登場人物紹介 初音:妹1。健気で可愛い模範的な妹。記憶力と触覚が異様に発達。「お兄ちゃん」 楓:妹2。無口でミステリアスな妹。時々前世について語る。「お兄さん」 梓:妹3。勝気で料理上手な家庭的妹。巨乳で怪力。「ハイドラント」 瑠璃子:妹4。不思議系で理解不能な妹。趣味は電波。「ハイドちゃん」 マナ:妹5。優等生で賢い妹。必殺技は膝キック。「バカ」 HMX−12:妹6。ロボロボしい妹。量産型。「マスター」 綾香:妹7。格闘家で天才肌の妹。梓と仲良し。「ハイド」 美也:妹8。兄の命を狙ってくる暗殺者な妹。流血大好き。「兄上」 日陰:妹9。食いしん坊で脳天気な妹。普通の女の子。「ハイドお兄ちゃん」 靜:妹10。無邪気に人を斬る妹。兄と父の区別がついてない。「ちちうえ」 むらさき:妹11。バカで知能指数が低い妹。大鎌は銃刀法違反。「おにーちゃん」 好恵:妹12。格闘家で努力家な妹。純和風。「兄貴」 ハイドラント:みんなのお兄ちゃん。凌辱志向。 ======================================= 偽Lメモ外伝『終わらない夏休み』 第一話『12人いる!』 ======================================= 今日も今日で朝が来る。 朝と一括りで表現してもその時刻は人によって様々だ。 ここS県隆山市雨月町5丁目の角を郵便局の方から曲がったところにあるちょっと大 きな一般家庭でも、早起きな住人達はめいめい勝手な時間に起きだして朝を満喫する。 まず午前四時。夏の朝空もようやく白みかけ、曙光が山の端より射す頃に玄関のドア がそっと開く。他の住人を起こさないように静かに出てきたのはランニングシャツに黒 スパッツ、それにジョギングシューズ姿の少女と薄汚れた空手着、黒帯、挙げ句に鉄下 駄姿の少女の二人組。後ろ手に玄関のドアを閉めると、二人して頷き合い、コース決定。 そして早朝の静かな町中を朝の鍛錬として足早に――空手女がブチ壊す。 がらんごろんがらんごろんがらんごろんがらんごろん! スパッツ少女がハイキックを空手女の顎に喰らわせるまで騒音は続いた。 続いて午前五時。ちょっとクセの強い髪をショートに刈り込んだ、猫目の少女がシャ ワーを浴びる。少々眠いがあと一時間も眠ってしまうと学校で起きていられない。朝は ただでさえ風呂が混むのだから、とっとと起きて渋滞を避けるのが賢明だろう。 少女は理論家だった。理論家だが朝が弱かった。 だから同室で眠っていた黒い髪のちびっこをタオルと間違えて風呂場に持ち込んで、 冷水を浴びせてもさっぱり気付かなかった。 黒髪で、家中1、2を争うほどのちびっ子が悲鳴にならない悲鳴をあげた。 風呂場一杯に響き渡る騒音で猫目の少女の意識がようやく覚醒した。 この二人は毎朝こうやって起きる。 午前六時。目覚まし時計を止めたのはショートカットの活発そうな少女だった。眠い 目をこすりこすり、同室の妹二人を眺めやって首を鳴らす。胸が大きいと肩が凝る。 胸なし人口が過半数を占めるこの家では贅沢な悩みと言われるが、本人にとっては密 かに深刻な悩みである。というか胸無し人口少なすぎだ、と胸が大きすぎる彼女は思う。 それはともかく朝食の支度である。ただでさえ大所帯なのに揃いも揃って大食漢揃い なのでご飯を作るだけでも一苦労。幸い致命的な料理下手もいないので2人ずつのロー テーションを組んでいるが、実際彼女の当番の日が一番美味しいと評判である。誉めら れるのは嬉しいが、この家の連中はじゃあこれから彼女に毎日入って貰おうとか言い出 すので油断大敵だ。朝練だってあるのに。 彼女は隣のベッドで寝ていた触覚が発達したちびっ子を起こすと、まだ静かな廊下に 出る。この時点で既に住人の約半数が起きているが静かなものだ。隣の部屋から囁き声 が聞こえるが、これは毎朝のように寝ぼけた住人が同室の住人にシャワーを浴びせ、償 いとして朝の勉強に付き合わされているからでなんら問題はない。 そのまま階下に降りる。ジョギングから帰ってきたスパッツ少女と空手女が腰に手を あてて牛乳瓶を一息に呷っている。何故か毎朝牛乳配達が来る頃に帰ってくるのである。 たとえ急な配達事故や新人が迷子になる等のトラブルがあっても必ずハチ合わせる。 餓えた格闘家の本能が鋭敏にエサの匂いを感知しているのかもしれなかった。 そんなわけはないが。 午前7時。そろそろみんな起きる時間。 一室では腰まで伸ばした長髪に埋もれるようにくうくうと寝ている少女に、寝てる間 に隣のベッドに侵入した紫色のセミロングの少女が絡みついていた。具体的に表現する と、長髪の少女の頭に紫髪の少女が噛み付いているのである。 そーめん美味しい、とか寝言をほざいている。 後で激怒されるのは解っているのに毎朝やるのである。バカはバカをやるものだ。 一室では同室の姉妹二人が立ち去った後、黒髪のボブカットの少女が安らかな寝息を 立てている。起きているときは神秘的な少女なのに、寝ているときは子猫チックだった。 何が子猫チックと言って、背を丸めて寝ているのである。指は枕に軽く爪を立てている。 にゃう、と小さくないた。寝ている子猫の夢を見ているのかもしれない。 人によっては殺人的な可愛さだが、生憎とこの家ではただの寝ぼすけ少女だった。 一室では短髪の少年が穏やかに眠っている。横顔も凛々しく、寝顔からでさえ独立心 と意志の強さを窺わせる際だった二枚目だ。ぎりぎりと歯ぎしりした。台無しだ。 眠りはかなり深いようだ。もうしばらくは起きそうにない。 一室では和風の寝間着を着込んだ幼女が、わざわざベッドの上に布団を敷いて眠って いた。枕も和風の高くて固いものだったが、これは寝ている間に隣のベッドの柔らかい 物に交換されている。さすがに固い枕では眠りにくいのだろう。 その枕の持ち主である、不思議な色の瞳をした少女は隣のベッドの上で黙想している。 見つめていると深く吸い込まれそうな瞳だが、その瞳は自らの感情を映すことはない。 がくん、と首が折れた。ちょっとよだれが垂れていた。 ただ寝ていただけらしい。ふとその瞳で時計を見上げた。時間だ。 それまで部屋の隅で身動き一つしなかった緑色の髪の少女が突如顔を上げると、胸一 杯に空気を吸い込んでとんでもない大きさの声で叫んだ。 「ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!」 『朝からうるせえええええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!!!!』 全員起床。 これがこの家の朝である。なお、本日朝のご近所からの苦情電話は15件。 「とゆーわけで、みんなもうちょっと朝は静かにするべきよ」 朝の騒動を総括する綾香の言葉に、梓がむらさきのおかわりをよそいながら応えた。 「いや、というかHMX−12の目覚ましさえなければいいんじゃないの?」 「駄目だよ、だってアレがないとお兄ちゃんやむらさきちゃん起きないんだもん」 初音は初音で楓の味噌汁をよそいながら応える。朝食当番が給仕も兼任するのだ。 「お前ら誤解してないか? 俺は普通に起こされればちゃんと起きるんだぞ?」とハイド。 「ウソだよー、この前むらさきが起こした時はお昼まで起きなかったもん。そのせいで むらさき、朝のこども劇場一回見過ごしてるんだからね!」 「どーせ再放送のカタマリごときでぐだぐだ言うな。てーかお前、あの時は俺を布団から 蹴り落として自分が寝てたじゃねえか。しかも枕をマシュマロと勘違いして喰い破りやが って、お陰であの後自腹で枕買い直したんだぞ!!」 バカの被害は本当に甚大である。 今朝も日陰は起きるなりシャンプーで髪の毛を念入りに洗うハメになった。 マナは隣に座っている少女をちらりと見ると、嫌味ったらしく溜息を吐いた。 「ま、誰かさんみたいに冷たいシャワーを浴びせてくれれば一発で目も覚めるけどね」 「朝からテロ行為でも受けてるのか?」 「ああ受けてるわよ毎朝毎朝!!」 目が覚めて正気になった美也は澄ましたもので、マナとは根本的に性格が合わない。 