赤十字美加香過去編(前編)「コメディだけじゃないからね!」 投稿者:風見 ひなた
 足りない。足りない。
 抜け落ちているモノがある。
 足りない。足りない。
 今の私に欠けているモノがある。
 足りない。足りない。
 何が足りない?
 私が必要としているのは何?
 力。私は草武術を修めた。魔術技能も相当の域に達している。
 機械技術。私は長瀬主任に教えを受けた英才教育の子。
  美貌。あと何年かしたらそれなりに見えるようになるはずだ。
 財力。顔も覚えていない親は私に多額の援助をしてくれる。
 高みを目指す上で欠けているモノなど……ない。
 でも足りないの。
 私は本当はこんな子供じゃないの。
 みんなが思ってるような秀才なんかにはなりたくなかったの。
 ただ与えられるままに学んで、暮らして、気が付けばこんな所にいたの。
 私は学校に行きたかったの。
 同年代のお友達が欲しかったの。
 気兼ねなく話せるような相手が見つからないの。
 本に書いてあるような子供の暮らしは嘘なの?
 恋って何?友達って何?外の世界は本当はどうなってるの?
 太陽は今日も輝いている。様々な光波が地上に降り注ぎ、今日も地は太陽の周囲を回っ
ている。
 こんな散文的な分析なんていらない!絵本に書いてあったみたいなぐるぐるのおひさま
の下で遊ぶような子供になりたかった!
 助けて、長瀬主任……。
 もうここはいや。高橋教室なんて大嫌い。強化人間なんか作りたくもない。
 こんな世界なんて、なくなっちゃえばいいのにっ!

 足りないのはココロ。
 人が人足りうる………最低限の心。
 それを精神の底から渇望したとき………。
 少女は外の世界へと逃げ出した。


 赤十字美加香………14歳。
 「塔」の機械学を専門とする高橋教室に所属するマシーナリーであり……。
 草武術と魔術を修めた英才教育の賜。
 幼児の頃に才能を見いだされスカウトという形で「塔」に身売りされる。
 親が手にしたのは美加香の仕事に支払われる給料。
 彼女に投資し、数倍の給料を受け取っている。
 仕事の内容は来栖川エレトロニクスのスパイ活動……これまではそうだった。
 長瀬主任の助手として幼いながらHM作成に尽力し、データを塔に流していた。
 現在彼女は「塔」に召還され、強化人間プロジェクトに参加……させられている。

 美加香は攻撃を全て捌ききると、すたんと地面に降り立った。
 もちろん音を立てたのは挑発である。
「もう終わりなの?」
 そう言ってかすり傷一つ負っていない手で髪を掻き上げた。
 長く伸ばした黒髪がふぁさっと宙を流れる。
「弱いわ。まだまだ実験は完成しないわね……」
 まだまだ幼いその顔には何故か不思議な憂いが見て取れた。
 動きを止めた人形は冷たいカメラアイで少女を睨んだ。
 まさに人形。人工皮膜を張られていない銀色の素体には無数のチューブが張り巡らされ
ている。もっともこのチューブを攻撃するのは御法度だが。
 そのとき美加香の顔に髪の一房がかかった。
 美加香の腕が髪に伸びる。
 好機を逃さずに人形は美加香に向けて走りかかった。
 しかし美加香は髪に持っていったはずの腕を正面に突き出していた。
「我突き刺すは毒蜂の針!」
 美加香の声と共に純白の光条が人形に飛ぶ。
 衝撃波が轟音を立てて硬物を削り取っていく。コンクリートを。
 人形は衝撃波が迫る寸前に高く飛び美加香の頭上にいた。
 そして腕を鋭い刃物に変えると突き下ろすようにして迫る。
 だが美加香はつまらなそうに頭上の人形を眺めていた。
「馬鹿ね。あなたには空中制御機構は付いていないのよ」
 そう言うと右手を掲げて呟いた。
「我張り巡らす毒蜘蛛の糸」
 人形は為すすべもなく無数の光の糸の中へと落ちて行く。
 最後に素体の頭部に驚愕の表情が浮かんだのは美加香の最後の思い入れか。
 人形は四肢をばらばらに切り裂かれ、胴体と頭部だけをつなげたまま床に落ちた。
 それでもなお胴体を揺らして必死にもがく人形に美加香は近寄っていった。
「強化人間シリーズ試作10号。あなたも失敗作だったわ」
 そう言いつつ、美加香は人形の胴体に強烈な突きを叩き込む。
 胸を突き破った腕を人形ごと持ち上げ、美加香は無表情に彼を見た。
「私達は製作者を越えられない機械を必要としない。おやすみ…人形」
 ばむっ、という音と共に美加香の腕は機械の心臓を握り潰していた。
 身体に流れる特殊な液体が美加香の顔や腕に飛び散る。
 それを避けようともせず頭から被り、そして美加香は人形の残骸を放り捨てた。
 かつかつと後ろに待機していたスタッフからタオルを受け取り、身体を拭く。
 その横を高橋を初めとしたスタッフ達がため息混じりに通り過ぎて行く。
 最後の一人が彼女の横を通る。まぎわに。
「人形が人形を作れると思うのか?」
 はっとして美加香は振り返った。
 緒方英二という高橋教室の生徒の一人がゆっくりと立ち去って行くところだった。
 美加香はしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがてタオルを床に叩きつけた。
 床にこぼれるのは滴。
 調整液、汗、そして涙。


