オカ研奥の小部屋。 「さぁ、始めるよぉー」 たった二人と一匹の観客を前に、アルルゥ達が見損なった物語を、綾芽はそう言いきっ て始めた。 途中で興味を持ったオカ研部員が何人か入ってきたが、綾芽は何一つ滞らせることなく 紙芝居を続けて行く。 あまりにも自然に物語が流れる。 その様子に誰もが心を奪われて行く。 ただの昔話の紙芝居であるにも関わらずに。 そして物語が「めでたしめでたし」というお決まりの余韻を残して終わると、雨だれの ように拍手が沸き起こった。 決して広くない小部屋の中に入った、十人に満たない人全ての拍手。 「あ、ありがとう」 綾芽は赤面しながら深々と頭を下げる。そうして頭を上げると頬に流れる物があった。 「は〜い」 緊張感も何もない声で、紺と茶色のチェック柄のハンカチが渡される。 「うん …うれしくて涙なんて初めてだよー」 照れ笑いをうかべながらに受け取り、涙を拭う綾芽。少し恥ずかしいのか、ほんのりと 顔を赤くしていた。 静かに伸ばされた芹香の手が、ぽんと綾芽の頭の上に手が乗り、優しく頭を撫でる。 「せ、芹香さん」 一瞬驚く綾芽だが、そのまま芹香に撫でられるに任せていた。 「本当に可愛い人ですね、希亜君」 「でしょう」 リアンの言葉に希亜は自慢げに答えた。 ふと気付いてポケットから大きな懐中時計を取り出し時間を確認すると、そのままアル ルゥとカミュの方へふわりと向きを変えた。 「さあ、そろそろ帰りましょうか。こっちの下校時刻も近いですからぁ」 「もうそんな時間!?」 「まぁ、そろそろ外は暗くなりますからねぇ」 そう言って希亜は、ふわりと小部屋の窓を指さした。 綾芽は窓の向こうに見える暗い夜空に驚く。 「わぁっ! 真っ暗じゃない」 「そりゃあ、これ以上無いくらい集中してましたからねぇ〜」 「ううっ、時間危なかったら言ってくれれば良かったのにー」 そう言いつつも綾芽はテキパキと紙芝居を片づけて行く。 「では、帰り支度をしましょう」 と、そんなリアンの声に同意して、一同が帰り支度を始めた矢先。 「こちらです」 そんな部員の声と共に、小部屋の入り口が開かれた。 「御免!」 凛とした声と共に、一目でトゥスクルの人だと分かる独特の服装と、人ではない耳を持っ た人物、トウカが入って来る。そのまま部屋の中にアルルゥとカミュ、そして綾芽の姿を 見つけると、安堵の表情を浮かべた。 「二人とも遅いので、お迎えにあがりました」 「ありがとう」 「なあに、これも務めでござるよ」 トウカがアルルゥと視線の高さを合わせて、笑みを持って返す。 「ごめんねトウカさん、わざわざこっちまで」 「綾芽殿がご一緒ならば、某も一安心でござる」 「お知り合いですか?」 「はい、トゥスクルのトウカさん。よくアルルゥちゃんが遅くなったら迎えに来るの」 「初めまして、リアンと申します。こちらの希亜君に魔法を教えています」 「リアンさんに魔法を教わっている、弥雨那希亜です。希亜と呼んで下さいね〜」 「それで、こっちが来栖川芹香さん」 ペコリ。 リアンの唐突な挨拶に、一同はつられるようにして、それぞれに挨拶を交わす。 「ご丁寧に痛み入ります。某、エヴェンクルガの剣士、トウカと申します」 とても簡潔にそう挨拶を交わしたトウカは、希亜の方へと視線を走らせていた。 「貴殿が希亜殿でござるか」 「は〜い」 「綾芽殿がとても良くは「わわわぁー!!」むぐ、んんんーー…」 慌ててトウカの口をふさいだ綾芽が、トウカの耳元で何かをささやく。トウカは綾芽か ら希亜へと視線を移し、再び綾芽へと視線を戻したところで、首を縦に振った。 「もう、油断も隙もないんだから。