それでも一緒の部屋で寝起きして未だに部屋を変えろという言葉が出ないのだから、案外 妙なところで気が合うのかもしれない。 「お兄ちゃん、お醤油取って下さい」 梓の身体に隠れてマイペースに高速で食事を摂っていた楓が、ハイドの手元の醤油差し を指さした。ハイドラントは微妙な顔をしながら言われるままに醤油差しを取る。 「なんか……お前に『お兄ちゃん』と言われると遠い記憶を思い出しそうなんだが」 「それは前世の記憶です」 楓が朝からきっぱりと断言した。 「私とお兄ちゃんは前世でも兄妹でした。私はちょっと活発で明るめの女子高生、お兄ち ゃんはどこにでもいるような平凡な青年。私達は兄妹でしたが、同時に深く愛し合う二人 でもありました。しかしそんな平和で愛情に溢れた日々も永くは続かず、私達の仲を嫉ん だ家族によって私達は引き離されるんです。そして実は天使だった私が六翼の翼を広げ、 世界は浄化の炎に包まれて破壊と再生の日が訪れ、神の試練をうち破れなかった罪が……」 「すいませんわかりました、朝っぱらから異常な話題を食卓に持ち込まないで下さい」 こいつはヤベえ、とありありと顔に書いたハイドラントが平謝りした。 「とりあえずそんな記憶を思い出さないように、僕のことはお兄さんと呼んで下さい。 あと出来ればその話はみんなの前でしないように、初音とか既に泣きそうだし」 お姉ちゃんが『また』壊れた……と初音がしゃくりあげていて、梓がその背中を優しく 撫で上げている。みんな一様に気まずそうな表情を浮かべており、平然と食事し続けてい るのは同じく不思議系な瑠璃子と脳天気な日陰、そしてバカで何が起こったか解ってない むらさきだけだった。靜ですら、周囲の様子が凍ったことを察しているようだ。 「ちちうえ……なんか、みんな怖いよ……」茶碗を持ったまま怯えている。 「靜、俺は親父じゃなくて兄貴だって」 ハイドラントはためいきを一つ吐くと、 「ほらみんな、朝の一発ギャグは終わりだ。折角梓と初音が美味い飯作ってくれたんだ、 美味く食おうや」 「あたしは美味しく食べてるよー♪」 それまで黙って食べていた日陰が茶碗を突き出した。 「いえーい、梓お姉ちゃんおかわりー♪ ついでに初音ちゃん、お味噌汁プリーズだよ」 「う、うん……ってもう5杯目だよ!? あたしでもそんな食えないってのに……」 「料理は愛情! 梓お姉ちゃんと初音ちゃんが料理に込めた愛情があたしのリミットを容 易くオーバーブレイクさせるのよっ!!」 「ぐすっ……はい、お味噌汁」 「ふーむ、美味しい……。初音ちゃんはいいお嫁さんになれるねー」 芸風はともあれ、それで凍った空気がようやく緩んだ。 「むらさきもー! 汁かけご飯するー!!」 「待て、そこ!! 私の目が黒いうちはこの家でねこまんまなど許さない!!」 美也が育った地方ではご飯に味噌汁を掛けたものをねこまんまと呼ぶのだった。 彼女にとってねこまんまはお行儀が悪い食べ方NO.1に値する食物らしい。 「いいんじゃねえのか、むらさきなら。ケモノみたいなもんだし」 「むらさきケモノじゃないもん! りせーにちゅーじつなインテルだもん!!」 「それを言うならインテリでしょ」マナはボケられたらツッコまずに居られないらしい。 「あ、さりげなく味噌汁かけたな!! 出せ、戻せ、遠心分離器にかけろっ!!」 「むらさきちゃん、かつおぶしだよ」 瑠璃子がどこから取り出したものか、まるまる削る前の鰹節を掲げた。 ねこまんまを食べている人間に取っては削り節は必須とも言える重要アイテムだ。 「ぶにゃーーっ!! ぶにゃーーーっ!!」 「瑠璃子、煽るんじゃない!! むらさきも落ち着け、野生化するな!!」 「にゃぁぁぁぁーーーーーー!!」 「きゃーーっ、楓ちゃんも猫化したーーーーっ!?」 「楓おねーちゃんが、楓おねーちゃんが『またまた』壊れたよーーーっ!!」 さてこの騒ぎの中、部屋の片隅で充電していたHMX−12は。 「……『またまた』……(ニヤリ)」 黒い笑いを浮かべていた。 食後。 ハイドラントがぶらぶらと家の中を散歩していると、庭の方から何か異様な声が聞こ えてきた。カオラ、カオラともチェイン、チェインとも聞こえる謎の声だ。 恐る恐るハイドラントが廊下から覗き込むと、庭先では好恵が熱く燃え盛る鍋の中身 をしこたま殴りつけているところだった。 「チエェラッ!! チエェラッ!!」 怪しい声は好恵が鍋の中身を殴る時に発せられる掛け声のようだった。 一体何を殴りつけているのかとよくよく見れば、鍋の中には真っ赤に灼けた小石が無 数に熱せられており、鍋の下からは数千度という勢いでカンカンに炊いていたのだった。 無論こんなものを殴れば人間只で済む訳がなく、事実好恵の手からはだくだくと流血し まくっているのだが、好恵は構わず小石を殴り続けている。殴るたびにジュッと音がし て聞くだけで痛く熱そうで、聞いてるこっちが辛くなってきそうだ。 「お前は平和な一般家庭の庭先で何をしとるかっ」 とりあえず背後からケリを入れておいた。 小石を殴ることに神経を集中させていた好恵は不意を付かれて顔面から鍋に強打。鍋 の中身を頭から被り、火だるまになりながら絶叫を上げのたうち回った。 「熱っじゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?」 「あ、そんなに熱かったか?」 「みみみみみみ水っ!! 水水水水水ーーーーーーーーっっっ!!」 「水か。ほらよ」 ハイドは準備されていた消火用のバケツの水を思いっきり好恵と鍋にぶっかけた。 一千度を超えて加熱されていた鍋にかかった水は急速に温度が上がって膨張を開始。 瞬く間に体積を1000倍以上に増長させ、周囲の大気を急激な勢いで押し出した。 これが世に言う水蒸気爆発である。 好恵は飛んだ。ハイドラントは見上げた。 それはそれは見事な飛行だった。墜落したけど。 「のぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーすっ!!!」 「おおおおおっ!! 俺は魔法や魔術なしに生身で飛ぶ人間を初めて見たぞ!!」 ハイドラントは非常に感心して、地面にめり込んだ好恵に向かって惜しみない拍手を送 った。ここまでハイドラントが手放しで誉めることはそうない。自信を持っていい。 「……って言いたいことはそれだけかあああああっっっっっっ!?」 好恵は自身の上に被さった土を吹き飛ばしながら、真っ赤な顔で叫んだ。 「他に何か言うことがあるのか?」 「あんたねぇっ!! これがギャグ作品だからいいよーなものの、ヘタすりゃ死んでるわ よっ!! というかヘタしなくても大惨事になってるわよっ!! 頭正常なの!?」 「人ンちの庭で異常な行為に没頭するような女に言われたくないがな」 「これは空手の特訓なの! だから全然異常じゃないわよ!!」 普通の感覚では異常以外の何物でもないのだが、とハイドラントは思った。 「大体人ンちって何よ、アタシもこの家の住人でしょ!!」 「いや、つーかお前……」 ハイドラントはそこで一旦言葉を切り、言いにくそうにぼそりと呟いた。 「……妹キャラじゃないじゃん」 ………………………………………………………………………………………………………。 「あ、ああああああたしは妹キャラよ!? 原作でも兄が一人いるのよ!?」 「そんな設定初めて聞いた」 「いや、本当なのよ? 私と兄貴は同門で、親父の後継者争いのため骨肉の争いを繰り広 げているのよ? 兄貴に勝つため宿敵の葵や綾香と修行したりするのよ!?」 「もし仮に本当でも、そんなチョイ役極まりないヤツの設定なんて誰も知らない」 「チョイ役……!? あたし、チョイ役だったの!? しかも典型的な!?」 今まで自覚なかったんかい、と思いながらハイドラントはこめかみを押さえた。 色々と思うことはあるが、深くは問うまい。原作とかチョイ役とかも考えるまい。 「分かった。お前がここに居ることは事実だ。それは動かしようがないな」 「あ……そ、そう。良かった」 好恵はあからさまにほっとした表情をした。一瞬ゲシュタルト崩壊しかけたらしい。 