シャッフルL「夢路、来た道、戻る道」(前編) 投稿者:風見 ひなた

 今回の課題
 
 主人公:きたみちもどる
 キーワード1:北の温泉宿
 キーワード2:キノコ

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 雪がしんしんとふっています。
 真っ白な世界が俺の目の前に広がり、ともすればあの白の中に埋もれてしまいそう。
 魂までが引き込まれるような幻想的な光景の中で僕、きたみちもどるは愛娘の靜と
寄り添いながらあの雪を……雪を……
 ……雪ってふわふわしてあったかそうですね。
 うふ、うふふふふ雪が、雪が降ってくるよキレイダネキレイダネウフフフ……
「父上しっかりしてぇぇぇっ!!(がすっ!!)」
「おぐえっ!?」
 僕は水月に強烈な突きを食らって呻き声をあげた。
 激痛と呼吸困難に涙を流しながら見ると、靜が心配そうに僕を見ている。
 ちなみに服装は巨大なリュックを背負った防寒重視の登山服だ。勿論僕も同じ格好。
 これがなければ多分今ごろ死んでいるに違いない。
 僕が目を開けたのを見て、靜はふぇーんと泣き声を上げた。
 ……危ないところだった。
 もう少しであまりの逆境に負けて凍死するところだったようだ。
「父上、もう少しで着くはずだから寝ちゃダメっ!!」
 目尻に涙を浮かべながら必死で僕にすがりつく靜を見て、僕は苦笑した。
「ああ……大丈夫。まだ歩けるから……」
 そう言った僕の目の中に、突然黄色い光が飛び込んできた。
 一瞬幻覚かと思ったが、そうではなかった。
 確かにあそこに灯りが見える。
「靜、見ろ!! あそこに灯りがあるみたいだよ!!」
「えっ!?」
 靜も慌てて僕の目線を追う。
 その顔に先ほどまでの絶望と打って変わった歓喜と希望の色が浮かんだ。
 やっぱりあれは幻覚でも鬼火でもなく、確かにあそこに何かの建物があるようだ。
「父上、もしかしてあれって旅館かな!?」
「ああ、きっとそうだ!! 靜、僕達は助かったぞ!!」
 僕と靜はひしっと抱きあって互いの生存を実感しあうと、目と目をクロスさせた。
 それから先ほどまでの疲労が嘘のように全速力で灯りに向かって駆け出す。
 あそこまで行けばこの死の行軍も終わる。
 そう、町内会の福引きで当てたペアチケットで北国温泉旅行に来たはずなのに何故か
途中で迷って極寒の冬山ブリザード地獄の中を親娘して死にかける冗談みたいな展開と
もこれでおさらばなんだ。
『うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!』
 あの灯火が現実である事を逃すまいとするように、僕達は思わず大声を張り上げて
走っていた。ちなみにこういう時のお約束は知ってるだろう。
 冬山で大声を出してしまうとどうなるのか?
 気付いたときにはもう遅かった。僕と靜がふと気付いて後ろを振り返ったときには、
背後から巨大な雪のカーテンが僕達を包んでしまおうと迫り来るところだった。
 ありていに言えば、巨大な雪崩が僕達に向かって押し寄せてきていた。
「ち、ちちちちち父上どうしよぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「き、決まってるだろう!?」
 僕と靜は顔を見合せてうん、と頷きあってから雪崩に背を向け叫んだ。
『逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
 その暇もあればこそ……僕達はあっという間に雪崩に飲み込まれた。
『ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
 せ、せめて靜だけでもぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!?

 ……僕は今日も不幸一直線です。


 気付いたときには僕は何かの建物の軒下で雪に埋もれていた。
 身体を起こして見ると、靜もすぐ傍で目を回しているのが見える。
 どうやら雪崩に飲み込まれたままこの建物に激突したらしい。遠くに見えた、
あの灯火の正体なのだろう。どうやら予想通り温泉宿のようだった。
 …我ながらよく怪我一つなく生きているもんだ。雪崩を受け止めるこの建物も
また尋常ではないけど。
 僕がくらくらする頭を振って見上げたとき、全ての謎は氷解した。
 そこにはこう書かれていた。
『温泉旅館鶴木屋 激北国雪山店』
 そりゃ雪崩もびびって止まるよね。
 いつのまにか目を覚まして看板を見ていた靜は僕と視線を交わし、同時に言った。
『うわ、前振り長ッ!!』


