体育祭Lメモ「幕間劇」 投稿者:ハイドラント

「ルゥォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
 鋼鉄の鬼が吼えた。
 その体が「爆発」し、凄まじい数のミサイルやレーザーが放たれる。
 ナイトメア・オブ・ソロモン。ジン・ジャザムの全兵装一斉砲火。
「攻撃プログラム……『ファイナルガーディアン』」
 更に、Dセリオの内蔵兵器一斉射撃が続く。
 全弾、直撃。
 爆煙が「奴」の巨体を包み込む。
「冥府を支えし、魔神達よ、異界の闇をこの地に流し込み、大地・大気を切り
裂く闇となれ……」
 呪文詠唱。
 オロチの血を覚醒させた岩下信の術が、完成する。
「消えよ、下等生物!『黒死・冥王皇破』!!!」
 闇。
 隙間のない闇が、「奴」に飛び――弾ける。
 …………!!!
 音なき爆発が空間を揺るがした。
 爆風が生徒達に吹き付ける。
「くっ……!」
 月島拓也は咄嗟に瑠璃子を庇った。
 鋭い風が彼の背中を切り裂く。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気だ……」
 苦痛を噛み殺し、拓也は妹に笑顔を向けた。
「流石の奴も、これだけの攻撃を受ければ……」
「………まだ」
 兄の言葉に、瑠璃子が首を振る。
「まだ……感じるよ」


***********************************

【三時間前】


「儀式はどこまで進んだ?」
「モウスグダ」
 グラウンドが体育祭で盛り上がっている頃。
 図書館地下迷宮の一角にある大広間で、二人の人間が何事かを話し合ってい
る。
 人間――か。
 一人は全身を黒服で包んだ男。
 しかしもう一方は、鋼鉄のような黒い皮膚と、蝙蝠のような翼を持っていた。
 悪魔。
 その姿を見た者は、そう呼ぶであろう。
 その後ろでは、同じ姿をした無数の悪魔達が、祭壇のようなものの前で、奇
声を上げながら踊り狂っている。
「アト僅カデ、儀式は終ル。サスレバ、我ラガ母ハコノ世界にヤッテクル。
 ソシテコノ世界ヲ食ライ尽クスダロウ」
「そうか……」
 悪魔の言葉を聞いて、黒服の男は笑った。
 気付かれない程度に、嘲りを込めて。
「そうなると、いいな」

 
***********************************


「まだ……感じるよ」
「感じる?」
 拓也が問い返そうとした時。
 ちりちりちりちり……
「!」
 拓也の「電波」もそれを捉えた。
 重く、鋭く、そしてとてつもなく大きな思念。
 奴の「欲求」。
「まさかっ……!」
 拓也が振り向いた時。
 闇が晴れた。
 目に写るのは巨大なクレーター。
 そして、その中心に立つ青黒い巨体。
「……不死身か………」
 月島兄妹の後ろで、dyeが呆然と呟いた。
 その横から、誰かが「奴」に向けて走り込んだ。
「諦めるのはまだ早すぎるわ!」
 来栖川綾香。
 彼女は「奴」の直前で跳んだ。
「ハァァァ………セッ、セッ、セッ、セッ、セィッッッッ!!!」
 疾風のような連撃。
 魔力を乗せた彼女の蹴りと拳が、「奴」の体に炸裂した。
 岩をも砕く衝撃の連打に、巨体が揺らぐ。
 ……が、それだけだった。
「!」
 着地した瞬間……綾香は自分に振り下ろされる豪腕を見た。
 避けられない。
「真・魔皇剣!!!」
 ドガァッ!
 後ろから飛んできた衝撃波が、綾香を間一髪で救った。
「あ……有難う、ゆーさく」
「気にするな。お前の無事が俺の願いだ」
 ぶっきらぼうにそう言うと、悠朔は綾香を庇いつつ後方に下がった。
 今の過重攻撃で体力を消耗した前衛に代わり、後方にいた生徒達が新たに前
へ出ていく。
(それにしても……)
 その様子を見ながら、悠はある疑念を抱いていた。
(ハイドラント、葛田、T−star、むらさき……十三使徒の連中の姿が見
えない……何故だ?)
 特にハイドラントが、こんな危険な戦いの時に綾香の側にいない、というの
はおかしい。
 考えられるとすれば……
(……まさか……な)