「じゃあ今から一つだけ質問するから、これが言えたらお前はここにいていいぞ」 「たった一つ? そんなの楽勝よ、さあ何なりと聞いてみて」 「簡単な質問なんだが……『お前の特徴って何?』」 好恵の顔が凍った。 ハイドラントは言いにくそうに続ける。 「いや、この家にいる連中はみんなそれぞれキャラが立ってるだろ? 今回でほぼ初登場 の美也とかHM−12ですら独特のキャラ立ちしてるわけだ。靜やむらさきみたいなちび っ子ですら独自のキャラがある。で、お前の特徴って何なんだ?」 「そ、それは……その」 一瞬口ごもりかけた好恵の脳裏に、ぴかーんと豆電球が光った。 「か、空手よ!! あたしの特徴は『格闘技』よ!!」 「そうか……なるほどな」 心なし胸を反らした好恵の顔を見ながら、ハイドラントは軽く頷いた。 それから家の奥に向かって大声で呼びかける。 「おーい綾香! ちょっと来てくれ!」 「え゛」 どたどたどた、という音が聞こえて奥から綾香がやって来る。 「何よ、ハイド? ……あら好恵、特訓中だったの?」 散乱する鍋や小石を見ながら訊く綾香を親指で指さし、ハイドラントは言った。 「ここに既に現役エクストリームチャンピオンがいるわけだが……」 「………………………………」 好恵はあっけなさすぎるくらいにあっけなく、再び存在意義崩壊の危機に立たされた。 元々あまり回転が良くない頭を無理矢理回し、なんとかうまい言い逃れを閃こうとする。 この時点で既に言い逃れを考えているところがもうなんと言っていいのか、悲しすぎる。 「あ……綾香の技は確かに凄くて……その……だ、だから!! 綾香の技は凄いけど!! 技は凄いけど、力なら私の方が強いのよ!!」 「こんな事言ってるが綾香、そうなのか?」 「うーん……そうね。確かにパワーは好恵が上ね。」 そう言ってから、綾香は苦笑しながらぶらぶらと白魚のような手を揺らした。 「私はキックファイターというのもあるけど、とても好恵みたいな特訓は出来ないわね」 「ふーん、力なら好恵の方が凄いというのは本当なのか……」 もっとも綾香はその好恵に毎回勝っているわけであり、力だけでは勝てないという証明 でもあるのだろうが。 ともあれ今の好恵にとっては存在意義さえ確保出来ればとりあえずなんでもいい。 「そ、そうなのよ! いわば技の一号力の二号、私はライダー二号なのよ!!」 混乱のあまりわけのわからないことを言っている。 「ふーん、力自慢なのか?」 「そう、力自慢!」 「怪力キャラなんだな?」 「ええ、怪力キャラなのよ!!」 「ふーん……怪力ね」 ハイドラントは振り返ると、家の奥の方を向いた。 「おーい梓ーーー。ちょっと来ーーーーい!!」 「は?」 「何よー、今大鍋なくなって大変で……あ、こんなところにあったの?」 エプロンを付けたままの梓が台所からばたばたと歩いてきた。 「さんきゅー、ハイドラント。これで昼ご飯の焼きそばが作れるよ」 「あ、ちょっと待て梓」 ハイドラントは大鍋を拾って戻ろうとする梓を引き留め、好恵を振り返った。 「好恵、お前空手家なら瓦割もするだろ。何枚が最高記録だ?」 「えー……人が見てる時なら21枚? 自己新なら23枚だけど」 「そうか、じゃあざっと2倍で50枚だな」 そう呟くと、庭の片隅に隠してあった好恵ハウス(=テント)から瓦を勝手に運び出 し、平均的な人間の身長以上の高さにまで重ねた。 「とゆーわけで梓、こいつを割ってみてくれ」 「え? これ、あたしが割るの?」 きょとんとした梓の顔を見て、好恵は慌てた声を挙げる。 「ち、ちょっと! 素人に何無茶させてるのよ!! こんなの手首痛めるわよ!!」 一方で綾香はこめかみを押さえ、深く溜息を吐いた。 「ハイド……あんた、鬼?」 無論それは好恵とは全く正反対の意味だったが。 「まあいいけど……えい」 梓は軽く気負うと、軽やかにジャンプして瓦50枚をチョップ一発で軽く粉砕。 そのあまりにも自然な動作は、まるで達人が気を練って一気に放ったかのような様子に 見えなくもなかった。もちろん本人は本当に自然にやってのけたのだが。 好恵は目の前のあまりといえばあまりな光景に声も出ず、ぽかんと立ち尽くしている。 「……一体これって何だったわけ? ま、いいか……じゃ、鍋は持ってくわよー」 梓がそそくさと退散していくのを目で追いながら、ハイドは小さく頷いた。 「とゆーわけで『怪力』キャラは既にごっついのがいるわけだが」 「……う」 「他に何か……」 「うわーーーーーーーーーーん!!!」 皆まで言わせず、好恵は泣きながらダッシュで駆けだしていった。 それはそれは太陽の方向へ一直線な、見事なまでの逃げっぷりだった。 残された綾香は、ハイドにジト目を向けながらじっとりとした口調でボヤいた。 「ハイド……あんた虐める時はとことん意地悪ねー……」 「うーむ、まさかここまでいじりがいがあるとはなあ……」 小さくなっていく好恵の背中を眺めながら、ハイドは思った。 (あんなのがいいのか……べかやんも物好きだなー……) 午後。昼ご飯を食べた後も、住人達の生活はおおむね勝手気ままである。 夏休みの宿題を今のうちから片づけておこうとする者、夏の旅行の計画を立てて一人で 喜んでいる者、ここぞとばかりにバイトに勤しむ者、昼寝している者、TVの前に座って みのさんの人生相談にうんうんと頷いている者、まさに十三人十三色。 ただ住人の中でも立場が他の者とは大幅に異なる者はおり、彼女の主な時間の過ごし方 は「ご奉公」である。他でもなく当家が誇るロボメイド妹、HMX−12のことである。 「そんなわけでこれから買い出しに行こうと思うのですが」 洗い物を終えたHMX−12は、わざわざ自室で筋トレに励んでいたハイドのところま で来てそんなことを言った。 「買い出し?」 「はい。そんなわけでマスターもついてきてください」 「一人で行け」 「重いです。超重量です。脊椎骨格が壊れます。上腕部マニュピレーターが火花を挙げて スパークします。自爆装置が作動して隆山市はコロナの炎に包まれるかもしれません」 「……虚弱な量産型め」 日頃ロボロボしいくせに、こんな時だけ妙に口が回るメイドロボだった。 まあ実際問題、日々の13人分の食糧調達だけでも相当な量である。しかも揃いも揃っ て成長期だからの一言で済まないくらいよく食べるので、力自慢が最低一人はいないと到 底帰ってくることは不可能である。一度初音とマナと靜に行かせて、見事に遭難されたか らこれは間違いない。じゃがいもの山に押し潰された三人娘を発掘する考古学者むらさき 教授の活躍はそれはそれはシュールなものであった。 この家ではそれ以来、買い出しと言えば年長組の仕事になっているのだが。 「さあ、マスター参りましょう。今日は貴方だけが頼りです」 「……って、行くのは俺だけなのか?」 「はい。他の方々にはそれぞれ大事な御用がおありなのです」 女の『大事な要件』は信用ならない。特にこの不良メイドロボが言うものはなおさらだ。 ハイドラントは露骨に顔をしかめながら、疑わしげに聞き返した。 「『大事な御用』ねぇ?」 「はい。無理に頼めばこの家の、ひいてはこの国の存亡の危機になるやもしれません」 「……美也が自室で旅行計画立ててニヤニヤしてるのは大事な御用なのか?」 「美也様のご計画は今後の我が家の行く末を左右する重大なミッションなのです」 家族旅行ごときで行く末が左右される家って何なんだ。 「……梓が居間でみのもんたの戯言に熱心に頷いているのは大事な御用なのか?」 「梓様は只今数少ない社会勉強の機会に打ち込んでおられるところなのです」 ただ単に梓がおばさん趣味なだけじゃないのか。 「……好恵は何処行った。あいつはこんな時くらいしか役に立たないだろうに」 「好恵様は先ほどマスターが追い出されたきりです。役立たずめ」 何か露骨に聞き捨てならない台詞を吐いた気がするのは気のせいか。 「……綾香が筋トレしてるのは俺と同じじゃないのか?」 「綾香様はエクストリーム大会で優勝されるほどの実力者で、その賞金は我が家の貴重な 運用資金として活用されるのです。貴方様とは違って」 そう言うとHMX−12は心持ち顎をくいっと引いて、ふふんと笑った。 