耳としっぽの狂想曲(後編)  投稿者:昂河
「で、どうするんですか、その粉」
 望が、興味深そうにキノコの粉の入った入れ物を見ながら言った。
「まず、これが何のキノコなのか、調べる必要があるだろうな」
「千鶴さん、自分で何使ってるか分からないんだもんな〜」
 誠治が言った隣で、FENNEKがためいきをつく。
 千鶴から例の粉を受け取った一同は、今度はそれをどうするかを話し合っていた。
「まあ、千鶴先生も悪気はないんだから…」
「だから困るんや」
「そうなんだけどね‥」
 智子に突っ込みを入れられて、昂河が苦笑を浮かべた。
「それで、どうやって調べるつもりです?」
 考える表情でうさ耳をぴくぴく動かしている誠治に、ひなたがきいた。
「ああ、キノコの種類によってはオカルト研究会で見てもらうのもいいかと思ったん
だが…」
「分かるとは限らないですね」
 美加香の言葉に誠治はうなずいた。
「この格好で校内を歩き回るのは、良くないだろうしね。一度で用が済むにこしたこ
とはない」
「そうですねぇ……お料理研究会でも、キノコの種類に詳しい人はいないと思います
し…」
「となると、頼りはあそこだけだな」
 誠治は一同を見渡した。
「あそこって、どこです?」
 崇がきく。
「生物部だ」
「生物部ぅ?」
 それぞれが声をあげる。
「…そんなとこあったんだ」
「知らなかった…」
 昂河と崇が頭をかいた。
「生物部って…何してたっけ?」
「図書館でペンギソ飼ってるとこやろ?」
 望の問いに、智子が答える。
「生物部ですか……まあ、仕方ありませんね」
 ひなたはどことなく嫌そうだ。
「どうしたんです、ひなたさん?」
「いや、ペンギソにはちょっとしたトラウマが…まあ、僕のことはどうでもいいです。
行くと決めたなら行きましょう」
「よし、じゃあ部室を訪ねてみるぞ」
 誠治の言葉に、皆うなずいた。



 クラブハウス3階。廊下の奥まった一角に、生物部の部室はあった。
「……なんや、じめじめしとるなぁ」
 智子が猫耳を軽くパタンと倒した。
「うーん、なんか不思議な感じが……」
 望も、犬耳をピンと立てている。警戒の証拠だ。
 誠治がコンコン、と扉を叩く。
「誰かいますか?」
 コンコン。
 返事はない。
「……さて、どうするか」
「入っていいんですかね」
 昂河がそっとドアノブを掴んで、回した。
「……鍵は開いているようですよ」
「誰か中にいるのかな」
 FENNEKが首をかしげる。
「ここでごちゃごちゃしていても仕方がありませんよ。とっとと中に入って……」
「…部室は物騒ですよ…」
 突然、聞き慣れない声がした。
 全員が、声のした方を向く。
「…突然部室に押しかけるとはぶしつけな……部室にぶしつけ……くっくっくっ…」
 声は、天井からしていた。
 天井の一角が開いていて、そこから人の顔がのぞいていたのだ。どうやら少年のよ
うだ。
「誰だ?」
 FENNEKが構える。フェネック耳がピンピンに立っている。
「あなたは…そんなところで何を‥」
「…散歩です…ここまで来たら、めったに人の来ないうちの部の前が、何やら騒々し
かったものですから…」
 ひなたの言葉に、少年はにこやかに笑ってみせた。
「ちょうど良かった、葛田くん。君の手を借りたいことがあるんだ」
 誠治が呼びかける。
「…ほう…僕の手をね…」
「そう、生物部部長としての君の知識が必要なんだ」
「…ちょっと待って下さい…今、行きますから…」
 少年はそう言うと、天井から飛び降りてきた。
 やせぎすな、しかし綺麗な顔立ちの少年だった。明るい所で見ると、瞳が緋色なの
が見てとれる。美少年、といっていいだろうが、雰囲気がどこか暗かった。
「…はじめましての方もいらっしゃいますね……1年の葛田玖逗夜です…生物部の部
長もしています…」
 少年は自己紹介をした。
「天井で散歩なんてしてたのか?」
 フェネックが呆れたように言った。
「…僕の趣味です…。ところで、僕に用というのは……?」
「ああ、それが…」
「…ああ、待って下さい……ここでこの人数ではなんですから、部室に入って話をし
ませんか……?」
 説明を始めようとした誠治をさえぎって、葛田は廊下にいっぱいになっている一同
