【午前十一時零分 第二茶道部部邸前】 『みなさーん、教室に入りましたねー? 話っていうのは、実は千鶴ちゃんからみんなにビッグなプレゼントがあるん です。 その名も……』 『特別補習!!!!』 『……。えー。今、窓から飛び出そうとした人達は気付いたでしょうけど。 各校舎の周囲にバリアを展開しちゃいました。 解除するのは三時。それまでは外に出られません。 という訳なので、皆さん頑張って勉強して下さいね♪ 以上、校長の千鶴ちゃんでした〜』 第二茶道部から出た所で放送を聞き、ハイドラントはにやりと唇を歪めた。 「弥生さん、うまくやってくれたようだな。 これで、余計な邪魔が入る心配はなくなった」 「通信手段も封鎖したし、おまけにこの嵐。警備保障は完全に孤立しましたね。 期待通りバイトの連中も教室に入っているとすれば、僕達の敵はDシリーズ だけという事ですか。 ……あ、でも……」 次第に強くなっていく雨風から目を守るように手を翳しつつ、三年部の校舎 を眺めていた葛田が、何かに気付いたように顔を強張らせた。 「バリアって、上空には張られていないみたいですね。 ジン先輩あたりなら、空飛んで脱出出来るんじゃないですか?」 「あいつは、千鶴校長の言葉には逆らわん。外で起きている事を知れば話は別 だろうが、知らなければおとなしく教室にいるだろう。 それに――」 【午前十一時二分 三年部校舎「アズエル」】 「バリア? んなものあったのか?」 科学部部室。 放送が終った後、ジン・ジャザムは訝しげに呟いた。 彼はこの学園に来て今年で三年目になるが、各校舎にそんなシステムが設置 されていたなどと、今まで聞いた事も無い。 「あったのだ」 ジンの視界の外で、機材の準備をしている筈の柳川裕也教師が答えてくる。 「こないだ、俺が暇潰しに作った」 「……そんなこったろーと思いました」 作業台の上に寝転がったまま、ジンは肩を竦めた。 (……何となく思い付きで作って、完成した頃には飽きて、そこへたまたま通 りがかった千鶴さんに売ったとか……そんな所なんだろーな、多分) 天才狂的科学者にしてみれば、バリアシステムなどその程度のものだ。 「あのバリアは、頑丈さだけは折り紙付きだからな……誰も外には出られまい。 ま、俺達には関係ないが。最初から、今日はここで一日中作業をするつもり だったからな」 「それもそーですね」 ふわぁ、とジンは欠伸を洩らした。寝転がっているだけだと、楽なのはいい が退屈で仕方ない。 と。 ぷ〜ん。 小さいくせにやたら耳障りな音がした次の瞬間、鼻先に何かが飛んできた。 「……のあっ!?」 「どうした?」 「いや、蚊が……だーっ! 鬱陶しいーっ!! 先生、追っ払ってくれっ!」 「今は手が離せん。自分でやれ」 「出来る訳ねーだろ!? 手も足も無いのに!」 「なら、舌で捕まえて食え」 「捕まるかっ! てゆーか、食うかぁっ!!」 「蚊の目玉は高級料理だと聞く」 「そりゃ水木しげるの世界の話だっ! ぐぁ、耳の中に入ったーーー!!??」 【午前十一時二十七分 来栖川警備保障基地前】 「オーバーホール中?」 「うん。科学部の方でそう聞いたんだ、全身分解しなきゃならないから一日中 掛かるって。 だから、今日はジン先輩は動けないはずだよ」 「……なんか、初めてスパイとして役に立ちましたね」 「でしょ♪」 「……たけるさん……誉められたのではありませんよ……」 葛田とたける、電芹らがそんな事を言い合っている横で、ハイドラントは建 物の全容を見渡していた。 来栖川警備保障Leaf学園支部の秘密基地。 切り立った崖を背負うようにそびえる、鉄筋コンクリートの二階建てだ。本 来は白い建物なのだが、暗天のせいで灰色がかって見える。 