***********************************

【十三時間前】


 図書館地下迷宮の一角にある大広間。
 暗く、陰湿なこの場所には全く不似合いな、長身、長髪の美女が一人。
 学園教師、篠塚【飯塚にあらず】弥生。
 最後の儀式に取り掛かろうとしている悪魔達の姿を、冷たい双眸で眺めてい
る。
(果たして、あの男の考え通りに事が進むかしら……?)
 口には出さず、思う。
 今、彼女の目の前で悪魔達が呼びだそうとしているものは、余りに危険すぎ
る。
 Leaf学園は、呼び込まれた「奴」を倒す事が出来るだろうか?
 あの男の期待通りに。
 もし、倒せなければ……
(…………それでも、構わない)
 ふ、と笑う。
 あの男は、あくまで己の手で世界を滅ぼすことを望んでいる。
 それだけが、あの男に出来る、自分という存在の主張なのだから。
 自分に背を向け続けた運命に対する……自分に何も与えなかった世界に対す
る。
 もし、他者の手でこの世界が滅ぼされてしまうようなことがあれば、彼は自
分に絶望するだろう。
(それこそ……最高の復讐)
 ふふ、と笑った。
 そして、悪魔達の儀式が成就することを、彼らの神に祈った。


***********************************


 グラウンドで繰り広げられる死闘を、校舎の屋上からゆるりと見物している
一団がいる。
「ふん……さすがだな悠。お前に任せておけば綾香は安全だという私の信頼、
裏切りはせぬようだ」
 黒髪に黒のジャケットの黒ずくめ。十三使徒の首長、ハイドラントだ。
 そして彼の周りには、部下たる使徒たちがいる。
「瑠璃子さんも無事だな。まあ、彼女もシスコン兄貴がいれば大丈夫だとは思
うけど……」
「葵くんは……佐藤くんやYOSSYFLAMEくんがフォローしているよう
だな。ちゃんと守れよ……」
 冷然と言ったハイドラントに対し、葛田やT−starの口調はやや心配そうであ
った。 
「光お兄ちゃん、無事かなぁ?」
 むらさきの不安げな声に、ハイドラントは鼻を鳴らした。
「無事だろ。あいつには紫音もついてるしな。おたけさん、お茶おかわり。」
「はーい」
 お茶汲みの川越たけるが、彼の茶碗に緑茶を注ぐ。
 葉の種類、量、温度、全てを彼の好みに合わせたものだ。
「電芹、こっちもお茶を頼む。」
「はい。……どうぞ」
 電芹が入れた茶を一口すすると、菅生誠治はハイドラントの方に向き直った。
「……で、そろそろ説明してくれないか? これはどういう事だ?」
「知る必要はないよ、菅生誠治」
 ハイドラントは肩をすくめた。
「本当は、十三使徒ではない者をここに呼ぶつもりはなかったのだが……電芹
が、君を危険な目に合わせたくないと言うものでね。」
「電芹が?」
 菅生が彼女の方を見ると、電芹は顔を赤らめて電柱の陰に隠れた。
「なぜ屋上に電柱が?」
「バランスが悪いぞ、バランスが」
「……ま、そういう訳で、君をこの特等席に招待したという訳さ。
 電芹を怒らせると、お茶を入れて貰えなくなるのでね。」
 葛田とT−starのどーでもいいツッコミを無視しつつ、ハイドラントは冗談め
かして言った。
「………」
 菅生は彼から目を反らし、押し黙った。
 言葉とは裏腹に、彼の瞳が危険な光を放っているのを見逃すほど、菅生は愚
かではない。
(余計なことは聞くな、そして言うな、ということか……)
 好奇心が強い菅生は、ハイドラントが何をしたのか知りたくはあったが、こ
こで彼と争う気はなかった。
「……どうやら、生徒側の形勢が悪くなってきたようです」
 それまで黙っていた篠塚弥生が、グラウンドを見ながら言う。
 内容に反し、ごく平然とした口調で。  
「ほんとだ。こりゃまずいかも……」
「バランスが崩れつつあるな」
 葛田とT−starも口々に言った。 
 確かに、「奴」が相も変わらず暴威を奮っているのに比べ、生徒側はそろそ
ろ疲労の色が濃くなってきている。
「このままでは、長くは持ちませんね」
「大丈夫だ」
 弥生の言葉にも、ハイドラントはあくまで平然としていた。
「……どうして、そんなに自信たっぷりなんです?」
 煎餅をかじりつつ不思議そうに尋ねたたけるに、彼はにやりと笑った。
「信じているんだよ、私は。Leaf学園の生徒達を」
「信じる?」
「そうだ」
 ハイドラントは一気に茶を飲み干すと、立ち上がった。
「彼らは負けないよ、絶対にね。
 相手が神だろうが魔だろうが……外からの侵略者には絶対に負けない。
 何故か? それは、彼らがLeaf学園の生徒だからさ!
 世界で最も非常識で目茶苦茶な場所、L学園。
 ここが、ここ以外の者の手によって滅ぼされるなど、有り得ると思うか?
 有り得ないね。断言してもいい。
 L学園を滅ぼせるのは、L学園の者のみだ。
 だから信じようじゃないか、彼らの力を。彼らは必ず、『奴』を倒す!
 ……という訳で、おたけさん」
「はぃぃ?」
 唐突に呼ばれて、たけるは付いて行けずに目を白黒させた。
 ハイドラントは再びどっかと座り込み、彼女に茶碗を突き出す。
「お茶、もう一杯」