「緒方さんは寂しいと思ったことはありますか?」
 数週間後のある日の夕方。
 その日美加香と英二以外の高橋教室全メンバーは先日からの校外演習に出かけていた。
 美加香は研究専門メンバー、英二は研究に失敗してやり直さねばならなかったため塔に
に残った。
 二人で机を並べてしばらく研究して、美加香は横にいた緒方の方を向いた。
 ぽつりと呟くように、美加香は訊いた。
 緒方英二はしばらく美加香の方を真剣な目で見て、呟いた。
「なんで俺に訊くのかな?」
 その眼はいつのまにか調子の良い道化の目になっている。
 小さな少女をあしらうピエロ。
「なんだか緒方さんは安心できるんです。……恩師に似ているところがあって」
「そうか……そうだな。俺には歳の離れた妹が居るんだ。やかましい奴だけど近くにいな
いと…まあちょっと寂しいかな」
「ご両親は?」
「死んだ。塔の給料で妹を養ってたんだ」
 美加香は頷くと、ちょっと同情したような顔を見せた。
 英二は心地悪そうにこほん、と咳払いすると話題を変えようとしていることがありあり
と分かる口調で言った。
「恩師って言ったね。誰だい、それは」
 美加香は工具のスイッチを切ると、窓の暗幕を外した。
 夕暮れの温かい光が部屋に差し込めてくる。
「長瀬主任。来栖川でHMの研究をされている方です」
 英二はぽん、と手を打った。
「ああ……そういえば君はあの長瀬さんの弟子だったね。スパイに入ってたんだろ?」
「止めて下さいその言い方」
 美加香は呟くと哀しそうに目を伏せた。
 英二の言い種にきゅっと唇を噛んで耐えている。
「好きでやってたわけじゃないです。少なくとも長瀬主任は私に実の親のように親切にし
て下さいましたし……あの人が居なければ私は……」
 英二は美加香の本気で辛そうな表情に頭を下げた。
「ごめん、軽率だったね。いい人だったんだ……」
「はい。人生で一番尊敬します。今も……これからも、あるのならば」
 美加香の台詞に英二は顔を上げた。
 意味を問うている。
「強化人間プロジェクト……これが終わるとき、私は多分殺害されると思います。生き残
るのは高橋教師……でしょうね。情報を守り、自分の価値を高めるために他の研究者を殺
害する。あの人は平気でそれが出来る人です」
 美加香は諦めたような目で淡々と呟いた。
 英二はふざけた目でそんな美加香を眺める。
「ふぅん?じゃあ俺も死ぬな。それで君は……それを甘受するつもりかい?」
 美加香はくすりと笑った。
「私はこのプロジェクトのために生まれてきたんですから。それが終わるれば私の役目も
終わりです。……欲を言えばもっと凄い物を作りたかったけど」
 英二はふうと息を吐くと、残り少ない冷えたコーヒーを啜った。
 科学者の業について考えてでもいるのか……。
 やがて美加香の目を見ると、訊いた。
「今何歳?」
「えっと……14です」
「世間一般なら中坊か…」
 英二はほうっと息を吐いた。
「もったいないな、あと何年かで美人になるのに」
「もったいない……ですか?」
 英二はそりゃそうだ、と言いつつ何度も頷いた。
「あーあ、君があと5年遅く生まれてればこの場で押し倒したのに」
「でもそれじゃ高橋教師に先にやられちゃってますね」
 違いない……英二は頷いて、カップの底を見る。
「恋も知らず死ぬ人生で満足かい?」
「え?」
 美加香は英二を見返した。
 英二は相変わらずふざけたような目でこっちを見つめ返している。
「恋はいいぞぉ、知らずに死ぬなんてつまらないぞぉ」
「でも、恋なんて外の世界の出来事ですから……」
 美加香は呟くと、顔を伏せた。
「……懐かしいなぁ、長瀬主任のラボ。煙草臭くって、汚くって。でも不思議に温かくっ
て、私が整理すると長瀬主任申し訳なさそうに椅子に縮んでたりして。研究員の人たちも
明るくって……ここなんかと全然違ってた」
 英二は返事をしない。
 美加香は顔を伏せたままだ。
「あの場所に帰りたい。そしてHMを作りたい。人を殺すために生まれた機械なんかじゃ
ない、人を和ませる人を越えた優しさを持った生き物を作りたい……」
 ぽつり、と美加香の膝の上にぽつりと涙が滴った。
 英二は椅子から立ち上がると、頭を掻いて言った。
「それじゃあ永遠に君は人形のままだな」
「えっ」
 突然の毒舌に美加香は泣き濡れた顔を上げた。。
 英二は先ほどまでとは打って変わった凄みさえ感じる笑みを浮かべていた。
 20代後半になっても未だに独立できない寝ぼけた顔の研究者などの物ではない。
「……まだ生きる気があるんなら今晩裏門に来るといい」
 美加香はその迫力に思わず頷いていた。


