シャッフルLメモ「思いがけない出来事」 投稿者:昂河

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当たったシャッフル内訳

 キャラ:姫川笛音
 キーワード1:投稿
 キーワード2:不慮王

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 ある日。
 笛音は、ふと目を覚ました。
「…………」
 隣で寝ているはずのOLHの姿がない。
 代わりに、いつもはOLHがいて見えない反対側で、ティーナがすやすやと寝てい
るのが目に入った。
 まだ夜中のようだ。辺りは暗い。
「お兄ちゃん…」
 呟くと、笛音は布団から出た。目をこすりながら、それでもティーナを起こさない
ようにそっと部屋を出る。
 どこからか、話し声がかすかに聞こえる。
 笛音は、声が聞こえる方へてとてとと歩いていった。
 そっとのぞく。
 いた。OLHだ。
 スタンドの明かりだけをつけて、机の上のラジオの前にOLHは座っていた。
「…お兄ちゃん」
 笛音の声に、OLHは振り向いた。
「あれ、笛音。起こしちゃった?」
「ううん……なんとなくおきちゃった」
 言いながら、笛音はOLHの側に行った。
 ラジオからは、陽気な女性の声が聞こえる。
「なに、きいてるの?」
「みねちゃんの「はぁと とぅ はーと」だよ。ちょうど今、「今週の不慮王」のコ
ーナーだな」
「ふりょお?」
「不良じゃないよ、不慮王」
「‥‥なあに、それ?」
 きいた笛音を、OLHは抱き上げて自分の膝の上に座らせた。
「えーと……不慮っていうのは、「思いがけないこと」とか「思いもしなかったこと」
って意味でね。このコーナーでは、「思いがけなかった出来事」を集めて、一番すご
いやつを王様ってことで、記念品をあげてるんだよ」
「ふーん……」
「実は俺もたまに投稿してたりするけど、なかなか読まれなくてね。たくさんの人が
投稿してるから、しょうがないんだけど」
「とーこーってなあに?」
 続く聞き慣れない言葉に、笛音はOLHを見上げた。
「ラジオで読んでもらいたいことを、ハガキに書いて送ることだよ」
「とーこーすると、それがラジオでほうそうされるの?」
「そうだよ。例えば、笛音が投稿すると、「笛音ちゃんからのおたよりでーす」って
言われるんだ」
「わたしのおなまえが、ラジオでほうそうされるの?」
「そうだよ」
 笛音は、DJの軽快なおしゃべりが流れるラジオを見つめた。
 ラジオというのはテレビと一緒で、みんなが同じものを聴けるということは知って
いる。
 すると、ラジオで名前が出るということはテレビに出るのと同じなのだろうか?
 そうきいた笛音に、OLHはにっこり笑って「そうだね」と答えた。
「じゃあ、ゆーめーじんになれるの?」
「そうだなぁ、みねちゃんに読んでもらったんなら自慢できるかもな」
 その言葉に、笛音は想像してみた。
 夜中、子供──もちろん自分も──が寝ている時間、OLHのような大人(高校生
といえども、笛音にとっては夜更かししていい大人なのだ)の聴くラジオで自分の名
前が呼ばれる……。
 それは、とても魅力的なことのように思われた。
「お兄ちゃん、わたしもとーこーしたいな」
「え?」
「それで、ラジオでおなまえをよばれるの」
 目をキラキラさせる笛音に、OLHは微笑んだ。
「そっか。それじゃ、何を書くか決めなくちゃ」
「うーんと、えーと……」
「何か思いがけないことってあったかい?」
 思いがけない出来事……。笛音は一生懸命考えたが、いざとなるとなかなか思いつ
かない。
「……ふあぁぁ……」
 考えているうちに、あくびが出た。
 笛音は目をこすると、OLHに寄りかかった。
「笛音、考えるのは明日にして寝ようか。俺も一緒に寝るから」
「……うん…」
「じゃ、行こうか」
 OLHは笛音を抱っこして立ち上がった。
 その後、眠りの霧が頭をすっかり取り巻いてしまうまで、笛音はハガキに書けるこ
とはないかとずっと考えていた。



