Lメモ私録 第七「マルチさんの放課後」 投稿者:神海

 六時限め終了のチャイムが鳴りました。
 一日が終わり、安堵にざわめく教室の中で、マルチさんはいつものように、自分のロッ
カーから愛用のモップを取り出します。これから、マルチさんの日課が始まります。
 同じクラスの初音さんが、マルチさんに気付いてにこっ、と笑いました。
「あっ、マルチちゃん、今日もお掃除?」
「はいっ」
 一年生の中では指折り数えられるほど家事の上手さを知られる初音さんとは、マルチさ
んはよくお喋りをします。初音さんには教えられることの方が多くて、マルチさんのよき
目標になっているのでした。
「ご苦労さま、マルチちゃん」
 今度は大人びた微笑が、マルチさんを労いました。
 TH制服とは違う、とてもスタンダードな、だからこそ映えるセーラー服。
「ち、千鶴お姉ちゃん……」
 初音さんは困った笑顔を彼女のお姉さんに向けていました。
 柏木千鶴ちゃん(一年生)はこの場合、『同級生なのにお姉ちゃんっぽく振る舞うちょ
っとマセた女の子(はぁと)』という役どころなのだそうです。『同級生なのに』がキー
・ポイントだそうです。これだけは譲ってくれません、どうしても。
「お役に立てて嬉しいですぅ」
 マルチさんは素直にお礼を言いました。優しい同級生の千鶴ちゃんとの仲は、とても良
好です。彼女の周りではなぜ破壊と流血が絶えないのか、マルチさんにはいつも不思議な
のでした。
「じゃあ、頑張ってね」
 優しい微笑みを見せて、千鶴ちゃんは右手の爪に落涙中の日本史の耕一先生を引っ掛け
て、ずりずりと引きずっていきました。
 いつも通りの光景です。仲が良いですね。

 それを見送って、マルチさんは放課後の大事な仕事に向かいました。




       Lメモ私録 第七「マルチさんの放課後」




 三年生校舎に着くと、目的の教室の戸口で、マルチさんはぺこりと頭を下げます。
「失礼します、セリスさんと昂希さんはいらっしゃいますか?」
 いつもと同じ挨拶でした。
 セリスさんと天神昂希さんは、いつも、マルチさんがやってくるまで教室で待っていて
くれます。始めはわざわざ一年生校舎まで迎えに来てくれたのですが、そうすると『ジャ
ッジ』本部へは遠回りになってしまうので、自分から迎えに行く、とマルチさんが強く主
張したのでした。
 マルチさんが教室に行くと、セリスさんは窓際の席で授業のノートをまとめていて、昂
希さんはそこから少しだけ離れた窓際に脚を乗せて外を見つめています。
 そのつかず離れずの距離。
 戸口の角度から見える、そんな光景が、何故かマルチさんは好きでした。
 そうして二人で振り向いて、
「お疲れさま、マルチ」
「今日も始めるか」
 と、笑ってくれるのです。

 ところが、今日は二人の姿はありませんでした。
「あれ……?」
「おう、マルチ」
 黒鉄の自分の腕を外して、その中を覗き込んでいた人が、マルチに声をかけました。
「セリス達なら、『ジャッジ』の仕事で、先に行くって言ってたぞ」
 その人は学園最強のエルクゥ・サイボーグとして名高い先輩でしたが、マルチのデータ
ベースには、「セリスさんのお友達で、面白いお兄さん」と焼き込まれています。『面白
い』がキー・ポイントです。これはずっと前、二年生の来栖川綾香さんともども彼に誘拐
された事件の時に、強烈に印象づけられてしまったので、なまなかに変わることはないで
しょう。
「あっ、はい。ありがとうございました、ジンさん」
 微笑んで、ぺこりとお辞儀します。
「どうってことねえよ」
 ジンさんは少し照れたように言いました。


 ジャッジの本部に行くと、残っているのは二年生の吉田由紀さんと桂木美和子さんだけ
でした。二人は遠い目をして、「ダーク十三使徒が活動を始めたのよ」と、まるで日本特
撮怪獣映画のようなもったいぶった口調で教えてくれました。
 どこへ行ったのかは分からないということだったので、挨拶をして探しに行きました。


