Lメモ私的外伝14「War in Storm」(五)  投稿者:ハイドラント
【午後二時十七分 基地階段ホール】


「……来たな」
 現れた十三使徒達を見て、セリスは一度大きく深呼吸した。
 敵、およそ三十人。
 味方は自分を含めて五人……だが、由綺は戦闘要員ではないので四人。自分、
岩下、へーのき、それに美加香である。
 馬鹿馬鹿しいほどの戦力差だった。
 だが、これでも十三使徒の数はほぼ半減している。三方面の防衛に出た味方
は善戦したと言って良いだろう。……一人も帰っては来なかったが。
 メインルームのモニターで、おおよその状況は把握している。
 整備室で戦ったSOS、Dガーネットは使徒十人程を道連れに制圧された。
やはりここに配置されていたDセリオは、その前に戦線を突破して外部に出て
いたが、その後どうしたのかは分からない。
 正面入口へ向かった天神、ディアルト、Dマルチは、魔族ベネディクトと交
戦中、背後から整備室を突破した神凪の攻撃を受けて全滅。
 介護室にトラップを張って迎撃した風見、冬月、OLHは、破壊の大使徒む
らさきの暴走のため、敵もろとも爆死。……いや、死んではいないが。
 倒れた味方は、十三使徒が自分らの負傷者ともども後方に護送していた。
連れてきていないところを見ると、人質に使うつもりは取り敢えずないらしい。
実力で勝つことにこだわっているのか、それともそこまでやると洒落にならな
いからか。
(……今でも充分洒落になってないけどな)
 セリスは独りごちた。全く洒落になっていない。
 彼らの顔を見ても、洒落や冗談でやっているとは思えなかった。
 十三使徒の幹部達。T−star。神凪遼刃。そして……葛田玖逗夜。
「お出迎え、有り難うございます。……ここで、決着ですか」
 十三使徒の筆頭は、気楽な口振りでそんな事を言ってくる。
 それに応じて岩下が口を開きかけたが、それより早く別の声が上がった。
「あ、あなた達……自分が何をしてるか分かってるの?」
 由綺である。
 葛田はつまらなそうにそちらへ顔を向けた。
 陳腐な台詞を、と表情が言っている。
「あなた達は大変な事をしてるのよ。
 今ならまだ間に合います、だから――」
「……」
 葛田は、何をしたと言う訳でもなかった。
 ただ、由綺に視線を向けただけだ。
 冷たく。
「……っ!」
 由綺が硬直する。
 初めての経験だったに違いない――かくも暗く、底冷えのする瞳を直視した
のは。
 セリスは、彼女の腕を掴んで後ろに下がらせた。
「下に降りていて下さい、森川先生。……こいつらには話なんて通用しないん
ですから」
「……そんな事はありませんよ」
 彼女が階段の下に消えると、葛田は元の無意味に友好的な表情に戻って告げ
る。
「話はちゃんと聞きますとも。降伏するというのなら、受け入れますよ」
「降伏、ね……」
 セリスは肩を竦めた。
 一応、聞いてみる。
「降伏したら、その後何をする? そもそも、お前達の目的は何なんだ?」
「基地の破壊」
「何故?」
 素直に答えてきた葛田に、続けて問う。
 この基地を壊した所で、彼らにさしたるメリットがあるとも思えない。
 葛田はにっこりと笑った。
「目障りだからですよ。……理由など、これで充分でしょう?」
「……ふざけているのか?」
 岩下が凄みを見せる。
「いえいえ。全くもって本気ですよ。
 それより、本当に降伏しないんですか? お得ですよ、色々と」
 葛田は動揺を見せなかった。