一応、秘密と言うだけあり、学園でも余り人目に付かない辺鄙な場所に建て られていた。 「さて……どう攻めるか」 そう呟いたものの、実の所ハイドラントは悩んでなどいなかった。 「正面から、正攻法でしょう?」 「……うむ」 葛田の言葉に頷く。 彼我の戦力差は圧倒的と言っても過言ではない。ならば、小細工など無用で あった。 正面から、力と力の勝負に持ち込み、叩き潰す。それで勝てる、とハイドラ ントは確信していた。 「……少々、難しいかもしれません」 「?」 背後から、唐突に女の声が割り込んでくる。 聞き覚えはあるのだが……妙にくぐもっている為か、咄嗟に誰だか思い付か ない。 振り向くと、使徒達をかき分けるようにしながら――と言うか、その雰囲気 で自分の身の回りから遠ざからせながら、彼女が歩み寄ってくる所だった。 「…………弥生さん」 姿を見ても、そう理解するまで一瞬ならず時間を要した。 いつもはストレートに流している長い髪をアップにし、更に目元から下を薄 い黒布で覆っていたからだ。 「どうしたんだ? 君は授業に出ていないとまずいだろう」 「コピー・ホムンクルスを代わりに出しました。 神凪君と違って私はその手の術があまり得意ではありませんし、しかも即席 なので長持ちはしないでしょうが、夕方頃までは何とか持つ筈です。 ……私も、この戦いは自分の目で見届けておきたかったので」 そう言うと、弥生は真っ直ぐに見据えてきた。 その瞳からは、いつもと同じく、何らの感情も見受けられない。 ただ……冷たい。ガラスの玉のように。 「……いいだろう」 数秒、沈黙した後で頷く。 「好きにするがいいさ。 だが、前線には出さない。万が一、正体がバレでもしたら厄介だ。 弥生さんにはまだ、ちゃんと教師をやっていて貰わないと困るからな」 「分かっています。有り難うございます……」 弥生は深々と頭を下げた。 「それで、さっきの言葉の意味は?」 「はい。……敵はDシリーズだけではありません」 「なに?」 ハイドラントは片眉を跳ね上げた。 冷静な口調のまま、弥生が続ける。 「警備保障のバイト達と、ジャッジのメンバー達が教室に来ていないようです。 調べてみた所、十時五十分頃にジャッジが基地に入ったのが目撃されていま した」 「ジャッジが……?」 今回の計画においては、全く計算外のファクターである。 ハイドラントは弥生と、そして葛田に目をやった。 「どういう事だと思う?」 「……警備保障の連中が情報を掴み、対抗する為にジャッジを呼んだ………… 違いますね。あそこは別段ジャッジと親しい訳じゃなし、普通なら風紀委員会 の方に連絡するでしょうから」 「おそらくはジャッジの方が情報を掴み、警備保障に駆けつけたのでしょう。 風紀委員会に知らせず自分達だけで動いたのは、最近急速に激しくなっている 競争意識のためか、あるいは情報の信頼度が高くなかったせいなのでは……」 まず葛田が、それに続いて弥生が、問いに答える。 ハイドラントは頷いた。 「そんな所だな。いずれにせよ、敵の戦力が予定の数倍に跳ね上がってしまっ たという事だ。 ……が、致命的な問題ではない」 ニヤリと笑みを浮かべ、率いてきた兵達を見渡す。 黒い戦闘服に身を包む正使徒が、五十五人。いずれも魔術もしくは武術、或 いは両方を身につけた精鋭ばかりである。但し、悪天候とコンピュータの奪取 という二次目的を考慮し、装備レベルは抑えられている。個人によってまちま ちだが、おおむね軽火器と白兵戦用武器を一つずつというところだ。 更に、彼らを率いる幹部級のメンバーは、妖術師神凪遼刃、暗殺者神海、魔 界貴族ベネディクト。高橋は第二茶道部で待機している。 