「……なかなかないね」
「何がないの?」
 溜息をついた笛音に、艶のある髪をおかっぱにした少女──きたみち靜が首をかし
げてきいた。
「おもいがけないできごとって、まってるとないなあって」
「思いがけないできごと?」
 聞き返した靜に、笛音は昨夜のOLHとのやりとりを話した。
「ずるいー!笛音ちゃんばっかりお兄ちゃんと〜!」
 中庭のベンチに座っている2人の側で大きなボールで遊んでいたティーナが、ぷう
っと頬をふくらませる。
「ティーナちゃん、ねてたから」
「起こしてくれてもいいじゃない!」
「わがまま言わないの、ティーナ」
 笛音、靜と並んで座っていたマールがやんわりとたしなめる。
「だってー」
「それで笛音さん、ネタを探しているんですか?」
 ぶうたれるティーナを尻目に、マールは笛音にきいた。
「ねた?」
「話にする材料のことです。この場合は「ハガキに書くことがら」になりますね」
「ふぅーん……」
 笛音は感心してマールを見やった。
 この赤毛の少女──正確にはティーナともどもHMだが、笛音にはそんなことは関
係なかった──は、よくその知識の一端をのぞかせて、笛音を感心させる。
「その「ねた」があれば、笛音ちゃんのお名前がラジオに出るんだねっ」
 靜がにぱっと笑みを浮かべた。
「うん。だから、さがしてるんだけど……」
「思いがけないことっていうのは、そう簡単に見つかるものではないですからね」
 マールが微笑む。
「やっぱり、まってないとだめなのかなぁ」
 溜息をついた笛音の肩に、ポンっと何かが当たった。
「きゃっ!?」
 ボールはポーンとはね返ると、ティーナの手に戻った。どうやら、ぶつけてきたら
しい。
「これも「思いがけないこと」だよっ」
「ティーナちゃん〜!」
 明るく笑ったティーナに、笛音はむくれてみせた。
「これは「ねた」にはならないかなぁ?」
「う〜んと、だめだと思うよ」
 ティーナの言葉に、靜が困ったような顔をした。
「ちぇっ、だめかぁ」
 ティーナは口をとがらせると、ボールを思いきり地面に打ちつけた。
 長い緑の髪が、その動作にしたがってファサッと揺れる。
 ボールは地面にぶつかると、そのままの勢いであらぬ方向へと飛んでいってしまっ
た。
「ありゃりゃ……」
 ティーナは口調よりも平然として、頭に手をやった。
「飛んでっちゃったね」
「あ〜あ……」
 靜と笛音が飛んでいった方向を見る。
「ひろってらっしゃい、ティーナ」
 マールが妹を見ながら言った。
「はぁ〜い」
「あっ、ティーナちゃん」
 笛音がティーナに声をかけたのと、ボールがころころとその足元にころがってきた
のは、ほとんど同時だった。
「あれ?」
 ティーナが、ボールのころがってきた方を見た。マールもつられてそちらを見る。
 その方向にいたのは、彼女達を見てにこにこしているバンダナに水色のサングラス
の少年と、つまらなさそうな表情の少女、その後ろでこちらを見ている紺の学生服を
着た背の高い青年だった。3人とも高等部の生徒らしい。
「あっ、鈴花ちゃんだ」
 ティーナがサングラスの少年の肩に知り合いの姿を見つけて、目を輝かせる。
「皆さんこんにちはでし〜」
 身長15cmのMHM−Cである鈴花は、笛音達に向かってぺこりと頭を下げた。
 鈴花のマスターである八塚崇乃──今、彼女が肩に乗っている人物──も、笛音達
に「やあ」と軽く手を上げた。
「みんな、こんな所で遊んでたの?」
「うん。今日はいいお天気だもん」
 靜がにっこりと笑って答える。
 鈴花はよく初等部に遊びに来るので、笛音達とは仲がいい。マスターの崇乃も、靜
の保護者であるきたみちもどると仲がよいこともあって、子供達とはそれなりに面識
がある。
「みんな初等部の子なんだ?」
 背の高い青年が崇乃にきいた。笛音には見知らぬ顔だ。
