テニス練習Lメモ・涼風譚外伝「爽風の輝きの中で」  投稿者:昂河
 放課後。
 友人と喋る者、さっさと帰り支度を始める者など、皆思い思いの行動をとっている。
 昂河は終わったばかりの授業の用具一式を片づけると、席から立ち上がった。
「帰るのか、昂河?」
「いや、まだ帰らないよ。今日もテニスの練習をするから。」
 声をかけてきた浩之に、昂河はそう返した。
「そうか。毎日がんばるな。」
「君も出るんだろ?」
「まあ、ぼちぼち練習は始めてるけどな。」
 浩之はそう言って笑った。
「藤田は器用そうだからな。あたったら強敵だな。」
「はは、昂河だって運動神経はよさそうじゃないか。」
 浩之の言葉に、昂河は頭に手をやった。
「僕はテニスはまだまだ初心者だよ。」
「ま、みんな似たようなもんだと思うぜ。せっかく出るんだから、楽しめるといいよ
な。」
「そうだな。じゃあ、僕はいくから」
 そう言って軽く手を上げると、昂河は教室を出た。



  テニス練習Lメモ・涼風譚外伝「爽風の輝きの中で」



 更衣室で用意してきたテニスウェアに着替えると、昂河はテニスコートに出た。
 この学園の巨大さに見合う広さと数のテニスコートは、熱気に包まれていた。
 言うまでもなく、テニス大会に参加する者達が、思い思いに練習しているのである。
 実は昂河はテニスウェアなど着るのは今回が初めてで、最初の内は気恥ずかしい思
いを抱いたりしていた。
 もっとも、周りも同じ格好なので、すぐにそれはなくなったが。
(さてと)
 時計を見る。
 昂河のペアの相手である吉田由紀は、今日は生徒会の打ち合わせが入っていて、練
習には遅れてくると言っていた。
 テニス大会に参加する事になってから、今日で3回目の練習だった。
 テニスは初心者レベルの昂河だったが、古武術で鍛えた動体視力と持ち前の運動神
経、それと由紀の丁寧な教え方のおかげで、とりあえず1対1でのラリーはそれなり
にできるようになっていた。
 昂河は最初から勝ち負けにはこだわっていなかったが、やはりやるからにはある程
度のレベルには達したかったし、その方が楽しいだろうと思っている。
 やられっぱなしはくやしい、というのも本音だったが。
(とりあえず、準備運動でもしておくか)
 そう思って、脇の方へ行った時。
「あれ?」
 コートの方に歩いてくる2人連れが目に入って、昂河は一瞬きょとんとした。
「瑠璃子ちゃん‥?」
 2人連れの片方は、月島瑠璃子だった。いつも通りの、どこか焦点の合わない、け
れど澄んだ瞳で、特に辺りを見るでもなく歩いている。
 だが、その服装はいつもの制服ではなく、テニスルックだった。
 その隣を歩いているのは、瑠璃子とそう変わらないか、少し低い背丈の少女だった。
可愛らしい顔立ちで、どこかほわんとした印象の子だ。初等部の生徒のようで、やは
りテニスルックを着ている……
(あ、違うか。男の子だ)
 なぜ昂河がそう思ったのかといえば、その子の着ているのがスカートでなかったか
らだが。
 その少女もとい少年は、きょろきょろしながら歩いていた。空いているコートでも
探しているのだろう。
 昂河はその2人に近づいた。
「瑠璃子ちゃん」
 声をかける。
 瑠璃子はぴたっと止まると、顔を昂河の方に向けた。
「はぶっ」
 よそ見をしていた少年が、とすんと瑠璃子にぶつかった。
「はにゃ…突然立ち止まらないで下さいです〜」
 鼻を押さえている。
 瑠璃子は気にした様子もなく、昂河を視界に入れると口元に笑みを浮かべた。
「…昂河ちゃん」
「瑠璃子ちゃんもテニスをするんだ?」
 1番の疑問を口にする。
 瑠璃子は軽く目を細めた。
「うん。するよ、テニス」
「そうなんだ…」
 とりあえずは納得しながらも、昂河は不思議な気がしていた。
 活発に動き回る瑠璃子が、どうしても想像できなかったのである。
「テニス大会にエントリーしたの?」
「うん。したよ。」
「パートナーは、そこの彼かな?」
 昂河は、自分を不思議そうに見ている少年に視線を向けた。
