「え? 今魔法を使っていますか、ですか? はい、そのはずですよ。 あ、今はじっと してて下さいね〜」 さらさらとスケッチブックの上を鉛筆が走る。 ここは、部室棟の漫研部部室の近くの廊下。 「そんなに魔力を感じません?」 そう確認して、希亜はしばらく首を傾げ考えていたが、再び鉛筆を走らせ始める。 「今意識して使っているのは〜 あなたを感じ、あなたを見、あなたと話すための魔法で す。 もう一つはここに私をおいている魔法、こちらの方は物心付く前からですから、も しかしたら魔法じゃないかもしれませんけど。 でも、私自身は魔法だと思っていますし 〜」 希亜の声はいつも通りの、のんびりした物だ。 「そうですね〜。 私は真理の云々よりも、工学的に魔法を研究したいとは思ったことが ありますけど、そこまで専門的には…」 今希亜は、窓枠に腰掛けるように座っている、ただし鉛直方向に対して垂直に。早い話 が真横を向いて、それ以外は自然に座っているのだ、しかも着ている服や、いつもの背中 の部分で割れているマントのような物も窓枠に向かって落ちている、さながら特撮でも見 ているかのように。 「興味があったら行くと思いますけど、今はそれよりもやりたいことがありますから〜」 静かな廊下に鉛筆の走る音が広がって行く。 「はい、そうですね。 今のところは」 スケッチブックに残される軌跡は、いつの間にか学生の姿を形作っていた。 「え、説明ですか? そうですねぇ」 そこに書かれる人物は酷くぼやけている、希亜があえてそう書いているのではない、彼 自身にもそう見えて、もしくはそう感じているのだから。 「どうも相対空間上に、相対的に自分を固定できるみたいなんです」 相手が要領を得ないという表情になったので、希亜は説明を続ける。 「例えば〜、今私はここにこうして座っています。 言ってみれば校舎を基準にして、校 舎から鉛直方向に対して、だいたい90度ずれた状態で自分自身を固定しているんです。 ただ私自身どういう原理なのかは厳密には知らないんですけどね〜」 そこまで話して、ふと鉛筆が止まっているのに気付き、筆を進め始めた。 「はい、そんな感じです〜。 ですから慣性の影響は受けているようですよ」 相手がとにかくも納得してくれたようなので、自然と会話が切れた。 鉛筆が紙の上を走る音だけが廊下に広がる。 窓から入ってくる光は、夕刻の紅にゆるりと染まり、廊下もその色に置き換えてゆく。 しばらくして希亜はスケッチブックを相手に向け、 「はい、出来ました。」 しばらくの静寂。 「色をですか? イメージのままに?」 ちょっと戸惑った希亜に相手は、説明を続ける。 「それで、できあがったら、部室の方へ届けるんですね? はい分かりました」 去って行く相手に手を振り、スケッチブックを閉じ辺りを見渡した。 誰もいなくなったのを確認して大きく息を付き、 「まったく、私はどうして…」 空を飛ぶことに特化しているんでしょうかね〜、と続く言葉を発する事もなく床に降り 立つ。 「無理をしすぎたかな〜」 そう言う彼の視界は、まるで無彩色で彩られているような、そんなふうに辺りに注意を 払えない。 そう思ったのもつかの間、重力に身を任せスケッチブックを抱いたまま、廊下にうずく まった。 「いつもの事とは言え…」 そのまま、思考が遠のいてゆく… どの位か気を失っていたのか、そんな思考がまず脳裏をよぎった。 辺りは夕焼けの朱にまだ染まっている。 「良かった」 時間がほとんど経っていないことを、ポケットから取り出した時計で確認する。 市販 の紐の付いた蓋のない懐中時計のような時計だ。 立ち上がって部室に戻ろうとする、体は重く感じない、ともかく問題はないようだ。 立ち上がった… (両足に廊下を踏みしめる感触、今私は廊下に立っている…) ついそんな思考が頭をよぎる。 だが次の瞬間、よく見た人物が視界に入った、思わず声を掛ける。 「そんな所で何をしているんです? 