 ちらり、とへーのきに眼を向ける。
「頼みのDシリーズも、もういない事ですし」
「っ!」
 一瞬、顔を強張らせるへーのき。
 だがすぐに押し隠すと、笑みすら浮かべて言い返した。
「そうかな? 一つ忘れてないか」
「……? Dボックスですか? 何が出来るんです、あれに。
 それに、ここにはいないようですが……」
 Dボックスは、一応Dシリーズの一体に数えられてはいるものの、はっきり
言って無能。ボディの頑丈さ以外に何の取り柄もない、というのがDボックス
を知る者の評価だった。
「Dボックスなら上の武器庫にいるよ」
 どうでも良さそうな顔の葛田に、へーのきは告げる。
 やけくそ的に明るい表情で。
「……自爆するためにね」
「…………何ですって?」
 葛田が眉根を寄せる。
 へーのきはしゃあしゃあと続けた。
「武器庫はこの真上だ。……あそこには火薬の類が腐るほどあるから、爆発が
起きたりしたら助からないな。オレ達も……お前達も」
「見え透いたハッタリですね。
 あなた達にそんな度胸があるとは思えない」
 葛田は断じた。
「それに、本気で玉砕する気なら、何もわざわざ教える必要はないでしょう」
「オレ達だって、出来れば玉砕なんて真似は避けたいんだよ。
 これを聞いて、お前達が退いてくれる事を期待してるのさ。
 ……けど、お前達に屈服するよりは、玉砕の方がマシだ」
「…………」
 へーのきの言葉に、葛田が沈黙する。
 本気かそれともハッタリか、容易には図り兼ねている顔だった。
 しかし、彼が答えを出すより早く、その横の人間が動いた。
「確かめてみればいい事だ。
 お前達、二階に行って来い」
 T−starが、脇にいた五人の使徒に命じる。
 彼らはすぐさま階段へと向かった。
「うかつに近付くとドカーンと行くから、気をつけなよ」
 へーのきの声を背中に、五人の使徒は階段を登っていく。
 彼らが、階段の中ほどに達した時だった。
 葛田が突然叫ぶ。
「違う! 戻れ!!」
「!」
 その命令は、僅かに遅かった。
 ――ドゴォォォン!!!
 轟音を立てて、階段が崩れ落ちる。
 悲鳴を上げる暇もなく、使徒達は瓦礫の中に姿を消した。
「あはははは!!」
 それまでずっと黙っていた美加香が笑声を上げる。
 セリスも会心の笑みを浮かべた。
 仕組んだ通りに事が運んだのである。
 へーのきのハッタリは、この罠のためだったのだ。使徒達は二階に注意を引
かれ過ぎ、階段に対する注意を怠っていた。
「ひなたさん直伝ブービートラップ! どうです!?」
 勝ち誇る美加香に、T−starが低く舌打ちする。
「弱者の知恵に、むざむざとしてやられたか……!」
「あ〜あ……」
 やられたね、という顔で嘲るように笑う神凪。
 彼の表情に痛恨の色はない。不幸な使徒達の事など、知った事ではないよう
だった。
「気にする事はありません。所詮、悪あがきですよ」
 葛田は、早くも平静を取り戻していた。
 何事もなかったように、底の見えない笑いを浮かべている。
 その平然とした態度は、動揺しかけた使徒達を落ち着かせたようだった。
「下らない小細工をした報いを差し上げるとしましょう。
 ――やれ!」
 葛田が腕を振る。
 使徒達が一斉に動き出した。
「こっちだって、この程度じゃ腹が収まらないんだよ!
 やってやる!!」
 がん、とへーのきが両の拳を打ち合わせ、敵を迎える。
 セリスも、ジャッジの残った二人と顔を見合わせ、頷き合った。
「――行くぞ!」
「ああ!」
「はい!」