***********************************

【八十七時間前】


 その日、篠塚弥生とハイドラントは、魔術の研究をしていた。
 弥生の操る技は召喚魔術。
 召喚魔術とは、呪文によって精霊などを呼び出す魔術であるが、術者の魔力
によって召喚対象の力量が変化する。
 今回の実験は、二人の魔術士が力を合わせ、増幅した魔力で以ってより強力
な存在を召喚することは可能か――というものであった。
 そして、ハイドラントから送られた魔力を受け、弥生が召喚呪文を唱え始め
た時に、それは起こった。
『………我ニ……応エヨ……』
「!」
「何だっ!?」
 突然、弥生とハイドラントの頭の中に声が響いた。
 石をこすり合わせるような、不気味な声。
 再び、響く。
『……我ニ……応エ……我ヲ……呼ベ………』
「何なんだ、これは?」
「分かりません」
 最高位の術者である弥生にとっても、このようなことは初めての経験だった。
 呪文が完成する前に召喚対象の方から呼びかけてくるなど、考えられない。
「何者かは分からんが……こいつを呼び出すことは出来るか?」
「…やってみます」
 弥生は再び呪文を唱え始めた。
 同時に、指先で宙に複雑な図形を描く。
「……si………movebo!」
 術が完成した。
 彼女の前に、「それ」が現出する。
「……悪魔……?」
 その姿を見て、ハイドラントが呟いた。
 黒い肌、蝙蝠の羽根。確かにそれは、ごく一般的な「悪魔」のイメージに酷
似している。
 悪魔は、笑み――のようなもの――を浮かべて彼らに近付こうとし……動け
なかった。
「!?」
「無駄ですよ。封じの魔法陣が見えませんか?」
 もがく悪魔に、弥生が冷たく言い放った。
 封じの魔法陣。誤って危険なものを召喚してしまった場合に備え、あらかじ
め張っておいたのである。
 悔しげに歯噛みする悪魔に、ハイドラントが高圧的な口調で問い掛けた。
「そのまま消されたくないなら、答えろ。貴様は何者だ?」
「………我ハ、『ガディム』ヨリ生マレシ『ラルヴァ』ナリ……」
「……ラルヴァ?」
 聞き覚えのない言葉だった。
「弥生さん、知ってるか?」
「……以前、何かの文献で目にしたことがあります。
 確か……ガディムとは、全てを食らい尽くす破壊の神。そしてラルヴァとは、
その下僕であると……」
「ふん……破壊の神の下僕、か。」
 ハイドラントの口調が変化した。
 不吉な予感を覚えて弥生が彼を見ると、その表情はこの上なく楽しげなもの
になっていた。
「ラルヴァとやら……つまり、お前はこの世界を滅ぼすためにやって来たんだ
な? ガディムの力を使って」
「……ソノ通リダ……」
 諦めたのか、ラルヴァは素直に認めた。
 ハイドラントがにぃっ、と笑う。
「……弥生さん。こいつの封印を解いてやってくれ」
「…!? しかし…」
「いいから。」
 ハイドラントに促され、弥生は仕方なく封じの陣を解除した。
「……ドウイウツモリダ?」
 自由になったラルヴァは、訝しげにハイドラントに問うた。
 彼はあっけらかんと答えた。
「お前に協力してやる」
「!?」
「何ダト?」
 驚愕する弥生とラルヴァ。
 二人の顔を面白そうに眺めつつ、彼はもう一度言った。
「協力してやろう、破壊神の召喚に。
 私には使える部下が大勢いる。彼らを使って、な。」
「ハイドラントさん!」
 滅多なことでは感情を表に出さない弥生がうろたえた声を上げたが、彼は一
顧だにしなかった。
「……何故ダ? 何故コノ世界ノ者ガ、コノ世界ヲ滅ボソウトスル?」
 腑に落ちないといった表情でラルヴァが尋ねる。
 ハイドラントは鼻で笑った。
「ガディムとやらが、どれほどの力を持っているのかは知らないが……。
 滅ぼせるものなら、滅ぼしてみるがいい。
 この世界を……Leaf学園を、な!」
 
