Lメモ私録 第五「蒼き波涛の果てに」 投稿者:神海

                          ――たまには、オカ研な日々
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 カツン。

 驚くほど静かに、その音は響き渡った。
 敗北の音。
 数えるのも馬鹿馬鹿しいほど繰り返された、敗北の。
 だが、これまでのような屈辱は既にない。
 深く、息を吐き出して彼は――
 ――笑った。
 生まれて初めてと言っていいほど、晴れやかな気分で。





       Lメモ私録 第五「蒼き波涛の果てに」(嘘)





  愛しいあなたが
  私に掛けた魔法
  時が過ぎるのも忘れさせ、
  いつも私を引き寄せる

  …………
  …………

「ふぅ……」
 180センチを軽く越える巨体を丸めて、山浦は、ため息を吐いた。ポエムを書き留め
た手帳を仕舞う。
 放課後の、下校時間も間近の頃。
 自分の鍛練と松原葵の稽古と勧誘を怠らないにしても、この日も、いつのまにかふらふ
らとここへ来てしまった。
 クラブハウス、オカルト研究会部室前。
 彼の片想いの相手、来栖川芹香の所属するクラブ。
 とはいえ、中に入ることも出来ず、部室の前で突っ立っているわけにもいかず、さりげ
無さそうに往復する。……行きかかる生徒に妙な目で見られている事には気付いていない。
 それを何度か繰り返した頃。
「むっ!?」
「はっ!?」
 一人の生徒と、扉を挟む形で行き当たった。
「……芹香先輩に何か用ですか?」
「おまえこそなんだ? こんなところで」
 敵意、とまでは言えないにしても非友好的な視線が絡み合った。
 相手は、小柄な男子生徒。知っている顔だ。翠色の瞳が目立つ一年生、雪智波だ。山浦
とは『ちょっとした』縁がある。
「ここの部員なんですよ、一応」
「……そうだったのか? 中途半端な幽霊部員なら止めておいた方がいいぞ。来栖川さん
も迷惑するしな」
「山浦さんには関係無い事でしょう」
「………」
「………」
 再び飛び散る火花。
 と、その時、扉が内側から開いた。
「部室の前で、何をしているんですか、貴方達は」
 部室内は、分厚い暗幕が下ろされて電灯が点けられている。その中から現われたのは、
智波よりもさらに小柄な男子生徒だった。山浦が初対面の時、女子と間違えたほど華奢な
容貌。なのに、飾り気も無いのっぺりとした服(貫頭衣と言うらしい)を着ている。
「あー……いや、あのな、別に……」
「何だっていいじゃないか」
 言い淀んだ山浦を押し退けるようにして、智波が答える。今度は明らかに敵意を見せた
ものだったことに、山浦の方が少し驚いたが――
 だが、次の瞬間に智波は表情を一変させていた。
「ああああ、あのっ、いえ、芹香さんに言ったわけじゃなくてっ……」
 りーずの背後に、ぽーっとした目で山浦たちを見ている少女が佇んでいたのだ。智波ほ
どではないが、山浦も思わず赤面してしまう。
 そんな二人を見て、りーずは薄く笑みを浮かべる。
「確かに、何でも構いませんけどねぇ。……それで、智波君は今日は部活ですか? それ
とも、芹香君に私用ですか?」
「……部活だよ」
「なら、どうぞ。部室では静かにしてくださいね」