ねぇ希亜」 ほっとしてそう言った綾芽が、希亜へと視線を向ける。 そこには困ったまま微笑みを浮かべ「そですねぇ」と、答える希亜の姿があった。 「では出ましょうか」 リアンがそう呼びかける。それぞれに荷物を持って出て行き、明かりが落とされ、小部 屋に鍵がかけられた。 一行が部室棟から出ると、夜空にはいくつもの星々が瞬いていた。 「こっちの世界は星の数が少ないでござるな」 「そうなの?」 「拙者達の世界では、星明かりで夜道を歩くことも出来るでござるよ」 「ふーん。こっちでも空の高い所なら、いっぱい星が見えるんだけどね…」 「こっちの世界では、夜も明るいところが多いですから〜、星が見えづらくなっているん ですよぉ」 「そういえば、グエンディーナではそう言った事はないんですか? リアンさん」 「グエンディーナでも、ここほど夜は明るくありませんから」 一同が歩き始める。 その中で、綾芽の隣をふよふよとついて行く希亜。 その後ろのカミュが、希亜の背中にある翼に手を伸ばす。 「本当に触ることが出来ないんだね」 希亜の背中の、優しく伸ばされた外側の一対の羽に、自分の手を重ねながらに言った。 「その翼は、ちょっとした魔術の実験によって、私の力を表した物なので。本来は私、翼 は無いんですよぉ」 「そうなんだ」 「全部伸ばしてみますね〜」 そう言って希亜は、内側の翼も伸びゆくように広げた。 四枚の翼全てが、慈しむような優しさをもって、空色の淡い光を広げる。 羽ばたく事無く優しく伸ばされた翼は、カミュの目の前でゆらゆらと揺れている。 「なんだろう。…こんなにも優しいのに、こんなにも悲しいなんて」 しばらくその翼に見とれていたカミュは、唐突にそう呟いていた。 気になった希亜は振り返り、そのまま彼女の隣へと近寄る。綾芽もつられるようにして、 希亜の隣で二人の会話に耳を傾けている。 「この翼ですか?」 「うん…」 「ある意味において、私は人々が見上げる空なんですよ。それは、色々な物を包み込む事 は出来ても、決して受け入れる事はできませんから。だから悲しく見えたんでしょう」 「そうなんだ」 「そう言えば、この事は綾芽さんにも話してなかったですね」 「うん。詳しく聞かせてくれるよね?」 「必ず、話しますよ」 そう希亜が言った直後、彼の背中の翼がゆっくりと薄れ始めた。 「だいぶ近づいてきましたねぇ」 そう言って希亜は飛ぶのをやめ、降りて歩き始める。その間にも希亜の背中の羽が次第 に空気にとけ込むように薄くなり、仄かに明滅したのを最後に消えさった。 「消えちゃった」 「ゲートに近づくと、いろんな力が無効化されますからねぇ」 希亜とカミュの隣で、綾芽はいつの間にかトウカと武術の話しを始めていた。 お互いの世界の武器と技の名称が飛び交っているあたり、かなり広範囲に話題が及んで いるようだ。 そして希亜がふと後ろを振り返ると、ムックルの上にアルルゥとリアンと芹香が乗って いた。 「ところで、希亜さんは綾芽さんのこと好きなの?」 「はい」 カミュの旺盛な好奇心から放たれた質問に、希亜は曇りのない笑顔で答えた。 同時に少し離れた綾芽の注意が、希亜とカミュに向けられる。 「…ふーん。じゃあ綾芽さんは希亜さんのこと好きなのかな?」 「それは、あなたも好きな人が出来れば、分かるようになりますよ」 のほほんとした答えに、カミュはやや離れた綾芽の横顔を見つめる。 「ねぇ…」 「なんでしょ」 「もし、その思いが届かなかったら?」 「…そですね」 寂しそうに短く答え、そのまま希亜は歩き続ける。 「変な質問しちゃったかな?」 「いいえ〜。