Lメモ涼風譚入部編・「出会いは銀色に輝いて」  投稿者:昂河
「鈴花のメンテナンス?」
「そう」
 昂河の言葉に、崇乃はこくんとうなずいた。
 放課後の教室。帰り支度をしていた昂河の所に、肩にいつものように鈴花を乗せた
崇乃がやってきたのだ。
「週1回、工作部にお願いしてるんだ。今週は今日なんだけど、俺、どうしてもすぐ
行かなきゃならないとこがあって。」
「そうか。僕はかまわないよ」
「悪い。連れて行ってくれれば、後は任せてきちゃっていいからさ」
 崇乃はそう言うと、鈴花を昂河の机の上に降ろして頭をなでた。
「鈴花、いつもの時間には迎えに行くから、いい子にしてるんだぞ。」
「はいでし」
 鈴花はにぱっと笑った。
「それじゃよろしくな、晶」
「ああ」
「いってらっしゃいでし〜」
 教室を出ていった崇乃を見送ると、昂河は崇乃の後ろ姿に向かって手を振っていた
鈴花に目をやった。
「工作部って、HMのメンテなんかもするんだ」
「はいでし。鈴花たちのお医者様でし」
「そういう設備があるのか。高校の部活だろ?普通はないよな。さすがLeaf学園
……」
「たっくさん、機械があるでしよ。楽しいところでし」
「ふーん……」
 昂河は目を伏せて考えるような顔をしたが、すぐに鈴花に笑いかけた。
「じゃあ、行こうか」
「はいでし!」
 元気に返事をした鈴花に微笑むと、昂河は鈴花を抱き上げて、肩に乗せた。
「ところで…工作部ってどこだっけ?」
「鈴花が案内するでし」
「そっか。頼りにしてるよ」
「はいでし〜」
 返事を聞きながら、昂河は鈴花を落とさないようにそっと立ち上がった。



 Lメモ涼風譚入部編・「出会いは銀色に輝いて」



 鈴花の案内で、昂河は工作部の部室にたどりついた。部屋の扉には、「部活中」の
プレートがかけられている。
「ここか。」
「そうでし。中には楽しい物がたくさんあるでし〜」
「ふーん…」
 昂河はコンコン、とドアをノックした。
「失礼します」
 言って、ドアを開ける。
 まず目についたのは、部屋の中の機械群。
 昂河は、ざっと部屋の中を見回した。
 昂河の想像していたような、学校の技術室というイメージはない。どちらかといえ
ば、どこかの研究所のラボだ。
「へえ…」
 興味深げに部屋を見やった昂河の視界で、何かがもぞもぞと動いた。
 目をやると、しゃがみこんでいたのだろう、作業用ジャンパーを着た女の子が立ち
上がったところだった。眼鏡をかけた、長い三つ編みの、見覚えのある少女だった。
その隣に、マルチタイプのHM──お子様サイズになっているようだが──がいて、
こっちを見ていた。
「あっ、お客様ですぅ」
「あれ?昂河くんやないか。どうしたん?」
「保科さん……」
 少女──保科智子はそう言って近寄って来た。
 智子は昂河と同学年で、クラス委員的役割をしている。「委員長」というのがその
ままあだ名になっているらしい。浩之とわりと親しくて、浩之と話がてら、たまに一
緒に話をした事がある。
「君、工作部だったのか」
「そうや。…で、何の用?」
「八塚に頼まれて、鈴花を連れて来たんだ。」
「どうもでし〜」
 にぱっと笑った鈴花に、智子は「ああ」という顔をした。
「今日やったっけね。じゃあ、こっちで預るから。‥ちょっとごめん」
 智子は昂河の肩に手を伸ばした。昂河は軽くしゃがんで、智子が鈴花を抱き取りや
すいようにした。
「じゃあ、メンテすんだら、八塚くんが来るまで預っとけばええんやね」
「ああ。頼んだよ」
「任せとき。」
 智子は軽く笑みを浮かべた。その隣で小さいメイドロボが、じーっと昂河を見てい
る。
「ん?どうしたん、ちびまる」
「どちら様ですかぁ?」
 メイドロボは、大きな瞳を好奇心いっぱいに輝かせている。
「…僕は、2年の昂河晶。保科さんと同級生だよ」
「ともねえちゃんのお友達ですか?」
「え?」
「こら、ちびまる。昂河くんも忙しいんだから、あまり話かけんと」
 智子が、ちびまる──というのがこのメイドロボの名前らしい──をたしなめる。
「いや、別にいいよ。僕も特に用があるわけじゃないし」
「こっちはやることがあるんや」
