『どよめけ! ミス・L学コンテスト』エントリー編「女性二人の事情」 投稿者:神海

 その日の授業が終了した時刻、柏木千鶴は、篠塚弥生教師とともに『リズエル』の
教室の一つにいた。この空き教室が美術の作業室になる予定で、そのレイアウトに弥
生の意見を聞くためだった。
 学内は、生徒たちの清掃の時間で、いつものように、ふざけ合う生徒たちの雑然と
した空気が廊下から聞こえてくる。
 と、不意に、誰かが廊下の壁に寄りかかった音がした。男子生徒の声が聞こえてく
る。

「しっかし、とんでもねーこと企画するよなー、暗躍も」
「どこがどうミスコンなんだかよくわからんルールだけど、相変わらず」
「いつものことだろ? この学校」

 声は三人だった。どうやら掃除をサボって隠れているらしい。

「でもよ、制服剥ぎバトルロイヤルでミスコンなんて、意味あんのかね〜」
「甘いな」

 一人が、舌を鳴らすように言った。

「このコンテストに必要なものは何か。知力・体力・時の運。だが、それ以上に必要
なものがある。
 それは、『人気』だ」
「……なんで?」
「考えてもみろよ。幾ら一部の奴の戦闘力が図抜けてるからって、この学園の大勢を
占めるのは俺達一般生徒だぜ? 各教室、委員会、クラブ。十分な支持が集まれば、
隠れる場所にも事欠かない」
「ほう」

 そんな会話から、話はミスコンの本選──つまり制服剥ぎ──に移った。話題が話
題だけに、あまり女性には聞かせられない──つまり猥談気味の──話になっていく。
 しばらくは黙認して相談を続けていた千鶴だが、弥生に軽く肩をすくめると、廊下
へ向かって歩いた。
 高校生男子、そういう年齢でもあり、可愛いものだが、掃除をサボってまで無駄話
をしているのを見逃すわけこともないだろう。
 が。扉を開ける直前。

「でもよー」

 放たれた言葉が全てを変えたことを、その男子生徒が知ることは、永久になかった。




「千鶴センセって、やっぱ美人だよなー」





          『どよめけ! ミス・L学コンテスト』


                エントリー編

               「女性二人の事情」





 千鶴は、足を止めなければよかったのかもしれない。
 少なくとも、それ以後学園内で起きた幾つかの不幸を考えれば。

 教室内に流れた微妙な空気に気付くはずもなく、廊下の声は続いていた。

「おまえってそういう趣味だったの?」
「『黒髪ロング』ってーの? あの風に流れる奇麗な髪! やっぱいいよなぁ!」
「ふっ……」
「あんだよ?」

 三人めの声が不敵に笑った。

「黒髪ロング。ビパ・黒髪ロング、黒髪ロング。
 ……くくくっ、長い付き合いだが、まさか、おまえが俺同じ趣味とは思わなかった
よ」
「なにぃ?」
「……だが、しかしっ」
「……っ!?」

 言葉が区切られる。なぜか大袈裟に息を呑む気配。


「俺は弥生センセ派なのだぁっ!」


「なッ、にィィィィイッ!? 貴様、我が同志にして敵かァァァッ!」
「そういうことよな、我が輩(ともがら)よ」
「互いを認め合いつつも伴に天を戴くことはできない者同士っ! 強敵と書いて『と
も』と呼ぶがやはり最後に決着を付けずば済まない終生のライヴァルって奴かァァア
ッ!?」
「……おまえらな」

