「ただいま」 浩之は、誰もいない家の中に声をかけた。 「おじゃましまーす」 「おじゃまします」 浩之の後ろについて来ているのは、崇乃と昂河、そして雅史だ。 部活が終わって帰るところだった雅史を3人で捕まえて、一緒に浩之の家に来たの だった。 あかりは一緒ではない。4人で話し合った事を踏まえて、志保のところに行ってい る。情報特捜部も無関係ではないし、連携できるのならするにこしたことはない。 「おう、上がれ上がれ」 浩之はそう言って、3人を居間に入れた。 「好きなように座っててくれよ。荷物置いてくる」 「いってらっしゃい」 そう言った雅史の顔をちらりと見てから、浩之は2階に上がった。 古典の教科書とノートを出してから、かばんをベッドの上に放る。それから適当な レポート用紙とえんぴつを用意する。 今日の古典の授業の復習が、集まった「理由」である。雅史はどこか怪訝そうな顔 をしたものの、特に戸惑うことなくついてきたのだった。 帰り道では、雅史に妙な様子はなかった。監査部や情報特捜部と関係のあるメンバ ーではないことが、彼を安心させているのかもしれなかった。 (雅史……待ってろよ、気持ちだけでも楽にしてやるから) 思いながら、浩之は用意したものを持って居間に戻った。 「それにしても、珍しいね。テストでもないのに勉強なんて」 持ってきたものをテーブルの上に置く浩之を見ながら、雅史が言った。 「ばーか、小出先生言ってたろ、今日のはテストに出るって。忘れないうちにまとめ といて、テスト勉強の時にはそいつを見るだけですませるのが賢いやり方ってやつだ」 「賢いのかなぁ」 「浩之にしては賢いんだな、きっと」 ちゃかすように言った崇乃を、浩之は軽くにらんだ。 「うるせえぞ、崇乃。お前ら2人してサボってたくせに」 「今日はぽかぽかいい天気だったからさ。な、晶」 「ああ。僕なんか、気持ち良くてちょっと寝ちゃったよ」 「のんきだなぁ」 雅史がくすくす笑う。 「さて、と。じゃあ教科書‥っと」 それぞれ古典の教科書を出す。 「崇乃しゃん、鈴花こっちにいるでし」 鈴花が崇乃の肩から降りて、ソファの背の上にちょこんと座った。 「落ちるなよ、鈴花」 「大丈夫でし」 「そこなら大丈夫だね」 昂河が微笑む。 「浩之、ノート貸してくれ」 「おう、あかりのだけどな」 「佐藤、ごめん…よければノート…」 「あ、いいよ。‥はい」 崇乃と昂河がそれぞれノートを開いて写し始める。 ノートにペンが走る音だけが、静かになった部屋に微かに響く。 (……よし) 浩之はおもむろに持ってきたレポート用紙を一枚破ると、その上にえんぴつを走ら せた。 雅史がそれを見ていぶかしげな顔をする。 「浩之?何を…」 言いかけた雅史の口を、横から昂河の手がふさいだ。 「!?」 驚いて目を見開く雅史に、崇乃が口に一本指を立ててみせる。 その間に、浩之は書き終わったものを雅史に向けてテーブルのまんなかに置いた。 『 口には出すなよ。聞かれてるかもしれないんだろ? 直接口で聞くのはまずいんだろうから、筆談にする 』 盗聴されているならいるで、意志疎通の方法はある。 崇乃が提案したのが筆談だった。この状況も、黙ってペンの音がしていてもおかし くないシチュエーションということで考えたものだった。 さすがに言葉もないらしい雅史に、浩之は続けて書いた紙を出した。 『 まず、最初に言っておく。 俺は、俺達はお前を信用してる。 今の状況がお前の望んでるものじゃないってことを。 その上で、お前に対する俺達の立場をはっきりさせておきたい 』 何か言いたげになった雅史に、浩之はレポート用紙とえんぴつを差し出した。 昂河が、雅史が声を発する気がないらしいのを見てとって、口から手を離す。 