最上位の使徒、四大使徒も、支配の大使徒葛田玖逗夜、天秤の大使徒T-st ar、破壊の大使徒むらさきの三人に、虚無の大使徒篠塚弥生が加わった事で 全員揃い踏みとなった。 戦力として計算されてはいないが、川越たけると電芹のお茶汲みコンビもい る。 そして―― 「…………」 傍らに佇む、オーガセリオ。 静かに、前方に立つ警備保障基地を見つめている。 何を思うのか、その金色の瞳からは何も読み取れない。 「導師……雨が強くなってきました。トレーラーの中へ……」 背後からの葛田の遠慮がちな声が、耳に届く。 ハイドラントは、ぽんとオーガセリオの頭に手を乗せた。 少しびっくりした風で、彼女が見上げてくる。 「行こう、皇華」 「……はい」 「総勢、六十六人。こちらの有利は動かん。 作戦は予定通り遂行出来る」 ここまで数十人の使徒達を運んできた軍用の大型トレーラーの中、大卓を囲 んだ幹部達を前に、ハイドラントは自信をもって断言した。 否定の声を上げる者はいない。 「……導師はこうなる事を見越して、これだけの数を動員したのですか?」 眼差しに興味の色を湛えて問い掛けてくる神海に、ハイドラントは苦笑した。 「まさか。買いかぶり過ぎだ。 単に、速やかに基地を破壊するには人手が多い方が良いだろう、と思っただ けだ。Dシリーズ以外との戦闘は無いと思ってたよ。 特にジャッジは完全に計算外だ」 「……ジャッジは、全員が出動したんですか?」 神凪が、弥生に尋ねた。 弥生は頷く。 「目撃報告によれば七、八人いたそうですから……戦闘要員はほぼ全員出てき たと見て良いかと」 「それでもこっちの方がずっと多いんだから、勝てるよ〜」 何も考えていないむらさきの台詞に、葛田は首を横に振った。 「考えなしに攻めたら、梃子摺るでしょうね。それなりの防衛設備もあるよう ですし。 ……導師、ここは兵を三手に分けましょう」 「ふん?」 「一点に戦力を集中させても、遊兵を作るだけです。正面入口は六十人も展開 できるほど広くないですから。 ならば左右にも兵力を回し、包囲攻撃するのが良いかと。その方が効率的で す」 「……うん」 暫く、葛田の提案した作戦を頭の中でイメージしてみて、ハイドラントは上 策だと判断した。 「それで行くとするか。 では、具体的な戦力配置を決めよう。まずはT−star、基地の構造の説 明を」 「分かった」 T−starは懐から大型の画用紙を取り出し、卓の上に広げた。 警備保障基地の内部構造が、ぎっしりと書き込まれている。 警備保障でバイトをしている、T−starの表人格……T−star−r everseの記憶をもとにT−starが作成したものであった。 「ここが正面入口。 手前右の部屋が休憩室。左が取調室。 奥は、右の部屋がDシリーズの補修点検を行うための整備室。左が人間用の 介護室。 そして、一番奥にある広い空間が階段ホールだ。二階と地下一階に行ける。 メインルームは地下一階だ」 「二階はどうなってるの?」 「二階は武器庫だ。大量の武器弾薬が保管されている」 「不用心ですね。武器庫をメインルームの近くに置いておかないとは……」 「事故が起きた場合を考慮しての事だ。一階にある武器庫で爆発事故でも起き れば、建物が全壊する恐れもある」 葛田の言葉に淡々と答え、T−starは促すような視線を向けてくる。 暫く考えた後で、ハイドラントは頷いた。 「……よし。 正面からは、葛田、お前が攻めろ。使徒を二十人と、ベネディクトを連れて 行け。 いいな?」 「はい、導師」 「……ふん」 即答した葛田と対照的に、ベネディクトはそっぽを向いていた。 構わず、続ける。 「T−star、神凪、お前達は使徒十五人を率い、整備室の窓から侵入しろ。 