 マルチさんはセリスさん達の姿を求めて歩きます。
 目に付いたごみをついつい拾ってしまうので、歩くのは早くありません。
 踊場でノートの切れ端らしき紙屑を拾った時、その先でトイレの水が流れる音がしまし
た。
 そこは男子トイレだったので、マルチさんは失礼だと思い、慌てて離れようとしました。
その時、きぃ、と音を立てて、さっぱりした表情で個室から出てきました。
 小さな黒猫さんが。
「……あれ?」
 首を傾げたマルチさんと目が合うと、黒猫さんは、ばっ! と飛びのいて壁際に二本足
で張り付き、固まってしまいました。だらだらと汗を流しています。なんだか動揺してい
るようです。見られたくなかったのかもしれません(なぜかマルチさんにはそれが分かり
ました)。
 マルチさんは微笑んで、
「猫さんも、トイレは恥ずかしいんですね」
 と、そっとその場を離れました。
 女の子には気遣いが大切です。


「よっ、マルチ、掃除かい?」
 声を掛けてくれたのは、柏木梓先輩でした。
 今日は、親友で陸上部のマネージャーの日吉かおりさんの姿も、とても仲の良い男の人
の秋山登さんの姿も、傍にありませんでした。マルチさんは少し寂しく感じます。喧嘩し
たのではないといいのですが。梓さんはご機嫌のようなので、心配ないと思いますけれど。
「今日は奴らが追い掛けてこなくてさあ。平和でいいよ」
 梓さんはストーカーにでも狙われているのでしょうか。大変です。
 少しお話した後、梓さんは気まずそうに用件を切り出しました。
「放課後、グラウンドの掃除してくれてるんだって? 悪かったね」 
 マルチさんとセリスさんが毎日、運動部が使ったグラウンドの整備をしていることでし
た。
「いえっ、掃除をするのがわたしの仕事ですから」
「元々、うちらがやんなくちゃなんないことだからさ。機会があったら、運動部連中にち
ゃんと言っとくよ」
 梓さんは頭を掻きながら言いました。彼女自身は、整理整頓に関しては結構口やかまし
い方なのです。
 実はそれは、セリスさんとの大事な日課の一つになっていたので、マルチさんは少し複
雑な心境でしたが、それでも、学校を奇麗にしてくれるというのですから、嬉しいことに
違いありません。ぺこりと頭を下げました。
「ありがとうございますぅ。揉めていた校庭使用の話し合いを入学二週間でまとめて、運
動部の皆さんから『グラウンドの紅の女帝』って呼ばれた梓さんなら安心ですぅ」
 空気が凍り付きました。
「……んな古いこと、誰が言ったわけ?」
 マルチさんは梓さんの変化に不思議そうに首を傾げて、
「ジン先輩ですぅ」
「……オーケー」
 梓さんは、指を鳴らしながら三年生校舎の方へ歩いていきました。ジンさんと梓さんは、
子供の頃からじゃれあっていた仲の良いお友達なのだそうです。今日は一緒に遊ぶのかも
しれません。羨ましいですね。
 梓さんが一歩進むたびに、なぜか床が軋むような音をたてたような気がしましたが、多
分気のせいでしょう。


「よう、マルチ、いつもご苦労さん」
 振り向くと、藤田浩之さんが片手をあげていました。
 ここにセリスさんがいると、即座に展開された緑色の壁が浩之を弾き飛ばし、心の壁だ
よ、浩之くん、などとシリアスモードに突入して、そんな時のセリスさんは少し俯いて前
髪で目が隠れて、マルチさんが下から見ても何故か影ができて表情が分かりません。なに
がなんだか。
 とにかく、浩之さんは、学園の不特定多数の女子生徒と交友があることが知られていま
すが、セリスさんなど、学園の男子生徒にも、とても慕われているのです。
「よっ、藤田っ! 昼休みレミィにちょっかい出してたんだってな!」
 地雷が飛んできたり。
「学賊、覚悟っ!」
 暴徒鎮圧用スタン弾が飛んできたり。
「…………(ズパンッ!)」
 スナイパーライフルの試射弾が降ってきたり。
 流れ弾のように見えるものもありますが、実は違うのです。きっちり浩之さんに挨拶し
ていきます。陰ながら積んでいる日頃の行いを、皆ちゃんと見ているのです。
「……この……ッ! 作者もかぁっ!」
 浩之さん、人気者ですね。