 その晩……美加香は崖の下で呻いた。
 服はぼろぼろに破れ、身体のあちこちから血が滲んでいる。
 足を痛めたらしく、上手く歩くことすら出来そうにはない。
 筋をこれ以上痛めないように注意しながら、美加香はけほけほと咳き込んだ。
(脱走は死神の懐に飛び込むようなものだと聞いてはいたけれど……)
 塔の教師達が集団で追ってくるとは普通考えない。
 しかも脱走者用の部隊まで用意されているのだから恐れ入る。
 それでも彼らが美加香に向けて殺人的な攻撃を仕掛けてこないのは……。
(私にはまだ利用価値があるって事ね)
 かといってあんな所に戻る気にはなれない。
 戻ったとしても今よりひどい待遇が待っているだけだろうし……。
 どっちにしろもう駄目かも知れない。美加香は弱気なことを考えた。
 ここは塔からちょっと離れた山道。
 追っ手に囲まれた美加香は自ら崖から降りたのである。
 しかしさすがにダメージはゼロというわけには行かず、足をひどく痛めてしまった。
 この足で逃げ切れるわけは……ない。
「いいざまだな、赤十字」
 美加香ははっとして顔を上げた。
 一部隊の持つ電灯の逆光に晒された男が腕組みして立っていた。
「高…橋…!」
「生きているのはさすがだが、足を痛めちゃ仕方ねえよな?」
 高橋教師はくっくっと笑いながら美加香の方に近付いていった。
 下卑た笑みを顔に張り付かせたその表情は美加香に嫌悪の念を抱かせるには充分な物だ
った。
「さあ、お帰りの時間だぜ嬢ちゃん」
 呟きつつ節くれ立った手を伸ばす高橋に、美加香はぺっと唾を吐いた。
 高橋は顔にかかった美加香の唾液を指ですくうと、それをぺろりと舐める。
「いけないなぁ、おいたしちゃ。俺は結構凶暴だぜ?」
 言わなくても分かるくらい凶悪な顔をにやにやと歪ませ、高橋はうそぶく。
 その行為に美加香は貞操の危機を感じて竦み上がった。
 本能的にこの男の変態性、異常性を関知する。
 高橋教師に呼ばれた女生徒が3日後に急性薬物中毒で見つかったというのはもしかして
事実なのか………?
 美加香は恐怖のあまり動けなくなった。
 高橋の手が美加香の腕に触れる。
「さて、大人しくなったところで……じ・えーんど、だよ」
「それはあなたの方ではないかな?」
 涼やかな声に高橋の動きが止まる。
 高橋の引き連れた部隊が声のした方を慌てて照らした。
「緒方!?」「緒方さん!?」
 美加香と高橋は同時に声を上げる。
 英二は美加香に軽く手を挙げてみせると、懐から一枚の紙を取り出した。
「高橋教師、あなたは優秀なマシーナリーであり集団暗殺術の教師だったが……いささか
やりすぎたようだ」
 紙を高橋に突きつけながら暗記した文章を読み上げて行く。
「高橋教師……あなたは自分の受け持つ教室の生徒達に民間人を対象とした集団暗殺の演
習を命じ、あまつさえ前途ある多数の女学生を脅迫、薬物投下、殺害した!その行動は塔
の教師にふさわしくないものとの上層部の判断により……執行部監査委員緒方英二の名に
置いてあなたを拘留させていただく!異議、異論はないか!?」
 その目と表情は美加香が昼に見た物と同じ鋭い目。
 これこそが英二の本性だというのか……。
 高橋はしばし呆然としていたが、やがてその瞳に生気が戻ると同時に顔を歪めだした。
 その瞳は活発を越し、凶暴に燃え上がる。
「なるほどなぁ……突然上から任されたおちこぼれ。何かあると思って泳がしてはいたが
……見事に尻尾を掴まれちまったなぁ。まぁ……殺しちまえばいいんだけどよ!」
 そう言うと、高橋はばっと手を振り上げた。
「おい、緒方と赤十字を撃ち殺せ!」
 後ろに控えていた部隊がばっと一斉に銃器を構えた。
 だが、その指が引き金に掛かる寸前に頭上から声が響く。
「ローレライの唄声よ!」
 その美声が届くと同時にびくっと部隊の腕が振るえ、ふらふらと地面に崩れ落ちていく。
 高橋はぎりっと歯を噛みしめた。
「……睡眠魔術か!」
「その通り!」
 頭上の大樹の枝を震わせてから、音もなく黒い人影が地に降り立つ。
「もう、人使い荒いわねぇ。……この子が美加香ちゃん?確かに可愛いわね……」
 英二は眼鏡を押し上げるとにこりともせずに言った。
「彼女は俺の妹で理奈。やはり監査委員を任じられている」
 理奈は美加香を庇うように立つと、可愛らしい顔を引き締めて高橋を睨んだ。
 ふっと息を吐き、英二は鬼気迫る表情で言った。
「同意が居られなかった場合、その場の処理が認められている。さらばだ、高橋」
 高橋はそれを聞くと、しゅっ……と闇に鋼鉄が煌めかせた。
 魔力銃を構えると血走った目で英二を睨み付ける。
「嘗めるなよ……俺だって教師だ。監査委員二人ごとき、一人で始末してやる!」
 だが英二は黙って肩を竦めただけだった。
 その様子に激昂し、高橋は英二に狙いを定めると引き金を引こうとする。
 だがその途端に高橋の胸元から電子音が響いた。
 英二は薄く笑うと、顎をしゃくった。
「早く取ってやれ。俺は逃げも隠れもせん」
 ちっ、と高橋は舌打ちすると銃口を向けたまま通信機をONにした。
「何だ!?」
 いらいらと言う高橋だったが、通信機からの声を聞くに従ってだんだんとその顔色は青
くなっていった。
「ば……か……なっ!?」
「どうした橋本教師?」英二は冷笑を浮かべて訊く。「可愛い教え子達が全員爆死したり
でもしたのか?」
 橋本は牙を剥き出しにして怒鳴った。
「貴様ぁ!何をしやがった!?」
 だが英二はふんと鼻で笑うと橋本の……さらに背後を見た。
「いいや、何もしていない………俺は」
 それと同時に理奈は美加香を立たせると、その身体を強く押した。
「今の内に逃げて。捕獲中の事故と言うことでなんとかなるわ」
 美加香は戸惑ったが、こくと頷くと痛む足ながら必死でその場を離れていった。
 だから彼女はこの後何が起こったか知らない。

