「わたしは、きみのこと、すきだよ」 彼はそのとき、生まれて初めて他人から必要とされた。 物心ついて以来数年間を過ごした、孤児院にいた頃のことだ。 それまで、彼の周りの人間は全て敵だった。 いや、彼はそう思っていた。そうとしか思えなかったのだ。 そしてだからこそ、大半の人間が彼を疎むのだということを、子供心に理解 してもいた。 ――人間の出来損ないだ。このガキは。 孤児院にいた大人たちの誰かが、吐き捨てるように言った言葉。 それを聞いた時、彼は、納得した。 自分がどういう存在であるか、理解した。 ――できそこないなんだ。おれは。 だから嫌われるのだ。当然だ。 ・・・なのに。 「わたし、ずっといっしょにいたいな。」 孤児院の近所に住んでいた女の子。 彼女は、彼に向かってそう言ったのだ。 穏やかに笑いながら。 澄んだ瞳に彼の姿を映しながら。 「なんで・・・」 彼の声は震えていた。 喜びに、ではない。泣いていた訳でもない。 「なんで、そんなこというんだ」 彼は、ただ・・・ただ恐怖していた。 目の前の、小さな、同い年の女の子に。 「だって、すきなんだもん。」 「・・どうして!」 無邪気な声に、彼の絞り出すような声が続く。 恐い。 彼女が恐い。 彼を受け入れようとする、この少女が恐い。 「たすけてくれたでしょ?」 少女は照れたように、少し俯いて言う。 「このあいだ、わたしがいじめられてたときに。」 「あれは、おまえをたすけたんじゃない! ただあいつらがきらいなだけだ!」 それは、本心だった。 照れ隠しでも謙遜でもない。 現に彼は、あの連中が小突いていた女の子が目の前の少女であることを、こ の時初めて知ったのだから。忘れていたのではない、最初から眼中になかった のだ。いじめられていた子のことなど。 なのに・・・ 「ううん、わかるよ」 なぜ・・・ 「きみは、やさしいんだよ。」 ・・・そんなことを言う!? 彼の心の中で、徐々に恐怖が押しのけられていく。 押しのけているのは・・・ 「だからわたし、きみのことが――」 怒り。 「だいすきだよ」 彼の顔を見上げ、照れ笑いを浮かべながら・・・ 「――おれを――」 何かが、弾けた。 それは、彼の全身を駆け巡り。 「おれを認めるなっ・・・!」 そして、体の外へと噴き出した。 「おれを、否定しろぉぉぉぉぉぉっ!!!」 「原因不明の火災」によって焼失した孤児院の中で唯一生き残った彼は、柏木 賢志に引き取られ、「爪の塔」へと連れて行かれた。 あの女の子が飯塚皐月という名前であったことを、彼はずっと忘れていた。 彼女に会うまで、ずっと忘れていた。 Lメモ私的外伝6 今回は一応現在編、なんですが。 いいのかなー・・・? 誰も使ってないからいいや、早い者勝ちだぁ、と思って書いてしまったけど。 この扱いはちと無茶が過ぎたような・・・。 ま、いいか。あんまりクレームが多いようだったら、夢オチとかパラレルワ ールドとかにしてしまおう(笑)。 では、例によっていい加減な外伝第六作、どーぞ。 「断罪」 「んっ・・・」 俺はゆっくりと顔を上げた。 (眠ってたのか・・・) 意識はまだぼんやりとしている。 一瞬で覚醒させようと思えばできる。そういう訓練は受けているのだから。 だが今は、そうしようと思うことすら煩わしい。 「出来損ない・・・」 ふと呟く。 何の気なしに口から出た言葉だ。 自分で言った言葉を自分で聞き、そしてようやく意味を理解する。 (俺のことじゃないか・・・) つい苦笑が浮かぶ。 「爪の塔」の最高峰、柏木教室の出来損ない。切り札としての名を持ちながら、 切り札になれなかった男。 柏木教室の中で、唯一必要でない者――ハイドラント。 (火事の時に役に立たない消火栓なんて、粗大ゴミ以外の何でもない・・・) だから先生は、俺が吉川教室に移籍したとき、止めなかったのだろう。 必要ではなかったのだ。出来損ないの俺は。 俺は再び呟いた。 「・・・出来損ない。」 「さっきから何を一人でぶつぶつ言ってるんです? あなたは。」 突然声をかけられる。 ふと周りを見回すと、幾つもの見慣れた顔が俺に注目していた。 見慣れた部屋だった。 (・・・教室?) 二年部校舎の、俺の教室だった。 