雅史は震える手でえんぴつを取ると、ゆっくりとそれを動かした。 『 なんのこと? 』 浩之がレポート用紙に手を伸ばすより早く、昂河が新しい用紙を差し出した。 『 長岡さんのこと、情報特捜部で聞いた。 君が今どういう状況にあるのかもね 』 雅史はそれを見て、ゆっくりと3人の顔を見た。 その顔色が蒼白になっている。 『 情報特捜部は、長岡さんがディルクセンさんに脅されたことの証拠をつかんでる。 同時に、君が長岡さんの身の安全の代わりに彼に協力を強いられていることもね。 生徒指導部にはその証拠は門前払いされたようだけど、監査部には渡ってる。 現在調査中だそうだよ 』 続けて素早く書かれた文に、雅史はただ目を落とすだけだった。 『 ただ、君の事は今のところ表には出されていない。 知ってるのは情報特捜部の人間と、ここにいる僕らと神岸さんだ 』 昂河が書き終わったタイミングを見て、浩之は新しい用紙をその上に置いた。 『 とにかくな、雅史。 俺達は事情を知ってる。だから、ひとりで悩むなよ 』 「浩之……」 雅史は悲しそうな顔をすると、その下に文をつなげた。 『 なんにもないって言っても、無駄なんだろうね 』 『 あたりまえだ、ばか 』 浩之はひときわ大きな字で書いてやった。 『 まさか、ごまかそうと思ってんじゃないだろうな? 』 「…………」 雅史は目を細めて、ゆっくりとかぶりを振った。 『 知ってしまったんなら、しょうがないよ。 そう、僕は、みんなを 』 そこで、雅史はいったん手を止めた。 しばらくしてから、 『 裏切ってるんだよ 』 「違う!」 口に出して言って、浩之はあわてて新しい用紙を置いた。 「浩之、こっちであってるって。違うのはそっち」 崇乃がフォローを入れる。 「お、おう。そっか、はは」 言いながら、浩之は急いで書いた。 『 お前は裏切ってなんかいない。脅されて仕方なくやってんだから。 お前が悪いんじゃない 』 『 でも、僕は今も 』 雅史はそこまで書いて、そっと手を制服のボタンにやった。 静かに外して、裏を見せる。それから、机の上のボールペンを示した。 『 これで、様子を知らせている 』 3人の目がそれらに集中したのを見てから、雅史はボタンを元のようにはめた。 『 でも、こうやって話してる 』 崇乃が書いた。 『 俺達に教えてくれたじゃないか。それでいいんだよ。 自分で望んでやってるわけじゃないんだから、余計な罪悪感はいらないと思う。 断罪されるべきは、ディルクセン先輩だ 』 「…………」 『 うまく、言えないけど 俺達は、お前の味方だよ 』 雅史は、そう書かれたレポート用紙を見つめながら、何かをこらえるような顔をし た。 浩之はそれに続けて書いた。 『 な、雅史。 無理するな。 遠慮なく俺達に頼れよ。 』 「…………」 『 お前は俺達がディルクセン先輩に手を出されるんじゃないかって心配してるんだ ろうけど、それは無用だ。 今こうやって会話してるのは伝わってないんだろ? 』 雅史はうなずいた。 『 なら、いいだろ。 俺達も馬鹿じゃないからな。一応、考えて動いてるんだぜ? 心配すんな。お前の味方はちゃんといるんだ。 』 「…………」 『 巻きこみたくないなんて思うな。もう、俺達は巻き込まれてるようなもんだ。 忘れるな。お前はひとりじゃない。 分かったか? 』 そう書いて、浩之は雅史を見た。 雅史は無言のまま浩之を見つめた。浩之は力強くうなずいてやった。 崇乃も昂河も、雅史を見ている。 「…………」 雅史は目を伏せた。その手が、すっとレポート用紙の上に動いた。 『 ありがとう 』 浩之は雅史を見た。雅史は、それに応えて小さく笑みを浮かべてみせた。 『 正直言って、巻き込みたくないって今も思ってる。 