。
 努力せねばならない。
 なのに、自分は無為に時を過ごしている。
 その理由は――


「テニスの修行って、どーやればいいのか分からないのよね」
 ふぅ、と私は溜め息をついた。
 ここはテニスコート。
 時間は放課後――の、後。大会を間近に控え、放課後のテニスコートは練習
者で埋まっている。存分に練習したいのならば、別の場所を捜すか、さもなく
ば自分達のように時間をずらすしかない。
 今はもう宵の口、さすがにコートから他の人間の姿は消えている。
 いるのは自分と、パートナーだけだ。
「こんな事なら、私達も弥生さん――もといレディー・Yの特訓を受けとけば
良かったですかね? EDGE師匠」
 私の隣でぼやくように言った黒衣の少年がそのパートナー、ハイドくん。
 私が編み出した武術、「神威のSS」を伝授した弟子だが、テニスについて
は全くの無知。
 先刻まで頭蓋骨を粉砕骨折して死んでいたのだが、さすがに慣れているだけ
あって復活は早い。
 悩むように額を指で揉みほぐしながら、続ける。
「ま、いくら彼女でも素人三人を鍛えるのは大変でしょうが」
「ハイドくんも私も、XYーMEN先輩と同じで全く知らないものね。
 ……素直にはるか先生に頼んでみようか? 教えて下さいって」
「まあ、それが一番近道なんでしょうけど……」
 私の言葉に、彼は肩をすくめた。
「順当に行くと、私達の最初の相手がそのはるか先生のペアなんですが」
「……そーだった」
 再び溜め息をつく私。
 私達はシードなので、一回戦はない。二回戦では、来栖川芹香&橋本ペアと
河島はるか&九条和馬ペアの勝った方と戦うことになる。
 おそらく、テニス部顧問のはるか先生のペアが勝つだろう。
「戦う相手に教えを乞うってのはね。はるか先生ならあっさり教えてくれそー
な気もするけど」
「師匠は嫌なんでしょう?」
「うん」
 敵の助力を受けての勝利など、本当の勝利ではない。中途半端な勝利を手に
するくらいなら、潔く敗北した方がましだ。
 となればやはり、自力で何とかするしかない。
 腕を組みながら、ハイドくんが言ってくる。
「SS不敗の連中のように、テニスは格闘技って事にしちゃいますかね?」
「……兄様と同じことするのは、ちょっとねー」
 おそらく兄様は、自分と同じように私達も神威の技をテニスに応用して戦う
と予測しているだろう。出来るなら、まともにテニスで勝負して意表をついて
やりたい。
「……こーなったら」
 私は立ち上がった。
 ハイドくんの顔を見上げながら、拳を握り締める。
「深いことは考えず、とにかくそれらしい修行を片っ端からやってみましょ!
 これ以上、ぼーっと考えていても時間を無駄にするだけよ」
「そうですな。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、とも申しますし」
「そーゆーこと。じゃあ、始めるわよ!」
 


一、鉄下駄。

 重さ10キロの鉄下駄を履いてダッシュ。
「鉄下駄はあらゆる種目の修行の基本よね」
「野球も空手もロボット操縦もこれですな」


二、コンダラ。

 重い〜コンダ〜ラ〜♪
「これは間違いで、『思い込んだら』が正しいのよね」
「しかしこれ、本当は何て名前なんでしょーな?」


三、グランドスラマー養成ギプス。

 今なら便利な高枝切り鋏がおまけについて3800円。
「……届かないね」
「やはり、通販で物を買う時は代金後払いでないと……」


四、転がってくる岩を砕く。

「少しアレンジして、鋼鉄製のラケットで打ち返すというのはどうでしょうか?」
「さすがハイドくん、名案ね! それなら立派にテニスの練習になるわ!」

 ならなかった。


五、滝に打たれる。

 ナイアガラの滝。
「うーん、さすがに世界最大の滝だけあって、なかなかハードねー」
「しかし、打たれているだけというのも芸がないですな」
「そーね。打ち込みでもしてみようか?」
「はっ。では……神威のSS、邪竜鳴動撃!!」
「黒虎咆哮撃!!!」

 景観がちょっと変わった。

「……帰ろうか」
「……そーですな」
「皆様、私の後ろをご覧ください。これが世界最大の滝、ナイアガラでーす!」
「あのー、案内のおねーさん」
「何ですか?」
「どこに滝があるんですか?」
「ですから、後ろに……」
「ただの河しかないですよー」
「……あら?」


六、高所でのランニング。

「ここって高所ですか?」
「分からないけど、要は空気が薄ければ薄いほど効果があるんでしょ?」
「確かに、その意味ではここは最高の環境ですな」
「……ん? あれは何?」
「何でしょう? 光の球のようですが」
「分からないけど、修行の邪魔ね。えーい、闇黒天鳳拳!!!」

「ダリエリ様の呼びかけが発せられた場所はまだか?」
「はっ、あと僅かで到達します」
「急ぐのだ。我らエルクゥの正当なる王、何としてもお救いせねば」
「はっ。……こ、これは!?」
「どうした?」
「きょ、巨大なエネルギー波がこのヨークに!」
「なにっ!?」
「回避……できませんっ!!」

 どーん。

 ……レザムより派遣されたダリエリ救援隊は、地球まであと一歩という所で
土星の輪の上でランニングをしていた二人によって撃墜され、かくてダリエリ
の悲願は潰えたのであった。