使えそうな資料があったら、ついでに回収して来い」 「分かった」 「了解……」 「むらさき、それと神海。お前達は介護室だ。やはり十五人連れて行け。 ……神海、苦労するかも知れんが、宜しく頼むぞ」 「はい、はい……」 「?」 苦笑して頷く神海の隣で、むらさきは訳が分からず顔に疑問符を浮かべた。 ハイドラントは、もう一度部下たちの顔を一人一人見回すと、声を張り上げ た。 「……十三使徒の興廃、この一戦にあり! 諸君の奮闘を期待する。 …………作戦開始!!」 【午前十一時四十二分 来栖川警備保障基地】 「外部との連絡は!?」 「――電話は全回線通じません。どうやら電話線を切断されている模様。 無線も妨害されています」 「この際伝書鳩でも何でもいい、とにかく連絡をつけるんだ!」 「――分かりました。可能な限りの手段を試行します」 へーのきにそう答えると、Dマルチは再び機械の山に向かう。 (……本気だな。十三使徒) モニターを眺めつつ、セリスは独りごちた。 記憶にある限り、十三使徒がこうまで大規模、かつ周到な行動を起こしたこ とはない。 それを今回やって来たという事は、それをするだけの力が十三使徒にあった という事と――もう一つ、そうする必要があったという事を意味している。 十三使徒にとって、この警備保障襲撃にどんな意味があるのか。 そんな事を考えていると、隣で岩下が声を上げた。 「……動き始めた」 皆の視線がモニターに集中する。 トレーラーの前に整列していた十三使徒達が素早く、しかし整然と動き出す 光景がそこには映し出されていた。 「三つに分かれるみたいですね……」 風見の呟きの通り、数十人の十三使徒は三つに分割され、それぞれ移動を始 めている。 その意味する所は、明白だった。 「……包囲攻撃か」 「厄介な」 OLHが呟き、冬月が舌打ちする。 包囲陣形を取るという事は、戦力を分散するという事でもある。為に、包囲 を受ける側にとっては好機ともなり得るのだが……ここまで戦力差があっては 好機より危機の方が強い。十三使徒もそれが分かっているからこそ、この作戦 をとったのだろう。 「……いや」 セリスは、とにかく前向きに考える事にした。 元々こちらが圧倒的に不利なのだ。敵が何をした所で、これ以上不利になる 訳ではない。ならば、敵の行動の長所などは無視し、短所だけを見るべきだろ う。 「敵が戦力を分散したのは事実だ。 なら、こちらは戦力を集中して一点突破しよう。そして、他の部隊に捕まる 前にとっとと逃げればいい」 「向こうの一部隊は……だいたい二十人って所か。 ジャッジと警備保障が協力すれば、相手に出来ない数ではないですね」 セリスの言葉にディアルトが応じ、他のジャッジ達も頷く。 が。 「ちょっと待ってくれ」 へーのきの声に、セリスは視線を向けた。 彼は、困ったような表情を浮かべている。 「あなた達はそうしてくれてもいいが……オレ達は……」 「ここに残ると?」 セリスが言うと、彼はこくりと頷いた。 「何故?」 問い掛ける岩下に、へーのきは少し言葉を捜すように視線を宙に舞わせてい たが、やがて肩を竦めた。 「……まあ、ここはオレ達の家ですから」 「――他人の手に渡す事は出来ません」 彼の言葉を引き継ぐDセリオ。 確認するまでもなく、顔を見る限り他の警備保障の面々も同じ気持ちらしい。 セリスは岩下と顔を見合わせた。 「……仕方ないか?」 「ああ。仕方ないな」 頷き合い、へーのきに向き直る。 「分かった。ぼく達も付き合おう」 「いいんですか?」 驚いたように声を上げる彼に、セリスは小さく笑った。 「うん。気持ちは分かるからね。 