「なんだ。授業中だったのか。」 「当たり前でしょうっ!」 さっき俺に声をかけてきた人物がわめく。 俺はその顔を見た。 ・・・・・・・・・・・・・・ 十数秒の沈黙。 「ああ」 ぽん、と手を打つ俺。 「レミィシナリオの最後らへんに出てくる先生」 「塩沢先生と呼びなさいっ!」 目を吊り上げて怒る、レミィ(以下略)。 俺は面倒くさそうに言った。 「名前で呼んだら誰にも分からないから、わざわざ丁寧に呼んでやったのだろ うが。私の親切を理解せずに勝手に怒るとは、何とも傲慢な教師だな。 そういう所は聖職者として改めるべきではないかな。ん?」 「傲慢はあなたでしょうがっ!」 俺の穏やかなたしなめの言葉に、ますます怒る塩沢(呼び捨て)。 「あなたのような人間は、私の授業には不要です! 出て行きなさい!」 「そうしよう。」 俺は立ち上がると、窓の方にすたすたと歩み寄った。 五メートル程の距離を置いて、窓に向けて右手を掲げる。 がたがたっ! その近くにいた連中が、慌てて机を離れて退避していく。 俺はそれには目もくれず、叫んだ。 「プアヌークの邪剣よ!」 魔術が、呪文の叫びによって効果を発揮する。 光熱波が、窓と壁を逃げ遅れた女生徒A(「坂下よっ!」)ともども吹き飛 ばした。 ぼーぜんとしている教師(名前忘れた)を尻目に、俺はふゥと息をつく。 「さて。行くか。」 「なんでわざわざ窓壊すんだよっ! 廊下から出ればいいだろうがっ!」 窓から飛び降りようとした時、瓦礫の中から男が飛び出してきて叫んだ。 「何だ、男子生徒Bか」 「違うっ!」 「すまん、間違えた。ほどよく焦げた男子生徒B」 「浩之だっ! それはいーから質問に答えろっ!」 「・・・・・・・」 俺は少し考えてから言った。 「いや、教室が涼しくなるかと思って。小さな親切ってやつだ。」 「どこがだっ!」 ほどよく焦げた男子生徒Bの文句を耳を塞いで聞き流し、外に出ようとして、 俺はふと視線に気付いた。 椅子に座ったまま防御魔術を使い、今の爆発を防いでいた彼女の。 「なんだ、綾香?」 「ハイド・・・・」 彼女は、やや躊躇いがちに言った。 「何か、あった?」 「・・・悪い夢を見ただけだ。」 覚えてないけどな、と俺は胸中で呟いた。 「そう。」 綾香は小さく頷いただけで、それ以上何も聞いてこなかった。 俺は出来るだけ軽い口調で言った。 「綾香、付き合わないか?」 「何しに?」 「こら貴様、綾香を妙な事に巻き込むんじゃねえっ!」 綾香の斜め後ろの席から立ち、どこからか引き抜いた刀をこちらに向けなが ら悠朔が怒鳴る。 それを無視し、俺はあっけらかんと言った。 「魔王召喚」 「・・・遠慮しとく」 「そか。」 「今日の一面は・・・『西山英志、浮気発覚!? 相手はタクティクス学園の女 生徒!』・・・。へえ、あの西山さんがねえ・・・」 購買部で、beakerは暇そうに新聞を読んでいた。 開店はしているが、まだ客が来るような時間ではない。 が、beakerが流し読みしていた新聞に、ふと影が差した。 「あ、いらっしゃいませ。」 営業スマイルを浮かべつつ顔を上げると、そこには黒ずくめの男がいた。 「ああ、ハイドラントさん。すいません、先日注文された『魔王の牙』はまだ 入荷してないんですが・・・」 「急がなくてもいい。簡単に手に入るものでないことは承知している。今日来 たのは・・・」 「beakerさん、マジカルティーナの写真、現像終わりました〜」 ハイドラントの言葉を遮って、部屋の奥から出てきた男がbeakerに声 をかけた。 購買部の写真担当、デコイである。 彼を見て、ハイドラントがにやりと笑った。 「デコイもいたのか、丁度いい。実は写真を一枚作って欲しいのだ。」 「・・・作る? 合成写真ですか?」 察しのいいbeakerが問い返す。 ハイドラントは頷いた。 「内容は・・・」 「柏木さん。」 美術の授業が終わり、教室から出ようとして、梓は呼び止められた。 「はい?」 振り返る。 彼女を呼び止めたのは、たった今まで授業をしていた当の美術教師だった。 「何でしょう?」 梓の口調が堅くなる。 この転任してきたばかりの美術教師は、冷たい雰囲気を漂わせた美人だった。 梓の苦手なタイプである。 