届かなかったというのは、思いの届け方が悪かったんでしょう。でも思いが 届いていて、無視されるなりするよりは、良いかもしれないですね」 「じゃあ。振られたら、とか考えたこと無い?」 「無いと言えば嘘になりますねぇ。でも、それは思い自体は届いている訳ですから、相手 の迷惑にならないよう身を引くべきなんでしょうね」 「怖くない?」 「怖くもありますよ、でもそれ以上にドキドキしてます。まったく、落ちるとはよく言っ た物ですねぇ」 「ふーん」 カミュはどことなく釈然としない様子だったが、街灯に照らされた希亜の顔を見て、少 し離れて前を歩く綾芽の隣へと行ってしまった。 「あらあら」 行ってしまったカミュの後ろ姿にそう呟き、希亜は見えてきたゲート管理棟へと視線を 向ける。 いつの間にか前を歩く三人は、真ん中に綾芽を挟んで質問責めにでもしているのだろう か… 一人で歩く希亜を後ろから眺めている。自分の教え子でもある彼は、綾芽に心底惚れ込 んでいるという。 それを微笑ましく思いながら、一方で彼が言った言葉を反芻する。 綾芽と希亜の込み入った話になった時に、彼の口からこぼれた「いつまでも待ちます」 という言葉を。 少なく見ても仲の良い姉弟、そんなふうに見える二人だ。彼は綾芽に対して言葉どおり に、一体何を待つのか。 思い続けると言う事は、生半可なものではない、そうリアンは考える。大抵は時と距離 によって思いが磨滅してしまうから。 それでも、彼ならばその時まで待ち続けるのではないか、と考える。たとえ結果がどう なろうと… 一人で前を歩く希亜の背中を見ながら、リアンはぼんやりとそんなことを考えていた。 「ん」 「どうかしました? アルルゥちゃん」 「お姉ちゃん、いる。 あそこ…」 「あの方ですか? 確かエルルゥさんでしたね」 先程芹香から教えられた内容を、リアンはアルルゥに確認する。 「ん」 二人の視線の先、トゥスクルの民族衣装だろう白っぽい服を着た、アルルゥと同じ耳を 持った女性が、こちらを見つめている。 だいぶ距離があるが、目が合ったところでリアンはペコリと頭を下げる。するとエルル ゥもつられるように頭を下げた。 「だいぶ遅くなったんでしたら、ちゃんと謝らないとダメだと思いますよ」 「ん、分かってる」 ゆっくり歩いているとは言え、その巨体のため、動作の割にムックルは以外と速い。 上に乗っているこの子の為なのか、この白い巨虎は人と何ら変わらぬ速さで優しく歩い ている。その事にリアンは感心しつつ、目前に迫った到着までの短い間、もう少しムック ルの背に揺られているのだった。 「ただ今戻りました」 「ただいまー」 「お姉ちゃん、ただいま」 トウカ、カミュとアルルゥの声に、エルルゥはため息を一つつき。 「もう、ご飯が冷めちゃうじゃない」 特に怒った訳ではなく、エルルゥはそう言った。まるで母親が子供に言うように、それ は慈愛に満ちたものだった。 「すみません遅くなってしまって、ご迷惑ではなかったでしょうか」 すっと前に出たリアンが、エルルゥに頭を下げた。 「えっ!? いえいえ大丈夫ですよ、トウカさんもいますし」 エルルゥが慌てて繕うように返事を返す。 「お姉ちゃんに、紙芝居してもらった」 「あそこの綾芽さんに、紙芝居してもらってたんだ」 カミュに指さされ、エルルゥの視線を受けたあやめがペコリと頭を下げる。エルルゥも 同じように頭を下げた。 「自己紹介がまだでしたね。私、リアンと申します、大学生をしています。あちらの男の 子が希亜君、高校一年生です。隣の和装の女の子が綾芽さん、希亜君と同じ高校一年生で す。