Lメモ未来編『望まれぬ生命 ――罪鬼――』Aパート 投稿者:ジン・ジャザム
 その場所はただ一言、「異様」と表現できた。
 『プラント』のメイン・ユニットが設置されていた地下の空間。
 ひたすらに広く虚ろな空間を、胎動する闇が隈無く満たしていた。
 そして闇以外、この空間を満たすものはなかった。
 だが今は、吹き飛ばされたゲートから射し込む光が、闇を押し潰す。
 闇が押し潰された場所から、光がさらにその周りの闇に染み込む。
 空間に欠落が生まれ、偽りの充足が暴かれる。
 虚ろがさらけ出される。
「何も……ないじゃないか」
 へーのきの声が虚ろに木霊した。
 『プラント・ハデス』。
 へーのきとDシリーズが守護していたこのプラントは、ジン・ジャザム――
先程は言った情報によると、柳川が造ったコピー体――による襲撃を受け、メ
イン・ユニットを奪われている。
 へーのきたちは調査のために、今まで禁制の間であった『プラント』内部に
足を踏み入れた。
 ささいな手がかりも見逃すまい。
 そう思っていたものの……
「本当にここにメイン・ユニットがあったのか……?」
 へーのきがそう疑っても仕方ないほど何もない。
 本当に虚ろな、広いだけの空間。
「いえ……違います。見て下さい」
 Dマルチが前方を指差した。
 へーのきと他のDシリーズたちも視線をそちらに向ける。
 そこは辛うじて光が届くぎりぎり範囲内。
 弱い光に照らされて、それは確かに存在していた。
「……あれは?」
「ジュウジカ。ジュウジカ」
 Dボックスが相変わらず意味不明な台詞の繰り返しをしているが、そのとお
り、それは十字架だった。
 それも普通の十字架ではなかった。
 大きさは人間3人分くらいだろうか。
 色は暗くて分かりづらいが、おそらく紅。
 それだけなら、別に何でもない。
 異常なのは、それが宙に浮いているということ。
 その十字架は何の支えもなく、虚空に浮いている。
「何なんでしょうか、これは?」
 Dセリオが当然の疑問を投げかける。
 それもそうだ。
 世界を浄化するシステム、メイン・ユニット。
 それが設置された『プラント』の最奥、何ものも侵入を禁じられた禁制の間。
 全世界を支えているといっても過言ではない、この空間に存在しているのは
紅い十字架がただ一つ。
 まったくもって理解不能である。
 それでもへーのきはそれを詳しく調べようと、十字架に近寄った。
 そのとき

ぬる……

 足元が何かに滑る感触があった。
 何事かと地面をライトで照らしてみる。
 ライトに照らし出されたのは紅い地面。
 十字架と同じ色の地面。
 その紅い地面は妙な光沢を持ち、ライトの光を跳ね返していた。
(まるで液体のような……液体?)
 そのことに気付いたとき、生臭い匂いがへーのきの鼻を刺激した。
(これは……血!?)
 慌てて、周りも照らしてみる。
 想像通り、辺りは血の海だった。
 思い当たって、今度は十字架を照らしてみる。
 十字架の下方から紅が滴り落ちる……十字架はやはり血染めの十字架だった。
 滴り落ちた血は地面に落ちて、波紋を広げる。
 血の海の上に浮かぶ、血染めの十字架。
 その異様な光景に、へーのきは戦慄を覚えた。
「誰カガ怪我デモシタノデショウカ?」
 少しズレたDガーネットの台詞は無視して、へーのきはDマルチに視線を送
る。気付いたDマルチは、だが、かぶりを振った。
「すいません。『プラント』に関する情報は私のデータベースにも登録されて
いないのです」
 分かってはいたことだったが。
 ここまで徹底した秘密主義。
 Leaf学園の出身者であり、この『プラント』の責任者である自分にも知
らされないメイン・ユニットの正体。
 さらなる戦きが、へーのきを掻き乱す。
 何か……何か想像を絶することが起きそうな予感。
 柳川の襲撃も、その前触れにしか過ぎないのかも知れない。