「もういいかしら?」そう呟きながら少女は高橋の首に手を掛けた。
 黄金に光る瞳が闇の中に鮮やかに浮かび上がる。
 高橋は背後にいる者の与える圧倒的な威圧感にびくっと硬直した。
「あなた達もこいつを狙ってたんでしょ?いいの?」
 英二は首を縦に振ると、ふっと酷薄な笑いを浮かべた。
「誰が手を下そうと結果は同じ事だ」
 少女は眼を細めると、にっと笑った。
「礼をいっとくわ。この男には罪の代価を払って貰わないとね」
 高橋は恐怖に歪む顔で英二と理奈に手を突きだした。
 ぱくぱくと酸欠の金魚のような死にものぐるいな表情で口を閉じたり開いたりする。
 やっと口から声が出たのは情けない悲鳴だった。
「た、助けてくれぇっ!ま、まだ死にたくねえんだっ!な、何でもする!同行も引き受け
る!だからこいつを何とかしてくれ!」
「だってさ、どうするの?」
 兄の表情を窺う理奈を受け、英二はぽつりと言った。
「断る」
 高橋は青い顔色をさらに青くして喚いた。
「な、なんでだよっ!てめえらの第一の役目は俺を同行させることじゃねえのか!?」
 英二は心底軽蔑したような表情を浮かべると憐れむように言った。
「その方は俺達ごときが適う相手じゃない。……それに」ぎらっと英二の眼が輝いた。
「俺達は貴様の生徒のように唯々諾々と上の命令に従うほど馬鹿じゃないんでな」
 高橋の顔が絶望に歪み………。
「紅蓮の煉獄に消えよ!」
 爆炎と共に高橋の身体は四散した。