「そうだよ。晶は会ったことなかったっけ?」
「うん、初めてだよ」
 晶と呼ばれた青年は、改めて笛音達を見た。その瞳が青いきらめきを放つ。
「そういえば、私も初等部の子って、ちゃんと話したことないのよね」
 崇乃の横の少女が思い出したように言う。
 長い髪を高めの位置で2つに分けて結んでいて、ちょっと気の強そうな顔をしてい
る。笛音は見たことがあるような気もするが、きちんと覚えてはいない顔だ。
「OLH君ときたみち君はたまに話すんだけどね」
「おねえちゃん、OLHお兄ちゃんを知ってるの?」
 OLHの名前に、笛音は少女を見上げた。
「まあね、同じ学年だし」
 少女はそっけなく答えた。
「マナさん……子供相手なんだからさー」
「なに?」
「もう少し愛想良くしてもいいと思うけど」
「……なによ」
 マナと呼ばれた少女は、崇乃をじろっと見た。
「皆さん、お帰りですか?」
 マールが崇乃にきいた。
「うん、今日は部活がなくてね。あ、一応紹介しておくよ」
 崇乃はそう言うと、笛音達に晶とマナを紹介してくれた。
 それぞれフルネームは昂河晶、観月マナというらしい。
 笛音達も、それぞれ自己紹介をした。それに加えて、崇乃が笛音達の保護者が全員
高等部の生徒であることを言うと、晶が軽く目をみはった。
「へえ‥‥そうなのか。みんな大変なんだな」
「大変じゃないよっ、楽しいもん!」
 晶の言葉に、ティーナが腕をぶんぶん振った。
「OLHお兄ちゃんは、ボクのこと大好きなんだから!大変じゃないもん!」
 その言葉に、笛音はカチンときた。
「わたしだって、OLHお兄ちゃんにあいされてるもん!」
 ティーナに負けじとぶんぶん腕を振る。
「笛音ちゃんより、ボクの方が愛されてるよーだ」
「ティーナちゃんより、わたしのほうがお兄ちゃんはすきなんだもん!」
「お兄ちゃんは、ボクの料理は世界一だって言ってたよ!」
「わたしがいればなんにもいらないって、いってたんだから!」
 夢中になってティーナと言い争う。
「おいおい、2人とも」
 崇乃が困った顔をした。
「あーあ、またやってる」
「まったく……」
 靜とマールが溜息をつく。
「ふ〜ん、いっちょまえに女の戦いなのねぇ」
 感心したようなマナの言葉に、晶が苦笑を浮かべた。
「はいはい、ストップストップ」
「ストップでし」
 崇乃が間に割って入ってきた。
「…………」
「う〜〜」
 笛音とティーナは口争いはやめたものの、プイッと顔を背けあった。
「……2人とも、OLHさんのことが好きなんだね」
「ボクの方が好きだもん!」
「わたしのほうが、すきなの!」
 声をかけた晶に、2人は同時に言った。
 晶は再び苦笑を浮かべると、2人の前にそっとしゃがみこんだ。
「えーと……どっちもOLHさんのことが好きなんだよな。OLHさんも、2人のこ
とが好きなんだね」
「そうだよっ」
「お兄ちゃんとわたしは、りょうおもいだもん」
「ボクが両思いなの!」
「わたしとだもん!」
「あー、2人とも両思いなんだな」
「「うんっ」」
 笛音とティーナは思いきりうなずいた。
「僕はOLHさんのことはよく知らないから、憶測でしか言えないけど……たぶん、
OLHさんは2人のことを同じように好きだけど、同時に違うように好きなんだと思
うよ」
 その言葉に、笛音はきょとんとして晶を見た。ティーナも「?」を浮かべている。
「笛音ちゃんは笛音ちゃんだし、ティーナちゃんはティーナちゃんだろ?2人とも、
他の誰でもないわけだ。だから、笛音ちゃんは笛音ちゃんとして、ティーナちゃんは
ティーナちゃんとして、OLHさんは2人をそれぞれ好きなんだと思うよ。その「好
き」っていうのは共通しているから、違うけど同じわけなんだ」
「…………わかんない」
「……ボクも……よくわかんない」