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             『望まれぬ生命』



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              ――罪鬼――


 鶴来屋直属のメディカル・センター。
 鶴来屋本社の近くに建てられたこの医療施設は、来栖川の総合病院に匹敵す
るほどの設備を整えている。
 その施設内――医学的な治療の他に、魔術等の超常的な治療も必要とする患
者を受け持つ病棟――に東雲恋はいた。
 ベットに上半身だけ起こして、じっと遠くを見つめるその表情には感情がな
い……5年前の戦いのせいだ。
 あの戦いで、彼女の魂は一度打ち砕かれた。
 完全崩壊は免れたものの、彼女の躰に再び心が宿るのには、まだまだ長い時
間を必要としている。
 そんな彼女を見下ろす者がいた。
「ふん……抜け殻同然だな」
 柳川の声でその者は語る……量産型ジンだ。
 ジン=柳川は恋の顎を掴み、彼女の顔を覗き込む。
「だが、それでも貴様には断罪者となる権利がある。さあ俺と共に来るが良い、
恋……いや、『煉』よ」
 ジン=柳川が恋を抱きかかえようとした。
 だが、そのとき。
「恋に……触るな!」
 開け放たれた扉のところに彼女の兄、忍が炎の剣を構えて立っていた。
 忍の視線がジン=柳川を射抜く。
 ジン=柳川はゆっくりと忍の方を振り返った。
「ふん……また貴様か」
 たいして面白くもないように、鼻を鳴らすジン=柳川。
 忍はジン=柳川を睨み付けたまま静かに、しかし鋭く告げた。
「恋に何かしてみろ……そのときは、どんなことをしてでも殺してやる!」
 忍の台詞に、ジン=柳川の口元が嘲笑に歪む。
「貴様に何が出来る? 先程のジンとの戦いで立っているのもやっとではない
のか?」
「………………」
 正直、そのとおりだった。
 あの場所からここまで駆けつけるだけでも、今の彼にとっては相当辛いこと
だった。
 これ以上の戦いには耐えられない。
 躰はそう告げている。
 しかし。
「恋を守るためなら……僕は何だって出来るさ」
 彼の闘志は挫けなかった。
 そんな忍の姿に、ジン=柳川はあからさまな嫌悪を見せる。
「守る? お前が『煉』を守るだと? 自惚れだよ、それは……」
 恋のベットから離れ、忍にゆっくりと近付くジン=柳川。
 忍の躰に緊張が走る。
「貴様のようなカスと『煉』とでは存在の価値が違うのだよ。下等生物の分際
で、烏滸(おこ)がましいわ……!」

爆っっっ!!

「がああああああああああああ!!!!」
 忍の胸にビームが命中し、爆発を起こす。
 忍はたまらず地面に崩れ落ち、胸を押さえて藻掻き苦しんだ。
 ジン=柳川は忍を見下ろし、その手を鬼の爪へと変化させる。
「いかにゴミとはいえ、ウロチョロされては不愉快だ。二度と動けぬように、
その四肢を引き裂いてくれる」
「くっ……!?」
 動けない忍に、ジン=柳川の爪が無慈悲に振り下ろされる。
 そして爪が忍の右腕を切り落とす……その寸前。

業ォォォォォォォォォォッッッ!!

 ジン=柳川の全身が何の前触れもなく燃え上がった。
「!!!!!?」
 ジン=柳川も、忍も突然のことに驚愕し、辺りを見回す。
 そして彼らが見たものは……

「駄目……やらせない……」

 ベットの上で、こちらに右手を向けて呟く恋の姿だった。
「れ、恋!!!?」
 恋がこの5年で初めて、意志のこもった言葉を発したことに忍はさらに強い
驚愕を覚えた。
 ジン=柳川は炎上しながらも、冷たい瞳で恋を睨む。
「……これはどういうことだ、『煉』?」
 ジン=柳川の問いに答えてか、そうではないのか、恋がまた呟く。
「……お兄ちゃんを傷付ける奴は、お兄ちゃんを汚す奴は、絶対許さない……
私のお兄ちゃん……私の総て……何よりも大切なもの……」
 恋の表情は虚ろのままだ。
 ジン=柳川を包む炎が、さらに激しさを増す。
 鋼鉄が融点を超えて、飴色に溶け出す。
「そうか……お前は『煉』としてではなく、『恋』として生きるのだな?」
 業火の中、瞳だけは冷たいままにジン=柳川は語った。
「ならば兄への想いと共に、絶望と苦痛を生きよ。愚かしく醜き罪人として、
『最後の審判』にその身を焦がすが良い……」
 そして、総てが溶け落ちた。
 病室には忍と恋だけが残される。
 忍はゆっくりとした足取りで、恋の元へ歩み寄る。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」
 恋は相変わらずの表情のまま、うわごとのように忍を呼び続ける。
 思わず忍は、恋をその胸に抱いた。
「恋……すまない……恋……」
 それは何に対する謝罪なのか、自分でも分からないままに、忍は何度も何度
も呟いた。
 涙が、こぼれ落ちる。
 こぼれた涙の一雫が、恋の頬に落ちて、弾けた。

・
・
・

 その頃、鶴来屋。
 忍と別れた千鶴はその後、ゆきと合流。
 『プラント』がある地下へと駆けつけた。
「はああああああ!」
 ゆきが千鶴を庇いつつ、ビームモップを振るう。
 ゆきは、量産型ジンが動かなくなるのを確認してから、千鶴に振り返った。
「大丈夫です? 千鶴さん?」
「ええ……大丈夫」
「もう昔ほど戦う力もないんですから、無理しちゃ駄目ですよ?」
 5年前の戦いで、瀕死寸前にまでなった千鶴は、もうあの頃ほどには戦えな
くなっている。
 それは必ずしも身体的要因ばかりではない。
 千鶴を瀕死に追い込んだ敵を憎悪し、自らの忌まわしき力を解放したジン。
 ジンの死が千鶴の心に、重くのしかかっている。
 でも……
「それでも『プラント』のメイン・ユニットだけは……守らなくてはいけない
から」