 ……最後の戦いが、幕を開けた。




【午後二時三十六分 基地階段ホール付近】


(良くやっているな……)
 反転能力を駆使するT−starに、「草」武術で抗する美加香。
 へーのきの怪力と電波の攻撃を捌き、妖術を行使する神凪。
 群がる使徒達を前に一歩も引かない、岩下とセリスのジャッジ二大リーダー。
 部下を指揮しつつ、魔術で援護する葛田。
(良くやっている、どちらも)
 このまま観戦を続けていたい所ではあったが、そうもいかない。
 均衡を崩さねばならなかった。勝利の為に。
 それには……
(奴だな)
 標的を見定める。
 後は実行するのみだ。
(不意打ちは――全力をもって)
 撃つ。


「テュフォエウスの――」




【午後二時三十七分 基地階段ホール】


「テュフォエウスの――」
「!」
 喧騒の中に、セリスの耳はその声を拾い上げた。
 この場にいる、誰のものとも違う。
 その声が、どういう意味を持つものか……セリスは、経験から悟っていた。
(魔術だ!)
「――蛇顔よ!!!」
 光。
 天井に出現した球雷が、ホールを青白い光で埋め尽くす。
 一瞬だった。セリスが声を聞いてから、球雷が現れ、転移し、爆砕するまで。
 転移した先は――
「があああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
 岩下が絶叫を上げた。
 弾けた雷光に全身を貫かれ。
「信っ!!!」
 体中から嫌な匂いのする煙を立てて、岩下が倒れる。
 セリスは慌てて駆け寄り、呼吸を確かめようとした。
「……死んではいないだろう」
 先刻の声。
 敵も、味方も、一瞬の出来事に呆然としていた皆の視線が、そちらに向く。
 いつからそこにいたのか。どこからそこに現れたのか。
 崩れた階段の上に、黒い甲冑姿の男が腰掛けていた。
 背中に大剣、腰には太刀を佩いている。
「ハイドラント……」
 十三使徒の首長の名を口にする。
 彼は、岩下の口が微かに動いているのを見て、皮肉げな笑みを浮かべた。
「暗殺者の不意打ちをまともに受けて死なないなんてな……どういう身体構造
をしているのだか。
 まあ予測はしてたがな。それでも少しプライドが傷ついたぞ」
「……今更になってのこのこと……しかも背後からか」
 へーのきが唸るように怒りの声を上げる。
「どこまでも腐った奴め……」
「その非難を受けてやる義理はないな」
 悪びれた様子もないハイドラント。
「私も先刻、遠距離からの狙撃を受けている。危うく死ぬ所だったよ。
 もっとも、それを賞賛こそすれ卑怯だと罵る気はないが……」
「何だと?」
「!」
 へーのきは不審そうに眉を寄せたのみだが、その後ろで美加香がはっと身を
強張らせた。
 それを見て取り、ハイドラントは愉快げな面持ちで、ふん、と鼻を鳴らす。
「なるほど。
 ……で、これからどうする? そちらは一人減り、こちらは一人増えた。
 それでもまだ、戦うか?」
 二言めは、セリスに向けられたものだった。
 ハイドラントは事実のみを告げている。
 その事実が示すものは、明白だった――岩下がいてさえ、辛うじて互角だっ
たのだ。彼がいなくなり、しかも敵にハイドラントが参戦したとなっては、勝
つ可能性は殆ど皆無になったと言っていい。
 そんな事は言われるまでもなく分かっている。
 しかし、セリスは返答を躊躇いすらしなかった。
「戦うさ」
 立ち上がる。
 ハイドラントを真っ向から睨みすえ。
「ジャッジは決して、敵に屈しない!」
「結構!」
 彼はだが、それを聞いて喜色を浮かべた。
 瓦礫の上から飛び降り、音もなく着地する。
「全員、下がれ」
「導師……?」
「いいから、下がれ」
 重ねて命じられ、葛田らは不承不承後ろに下がった。
 ハイドラントとセリスが、その間に一切の邪魔を置かず、対峙する。
「……タイマンか?」
「…………不良の喧嘩ではないのだから、出来れば一騎打ちと言って欲しい」
「不良じゃないと言い張るつもりか、お前は。
 ……要は、サシで決着をつけようと言うんだな」
「そうだ」
「セリスさん……!」
 声を上げかけた美加香とへーのきを、セリスは手を振って遮った。
「下がっていてくれ」
「……」
 数瞬、迷うようにセリスとハイドラントに視線を向けていたものの、やがて
二人も壁際に下がっていく。
 セリスは、改めてハイドラントの顔を見直した。
「聞きたい事がある」
「何だ?」
「何故、いきなりここを攻めた。何の目的で?」
 それは、先ほど葛田に向けた問いであったが――
 果たして、ハイドラントは先刻の彼に通じる笑いと共に答えた。
「ここが嫌いだからだよ。……これでいいだろう? 理由なんてものは」
「……似た者師弟め」
 思わず、苦笑が洩れる。
 ハイドラントは、背負っていた黒い巨大な剣――刃渡り六尺程もある――を
鞘ごと外すと、葛田の足元に放り投げた。
 代わりに、腰に差していた野太刀を引き抜く。
 薄暗いホールの中に、銀色の刃が浮かび上がった。
「綺麗な刀だろう?」
「……ああ」
 思わず、素直に頷いてしまう。
 その太刀は、拵えこそ素朴であったが、見る者を惹きつける美しさを備えて
いた。
「悠の奴から預かった品でな。銘は『斬桜』と言うそうだ。
 おそらく、波紋が桜の花を思わせる事から付けられた名であろうな」
「いい銘じゃないか」
 セリスも、両手に力を集中した。
 「意志」の力――霊波を集約し、具現させる。
 霊波刀。
 白く輝く霊妙の刀が、セリスの掌中から生み出される。
「もう一つ聞きたい」
 霊波刀の光を受け、「斬桜」が朧に輝いた。
 まるで呼応するかのように。
「何故、一騎打ちなどしようと思った?
 お前が言ったように、そちらの優位は確定していた筈だ」
「それはな……」
 ハイドラントが眼を眇めた。
 何かを、見定めようとするかのように。
「お前は、普通の人間だ……が、強い。だからだよ」
「普通の人間? どういう意味だ」
「岩下や風見のように、人知を超えた力を隠し持っていたりはしない。エルク
ゥだの改造人間だのでもない……ただの人間だ。
 私と同じ、な」
「お前が……普通の人間か?」
 疑わしい目付きでハイドラントを見る。
「魔王崇拝の教祖様が?」
「人間だよ。……今は……まだ。
 私はただの人間であるうちに、やっておきたい事が幾つかある。
 これはその一つ……私は、人間としての自分の力を確かめておきたいのだ」
 ハイドラントの呼吸が、変わった。
 凄まじいまでの殺気が漲り始める。
 セリスの肌が迫る危険を察知し、粟立った。
「そして俺はお前を選んだ!
 参る!!!」
 ハイドラントが床を蹴り、踏み込む。
 何の駆け引きもなく、真っ直ぐに。
「応っ!!!」
 セリスはそれに正面から応じた。
 退かず、避けず、一歩も動かずに霊波刀を振りかざす。
 鋼の刃と光の刃が交叉し、閃光が弾けた。