でも、浩之は言い出したらきかないし、八塚君も昂河君も動いてくれて 』 続けて雅史は書く。 『 ひょっとして、あかりちゃんは志保のサポートに回ってくれてる? 』 『 ま、そんなもんだ 』 『 動き出したんなら、もう僕が何を言っても無駄だね。 』 雅史は軽くため息をついた。けれど、その表情はどこか明るい。 『 ありがとう。僕を信じてくれて。 僕を、助けてくれて 』 『 助けてはねえだろ。本当は解放してやれればいいんだけど 』 そう書いた浩之に、雅史は首を横に振った。 『 ううん、助けてくれたよ。 もう、浩之をだまさなくてもいいんだから 』 「…………」 浩之は目を細めた。 これで、目的は一つ達成できたわけだ。雅史の心を軽くしてやれたのなら。 「よかった。ノート、ありがとう佐藤」 昂河がそう言って、新しい用紙を置いた。 『 とりあえず、佐藤は今のまま下手な素振りはみせないですごすこと。 僕らも、いつもと変わらないように接するから 』 昂河が書いた。 『 もちろん、ディルクセンさんを喜ばせるようなことはしない。 君の状態を僕らが知ってることを悟られちゃいけないしね 』 その文に、雅史はうなずいた。 『 その方がいい。でないと、どんな目に合わされるか分からない 』 書いて、雅史はぎりっと唇を噛み締めた。 それを見て、昂河が軽く目を細めた。 『 何か言われたのかい? 』 昂河の文に、雅史はゆっくりとうなずいた。 『 姉さんがどんな目に会うか分からないって 』 「なっ!?」 浩之は思わず声に出した。 昂河が眉をしかめ、崇乃は黙ってその文をにらんでいる。 『 んなばかなことがあるかよ? どうして千絵美さんにまで何かするなんて、そんなこと 』 浩之は書きなぐった。 どんなに深刻な状況になろうとも、あくまでもこれは学園内の話であるはずだ。 関係のない外部の人間に手を出すなど、考えられないことだった。 『 僕も、ただの脅しだと思いたい。 でも、万が一のことがあるから 』 そう書く雅史の顔は悔しげだ。 雅史が姉の千絵美をどれだけ大切に思っているか、浩之はよく知っている。 『 許されねえよ、そんなこと。脅しにしたって悪趣味だぜ 』 『 でも、やりかねないんだ 』 雅史の文の後を、誰も続けなかった。 しばらくして、昂河が新しいレポート用紙を置いた。 『 ひどいな 』 全員がうなずいた。 『 ずいぶんといい気になってるようだね。そんなことをしたら、学校も黙っていな いだろうに 』 昂河にしてはきつい言葉使いだ。怒っているのかもしれない。浩之のように。 『 ディルクセン先輩が得意になっているだけじゃないのかな。 でも、どうにかしたいな 』 崇乃がそう書いて溜息をついた。おそらく、彼も怒れるものなら怒っているだろう。 やりきれないような顔で、不怒の魔術士は言葉をつなげた。 『 雅史を守ることなら、できるかもしれない。いつも一緒に行動するとかすればい いし。 でも、家族の方となるとな 』 『 なんとかできるかもしれない 』 そう書いた昂河に、3人の視線が向いた。 昂河はペンを用紙に置いたまま考えるように瞳を半眼にしていたが、やがてゆっく りと手を動かした。 『 相手がルール違反をするなら、こっちも遠慮はいらないかな 』 『 何を? 』 そう書いて、雅史は昂河を見た。 視線を受けて、昂河は口元に笑みを浮かべた。この男にしては珍しい表情だ。 『 僕らは、何もしないよ 』 書いて、トン、とペンをはずませる。 『 外には外のルールがあるさ。 佐藤の姉さんの件、もしよければ僕のつてに相談してみるけど。 彼らなら、間違いなく守り通すよ。 本人にも気づかれずにね 』 ただし、と付け加える。 『 対象は佐藤の姉さんだけになるけど。 