 初めて外に出る美加香は山のより深くへと迷い込み、捜索部隊にかなりの重傷を負わさ
れた。すでに美加香の身体は心身ともにぼろぼろで行動できる状態にはなかったが、生へ
の執着と惰性によりなんとか最後の力を振り絞っていた。
 だが、それも既に限界に来ていた。
 美加香はがくがく震える足を踏みだし、バランスを崩して木に寄り掛かった。
(もう……だめだ)
 くやしいな。
 結局、私は外の世界を見ることは出来なかった。
 このまま力つきて、死んじゃうんだろうな。
 HM……作りたかったな。
 恋って……どんなものだったんだろう。
「見つけたぞ、赤十字美加香だ!」
「紫音、焦るな!弱ってるとはいえかなりの使い手だそうだぞ!」
 おかしいね、もう私にはそんな力なんて残ってないのに。
 美加香はすっと手を伸ばすと、肺に思い切りの力を込めた。
 死神に送る最後の抵抗だ……。
「我は噛む毒蛇の牙」
「ぎゃっ!?」
 かまいたちを受け、兵士の一人がばたっと鮮血を吹き出させて倒れる。
 ……目が霞んで行く。
 出血と気力の限界が来た。
「貴様、よくも紫音を!」
 シルエットが銃器を構えたのが見えた。
 ………………次に生まれ変わったら恋をしよう。
 誰にも真似の出来ない素敵な恋を。
 そうだ、長瀬主任の作ったHMに生まれ変われたら素敵だろうな。
 何て言ったっけ、私が去ったときに作り始めてたHMは……。
 マルチ。マルチっていう開発コードだったね。
 あの子は人間を越える機械になれるかなぁ。
 人形以上の命になれるのかなぁ。
 私は…………私に欠けるモノを…………見つけられるのかなぁ。