 舞うように。
 まろぶように。
 二人は激しく位置を変え、斬り合い、打ち合い、殴り合う。
 剣撃に魔術を織り交ぜて攻め立てるハイドラント。
 霊波刀に不敗の技を乗せて迎え撃つセリス。
 どちらの攻撃も、一撃で致命傷になり得る力を秘めている。
 彼らの肉体は、彼らの力を受け止められるほど強くはない。
 脆弱な人間でしかないのだから。
 互いに死を背負いながら、二人は戦い続ける。
 決着の刻が訪れるまで――


「神威のSS――黒破雷神槍!!!」
 ハイドラントの左手から、黒い稲妻が迸る。
 凶き光は、一直線にセリスの胸へと迅った。
「はっ!」
 光速の槍を見切り、宙に舞うセリス。
 SS不敗流の技「宵待」を使い、身体能力を極限まで引き上げていればこそ
可能な事であった。
「SS不敗流――鳳凰!!!」
 落下を利用し、上空から斬り掛かる。
 ハイドラントは太刀を翳し、素早く魔術の構成を編み上げた。
「タマンカマの玉よ!!」
 呪文と共に発生した磁場障壁が、霊波刀を受け止め、弾き返す。
 着地したセリスが、僅かによろめいた。
 その隙を逃がさず、ハイドラントが上段から斬りつける。
「ちぇぇっ!」
「っ!」
 セリスは横に転がって逃れた。
 そのまま跳ね起きる。
「プアヌークの邪剣よ!!」
 ハイドラントの光熱波。
 セリスはそれを霊波刀で斬り払うと、一気に踏み込んだ。
「黒麒麟!!!」
 斬る。突く。薙ぐ。
 身体強化したセリスの全力攻撃は、ハイドラントの反応速度を超えていた。
 まさに疾風怒涛の連撃を受け、大きく弾け飛ぶ。
(やったか!?)
 しかし、彼はすぐさま立ち上がった。
 かなりのダメージを受けている筈だが、その表情に苦痛の色はない。
(あの鎧か……)
 普通の鎧ならば、霊気の刃の前では布服同然である。が、彼の纏う虎の顔の
ような意匠の黒い甲冑は、どうやら並のものではないらしい。
「そっちの身体強化に、こっちの『虎皇』。差し引きゼロってとこか」
 こちらの心の中を読んだように、ハイドラントが面白そうに言う。
 セリスも応えるように笑った。
「互角、だな」
「そうだな。
 ……楽しい。楽しいぞ。なあ、おい」
「お前もか。ぼくもだよ。
 だが――」
「ああ。そろそろ、決着をつけねばな」
 ハイドラントが『斬桜』を天に向かって突き上げた。
 その刃を、黒い瘴気のようなものが包んでいく。
「Woooooooooooooo……」
「Fuuuuuuuuuuuuuu……」
 ハイドラントと同時に、セリスも特殊な呼吸を始めた。
 力を一点に集中する為に。
 両手を中段に構える。
 セリスの全身から、青白い霊波が立ち昇った。
 急激に高まる二人の力に、空間が軋み、びりびりと音を立てる。
 巨大なプレッシャーに囚われた周囲の者達は、息をする事すら忘れていた。
「神威のSS……」
「SS不敗流……」
 二人の力が、極限に達し――