その隣の制服を着ている女の子が芹香さん、こちらは高校三年生になります」 「はい、ご丁寧にありがとうございます。アルルゥの姉のエルルゥと申します」 手短に紹介を済ませたリアンに、エルルゥが慌てて自己紹介をする。 「今日はもう遅いでしょうから、これで失礼します。またの機会に、ゆっくりとお話でも しましょう」 「では」と、リアンが優雅に振り返り歩き出す。 芹香もエルルゥにペコリと頭を下げると、リアンの隣について歩き出した。 トウカとエルルゥに頭を下げて、綾芽は「またね」とアルルゥとカミュに手を振り、リ アンの後を追って行く。 希亜も四人にペコリと頭を下げて、綾芽の後を追って歩き出した。 「行っちゃったね」 離れて行くリアン達の背中を見ながらカミュが呟く。 「もう遅いから、気を使ってもらったのかな」 そう答えるエルルゥの視線もリアン達の背中に向けられていた。 きゅるるるーー。 唐突にお腹の鳴る音がアルルゥから聞こえた。 「…お腹空いた」 「早く帰りましょう」 「うん」 と、三人ともがそう言って、ゲート管理棟へと向かおうとしていた。 だが、ただ一人トウカは「可愛い音でござったな〜」と、普段の精悍な様子とは異なり、 うっとりとしながらそう言った。 「お姉ちゃんカミュちー、乗る」 顔を紅くして頬を膨らませたアルルゥが、二人に呼びかける。 「はいはい」 ぞれぞれに苦笑しながら、背を低くしたムックルの背に乗ると、三人を乗せたムックル は駆け出し、ゲート管理棟の中へと飛び込んで行く。 晩餐には今日の話題がのぼるのだろうか。 それからしばらくして、トリップしていたトウカが、ふと正気に戻って辺りを見渡す。 既にアルルゥ達の姿はなく、夜の闇の中に電気という明かりで照らされたゲート管理棟 が鎮座しているのみだった。 「某としたことが…… 置いていかれたでござるか?」 そのトウカの問いに答えるのは、ただ静寂と秋風だけだった。 ゲート管理棟から離れて行くなかで、綾芽は希亜の隣を歩いていた。 「ねぇ、希亜」 「なんでしょう」 「少し悪い事しちゃったかな… わたしのせいで、あの子達が帰るの遅れて迷惑かけたか ら」 「次に及ばないのでしたら、あまり気にしなくて良いと思いますよ〜」 「そうかな?」 「綾芽さんは、少なくともトウカさんの信頼を得ていますから」 「えっと?」 「あの様子だと、トウカさんは二人の姉の様な物でしょう。部屋に入ってきた時のあの人 の安堵は、トゥスクルの二人とあなたを見てからの物でしたから」 「そう?」 「そうだと思いますよ。ですからぁ、少々遅れても大丈夫、そう思わせるぐらいの信頼は あると思いますよ。私の勝手な妄想だとしても」 「もう! せっかく信じちゃうとこだったのに、どうしてそう言う風に言うかなぁー…」 最後に余計な一言を付ける希亜に、綾芽は呆れながらそう言った。たとえそれが、いつ もの事だと分かっていても、そう言わずにはいられないのだった。 「自分で考えることが大切ですし。何より綾芽さんは三人ともに好感を抱いているでしょ うから…」 希亜の言葉も理解できる。確かに自分で考えることは大切だし、綾芽自身アルルゥ、カ ミュ、トウカの三人に好感を抱いているのも事実だ。 「…それに、子供は少々親に心配かけるくらいでないと」 いつもの事とは言え、希亜の言い方はちょっと変だと綾芽は思う。 折角真面目なことを言っているのに、最後で台無しにしている。全てにおいてそう言う 訳ではないのだが、希亜は彼自身の事に対して、もう少し自信を持つべきなのかなと思う。 「えっとぉ、希亜君? あの子達女の子だよ、分かってる?」 「もちろんですよぉ」 「本当かなぁ」 「まぁ。