テニス特訓Lメモ「愛と憎悪のキャッチボール☆」 投稿者:風見 ひなた
 風見は純白のジャージに身を包み、強くラケットを握り締めた。
 真っ赤にたなびくバンダナ、輝く白いジャージ、青く光るラケット。
 素敵にミスマッチである。
「美加香」
 彼は呆然としてこちらを見ている美加香に呟いた。
「お前には見えるか?この四角いコートが真っ赤なジャングルと見えるのか?」
「断固として見えません」
 呆れて呟く美加香の言葉に、風見はふっと笑ってラケットの柄を固く握る。
 それを高く、高く持ち上げながら風見は剣豪が真剣を振り上げるような目つ
きになった。
「ならば貴様は戦う前に負けている!!ここは戦場、僕達の熱い死闘の場!!」
「あんたはタ○ガーマスクかっ!!」
「だってそう師匠が言ったんだ!!テニスが格闘技である以上はここはコート
などという洒落た名ではない、今僕達のいる場所はリングだ!!」
「だからそれは違うんだってばぁ!!」
 美加香はとほほな表情で涙を流した。
 風見はそんな美加香を置いてとにかく熱血している。
「セリス兄にばかり先に進まれるわけにはいかない!!僕達も特訓だ!!」
「はぁ……で、打ち合いでもするんですか?」
「いや魔球だっ!!」
 風見は強い口調で断言した。
 美加香はまた呆気に取られた表情である。
「あの…魔球って?」
 恐る恐るといった口調で美加香がきくと、風見はラケットを振りかざして宣
言した。
「もしくは必殺技!!敵を屠るためのスペシャル技だっっ!!」
「屠るって……」
「早速考えた技を披露しようじゃないか!!」
 風見は一方的にそう叫び、コートの向こう側にいる美加香にラケットを突き
つけた。
「さあ、行くぞ美加香!!僕の編み出した魔球『スパイラル・サービス』!!
見事返してみるがいいっ!」
「はぁ……」
 仕方なく美加香がラケットを構えると、風見はコートの端に行って叫んだ。
「行くぞ必殺!!スパイラルッ・サービスゥゥゥゥ!!!!」
 とてつもなく勢いのある叫びとは全く反対に、風見はラケットをラクロスの
ように器用に使ってボールをゆっくりと美加香に向かって押し出した。
 当然のごとく弾は弱々しく飛んでいくだけのボーダマである。
「不発……?」
 美加香は怪訝な顔をしながらも飛んできたボールをワンバウンドさせ、勢い
良くラケットを振りかぶった。
(ここで強烈なスマッシュをお見舞いしてマトモなテニスを教えようっと!)
 美加香の渾身の一撃がボールの中央に向かい炸裂する。
 そう、文字どおりに。

 どごむっ!!