をかきわけて部室の扉まで来ると、なんの躊躇もなく開いた。
「…さあ、どうぞ……ただ、さっきも言ったように、部室は物騒ですよ……」
 葛田は部屋に入っていく。
「物騒だって…どうします?」
「入らなきゃ駄目だろうな」
 崇と昂河がひそひそとささやきかわす。他の面々も、少し躊躇しているようだ。
「とりあえず、入ってしまいましょう、ほらほら」
「はいはい、順番に順番に」
 ひなたが声をかけ、美加香がガイドよろしくみんなを導く。
 扉は二重になっていた。強化ガラス製の内扉が開き、一同は次々と中に入った。
 むせるような緑の匂いが一同を出迎える。
「うわ……」
「なんだこりゃ?」
「……本当に部屋の中か?」
 部屋に入った一同は、呆然と部屋を見回した。
 土の敷き詰められた床。そこから生えている植物群──しかも、それらはいわゆ
る普通の植物ではない。
 がちん、がちんと牙を打ち鳴らす名の分からない食虫植物。人の手の平ほどの大
きさのハエトリソウ。端に生えているのはラフレシア。羊歯のようなものも生えて
いる。
 アマゾンの原生林のような、ナ○シカの腐海の植物群のような、奇妙な光景だっ
た。
「誠治さん、あれ‥」
「ん?ああ、あれは実験用の機器だな……しかも、高価なものだぞ」
「なんか、工作部の機械に劣らないように見えるんやけど」
「ああ…なんでこんな無造作に置いてるんだろうな?」
 部屋のあちこちに無造作に置いてある精密機器に気がついた者もいた。
 そうやって一同が部屋を見ていると。
「ん……うわ、なんだぁ?」
 部屋の隅から声がして、むっくりとアフロが起き上がった。
 ちなみに、そのアフロは部屋の風景に完全にとけ込んでいた。
「…ああ、Yinさん…工作部のみなさんです……僕達生物部にご用だとか…」
「へ?ここに?」
 アフロ改めYinは、寝ぼけ眼で一同を見た。
「………俺、まだ寝ぼけてるかな?なんか、みんなに耳が生えてるように見える」
「そのことなんだ」
 誠治は苦笑すると、葛田に向き直った。
「話をしていいか?」
「…ええ、どうぞ…」
「…まあ、見て分かるように俺達の体に異変が起こってな。どうやら、キノコのせい
らしいんだが…」
「…異変…ですか」
 葛田は一同を見渡した。
「…ふむ…生えてるんですか…」
 呟くように言うと、葛田は近くにいた望の犬耳をつかんだ。そして、ぎゅーっと引
っ張る。
「いたたたたっ!」
「…なるほど…しっぽも…」
 今度は崇のあらいぐましっぽを持つと、これもまたぎゅーっと引っ張る。
「あいたたっ!!」
「……ほうほう……これはこれは…」
 葛田はニヤリと笑った。美少年なだけに、どこかさまになっている。
「何か分かったんですか?」
 美加香の問いに、葛田はうなずいた。
「……つまり、皆さん……コスプレしていらっしゃると…」
「「ちゃうわっ!!」」
 智子とひなたのダブルまじ突っ込みが、葛田に炸裂した。
 葛田が吹っ飛ぶ。
「…いたたた…手加減して下さいよ…」
「まじめにやってくれよ」
 苦笑混じりに誠治が言う。
「…まー、それで…何のせいだって言ってましたっけ…?」
「キノコですよ。これです」
 美加香が葛田に、粉の入った容器を渡した。
「…粉末ですね…キノコの粉ですか…?」
「そうみたいです」
「…ふむ…」
 葛田は粉を容器ごと明かりに透かしたり、振ったりしていたが、やがてふたを開け
て中をのぞきこんだ。
「…皆さん、このまま食されたんですか…?」
「いや、お菓子に混ぜられていたんだ」
「…なるほど…」
 匂いをかいだりしていた葛田は、容器から粉をひとつまみ取り出すと、辺りを見回
した。
「…Yinさん、ちょっと…」
「なんすか?」
「…こちらへ…」
 呼ばれたYinが葛田の横に行く。
 葛田は続けて工作部の面々を見た。
「…風見さん…ちょっと来ていただけませんか」
「嫌です」
 ひなたはきっぱりと言った。
「…残念です…じゃあ、そこのあなた…」
「え?‥僕?」
 昂河は自分を指差した。
「…そうです…お名前は…?」
「‥2年の昂河晶だけど‥」
「…ちょっと来て下さい、昂河さん…」
 呼ばれて、昂河はちらりとひなたを見た。
 自分は断ったひなたは、特に何を言うでもなく様子を見ている。
「…これを…」