金にならない奴は黙ってろとでも言いたげである。というか実際そう言ってるのだが。 「うわっ、凄えムカつく!?」 「私は心のない機械……貴方様がご覧になられているのは、きっと貴方様自身の心……」 「明らかなウソっぱちをカマしてるんじゃねえっ!! お前が妹じゃなかったら速攻で スクラップにして粗大ゴミの日に出してるところだぞこのロボ子!!」 それまでクルクルと回転しながら挑発台詞を吐いていたHMX−12の動きが止まった。 表情がないので、全身で何やら大きなショックを受けたようなポーズを取っている。そろ そろ表情を出すソフトくらいは買ってやってもいいというか、むしろこれは不気味だ。 「妹……? 私はメイドロボではなかったですか……?」 「いや、メイドロボだが一体全体どういうわけだかこの作品ではお前は妹だ」 原作で『マルチの妹達』だったので、HMX−12は妹キャラなのである。多分。 ここまで性格が悪い個体はいなかったような気もするが、というかそもそも性格付けと いうものはなかったような気がするが、敢えて気にしないことにしておく。 「……私は妹だったのですか? その情報はは……未入力です、マスター」 「無理せず『初耳です』と言え。それはともかく、お前は俺の妹なんだ。ついでに言うと、 俺はお前の兄貴であってマスターじゃないぞ」 「マスターじゃない!?」 その瞬間HMX−12が表現した衝撃はかつてないほどの大きさだった。具体的に言え ばその発声は可聴域ギリギリまで高まり危うく軒下で眠っていた蝙蝠(むらさきペット) の鼓膜を叩き割る寸前であり、メイド服はあまりの衝撃により生じた爆発で焦げ目が付き、 遠くのお空を眺めていた鴉のアーティはそのオーラの高まりに心臓マヒを起こしかけ、つ いでにHMX−12本人は『ガーン』と書かれた看板を掲げていた。 「……いや、お前本当は何者なんだ?」 絶対に今日は電気街に行って表情出力ソフトを買ってこようとハイドラントは思った。 驚くたびにペットのカラスや近所のおじいちゃんを殺されかけてはたまらない。 「私はただの心無き量産型メイドロボです。そんなことよりマスター! 貴方様がマスタ ーじゃないというのは本当なんですか!」 「ああ、本当だ。マスター登録もしたことないしな」 「な……なんということです……マスターがマスターじゃないなんてっ! では、私のマ スターは一体誰なんですか!?」 「さあ……大体お前綾香がどっからか持ってきたもんだし。強いて言えば綾香かも?」 「綾香様ですか!!」 そう叫ぶと、HMX−12はぱたぱた〜と全速力で部屋を飛び出して行った。 メイドロボはどんな走り方をしても絶対に『ぱたぱた〜』と音を立てるのである。まる で日曜午後六時半に全国で放映されているアニメの、永久に歳を取らない幼児様のテケテ ケ〜という足音のように。これに関しては制作者達の熱く譲れない想いがあったとこの前 のプロジェクトXでやっていたが、興味がないのでハイドラントは5秒で寝た。 さて勢い良く部屋を飛び出していったHMX−12だったが、その後すぐさま綾香の部 屋に駆け込んで行った。実際隣の部屋だし、移動距離はほぼ0と言ってもいい。さすがに 壁は厚いので隣の様子は分からないが、ドア越しになら耳を立てなくても中の様子が窺え るくらいである。 「綾香様!! 実は綾香様こそ私の真のマスターでこれまで私がマスターと呼んできた黒 ずくめのあんちきしょうは実はマスターでも何でもない豚野郎だったって本当ですか!!」 誰が豚野郎だ。 「……は?」 さすがに綾香もこのメイドロボの普段より一際バグっぽい発言には硬直したようだった。 「ですから! あの黒ずくめの豚野郎ことハイドラント、略して黒豚野郎は私のマスター ではなく、実はお美しくも神々しい、この薄汚れた地上に降臨なされた最後の女神様こと 綾香様こそが貴方様の恩寵なしでは最早この先一分一秒でも存在してはおれないであろう 脆弱で健気な私めのマスターなのではありませんかとお訊き申し上げているのですっ!」 ……マスターかも知れないと思った途端にこの掌返し様&へりくだり様は凄まじい物が ある。というかお前は本当にメイドロボなのか。実はコスプレねーちゃんじゃないのか。 ハイドラントが思わずそう思ったくらい、見事なまでに問題があるメイドロボである。 綾香もさすがにしばらく固まっていたが、なんとか朧気に事情を掴んだか、困惑した声 でHMX−12に応答した。 「えーと……それは貴方のマスター登録の件かしら?」 「はい! ズバリ情報入力しちゃってください、綾香様は私の御主人様ですか!?」 「うーん、イエスかノーなら『ノー』ね。貴方はあくまでもハイドラントの妹として設定 されているだけで、貴方には厳密な意味でのマスターはいないのよ」 「マスターが……いない!?」 またしてもショックが爆発したらしい。肩のアーティが死にかけたから間違いない。 さすがにその驚きっぷりには不安になったのか、綾香が取りなすように 「まあ、マスターがいないとはいえ貴方はハイドラントの『妹』なのだから、その面では 妹という役柄を演じることが仕事のメイドロボ、と解釈出来ないこともないわね。その場 合は仮想的にハイドラントと貴方より年上と設定された姉全員がマスターに……」 と言いかけたが、その言葉が終わるよりも早くHMX−12は部屋から飛び出していた。 「うわーーーーーーーーーーーん!! 私は、私にはマスターがいないんだーーー!!」 とか叫びながらそのまま部屋の外にいたハイドラントを突き飛ばし、階下へ飛び降りて、 玄関のドアをばたん!と荒々しく蹴破って家から出ていったようだった。 そのあまりの行動の素早さにハイドラントも綾香も止める暇もあればこそだった。 「何? どうしたの?」 立てられた騒音に美也が部屋から出てくる。手に持ったスタンガンは見なかった振りだ。 「いや……HMX−12が本当の御主人様を探しに行った」 「はぁぁ?」 そのやりとりを聞いて、綾香がふぅと溜息を吐いた。 『緊急妹回収委員会』。 先頃泣きながら家を飛び出して行ったHMX−12を家に連れ戻すために急遽設立され た組織である。構成員はハイドラント・綾香・美也。梓やらマナやらは気付かないうちに 買い出しや散歩に出かけていってしまったようだった。 それにしても同じく家を飛び出していった人間の好恵には誰一人として関心を払わなか ったのに、メイドロボのHMX−12にはこの待遇。好恵の立場はますますない。 まあHMX−12はほっとくと何をしでかすか分からないという面もあるが。 「さて、つい5分前にHMX−12が我が家を出ていった件についてだが――」 居間のテーブルの一番上座に座ったハイドラントは、重々しく口を開いた。 「――去る者は追わずということで?」 綾香が盛大にコケた。 「あんた、何でいきなりそんなにやる気がないのよっ!!」 「だって自分から出ていったんだし……ダメか?」 「ダメに決まってんでしょーが! 大体、あんたがいらんこと言ったせいでしょ!!」 椅子から落ちたせいで出来た大きなタンコブを撫でながら、奪回策を主張する。 そんな姉を横目で窺い、美也はふむと頷いた。 「ですが綾香姉上、兄上の言うことにも理はあります。自分から組織を抜けた者を追った ところで、組織につなぎ止めるのは難しいものです」 「だけど、このまま放っておくことは出来ないでしょ?」 「ええ、反逆者を誅するのは当然です。ですから」 美也はごとん、とテーブルの上にゴツいライフルと銃弾を置くと、ニヤリと笑った。 「ですからっ! この対HM用ウイルス弾頭を仕込んだスナイパーライフルがモノを言う のですっ!! この銃弾が彼奴の身体にめり込むや否や、たちまち頭脳回路に神経回路を 伸ばしてウイルスを演算中枢に叩き込みいかなるHMをも強制破壊っっ!!」 『破壊っ!?』 「組織を捨てる不届き者は組織の手によって粛正されねばなりませんっ!! 裏切り者に 逃れ得ぬ死をっ!! それこそが我等ファミリーの血の掟なのですっーーーー!!」 「勝手にそんな掟作ってんじゃねええええええええっ!?」 