 …………………………………………………………………チャイムが、鳴った。




『校長の千鶴ちゃんより、三時をお知らせしまーす。
 只今を持ちまして、補習授業は終了です。
 バリアは解除したので、もう外に出られますよー。
 教師のみなさんも生徒のみなさんも、お疲れ様でしたー』




「……」
「……」
 セリスとハイドラントは、呆然と顔を見合わせた。
 全ては冗談だったのだと、勝手に決め付けられてしまった気分――二人の今
の心境は、そう表現するのが一番妥当であったろう。
 どうしようもなく、セリスは笑った。
 諦めたように、ハイドラントも笑った。
 力が霧散していく。
「……ここまでだな」
「ああ。そうみたいだ」
 セリスが頷くと、ハイドラントは野太刀を鞘に納めた。
 そして、身を翻す。
「帰るぞ、葛田」
「あ、はい……」
 足元の黒い大剣を拾い上げ、葛田が慌てて彼に駆け寄る。
 T−starと神凪は、黙って従った。
 使徒達がそれに続く。
「待て!」
 引き止める声があった。
 へーのきである。
 怒りに顔を紅潮させ、言い募る。
「このまま逃がすと思っているのか? 人の家を好き放題に荒らして行きやが
って……。
 行かせないよ。もう少しお前達を足止めすれば、風紀委員や巡回班が総出で
駆けつけるからな。そうなれば、今のお前達にはどうにも出来ないだろう」
「行かせてくれるよ」
 ハイドラントは、足を止めるどころか、振り返りさえしなかった。
「Dシリーズが我々の手に落ちている事を、お前が思い出せばな。そう……D
セリオもだ」
「何っ!?」
「壊されたくはないだろう? 大人しくしていれば、すぐに返してやる……」
 へーのきは、奥歯を噛み締めながら、ぐっと俯いた。
 悔しさに全身を震わせる彼に、遠ざかっていくハイドラントの声が投げかけ
られる。
「心配するな。戦う機会はまたすぐに来る。その時は逃げはしない……何しろ
今回はこちらの負けだったからな。
 待っているがいい……そう遠くはない時まで」
「ハイドラント」
 セリスは、闇の中に消えていく背中に呼びかけた。
 呟くように……聞こえるかどうかも分からない声で。
「お前は、何をしようとしている……?」
 黒い影は、一度振り向いたようだった。
 何かを告げるために、口を動かしたかもしれない。
 しかし、セリスの耳が、答えを聞く事はなかった。












【その後】


 風紀委員会と校内巡回班が警備保障基地に向かった時には、既にダーク十三
使徒の影も形もなかった。追撃せよとの声もあったが、嵐のため、止むを得ず
その日は撤収した。
 翌日、改めて出動した風紀委員会は、十三使徒の本拠地である第二茶道部を
包囲。これに対し、十三使徒首長ハイドラントは捕虜の返還と引き換えに今回
の件を不問とする事を要求した。風紀委員長広瀬ゆかりは「人道的立場から」
これを独断で受諾。後で学園首脳部と揉めたものの、結局押し通した。
 かくして、「嵐の中の戦争」と後に呼ばれるようになった事件は終結したの
である。




「……で、結局、十三使徒は不問だと? そんな馬鹿なっ!!」
「ああっ、駄目ですよ信さん! ちゃんと寝てないと!」
「うあああっ、あの馬鹿馬鹿ヒヨコ娘のせいでっ!
 美加香、僕のこの怒りを押さえるために玉露とパイナップルとワンダースワ
ンを買って来なさい。もちろん怒りが収まらない場合はお前を殴ってストレス
解消するのだからお前の金で」
「そんな無茶なっ!」
「お兄ちゃん、笛音が作ったおかゆ食べて!」
「そんなのより、ボクが作ったシチュー食べてっ!」
「あー、えーと……両方食べるから……」
 広く清潔な一室。
 とても病院内とは思えない喧騒に満たされている部屋の中を、セリスは何と
はなしに眺めていた。
「皆さん、元気ですねえ」
 感心したように言うマルチの頭を、何とはなしに撫でてやる。
 と、傍らで黙っていたジンが、おもむろに口を開いた。
「へーのきはどうしたんだ? あいつも怪我していた筈だろう」
「それほど重傷ではなかったからね。
 Dシリーズのチェックをするんだって、学園に戻っていったよ」
「チェック?」
「十三使徒から返還されたのはいいけれど、全く無事に返ってきた事がどうに
も怪しいんだって。
 変な仕掛けがされていないかどうか、徹底的に調べるんだそうだ」
「ふーん……」
 看護婦が勢いも激しく入ってきた。
 元気な連中のところにつかつかと近寄り、怒鳴りつける。
 部屋の中が、ぴたりと静かになった。
 が、太めの身体をゆらすようにして看護婦が歩み去ると、また少しずつ騒ぎ
始める。
「……それにしても」
 ジンが窓の外を眺めつつ、再び話し掛けてきた。
「今回の事件、いったい何だったんだ?」
「……さあ?
 ただ……」
 雲間から太陽が顔を覗かせ、陽光を降らせる。
 セリスは眼を細めながら、呟くように言った。
「近いうちにまた、何かが起こるよ……きっと」
 開いた窓から風が吹きそよぐ。
 先日の嵐を忘れさせるような、優しい風だった。