軍畑さんに、ええと長岡さん…」 おそるおそる、そう言うのが一番しっくりくるかのように、二人は物陰からこちらに出 てくる。 「あ、あんたいったい誰と何を話していたのよ!」 「そうッスよ弥雨那ちゃん」 「それから、急に座り込んじゃうし」 「ええと… あれ?」 そう言えばと、希亜は思った、オカ研の人と言う事以外何も聞かなかったからだ。 た だ今回の場合そう言う話題に触れなかった、と言う側面もあったのだが。 同時に気を失 ったのがだいたい一瞬であることを再確認した。 「オカ研の人ですけど、それが何か?」 「ちょっと、待ちなさいよ。 あたしが見た分にはあんたの前には誰もいなかったのよぉ ー!」 「そうッスよ弥雨那ちゃん、いったい何を見たんスか?!」 「と言われても、こういう人なんですけど」 そう言って希亜は、先程スケッチした絵を二人に見せた。 志保と軍畑はそのスケッチをのぞき込む。 「誰っスかこれ?」 「オカ研の人です、仕上げた後でオカ研に持って行くんですけど? それから長岡さん、 私の名前は弥雨那希亜ですよ〜」 希亜の言葉なんか聞いちゃいないのか。スケッチブックを見た二人は、スケッチブック に描かれている酷くぼやけた人物と、その書かれた人物がオカ研のメンバーと言う事を照 らし合わせた。 「酷く古い制服ッスね…」 「うちの学生で、こんな古い制服を着ていて、姿が見えなかった、オカ研のメンバー…」 志保は一つの結論にたどり着く。 だがそれをとりあえず棚に上げて、 「あんた どうしてうずくまってた訳?」 質問が関連する事柄内で変わったことに、若干の注意を払いつつ希亜は、 「ちょっと、力を使いすぎたみたいなんです、それか…」 ら、私自身が先に参ってしまったようなんですけどね。との言葉を口に出そうとするよ りも早く。 「情け無いわね〜 もっと精進したらどうなの?」 志保の言葉が続いた。 だが希亜もそれに戸惑うわけでもなく、 「そうですね、所で先程スケッチしていたのはたぶん、幽霊部員ですよ」 そう言ったのが運の尽きと言うか、彼はしばらくこの二人から質問攻めにされ解放して もらえなかった… 教訓、不必要な時に他人の好奇心を刺激しないこと。 「う〜」 翌日の放課後、漫研部室。 「希亜、備品の補充終わったか?」 「今日の分は終わっています、出納は今書き込んでいるところで…」 出納帳から顔を上げるでもなく由宇の質問に即答した希亜、ふと由宇は彼の傍らにスケ ッチブックが置いてあるのに気付き、 「チョットええか?」 「ええ、構いませんよ」 彼女はスケッチブックを手に取り中を開く、一番初めのページにだけ、何か肖像画のよ うな物が書かれている。 「なんやこれは?」 それは彼女自身に問うた物ではあったが、 「オカ研の幽霊部員です、たぶん」 希亜は即答し、そのまま。 「後は色を加えて仕上げて、本人の所へ持って行きます」 言いながら出納処理が終わったのか、出納帳を閉じ鍵付きの引き出しの中にしまう。 ふと傍らの由宇の顔を見上げる。 「なんや見たこと無い制服やなぁ」 とりあえずそう感想を述べて、 「希亜、これは漫研言うよりは美術部の領域やな」 「そう思いますよ、私も。 でも、一人の絵描きとしては頼まれた物をおろそかにする訳 にはいきませんからねぇ〜」 「ま、ええやろ」 「すんません」 離れて行った由宇に、そう言ってとりあえずスケッチブックのコピーを取る希亜だった。 水彩の絵の具をパレットの上で一滴の水に溶かす、広がって行く色、泡立てないように 静かに動く筆。 淡く淡く溶き、別の紙に試しに塗りつけてみる。 「水やん…」 淡過ぎたらしい… もう一度気を取り直して、水を絵の具に触れさせ溶いてゆく。 気に入ったのか、ふっと息を付く。 そして筆が動きデッサン画に色を加えてゆく。 数日後の放課後、部室棟の廊下。 「オカ研って、ここで良いのかな…」 制服姿のまま、出来上がった肖像画を入れた安い額縁を持って、希亜はオカ研の前に来 ていた。 