ぼくだって、ジャッジの本部を十三使徒に荒らされるなんて御免だ」 「それに、奴らの目的は人ではなく、この基地という可能性も高いですしね。 ならば、自分達はそれを阻止しなくてはなりません」 岩下が続けて言う。 へーのきは、深々と頭を垂れた。 「……有り難うございます……」 「気にしないでくれ。これがジャッジの仕事だ。 それより、奴らをここで迎え撃つのなら早く配置を決めよう。奴らは待って はくれないからな――」 セリスがそう言った時だった。 先刻からずっと通信機器と格闘していたDマルチが、叫ぶ。 「――通じました!」 【午前十二時十三分 基地東側】 最初に砲火が交えられたのは、基地東側方面だった。 基地に設置されている対地・対空攻撃用バルカン・ファランクスが、接近し た十三使徒たちに向かって火を吹いたのだ。 「かなりの弾幕ですね……」 使徒達と共に安全地域まで退き、神凪は無数の銃弾に抉られ泥をはじけさせ た地面を見ながら、表情を僅かに歪めた。 傍らの男を見上げる。 「どうします、師兄。強行突入させますか?」 「……いや」 T−starはかぶりを振ると、無造作に歩き出した。 ――機関砲の攻撃範囲の中へ。 使徒達の間から動揺の声が上がる。 「なるほど……」 だが、神凪だけは納得したように頷いていた。 T−starが危険区域に入る。 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!! バルカン砲が再び火を吹いた。 絶望的な数の弾丸が彼を襲う。 「……ふん…………」 T−starが、口の中で何かの言葉を呟いた。 ――そして。 次の瞬間、機関砲が爆砕した。 破片が泥濘の中に撒き散らされる。 おお、と歓声が上がった。 「反転能力……今更ながら、大した力ですね」 神凪も、感嘆の表情を隠せない。 激しい雨音のせいでその声が聞こえていないのだろう、いつも通りの無表情 で――いや、聞こえていたとしても表情を変えはしなかったろうが――傷一つ 負っていないT−starは冷厳な声音で告げた。 「行くぞ」 【午前十二時十八分 基地正面入口】 「とゆー訳で」 葛田はぽん、と彼の肩に手を置いた。 「あれ、宜しくお願いしますね」 「……どういう訳でだよ」 唸るように言い、手を振り払うベネディクト。 正面入口には、機関砲の他に、二門のレーザーまで設置されていた。 強行突破など図れば全滅しかねない。 「ここは少数精鋭で行くのが正しいと思いませんか?」 「だからと言って、なぜ僕が行かなくちゃならない。 お前のお得意、超ペンギソでも使えばいいだろ?」 そう言い募るベネディクトに、葛田はきっぱしと言った。 「嫌です」 「何故だっ?」 「ペンギソが可哀想じゃないですか」 「僕はいいのか!?」 「はい」 これもきっぱしと言われ、ベネディクトは思わず天を仰いだ。 「どうしたんですか、まるで何か嫌な事でもあったかのよーに」 「あり過ぎたわいっ!」 ベネディクトは吐き捨てるように言うと、踵を返す。 「おや。どちらへ?」 「帰る」 「あ。そーなんですかー」 去って行こうとするベネディクトを止めようともせず、代わりに葛田は意味 ありげな呟きを洩らした。 ベネディクトは構わず帰ろうとしたが、次の言葉を聞いて思わず足が止まる。 「それでもいいか。いい実験材料が手に入るし」 「……なんだって?」 「いやぁ、大した事じゃないんですけどね」 葛田は朗らかな口調で言った。 「こないだ導師に言われたんですよ、誰かさんが次に失敗したら実験材料に使 っていいぞって。 誰かさんって誰か? それは企業秘密です」 「…………」 「魔族とペンギソを合体させたら、どんなものが出来るんでしょうね? 