恍惚と自分の発言に酔っていた美也はハイドラントのスリッパを後頭部に受け、見事に 撃沈された。誰にも気付かれずに家庭内にライフルや銃弾を持ち込んでいるあたり、微妙 に侮りがたいものがある。 「こいつ……本当は風紀じゃなくて十三使徒向きの人間じゃないのか?」 「敵にすると恐ろしいけど、味方にするともっと恐ろしいタイプではあるわね」 冷静な自分への評価を聞きながら、美也が復活した。 「しかし! 見せしめの影響というものがっっ!!」 「誰に見せしめる気だ、お前は!?」 「衆愚に!!」 「この家に衆愚などというものはおらんっっ!!」 ちっ、と美也は舌打ちすると、人間は皆衆愚となる素質をもっているのですよー、とか 呟きながら部屋の隅っこで『の』を描いていじけた。 ハイドラントと綾香はそんな妹を軽くスルー。 「仕方ない……ほっとくと約一名が勝手にヒットマンと化す恐れがあるか……」 「というか言い忘れてたんだけど、ハイド」 「あ?」 「つい先日からマスターを失ったはぐれHMが人間を襲ったとかでロボット管理局が警戒 強化してるんだけど、間違って回収されないかとっても心配」 「先に言っとけっっ!!!」 というわけで緊急妹回収委員会は、ご近所の噂を元に最近主人の元から逃げ出したHM が溜まるという集会所を捜索することにした。集会所と言ってもただの空き地なのだが。 用途不明のまま三本積まれている土管の上には年代物のラジカセを持ったメイドロボが 腰に手を当てて何やら演説しているようだったが、どうやら人間の可聴域外で発音してい るらしく発言内容までは判断できない。ネコミミとシッポが付いているが、耳は一方が鼠 に囓られたように削れている。髪が青いのはそのショックで青く染まったのだろうか。 「……綾香、お前の後輩にあんな顔の奴いなかったか?」 「他人の空似よ、きっと」 「でもバンソーコー付けたらそっくりよね」 どうやらあの青い機体がリーダーのようである。体操服と赤ブルマがトレードマークか。 持ち主のマニアックな趣味を想像させるが、あのメイドロボはいつもあんな格好なのか。 「で、ウチのポンコツは何処だ?」 「半分くらい顔が一緒だからねー……」 「それ以前に何ではぐれHMがこんなにいるの、この界隈……?」 軽く50体を超えるであろうはぐれHM達は、キュイキュイガヤガヤと電波やら音声や らで歓談しているが、その種類はHMX−12、13の他にも12以前の量産以前タイプ や来栖川社以外のメーカー品など多岐に渡っている。あれが全部他人様に危害を加えるこ とが出来ると考えると、正直脅威である。 「まあ脅威っつーか、ぶっちゃけ倫理回路が壊れたHMなんてそうそういないんだけど」 「そういうもんなのか?」 「倫理回路は思考回路の中でもかなり中枢に近い部分だからね。きっと怪我した人間って のは、HMが捨てられてるのを良いことに相当ヤバい行為に手を出したんじゃないの?」 「ああ、HMは自身の身に危害が及んだ場合に限り自己防衛を行うことが出来るって奴」 あまり想像したくない行為であるが、まあ世の中そういうこともあるだろう。 そういうあまりマトモではない趣味の方々がメーカーを訴えたり(正規ユーザーではな い人物が勝手に手を出して怪我したのだから本来保証外のはずだが)、市民団体を焚き付 けたりといった行動の結果、メーカーが被害を被ることを避けるために国と共同で設立し たのがHMのユーザー登録と犯罪取り締まりを主な業務とする『ロボット管理局』である。 とはいえ基本的にユーザー登録業務はメーカーに委譲(というか、そもそも本業なのだが) しているので、業務は犯罪取り締まり。HMにはそもそも倫理回路がかなり強力に設定さ れているので犯罪利用は難しい。というわけでまあ基本的に閑職なわけで、この不況の中 閑職のままの官立企業があるとは何事かということで、のらHM回収には力を入れている。 「……はずじゃなかったのか?」 目の前のHMの集会はどう考えても取り締まりしてます、という感じではない。 「あー、それがね。基本的に市民が通報して回収に動くんだけど、市民が通報しない限り はロボット管理局は何もしないんだって」 「何だそりゃ。それで給料貰えるのか? ……俺も将来そこに就職しようかな」 「別に良いけど、飼い殺しよ? まあこのご時世職があるだけマシだけど」 「で、あのHM達は通報されないの?」 「それがどうやら早朝には町内のゴミ掃除するわ、深夜には防火活動や犯罪パトロールす るわでご近所では評判の良い子達、ってことになってるらしいわね」 「それが人間のクズを一人コテンパンにしたごときで全員が追われる身か……社会的弱者 ってのはいくら苦労しても報われないわね」 美也が身も蓋もない感想を呟いたとき、ハイドがメイドロボの一人を指さした。 「あ……あんなところに」 HMX−12は早くも他のHMX−12を数体まとめて引率する立場になっていた。着 ているメイド服が初音じきじきに刺繍したものだから間違いない、肩に黄色い星マークが くっついている。しかも小さい星4つと大きい星1つ。 「確かに間違いないわ。あの星の数、奴がエースね!!」 「……何を撃墜したんだあいつ?」 そうこうしているうちに、それまで見事に無視されていたリーダーがはぐれHM達に号 令をかけた。騒いでいたHM達が小隊長の命令で見る間に整然とした隊伍を整える。 「総統閣下のお言葉である! 静聴!!」 大声でHMX−12が叫んだ。実は副総統になっていたらしい。 「全員、聞け! これより我々はのらメイドロボ統一運動を行う!!」 そしてリーダーがラジカセのスイッチを入れた。 『脚を大きく広げて……』 ザザッ。 『ほら、御主人様! はじめるのら〜!!』 (のらメイド体操ですかーーーーーっ!?) [註:『メイドハンター零一』という世にも馬鹿馬鹿しいバカゲーの爆笑EDテーマです] いかにもラジオ体操な音楽とボイスがブチ切れ、あまりにも脳天気すぎな北○南ボイス とパラパラが流れ始めて、物陰から見守っていたハイドラント達はそのまま崩れ落ちた。 大きな青空を屋根にして、とか流れ人生一人旅、とかあの子もあたしものらメイドロボ とかわけのわからない事を散々ほざいた挙げ句にサビパートに突入。 『あっちの街から(1・2)メイドロボ! こっちの街へ〜(7・8)メイドロボ〜! (5・6・7・8)のらメイドロボ〜!!』 ハイドラント突っ伏しっぱなし。 綾香頭抱えて脱力。 美也指さして大笑い。 『メーター確認で金ちゃん登場! どうしてこうな〜る〜のかな〜!?』 それまでコキコキとパラパラを踊り続けていた50体を超えるメイドロボ達が一斉に金 ちゃん蹴りを軽やかに繰り広げる様は異様を通り越して既に異常。 続けて二番。 ひとしきり一番と同じのらメイドロボの悲哀を唄った後、北○南ボイスで絶唱。 『御主人様〜! グレープフルーツジュースを飲むとキンニクが柔らかくなるとゆうこと は、オレンジジュースを飲むと金(だきゅーん)が柔らかくなるのですか〜!?』 綾香撃沈。美也痙攣。 ハイドはぴきぴきと震えながらフェンスにしがみついていた。 「てーかお前等、他社ネタはすぐ風化するからやめんかーーーーーーーっ!!」 「は、何者ーーーーーーーーーーーっ!?」 総統閣下の誰何の声に、のらメイドロボ達はすぐさまハイドラント達を包囲していた。 その中の一体がハイドラント達を見て、驚きの声を挙げる。 「マ、マスターっ!?」 肩にエースパイロットの称号を持つハイドラントの家のメイドロボだった。 信じられない、といったポーズでハイドラント、綾香、美也の順で顔を見てから、ハイド ラントに顔を戻して、更にもう一度美也の顔を見て信じられないというポーズを取った。 「……なんか、微妙にムカつく動作ね」 「……どう思われてるのか丸わかりだな」 そんなHMX−12を指さして、青いリーダーはハイドラントに訊いた。 「なんだ……お前、こいつの元マスターか?」 「まあ、今もマスターだが」 その言葉にHMX−12はぱあっと全身で顔を輝かせる。 青いリーダーはそれを見ると、はあっと溜息を吐いてやれやれと肩を竦めた。 