 そっけなく言う智子に、昂河は苦笑した。
「……工作、という割には大きな施設だね。」
「そりゃそうや。うちの部は、ただの工作からHMのメンテまで、あらゆる作業をこ
なすんやからな」
「へえ……」
 昂河は改めて部屋の中を見た。
 正直言って、興味があった。ここまで本格的な設備を見たのは初めてだからだ。
 智子はその昂河の顔を見て、小さく笑った。
「なんなら、中、見ていく?」
「えっ?」
「なんや興味津々って顔、してるから」
「そ‥そうかな」
「うん」
 うなずいた智子に、昂河は気まずそうに笑みを浮かべた。
「でも、僕は部外者だし‥」
「触るのは駄目やけど、見るくらいならええよ。」
「…じゃあ、見学させてもらってもいいかな」
「どうぞ」
 そう言って、智子は鈴花を抱いたまま、部屋の中に戻っていった。
「こちらへどうぞー」
 ちびまるの言葉に従って、昂河も部屋に足を踏み入れた。
「そろそろ他の部員も来る頃やから、誰か来たら説明してもらうとええよ。私とちび
まるは作業があるから」
「うん。ありがとう」
「念押しとくけど、機械に触るのは厳禁。ええね」
「気を付けるよ。」
 昂河はうなずいた。
「昂河しゃん、またでしー」
 鈴花が智子の手の中から、手を振った。
「またな」
 その鈴花に手を振り返して、昂河は奥へ歩いていった智子とちびまるを見送った。
「……さてと」 
 軽く息をつくと、昂河は改めて部屋を見渡した。
 何に使うか分からない道具が多いのも事実だが、昂河は子供がおもちゃ箱をのぞく
時のような、そんな気分になっていた。
 自分でいじることができるほどの知識はないが、昂河はメカが好きだ。時計のよう
な小さな物から車のような大きな物まで、機械の類を見るのも触るのも好きなのであ
る。自転車などの、機械とはいえないが「からくり」のような物も好きである。
 1つ1つの設備を見て歩く。何に使うのか想像するだけでも、けっこう楽しい。
(それにしても、本当にすごいな……すっかり1つの作業施設なんだ。これで部活動
なんだもんな)
 なんだか改めて、Leaf学園という場所のスケールを知ったような気がする。
「‥ん?」
 ふと目をやった扉の奥に、ガレージのような場所があるのが目に入った。そこまで
行って、のぞきこんでみる。
 車が1台とめられていた。
「……あの車‥?」
 昂河はガレージに足を踏み入れた。
 とめられていたのは、銀色のボディーを持った車だった。少し古めかしいデザイン
だが、手入れはよくされているらしく、表面は落ち着いた光沢を放っている。
「うわ‥」
 昂河は思わず声をあげた。
「来栖川の2000GTだ‥」
 2000GT。来栖川モータースの誇るスポーツクーペだ。25年前に生産された
車だが、当時台数限定車であったこととあいまって、幻の車と言われている。
「僕でも知ってるよ……まさか、現存車を間近で見られるとはね」
 思わず声に出して言うと、昂河は前に回って、その車をまじまじと見つめた。
 洗練されたシルエット。ライトの形、位置も的確に配置されている。
「…………」
 脇に回り込む。
「うーん、ツードアっていうのがちょっとな‥。でも、もともとスポーツタイプだし、
しょうがないのか……」
 独り言を言いながら、そのまま後ろに回る。
「あっ、なかなかいい感じ」
 後ろから見たフォルムもかっこいい。テールランプの形が、昂河の好きなタイプだっ
た。
「トランク…あんまり入らないのかな?いや、このタイプならわりと入りそうかも…」
 昂河は、すっかり独り言モードに突入していた。
 そのまま、反対側の脇へ回る。
「ふーん…」
 ぴたっと足を止めると、昂河は考えるように視線を上に向けたが、すぐににこっと笑
みを浮かべると、運転席に近づいた。
「ちょっと拝見…」
 中をのぞき込む。
「へぇ…ゆったりしてるなあ。後ろはきついだろうけど、コクピットの広さはさすがだ
な」
 感心しながら、内部を観察する。
「やっぱりマニュアルだよなぁ。車はそうでなくっちゃ」
 口元に笑みを浮かべたまま、昂河はそこから離れると、正面に戻った。
「…………」
 目は車から離れない。