 冷静な──というよりも流れに取り残された一人が呟いているが、他の二人は気に
しない。

「おうよっ! あのスタイルは千鶴先生にはあるまいっ! 胸なんかもう……くはぁ
〜っ!」
「……吼えるなよ、こんなとこで」
「戯けがッ! あの千鶴センセの身体のラインを知らぬというか! 腕だけで抱き寄
せられそうな細くて薄い肩をッッ! しなやかにくびれた腰をッ! すんなりと伸び
る脚をォォッッ!」
「いやでも、やっぱり怖いし、あの人」
「たわ言を言うは貴様の方よぉぉぉぉぉおっ! ぼんっ、きゅっ、ぼんの三語を具体
化したかのようなあの身体は! まさしくっ! 女性の黄金比ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
い!! ついでに見られたらすっぱり切れて凍傷になりそうなあの冷たい視線んんん
んんんん!」
「あの人もなー。ヒール穿くと、俺らより高くなっちまうだろ?」
「愚物めがッ! 体感温度の低さならば千鶴センセに適う者など有りはせぬわッ! 
血の気が引くような紅の視線にこめられたあの殺気ッ! ああ、ぞくぞくするッ!」
「……そーゆー趣味ですか、キミタチ」

 延々、5分ほど──男二人の熱弁──というよりも咆哮──は続いた。

「ふ……結局貴様とは生涯のライバルとなる定めか」
「おうよ。この一戦のみで雌雄を決するなど到底望みえぬ。しかし、これほどの猛者
がこれほど近くにいるとは……予想外であったわ」
「あ、終った? その口調、楽しい?」
「うるせー」

 素に戻る。
 最後まで冷静だった一人が尋ねた。

「で、千鶴センセと弥生センセ、ミスコンでたらいい線行くと予想するわけ?」
「「そりゃー」」
 二人は声を揃え。








「「若いのにはちっと勝てんだろー?」」

「薄情だねー」








『……………………………………』

 ……教室の中と外を同時に知る第三者がいたならば、こう思ったかもしれない。

 空気がひび割れるという表現は、これを差すのだと。

「……おい」
「……ああ」
「……なんつーか」
「氷点下の剃刀を首筋に当てられてるよーな感じがするなー」
「……なんか、寒くなって来たんじゃないか?」
「あー、西の空から暗雲が立ち込めてくるーぅ……」
 ちょうど、チャイムが鳴った。清掃時間の終了と、放課の報せだ。
「あ、やべっ、もう戻んねーと」
「でもやっぱ、『黒髪ロング』つったら、来栖川姉妹で決まりかねー? 因みに俺、
妹派〜」
「あ、俺、先輩派」
「貴様っ、またしても敵かあっ!?」
「由綺センセに、長谷川先輩に……」
「……つーか、黒髪ロングならなんでもいい奴かい」
「生徒会の太田さんなんか、意外とよくない? ロングかどうかは微妙だけど」
「おまえ、マニアックな趣味だったんだねー」

 ……声は、次第に遠ざかっていく。

 その間、微動だにしなかった、教室内の二人の女性は──

 同時に、無言の微笑を交わし合い、そして解散した。





                    ◇





 ──その夜、試立Leaf学園敷地の外れ、第二茶道部邸茶室。


 ──『その』現象が起きた時の状況を、ダーク十三使徒研究部部長補佐・神凪遼刃
は、情報特捜部長岡志保のインタビューに答えてこう語った。


   『ええ……とても寒い夜でした。6月も近いのにね。
    その意味で、始めから嫌な感じはしていたんですが……いや、それは
   後だから思うことでしょうね。
    彼女の様子ですか。
    様子がおかしいかな、とは思っていたんです。でも、いつも黙ってい
   る人ですし、いつも通り事務処理を始めたのでまぁ、私たちもそのうち
   気にしなくなったんです。
    その部屋には、十三使徒男SS使いが全員揃っていました。駄弁って
   いるうちに、話がミスコンのことになったんです。制服脱がしバトルロ
   イヤルなんて、とんでもないあれですね。
    結構、十三使徒もミーハーらしくて、だいたい援護する相手は決めて
   いたようですね──ああ、私は違いますよ、姫川さんを応援するのはク
   ラスの総意ですから。
    とにかく、誰を応援するだのなんだの──まぁ、彼女がいましたから
    下品な話は控えめでしたが。
    その中で、彼が言ったんです』


「先ほど、Dボックスさんがエントリーを申し込まれまして。彼女の応援に出場する
つもりです」


   『……まあ、私たちも呆れましたが。
    多分、それが決定的だったんじゃないですかね。篠塚教師が、彼のこ
   とをどうこう思っているとは言いませんよ? でも、日頃からあんな犬
   みたいにくっついてるくせに、いざとなったら、