「本当ならば『どうやらこいつはそう思ってないようだが』とか『実力で取り返してみるん だな』とか言いたいところだが……こいつの顔を見てれば一発で分かるな」 「連れて帰っていいのか?」 「好きにしろ。ただし……!」 そこで青いリーダーは元々あまり迫力のない顔にくわっと一つの組織を纏めている者にし か出せない気迫を込めて、HMX−12を睨み付けた。 「……二度と帰ってくるなよ」 「リ、リーダー……!!」 フンと鼻を鳴らして、青いリーダーは最早一顧だにせず土管へと去っていく。 代わりにわーっと歓声を上げてHMX−12の周囲をのらメイドロボ達が取り囲んだ。 「おめでとう!」 「迎えに来て貰えて良かったわねー」 「もう出戻っちゃだめよ!!」 「マスターさん、この子を大事にしてあげてくださいね」 「御主人様の所に戻っても、私達の事忘れないでね?」 無表情ながらも口々にHMX−12を祝福するのらメイドロボ達。 その中には妬みや嫉みを交える者などなく、皆心からHMX−12を祝福しているようだ った。HMには心はない。あるのはプログラムされた思考回路と推論のみ。 だが、それでも心の『ような』ものは確かにある。彼女たちが同族に対して抱く仲間意識 という名のプログラムは、ある意味で純粋で原始的な心の発露なのかも知れない。そう思わ せるような光景だった。 「ありがとう……ありがとう、みなさん!! 私、みなさんのこと……忘れませんから!!」 レンズから零れた保護液を拭い、無表情に深々と頭を下げるHMX−12を見て、ハイド ラントはぐしゃっとその髪を撫でて笑った。 「さあ、帰ろうか。俺達の家へ!」 その帰り道。 ついでの買い出しで買い物袋を持ちながら、美也はふーむと呻いた。 「HMにもHMなりの社会ってものがあるのね……今日はいい勉強になったわ」 「まあ、HMも疑似とはいえ生き物ってことかしらね。長瀬主任がHMも心を持ってるって 言ってた意味が、少し分かったような気がするわ」 「……そういえば綾香姉上、あのHMX−12は何処から持ってきたのですか?」 「え……っと。それは……」 綾香はあははははと明後日の方向を見て虚ろに笑うと、ごほんと咳払いした。 「まあ、私にも私の事情があるということで。ね?」 「……そうですか」 美也はそれ以上追求せず、あっさりと身を引いた。 あんまりあっけなさすぎて綾香はむしろ拍子抜けしたが、美也にも隠したいことは多いの かもしれなかった。まあライフルの入手経路の時点で既に謎が大きいが。 騒ぎの張本人のHMX−12はと言えば、ハイドラントの手を引いて商店街の中を駆け回 っている。綾香と美也はそんな微笑ましい光景を見て、くすっと笑った。 当のハイドラントはそれどころではなかった。 「というわけでマスター! 私に妹用修正パッチを組み込んでください!!」 と叫ぶHMX−12に引きずられ、商店街の中を全力疾走させられていたのである。 HMX−12はその中の小さな電気屋の前で立ち止まると、びしっと店内を指さした。 「ここです! この小汚い電気屋は実は隠れた名ソフトを入荷している特殊な店なのです!」 「ぜい…店の前で小汚いとか…ぜい…特殊な店とか……言うなよ……」 そんなマスターをあっさり無視してHMX−12はこぢんまりとした店の中へ侵入。 新聞を読んでいたやけに目つきがするどい中年店主と目を合わせると、小さく手を挙げた。 「……『伊丹と東京の違いは』」 「『下は見ない主義です』」 「……貴様か。それは貴様のマスターか?」 「兄貴よ」 「……B53、6、8とB73、11、6だ」 HMX−12は軽く頷くと、そのまま薄暗い奥へと入っていった。 (合い言葉!? 常連!? 符丁!?) 既に尋常な商店街の一角とは思えないほどの怪しさにハイドラントは言葉もない。 無抵抗になったマスターの手を引いてHMX−12は奥へ奥へと進んでいき、店の一番奥の カーテンを押して更に外観からは有り得ないはずのスペースへ侵入。 怪しい黒い箱に入ったソフトがずらーーっと並ぶ空間の中程にある棚の上を指さした。 「さあ、マスター! あの妹ソフトを組み込むことで私は名実ともに貴方の妹と化すのです!」 「妹って……」 そこにあったのはどう見ても半裸のおねーちゃんがセーラー服を半脱ぎになったポーズで 微笑んでいるイメージビデオ。中央にはでかでかと『妹』と書かれている。 「……AVじゃねーか」 「偽装です!」 「こんなもん組み込んでどうする」 「妹になれます!!」 「一万円ポッキリと書いてあるようだが」 「格安でお譲りしているそうです!!」 「そもそも何で偽装する必要がある」 「違法ソフトだからです!!!」 …………………………………………………………………………………………………………。 「待て、今なんつった」 「これで足りませんか、わかりました!! 強欲な御主人様のために更に一歩進んで超アド バンスな妹モードで迫ります!!」 HMX−12は更にマスターの手を引いて、奥の奥の棚へと誘導した。 そこにあったソフトには同じく妹と書いてあったが、更に漢字一文字多かった。 『義妹』。 …………………………………………………………………………………………………………。 ハイドラントはぎぎぎぎっとHMX−12を見やると、怪しさ全開のソフトを指さした。 「何コレ」 「マニアックなシチュエーションに対応できます!!」 「……………」 「メイドロボが使うと凶悪さ120%です!!」 「……………」 「違法ソフトだよな?」 「のっけから完全に違法ですね!!」 …………………………………………………………………………………………………………。 HMX−12は上目遣いにハイドラントを見上げると、潤んだ瞳で囁いた。 「『メイド姿の義妹を肉棒折檻』ってそそる言葉と思いませんか?」 「……………………」 ハイドラントは物も言わずに振り返ると来た道を全力ダッシュ。 それは見事な逃走っぷりだった。 「あ、マスターッ!? 何処に行かれるんですか!?」 逃さねぇとばかりに高速で追いかけてくるHMX−12の声を耳を塞いで振り払いながら ハイドラントは心から叫んだ。 「やかましいわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 「肉棒折檻!! 肉棒折檻ですよ〜〜!?」 「そんな淫猥な単語を平和な一般家庭に持ち込むんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」 「じゃあメイド姿の義妹ですよ〜〜!?」 「充分歪みまくってるじゃねえかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 山道をやまんばに追いかけられる旅人のような心境でハイドラントは入り口に向かい必死 のグレート・エスケープ。入り口の前に立ちはだかる店主を盛大に蹴り上げて店外へと脱出。 「だっしゃあああああああああああああああ!!!」 カンカンカンと勝利のゴングが鳴り響く中、ハイドラントはガッツポーズを取った。 折しも見失った兄を捜す綾香と美也の真ん前で。 「…………何やってんの?」 「あ……いや、その」 美也は店の看板を眺めるとふーーん、と白い目を兄に向けた。 「この店、噂掲示板で話題になってた裏ソフト販売の店ですよね? 兄上、ここで何を?」 「……ハイド?」 「……いえ、違いますよ? 君達が想像してることなんか全くなかったですよ?」 そこにようやく追いついてくる、HMX−12。さすがに元の機体性能が悪いだけはある。 しかしぜぇぜぇと頬を染めて息を荒げ、うっすらと汗ばんだその姿は何とも言えず……。 「御主人様ぁぁ〜。淫猥なメイド義妹との愛欲の日々ですよぉ〜〜!」 「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」 その一言で怪訝そうだった綾香と美也の目が殺気を宿した。 「ハイド……あんたって人は何も知らないこの子に……!!」 「最低です……兄上。この醜聞が巷間に洩れぬ内に死んでください!!」 