「起きろ!起きるんだ!」
 激しく頬を打つ声が聞こえ、美加香はうっすらと眼を開けた。
 お下げ髪の青年がしきりに頬を叩いている。
「あなたは……私の……ご主人様ですか?」
「何を言ってるんだ!美加香!死んでしまうぞ!」
 美加香はぼやける瞳を見開いた。
 しかしその青年には見覚えがない。
「あなた……誰?」
「俺は西山英志…武闘家だ。昔の知り合いの頼みで君を助けに来た!」
 知り合い……ああ、多分緒方さんのことですね。
 でも、駄目です。私……もう眠たくて……。
「美加香!死ぬなっ!」西山は必死に美加香に取りすがった。
「一生人形で終わる気か!?」
 あっ……………。
 そうだ。私、まだ……………。
 美加香はゆっくりと目を開けると、けほけほと咳き込んだ。
 ほっと西山は胸をなで下ろす。
「よかった……立てるか?」
「いいえ……まだ、ちょっと……無理みたいです」
 そう言うと美加香はぎこちなく笑った。
 西山は水筒を取り出すと、美加香の口に運ぶ。
 こくこくと美加香の喉が上下するのを見て、顔を綻ばせた。
「しばらくゆっくり休め。それから身体を回復させるんだ」
「はい………」
 美加香は頷くと、西山が引きちぎった干し肉を囓った。
 食事をとらせながら、美加香は西山の肩越しに兵士が倒れているのを見た。
「西山さん、あの人達……」
「心配するな、殺していない。出血した奴もしっかりと止血しておいた」
 よかった。
 自分が生き残ってあの人達が死ぬのも……なんだか不公平だ。
 しばらくしてから西山は荷物をしまって、美加香を抱き上げた。
 ずきっと全身を走る痛みに、美加香は顔をしかめる。
「大丈夫か?」
「は……はい」
 その途端に美加香は、自分が傷つけた少年の傷を見た。
 西山はああ言ってくれたが、深い傷だった。
 助かるかどうかは五分か五分。
 もし助かっても兵士としては再び戦えまい。
(もしかしたら………強化人間の材料にされてしまうかも………)
 紫音とかいったはずだ。
 ごめんなさい。
 美加香は心の中で呟いた。
 もし……何かの形で彼と再会することがあるなら、きっと彼の為に何でもして上げよう。
 たとえ、自分の身を傷つけてでも。
 暗い顔の美加香を見て、西山は呟いた。
「きっと……助かるさ」
「……………………」
 そうであって欲しいと思った。

 しばらく歩いている内に、朝日が昇り始めた。
 観測でない、初めてみる朝日。
 美加香は新しい自分の人生を象徴するような光景に眼を輝かせた。
 西山は美加香の額を撫でると、慈しむように言った。
「外の世界、見たことないんだろ?楽しい物がいっぱいあるぞ」
「……恋、とかですか?」
 西山はくすっと笑いながら、暁の中を歩いて行く。
「そうだなぁ、恋もだ。そうそう、面白い奴が弟子に居るんだ!きっといい友達に…」
 そう言いかけて西山は言葉を切った。
 まじまじと腕の中の美加香を見つめる。
「いや……美加香。そいつのパートナーになってくれないか?」
「えっ?」
 美加香はきょとんと西山の顔を見返した。
 西山は真剣な表情で美加香を凝視している。
「あいつは技は受け継いでも心が弱い。あいつを支えてやってくれないか?」
 ……それが、私の新しい生き方?
 今までとは違う、自分だけの歩き方?
 共に歩いてくれる人が居るなら……より明るく進んでいけるかも知れない。
 美加香はにこっと微笑むと、西山に頷いた。
「……はい。その人、どんな人なんですか?」
「うん、風見ひなたって言ってな………」

 一年後、Leaf学園に風見と美加香が転入した。
 その後倫理教師緒方英二と音楽教師緒方理奈が配属されたのは周知の通りである。

                  完