悪い子ではないと思いますよ」 「悪い子じゃないのは分かるよぉ、希亜と違うし」 「そ〜んなぁ〜」 情けなく答えた希亜の背中に、淡く光る小さな二対の翼が次第に姿を現す。 「この辺から影響受けるんだね」 「ですねぇ、案外広いですから」 「間違って上飛んじゃうと、やっぱり落ちちゃう?」 「一瞬で魔力が切れる訳じゃないですけど、加速をかけて脱出するか、着陸するかを迷わ ずに選ばないと落ちますねぇ」 希亜の言い方に、何となく生々しさを感じた綾芽は、内心まさかと思いつつ尋ねること にした。 「…もしかして落ちたことある?」 「ええまぁ」 返ってきたのは、恥ずかしげに笑いながら帰ってきた肯定の言葉だった。 「だ、大丈夫だったの?」 「あらかじめ落ちることを予測していましたから。その時はかすり傷ぐらいで済みました よぉ」 平然と、というよりはいつものように希亜はのほほんと答える。 「危ないなぁーもぉー」 ため息のように紡がれる綾芽の言葉。 「少し危ないくらいで、将来の不測の事態を避けられるならやすい物ですよぉ」 そんな希亜の言葉も綾芽には理解は出来る。理解は出来るが、もう少し希亜には自分を 大事にして欲しいと綾芽は思う。 「わたし、少しくらいなら治療できるから」 隣を歩く希亜の顔がこちらに向けられるのを感じ、彼はそのまま、 「その時は、お願いしますぅ」 いつものように、そう言った。 「うん… じゃなくて! あんまり心配かけないで」 あまりにも自然な希亜の言葉に、つられて返事を返してしまった綾芽だが、すぐに言い 直していた。 「はい」 と、返ってきたのは素直な返事が一つ。少なくとも綾芽の知る限り希亜は素直な部類に入 る。幾つか思考や言動がずれている事はあっても、行動自体は良識派に属すると感じてい る。 だとしても、あまりにも素直な返事に。 「本当に分かっているのかなー」 と、綾芽はため息混じりに言うのだった。 隣を歩く希亜が前を向くのを感じた。 「綾芽に心配かけたくないのは、私の本心ですよ」 いつもののほほんとした物ではなく、ハッキリとした言葉が綾芽の耳に届いた。 一瞬、何を言われたのか分からなかった。そして何が欠落しているのか理解した瞬間 「えっ?」と、振り向いて聞き返していた。 「どうしました〜?」 「今、呼び捨てにしたよね?」 のほほんと返ってきた言葉に、綾芽は聞き返す。 「しましたけど… ダメ、ですか?」 おずおずと聞き返してくる希亜と視線が合った。それは何かを見透かすような視線では なく、ただじっと答えを待っている物だった。 「ううん、そうじゃなくて。今までほとんど呼び捨てにしなかったから、希亜君にとって わたしってどういう存在なのかなーって思ったりもして」 答えながら、自分の心臓がバクバクいい始めるのを綾芽は感じていた。 今まで自分に対して、好きという気持ちを隠すことがない希亜。だが、少なくとも自分 は、普段彼の事を名前で呼ぶようにしている。そういうのもあって、呼び捨てにしてくれ ないのには、少しばかり不満を感じていた。 だが、そんな不満は今、綺麗さっぱりと吹き飛んでしまっていた。 「どういう存在って… 私は「ストップ!! その先は言わなくて言いから」 答えようとした希亜の言葉を、綾芽は顔を紅くして制止する。こう言うときの希亜の言 葉を聞いてしまったら、嬉しくて恥ずかしくて、どうしようもなくなるような言葉を言う に決まっている。 「ダメですよ、こう言うのはちゃんと言葉にしないと」 希亜はそう言って、綾芽の耳元でささやいた。 直後、紅くなった顔をさらに紅くする綾芽と、今まで我慢していたのか、ボンという音 がするくらいに顔を紅くした希亜の姿があった。 