校内でも色々と話のネタになりやすいクラプの一つのオカ研である、が昨夜軍畑から色 々と吹き込まれていたような感じはここからは受けない。 ただ独特な雰囲気はあるのだが… 「おっと…」 すっかり忘れていた希亜は、精神を集中し魔法を発動させようとする。 依頼主と会話 するには、そうしなければならないからだ。 彼は通常の魔法を使うには、空を飛ぶ時など比較にならないほどの魔力を消費する。 心の中にイメージを浮かべる、全てを引きずり込む一つの点を。 その瞬間、彼自身の魔力が爆縮的に高まり、次の瞬間高まった魔力が霧のように消え失 せ魔法が発動した。 …と言っても大した事をしているわけではない、ただ希亜の言う精 霊などの意識体との会話に必要なだけである。 「やれやれ」 空を飛ぶことに特化した、自身の魔法の特性にそう悪態を付き、オカ研の扉をノックす るのだった。 読み終えた本を閉じ本棚に戻す。 次に読む本を物色するように、本の前を指が動く。 一瞬、何か外で魔力を感じたが、思考に入る前に入り口の戸がノックされた。 誰かが出るだろうと思い辺りを見渡すが、 「珍しいことも、ある物ですね」 そう言って、俺は戸を開けるのは自分一人だと気付き入り口へと向かう。 少しおいて、戸は開かれた。 「あ、神海さん」 「弥雨那君、どうしました?」 毎朝寮の食堂で顔を合わせる人物同士、親しいわけでもないが名前を知らないわけでも なかった。 「こちらの部活に所属している方に頼まれた絵が出来上がりましたので、持ってきたんで すけど〜、この人です」 そう言って希亜は、安い額縁の中に入れた絵を相手に見せる。 「知りませんか? 少なくとも肉体は持っていないはずなんですけど…」 「貴方は、幽霊を見ることが出来るんですか?」 「…ええ、まぁ。 魔法を使っている状態では見ることも出来ます。 それで、この元に なっているデッサンもそうして描きましたから」 ゆっくりと話す希亜、だからと言って相手の性格を見透かしているわけではない、無意 味に相手を刺激する訳にいかなかっただけである… もっとも相手が悠なら、ある意味手 加減はしなかったかもしれない。 「そうですか、少し話しませんか?」 どうも神海は希亜に幾分かの興味を持ったようだ、もっとも丁度本を読み終えたその暇 を、ただ潰そうとしただけなのかもしれないが… 部屋の中に通された希亜は、物珍しそうにオカ研の部室を見ていた。 奥から何人かの視線を感じる、この魔法つまり希亜曰く「意識体と会話するための魔法」 なのだが、それを使っている時には副作用として非常に辺りの気配等に敏感になってしま う。 例えば、今視線を感じるのは全部で8つ… あ、一つ増えました。 と言う具合にであ る、これが結構煩わしい。 「どうぞ」 神海はそう言って、希亜に座るように促し、自分は彼と向かい合うように座る。 「さて、貴方のことを聞かせてもらえますか?」 「私の… 私の何を知りたいんです?」 「貴方の魔法の事です」 希亜は、軽く頷き口を開いた。 それは即答などではなく、ゆっくりとした口調で。 「音速の箒乗り、そう言い表すのが一番早いですね。 私は空を飛ぶことに特化している みたいなんで」 「何度か、飛んでいる姿を見かけました」 「そうですか、だいたいあんな感じです」 そこまで言って希亜は辺りを見渡し、絵のモデルがここにいないことを確認して。 「今日は、この方は来られてないのですねぇ」 「そうですね、所で弥雨那君」 「希亜って呼んで下さい」 即答だった。 戸惑う神海を目の前で、「ね」とばかりに軽く頷く希亜。 「…希亜君」 「なんでしょう神海さん」 先程の即答が嘘の如くゆっくりと答えた希亜。 神海は若干の沈黙の後、気を取り直し 質問を続けることにした。 「…先程音速の、と言われましたが」 「はい」 「どうやって音速を超えるんですか?」 「そうですねぇ… イメージ的に一番近いのはロケットですね。 