 
***********************************


「壊れてしまえっ……粉々に壊れてしまえぇぇぇ!!!」
「プログラム……天地無用!!!」
「風の精霊達よ天へ誘う風の塔を築け…天へ昇りし大気の力を宿す天人の斧と
化しその巨大な刃を振るえ……魔覇・烈昇斬舞!!!」 
 祐介の破壊爆弾。四季の雷鳴。冬月の魔覇の風。三種の最大規模攻撃が巨神
を襲う。
 その後に続き、前衛の剣士達が一斉に切りかかった。
「佐藤式終の秘剣……火産霊神!!!」
「砲牙絶刀勢!!!」
「天翔鬼閃!!!」
「八十七式烈光流星乱舞!!!」
「絶! 烈風乱舞!!!」
 佐藤昌斗、ディアルト、きたみち、悠朔、YOSSYFLAME。
 学園でも屈指の実力を誇る剣士たちが、己の最大級の技を叩き込んだ。
 ……だが。 
「何で……倒れないんだ……」
 健やかが呆然と呟いた。
 破壊の神は、力を弱めるどころか、益々荒れ狂っている。
「一体、何なんだよ、お前は……」
 呟く。
「何しにここへ来たんだよ……」
 呟く。
「どこから、どうして、学園に来たんだよ……」
 ……叫ぶ。
「一体、お前は何なんだよおおおおおおおおお!!!」


「……すこちゃん」
 泣きたいような気持ちで巨神を睨み付けていた健やかを、誰かが背後から呼
んだ。
 振り向かずとも分かる。
「るーちゃん……」 
 先程まで前線にいた彼は、全身傷だらけだった。
 彼の後ろには、緒方英二教師とHM三姉妹――マール、ルーティ、ティーナ
――、そして黒猫を連れた来栖川芹香がいる。
 緒方が口を開く。
「健やか君……君の力が必要だ」


***********************************

【二時間前】


「……終ったか」
「アア」
 図書館地下迷宮の大広間。
 ラルヴァのガディム召喚の儀式は遂に完成した。
「デ、ドウスルノダ? コノママ放ッテオイテモガディムハ現レルガ、今スグ
呼ビコムコトモ出来ルゾ」
「無論、こちらから呼ぶさ。変な場所に出現されても困るからな」
「……ドウイウコトダ?」
「こういう事さ。」
 ハイドラントが言った瞬間。
 大広間の扉が激しい音を立てて開いた。
 その向こうから、完全武装した黒衣の男達が雪崩れ込んでくる。
 先頭にいるのは葛田玖逗夜だ。
「何ダッ!?」
 咄嗟に状況を把握出来ないラルヴァリーダー。
 百人余りの黒衣の男達――ダーク十三使徒の精鋭は、問答無用でラルヴァ達
に襲い掛かった。
 儀式で疲労していたラルヴァ達は、ろくに抵抗も出来ない。
 葛田を始めとする十三使徒は、草でも刈るようにラルヴァ達を屠ってゆく。
「コ、コレハ何ノ真似ダッ!」
「貴様らの出番はここまでだ」
 怒りと驚愕の叫びを上げるラルヴァリーダーに、ハイドラントは嘲りを込め
て告げた。
「今後、余計な真似をされては困るのでね。
 出番の終った役者は、とっとと退場してくれ」
「貴様ァァァァァッ!!!」
 逆上したラルヴァリーダーが、ハイドラントに火炎球を投げつけた。
 彼は避けようともしない。
 ヴンッ!
 ハイドラントの目前で、火球は方向を転じた。
 即ち、放ったラルヴァ自身へと。
「ガッ…!」
 自分の放った炎に焼かれ、苦悶の呻きを上げるラルヴァリーダー。
「……消えろ。お前達がいると、均衡が崩れるのだ……」
 反転能力で火球を叩き返したT−starが、無情な声音で言った。
「クッ……オノレッ……!」
 尚も攻撃をかけようとするラルヴァ。
 しかし、その時、彼は風のように踏み込んできた人影を見た。
 青い髪の少女。
 両腕には大鎌。
 それが、一閃。
 ……ラルヴァリーダーが最後に見たものは、首を切り落とされた自分の体だっ
た。
「……ごめんね。」
 息絶えた悪魔を見下ろし、むらさきは小さく呟いた。