そんな彼女の様子を気にかけたふうもなく、教師は言った。 「あなたのお友達について、少々聞きたいのですけど。」 「友達、ですか? 誰です?」 梓は不審そうに問い返した。 この教師と自分、双方に関係ありそうな人間に、心当たりはない。 「ハイドラントさんです。」 「・・・・・・ハイドですか?」 あの発狂黒ずくめ男の「友達」として扱われることに抵抗感を感じはしたが、 取り敢えずそれは我慢した。 「確かに、あいつとは中学の時からの付き合いですけど・・・」 「『塔』で、同じ教室にいたのでしたね。柏木教室に。」 冷たい笑みを浮かべながら言う美術教師。 梓はその笑みに本能的な嫌悪感を感じた。 「そこまで知ってるのなら、私に聞くまでもないんじゃないですか?」 苛立ちを隠さずに言った言葉に、しかし教師は気にせず尋ねた。 「彼がどんな人間か知りたいのです。あなたの目から見て、でいいですわ。」 「どんな・・・?」 梓はとにかくこの会話を早く切り上げようと、適当な答えを捜して頭を巡ら せた。 (ハイドがどんな奴か? それは――) 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「・・・・・あーいう奴です。」 「・・・・・・・・そうですか。」 数分間悩んだ挙げ句の梓の答えに、教師はやや失望したように頷いた。 「まあ、あいつについて知りたいなら、二年の綾香に聞いた方がいいんじゃな いですか? 同期ですし・・・」 ぽりぽりと頭を掻きながら、梓がついでのように言う。 それを聞いて、美術教師はまたあの笑みを浮かべて言った。 「そうですね。あなたに聞くなら、久々野君の事にするべきでしたかしら?」 「――!」 梓は思わず彼女を睨み付けた。 「天魔の鬼女」柏木梓。 魔術に加え、エルクゥとしての強靭な身体能力も有するため、総合的な破壊 力においてはハイドラントをも凌ぐ、『塔』柏木教室最強の攻撃力の持ち主。 その彼女に睨まれれば、大抵の者はそれだけで戦意を喪失する。 が、美術教師は怯んだ様子もなかった。 「ご協力感謝しますわ、柏木さん」 そう言って、さっさと歩き去ろうとする。 「ち・・・ちょっと待った!」 梓は思わず呼び止めていた。 「何です?」 教師が振り返り・・・それから、梓は自分が何故呼び止めてしまったのかに 気付いた。 疑問。 「何故、ハイドの事を知りたいんですか?」 そう、聞いた時―― 梓は見た。 氷の微笑。 絶対零度の微笑。 これに比べれば、先ほどまでの笑みは暖かいとすら言ってもいい・・・梓が そう思った微笑。 新任の美術教師の顔の上に、それはあった。 「知らなければならないのです――私は。彼を」 梓が我に返った時、既に彼女は歩き去っていた。 ただ後ろ姿だけが――冬の風のような空気を纏った後ろ姿だけが、梓の瞳の 先にあった。 「流派・SS不敗はぁっ!」 「王者の風よぉっ!」 学園の一角。 そこでは、今日も今日とて暑苦しい叫びが上がっていた。 西山英志と結城光だ。 そばでは、何故かEDGEが見物していたりする。 「ようし、光! 次は大工のアルバイトで筋力アップ! それが終わったら街の 外で武者修行だっ! 今日こそは武神を倒して剣を奪ってこい!」 「分かりました、師匠!」 「がんばれ〜!」 何かを間違えている暑苦しい二人に、EDGEが気楽に声援を送る。 と・・・ 「む?」 その場の暑苦しさをかき消すような冷たい気配に、西山は背後を振り返った。 一人の教師らしき女性が立っている。 「少々、よろしいでしょうか?」 「えーと・・・何でしょう?」 その口から発せられた冷たい声に答えつつ、西山は記憶の糸をたぐる。 (そうだ、確か転任してきたばかりの美術教師。名前は・・・) 「用があるのは、EDGEさん・・・」 西山には構わず、彼女はEDGEと・・・そして結城を見た。 「それと、もう一人のあなたですわ。」 「え・・・紫音の事ですか?」 「そうです。」 結城の言葉に、彼女は微笑みつつ頷いた。 冷たく。 「・・・・・・」 EDGEは本能的な警戒の表情を浮かべている。 (何・・・この人・・・!) EDGEの意識のどこかが、この人間は危険だと告げていた。 