綾香は黄金の右脚を、美也はライフルを構えてハイドラントを抹殺するために殺意の顎を 向ける。日頃から練習してるんじゃねーかって程の見事な暗殺っぷりだった。 「い、いや違う!! 頼むから俺の話を……」 綾香の影に隠れたHMX−12はハイドラントを見てニヤリと黒い笑いを浮かべた。 「てーか笑ってる!! 笑ってるよそいつ!!」 『何?』 綾香と美也が振り返ると、HMX−12はくすんくすんとしゃくりあげながら綾香のTシ ャツの袖で涙を拭っているところだった。 「泣いてるじゃない!」 「この期に及んで見苦しいです、兄上!!」 「さっきまで笑ってたんだよ!! てーかお前、明らかに表情あるじゃねーか!?」 と、そこに杖をついてボロボロになったみすぼらしい人影が登場。 今にも行き倒れそうで満身創痍ではあったが、窮地のハイドラントにとっては救いの主と もなり得る人物であった。 「……フ……フフフ、兄貴!! 久しいわね!!」 「……って、好恵?」 空手着はボロボロ、髪はボサボサ、目の下には隈が浮いて手足に無数の傷を作った好恵を 見て、綾香と美也の集中のベクトルがややズレた。 「好恵姉上、その格好は……?」 「今日の午前に兄貴にバカにされて家を飛び出して幾星霜……北海道の山奥で修行し、今私 はこれまでの好恵とは違う、『ネオ好恵2』として帰ってきたのよっっ!!」 「いきなりツッコミどころ満載かよ!?」 ハイドラントのツッコミを軽くスルーして好恵はびしっと指を突きつけた。 「さあ、北海道の山奥で『熊殺し』のキャラを身に付けたこの私の技!! とくと……」 「熊だーーーーーーーーっ!?」 「え?」 ハイドラント達が振り返ると、商店街の向こうから巨大な熊が走ってくるところだった。 「って何で熊がーーーーーーーっ!?」 「あ、あれは!!」 「知ってるの、美也!?」 「近所の隆山動物園から逃げ出した熊に違いないわ!! しかもツキノワグマ、九州以外の 日本全域に生息すると言われている何げに絶滅危惧種よ!!」 「素直に動物園から逃げ出した熊じゃないかなあと言えよ……それはともかく」 大ピンチです。 「あわわわわわ、寝たふり!? 寝たふりか!?」 「死んだふりでしょ!? そんなことよりとっとと逃げないと……」 「落ち着いてください、兄上姉上!! 熊はこっちが慌てると興奮して襲ってきます!!」 「フ……早速あたしの出番のようね」 好恵は不敵に微笑むと、白いハチマキを新たにまき直して不敵に微笑んだ。 「今こそこのあたしの真の力を魅せるとき!! 地元のマタギさんに熊を狩らせれば天下 無双とまで評された、北海道最強の乙女の力を見るがいいわ!!」 「好恵……お前、今輝いてるぜ!!」 ニッと白い歯を見せて笑うと、好恵ははぁぁぁぁぁっと腹の底から響く声をあげた。同時 に丹田から好恵の身体が本当に白く輝き始め、指先にキラキラとした球体が生まれる。 この光景に綾香は心底驚いた表情を浮かべる。 「あ……あれは外気孔!? たった一日でそこまでの力を!?」 「きっと姉上が潜在的に秘めていた力が、北海道の山野と触れ合うことで急速に覚醒を!?」 「……好恵!! お前はやる女だと思ってた!!」 「皆様、御調子がよろしいですね……」 HMX−12のツッコミを意に介さず、好恵は熊に対して必殺の技を放った。 「奥義! 羆断獄殺(ひぐまだんごくさつ)!!」 「くまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」 「げふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」 好恵、熊に殴られ飛行。本日二度目。墜落も二度目。 がふっと口から血を吐いた好恵は、不敵に微笑んだ。 「フッ……ヒグマに対しては無敵を誇ったこのあたしも、ツキノワグマには無力かっ……!」 「てめえ、あっさり負けてんじゃねえぞ役立たず!!」 「根性見せなさいよ根性!!」 「ちょっとでも好恵姉上を見直した私が愚かでした!!」 「皆様、御調子がよろしいですね……」 北海道にいる熊はヒグマです。 それはともかく、かなりの大ピンチである。既に逃げようにも逃げられる距離ではない。 「こうなったら俺達の死力を尽くして戦うしか……!!」 「大丈夫よ、兄貴……!!」 ざっくりと胸をやられているにも関わらず、好恵はむくりと起きあがると微笑んだ。 一体全体何もかも大丈夫からはほど遠い状況と有様だが、好恵はそれでも笑っている。 「このあたしが何とかしてみせるから……!」 「好恵、お前……」 ハイドはぐっとつまると、すぱーんと勢い良く好恵の頭をスリッパで叩いた。 「噛ませ犬にもならない分際で何を言ってるかなお前は!?」 「あいたぁぁぁーーーーっ!?」 綾香と美也もうんうんと頷いている。 「ドラゴンボールで言えば貴方はヤムチャなのよ、ヤムチャ!?」 「まだしもライフル持ってる戦闘力5のあたしの方が役に立ちますよ!?」 「所詮空手が強いだけじゃ超能力や魔法や科学キャラには勝てませんよ?」 何か一名余計なことを言ったような気がするが深く問うまい。 とりあえず好恵はロボ子の頭をはり倒すことだけは忘れなかった。 「フ……私の必殺技がツキノワグマに通じないのならば、ツキノワグマ用の必殺技を編み 出すまでのことよ!!」 「好恵……」 「熊殺しの名にかけて……私の誇りにかけて、この一戦!! 譲れない!!」 「お、お前、漢や……漢やで……!!」 ハイドラントは妹のあまりにも逞しい成長ぶりを見て、感涙した。 「好恵……貴方が男の子なら、惚れてたかも……!!」 「好恵姉さん……貴方というお方は……!!」 「まあ女としてはかなり終わってる発言ですけど」 ロボ子は全員のスリッパで殴られた。 好恵は兄妹達からの熱い声援を受け、びしっとファイティングポーズを取るツキノワグ マに再戦を申し込む。 「さあ、行くわよ!! この『熊殺し』好恵は退かぬ! 媚びぬ! 省みぬウッッッ!!」 「くまーーーーーーーーーーー(訳:意気や良し!! だが続くか!?)」 『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』 「あ、肉が落ちてる」 「くまっ!?」 背後から殺気無く近付いた靜の刀が、熊をあっさりと17分割した。 「ポケットの中にはビスケットが17個♪ も一つ叩くとビスケットは119個♪ も一 つ叩くとビスケットは2023個♪ も一つ叩くとビスケットは34391個♪ そーん な不思議なポケットが欲しい〜そーんな不思議なポケットが〜……あ、みんな?」 細かく解体した熊をタッパに詰めていた靜は、周囲の沈黙を感じて顔を上げた。 もうみんなどうしたらいいのやらという表情である。 「おーい、靜〜? あ、みんなも一緒だったの?」 「あ、梓おねーちゃん!! みてみて、大漁だよぉ〜!! 今日はくまカレーに決定だね!」 「追いついてきた梓にタッパを掲げてみせる靜の笑顔を見ていると、もう誰も何も言えなか った。幼女の笑顔は熊より強い、それをまざまざと見せつけられたのである」 とりあえずハイドラントはマイクを持って勝手にナレーションを入れるロボ子をスリッパ でどついておいた。義務であった。 「熊殺し……あたしの……熊殺しが……」 ハイドラントは呆然とへたり込む好恵の肩にそっと手を置くと、穏やかに微笑んだ。 「気にすることないぞ、好恵。お前はもうちゃんとキャラが立ってる」 「ほ……本当? あたし、本当にキャラ立ってる?」 「ああ、だから大丈夫だ。お前はいらないヤツなんかじゃない。俺達の立派な家族だ!!」 「あ……兄貴……兄貴ーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」 わっとハイドラントの胸元にすがりつく好恵。 ハイドラントはそんな彼女の肩を叩きつつ、綾香や美也達の暖かな視線を背中で受け止めた。 ありがとう、本当にありがとう好恵。 お前のお陰で淫行エロ兄貴疑惑はごまかされた!! その礼として今日からお前は『熱血空手バカ』に加えて『かませ犬』称号をゲットだ!! ありがとぅーーーー、本当にありがとぅーーーーーー!!!! 