 ハイドラントは、校舎の屋上からグラウンドを見下ろした。
 体育祭も今がたけなわだ。
 無数の歓声が彼の耳に届く。
「……本当にやるの? お兄ちゃん……」
「やるさ」
 不安そうなむらさきの言葉に、不敵に答えるハイドラント。
「ここで呼ばなけりゃ、世界のどこかにガディムが出現して、取り返しのつか
ないことになる。……もう、やるしかないんだよ」
 葛田の言葉は、むらさきにというより自分自身に向けられているようだった。
「Leaf学園。力ある者達が集まるこの場所に呼び出さねば、均衡は保たれ
ない。」
 T−starはいつも通りだ。善と悪の均衡を保つことのみを考えている。
 今回のガディム召喚に異を唱えなかったのも、長期的に見れば均衡を保つこ
とに繋がると判断しての事だ。
「………」
 弥生もいつもと同じく、冷たい表情で黙っている。
 ただ、その表情に、かすかな期待感のようなものを、ハイドラントは見て取っ
ていた。
 その後ろにいるたけると電芹は、これから起こることを理解しているのかい
ないのか、のほほんとお茶の準備をしている。訳も分からず電芹に連れてこら
れた菅生も、取り敢えず黙って様子を見ているようだ。
「……では、いくぞ」
 ハイドラントは天を振り仰いだ。
 一面の青空。
 中天に輝く太陽に挑むかのように、ハイドラントは叫んだ。
「開け! 異界の門よ!!!」


 ……赤。
 ただ、ひたすらに、紅い。
 世界が黄昏の炎に包まれた。
 神の、降臨。


 グラウンドの中央に、それは現出した。
 青黒い体の巨神。
 破壊神ガディム。
 生徒達は、一瞬前までの喧騒が嘘のように、静まり返っている。
 ただ呆然と、神の姿を見詰めている。
 

 ハイドラントの顔に狂喜の笑みが浮かぶ。
「さあ、生徒諸君……体育祭特別競技の始まりだ。
 精一杯、健闘するがいい!」  


***********************************


「オオオオオオオオオオオオオ!!!」
 巨神の咆哮。
 破壊的な風が生徒達に吹き付けた。
「M.A.フィールド!」
 セリスの絶対防御壁が、辛うじて生徒達を守る。
 しかし、これももう限界だ。
 彼のM.A.フィールドは、強力であるが故に、多大な体力を消耗してしま
う。
 最早セリスにはフィールドを展開するだけの力が残されていなかった。
「次に攻撃されたら、もう……」
 セリスの呟きの後半は、誰の耳にも届かなかった。
 が、誰もが分かっていた。
 もう、駄目だ。
 生徒達の力は尽きかけているのに、巨神の勢いは留まるところを知らない。
 絶望感が生徒達の間に広がる。
 それを感じ取ったのか。
 巨神の顔が、にやり、と笑みのような形に歪んだ。
 そして、最後の攻撃が生徒達を襲わんとした、
 まさに、その時。
「諦めちゃ、駄目っ!!!」
 生徒達の背後で、少女が叫んだ。
 ティーナ。
 その周りには、彼女の二人の姉と、来栖川芹香、そして健やかの姿があった。
 健やかが先頭に立ち、そしてHM三姉妹らがそれを支援するように後ろに控
えている。
「……el…de……fer……lu……」
 先頭の健やかは一心不乱に呪文を唱えていた。
 その表情は苦しげだ。
「みんな、健やか君に魔力を!」
 緒方英二が三姉妹たちに叫ぶ。
「この学園は……」
「あたしたちが……」
「守るんだ!」
 三姉妹が、緒方の指示に従い、健やかに全ての魔力を注ぎ込んだ。
「御主人様、いきますにゃ!」
「………」
 そして、芹香とエーデルハイドも。
「ぐっ……うう……」
 圧倒的なまでに巨大な魔力を体内に注ぎ込まれ、健やかの顔が苦悶に歪む。
 だが、彼は、遂に呪文を完成させた。
「我が言葉により……開け、次元門!!!」