 そっと車に近寄ると、まるで子供と話すかのように、膝に手を置いて腰をかがめた。
「…君、工作部の車?」
 昂河は、そっと車に話しかけた。
「すごく大事にされてるんだね。状態がいいのが、見て分かるよ」
 もちろん、車は答えない。
「…僕、車の事に詳しくはないけど、好きなんだよな。メカ…っていうか。君らみた
いに、人と一体になれるっていうか、コミュニケーションとれるような気がする物っ
て」
 一方的に昂河は話しかける。
 意志の通じるはずのない無機物に話しかける、これは、昂河のくせのようなものだ。
何にでも話しかけるのではなく、気に入った物やその時の気分によってだが。
 一方通行なのは分かっている。けれど、昂河はなぜかこうした機械類に親近感を感
じるのだ。それがなぜなのか、突き詰めて考えた事はないけれど。
 全てのものには心が宿っていると、昂河は思っている。ただ、それが人間と同じよ
うに理解できるものかといえば、そうではないだろうとも思っている。そういう意味
でのコミュニケーションは不可能だから、そもそも分からないのだが。
 だから、昂河は一方的に話しかける。ある意味、勝手なのだろうけれど。
「なんていうか、君らって、僕らの行動に応えてくれるだろ?やったことが、そのま
ま答えになって出てくるっていうか。…そうだな、例えばアクセルを踏めば、加速す
るだろ?それがさ、好きなんだ」
 昂河はすっかりしゃがみこむと、車に向かってニコッと笑いかけた。
「コミュニケーション取れてるようなもんだろ?言葉じゃないけど。……僕らの傍に
いつもいてくれる、君らみたいな存在が、僕は好きだよ」
 そう言うと、昂河はしゃがんだまま頬杖をついた。
「…君、名前あるのかな?大事にされてるようだし、なんかついてるような気がする
な」
 考えるように首を傾げる。
「だとしたら、勝手に呼ぶわけにもいかないよなぁ……」
「…名前はあるよ」
 不意に声をかけられて、昂河は素早くそちらを向きながら、立ち上がった。
 扉の所に立っていた少年は、昂河を見て微笑んだ。
「君……工作部の人かい?」
「うん。2年の八希望だよ」
 少年はほんわかした口調で答えた。
「‥僕は、昂河晶。君と同じ2年だよ」
「ここを見学してたんだよね?智子さんがその辺を見てるっていうから、探したよ」
「そうか。ごめん、勝手に入り込んで」
「ん、いいんだけど。……でね、その人の名前はFENNEKっていうんだ」
「人?」
 望の言い方に、昂河は聞き返した。
「厳密には人じゃないけどね。でも、人にもなれるから」
「‥え?」
 きょとんとした昂河に、望はいたずらっぽく笑った。
「FENNEK先輩。いつまでただの車の真似してるつもりです?そろそろ正体見せ
たら?」
「……これが正体だってば」
 答えた声は、確かに車からした。
「俺は車なんだって。人の姿の方が化けてることになるんだよ」
「えっ……」
 昂河は目を丸くした。
「…君…話が…?」
「ああ、話せるよ。いや、何か言おうと思ったんだけど、なんか口挟む雰囲気じゃな
かったもんだから」
「…………」
「今、話しても変じゃない格好になるよ」
 その言葉と共に、車から光が発せられた。
「!」
 昂河が一瞬目を閉じて、次に開いた時、車はかき消えていた。
 代わりにそこにいたのは、制服の上に着古したよれよれの皮ジャンを着て、眼鏡を
かけた青年だった。
「…とりあえず、改めて。工作部所属、3年のFENNEKです。よろしく」
 青年が軽く笑む。
「…2年の昂河晶です。よろしくお願いします……」
 少しばかり呆けたまま、昂河も自己紹介した。


「付喪神…なんですか」
 FENNEKの説明を聞いて、昂河は改めて彼を見た。
 ガレージから部室内に場所を移して、昂河はFENNEKが何者かという説明をう
けたのだ。
「まあ、そういうこと」
「そうですか……人外の方とこうして会ったのは、初めてです」
 昂河はにこっと笑った。
「…持ち主の方、FENNEKさんをとても大事にしていたんですね。」
「え?」
「付喪神って、ようするに妖怪ですけど、確か、物が長い時を経るか、持ち主の思い