 晶が何を言っているのか、笛音には理解できなかったが、少なくとも真面目に言っ
ているというのは分かった。
 晶は、「ん〜」と困ったように言うと、にこっと笑った。
「ま、OLHさんには2人とも大切だってことだよ」
 当たり前だ、と笛音は思った。
 あまりにそれが当たり前に思われたので、さっきまでどっちが大切に思われている
かで争っていたことなど、すっかり頭から消え去っていた。
「う〜ん、なんかよくわかんないけど、いいやっ」
 ティーナがぽりぽりと頭をかいた。
 晶は微笑むと、笛音とティーナの頭にぽん、と手を置いた。
「……子供相手に何言ってんだか」
 呆れたように言うマナに、崇乃が苦笑した。
「……面白い人ですね」
 マールが晶を興味深げに見る横で、靜がもじもじと声をかけた。
「マールちゃん……何言ってたか、分かった?」
「……ええ」
「靜は……よくわからなかったな」
「靜さんなら、きっと今にわかりますよ」
「そう、かな」
 にっこり笑うマールに、靜も笑い返した。
「笛音しゃん、ティーナしゃん、仲良くするでしよ?」
「「うん」」
 念を押した鈴花に、笛音はティーナと一緒にうなずいた。
「あら」
 マールが不意にあげた声に、皆がそちらを向く。
 笛音の目に映ったのは、歩いてくる見慣れた2つの姿だった。
「あっ、父上ぇ〜」
「お兄ちゃん!」
 靜とティーナがそれぞれに走り寄る。
「お兄ちゃ〜ん!」
 笛音もてとてとと走り寄り、ティーナとほとんど同時にばふっとOLHの足にしが
みついた。
「笛音、ティーナ、2人ともいい子にしてたかい?」
「うんっ!」
「もちろんだよっ」
「そうか。うん、いい子いい子」
 OLHは相好を崩すと、笛音とティーナの頭を撫でた。
 笛音はそれだけで満足な気持ちになった。やっぱり、OLHの側にいると安心する。
「…………」
 OLHはちらりと晶に目をやった。そして、なんとも言えない顔をして、肩を落と
す。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
 その様子に首をかしげた笛音の頭に手を置いたまま、OLHは溜息をついた。
「どうしたの?OLH君」
 マナが不思議そうにきく。
「実はね、さっきまでそこの木の影から見てたんだよ」
 靜をだっこしたもどるが、そう言って苦笑を浮かべた。
「え?」
「例の如く、笛音ちゃんとティーナちゃんに近づく奴は許さないって、攻撃にでよう
としたから、止めたんだよ。で、とりあえず様子を見る事にして。……そしたら」
 もどるは苦笑して晶を見た。
「そこの彼がお説教をはじめたものだから、OLHさんも気勢を削がれちゃってね」
「つーか、毒気抜かれたっていうか」
 げんなりとOLHが口をはさむ。
 その様子がなんたがおかしくて、笛音はくすくす笑った。
「そんなに力が抜けるようなこと言いましたか、僕?」
 晶は困ったような顔で頭に手を当てた。
「いや、まあ……いいんだけど」
 軽く溜息をついて、OLHは笛音達の頭から手を離した。
「ところでもどる先輩」
「なんだい、八塚君」
「先輩も靜ちゃんのことになると、OLH先輩に勝るとも劣らず暴走…じゃない、そ
の溺愛ぶりを発揮してるんで、今回止め役になったのが珍しいなーと……」
「ああ、靜には類が及んでなかったみたいだし。それに、君がいたからね。知らない
仲じゃなし、信頼しているから」
 さらっと言ったもどるに、崇乃は一瞬きょとんとして、それから笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「何言ってるんだい。君だって校内巡回班の一員じゃないか」
 もどるが微笑む。
 笛音は自分の周りを見回した。だいぶ人数が増えている。
「にぎやかになりましたね」
 マールが笛音に言った。
 その時。