 見れば見るほど女の子にしか見えない。男の子だと思った自分の判断を、昂河はち
ょっと疑った。
「うん。響ちゃんだよ。」
 瑠璃子はこくんと頷いた。
「はじめまして〜。わたしは1年の水野響です。よろしくお願いします〜」
 少年がぺこりと頭を下げた。
「1年?」
「はい」
「……高等部?」
「そうです〜」
 響はにっこりと笑った。
(…初等部かと思った…)
 それは口に出さず、昂河は別な事を口にした。
「失礼だけど、男の子…だよね?」
 その言葉に一瞬きょとんとした響の目が、次の瞬間きらきらと輝いた。
「はいっ!男の子です!」
 元気よく答えると、響は感動の面持ちで昂河を見た。
「はう〜、最初から男の子って言ってくれたのは、あなたが初めてです〜。すごいで
す!」
「…そうなんだ。」
「そうなんです〜」
 響はにこにこしている。
 そうだろうなーと昂河は思った。彼がテニスルックを着ていなければ、昂河も少女
だと思ったままだっただろうから。
「僕は2年の昂河晶。よろしく、水野君」
「昂河さんですね。よろしくです〜」
 愛想良く響は言った。
「昂河さんもテニスの練習ですか?」
「ああ。パートナーの子は今日は用事が入って、まだ来てないけどね。」
「そうなんですか。わたしも瑠璃子さんと練習しようと思って来たんです。」
「…水野君、テニスはできるほうかな?」
「えーっと、少しです」
「そうか‥」
 昂河は考えるようにあごに手を当てた。
「昂河くん」
 その時声をかけられて、昂河は振り向いた。
「待たせてごめんね」
 由紀が立っていた。やはりテニスルックである。
「いや、かまわないよ」
 昂河は微笑むと、響の方を向いた。
「彼女が、僕とペアを組んでくれた同じ2年の吉田由紀さん。吉田さん、彼は瑠璃子
ちゃんとペアを組んでる1年の水野響君」
「吉田さん、ですね。はじめまして〜」
「あ、はじめまして…」
 由紀はきょとんとした。
「瑠璃子さんとペア…って、えーと、君、男の子?」
「そうです〜」
 響はますますにこにこしている。
「すごいです、今日は間違われないです〜」
 男かどうかきかれること自体は、特に気にしてはいないらしい。
 昂河は苦笑すると、考えていた事を口に出した。
「水野君、もしよかったら練習の相手をしてもらえないかな?」
「え?わたしですか?」
「うん、君と瑠璃子ちゃん」
 その言葉に、響は考えるような顔をした。
「いいかな、吉田さん?」
 きいた昂河に、由紀も考えるような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「いいんじゃないかな。そろそろダブルスもやってみていいと思うよ。」
 今までの練習は、由紀と2人でシングルで練習していたのだ。
「どうしましょう、瑠璃子さん」
「いいと思うよ」
 瑠璃子の答えに、響は昂河を見てにこっと笑った。
「じゃあ、ご一緒しましょうです」
「よろしく。あ、言っておくけど、僕は初心者レベルだから、お手柔らかに」
「大丈夫ですー。わたしも同じような感じですから」
「昂河ちゃん、動くのはうまいから」
「うん、昂河くん筋がいいもん。大丈夫」
 瑠璃子の言葉に、由紀が頷く。
「そうかな」
「そうだよ。」
 微笑んだ由紀に、昂河は照れたように頭に手をやった。
「じゃあ、コートを探すです〜」
「あ、そうだな。じゃあ、行こうか」
「はいっ」
 4人は、連れ立って歩き出した。
「昂河ちゃん」
 くいっと服を引っ張られて、昂河は振り返った。
 瑠璃子の深い瞳と視線がぶつかる。
「楽しい?」
 その言葉に昂河は軽く目をみはったが、すぐに目を細めて微笑んだ。
「ああ。楽しいよ。」
「そう」
「…瑠璃子ちゃんは?」
「楽しいよ」
 瑠璃子も薄く瞳を細めた。その口元が笑みを形作る。
「昂河くん、あっち空いてるって」
 由紀が呼ぶ。
「分かった」
 答えると、昂河は瑠璃子をうながして、響と由紀が待つ方へ歩いていった。


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