 葛田は、近寄った昂河とYinの手に、キノコの粉をひとつまみずつ置いた。
「…なめてみて下さい…」
「えっ?」
「なんすか、これ?」
「…キノコの粉です…」
「キノコぉ?」
 あからさまに嫌な顔をするYin。
「また何か企んでるでしょ、葛田さん」
「…いやいや…大丈夫ですから……さあ、昂河さんも…」
「そう言われてもなぁ」
「…キノコの謎を解くためです…元に戻る方法を知るには必要なんですよ…」
「…しょうがないなぁ…」
 昂河は手の平の粉末をぺろりとなめた。
「…Yinさん…あなたも…」
「……なんだか良く分からんけど、まあいいや」
 Yinも粉末をなめる。
 みんなはその様子をうかがっている。
「あ‥れ?手が、なんか……」
 昂河が呟いた時。
 ぽむっ☆
 と音をたてて、昂河の両手が変化した。
「ああっ!手が熊の手に…!!」
「ナイスです、昂河さん!肉球にさわれますよ!」
「違うやろっ」
 智子が美加香に突っ込んだ。
「なんだ、って……頭がなんか……むずがゆい」
 Yinはアフロ髪をさわった。
 ぽむ☆
「なんだなんだ、こりゃあ?」
 彼の丸いアフロから、音と共ににょきっと黒いうさぎ耳が生えてきた。
「う……うわぁ」
「うさ耳アフロ……」
「……可愛くない‥」
「やかましいわぁ!」
 涙を浮かべてYinは叫んだ。
「…ふむ…やはり、そうでしたか…」
 一人納得顔の葛田。
「く〜ず〜た〜君〜。これは…」
「葛田さん、はかったな?!」
 詰め寄る昂河とYinに、葛田はにやりと笑った。
「…お2人に試していただいたとおり、このキノコは食べると獣に変化する…ケモノ
ヘンゲタケでしょうね…。…ご覧の通り、キノコの摂取量でその変化の度合いは違い
ます……ほんのちょっとの量のYinさんは耳だけ、もとの摂取量と合わさった昂河
さんは耳としっぽのうえ、手まで…」
 葛田は昂河を見て、くすりと笑った。
「…着物を着たケモノ…くっくっ…」
「じゃかあしい」
 ばしっ!
 昂河のねりちゃぎが、葛田の頭に決まった。
「…あいててて……足で突っ込むとは、豪快な人ですねぇ…」
「どうするんだよ!こんな手じゃ弁当も食べられないじゃないか!」
「…いやいや…なかなかに可愛いじゃないですか…」
「そういう問題じゃなくてだな‥」
「で、どうすれば元に戻れるんですか?」
 ひなたが口をはさむ。
「そう、それが肝心なんだ」
 誠治もまじめな顔で葛田を見た。
 葛田も表情をあらためる。
「…まあ、方法がないわけではないんですが…」
 一同は葛田に注目した。
 葛田は一同を見渡すと、口を開いた。
「……そう急がなくてもいいと思いますよ…せっかく、普段はなれない姿になってい
るんですし…この楽しみを満喫されては…」
「「「満喫できるか!!」」」
 全員が突っ込んだ。
 葛田はぽりぽりと頭をかいた。
「……いや、このままほうっておいても元には戻るんですよ……皆さんくらいなら、
明日には元に戻っているのではないかと…」
「そう言わずに教えてくれよ」
 誠治が苦笑する。
「…戻す方法、忘れてしまいました…」
 しれっと言う葛田。
「…教える気はないということか」
「…戻れるんですから、いいじゃありませんか…ねえ…?」
 微笑する葛田に、誠治は溜息をついた。
「元に戻れるのは、間違いないんだな?」
「…はい…それは保証しますよ…」
「…まあ、それが分かっただけでもいいか‥」
 あきらめたように誠治は言った。
「しょうがないですね…まあ、明日になればこのばかげた格好でなくなっているのな
ら、よしとしますか」
 ひなたもあきらめたように言う。
「…明日までこの格好かぁ」
「ま、戻れるみたいだしな」
 崇の呟きに、FENNEKが笑顔を見せた。
「ところで、どうして私達はお菓子を食べてすぐに変化しなかったん?」
 智子がきいた。
「…ああ、純粋にキノコだけではなかったからでしょう…お菓子に混ぜられていたの
なら、効果が遅れても仕方のないことです…」
「なるほどねぇ」
 望が納得したようにうなずく。
「…ところで、この粉…いただいてもいいですかね…?」
「ん?千鶴先生に返さないといけないんだが……まあ、いいか。葛田くん、持ってい
るといい」
「…ありがとうございます…」