 再びとてとてと歩いていくと、突然、爆音が轟きました。マルチさんが廊下の窓からそ
れを見下ろすと、
「あっ、セリスさん……」
 見覚えがある面々が、中庭に集っていました。
 セリスさん、ディアルトさん、風見ひなたさん……。
 対するは、熱波を撃ちまくる黒尽くめの男の人を中心とした、4、5人のグループでし
た。マルチさんも知っています。きょうあくはんざいしゅうだん『ダーク十三使徒』です。
「させるかあああああっ!」
 とか、
「貴様では私に勝てん!」
 とか、
「我らの理想を邪魔するものは……排除する!」
 とか、
「使い人……今日こそ決着を!」
 とかいう声が聞こえてきて、なかなかにシリアスな状況であると教えてくれます。
 校舎の窓に鈴なりになって盛り上がっている生徒達にとっては、どうでもいいことのよ
うでしたが。
 中庭の一角では、トトカルチョと大書きされた垂幕が中庭の一角に張られるその傍で、
黒髪の長い女の子とポニーテイルのセリオさんが御座を広げてお茶の準備をしていました。
 ともあれ、皆が頑張っているのです。疲れた人には「肩揉み」してあげなくてはなりま
せん。慌てて階を降りようとして、マルチさんはひたと足を止めました。
 窓際に鈴なりになるギャラリーの中に、見覚えのある人物が二人いたからです。
 一人は、黒い山高帽、タキシード、ステッキ、片眼鏡という、高校の廊下では妖しさ全
開の男子生徒。名前を知っています。この学校でも曲者として名高い人ですから。
 ギャラさん。『あの』薔薇部の代表のような方です。なぜか、部長ではないそうなので
すが。
 もう一人は、ブレザーを来ている男子生徒。ダイ●ット・ペ●シを飲みつつ普通の観客
のふりをしています。ギャラさんの隣では無駄な努力です。名前は……分かりません。
 一度か二度でしたが、顔を見たことはあるのですが。確か、三年生でダーク十三使徒の
一人です。
 マルチさんの名誉のために補足しておきますが、マルチさんは人の顔を覚えるのは得意
です。メイドロボとして大事な能力ですが、それよりも、人と触れ合うことが大好きだか
らです。
 実は、これはマルチさんの所為ではありません。そいつは、しばらくL書きをほっぽっ
ていたどころか最近はチャットにも顔を出しやがらない腐れ最末端SS使いさんだったので
すから。マルチさんのみならず、読者の皆さんもとっくに忘れているのです。
 閑話休題。
 ともかく、その腐れSS使いさんは、人目を忍ぶような仕種で、厚く脹れた封筒をギャラ
さんに手渡しました。それを確認して、ギャラさんが肯きます。
「確かに、受け取りました。……まさか、あなた様がお越しとは、意外でございましたね
……葛田様か平坂様……もしくは氷上様かと予想していました」
「盲点、でしょう?」
「ええ……。例のブツに、ご関心が?」
「中学の時には、よくやったことですよ。恩師の賜物です」
「それはそれは……一度お伺いしたいお話でございますね。ともあれ、そちらの首長様に
は、くれぐれもご内密に」
「もちろん。……では、ここのところはこの辺りで」
「失礼します……。またのご利用を。ふっふっふっ……」
「ふふふ……」
 やがて、ギャラさんはその場を立ち去り、腐れSS使いさんだけが残りました。
 黒い背景を背負った怪しげな会話に、周囲の生徒は全員引きまくっていたので、マルチ
さんにはその会話がよく聞こえました。勿論、密談していたつもりの二人はそんな周囲に
目がいっていません。
 さて。
 ダーク十三使徒が、学園内でもちょっとだけ困ったちゃんな組織であることは、もちろ
んマルチさんも知っています。しかも今現在、眼下で二つの組織が戦闘中なのです。
 これはいかにも怪しいことでした。
 仮にもジャッジの一員として、彼の監視なり報告なりをするべきでしょうか?
 でも、何か悪いことをしていると確証もない人を疑って行動することに、マルチさんに
は躊躇がありました。
 どうするべきでしょう?
 モップを握り締めて判断に迷ううちに、ブレザーの腐れSS使いさんがマルチさんに気づ
いてしまいました。
「はわわわっ」
 思わず慌てた声をあげてしまいます。これはメイドロボとしてもいただけません。
 ところが彼は、彼女の持つモップを確認すると、にこりと笑いました。
「おや、マルチさん。いつもご苦労様です」
「ふぇ? あ、はい、いえ、お掃除、楽しいですから」
 思わずつられて微笑んでしまいました。
 彼は手に持っていたダイ●ット・ペ●シの缶を見せて、
「これもお願いできますか?」
「あ、はい、ご協力感謝しますぅ」
 ぺこりを頭を下げました。なんだか毒にも薬にもなりそうにない――ごほん。悪い人で
はなさそうです。
 あまつさえ世間話までしてしまいました。岩下信さんとハイドラントさんのデートは、
劇場版を楽しみにしよう、というところで意見が一致したりました。珍しく、二つの組織
の間で通じる話題なのでした。それにしても、よくもまあ自分を棚に上げてこんな会話が
できるものです、この腐れSS使いさんは。
 と、マルチさんははっとしました。
 不意に、腐れSS使いさんの目が光ったのです。
 いけないことが起こる。そんな予感が彼女を襲いました。思わず視線を中庭に向けます。
 ……しかし、彼の目は、下ではなくまっすぐに水平に向けられていました。向かい側の
職員校舎です。場所が場所であるので、生徒の姿はありません。
 ただ、遠目でも毅然とした姿勢で、脇目もふらずに歩いていく、長身の女性教師の姿だ
けが。
「……はれ?」
 頭上にクエスチョンマークを浮かべるマルチに、彼は「それでは」と短く挨拶すると、
おもむろに窓枠に足を掛け、
「とうっ!」
 と、飛びました。
 ギャラリーが驚愕にどよめきました。
 ……彼が4階もの高さから飛び降りたから、ではありません。遺憾ながら、故意と過失
とを問わず、その程度この学園では珍しくもない光景でした。
 別の理由があります。
 向こうのの校舎まで届きそうな勢いで思い切りジャンプしたブレザーの人は、すぐ頭上
にあるコンクリートの軒先に頭をぶつけ、バランスを崩してまっ逆さまに落下してしまっ
たのでした。
 黒尽くめの男の人の上へ、まっすぐに。
 固いものが割れたような衝突音が、戦闘終了のゴングでした。
「はわわぁ〜……」
 マルチはひたすら感心して、その顛末を見守っていました。