「今回は負けだった。
 だが、失敗ではなかったな」
「そうですか」
 ハイドラントの独言に、弥生が律義に答えを返した。
 多分に皮肉混じりではあったが。
 第二茶道部部邸、地上階。
 庭から吹き込む心地良い風を感じながら、ハイドラントは茶を一口啜った。
「……来栖川家に対する牽制としては、充分だろう。奴ら自慢のDシリーズ三
機を制圧して見せたのだからな。
 それに……」
 突然。
 隣室から奇声が突き抜けてきた。
「素ぅぅぅぅぅぅぅん晴らしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!
 これが、これが、Dシリーズの基本システム………!
 なんと、なんと、なんと立派な平城京ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
 これさえあれば! オーガセリオは更に更にさーらーにー、グレートすぎる
マッシーンになる事は疑いナッシング!
 アイアム、スーパーハッピィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
「…………」
「…………」
 ずず。
 もう一口茶を啜ってから、再び口を開く。
「まあ、そういう訳で、Dシリーズの情報も得られたしな」
「あなたの目的は果たされた……という事ですね」
「ああ」
 雲が晴れ、庭が明るい光に照らされる。
 数日ぶりに、青空が見えていた。
 先程より幾分涼しさを増した風が、部屋の中を静かに渡っていく。
「それはそれとして」
 冷めかけた茶を飲み干す。
 空になった茶碗を弥生に突き出し、ハイドラントは空を見上げて言った。
「……高橋の部屋は、移した方がいいな」
「北極あたりが宜しいかと」




 学園に、再び平穏が帰ってきた。
 騒がしく、スリルに満ちていたけれども、それは確かに学園の平穏。
 しかし、これがいつまでも続くとは、もはや誰も思っていない。
 誰もが気付いていた――何かがおかしい、と。
 皆の不安が実体化するまで、さほど長い時間は要されなかった。




 ――緑葉帝七十三年十月。「魔王政変」勃発――




        Lメモ私的外伝14「War in Storm」 END

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 あー……終った。
 合計104KB……。一話でこれか。凄いな俺。(自賛)
 気合入れ過ぎて疲れた。
 これが、今の俺の限界かな。前半戦をもう少し書き込む事は出来たかも知れ
ないけど……くどいか。
 今はこれが精一杯〜。(ぴろぴろ)
 ……今はね。(と、向上心(笑))

 お断りを一つ。
 作中で警備保障基地の設定を勝手に決めてますが、これはあくまでダーク編
時空のみの設定です。
 へーのきさんの許可を取った公式設定ではありません。(威張って言うこと
ではない(笑)) 御了承のほどを。
 別の時空では地中にあったり空中要塞だったりするかもしれません(笑)。

 それと。
 十三使徒に変態教師高橋が加わっていますが、この辺りの事情については、
ひなたんが書いてくれる筈です。
 皆さん、俺と一緒に期待して待ちましょー。(笑)

 さて。
 次は、ようやくスタートする、Lメモ悪夢編で会いましょう――
 ……とはいかんだろな。やっぱり(笑)。

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おまけオチ


弥生 「最初から基地を破壊するつもりでやっていれば、勝てたのでは?」
ハイド「メインルームを押さえて、Dシリーズの情報を得たかったからな」
弥生 「それは、Dセリオを捕獲した時点で最低限度は達せられたでしょう」
ハイド「それに……」
弥生 「それに?」
ハイド「……夏って、なんでこうも暑いんだろう」
弥生 「………………もうオチは読めましたから、それ以上言わないで下さい」
ハイド「うちと違って、警備保障んとこにはエアコンが」
弥生 「お黙り」(ばきゅーん)