私の持っている空飛ぶ 箒、いつも使っているのはグエンディーナ製の物なんですけど、それが主に加速器の役目 を負っています、それに私自身がいわゆる浮力を提供している。 と、そんな具合で飛ん でいます。」 言葉がとぎれたところで、向かい合うように座っている神海は何も語らない、いつの間 にか他のオカ研部員達もいく人かテーブルの側に来ていた。 希亜はそれらに特に気を配るでもなく話を続ける、目の前の神海も希亜の言葉の続きを 待っている様に感じたからだ。 「基本的には、重力を無視も出来るロケットみたいな感じで加速してゆきます、加速時の 出力は術者の力量と、箒その物の特性とかに影響されるんですけどね。 もちろん音速を超えるには空気の壁と音の壁を越えないといけませんけど、それは私自 身ではなく箒が行います… と言うか箒がそうできるように作るんですけどね。 衝撃波 も同じように箒に処理させます、もちろんその為の魔力は術者が供給し続けないといけま せん。 それから〜、 超高々度以上を飛ぶときには生命維持を、例えば与圧とか酸素とか紫外 線等の問題もありますからさらに力を使います」 「なるほど、だいたい分かりました。 つまり、弥… 希亜君はその箒を作ることも出来 ると言うのですね」 「いえRising Arrow… グエンディーナ製の物ですけど、これに匹敵する物は私では作る ことは出来ません、これを作った人物は明らかに天才、私はそう思いますよ。 私が出来 るのは対流圏を亜音速で安全に飛行可能な箒を作る事ぐらいです。 と言っても私自身が まともに出来ることは、空を飛ぶこと、ただそれだけですから」 特に表情をかえるでもなく希亜はそう言った。 「今使っている魔法はどうなんですか?」 「そうですね…」 神海に、今魔法を使っている事を指摘されても、特に希亜は驚く素振りも見せない。 希亜自身「飛ぶこと以外では、一番魔法を使うことが出来ない魔法使いでしょうからね。 私は」と、そう自負している部分があるからかもしれないが、寮のルームメイトである軍 畑経由まわってくる、色々な情報でオカ研のことを彼なりにつかんでいるのが大きな理由 だった。 「…色々と副作用が多いんですけど、とりあえずは精霊とか幽霊とかの意識を持っている モノと話すための物です。」 「副作用とは?」 「はい。 感覚が非常に鋭敏になってしまうんです、例えば今私に向けられている視線の 数なんかも分かってしまうぐらいに。 あ、もう止めますね」 そう言った希亜の表情から、幾分か力が抜けたような印象を受けたが、神海は質問を続 ける。 「先程、部室の前で魔法を?」 神海の質問に希亜が反応した気配がない、目の前の彼は視点の定まらないままにこちら を見ているようだったが、 「すいませ、少しだ… 時間をく…」 かすれるような声を残して、目の前にいる希亜はそのまま机にうつぶせてしまった。 「希亜君?」 「……………………」 「うん、魔力の使いすぎで気を失ったみたいニャ」 「はぁ…」 エーデルハイドの声にそう返した神海は、ぐったりとして机に突っ伏している希亜を見 る。 「…大きな魔法ではありませんでしたよね、今のは」 神海にも希亜が何らかの魔法を使っていることは分かっていたし、思い返しても気を失 うような莫大な魔力が消費されたようには感じなかった。 「そう言えば『まともに出来ることは、空を飛ぶこと、ただそれだけですから』と…」 空気の天井まで飛ぶことが出来るほどの魔力の持ち主が、どうしてたったあれだけの魔 法で気を失ってしまうのか、この場にいたほとんどは分からずにいた。 「む〜〜」 若干の間ではあったが、部屋を支配した沈黙を破ったのは、唸るような希亜の声だった。 彼はけだるそうにムクリと起きあがり、 「すいません」 そう、とりあえずとばかり、周りに対して頭を下げた。 「………」 「大丈夫かニャ?」 