「と、いうわけで」
 ホワイトボードの上に、ピシッ、とポインターが打ち付けられました。
「ダーク十三使徒により密売されていた、『L学生徒スクール水着写真全集・男子編』全
150部を無事押収し、彼らの経済に多大な打撃を与えることができた。他の組織との関
連の証拠を掴むことはできなかったが、この成果は十三使徒の企む悪事の幾つかを未然に
防ぐことになるだろう。皆、ご苦労様」
 ホワイトボードには『作戦D0267 作戦名"ローズ・トゥ・ロード"』と書かれています。
謎です。
 ひなたさんやディアルトさんや冬月さんSOSさんは、精神的に疲労の極みにあるよう
でしたが、セリスさんは至って大真面目で、第二購買部とダーク十三使徒の経済力指数を
模造紙にグラフ付きで説明していました。テキパキとポインターを動かすのが様になって
います。
 美加香さんだけが満足げにこくこくと肯いていました。
 もう一人のリーダーの岩下さんは、瑞穂さんの入れてくれたお茶を両手で持ちながら、
盛夏のグラウンドに目を向けていました。なんだか、人生というものに遠く思いを馳せて
いるような表情です。
 マルチさんは、セリスさんの説明はよく分かりませんでしたが、頭を撫でてくれる貴姫
さんの掌を心地よく感じながら、じっと彼に視線を向けていました。


 解散しても、セリスさんはしばらく残ってその日の出来事をワークステーションに入力
したり、シミュレーションの計算をしていたりしています。日頃の蓄積が大切なのだそう
です。
 そんな時マルチさんは、貴姫さんと一緒に本部内の掃除をしています。大型コンピュー
タの裏側では、モップを引っかけて電源を抜いてしまったりしないように、ガムテープで
厳重に固定されてあったりします。
 しばらくすると、セリスさんは立ち上がって、
「じゃあマルチ、遅くなったけど、掃除に行こうか」
「はいっ、セリスさん!」
 マルチさんの放課後は、もう少し続きそうでした。




                          「マルチさんの放課後」 了

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おまけ


「――で。彼らはどうなさったのです?」
「思い出させんでくれっ! 勝手にあんなもの作って運ばせやがって!」

 某組織の女性参謀の視界には、庭先の木に逆さ吊りにされ、方々から投げナイフや投石
の的にされている、四人ほどの男使徒たちの姿がありましたとさ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ……ええと。ご無沙汰してます、腐れ最末端SS使いです(笑)

 暇を見つけて突発的に書いてしまったのですが……正月L、一年越しが洒落にならなく
なってきました(汗)。
 ああぅ……シリアス長編が……。その前にシャッフルぅ……(汗)

 今回、とりあえず思うだけ思ったこと。
 薔薇部と十三使徒の背任癒着関係、そのうちLにできたら良いですねー(笑)


 ……相変わらず犠牲になった皆様、ご容赦を(笑)




 無断で参考文献?

 セリス様      Lメモ・夕陽色のグラウンド 
 ジン・ジャザム様  Lメモ俺的外伝1『ジン・ジャザム降臨!』(適当) 
 ギャラ様      風紀動乱っぽいLメモ「愛と正義の名の下に」


                  でした。ありがとうございます(笑)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
                              001011 神海