「よッ、昂河」 放課後、帰り支度をしていた昂河は、声をかけられて顔を上げた。 「今日、暇か?」 声をかけてきたのは、背が低く、木刀の入った袋を持った少年──YOSSYFL AMEだった。 「特に用はないけど‥‥」 「じゃあ、一緒に帰らないか?」 「いいけど‥‥」 「よーし、決定決定」 YOSSYは明るく言うと、くふふ、と笑った。 「それで昂河、ものは相談なんだけど」 「‥‥なんだい?」 「前の学校の知り合いで、可愛い娘っているか?」 「…………」 YOSSYが何を期待しているかを悟って、昂河は困ったような顔をした。 「どうだ?」 「……僕が前いたとこって、ここからだいぶ遠いんだけど」 「いやいや、今日は無理でも後日にでも、一緒に遊べそうな娘、いないか?」 「……えーっと」 昂河は頬をぽりぽりかいた。 YOSSYFLAMEは学園一のナンパ師という異名を持っている。だが、その割 に(昂河が知っているかぎりでは)悪いうわさはない。 いわゆるタチの悪い付き合い方をする男ではないようだ。 「うーん……」 「難しく考えなくていいから。こー、あっかるく遊べるような」 「……明るく、ね……」 何人か思い浮かばないわけではない。が、彼女達は「仕事仲間」だったりもする。 (まあ、誘えば来るかもしれないけど……) 自分と同じで、彼女達も「仕事」が関係なければ普通の高校生だ。問題はない、が。 (遊びに来いって気軽に言えるほど近くもないしなぁ。それに……) 「……昂河」 考え込んでいる昂河を、YOSSYは難しい顔つきでのぞきこんだ。 「ひょっとして、あんた……女の子と遊んだこと、ないんじゃないか?」 「えっ?」 「そうか、そうだろうなぁ。昂河って堅物そうだしなぁ」 YOSSYはひとりで納得している。 「よし、そんな昂河に、女の子と遊ぶ楽しさを教えてやろうじゃないか」 「…よっしー……」 「さーてと、そうと決まれば、今日は誰を誘おうかな♪」 うきうきした様子になったYOSSYに、昂河は困ったようにぽりぽりと頬をかいた。 「昂河は、誰か遊びたい娘とかいるか?」 「遊ぶって、よっしー……」 「うん?だーいじょうぶ、心配するなって。女の子の友達増やすチャンスだぞ」 「…………」 どうリアクションを返していいか分からず、昂河はただYOSSYを見た。 確かに、YOSSYの言うとおり、女の子と遊んだりしたことはない。 というより、友達と遊びに行くという事自体、昂河にはあまり経験がなかった。 友達がいなかったわけではない。学校内でなら、昂河は付き合いのいい方だった。 だが、学校外での接触には距離をおいていたのも事実だ。 「‥‥なあ、昂河。この学園で一緒になったのも何かの縁だ。友達は増やしたほうが 楽しいぞ?」 少しまじめな顔で、YOSSYは言った。 「特に、女の子の友達はな」 続けてニマッと笑う。 「ってなわけで、行くだろ?」 「え‥‥うん、いいよ」 昂河は軽く溜息をつくと、微笑を浮かべて答えた。 「で、誰か遊びたい娘は?誘うぞ」 「‥‥うーん‥‥知ってる人って、少ないんだよな僕‥‥」 昂河は考えこんだ。 (親しくできるような……っていうと、神岸さんとか瑠璃子ちゃんとか‥‥) 「‥‥あ」 「ん?」 「…えーと‥」 「なんだ?遠慮しないで言ってみろよ」 「……吉田さん、とか‥‥」 言ってから、なんだか頬が熱くなったような気がして、昂河は焦った。 (なっ‥なんで赤くなるんだ?吉田さんだって、友達には違いないじゃないか……) 「ほうほう、吉田さんね。テニスも一緒だったし、いいんでない?」 YOSSYはニヤニヤして言った。 「後は?」 「あと思いつくような人っていったら、神岸さんとか瑠璃子ちゃんとかなんだけど‥」 「あー、瑠璃子さんなんか面白そうだけど、兄貴がうるさいからな。あかりちゃんは ‥‥藤田も一緒なら、来るかな」 「瑠璃子ちゃんのお兄さん?」 「あれ?知らねえの、昂河。3年の月島拓也先輩」 「ああ、知らない」 「お前、瑠璃子さんとはわりと仲いいんだろうに‥‥ま、運がいいんだろーな」 YOSSYは呆れたように言うと、ひそひそ話をするように顔を寄せた。 