それは西山も、そして紫音も同じだった。 唯一事態を把握していない光を押しのけ、紫音が光の肉体の中に入る。 「・・・で、何の用です?」 「少々、聞きたいことがあるのです。あなた達に。」 警戒心を押し隠した紫音の問いに、彼女はさらりと答える。 冷たい笑みを浮かべたまま。 「EDGEさんの弟子。紫音さんを殺した男。ハイドラントについて――」 「本当に知らないの!?」 「知りませんよ、何も・・・」 学園内、久々野彰の部屋。 そこで梓は久々野に詰め寄っていた。 「でも、あの人の態度は絶対普通じゃなかったよ! 何て言うか、こう・・・他の事は眼中にないって言うか・・・」 「ハイドって、年上に好かれるタイプなんですかね?」 「冗談言ってるんじゃない!」 古新聞を読みながら気のなさそうに答える久々野に、梓が声を荒げる。 「あんた、心配じゃないわけ? いくら変態で狂人で脳の95パーセントくらい が豆腐と入れ替わっているような奴でも、あいつはあたし達の後輩なんだよ!?」 「いや、まあ、それは・・・」 古新聞から目を離しつつ、久々野は困ったように呟いた。 「いずれにせよ、私には何も出来ませんよ。もう一線からは引いた身ですし。 それに何か出来たとしても、おそらく私は何もしませんよ。事情も良く知ら ずに介入して、いい結果が出るはずはありませんからね。」 「でも・・・!」 「それに、ハイドの奴も餓鬼じゃない。自分の始末くらいは自分でつけられま すよ」 周囲に多大な迷惑と甚大な破壊を撒き散らした後でね、とこれは声に出さず に呟いた。 「先輩としては、穏やかに見守ってやるべきではないですか?」 「う・・ん。あんたがそう言うなら・・・」 梓はまだ納得したふうではなかったが、やがて何かを振り切るように頭を振 ると、騒がせて悪かったね、とだけ告げて部屋を出ていった。 「・・・やれやれ。」 その姿を見送ると、久々野は一つ溜め息をついた。 先ほどの古新聞を見やる。 『某教会孤児院にて謎の火災、死傷者多数』 十年近く前のその新聞の見出しには、そう書かれていた。 その下には、死者のリストとただ一人の生存者の名前が記されている。 死者の中から一人、そして生存者の名前に、赤線が引かれている。 「・・・・・・」 久々野は古新聞を手に取ると、それをくしゃくしゃに丸め、くずかごに放り 込んだ。 「ま、私には関係のないことですよ。」 「・・・・・・・・」 呟く久々野を、セリオが黙って見詰めていた。 「え? 導師、さっきまでここにいたのか?」 「ええ、写真を一枚買っていかれました。」 ハイドラントを捜していた葛田は、購買部でbeakerからそう聞いた。 (『皇華』の事について連絡しておきたい事があったんだがなあ・・・) 腕組みしつつ、葛田はふと尋ねてみた。 「ところで、導師が買った写真て、何? 綾香さん?」 「いえ、合成写真を頼まれたんですよ。」 「合成?」 「ええ、カレルレン先生とティーナのキスシーン。あんなもの、一体何に使う んでしょう?」 beakerは首を傾げていたが、葛田には事情が呑み込めた。 「魔王召喚に使うんだ、きっと」 「魔王・・・召喚? あの写真で?」 「ああ。知ってるだろ、風見ひなたの中に眠っている魔王、風上日陰。 それがさ、普段は風見の意志力で封じられてるらしいんだけど、風見の心が 嫉妬心とかに囚われると隙が出来て、魔王が表に出てくるんだよ。 例えば、娘がどこぞの男といちゃついてる所を見たりとかすると。」 「ああ、なるほど。それで魔王召喚。」 「そういう訳だ。きっと今頃、近くの街で殺人レースでもやってるんじゃない かな。 でなければ、あんみつ百杯早食い競争とか。」 「・・・あんみつ? 十三使徒の首長と魔王が?」 「そ。日陰は魔王といっても、今は基本的に女の子だし。 導師もあれで、甘いものが大好きなんだよなー。お中元には和菓子を送れ、 とか言ってるし」 「人は見掛けによりませんねえ」 「全くだ。」 「あはははは・・・」 物騒なんだかそうでないんだか、判別しかねる二人の会話を、少し離れた所 で彼女は聞いていた。 冬の雰囲気を漂わせる彼女が。 「・・・・・・・」 やがて彼女は背を向けると、いずこかに向かって歩き出した。