 闇。
 闇が。
 巨神の頭上で、口を開く。
 ディメンジョン=ゲート。
 次元の門を開き、対象者を封印するという、健やかの切り札だ。
 とは言え、彼の力ではガディムを封印することまでは出来ない。
 高度な魔法存在であるHM三姉妹らの力を借りて、辛うじてガディムを次元
の彼方に飛ばすことが出来るかどうか、というところである。
 それは、賭けだったが――
「ゴォォォォオオオオオオ!!??」
 果たしてガディムは、次元門の力に辛うじて抵抗していた。
 大地に爪を立て、己を吸い込もうとする力に抗っている。  
「今だ、みんな! ありったけの攻撃を叩き込んで、奴の力を弱めろ!!」
 月島が叫んだ。
 事の成り行きをやや呆然と見ていた生徒達が、この言葉で我に返った。
「いっけぇぇぇぇぇ! 正義の鉄槌!!!」
 真っ先に動いたのはHi−waitだ。
 超重力の波がガディムを叩き伏せる。
「波紋よ!!!」
「精霊よ!!!」
 自壊連鎖、そして擬似球電。
「塔」柏木教室の誇る、「天魔の鬼女」柏木梓と、「死の速攻」来栖川綾香の、
切り札とも呼べる魔術だ。
 更に。 
「悪逆酷薄獣心非道苛烈残虐鬼畜ストライィィィィィィク!!!」
「我が契約により………聖戦(リーフファイト)よ終われ!!!」
「真! 流星!! 初音…子犬けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
 風見&美加香、Rune、ゆきの奥義三連打。
 ちなみに鬼畜ストライクの弾に使われたのは……
「やっぱ俺かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 頑張れ、浩之。
「SS不敗、最終奥義……石破、楓らぶらぶ、天狂拳!!!」
「神威のSS、絶神奥義……闇黒天鳳拳!!!」
 それに続いて、SS不敗流宗家西山英志と、神威のSS宗家EDGE、最強
兄妹の最大の攻撃が炸裂した。
「グオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「シャアアアアアアアアアアアア!!!」
 とどめとばかりに、鬼と化した耕一と柳川、彼らに率いられた剣士や格闘家
らが近接攻撃を仕掛ける。
 そして、遂に……


 巨神の体が、地から離れた。
 最後まで大地に食い込んでいた爪も、深い傷痕を残しつつ、引き剥がされる。
 巨神の姿が、少しづつ、少しづつ、次元門の中へと呑み込まれてゆく。


「オオ……オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


 それは、この世界の命を貪ることが出来なかった事への悲しみか。
 それとも、自分を拒絶したこの世界への怒りか。
 最後に、ひとつ叫びを上げて、
 破壊神ガディムは、次元の彼方へと消えていった。