「…………………」
 黒焦げになって小刻みに痙攣している美加香を見て、風見は拳を強く握り喜
び溢れる表情でガッツポーズを作っていた。
「やったっ!さすが僕の必殺技だ、一撃で敵を吹き飛ばすとはっ!!」
「って………」
 美加香は焦げたコートの土を握り締めると勢い良く起き上がった。
「ボールの中に炸薬なぞ仕込むなぁぁぁぁぁ!!!」
「何っ!?戦場には硝煙の匂いが付き物だろ!?」
「ここはコートだああああああ!!」
「馬鹿野郎、戦場を馬鹿にするのか!?戦場には熱い風が吹くんぞ!!」
「ケンカ売ってるんですか!!」
 ふと風見は頬を引き攣らせる美加香を見て、何やら朗らかに笑った。
「その調子なら大丈夫だな。とゆーわけで第二弾」
「はうううううぅぅぅぅぅぅぅ」
 美加香は悲しい習性で涙をこぼしながらも言われた通りにラケットを構える。
 風見は僅かに息を吸って呼吸を整えると、今度はまともにサービスの体勢に
移った。
「魔球第二弾『アイアンシェード』、行くぞ!!」
 そう言いながら風見はなかなかさまになったフォームでサービスを放つ。
 今度のは失速もせず美加香に返し易い的確な位置にかなりのスピードで真っ
直ぐに飛来してゆく。
 美加香はその健全なテニスぶりにほっとして息をついた。
(なんだ、やろうと思えば普通にテニスできるんじゃないですか)
 少しばかりの笑みを顔に浮かべながら、美加香はボールをきちんと風見に取
り易いように叩き返した。
 それを取りに行く途中で、風見は突然気合いを入れて叫んだ。
「必殺!!アイアンッ、シェェェェードォ!!!」
 風見の気合いの乗った突然のスマッシュが美加香に叩き付けられる。
「後衛にいるのにスマッシュなんかが……!?」
 言いかけた美加香は有り得ない光景に目を剥いた。
 こちらに向かってボールは猛スピードですっとんでくる。
 そう、二つに分裂して!!
「何でえええっ!?」
 驚愕しながらも美加香は慌てて顔をラケットでガードする。
 しかし次の瞬間手が痺れるほどの衝撃と共にボールを止めたラケットが跳ね
上がり、美加香の顔面に思いっきり命中する。
 何かが深くめり込む音がして、美加香は宙を舞った。
 一瞬世界から音が消滅する。
 数秒の浮遊の後、美加香は地面に力なく落下した。
 その横をてん、てん、てん、と情けない音を立てボールが跳ねて行く。
 黒光りする50kg砲丸の後を追って。
「……………………………」
 気絶して何も言えない美加香を見て、風見は高らかに笑った。
「どうだ!!打ち返すときに相手めがけて砲丸も一緒に撃ち、相手を混乱させ
た挙げ句にあわよくば砲丸で敵をぶっ殺す!!マジで必殺の分身魔球こと、
『アイアンシェード』の威力はぁぁぁぁぁ!!」
「駄目に決まってるだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「げふぁぁぁぁっっ!?」
 後頭部に強い衝撃をくらい風見は思いっきり倒れ込んだ。
 風見のラケットを拾い上げたセリスは呆れた表情でそれを眺める。
「まったく、砲丸を撃つために鋼鉄のラケットまで用意して……」
「うううっ……」
 風見はよろめきながら立ち上がると、非難めいた表情で兄弟子を見た。
「何故です!!何故駄目なんですかセリス兄!!」
「教えてやろうか風見君……それは!テニスでは勝手にボールに細工したり増
やしたりしたら反則だからだぁぁ!!」
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 風見はショックを受けた表情で立ち尽くした。
「それじゃあどうやって敵を倒すんですか!?」
「倒さなくていいっ!!素直に敵陣にボールを打ち込めばいいんだよ」
「それじゃ格闘じゃないじゃないですか!!やっぱ暗器使わないと!!」
「くどいようだがテニスは格闘じゃないし暗器使った時点で反則だ!!」
 セリスの言葉に風見はふるふると震えた。
「そうか……自分の力で敵を倒すしかないのか。なんてシビアな試合!!」
「どーあってもそっちに結び付けたいんだね」
 呆れた顔でセリスが呟くと、風見は頭を抱えて何やら考え始めた。
 しばらくの沈黙。
 やがて風見は手を叩いてセリスに向き直った。
「じゃあ今のは全部僕の燃え盛る闘気が爆発や分身を起こすって事で!!」
「駄目だっ!!」
「ちぇー、ケチ」
 風見は口を尖らせてぼやいた。
 セリスはふうっと溜息を吐いて風見を見下ろす。
「いいかい、風見君。相手は正々堂々戦ってるんだ、なのに君一人が反則を用
いるってのは卑怯だろう?スポーツマンならスポーツマンらしく自らの力で栄
冠を掴むべきだと……」
 セリスは長々と説教している。
 しかし当の風見は不服そうな表情でそれを聞いていた。
「だって……師匠が格闘技だって言ったんだし……」
「だからそれは……もういい」
 セリスは言葉を切って頭を押さえた。
 これ以上風見の思い込みを強制せず、むしろ方向性を変えてやった方がいい
かも知れない。
「じゃあいっそのこと暗器を使わない自力の技を出してみたらどうだい?」
「自力の……?」
「そう。君が習ったSS不敗流極意にはどんなものにでも闘気を込めて武器に
するって能力があったはずだろう?」
 この際暗器さえ使わないんならどうなってもいいやという心境である。
 風見はセリスの提案に腕を組んで考え始めた。
「SS不敗流か……よし。メイプルフィンガーを取り入れてみますか」
「そうか。じゃあやってご覧?」
「はい」
 再び鋼鉄のラケットを掴み上げると、風見は手の封印を解いて真剣な表情を
作り出した。
 呼吸を整えて精神を集中させると、闘気を体の中で巡らせゆっくりと昇華さ
せ始めてゆく。
 ボールを投げ上げ、必殺のサービスの体勢を取った。
「はあああああああああ……僕のラケットが真っ紅に萌える………」
 そう言った途端にラケットに楓色のオーラがまとわりついた。
 確かに風見の中では何かが変わろうとしている。
 セリスは弟弟子の変化を目を凝らして見届けていた。
「楓に萌えろと轟き吠える……必殺!!」
 風見の瞳が大きく開かれ、楓色のオーラが前身を覆い尽くした。
「メイプルフィンガーショット……ヒート、エンドーーーーッ!!!」
 すかっ。
 てんてんてんてん。
 気まずい沈黙が二人の間に漂った。
「……風見君、言っちゃ何だけどセリフ長いよ……」
「…………ふ、ふふふ」
 見事に空振りした風見は震える肩で笑い出した。
「あははははは、畜生ッ!!どーせ駄目なんだよマトモになんてぇぇっ!!
もういいっ、わかった!!汚れてやるぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「落ち着け風見君っっ!!」
「その通りやっ!!」
 澄んだ良く通る声がコートに満ちた。
 セリスが振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。
「保科……さん?」
「全くなんやねん情けない!!根性ないで風見君!!」
 智子は何故か微妙に怒りながらつかつかと風見のところへ歩み寄ってきた。
 風見はびくっとして思わずあとじさる。
「と、智子ねーさん何のご用でしょうか……」
「風見君が変な練習してるいうからちょっと見にきたんや。案の定なんやねん
このありさまは?」
「ううっ……」
 智子の遠慮のない言葉に風見は見を縮ませた。
 その様子を嘆いたような息をつくと、智子はラケットを握り締めて言った。
「しゃーないから私が魂込めた荒技教えたる……よう見るんや、そして覚える」
「……はい」
 風見はごくっと唾を飲み込むと、智子の一挙一投足を瞼に焼き付けるような
目でにらみ始めた。
 智子は呼吸を整え赤いオーラを周囲に巡らせる。
 選ばれたものにしか出来ない情熱の炎の色だ。
 やがて智子は呟きながら動作を始めた。
「まず敵の放つボールの軌道を見つめ、判断する……」
 ざっ。
「次にイメージを変更する。向かいにいるのは敵やない。相方や」
 ずしゃっ。
「迫ってくるのはボールやない。相手の意志を伝える魂の弾……ボケや」
 すたん。
 智子は力を溜めるような体勢に移ってから大声で叫んだ。
「そしてそれを腕でも腰でもなく己の魂で返す!!すなわちっ!!」
 コートの中に絶叫が満ちる。
「なんでやねーーーーーーーんっ!!!」
 ぱっかーん!!
「それこそなんでやねんっ!!」
 風見は容赦なくラケットで智子の頭をはたいた。
 さすがにたまらず智子はぶっとんでゆく。
「がふっ!ナイスツッコミィィィィ!!」
 そんな彼女を置いて風見は頭を抱えて叫んだ。
「ああっ、もうわかったよ鬼畜にやればいいんだろう、やってやるよぉぉ!!」
 そうわめきながら美加香を蹴り起こしてずるずると引っ張っていく。
 隣のコートに移る風見達を視界の端で見ながら、セリスは頭を呆れて掻いて
いた。その横ではやってきたマルチが興味深そうにラケットを手に取っている。
 セリスは苦笑すると、マルチの頭を撫でながらきいた。
「おや、マルチもやってみるかい?」
「はい、私も練習します〜」
「相変わらず勉強熱心だなぁ……さあ、どうぞ」
 セリスにボールを手渡され、マルチは照れながらラケットを握る。
 そしてボールを投げ上げながら冗談交じりに呟いた。
「なんでやねーん。……………なんちゃって」
「あははは、マルチはお茶目だなぁ」
 マルチが軽いギャグと共に放った智子直伝魔球は………。
 凄まじい発光と共に向こうのコートの地面を抉り取り直径数メートルの巨大
クレーターを作り出した。
 セリスは自分のラケットを取り落としながら呟いた。
「…………………………………………んな、アホな」