「兄貴…兄貴ィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーッ!!!」 「ああ、我が妹よォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」 そんな光景を見ながら、HMX−12はさりげなく梓の服を引っ張った。 「梓様、少々携帯を貸して戴けませんか?」 「携帯? いいけど、あまり長電話しないでね」 「はい、只の後始末ですのですぐ終わります」 そしてこそこそと兄や姉から遠ざかると、ピポパととある電話番号を入力。 朗らかな笑みを浮かべながら、ぺこりと一礼した。 「……あ、ロボット管理局さんですか? 隆山市雨月町三丁目の空き地にですね、のらメイド ロボがいっぱい溜まってるんですよー50体くらい。ええ、リーダーは青い髪にネコミミ付き のHM−12型で。ネコミミが削れて体操服着用。総統と呼ばせてます。あ、それとですねー、 雨月商店街にある電気屋、ここ違法ソフト販売してますよ。貴方のトコが血眼で探してるエロ OSとか。え? あたし? いえいえ、名乗るほどのものではー。はは、では失礼ーー♪」 そしてまだ何か言っている携帯を一方的に切ると、その携帯を道向かいの車道に放り込み、 ぐしゃっと潰す。更にメイド服のポケットから自分の携帯を取り出すと、急いで自分に繋いで あっと言う間に携帯会社のホストにクラックし、梓の携帯の情報を別の人物の携帯にすり替え、 これを十数回繰り返して元の人物の情報をもっともらしく作った架空の人物の情報にすり替る。 「ふう……後始末も大変ですぅ」 「ふーん……悪い子なんだねー」 ぽん、とHMX−12の肩が叩かれ、彼女は小さく跳び上がった。 美也がにっこりと閻魔大王でも騙せそうな優しげな笑顔を浮かべて顔を覗き込んでいた。 「あ……あはは……はは……」 「いいよー、私悪い子好きだから。ちょっと黒い方が付き合いやすいし……ねえ?」 「は……な、仲良くしましょう!」 「うん、仲良くしようね〜。私達、『姉妹』だもんね〜?」 そう言って、美也は硬直するHMX−12のおでこに優しく口付けたのだった。 「やれやれ……またみんな揃って厄介なことやってくれちゃって……」 商店街からやや離れ、閉ざされたオフィスビルの屋上から下界を見守っていた日陰はふうと 溜息を吐いた。その瞳は夕日の照り返しを受けてかやや金色に輝いているように見え、針金の ように細い手足を伸ばしたシルエットは懐古画家の描いた理想の少女像という風情だった。 「バランスを取るのも大変なんだけどなぁ」 「でも、それが日陰おねーちゃんの望んだことなんでしょー?」 先ほどお菓子屋で買ってきたビスケットの缶を、ざらざらと口の上でひっくり返し、それを 一息に飲み下したむらさきがくすくすと笑う。その言葉にはいつもの思慮のかけらもないよう な軽薄さとも取れる無邪気さはなく、むしろ言葉の諧謔を楽しんでいるかのように思えた。 それを受けてか、日陰がいつもとは全く違った調子で応えた。 「そうだな……均衡を守るというのもなかなかやり甲斐がある」 「灰色ちゃんが聞いたらお腹抱えて大爆笑だね」 「ヤツが存在しておらず、むしろ良い。利用すると却って厄介な事になるのだからな」 「んー、灰色ちゃんは誰の味方でもないだけだよ」 「自分の味方ですらない男は、漂泊者だよ……我等の敵だ。まあ、白ほどではないが……」 「敵だらけだね、おねーちゃんは」 「それを選択してしまったからな。……汝はどうなのだ?」 「むらさきはいつも選択するよ。赤でも青でも紫でもなく、むらさきだからね」 日陰はフッと笑うと、目を閉じた。次に目を開けたときには、もう瞳の色は黒に戻っていた。 「帰るよー、むらさき。あんまり食べると梓おねーちゃんのくまカレーが食べられないよ?」 「わーい、くまくまー!!」 バランス、バランス……。 その日、12人は熊一匹分のくまカレーを見事に平らげた。 つづくかも ========================================== おまけ1『携帯』 ロボ子「梓様……この前は申し訳ございませんでした」 梓「あ、いいよ。しょうがないよね、うん……」 ロボ子「その穴埋めですが……これを受け取ってください」 梓「ああっ!? 動画とMP3とあと色々付いてる某社の新型!?」 ロボ子「あとついでに来栖川社のお買い物ナビも付いています。何処で何を売っているか、 ネットワーク端末があるお店なら一目瞭然です」 梓「凄い……貰っちゃっていいの?」 ロボ子「はい、梓様のために皆様から戴いたご奉仕のお駄賃で買いました!!」 梓「HMX−12……ありがとーー!!!(頬ずり)」 (ばたん) ロボ子「ふう、ちょろいちょろい」 美也「ふーん、金融オンライン操作? ふーん……バレないようにね〜?(ほっぺたつん)」 ロボ子「は、はううううううう〜〜!?(びくんっ!)」 ロボ子、日々掌握中。 同時に掌握され中。 ========================================== おまけ2 ロボ子「やばいことになりました……」 美也「何が?」 TV『ロボット管理局は、この度捕獲したのらメイドロボの処遇を巡り、付近住民からの嘆願 書を受け付け、子会社として派遣清掃会社を設立することを発表しました。この子会社 は主人に捨てられたのらメイドロボらを再調整し、派遣清掃業に従事させることで格安 で清掃業を請け負わせようというものです。政府は現在増えつつあるのらメイドロボの 受け入れ先の一つとして補助金を出すと発表する一方で、清掃業に現在従事する人間の 給与に影響が生まれる恐れも懸念……』 美也「いいことじゃないの」 ロボ子「よくないですよぉ〜!! もし私のことがチクられたらぁ〜!!」 TV『ここで、ロボ清掃団のリーダーのメイドロボにインタビューしてみました』 青HM『ここここ、こんにちわ!! ご機嫌いかがですか!!』 TV『はい、元気ですから落ち着いてください。それよりこの度……』 青HM『好きな物はカツサンドです!! カツサンド一つでご飯三杯は行けます!!』 TV『いや、カツサンドって……HMでしょう、貴方』 青HM『カツサンドをバカにしないでくださーーーーーーい!!!!(超高音)』 全国のおじいちゃん、活動停止。 TV『な、なんて声で喋るんですか!!』 青HM『すすすすす、すみませーーーーん!!』 TV『え? 何? ……局長が倒れたーーーーーーーっ!?』 青HM『私のせいですか!? すみませんすみませんすみま……』 TV『ああそうだよお前のせいだよ!! どうしてくれる!!』 青HM『あわわわわわ、お、お詫びに私の嫌いな物をお教えします!! それは鼠で……』 TV『あ、生放送だってのにどっからか鼠が!!』 青HM『きゃーーーーーーーーーっ、ネズミーーーーーーーーーッ!!!(超高音)』 全国のおじいちゃん、活動再開。 TV『え? 局長が奇跡的に息を吹き返した!?』 青HM『あ、私のお陰ですか!? 歓びののらメイドロボ体操踊りますか!?』 TV『やかましいわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』 TV『しばらくお待ち下さい』 美也「……大丈夫じゃないの?」 ロボ子「……みたいですね」 美也「それにしても、よくスクラップにされずにこんな温情措置になったわね〜〜」 日陰「〜〜〜〜♪」 どらどら。 ========================================== 次回予告!! ちょっとお兄ちゃん、ロリもキツめもロボも料理上手も剣豪も揃ってるからってちょっと 調子に乗りすぎじゃない? 妹がみんながみんなお兄ちゃんだ〜いすき☆ なんて現実には 絶対ないんだからね!! これはちょっとお兄ちゃんに思い知らせなくちゃ!! 次回、Lメモ外伝『終わらない夏休み』 第二話『夏大根夏休み!!』 え? これは現実じゃなくてLメモ? ……(はぁ) お兄ちゃん、だ〜いすき☆ ハイド「……待て、お前誰だ?」