「‥‥あのな、月島先輩はシスコンでシスコンで、もひとつおまけにシスコンでな。 瑠璃子さんと一緒にいるのが見つかったが最後、殺されるぞマジで」 小声で言う。 「‥‥はあ‥‥そうなのか」 「ま、あれだ。そんなわけで、もし誘いたいならお前の責任で誘えよ。えーと、後は‥」 「‥‥あんまり人数いても、身動きとりづらいんじゃないかな」 「あ?まあな……じゃあ、とりあえずは誘いに行くか」 YOSSYはそう言うと、にんまりと笑った。 「ってなわけでほら、ゴー」 「えっ?」 「あっち。俺、あかりちゃん誘ってくるわ。じゃ、よろしく」 指で指し示すと、YOSSYはさっさと行ってしまった。 「あっち、って……」 昂河は示された方を見た。 (……吉田さん) そこには、帰り支度をしながら親友の桂木美和子と話をしている吉田由紀の姿があ った。 「…………」 なんだか、躊躇してしまう。 (……ただ単に、一緒に寄り道しようってだけなんだよな。別に2人っきりってわけ じゃないんだし……) そう考えて、昂河は1回深呼吸すると、由紀のほうに歩いていった。 由紀は昂河には気付かずに、美和子と話をしている。 「吉田さん」 2人の会話のきりのよさそうなところで、昂河は声をかけた。 由紀は顔を昂河に向けると、にっこりと笑った。 「なに?」 「うん、‥‥えーと、今日これから何か予定あるかな?」 「予定?‥‥どうして?」 「うん。もしよかったら、一緒に帰ろうかと思って」 そう言ってから、思い出したように慌てて、 「いや、その、YOSSYも一緒だけど。あと、神岸さんとか‥‥」 そうつけ加える。 由紀は考えるような表情になった。 「うーん……どうする、美和子?」 「え?でも、私は‥‥」 その問いかけに、美和子は遠慮するように昂河を見た。 「もしよかったら、桂木さんも」 「……いいの?」 「うん、かまわないよ」 昂河はうなずいた。 「‥‥どうする、由紀?」 「ん。じゃ、せっかくだから一緒に帰ろ。で、昂河くん、他の人は?」 「今、YOSSYが誘ってるとこだけど……」 言って、昂河はあかりの席の方を見た。あかりは、立ち上がって廊下に出て行くと ころだった。 YOSSYがこちらに向かって歩いてくる。 「神岸さんは?」 「藤田探してくるってさ。本当は、これ以上男はお呼びじゃないんだけどな」 そう言って軽く肩をすくめると、YOSSYは由紀達のほうに笑いかけた。 「よっ。昂河からお誘い受けた?吉田さん」 「うん。美和子も一緒だけど、いい?」 「もちろん。大歓迎、大歓迎♪」 「ふふ。で、あと誰が一緒なの、よっしーくん」 「あかりちゃんと、藤田……昂河、瑠璃子さんどうする?」 たずねたYOSSYに、昂河は考えるような表情をした。 「うーん……探しに行ってみるかな‥‥」 「行くなら行ってこいよ」 「じゃあ……」 昂河はYOSSY達をその場に残して、瑠璃子を探すべく廊下に出た。 (いる、となると屋上かな) 由紀を誘う事には緊張したのに、瑠璃子に対してはそんな風にならないのが、なん となく不思議な気がする。 思いながら階段を上ろうとしたところで、ちょうど上から瑠璃子が下りてきた。 「あ、瑠璃子ちゃん」 「こんにちは、昂河ちゃん」 昂河に気が付いて、瑠璃子は瞳を細めてあいさつした。 「こんにちは。瑠璃子ちゃん、今日これから用事ある?」 昂河もあいさつをしてからきく。 「うん。今日はお兄ちゃんと本屋さんに行くから」 「そっか……じゃあ、一緒には帰れないな」 残念そうに言った昂河に、瑠璃子は口元だけの笑みを浮かべた。 「うん、今日はだめ」 「残念。じゃあ、また今度」 「……うん。じゃあね、昂河ちゃん」 そう言ってそのまま階段を下りていった瑠璃子を見送ると、昂河は教室に戻った。 「おう、どうだった?」 教室に入ったとたん、YOSSYから声がかかった。 「うん。用事が入ってて駄目だって」 答えながら、「あれ?」と思う。 そこには、最初にいたYOSSY、由紀、美和子に加えて、浩之とあかりがいた。 そして、もう1人。 「Hi!