普通なら見ている側も赤面するような二人のやりとりだが、なぜか微笑ましく見えてく るのは、二人が子供っぽく見えるからだろうか。 「可愛いくて良いですね、ああいうのも」 コクコク。 前を歩く二人が、そんな意見の一致を見い出している間。綾芽と希亜はお互いに自分を 落ち着かせようと必死だった。ここは学内であり、それぞれに親しい人物が前を歩いてい おり、その二人に全てを聞かれていたからだ。 後ろめたい感情は微塵もないが、それを補ってあまりあるほどの恥ずかしさにようやく 気付いた二人でもあった。 お互いに目を合わせられず、自分のバクバクいう心音と、一定のテンポを刻む足音だけ が耳に入る。 嬉しくて恥ずかしくて、顔が火照っているにも関わらず。希亜がストレートに自分の事 を好きでいてくれる。その事に幾分か慣れたとも言えるが、それを受け入れてしまった綾 芽の心は、比較的落ち着いていた。 一方の希亜は、パニックに陥っていた。色々な事を一度に考えてしまう癖なのか、拒絶 される恐怖がどうしても頭から離れない。それに加えて耳元で囁いたとは言え、あの台詞 を普通なら素面で述べられるはずもなく、その気恥ずかしさにすぐにでも逃げ出したい、 けど逃げ出してしまえば、言葉は意味を失ってしまう。そんな二つの感情がぐるぐると思 考を揺さぶる。 しばらくして、ようやく思考を整理もしくは棚上げすることに成功した希亜が、言葉を 紡ぐ。 「さん付けで呼ぶのはあまり深い考えはないです。ただ、改まった言葉にしたかったから、 さんを省いたんです」 「…そうなんだ。じゃあ、わたしが君をつけるのと同じなんだね」 「そう言えばそですねぇ」 「わたしの事、呼び捨てで良いからね。その方が希亜を身近に感じられるから」 「えっと…」 綾芽の目の前で、再び希亜の顔が紅くなって行く。 「うん! 紅くなっている希亜も可愛いよ」 「はうぅ〜」 恥ずかしくてそんな声を上げる希亜だが、同時にうれしさも半分入り交じっているのが、 綾芽にも分かった。 ほっとしてようやく自分のペースに戻った綾芽の脳裏に、土曜日の約束が浮かぶ。 「土曜日の笙青堂、楽しみだなー」 「そろそろ、晩秋のセットメニューが出る頃じゃないですかねぇ」 まだ少し顔が紅いまま、希亜は笙青堂の季節のセットメニューを頭に浮かべる。 「でも、あそこのセットメニューはちょっと高いよ」 「私は京風のお汁粉が好きなんですよねぇ」 「そうなんだ。関東風も悪くはないんだけど、あの小豆のお汁の中に沈んでいるのも良い よねぇ」 「何の話しですか?」 前を歩いていたリアンと芹香が、そんな質問と共に希亜と綾芽の両隣にやって来た。 「土曜、商店街の笙青堂で奢ってもらう事になっているんです」 「あの甘所の笙青堂ですね?」 「はい、知ってるんですか?」 「何度か入ったことがありますが、色々とおいしい物が多いですよね」 「ですよねー、入る度に迷ってますー」 綾芽とリアンがそのまま話し込む。その話の内容を芹香と希亜は聞いているのだった。 話題が笙青堂のメニューから学校の話題へと移った所に、セバスチャンのリムジンの出 迎えを受けた。 「お嬢様、綾芽様お迎えにあがりました」 「こんばんわ〜」 「初めまして」 「これはご丁寧に痛み入ります。さあお嬢様、綾芽様、お乗り下さい」 セバスチャンはリアンに丁寧に挨拶を返し、後部シートのドアを開いて二人を促す。 「………………………」 「え? またお話ししましょう?」 コクコク。 「はい、喜んで」 リアンの返事を聞いてぺこりとお辞儀をし、リムジンに乗り込もうとした所で、芹香が 振り返った。 