 誠治の許可に、葛田はにこやかに礼をした。
「…ところで、昂河さん…」
「なんだい?」
「…どうです…?せっかくそこまで変化したんですから、完全に獣化してみるという
のは…?…なに、すぐに元に戻れるようにしますから……このまま実験体になってい
ただくというのは…」
「却下」
 昂河はにべもなく言った。
「…とりつくしまもありませんねえ…」
「この手だけでも問題なのに、この上わけの分からない実験なんてごめんだよ」
「…いいじゃないですか…熊の手は食べでがあっていいですよ…」
「食わんてば」
「あはは、昂河君、肉球肉球」
 望がおもしろがって肉球をさわっている。
「…まあ、しょうがないですね…。Yinさんもいますし…」
「待てやぁ!!」
 Yinがわめく。アフロから生える黒うさ耳が、そこはかとなく無気味な愛らしさ
をかもしだしている。
「…さて、それでは皆さんお帰り下さい…。…誠治さん…次の機会には、うちの機械
も見て下さいよ……くくっ……」
「ああ。よし、じゃあみんな、とりあえず部室に戻るか」
「とりあえずは、一件落着と……」
「ふっふっふ……そうは問屋がおろさないわよ〜」
 別の声が乱入して、一同は顔を見合わせると、そちらを向いた。
 いつのまにかドアが開いていて、そこに数人の人影が立っていた。
「工作部全員が変身!いいネタになるわ〜」
「…志保…」
 智子が呟いた。
「さあ、取材させてもらうわよぉ。和樹、シッポ、インタビュー開始よ!デコイは写
真を忘れない!」
「見出しは「恐怖!生物部の極悪実験で工作部ピンチ!」ってとこでいいかな?」
 城下和樹がメモをとりながらきく。
「うわ、すごいことになってるな」
「Yinさん…なんて姿に…」
 シッポが機材を抱えながら呟いた横で、デコイが涙を浮かべている。
 突然のことに、あっけにとられる工作部の面々。
「何してるんですか!逃げますよ!」
 ひなたの言葉に、みんなはっと我に返ると、うなずきあった。
「ちょっと、逃げるって何よ!あたし達は何も取って食うわけじゃないんだから」
「似たようなもんやろ。素直にネタにはされんよ」
「よし、行くぞみんな!」
 誠治の言葉で、皆いっせいに戸口に向かって走った。
「ちょ、ちょっと逃がさないわよ…って、きゃあああっ!」
 ぶつかりそうになって慌てて避けた志保の横を、皆が通りすぎる。
「おい志保、逃げられたぞ」
「きいぃ〜!逃がしてなるもんですか!行くわよっ!」
 号令一下、後を追う情報特捜部の面々。
 それを見送って、葛田は軽く息をついた。
「…さわがしい人達ですねぇ…。…さて、じゃあせっかくですから実験を…って、あ
れ…?」
 部屋の中には、葛田一人しかいなかった。



「こら〜!待ちなさいよ!」
「誰が待つかいっ!」
「「迫り来る生物部の手から逃れようと必死になる工作部の面々」…っと」
「それ違うっ!」
「もうちょっと遅く走れ、志保!機材は重いんだぞ」
「何よ、頼りないわねぇ」
「無茶言うなっ!」
 騒ぎながら走る一同。部室に戻るどころではなく、現在校舎に沿って、中庭を走っ
ている。
「で、なんであなたまで一緒なんです?」
「堅いこと言うなよ、あのままいたら実験体にされちまう」
「うう、どうやって弁当食べよう……」
「食べさせてもらったら?吉田さんにでも」
「ええっ!そ、そんなっ!(ぽぽっ)」
 一部関係ないことで騒いでいたりする。
 不意にがらっ、と階上の窓が開いたかと思うと、
「貴様ら、やかましい!授業中だぞ!」
 窓から怒鳴られた。どうやら風紀委員のディルクセンのようだ。
 ぴたっと動きをとめる一同。
「すみません、すぐに戻りますから〜」
 志保が愛想よく笑ってみせる。
 その隙に、工作部一同はそろそろと動き始める。
「またお前か、長岡。だいたい、お前はだな…」
「ああっ、逃げられる!先輩、また今度〜」
「こらっ、まだ話は終わってないぞ!」
 再びダッシュで逃げた工作部を追いかけ始める情報特捜部。
「まったく……見回りは何をしているんだ」
 腹立たしげに言ったものの、智子がいるのを見てしまったので、後追いする気には
なれず、溜息と共にディルクセンは胃を押さえた。
 何はともあれ、これもまた日常の光景には違いないのだった。