 そう言ってりーずは入口の前を空けると、次に山浦の方を向く。
「……では、山浦君は?」
 その言葉遣いにむっとしながらも、山浦は言葉に詰まった。芹香先輩に逢いに来た――
と、本人の前で言える柄ではない。
「……単に、通りがかっただけだ」
「はぁ、そうですか」
「だいたい、おまえ、一年だったろうが。先輩に対して君付けってのはどういう了見だ?」
「一年や二年、生まれてきた差で対応を変えるようにとは教わってきませんでしたから。
それと、芹香君とは同好の徒。ただそれだけですしね。まぁ……ちょっと、長い知り合い
になりますけどねぇ」
「………」
「それでは、ご用が無いのならお引き取りください」
「………」
 山浦は反論できなかった。芹香がこの場にいるため、生意気な調子にカッとしても、い
つもの調子もでない。その彼女は――少しだけ、哀しそうな表情を浮かべていたような気
がした。何に対して、ということまでは、彼には分からなかったが。
 りーずは構わず、彼女にも向き直ると、
「芹香君。友人関係はいいですが、この大事な時期に、部の他の皆さんの迷惑になるよう
な――」
 ――また少し、芹香の悲しげな表情が強くなる。
 その時。
「たたたたたた大変ですっ!!!!!!!」
 不意に、声と、激しい足音が響いてきた。
「どうしました、トリプ――」
「一大事ですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「ぎゃふッ!?」
 ゴギン、と、聞いてははいけないような気がするほど危険な音をたてて、りーずの頭が
床面に墜落した。
「事件です! 異変です!! 異常事態なんですっ!!!」
 錯乱したように振り回していた(思い切り振りかぶったようにも見えたが)ビームライ
フルで、りーずの頭を一撃した生徒は、
「ぶぎゅ」
 ご丁寧にも彼の背中の上に乗っかって芹香の正面を占領すると彼女に詰め寄った。
「芹香さんっ! エーデルハイドはいますかっ!?」
 その声に、何故か智波が棒を呑み込んだような表情をしたのを、山浦は見た。
 学生服のズボンに愛用のカッターシャツ姿の一年生。オカルト研究会所属のトリプルG
である。
 なぜか今日は、その一張羅をボロボロにし、一部を焦がしているが――この学園では珍
しいことではないので特に追求する人間もいない。
 対して、芹香は心配そうに首を振った。
「…………」
「昨日から見当たらなくて探しています……ですか? ああっ、この緊急事態にっ!」
「……あのー、エーデルハイドに何の用なんだい?」
「猫語を解する人が必要なんですよ智波さん! 二年生の柏木楓さんに頼んだところ西山
先輩に吹っ飛ばされてしまいましたしっ!!」
「……ボロボロなのはそのせいか」
「……ってその前に、楓先輩って猫語が解ったっけ?」
「とにかくっ!!」
 山浦と智波の突っ込みを無視して、芹香に詰め寄る。
「来てくださいっ! なんだか少し背が縮んだように見える芹香さんっ! 私の身長が伸
びたのならば、なんだかちょっとうれしいのですがっ!?」
「…………」
「貴方がりーずさんの上に乗ってるせいです……? って、あれ? りーずさん、そんな
ところで一体何を?」
「…………………」