「……………………………」 「え? 忘れていたことがありました?」 コクコク。 「何ですか?」 「……………………………………」 「えっと、術の効果は今夜中には切れます。希亜君にですね?」 コクコク。 「分かりました、後で伝えておきます」 リアンは芹香にそう言いながら、綾芽と話している希亜に視線を向ける。 「そうそう希亜君。ちゃんとリアンさんを送っていかないとダメだよー」 「はい、任せて下さい」 「大丈夫かなぁ、お姉さんとしてはチョット心配だよ」 「大丈夫ですよ、綾芽さん。希亜君は紳士さんですから」 にこやかにそう言うリアンに安心した綾芽は、 「じゃあ大丈夫だね。希亜、また明日ね」 そう言ってリムジンに先に乗り込んだ。 「お嬢様、そろそろ」 セバスチャンの言葉に芹香は頷き、リアンに再びぺこりと頭を下げてリムジンへと乗り 込む。 程なくドアはセバスチャンの手によって閉められた。 「では失礼します」 セバスチャンは簡潔に挨拶を済ませると、運転席に乗り込む。 「芹香さん、本当にお嬢様なんですね」 リアンがそんな感想を述べ、思わず本日何度目かのツッコミを入れそうになった希亜。 そんな二人の目の前をリムジンは滑るように走り出して行く。 離れて行くリムジンに手を振る希亜は、 「たまには、忘れてみるのも良いかもしれませんね」 とのリアンの言葉を聞いて、もう一度どうツッコミを入れるべきかどうか悩むのだった。 来栖川邸へと向かうリムジンの中、二人は今日のことについて話していた。 「………、……………………………………………」 「今日はいろんな事が一度にあった気がします?」 コクコク。 「そうだよね、希亜君の背中に翼があったり、希亜君の師匠のリアンさんに会ったり、部 室で紙芝居したり、アルルゥちゃんのお姉さんにもあったり。本当にまるで寄せ鍋みたい な一日でしたよねー」 綾芽が言い終える前に、芹香は笑っていた。無論比較的一緒にいる時間が長い綾芽だか らこそ、その仄かな笑みに気付いたのである。 「……………………………」 「え? 寄せ鍋はおかしいです?」 コクコク。 「そうかなー、色々な具材が重なり合って味わいを深くするから、ぴったりだと思ったの に」 「…………、…………………………………、………………………………」 「えっと… 私も今日は魔術も大成功しましたし、本当に充実した一日でした?」 コクコク。 「そういえば、希亜君の背中の羽根はずっと付きっぱなしなのですか?」 フルフル。 「……………………………、……………………………………」 「え? 今夜には効果が消えるはずなんですか?」 コクコク。 「じゃあ明日はいつもの希亜君なんだ」 コクコク。 「………………………」 「えっと、大丈夫だと思います?」 コクコク。 「本当に、大丈夫なの?」 …、コクコク。 「えっと、今の間は? ねぇ! 本当に大丈夫なんですか1?」 夜の帳が降りきった闇の中、希亜はRising Arrowにリアンを乗せ、ゆったりとした速度 で、風を受けながら商店街の方へと飛んでいた。 「可愛い人でしたね綾芽さん」 「はい」 即座に返される希亜の返事に、リアンはため息を一つ、 「希亜君は、からかいがいがありませんね」 そう呟く。 「昔、色々ありましたからぁ」 「昔?」 「秘密ですよ〜」 のほほんとそう言いきった希亜の過去に関して、リアンが知っていることは少ない。 「好きな子でもいたのですか?」 孤独を気にできないほどの、精神外傷を残すようないじめにあってましたなんて… 言 えないよぉ〜。と思いつつも、希亜はさらりと「秘密です」と答える。 