アキラ」 背の高い金髪碧眼の少女は、元気にそう言って昂河に笑いかけた。 「えーと……宮内さん、だっけ」 昂河は少し自信なさげに少女の名を口にした。 そのいかにも外国人な容貌は何度か見かけたことはあるものの、昂河は今まで彼女 と話した事はなかったのだ。 「Yes。レミィ・クリストファ・へレン・宮内ね。レミィでOKヨ、アキラ」 レミィはにこにこして言った。 「浩之ちゃんとお話してたから、一緒にって誘ったんだけど……」 あかりが、たずねるように昂河を見た。 「レミィも一緒でいい?」 「いいよ、一緒に行こう」 「ウン、よろしくネ」 「よろしく、宮内さん」 「No!レミィね」 指を立て、「チッチッチ」と横に振りながら訂正する。 「‥‥よろしく、レミィ」 「OK!」 言い直した昂河に、レミィはにっこりと笑った。 「で、どこ行くんだ?」 浩之がきく。 「そだな。……昂河、どこ行きたい?」 それを受けてYOSSYがきく。 「え、僕?」 「そそ。リクエストがあれば連れてくぜ?」 「……えーと、それじゃ……」 昂河は少しの間考えると、思いついた行き先を口にした。 「……で、なんだってラーメンなんだ?」 どんぶりを抱えながら、YOSSYはジト目で昂河を見た。 学園の中庭。一行は、今日は放課後も店を出していたディアルトのラーメン屋台に 来ていた。 「しかも、学園内だぞ、学園内。デートも何もあったもんじゃねえって」 「ここに連れてきたの、お前だろーに」 浩之が突っ込みを入れる。 「そうだよね。学園外にだってラーメン屋さんあるのに」 由紀が追い討ちをかける。 「う……それは、昂河がラーメンがいいって言うから……美味いとこっていって、最 初に思いついたのがここだったんだし、しょうがねーだろうが」 「うん、おいしいよ。ここに来て正解だったな」 「それはどうも」 満足げに言った昂河に、ディアルトが愛想のいい笑いを返した。 「ワタシ、ラーメン屋さんって改めて入ったコトなかったヨ」 「私も」 レミィの言葉に美和子がうなずく。 「1人では入りづらいしね」 「うん、分かる分かる。特に制服着てる時って入れないよね」 あかりがあいづちを打つ。 「そうかあ?オレなんか平気だけどな」 「浩之ちゃんは男の人だから」 「そういうもんかねぇ」 そう言うと、浩之はラーメンをすすった。 その隣で、YOSSYが大きなためいきをついた。 「それにしても、色気ねえわ、やっぱ……。だいたい昂河、今日はお前のために遊ぼ うって言ってんのに、どうしてラーメンなんだよ」 「いいじゃないか、好きなんだよ、ラーメン。それに、みんなそれでいいって言って くれたんだし」 「ってゆーか、普通女の子と遊ぶのにラーメン屋入るか?せめて喫茶店とか甘味処と かさ、あるだろーがよ、女の子に喜んでもらえそうな所が」 「……そう言われても」 昂河は困ったような顔をして、どんぶりを口に持っていった。 実際、他に思いつかなかったのだから仕方がない。 「デートでラーメン屋に誘われても、嬉しくないよねぇ?」 YOSSYは、居並ぶ女の子達に話をふった。 「うーん……まあ、デートにラーメンはちょっとね」 「確かにね‥‥」 由紀と美和子がうなずく横で、 「ワタシはぜんぜんヘーキだヨ」 「浩之ちゃんと一緒なら、どこでも……」 レミィとあかりが言う。 「半々だな」 浩之が苦笑した。 「ちぇっ、藤田、この野郎っ」 「わっ!なんだよ肘で突つくなYOSSY!汁がこぼれるだろっ」 その様子に昂河はくすっと笑うと、空になったどんぶりを置いた。 「ごちそうさま」 「いえ、残さず食べていただいてありがとうございます」 ディアルトがにこやかに応じる。 「屋台なのにラーメンの種類が1つじゃないっていうのも、珍しいね」 「1種類だけというのもつまらないですからね。お客さんには楽しんで食べていただ かないと」 「へえ……いいね。じゃあ、今度はお昼に来てみようかな」 「ああ、ぜひそうして下さい。いつでも腕によりをかけてますから」 「って、ラーメンの話してんじゃねーよ、お前は」 「いてててっ」 やはり食べ終わったYOSSYが、袋のままの木刀で昂河の頭をこづいた。 