「ごふっ……がはっ」


 不意に奇妙な音がして、場が一瞬にして静まり返った。
 どさっ。
 続いて、何かが倒れる音。
 全員の視線がゆっくりと音のした方を向く。
 そこには。


 口元から血をだくだくと流しながら、地面に倒れている青年の姿があった。


「「「「……はああぁぁぁ」」」」
 高3メンバーと崇乃、そして靜が同時に深い溜息をつく。
「……だ、大丈夫ですか?」
 晶が倒れている青年におそるおそる近づいて、声をかける。
「な、何この人……」
 ティーナがひるんだように呟いた。
「お兄ちゃん……」
 笛音はOLHにしがみついた。その大量の血におびえたのだ。
「大丈夫だよ、笛音、ティーナ」
 OLHが優しく声をかける。驚いた様子はまったくない。
「……生きてるんでしょうか?」
 マールも心配気に見ている。
「あー、大丈夫大丈夫、いつものことだから」
 崇乃があっけらかんと言って、その青年を抱き起こす。
「晶、ちょっと手伝って」
「あ、ああ」
 とまどいながらも晶が手を貸して、青年をベンチに寝かせる。
「だいじょうぶ?だいじょうぶ?」
「動かないよ?」
 笛音とティーナがのぞきこむ。2人の手は、しっかりとOLHとつながれている。
「彼は3年の九条和馬さんだよ。吐血体質で、よく倒れるんだ」
 もどるが説明する。
「ってゆーか、どうして俺がいる時によく死ぬかな、くま先輩」
「死ぬって……」
「いや、だって。実際仮死状態らしいんだよね。……もう慣れたよ、さすがに……」
 晶の言葉に遠い目をする崇乃。
「3年の間じゃ有名なのよ。「L学の沖田」って」
 マナが、やれやれ、と言うような口調で補足した。
「はじめて見たときは、靜もびっくりしちゃったもん」
「靜ちゃん、この人知ってるの?」
 ティーナの問いに、靜はこくんとうなずいた。
「んとね、このお兄ちゃんも校内巡回班の人なの。だから、靜も知ってるよ」
 笛音はOLHを見上げた。
「……お兄ちゃんは、このひとしってた?」
「知ってるよ」
 OLHは笛音を見てにっこり笑った。
「……このままにしておいて、いいんですか?」
 マールがきく。
「そのうちに目を覚ますよ。……ほら」
 崇乃の言葉通り、和馬の胸がゆっくりと上下したかと思うと、その目がゆっくり開
いた。
「わっ!生き返った!」
 ティーナが声をあげる。
 和馬はしばらくぼーっと空を見ていたが、やがてゆっくりと体を起こした。
「……あー……」
 そして、周りの面々を見回す。
「大丈夫、くま先輩?」
「ああ、八塚くん……俺、また倒れてたんだね」
「相変わらずだね」
 もどるが苦笑する。
「まぁったく、そんなホイホイ倒れてんじゃないわよ。迷惑でしょ」
「マ、マナさん‥‥」
 ポンポンと言ったマナを崇乃がたしなめようとしたが、逆ににらまれた。
「ほら、早く血をふいて!子供がいるんだからスプラッタな顔してないの!特別にテ
ィッシュをあげるから、きれいにしなさいよ」
 まくしたてて、マナはポケットティッシュを差し出した。
「……ありがとう」
「血のついた顔で言われたって、嬉しくないわよ」
「ははは……」
 力なく、しかしなんとなく晴ればれとした顔で笑うと、和馬は口元の血を拭き取っ
た。
「あー、びっくりしたぁ」
「うん、こわかった……」
 ティーナの言葉に、笛音はほっとしながらもうなずいた。
 OLHの眉がぴくりと上がる。
「……九条君。笛音を恐がらせたな?」
「ボクもこわかったよ」
「ティーナも恐がらせたな〜〜?」
 にじり寄るOLHに、和馬は「まあまあ」と両手を胸の前に上げた。
「……なんだか、みんなに迷惑をかけたみたいだね。うん、ここはひとつお詫びする
から、許してもらえないかな」
「お詫び?」
「そう。……えーと」
 パチン。
 和馬が指を鳴らすと、和馬の横、頭の上辺りにパッと箱が現れた。
「えっ?」
「…箱?」
 晶とマナが目をみはる。
 箱からはひもが10本くらいぶらさがっている。
「ひもがついてるよ」
「たくさんのひもだね……」
 笛音はティーナと2人で、その箱の近くに行ってみた。
「これは‥‥なんですか?」
 マールがきく。
「うん。まあ、魔法のひもだね」
「魔法のひも?」
「魔法が使えるの?」
 靜も興味津々できく。
 子供達がすっかり箱に興味をひかれているのを見て、OLHともどるは苦笑してそ
の様子を見ている。崇乃は「……あれか」とつぶやいて、顔をひきつらせている。
「えーと、そうだなぁ……これなんかいいかな」
 和馬はひもの中の一本をつかんで引こうとして、じっと見つめる笛音達に目をやっ
た。
「……じゃんけん」
「えっ?」
「君たちでじゃんけんして、勝った人に引かせてあげるよ」
 その言葉に、笛音達はパアッと顔を輝かせた。
「よぉ〜し!負けないぞ!」
 ティーナがはりきる。
「じゃあ、いくよ〜」
 靜が音頭をとり、笛音は身構えた。
「最初はぐー!」