あくまで学外で、今回の件に関係ない人間だということでね。 彼らは学園内の事には手を出さないから 』 『 そういうつてがあんのか? 』 浩之の問いに、昂河は微笑んだ。 『 まあね。 安心して頼めるところだよ。別に依頼料はとらないし 』 探偵のようなものだろうか、と浩之は思ったが、それ以上は突っ込まなかった。 学外に何らかの力を持っている人間は、Leaf学園では珍しくはない。 それに、昂河の言うことだ。信用はできるだろうと思う。 『 本当に、守ってくれる? 』 『 保証する 』 雅史は昂河を見た。昂河の青みを帯びた瞳が静かに見返す。 『 もし、本当に守ってくれるなら 』 雅史の手がそこで止まる。 しばらくして。 『 頼む 』 書かれた言葉に、昂河はうなずいた。 『 安心したか雅史 』 浩之が書いた。 こくり、と雅史がうなずく。 『 よし、じゃあな、これからは何かあったら俺達に知らせろよ。 もし、この上無茶な要求とかされたら、遠慮なく俺に言え。 その時は、お前の盾になってやる 』 「浩之」 『 今はこのまま様子を見るけど、いざとなったら監査部にでも言うからな 』 『 でも、証拠が 』 そう書いた雅史の肩を、崇乃がとんとんと叩いて、鈴花を示した。 「?」 『 HMのメモリーは、そう簡単に手を入れられるものじゃないよ。 つまり、普通の写真とかテープよりは証拠能力が高いはずだ 』 「そっか……」 『 通用するかどうかはともかく、まあ保険だよ。 今、俺達がこうしていることは鈴花のメモリーに残ってる。 それに、俺当分お前と行動するつもりだから、もし何かあったら、それも残るこ とになるよ 』 にこっと笑ってみせる崇乃に、雅史は目を細めて笑みを浮かべた。 「さーてっと」 浩之は声を出して言うと、大きく伸びをした。 「そろそろ休憩しようぜ。書いてばっかりで疲れたし」 「そうだね」 昂河が同調する。 「いや、まじで疲れた。これだから古典ってのは」 崇乃が溜息をついて言う。 「じゃあ、ちゃんと授業に出ればいいのに」 「やだ」 即行で答えた崇乃に、雅史はくすっと笑った。 いつもの笑顔。 (よし、おっけおっけ) 浩之は思いながら、台所へ行くために立ち上がった。 「じゃあ、コーヒーでもいれるか。それとも紅茶がいいか?」 「両方〜」 「両方って…」 「あ、僕も手伝うよ」 雅史が立ち上がる。 「おう」 「じゃ、僕らは待ってるから」 「よろしく〜」 「ちぇっ」 手を振ってみせた昂河と崇乃に苦笑して、浩之は雅史と共に台所へ向かった。 「浩之」 「あん?」 「僕……」 そこで言いよどんだ雅史に、浩之は片眉を上げると、強く雅史の背中を叩いた。 「わっ!?」 「ほら、早くお湯沸かすぞ」 「あっ、う、うん」 うなずいて、雅史は気恥ずかしげに笑った。 少なくとも、もう雅史は不必要に怯える必要はない。 (思うようにさせるもんかよ。雅史も、志保も守ってやるさ) 雅史が一人ではないように、自分も一人ではないのだから。 浩之は思いながら、やかんに水を入れる雅史を見ていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− こんばんは、昂河です。 えーと。 本当は、手を出すつもりはなかった風紀動乱なんですが。 ただ一点、雅史のお姉さんのことまで出して脅したあたりにカチンときまして。 これがなければ動かなかったです、はい。 いずれにせよ、雅史は今後安心していられるはず……です。 浩之はいざとなれば、情報特捜部と一緒に動くかもしれませんし。 それは、今後の皆さんの動き次第です。 シッポさん、出演いただき&情報をいただきありがとうございました。 そして八塚崇乃さん、一緒に動いていただいてありがとうございました。