名前 はデビルペンギソとでも付ければいいんでしょうか。それともペンギソデーモ ンの方がかっこいいかな――おや? どうしたんですベネディクトさん。帰る のではなかったので?」 「やるよ! やればいいんだろっ!」 噛み付くように叫ぶと、基地に向かって飛んだ。 忽ち、無数の弾丸と二本の熱線が飛来する。 「フン!」 ベネディクトは右手を振った。 瘴気の壁が体を覆い、攻撃を全て弾き返す。 同時に、左手を掲げる。 その掌に生まれた光球を、ベネディクトは砲台に投げつけた。 直撃――そして爆音。 沈黙した砲台に背を向け、地上の葛田の方を向く。 「これで終わり――!?」 瞬間。 ベネディクトの視界の隅に、それが映った。 レーザーの砲口。 (まだ生きてた!?) 慌てて防壁を張ろうとしたが、それが間に合わないという事をベネディクト は脳の何処かで自覚していた。 熱線が、放たれる―― 「プアヌークの邪剣よ!」 ゴゥン!!! ……ことは、なく。 葛田の放った魔術の光熱波が、一門だけ残ったレーザーを沈黙させていた。 一瞬だけ砲台の残骸を炎が包んだが、すぐに雨に打たれて消える。 呆然とするベネディクトに、葛田はにっこり笑って人差し指を振った。 「注意一秒、怪我一生」 【午前十二時二十一分 基地西側】 「……大丈夫なんですか?」 「うん。 むらさきが防いでる間にちゃんと壊してね」 そう言うと、彼女は機関砲に向かってとことこと歩いていく。 小柄な体には余りにも不釣り合いな大鎌を抱えてとてとて歩く姿が、どうに も危なっかしい。 (ほんとに大丈夫かね……?) その後ろ姿を眺めつつ、神海は不安げな表情を隠せずにいた。 ハイドラントから、「頭はともかく実力は信用していい」と言われてはいる のだが。 あの少女がバルカン・ファランクスに対抗する力を有しているとは、神海に はどうしても信じる事が出来なかった。 (やっぱり、止めるか……?) 神海がそう思った時、しかしむらさきは丁度危険区域に踏み込んだ所だった。 機関砲が、彼女をロック・オンする。 (やられる!?) 神海が、かっと目を見開いた瞬間。 「――神威のSS――」 むらさきが大鎌を、すっと掲げた。 四霊の鎌……その銘を「龍鳳麟亀(リュウホウリンキ)」。 刃に彫られた四体の聖獣の姿が、淡く輝く。 「龍鳳麟亀の体――『群裂(ムラサキ)』!!!」 鎌を、蒼い光が包む。 それをむらさきは振るった。 神速の手並みで。 常人の目では到底捉え切れない速さで、鎌が唸る。 むらさきを覆うように、蒼い嵐が吹き荒れた。 銃弾は、その嵐の中に撃ち込まれている……が、むらさきには届いていない のだろう。嵐が止まらないという事は。 (凄い……) 一瞬、唖然としかけたものの、神海はどうにか正常な判断力を取り戻した。 「今だ、やれ!」 使徒達に叫ぶと、自ら先手を切って飛び出し、機関砲に向けて魔術を放つ。 やはり呆然とむらさきを見ていた使徒達もはっと我に返り、神海に続いて攻 撃を始めた。 ……機関砲が沈黙するまで、一分と掛からなかった。 【午前十二時四十七分 三年部校舎「アズエル」】 「……で、なぜ俺が呼ばれたんだ?」 「少し待て」 緒方英二の問いに対する柳川の答えは、そっけないものだった。 困惑気味に室内を見回す英二。 授業をしていた最中、柳川から緊急の呼び出しを受け、科学部までやって来 たのだが。 そこで待っていたのは、何やら馬鹿でかい機械を弄くっている柳川と、手足 を外されたジンの姿だったのだ。 「いったい……?」 「……よし。 待たせたな、緒方英二。まずはこれを見ろ」 そう言うと、柳川はこれまで英二には背面を向けていたモニターの向きを変 え、彼に画面を見せた。 「これは……何だ? 