「ええ、まぁ」 しゃべる黒猫エーデルハイドの語尾だけに違和感を覚えつつも、驚くこともなく懐かし そうにその猫を見つめながら返す希亜。 「さて、希亜君。 どうして気を失ったのか説明してもらえますか?」 「ええと〜、簡単に言えばですね。 使用する魔力を分母とし、結果として得られるエネ ルギーを分子として、得られる数を仮に変換係数としましょう。 私の場合は空を飛ぶ時 にはその変換係数が大きく、それ以外にはその変換係数が非常に小さくなってしまうんで す。 実際には違うかもしれませんが、使う本人としてはそう言う感じを受けますね。 魔力が霧散している可能性も示唆されましたけど… 本当の所、原因については分かって いません。 まぁ、私の特性とで言うべき物なんでしょうね〜」 ゆっくりとした口調でそう言いきった。 「希亜君、気を失った理由の説明はまだなのですか?」 神海の言葉に、希亜はこくりと頷き口を開く、 「さっきの話をふまえた上で、単位時間辺りで大量の魔力を使うと気を失ってしまうんで す〜。 でもそれは普通なんじゃないですか?」 「たったあれだけの事で?」 ゆっくりと確認するように言った神海に、希亜は目を細める。 それは神海が初めて見 た希亜の不機嫌な顔だった。 「そう… では、今一度。 良く見てくださいね」 碧眼に闇を宿し、深く静かにそう言った希亜。 直後、錯覚と見まがうほどにほんの一瞬だが絶大な魔力を感じた。 神海は自身の魔力 をも、希亜のその魔力に引き込まれるような錯覚を感じ、思わず身構える。 「あ…」 次の瞬間。 目の前に、自分の姿があった。 「インスタントヴィジョンって呼ばれているものです〜」 テーブルの上の希亜の前に、立体のホログラフのような映像があった。それは映りの悪 いテレビのように時々ぼやけたりノイズが入ったりしながらではあったが。そこに映って いるのは、寮の食堂で朝飯をたかるのに成功したのか、喜々として表情で朝食をとる神海 の姿だった。 しかも今朝のである。 しばらくして、ふっとそれが消えると再び希亜はテーブルに伏していた。 「希亜君?」 そう呼びかける神海。 先程の映像が希亜のささやかな神海に対する抵抗だと気付くの は、もう少し後のことだった。 「う〜… まだつらいな」 テーブルから頭を上げた希亜は、辺りを見渡す。 「何処?」 まるで時間が止まったように、そこにモノはあるのに存在感を含め何も伝わってこない。 そんな情景が広がっている。 場所はオカ研のまま、だが本棚はまだ新しく蔵書も少ない、外に見える景色も先ほどと 違い知らない校舎が建っているのが見えた。 周囲の状況を知りたくて。立ち上がろうと思い、足に力を掛けるが。 いっこうに体は 持ち上がらない。 「どういう事か」 そう言いつつも、不思議と恐れや恐怖といったモノは感じない。 上半身の自由はあっ たので、いろいろと座ったまま体を動かし辺りを見回す。 そうしている間に廊下の方から足音が聞こえてきた、いやに響くその音は背後にある扉 の前で止まる。 ドアノブに手をかける音。 ドアノブを回す音。 それ以外の存在がまるで伝わってこない今、希亜の五感にはそれだけがあった。 ドアが開く… 「あ、お邪魔しています」 何でそんな事を言ったのか、よく分からないままだったが。希亜は入って来た相手にそ う言っていた。 そしてその人物が件の絵の本人だと気づくと、そのままテーブルの上に 置かれていた絵を相手に向け、 「絵の方、出来上がりましたので額をつけて持ってきました〜」 そう、いつもの糸の切れたような自然体のままに言った。 相手は、絵を手に取りしばし見つめた後、手前の本棚の横の壁を指さす。 「そこに飾るのですか? 私が?」 相手は満足したように頷くと絵を希亜に渡した。 絵を受け取り、相手は「お願いします」とでも言うように軽く頭を下げる。それを視認 した直後、希亜は強烈な目眩を感じ、 「うぁ…」 そのまま希亜の視界はブラックアウトした。 