 昏倒している者は質問に答えられない。

「とりあえずっ!」
 りーずの有り様の原因に気付いているのかいないのか、トリプルGはすぐさまテンショ
ンを戻した。
「残念ながら今は一刻を争いますっ! 私は最悪の事態に備えて魔力を温存して置かなけ
ればなりませんので、東西さんでも通りかかって救助されるのを待ってくださいっ!! 
そう! いつまた第二第三の猫魔人が現われるかも知れないのですから!」
「……第一がどこにいた?」
「おっとその通りでした山浦さんっ! 事件は現場で起きるから現場は事件でしか有り得
ませんっ!
 行きましょう、芹香さんっ! 真理の追求のために!!」
 壁に寄りかからせられたりーずを介抱しようとしていた芹香を強引に引っ張ると、トリ
プルGは来たときと同じ勢いで廊下を爆走していった。
 ……思わず、見送ってしまう。
「って、はっ!」
 我に返って、二人は同時に叫んだ。
『どさくさ紛れに手を繋ぐなっ!』
 それが重要な問題だった。




(俺が必要なこと……。猫魔人? 一体何なんだ?)
 口に出せない疑問を心の中で繰り返す。山浦と一緒に二人を追い掛け、辿り着いたのは、
オカルト研の部室と変わらない造りのある部室だった。智波は、そこが最近、オカ研と縁
のあった場所だということを知っていた。
『ボードゲーム部室』
 とプレートが掛かっている。入口は半開きだ。
「……ここです」
 身を屈め、息を潜めて、トリプルGが告げる。
「……一体、何があるんだ? 猫がどうかしたわけ?」
 智波も、思わず釣られて声を潜めてしまう。
「……とにかく、見てください」
 下からトリプルG、智波、山浦の順に重なって覗いてみる。
 幾つかの机がまちまちに配置してある室内は、随分と散らかっていた。
 将棋、麻雀、チェスなどの駒に始まって、トランプ、UNO、LFTCG、などのカー
ド、果ては何故かTRPG用のフィギュアまで散乱していたりするが。
 そして、奥の方に二人の姿があった。
 一見コスプレな猫耳と猫手に尻尾を生やした、金髪(というよりも黄色?)の髪の女の
子。ここによく出入りしているという、たま。
 もう一人は、りーずと似ている貫頭衣。オカ研部員の一人、神凪遼刃だ。衣服は暗緑色
で、お世辞にも明るい印象を受けるものではない。のだが――。


「きのうのぉ敵はぁぁぁ♪ 今日のぉぉ友ぉぉ〜〜♪ にゃりん! 遼刃ニャンッ! 今
日の勝負、あたしは一生忘れにゃいにゃりよっ!」
「光栄です、たまりん☆ 私もきっと、一生忘れないでしょう。あの激闘の数々を! は
ははははっ!」


「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
 四人分の沈黙は、割と長かった。トリプルGは世界の危機でも目の当たりにしているか
のように緊張している。山浦は意味が分かっていない。芹香はいつも通り、と、てんでバ
ラバラの沈黙だったが。
 智波自身は――。
「……どうです、皆さん。なんと、あのたまさんが人語を喋っているのですっ!」
「……むしろ、あの神凪さんの朗らか笑いの方が恐いんだけど」
 と言うかあからさまに目がイッている。
 はっきりいってこちらの方が怖かった。
「……なにか、よほど辛いことでもあったのかな」

「ははははははは♪ そうですね、たまりん☆」

「……たまりんだし」
 病院に連れていった方がいいだろうか、と智波は本気で思ったが、トリプルGの眼中に
は無く、山浦の方はそもそも神凪のことを知らない。
(……まあ、いいか)
 あっさり諦めた。
 トリプルGの方は、小声で叫ぶという器用な真似をし演説を続けている。
「――というわけで、突然人語を喋るようになったたまさんに事情聴取するため、通訳と
してエーデルハイドの力が必要なのですっ!」
「……直接訊けばいいんじゃ?」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
「……………………………………」
 今度の沈黙は、前回の倍以上長かったかも知れなる。
 トリプルGは、ふっ、と悟ったように息を吐き、
「真理とは路傍に転がる小石のようなものだ、ですか……けだし名言ですねえ……」
「真理のせいにしないでよ。ってあー、なんかどっと疲れた……。とりあえず、神凪さん
を……」
 その時、智波はぴくり、と耳を動かした。
 彼らの背後で、小さく小さく、『彼女』が呟いたのだ。
「…………」

  私も、気になります……。

 と。
 三人の目の色が変わるのに、寸秒も要しなかった。
「行くぞ」
 真っ先に立ち上がったのは山浦でずかずかと巨体をたまの前へ運んでいく。
「たま……、って言ったっけか?」
「にゃ? にゃんだにゃ?」
「芹香先輩がな、おまえが急に喋れるようになった理由を知りたいそうなんだが、教えて
貰えるか?」
 すると、ひくっ、と、たまの猫耳と口元(ひげのあるべき辺りだろう)が震えた。
「た……」
「た?」
「縦掻き横掻き斜め掻きニャロメェェェッ!!!」
「ぐぎゃああああっ!?」
 猛烈な速さで顔面を引っ掛かれ、山浦は七転八倒する。
「あああっ、そんな○×ゲームが出来なくなるような恐るべき引っ掻き方をっ!?」
 トリプルGが愕然として叫ぶ。
「そういう問題ですかっ!?」
「乙猫のぷりゃいばしーに爪を立てて上がり込んでくる奴に情けは無用だニャッ!」
「なんという権謀っ! たまさんっ! 貴方を放置してはいずれ我が野望の道に立ち塞が
るでしょうっ! ここで白黒裏返させて頂きますっ!」
「おまえも来るかニャ!? 白御飯に海苔の佃煮とはいい趣味にゃが敵に情けは無用だニ
ャロメ!!」
「あーもう、何が何だかぁぁっ!」
 智波が頭をぶんぶん振って逃げ出したくなっているうちに、二人は戦闘態勢に入る。
「フウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」
 たまが毛を逆立て、トリプルGが古代魔術の魔方陣を手の平に浮かび上がらせる。
「グラブス――」