 その頃隣では。
「ひなたさん、どうしました!足腰がふらついてますよ!!」
「くっ!!」
 追いつめられた風見は悔しそうに顔をしかめた。
 だが返した弾もどうも威力がない。
 美加香は弾に飛びつくと、気合いを入れてラケットを振りかざした。
「フィニッシュ!!」
 その声を聞いた風見は叫びと共にラケットのグリップ端のスイッチを入れた。
「必殺『ブローアップ・カウンター』!!!」

 ちゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。

 今度こそ身動きできなくなるほど黒焦げになった美加香を見ながら、風見は
不敵に未だ見ぬ敵に向かって笑ってみせた。
「どうだ我が格闘庭球術最終必殺技『ブローアップ・カウンター』の威力は…」
 周囲には硝煙の臭いが漂っている。
 美加香が立っていたコートはまるで地中から爆弾が炸裂したような悲惨な穴
を晒してしまっている。風見の握ったラケットの端にはガラスで封印していた
ようなスイッチが付いていた。
 まず間違いなくあらかじめ埋めておいた爆弾をリモコン爆破したようにしか
考えられない状態である。
 だがそれでも風見は胸を張って言い放った。
「さすがは僕だ!!カウンターに闘気を込めて敵陣を爆破!!こんなことは僕
にしか出来まいっ、ははははははははははは!!」
 その途端にとなりのコートが爆風と共に砕け散る。
 土砂の一部を受けながら、風見は無言で立ち尽くしていた。
 沈黙。
 やがて風見は爽やかに笑いながら呟いた。
「次は火薬の量を二倍だな」
「も……もう……ヤだ」
 美加香はそう呟いてがくっと意識を失った。

 なおセリスはマルチのこの技を『ラブラブセリスアタック』と名づけたらしい。


風見……『スパイラルサービス』『アイアンシェード』
    『ブローアップカウンター』その他暗器技を習得!!
    本人はあくまでも「修行の成果です」で押し通すつもりらしい!!

マルチ…『ラブラブセリスアタック』を習得!!
    原理不明!!

セリス…『どないやっちゅーねん』を習得!!
    これで優勝に一歩近づいた!!

美加香…『あんたとはもーやっとれんわぁ』を習得!!
    逃げさせてぇぇ!!(涙)

                 おしまひ
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いや、深い意味はないです。全然。