それは目の前の人物を再評価する視線、もしくは確認する視線だったのだろう。 「ん? なんですか皆さん」 ようやく神海が自らに向けられている視線の意味に気づいた頃、彼の前でテーブルに伏 している希亜が頭を上げた。 そのまま彼は辺りを見回す。 希亜は先ほど感じた一連の事象がなんだったのかをとりあえず棚において、それを説明 しようと考えていた。 だがふと視線を正面からはずしエーデルハイドに向けた瞬間、そ れが証明できないことに気づき思考が止まった。 「はぁ〜」 とりあえず大きくため息をつく希亜だった。 (私一人の目撃、と言うか感じた事象では、説得力欠けるよねぇ) 「………………… …………」 「部長に会ったんニャね」 黒猫エーデルハイドの言葉に、きょとんとする希亜。 「部長って、来栖川さんじゃないんですか?」 そう言えば部長の名を知らないと思いつつ希亜は返していた。 「…………………」 「ここに描いてあるのが部長だニャ」 猫の前足が、今はテーブルの上にある絵を指す。 会話に変な間があることに気付いた希亜だが、違和感のままにも会話を続ける。 「この人がですか?」 「……… …………………………………」 「部長は滅多に姿を現さないニャ」 「はぁ〜」 ため息のように息を吐く。 同時に希亜は思考をシフトさせる、先程の夢のような事象 を話してもそう問題ないと判断したからだった。 「…ではこの話もいいでしょう。 私が先程見た夢なんですが〜」 そこまで言って立ち上がった希亜は本棚の方へと歩き、先程指定された壁を探す。 記 憶にある位置、つまり最も手前の本棚の横の壁が開いている事を視認し、そっと指を指し。 「あの壁に、この絵を飾ってと言われましたので。 許可を願えますか?」 そう質問した希亜の視線は何処にも向いていない、ただ指先の指す壁に向けられている。 「そんな急には」 誰の声かまで希亜は意識しなかった。 だがその声に含まれる、僅かな拒絶を意識したのか。ふよふよとテーブルの前に戻ると、 持ってきた絵をそっと持ち上げ。 「そうですね〜 では、今日はこれで失礼します」 いつもの糸の切れたような自然体のままにそう言った。 「……………」 「それが良いと思うニャ」 ふわりとオカ研の面々に背中を向け、出口へふよふよと進む希亜。 見ていた神海の視界の端に一枚の紙が差し出される。 ふと差し出した本人、来栖川芹 香を見た。視線の先の彼女は小さく頷き言葉を発する、それが例え独りのモノだとしても。 そして神海は彼女に答えるよりも早く、目の前にある紙、入部届けを受け取り立ち上が る。 「忘れ物ですよ、希亜君」 「はい?」 慌てて自分のポケットをまさぐる希亜、その様子に神海は特に急ぐでもなく、歩いて彼 の側まで行くと。 「はい、入部届け。 もし良かったらでいいですから」 「む〜」 不満というよりも、狐につままれる如くしてやられたという感じの声が部屋に広がる。 「分かりました、でも返事は期待しないで下さいね」 希亜は受け取り、二つ折りにしてブレザーの内ポケットの中に入れ、一度部屋の方に向 き直り。 「では、失礼しますね」 そう言って軽く頭を下げると部室から出て行った。 「これで、良いんですか?」 既に閉じたドアから視線を部屋に戻しながらこぼす神海だった。 「む〜 渡し損ねたことには変わらないかぁ。 出来れば直接渡したいですけど、とりあ えずはまた後日訪れるとしましょう。 しかし…」 (何であんなに拒絶されることを簡単に受け入れたんでしょう。 私は…) 廊下をふよふよと漫研へと戻る希亜、こころなしかその背中はすすけていた。 そう言えば希亜君、オカ研に入部するの? 「どうしよう」 ま、好きにすると良いさ 「む〜 ! そう言えば未解決事項があるけど、続くの?」 続きます。 「そう…」 はい… キャスト(登場順) オカルト研究会部長(名称未確認) 弥雨那 希亜 軍畑 鋼 長岡 志保 猪名川 由宇 神海 来栖川 芹香 エーデルハイド