戦争か?」 「そうだ。言っておくが、記録映像ではない。 警備保障基地で、今、現在、実際に行われている戦闘を人工衛星が中継した 映像だ」 「何!?」 あまり物に動じない質の英二だが、流石にその話を聞いて平静は保ちかねた。 「今、戦争が起きてるって事か? 警備保障の基地で?」 「そうだ。 一時間ほど前、警備保障のDマルチから人工衛星経由で、この映像と共に急 報が届いた。 ダーク十三使徒が突然攻撃を掛けてきた、とな」 「……馬鹿な。 そんな事をすれば、学園の治安維持団体から総攻撃を受けるだろうに」 半ば呆れて呟いた英二に、しかし柳川は頭を振る。 「今回、十三使徒が相手にするのは警備保障と、事前に駆けつけていたジャッ ジだけだ。 数的には最大規模の風紀委員会も、校内巡回班も動けない。……バリアのせ いでな」 「! そうか……なら、千鶴校長に連絡して……」 「『リズエル』とは連絡が取れん。どうやら電話線が切断されているようだ。 かなり周到に仕組まれた計画らしいな、これは」 「……なんてこった……」 他にする事も思い付かず、英二はぽりぽりと頭を掻いた。 柳川が鼻を鳴らす。 「まあ、俺にはどうでもいい事なのだが……」 「良くねーよっ!」 それまで食い入るようにモニターを見つめていたジンが、柳川の言葉に声を 荒げた。 「俺はエルクゥ同盟のリーダーだっ! 十三使徒の馬鹿共が暴れてるのを、指を咥えて見てられるかぁっ!!」 「今は指無いだろ、お前。 ……とまあ、そういう訳だ、緒方」 肩を竦める柳川。 「が、ジンは折悪しくオーバーホール中だ。今から体を組み直して救援に行か せるにしても時間が掛かるし、性能もろくに発揮できまい。 そこで」 ぽん、と先程まで作業をしていた巨大な機械を叩く。 「これの出番となった訳だ」 「……これは?」 英二は、その機械を改めて見回した。 全体的なシルエットは細長い円錐形。 底部からは、無数のコードが飛び出している。 「……ミサイル?」 「そうだ。 長距離ミサイル『アーチャーV4』。 俺が先日開発したばかりの最新型でな……この数十倍のでかさのミサイルに 匹敵する破壊力を持っている。 が、なにぶん開発したばかりだから、まだ砲台も射撃管制システムもない」 「……それじゃ、どうしようもないだろ。柄が無い剣のようなものだ」 「いや。代わりにジンを使えばいい。 今のジンでも、砲台くらいにはなれる」 「なるほど……」 ようやく得心がいったという顔で、英二は頷いた。 「つまり、このミサイルをジン君に取り付ける作業の手伝いをしろ、という訳 だな?」 英二はかつて「塔」にて高橋教師のもとで学んでいた事がある。その時に、 かなりのレベルの科学技術も身に付けていた。 「そういう事だ。俺一人では間に合わんかもしれんのでな。 どうだ?」 「……まあ、いいだろう。この場合、教師としては、不当に攻撃されている生 徒を助けるべきだろうからな」 少しの間考えて英二がそう返答すると、柳川は頷き、そして部屋の奥へと視 線を向けた。 「……お前は?」 その時初めて、英二はこの部屋にもう一人人間がいたことに気付いた。 隅の暗がりでずっと黙っていたため、分からなかったのだ。 「俺は遠慮させて貰います」 その男――英二が顧問を務める工作部の部長、菅生誠治は、小さく笑ってか ぶりを振る。 「俺は、どちらかと言えば十三使徒寄りですしね。 まあ、邪魔までする気はないですから安心して下さい。ここで見物させて貰 いますよ」 「……好きにしろ」 数瞬、不愉快そうに彼を睨み付けていたものの、柳川はそう言うと視線を外 した。 そして英二に向き直り、手にしていたスパナを投げ渡す。 「時間がない――すぐに始めるぞ」