「土曜日の笙青堂でしったけ?」 「はい」 「ご一緒しちゃおうかなー」 「よろしければどうぞ」 「ほら、それじゃあダメですよ。短くてもデートなんですから」 「あ…」 希亜の顔がボンと音がするくらいに紅くなる。 「あうあう」 「もう、やっと自覚したんですか?」 呆れ顔のリアンは、希亜の耳まで紅くなっているのを見て、彼も年頃の男の子なんだな と、ようやく安心した。 深呼吸して、何とか自身を落ち着かせようとする希亜。 そんな間に、眼下の景色は五月雨堂付近の商店街を映していた。 「そろそろ着きますね」 「え〜と。お店側にします?」 このまま向かうと住居側の玄関に到着するため、希亜が訪ねた。 「このままでいいですよ」 「は〜い」 のほほんとそう答えた希亜は、静かに高度を落として、門の前にRising Arrowを止めた。 リアンがRising Arrowから降り、希亜に振り返る。 「今日は楽しかったです。希亜君のおかげですね」 「たまにはこんな事もありますよ。では、失礼しますね〜」 そう言って希亜はゆっくりと上昇し、この場から離れようとする。 「希亜君、芹香さんの魔術は今夜には消えるそうです」 「そですか、ちょっと名残惜しいかもしれませんね」 リアンの言葉に制止した希亜は、そう答えながら舳先を空へと向ける。 「土曜日のデート、がんばって下さいね」 別れ際にリアンはそう言って希亜に手を振り、門の中へと入って行った。 「…これは、自覚した方がいいのかなぁ」 自身に問いかけるように呟き、希亜も寮へ戻るべく、この場から風切り音だけを残して 飛び出すのだった。 その後、羽が生えたままの希亜は、寮の食堂で結花にまた根ほり葉ほり聞かれた訳だが、 アルルゥの身の安全のために、その容姿の事については触れることはなかった。 なにせ無類の可愛い物好きの結花の事である。遭遇したら最後、アルルゥの命が危険に 陥る可能性が飛び出す程に抱きしめる。と、ありありと想像できたからだ。 翌朝、寮、食堂。 「お早うございますぅ」 「お早う希亜」 そう朝の挨拶を交わし、寮の食堂のおさんどん結花が、希亜のトレイにおかずを乗せる。 朝食を受け取り、カウンターから離れて行く希亜の背中に結花の視線が向けられる。 「あれ? 昨日で消えるんじゃなかったっけ…」 ともかくも、今日もまた一日が始まるのだった。 キャスト(登場順) 神海 来栖川 芹香 東西 戦畑 鋼 猪名川 由宇 御影 すばる 悠 綾芽 リアン アルルゥ ムックル カミュ トウカ エルルゥ セバスチャン 江藤 結花 おあとに… 「え〜と?」 いつものように ある一日の切り取りかな 「そうじゃなくて」 何? 「うたわれるもののキャラクターの設定って…… これでいいの?」 さぁ? (ヲイヲイ…) 基本的には 原作からあまり改変しないようにしているつもりだけど? 「そう」 他に無ければこの辺りで 「は〜い(あんまり聞くとやぶ蛇になりそうだからいいか)」 あ ぱっちぃーど てきすとにならないように気をつけてはいるけど どうかなぁ(汗) (継ぎ接ぎだらけの 文章かぁ…) うたわれキャストに関しては 前に出回った文章から設定をうろ覚えで使用しています 「外に出た設定が少なかったから、その分はしまぷ(う)の想像によるわけですねぇ」 いぇす 「他には?」 特にない と思う… 「そう言えばこれって『息抜き』なんだよね?」 確かに元々は[悠朔さんには家族もいない]の息抜きに書いた物ですが… 「予測以上に時間がかかった訳ですか…」 …さぁ、この話の次の話しは問いつめかなぁ (なんですと!?)