「見事だ……」
 屋上では、ハイドラントが満足そうに頷いていた。
「………」
 その横で、弥生は、小さく溜め息をついた。


「終った……」
「終った、な」
 誰からともなく、呟く。
 そう、終ったのだ。
 Leaf学園は、一つの危機を乗り切ったのである。
「しかし、あれは一体何だったんだ?」
「さあなあ?」
「噂に聞いたSGYか?」
「全然違うって。あの戦いに参加した奴は知ってるが、SGYってのは薔薇臭
いんだ」
「芹香先輩、何か知らない?」
「…………」
「え? 心当たりがあるから、文献で調べてみる?」
「それより、体育祭どーすんだ?」
「中止か?」
「千鶴先生が何か言ってるぞ」
「体育祭は休憩してから再開しまーす」
「あ、得点板が吹っ飛んでるじゃねーか。誰か記録してたか?」
 一瞬前までの戦いはどこへやら。
 生徒達は体育祭の中へと戻っていった。
 L学園は、不条理が大手を振って太陽の下をまかり通る世界。
 存亡の危機も、乗り越えてしまえばすぐに過去のものとなる。
 そして、また学園の「日常」が始まる。
 ……筈だったのだが。
「ちょ、ちょっと……あれ!」
 神無月りーずが、空を指差して叫んだ。
 皆が彼の指差す方向を見る。
 そこには……
「……嘘だろ、おい……」
 鈴木静が愕然として呟いた。
 闇。
 先刻、奴を呑み込んで閉じた筈の次元門が、再び口を開いている。
「ひ、浩之ちゃん……」
「………!」
 あかりは浩之にしがみついたが、彼も絶望感に歯ぎしりするだけだ。
 生徒達が呆然と見守る中、次元門は完全に開いた。
 そしてその中から、破壊神が再び――
 …………
 現れなかった。
「へ?」
 Foolの顎がかくんと落ちる。
 現れたのは三人の女だった。
 赤い髪をお下げにした、剣を担いでいる女。ストレートのロングヘアの女。
そして杖を持った女。
「勇者御一行様、登場!」
「……あれ、なんか覚えのある顔がちらほら見えるな」
「どうやらこの世界は、先日のあの世界と近い座標にあるようですね」
 唖然とする生徒達の前で、彼女達はそんな事を言っていた。
「え、えーと……どちら様?」
 彼女らの近くにいたbeakerが、恐る恐る声をかけた。
 赤い髪の女が待ってましたとばかりに胸を張る。
「私はティリア。勇者よ」
「勇者?」
「そう。……実はこの世界は、大変な危機に晒されているの。
 破壊の神、ガディムに狙われているのよ!」
「…………」
「そこで私たちは、この世界を救うべくわざわざやって来たというわけ。
 でも私たちだけじゃ力が足りないわ。だから、この世界の勇者を――」
「あのー……一つだけ聞きたいんですが」
 語りモードに入っているティリアに、beakerが遠慮がちに言った。
「なに?」
「そのガディムって、青黒い体のでっかい鬼みたいな奴では?」
「あら、良く知ってるわね。どうして?」
「いや、なんつーか……」
「もう、片付けちゃったんですけど」
 口篭もったbeakerに代わって、沙留斗が横から口を挟む。
 ティリアが硬直した。
「……はい?」
「だから、もう片付けちゃいました」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
 ぴょ〜〜。
 そんな擬音で表現されそうな風が、三人娘と生徒達の間を吹き抜けていった。
 どーしよーもない静寂。
 永遠とすら思える沈黙の後、長髪の女がぼそりと言った。
「……帰るか」
 

***********************************


 第二茶道部部室の奥、コンピュータールーム。
 無数の機械に埋め尽くされたその部屋に、ハイドラントはいた。
 そしてもう一人。
「どうだ、皇華。うまくいったか?」
「はい、兄様。データ収集は完璧です」
 室内の機械群と自分の体を何本ものコードで繋いでいる一体のセリオは、ハ
イドラントの言葉に小さく頷いた。
 金色の瞳のセリオ――オーガセリオ。
 又の名を強化人間壱型「皇華」。
 今は「皇華」としての姿ではなくセリオの姿であるが、それでもハイドラン
トは彼女を皇華と呼んだ。
 その皇華は今、学園の遥か上空に浮かぶ人工衛星とリンクしている。
 サテライトシステムを使い、ガディムと学園生徒との戦闘の一部始終を克明
に記録していたためだ。
「ならば、いい。わざわざ破壊神を呼び出した甲斐があったというものだ……」
 ハイドラントがにやりと笑う。
 学園生徒の最大戦闘能力の情報収集。
 彼が今回の事件を引き起こした目的は、それであった。
 来たるべき日の為に……。
「敵を知り、己を知れば、百戦するも危うからず――さ。
 近いうちに、我ら十三使徒は学園に挑む。
 そして勝つのは」
 ぐっ、と拳を握り、不敵に笑うハイドラント。
「我々だ」
「…………」
 皇華は、ただ静かに、金色の瞳で彼を見上げている。
 彼女の瞳に映った己の姿を、ハイドラントが見ることはなかった。




                             体育祭Lメモ「幕間劇」 END