入れが強い時になると言われてますよね。それほど長い時間を経たわけじゃないFE
NNEKさんがこうして「いる」ってことは、持ち主の方の思いがよっぽど強かった
ってことですよ。」
 FENNEKは、そう言った昂河をじっと見た。
「……なんか、嬉しいですね。」
「…嬉しい?」
「ええ、なんとなく。気持ちって、伝わるものなんだなって」
「…………」
 FENNEKは、ぽりぽりと頬をかいた。
「…昂河君、機械好きなの?」
 望がきいた。
「うん、好きだよ。」
「だろうね。FENNEK先輩に話しかけてた昂河君、幸せそうだったもん」
「あはは…」
 昂河は頭に手をやって、照れ笑いした。
「わりとああいう風に物に話しかけたりするんだ?」
「えーと、……まあ、たまに」
「ふーん」
 その時、扉がばたんと開いた。
「みんな、そろってるな」
「こんにちは」
 入って来たのは、丸いサングラスをかけた知的な顔立ちの青年と、長い黒髪の少女
だった。
「部長、副部長こんにちは」
「こんにちはー」
 FENNEKと望が挨拶する。
「遅かったな、お2人さん。ちっちゃいお客さんが待ってるで」
 智子もやってくる。
「ん?…君は?」
 部長と呼ばれた青年は、昂河を見て軽く首を傾げた。
「はじめまして。2年の昂河晶です。ちょっとここを見学させていただいてました」
「見学?」
「はい。興味があって」
「興味、か」
 青年は、昂河を観察するように見た。
「ああ、自己紹介がまだだったな。俺はここ、工作部部長の菅生誠治。一緒に来たの
が副部長の赤十字美加香ちゃんだ」
「よろしくお願いしますね」
 美加香が微笑む。
「こちらこそよろしくお願いします。…あの、部の事で質問してもいいですか?」
 昂河は誠治にきいた。
「ああ、かまわないよ。…さあ、みんなは作業に入っていてくれ」
 誠治の言葉に、みんなそれぞれの持ち場へと散っていった。
「で、何かな」
「はい。…この部は、いわゆる工作からHMの整備までこなすってききましたけど…
メカニックに詳しい人じゃないと入れないんですか?」
「その方がありがたいけどね。でも、詳しくなくてもやる気のある人材なら、歓迎す
るよ」
「やる気、ですか」
 誠治はうなずいた。
「そう、やる気だ。……といっても、機械に興味があれば、それでいいんだけどね」
 そう言って微笑む。
 昂河は考えるように軽く目を伏せた。
「……ここにいると、色々覚える事ができますよね。」
「そうだろうね。」
「…僕にも、鈴花やFENNEKさんの整備ができるようになりますか?」
 顔を上げて、誠治を見る。
「‥君次第だよ」
「…………」
 昂河は軽くうつむくと、すぐ顔を上げた。
「‥僕、今まで機械とか使ってばかりで、中がどうなってるかとか、手入れの仕方と
か、よく分からなくて……寿命を縮めているかもしれないと思いながら、どうするこ
ともできなかったんです。」
 誠治は、考えながら言葉を紡ぎ出す昂河を、どこか優しげに見ていた。
「彼らに対するきちんとしたケアができるようになれば、もっと長く使ってやれるだ
ろうと、ずっと思ってました。でも、なかなか覚える機会が無くて。……ここなら、
そういう技術を身に付ける事ができますか?」
「‥そうだね。」
「……菅生さん」
 昂河はいずまいを正した。
「僕、工作部に入りたいと思います。今はなんの知識もありませんが、色々覚えて、
自分の使う物は自分で直せるようになりたいんです。」
 誠治はそう言った昂河をじっと見ていたが、やがて片手を差し出した。
「ようこそ、工作部へ。歓迎するよ」
「‥はい!ありがとうございます」
 昂河は誠治の手を握った。
 誠治はその顔に笑みを浮かべると、ぽん、と昂河の肩を叩いた。
「今日は部の雰囲気に慣れてもらうことにするか。作業はしなくていいが、みんなの
やる事を見ていってくれ。覚えてもらう事は、これからたくさんあるからな」
「はい」
「じゃあ、こっちへ」
 誠治にうながされて、昂河はその後についていった。
 なんだか、自分でも予期しなかった展開だ。
(でも…)
 「何か」がつかめる。そんな気がした。
「‥よし」
 小さく気合いを入れると、昂河は軽くうなずいた。