・
・
・
・


「……どう、ハイドくん? テニスうまくなった?」
「百歩譲って長い目で見て希望的観測を最大限に含んで申しまして、全然全く
綺麗さっぱり進歩していないのではないかと」
「……私も」
 下手な鉄砲は全弾外れたようだった。
「やっぱり、ちゃんとしたコーチがいないと駄目なのね……」
 私は、深く深く溜め息をつくと、その場に座り込む。
 このままでは試合に勝つどころか、勝負にすらならないだろう。
 そんなのは嫌だ……が、どうすればいいのか分からない。
 そんな私を、ハイドくんは黙って見下ろしていたが、やがて何かを決心した
ように口を開いた。
「かくなる上は師匠、最後の手段です」
「……最後の手段?」
 見上げた私に、彼は頷いて、告げる。
「神の力に頼りましょう」
「……神?」
「はい。古来より、やるだけの事をやってなお足りない時は、神の力を借りる
ものと相場が決まっております。
 人事を尽くして天命を待つ、とも申しましょう」
「人事……尽くしたっけ、私達? なんか無意味な努力はいっぱいしたけど…。
 それに神の力を借りるって、どうやって? 勝てますように、ってお祈りで
もするの?」
「いいええ」
 彼は首をぶんぶんと左右に振った。
「そのよーな、他力本願で効果の期待出来ない手段は、師匠の望む所ではあり
ますまい。
 ……教えを乞うのです。神に」
「は?」
 ぽかんと口を開ける私。
 聞き違いかと思ってハイドくんの顔をまじまじと見直すが、彼は迷いの欠片
もない表情と声で続けた。
「武道の世界には『神伝の技』というものが多くありましょう。神から授けら
れた奥義、と伝えられるものが。
 つまり、それです。我々はテニスの神の下で修行し、奥義を授かるのです!」
「いや、そんなこと力いっぱい言われても……そもそもテニスの神って……」
「八百万の神々と申しますように、日本ではあらゆるものに神霊が宿るのです。
 当然、テニスにも神がいると考えるのが妥当でしょう」
「不当だと思うけど……西洋のスポーツだし」
「心配は無用です。
 神道五部書の内の一つ、『倭姫命世記』には、崇神天皇は『手荷巣』という
網を張った木枠で球を打ち合う遊戯をことのほか好んだ、とあります。
 テニスとは、日本に古来より伝わるスポーツなのですよ」
「……そーなの?」
(作者註・嘘です)
「と言う訳で、さっそくテニスの神を祭った神社を捜しましょう」
 そう言うと、ハイドくんは私の腕をむんずと掴んだ。
「あ、あの……本気?」
「無論です。時間も無いことですし、急ぎませんと。
 ではまず、日本で最も神社の多い国、新潟へ!」
「ちょ、ちょっと、引っ張らないで……わーっ!」
 私を掴んだまま爆走するハイドくん。
 こういう時の彼には最早何を言っても無駄と知りつつも、私は叫ばずにいら
れなかった。
「テニスの神様なんて、いるわけないってばーっ!!」


 いた。


「世界って謎だらけなのね」
 数日後。試合当日。
 喧騒に包まれているテニスコートを眺めつつ、私はしみじみと呟く。
 私達はたった今、テニスの神の下での修行を終え、学園に帰ってきたところ
だった。
「何かおっしゃいましたか? 師匠」
「ちょっとね。北海道には何でもあるって話、本当だったんだなあって思って
ただけ」
 北海道の山中、アイヌの村に、テニス神はいた。
 子供たちにテニスを教えている蓬髪の老人をそこで見かけ、その外見からは
想像もつかない華麗な技を見てもしやと思い、問い詰めてみたところ、最初は
無言だったものの、やがて重々しく自分がテニスの神であることを認めた。
 弟子にしてくれと頼んだ私達に、テニス神は語った。
 テニス神は、かつては東京都内に神社を構え、多数の崇敬者を抱えていたと
いう。
 その頃、特に信心の厚い一人のテニスプレイヤーがいた。
 テニス神は彼を愛し、奥義を伝授した。
 彼は大会でその技を使い、見事優勝する。
 が、その為に限界を超えて肉体を酷使してしまった彼は試合が終ると倒れ、
そのまま眠るように息を引き取った。
 自分のせいで愛する者を死なせてしまったテニス神は、神社を捨て、この山
中へ隠遁したのだ。
 テニス神は語り終えると、「もう儂のテニスで人を死なせたくはない」と言
い、私達に帰るように告げた。
 だが私達は諦めず、それから一晩中テニス神と話し、遂にその首を縦に振ら
せた。
 本来、神の技を習得するには時間が掛かる。
 だが、私達にはその時間が無いことを聞いたテニス神は、神通力を用いて数
日間で数十日分の修行をさせ、そして修行を終えると学園まで一瞬で飛ばして
くれたのだ。
 それでも危ない所だったが、どうやらぎりぎりで間に合ったらしい。
「EDGE&ハイドラントペア! 入場して下さい!」
 観客達の歓声を押しのけて、司会らしき人間の声が響く。
「準備はいい?」
「いつでも」
 私の問いに、ハイドくんが自信に溢れる表情で頷いた。
 今の私達は先日までの私達ではない。
 テニスのあらゆる知識、あらゆる技を身につけた上に、神より伝授された奥
義をも使うことが出来る。
 例え相手がグラフとアガシのペアだろうと、負ける気がしない。
「じゃあ行こうか、ハイドくん」
「はっ、師匠」
 私達はお互いの顔を見合わせ、そして不敵に笑い合うと、コートに向かって
歩き出した。




                           ……本編に続く。

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 この二人なら、まあこんなもんじゃないかと(笑)
 神威のSSか魔球ネタでいこうかとも思ったんだけど、二番煎じだしねー。


 よっしーさんへ。
 あらゆる技を身につけたとか言ってますが、それはバランス的にまずいと思
ったら、何か根本的な所で勘違いしていたとかゆーことにしといて下さい。
(ラケット二刀流とか。(笑))