    箱。

    ですよ?
    まー、普通の女性なら切れるでしょうねー。虫の居所が悪かったよう
   ですし』


「ところで、そのミス・コンテストですが」


   『彼女が言ったんです』


「私も出場させていただくことになりました。皆さんが応援するお若い方々には適わ
ないかもしれませんが、当日はよろしくお願いします」


   『と、きたんですよ。
    うあー、なんて思いましたね。もう、言葉が氷の針のようでした。全
   員気まずく沈黙してしまって。
    ところが──まぁ、彼です』


「ははは。何を水臭いことをおっしゃるのですか、篠塚さん」


   『あの、その場の空気を読みも感じもしやがらない性格、どうにかなら
   ないもんですかね? 時と場合によっては便利ですけど。
    とにかく、彼は30秒前の発言が無かったかのように、片膝をついて、
   篠塚教師の手を取って言ったんです──
    私なんか、内心で、「触ったら切れて凍傷になりそー」なんて思って
   いたんですけども。

           ……ここです。問題の件は』



「篠塚さんが出場されるのであれば、勿論、全力を傾けて応援させていただきます。
身命を懸けましても、クイーンの座を篠塚さんに提供して差し上げましょう」

「……」


   『篠塚教師は、答えなかったんですね。
    ただ無言で、自分の指を握った彼の手を一瞥したんです』



「おや?」



   『ぼととっ、と何かが畳に転がる音がしました。妙に響きましたね、あ
   れは。

    神海さんが首を傾げて、それに視線を落としたので、私たちも気にな
   って、それに目を向けると──……落ちていたんですよ。






      ……切り口が凍傷になった男の指が、三本』







「……あれ?」

「では、今日はこれで失礼します」




   『……比喩じゃなく凍結した私たちを無視して、彼女は静かに出て行き
   ました。
    肉体に直接影響を与えるほどの強力な暗示。物質レベルに干渉する邪
   視。一種の魔力の暴走。説明を入れるならそんなところでしょうが……。
    あれはもう、視線で切ったって言うべきでしょうね』


「ふ……そんなつれないところがいいんですよ、篠塚さん」


   『まぁ、指落とされてもそんなことをのたまってられる方も、たいがい
   ですけど。さすがに泣いてましたが。
    その後ですか?
   「個人の義理や欲望」と、「就労環境の生存最低限レベルの保持」との
   兼ね合いについて激論を交わしましたよ。

    夜明けまでやって、結局、責任持って事態を修復するように神海さん
   を説得しましたけど。ええ、私たちの全力を持って。


              ま、やれやれです』



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 ──同日。柏木家で起きた事件については、当事者全員が証言を拒んだために詳細
をつかむことはできなかった。

 ただし、ミス・コンテストにエントリーしている三女、柏木楓嬢が翌日から肺炎で
欠席し、また、柏木耕一、ジン・ジャザムが

『剥け、と……?』

 と、深く苦悩する様が親しい者たちに目撃されたりなんかはしたらしい。


          ──どよめけ! ミス・L学コンテスト 本戦へ── 続く
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 えー……。
 L学の女神二人、マジ本気バージョンで殴り込みです。
 動機自体はベタどころか、千鶴さんのオハコですらあるのですが(汗)、「まぢぎれ」
モードでイベント参加というのは確かなかったと思いまして。
 二人とも、ちょっと鬱状態の方が怖いですしねー(笑)
 ……口の割に、千鶴さんパート『柏木家にて』、纏まりませんでしたが。ぎゅう(涙)
最後、長いし。ぐぅ(血涙)


 声だけの三人組は、正真正銘、名も無き一般生徒です。「一般生徒H」君だったり、
「脇役Y&H」コンビだったりはしません(笑)
 L学の一般男子生徒どもも、この程度には精神的にタフなのではなかろうかと(笑)

 これで一応、私のエントリー編は終了です。
 三人目の推薦枠、セリオの話は本編で優先的に書いていきたいものですが。

 ともあれ。よっしーさんの開会宣言を楽しみに〜。

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                            010601 神海