 その瞬間。

 一つの影が、二人の間に割って入った。
「なっ、神凪さ……!?」
 思わず魔術を中断するトリプルGに、すっ、と片手を突き出す。――膨大な魔力を集中
させた右腕を。
「やばいっ!」
 智波は慌てて芹香へと駆け戻ろうとした。――間に合わない!?


「エンター………」


 学園でも滅多に見ないほどの力が膨れ上がる。


「苛電粒子束!!!」


『ちょっと待てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえっっ!!』



 音すらも制圧して膨れ上がった光の柱が、人間は男ども三人だけを飲み込み、その姿を
影絵と化さしめ――そのまま天井全体と壁の一部を抉り取って蒸発させる――。


 奔流は数秒間も続き、途絶えた。
 ……静寂が戻ると、閃光に変わって部室に満ちたのは、紅い暮色だった。
 紅色に染められて、そこに残ったのは、外からの風に貫頭衣をはためかせて毅然と立つ
神凪遼刃と、呆然としているたま、そして出口だった場所で何故かいつもの表情で佇んで
いる芹香。
 そして、三人分の焼死体。
 例の如く、死んでいないが。
 否。
「……神凪さん……っ!」
 よろよろとトリプルGだけが立ち上がり、神凪に指を突き付ける。
「な……」
 神凪は静かに、彼を見つめるのみ。
「ナイスレーザー! ごふっ……」
 親指を立てて告げると、そこで力尽き、トリプルGは灰のように崩れ去った。


 今度こそ、静寂が訪れた。
「……戦いとは……虚しいものです」
 我に返ったたまが、恐る恐る声を出す。
「り……遼刃にゃん?」
 神凪はたまに振り返ると(目の焦点は見事に合っていなかったが)、一転してきらり☆
と白い歯を輝かせ、宣言した。
「昨日の敵は今日の友です! たまりん! はははっ☆」
 ――そしてその表情のまま――

 棒のように倒れて顔面を床に打ち付けた。

「うおおおおおっ、遼刃ニャンッ?! あたしのためにゃぁぁぁぁっ!?」
 たまが号泣しつつ、取りすがって抱き起こす。神凪は既に息も絶え絶えだった。
「ふ……。人は友のために命を賭すもの……そうでしょう、高橋さん? ……がくっ」
「ふにぁっ!? がくってにゃんにゃっ!? 死んじゃ嫌ニャァァァァッ!!!」


 ……芹香は、そんな二人をしばらくぽーっと見つめていた。いつも通りに。

 結局事態は、T−star−reverseとルミラが収拾するはめになる。






 ――その後。



 芹香は、カフェテリアでお茶を御馳走しながら、ゆっくりたまの秘密を聞き出した。
「思わず喋りたくなるくらい機嫌が良かったにゃ! 何しろ、あんなに勝ちまくったのは
久しぶりだったからにゃ!」
 とのこと。芹香は納得したらしい。



 付け加えると。


 無事正気に戻った神凪は、消費し尽くしたコパールの総額に思わず涙を滲ませたとか。





                               
                           「蒼き波涛の果てに」 了

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神海「……正月L後編、しばらくお待ち下さい(汗)」
芹香「…………(視線)」
神海「……(視線に怯みながら)初めて、私自身が登場しないLを書いてみましたが、如
  何でしたでしょうか? あいも変らず犠牲になってくださった方々に哀悼――ではな
  く、感謝を」
芹香「…………(こくこく)」
神海「それにしても、お話を短くまとめよう計画第一弾で、10k程度に収めるつもりだ
  ったんですが……失敗してますね」
芹香「…………(こくり)」
神海「ともあれ、次はもっと早くお会いできますように。それでは(礼)」
芹香「………(ぺこり)」

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                              000228 神海