「昂河くんて、あんまり町で遊んだりとかしないの?」 由紀がレンゲでスープをすくいながらきいてきた。 「うん、そうだね……買い物に出たりはするけど、本屋に寄ったり、たまにゲーセン に入るくらいかなぁ‥‥」 「カラオケとか行かないの?」 「うん‥‥あんまり歌知らないし、1人じゃ入る気にはならないよ」 「ふーん……友達少ないんだ?」 「由紀ってば」 美和子が慌てて由紀をたしなめる。 「そりゃあ、転校してきてそんなにたってないからな。しょうがないだろーな」 浩之が、最後の一口を食べ終わってから口を出す。 「昂河君って、なんかマイペースだしね」 あかりが「ふふっ」と笑う。 「アキラ、Friendはたくさんいた方が楽しいヨ?」 「‥‥うん…そうなんだろうけどね‥‥」 レミィの言葉に、昂河はあいまいに微笑んだ。 実を言うと、昂河は今まで「友人」というものをあまり意識したことはなかった。 いや、意識しようとしなかった、というべきだろうか。 教室で休み時間に軽口をたたきあうくらいの仲の「友人」はいても、例えば一緒に 勉強をするとか、一緒に帰るとか遊びに行くとか、そういう「仲のいい友達」はいな かった。 「あんまり‥‥気にしたことないから」 「人当たりはいいのにね、昂河くん。人付き合い苦手なふうにも見えないのに」 由紀の言葉に、昂河は苦笑した。 「ま、でもあれだ。そんなもん、いちいち気にしててもしかたねえよ。こうやって オレ達と仲良くしてるんだし、それでいいじゃねーか」 「それもそうだね」 こともなげに言った浩之に、あかりが微笑んだ。 「なんだかんだで、崇乃とか月島とか、仲いい奴だっているみたいだし。心配しなく てもちゃんとやってるさ、昂河は」 「…………」 昂河は、思わず浩之をじっと見てしまった。 「なんだよ?」 「‥‥いや‥そういうふうに言われるとは思わなかったから……」 「んあ?オレ、変な事言ったか?」 「そういうわけじゃないんだけど……」 「ヒロユキはいつでも前向きネ」 にこにこしながらレミィが言った。 「まったくな。これで影さえ薄くなきゃな〜」 「ぐっ……YOSSY、お前なぁ〜」 「なんだ、気にしてたのかぁ?」 「わりーかっ!」 「YOSSY君、浩之ちゃんだって一生懸命なんだから、いじめないであげて」 「あ〜か〜り〜」 3人の様子に、残りの面々は顔を見合わせるとくすくす笑った。 じゃれあう浩之を見ながら、昂河はさっき言われた言葉を頭の中で繰り返した。 『心配しなくても、ちゃんとやってるさ』 (そう、なのかな……ちゃんとやってるのか、僕‥‥) 自分では分からないけれど。 「よーっし昂河、腹も落ち着いたことだし、次行くぞ次」 YOSSYが立ち上がりながら言った。 「え、次って‥‥」 「ラーメンだけで終わらせてたまるかって。俺が手本を見せてやるよ、女の子との楽 しい過ごし方ってやつを。だから今日は何も言わずについてこいって」 「よっしー…」 「でないと、なんのために吉田さん達を誘ったのか分かりゃしないだろ。ちゃんと彼 女達を楽しませなきゃ、ナンパ師の名が泣くってもんだ」 「ふふ、YOSSYくんってば」 由紀が楽しそうに笑う。 「そうネ、Ladyを楽しませるのは重要ダヨ?」 うんうん、とレミィがうなずく。 「そーゆーもんかねぇ」 「…………」 興味なさげに言った浩之の隣で、あかりが目を細めた。 「それで、これからどこに行くの?」 「そうだなー。ま、歩きながら考えようか。じゃ、行くぞ〜」 美和子の言葉に答えると、YOSSYはさっさと歩き出した。 「しょうがねぇ、つきあうか」 「ごちそうさまでした」 浩之とあかりも立ち上がり、他の面々も後に続く。 「ね、昂河くん」 由紀に声をかけられて、昂河は彼女を見た。 「私たちももちろん楽しみたいけど、昂河くんも楽しめなきゃ意味がないからね?」 まじめな顔でそう言った由紀に、昂河は一瞬きょとんとして、それから微笑んだ。 校門に向かって歩いていく一行の背に、ディアルトの「毎度ありー」という張りの ある声がかけられ、それは彼らの後を追うようにすぅっと空気に溶けていった。