 ――でないと世界は滅びる。

 ゆきが頷いた。
「そうですね……急ぎましょう」
 千鶴も頷き返す。
 そして再び地下を目指す。

 ――でも、それはジン君を凌辱し続けるという意味。

 千鶴の心に痛みが走る。
 それは刃がこぼれたナイフを叩きつけられたかのように、鈍く、重く、えぐ
るように。
 罪の重さ。
 罪の痛み。
 逃れられない苦しみ。
 もし、あのジンが、本当のジンだったら、本当に自分を裁きに来たのなら、
どれだけ救われたことだろう。
 でも救われるなら、それは裁きではない。
 ならこれが、罪の苦しみが、彼のもたらした裁きだろうか。
 そんな考えも、自分が苦しみを紛らわすための、言い逃れに過ぎないのか。
 巡る思考の迷宮。
 少しずつ彼女を蝕む、無限の回廊。
「千鶴さん……!」
 ゆきの叫びが、千鶴を現実に連れ戻す。
 ゆきの視線の先にあるものに気付き、千鶴もまた叫んだ。
「梓!」
 それは量産型ジンに敗れ、地面に伏した妹の姿だった。
 慌てて駆け寄る千鶴とゆき。
 傷だらけの梓の身体を抱え起こす。
「大丈夫、梓!」
「うっ……千鶴姉……」
 怪我を負ったその姿は痛々しいが、どうやら命に別状はないらしい。
 千鶴は安堵の息を吐いた。
「ジンたち……が……この奥……『プラント』に……」
「分かっているわ。大丈夫よ、梓」
 妹を安心させようと、千鶴が微笑む。
「とりあえず、救護班を呼んで梓さんを運んでもらいま……」
 2人の様子を見守っていたゆきが、その台詞を言い終わる前に

ふごぉぉぉぉぉぉぉんっっっっっ!

 一際、大きい爆音が鶴来屋を震わせた。
「あたしなら大丈夫だよ……先に行って……」
「でも……!」
「『プラント』を……落とされるわけにはいかないだろ!」
 梓の真剣な眼差しに、しばらくして2人は頷いた。
「分かったわ、梓。今、救護班が駆けつけると思うけど、それまで辛抱してね」
 梓が頷くのを見て、2人は再び駆け出した。
 とにかく今は、自分に出来ることをやるしかない。
 覚悟にも近い決意を固め、千鶴は『プラント』を目指す。

・
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「酷いな……これは……」
 廠気の調査から帰ってきた綾香と悠朔を迎えたのは、破壊の限りを尽くされ
た来栖川本社ビルだった。
 そこかしこが破壊され、炎上し、警備兵たちが倒れている。
 怪我人を救助するため、多くの者が慌ただしく、社内を駆け回る。
「綾香さん、悠朔さん……」
 声のした方を振り向くと、包帯姿のdyeが、頼りない足取りでこちらに歩
いてきていた。
「無茶しないで下さい、dyeさん。決して軽い怪我ではないんですよ」
 後ろからセリオがdyeを支えようとする。
 だが、dyeは手でそれを制した。
「dye! いったい何が起きたの!?」
 綾香が興奮した口調でdyeに尋ねた。
 dyeは怪我が痛むのか、額に脂汗を浮かべながらも、それに答える。
「……柳川先生です。柳川先生が『プラント』を奪取するために、ジンさんの
コピー体を使って……」
「………………何ですって?」
 dyeが説明を続けるにつれ、綾香の顔が蒼白になっていく。
 悠朔も同様である。
「ジンさんのコピー体は、他のものには目もくれず、『プラント』を目指して
います。『プラント』の直前で岩下さんとセリスさんが戦っているはずですけ
ど……」
「いつまでもつか……だな。早く助けに行かねばなるまい」
 悠朔の言葉に綾香が頷く。
 2人は『プラント』に向かおうとした。
 そのとき。
「……大変です!」
 智波が息を切らして、駆けつけてくる。
 その表情には、焦りがありありと見て取れた。
「どうしました、智波さん?」
 セリオが尋ねる。
 智波が即答した。
「ご主……芹香さんがどこにもいないんです!」
「姉さんが!?」
 綾香が叫び声をあげる。
「まずい……もしや柳川先生に捕まったんじゃ……」
「いったいどこに……!?」
 智波だけではなく、その場にいる全員に焦りが生じる。
「おそらく芹香様は『プラント』でしょう……」
 突然、後ろから聞こえてきたセバスの声に、全員が振り返る。
 振り返ったとき、『プラント』の単語を聞いたときの綾香の表情を、智波は
見逃さなかった。
「ここの指揮は源五郎の奴に任せておきましょう。dyeは大人しく寝ておれ。
セリオ、dyeの看護を頼む」
 セバスが素早く指示を飛ばす。
 セバスの視線と、綾香の視線が重なった。
「急ぎましょう……柳川は芹香お嬢様に何をしでかすか分かりませんぞ」
 セバスの重い言葉に、綾香が黙って頷く。
「そうね……急ぎましょう。ことは一刻を争うわ」

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