 そんなわけで僕達はようやく北の温泉旅館にたどりつきました。
 ここはとても静かな場所です。窓の外には雪がしんしんと降っていますが、この
部屋の中は火鉢型ストーブとエアコンという文明の利器のお陰でぬくぬくです。
 雪ってふわふわであったかそう、などと戯けたこと考えても死にません。
 素晴らしい事だと思います。
 僕の横では靜がちょこんと座り、僕にもたれかかって雪を眺めています。
 ああ、本当に静かで……

 がたごとがたがたどすんっ。

「おい初音、机はここに置くんだったか?」
「ジンお兄ちゃん違うよ、料理用の机が別に要るんだよ」
「えさーえさー!! 餌を寄越すのじゃー!!」
「やかましいぞこの真っ白妖怪が!! 静かにしねえと雪原に埋めてあとでどこに
埋めたか分からなくしてやるかんな!!」
「うふふ、なんだかとっても愉快なマスコットだねお兄ちゃん」
「……初音、マジでそう思ってるのか……?」
「餌がダメならメシーーっ!!」

「って、貴方達が何故ここに居るッ!!」
 親娘のラブラブタイムを邪魔され、僕は思わず声を張りあげた。
 部屋の中央で殺したくなるほどアットホームな会話を繰り広げていたジンさんと初音
ちゃんとジンさんの腕に食らいついている白っぽい何かはきょとんとした顔でこちらを
見る。
「何故ってここは鶴木屋だもん」
「ふん、今更何を言ってやがる?」
「めしー」
 ごく当然のような顔をして旅館のハッピを着ている三人(正体不明生物とサイボーグ
込み)に向かって、僕はだんだんと足を踏みならした。
「そーゆーことを言ってるんじゃなーいっ!! ここは鶴木屋は鶴木屋でも極寒冬の
雪山の中の支店でしょうにっ!! 何で僕と靜の団欒を邪魔するように現れるんだ!?」
 すると初音とジンは顔を見合わせ、したっと手を上げてみせた。
「私はアルバイトで支店のお手伝いだよー」
「すんません、千鶴さんに脅されました」
「ジンの扶養家族なのじゃー。めしー」
 何か余計なもんまで手をあげてるよう。
 僕は頭痛を堪えてその場にうずくまった。
 ……僕は靜とラブラブ蜜月温泉旅行をするためにこの辺鄙な極寒ワールド全開の
雪山の温泉旅館まで来たんじゃなかったのか? L学の喧しい連中を相手にしての
校内巡回の激務をしばし忘れ、二人だけの湯治を満喫するために死ぬような思いを
したんじゃなかったのか? 何故ここにジンさん達がいる?
 いやいや、ものは考えようだ。何と言ってもここにいるのは初音ちゃんとジンさんだけ
だ、問題は起こさないだろうし喩え起こったとしてもここは校内じゃない、僕が関知する
ことじゃないはずだよ。よし、ここにいるのは二人だけ!! これで安心!!
 僕は自己暗示を終了し、にっこりと笑いながら顔を起こす。
 そのとき、がらりと部屋の扉が開いた。
「ジンさん、そろそろ料理をお運びして……あ、きたみちさんだ」
「え? あ、本当だきたみちさんやっほー」
 旅館のハッピを着込んだ風見君と美加香さんがこちらを見て、笑っていた。
「って問題人物その2だーーーっ!?」
 その僕の叫びに呼応するかのように、ぞろぞろと扉から人が現れる。
「むっ、きたみちだと!? そうか、働く俺の姿を見に来たか!! ていうか見ろ!!
思う存分に俺を見るのだぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!!」
「問題人物その3ーーーーーーーーーーっ!?」
「え? きたみち先輩がいるの? どこどこー?」
「問題人物のようなそうでないようなその4ーーーーーっ!?」
「ははは、とりあえずどうですお茶を一杯?」
「明らかに超危険人物その5ーーーーーーーーーーーーーっ!?」
「楓ぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!!!」
「言うまでもないその6までーーーーーーーーーーーーーっ!?」
 俺は何故か偉そうに笑っているジンを振り返って、わなわなと唇を震わせた。
「なんでこんなに危険人物ばっかり揃えたんだよっ!?」