「「「「じゃんけんぽん!」」」」


 チョキ。
 グー。
 チョキ。
 チョキ。


「わぁ〜い!かったぁ!」
 笛音がばんざいをして、ぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「あ〜、負けちゃったぁ……」
「残念……」
 ティーナと靜が肩を落とす。
「私も残念ですけど、よかったですね笛音さん」
「うんっ!」
 マールの言葉にうなずいて、笛音は喜色満面で和馬のところに行った。
「わたしがひっぱる〜!」
「うん。じゃあ…」
「はい笛音、届くようにするからね〜」
 和馬が何か言う前に、OLHが素早く笛音を抱き上げる。
「どれをひっぱるの?」
「はい、これ」
 笛音は和馬に渡されたひもをにぎった。
 ティーナ達も期待のまなざしで、笛音の様子を見守っている。
「ひっぱっていい?」
「いいよ」
「じゃあ‥‥えいっ!」
 わくわくしながら笛音はぐいっとひもを引いた。


 特に何も起きなかった。


「……あれ?」
「なんにもおきないね」
 拍子抜けした顔でティーナが言った。
「いや、あれ」
 崇乃が空を指差した。
 皆が空を見上げると、上空からはらはらと何かが落ちてきた。
 ぽたっと地面に落ちてきたもの。
「花……」
 マールがつぶやく。
 降ってきたのは花だった。ひとつではない。ひとつ落ちるとまたひとつ、次々と舞
い落ちてくる。
「うわぁ……」
 笛音は、空を見上げてぽかんと口を開けた。
 今や、花はその辺り一帯に、雪のように降ってきていた。
 赤、黄色、白、紫、青、ピンク、オレンジ。様々な色と種類の花が、ゆっくりと降
っている。
「すごい!きれいだよ!」
「わ〜い!見て見て父上、すごいよ〜」
 ティーナと靜がその中を走り回る。
「……すごいな」
「これはまた見事な……」
 晶ともどるが感嘆の声をあげる。
「きれい……」
 マナもみとれている。崇乃もその隣で花の落ちる様子をぼうっと見ている。
「すごいでし〜」
 鈴花が崇乃の肩の上できょろきょろしている。
 笛音は、OLHに抱っこされたままその光景を見ていた。
「……すごいね、お兄ちゃん」
「……そうじが大変かもな」
「もう〜、ゆめがないんだからぁ」
「ごめんごめん。ま、きれいだよ実際」
 OLHはそう言うと目を細めた。
「うん、きれいにいったね」
 和馬が満足そうにうなずく。
 笛音は、花が地面を埋め尽くしてゆく、その絵本の中のような光景をうっとりとな
がめていた。



「ね、笛音ちゃん」
 帰り道。OLHに手を引かれて歩く笛音に、OLHの反対側の手を握っているティ
ーナが話しかけた。
「なあに?」
「さっきのって、「思いがけないできごと」じゃないのかなぁ?」
「あっ……」
 ティーナに言われて、笛音ははっとした。
 そうだ。たくさんの花が空から降ってくるなんて、十分に思いがけない出来事に違
いない。
「そうだね!ね、お兄ちゃん、おうちにかえったらおハガキかくね!」
「え?ハガキって?」
「とーこーするの!それで、わたしのおなまえをラジオのおねえさんによんでもらう
の!」
「あ‥昨日の話、覚えてたのか」
「いいでしょ、お兄ちゃん?」
「うん、いいけど」
「わーい!」
 笛音はぴょんぴょん飛び上がった。
「ボクも!ボクも書く!」
 ティーナがOLHの手をひっぱってせがむ。
「よしよし。じゃあ、帰ったら2人ともハガキを書こうね」
「「はーい」」
 返事をした笛音の頭の中は、ハガキに書く内容を考えることですでにいっぱいにな
っていた。



 それから当分の間、笛音達の家では、ラジオにかじりつきつつ、なおかつ録音しな
がら番組をチェックするOLHの姿があったという。



───終わり───