「いや、揃えたっていうかエルクゥ同盟全員手伝いに狩り出しただけなんだが」
 眩暈がした。
 エルクゥ同盟……いくら最近出番がないからってよりにもよって温泉旅館の従業員だ
なんて。ていうかいつからこの組織って千鶴さんの人手不足解消要員になったんですか。
いくら何でもご都合主義的って言うかやりたい放題っていうか誰か止めなよ。
 僕がそんなとりとめのないことを考えていると、がらりと急に扉が開いた。
 入って来た人物を見た現在は従業員であるところのエルクゥ同盟メンバー達は、突然
居ずまいを正して廊下へと出て行く。入って来たのは着物を着た美しい日本美人。
 彼女は正座をしてふかぶかとお辞儀をして、丁寧な口調で言った。
「ようこそいらっしゃいました、私この旅館の女将を務めさせていただいている――」
「千鶴先生、言わずとも分かってるんですけど」
 僕がその台詞を遮ると、千鶴先生はひきっと額に血管を浮かせた。
 突然がしっと僕の頭に指を食い込ませ、この上ない笑顔で囁いてくる。
「うふふ、きたみち君たら命が惜しかったらお約束を邪魔しちゃダメよ☆」
「す、すすすみませんボクが悪かったですっ!!」
 僕は0.2秒で反省した。だって命惜しいし。
 千鶴先生は僕の言葉に満足したらしく、小さく頷いてから微笑を浮かべた。
「……ふふ、どう? 私が女将なんて、ちょっとびっくりしたでしょ?」
「はあ、びっくりしたっていうか何でやねんって感じですが。従業員も含めて」
 僕がそう言うと、千鶴先生はくすくすと笑ってみせた。
「ああ、あの子達? 実はね、この旅館って二週間前に完成したばっかりなのよ」
「え?」
「新しい支店を作ろうってことになったんだけど、ほらここってあんまり辺鄙でしょ?
だからお客さんが来るのかどうか分からなかったのよ」
「はあ……」
 常識で考えれば絶対にこないとは思うけどなあ。
 僕はここに辿りつくまでの大冒険を思い返しながら、心中でこっそり呟いた。
「だから、会長である私がじきじきに女将として仮オープンして生徒を呼んでみて、
モニター結果を聞こうじゃないかってことになったの。でも急には従業員を集められ
なかったから、あの子達に臨時で従業員やって貰ってるのよ」
「なるほど、そうだったんですか……て、あれ?」
 僕はちょっとひっかかるものを感じて、千鶴先生の顔を見返した。
「あの、今生徒を呼んでみて……って? 僕、確か福引きでチケットを……」
「あ、それ根回し。テヘ☆」
 千鶴先生はあっさり犯罪行為を認めた。
 純真な生徒をハメといてフォローなしか? ていうかあなた絶対自分の生徒なら何を
されても告げ口しないと思ってやったな。おまけにモニターだから交通手段考えなくて
も構いやしねえと思ってたでしょう。
 ……と僕は一瞬の内にこれだけのツッコミを考えたが、命が惜しいので顔にすら出さ
ないように引きつった笑顔を浮かべた。
「ははは、そーなんですかー。いやあ、騙されちゃったなー(棒読み)」
「うふふ、良かったぁ、君が冗談の分かる子で。もしも怒り出しちゃって、あまつさえ
法的手段に訴えるとかぬかしたら私のこの手で……」
 千鶴先生はぎらりと爪を光らせたが、すぐに後ろに引っ込める。
「えへへ、何でもないの☆ 気にしちゃダメよ?」
「もう何があっても気にしやしませんとも、ええ。死にたくないし」
「きたみち君はいい子ねー。先生、物分かりのいい子は好きよ」
「……好かれなくても良いから生きて帰してくださいね」
「まあ、きたみち君たら冗談が上手なんだから☆」
 あの『冗談』ってどういう意味ですか先生?
 ツッコミを入れそうになった僕は、ふとそれよりももっと重要な事に気付いてしまった。
 それはあまりに突然に浮かんだため、僕は気付けば止めることも出来ずに口走っていた。
「ところで先生、公務員が副業していいんですか?」
「命が惜しければ今言ったことは全て忘れろ♪」
「はい☆」
 僕はぷらーんぷらーんと鬼化した千鶴先生に吊り下げられながら速攻で返事した。
 やっぱり千鶴先生は僕の睨んだ通りの人だと思った。
 ちなみに靜はこの間、気持ち良さそうにずっと眠っていたのだった。