『どよめけ! ミス・L学コンテスト』第六話 〜Meeting Time2〜(待て・笑) 投稿者:神海


「──アンニュイです」
「……はい?」

 密かな(彼主観)想い人の不意の呟きに、陸奥崇は、思わず素で聞き返してしまっ
た。
 場所は、試立Leaf学園一年生棟『リネット』。その教室の一つ。
 崇の前で、一人の女子生徒が自分の席に座っている。来栖川製メイドロボ、HMX-13
『セリオ』だ。
「──マルチさんが、今度のミス・Leaf学園コンテストに出場するそうです。彼女は、
いつも生き生きとしています」
「へえ……そうなんだ」
 不意に話を変えたようだったが、崇はとりあえず肯いた。
 緑色の壁に包まれて、近づく者(主にSS使いHと一般生徒H)が片端からなぎ倒
される様子をはわわっと眺めているセリオの『姉』に当たるメイドロボのことを、思
い出しながら。
「──Dセリオさんは、毎日警備保障の仕事に一所懸命です。──とても、充実して
いるようです」
「……そ、だねぇ」
 器物損壊容疑者を校舎ごと吹っ飛ばし、紅蓮の炎の中でニヤリと笑う戦闘型セリオ
のことを、崇は思い出していた。
「──グレース……いえ、電芹さんも、毎日彼女の大事な方とともに、学園中で活躍
なさっています。──彼女も、とても楽しそうです」
「……だ、ねぇ」
 秋山登に師事したり、TaSに師事したり、ジン・ジャザムを解体しようとしたり、
ダーク十三使徒のお茶汲みをしたりしている電柱常備型セリオのことを、崇は思い出
していた。
 因みに、そんな彼女を柱の影から見守り、そっと涙している工作部長、菅生誠治の
姿も、何度か目撃している。
「──皆さん、それぞれ、元気でやっています。──そして、私は、先日のテニス大
会に出場しました」
 崇は不意をつかれた動揺で顔が赤くならないように努力した。あれは、とても大事
な彼女との思い出だ。
 暗躍生徒会主催・男女混合テニストーナメント。
 セリオは陸奥崇とペアを組み、一回戦で敗退した。純粋な敗因は、セリオがサテラ
イト・サービスを使用しなかったことだが、そうして全力を尽くしたことに、彼女は
とても満足した──はずだった。
「──ダウンロードしたサテライト・システムのプログラムは、使用中だけ補助メモ
リに保存され、役目を終えると消去されます。つまり、そのプログラムは、『私』の
力ではない──そう、考えていました。その考えに変わりはありません。
 ──それでは」
「……それでは、なに?」
「──では、『私』とはなんなのでしょうか?」
「え?」
 また、崇は聞き返してしまった。
 セリオは、淡々と続けている。崇の目を見据えたまま。
「──取り替えの利く部品で構成されているこのボディは、『私』なのでしょうか。
長瀬主任を中心としたチームで開発され、規格通りのプログラムが走らせているニュ
ーラルネット・コンピュータ──頭脳中枢は、『私』なのでしょうか。
 ──『私』とは、一体、なんなのでしょうか?」
「………」
 返答に窮する。
 ──それは、難しい問いだ。とても。少なくとも、ただの高校一年生にすぎない今
の崇に答えられる問題ではない。
 やがて、返事がない崇に諦めて──彼はそう感じてしまった──、彼女は再び、遠
くを見た。もう少し感情表現が豊かだったら、ため息を吐いたかもしれない、と、崇
は思った。
 彼女は憂いげに、そっと呟いた。

「──しかるに、おせんち気分なのです」

「……そ、そうなんだ」
 別の意味で言葉に窮する。
(……どこで言葉覚えて来てるんだろ……)
 そう思いつつも聞いてみるのもなんだか怖い。崇が口にしたのは別の質問だった。
「……じゃ……あのさ、長瀬主任に聞いてみた? あの人ならいいアドバイスをくれ
るんじゃないかな?」
「──お聞きしました。『自分で考えてみるといい』。──だそうです」
「……それだけ?」
「──はい」
 随分無責任な話だ、と崇は思った。彼にも彼なりの考えがあるのかもしれないが──
「──そこで、考えてみました。人間の方が書かれた本も読みました。──幾つか推
察できるものもありましたが、特定には至りませんでした。その主な原因は──」
「……原因は?」
「──私のメモリには、リアリティが乏しいのだと思われます」
「……リアリティ?」
 彼女が口にするとは思えなかった言葉だった。
「──現実感です。ロールアウトしてからまだ3ヶ月ほどの私には、さまざまな体験
をして、それを思索に生かすということが欠けています。──少なくとも、人間の方
はそうして『経験』を学ぶようですし」
 彼女は、少しの間崇の顔を見つめていた。
 そして、呟いた。
「……──私が、人間の方や──他のメイドロボの皆さんと同じように経験を積むこ
とができるとはかぎりませんが」
「そっ、そんなことないよっ! セリオさんなら、絶対大丈夫だって!」
 慌てて立ち上がって叫ぶ。……自分は今、彼女にそう言わせてしまうような表情を
していたのだろうか?
「──ありがとうございます」
「………」
 励まそうとしているのに逆にフォローされているようで、崇は自分がもどかしい。
「──そこで」
 セリオは、一枚の書類のようなものを差し出した。
「──参加することにしました。私には出来るだけ多くの刺激が必要と考えまして」

 それには、『どよめけ! ミス・L学コンテスト 参加申込書』と大書きされてい
た。


「………」


 何事か想像した陸奥崇の鼻血が、教室に盛大な花を咲かせたのは、その10秒後の
ことだった。
 因みにセリオは一滴も浴びずに回避した。いい加減慣れたらしい。

「──複雑、です」





          『どよめけ! ミス・L学コンテスト』


         第六話  〜Meeting Time2〜


             「──そして彼女の、事情」





『それじゃ、どよめけ!  ミスLeaf学園コンテスト――――スタアァアトッ!!』





                     ── 6月1日09時40分 ──
                        (「戦闘」開始、20分前)


 数千人の生徒が滞在するはずの学内は、嘘のように静まり返っていた。
 だが、無人ではない。
 廊下の角。教室の扉の向こう。窓から見える中庭の木立の影。そこかしこに息を潜
めている生徒たちがいる。
 プログラムによりセンサーの一部がアクセラレートされている今は、通常は捉えら
れない息遣いや振動を知ることができていた。もっとも、達人と呼ばれる人間の域を、
越えるまでには至らないのだが──
 彼女──セリオは一人、特注制服をまとい、『リズエル』の廊下を歩いていた。護
衛を申し出てくれた陸奥崇とFENNEKを、強引に置き去りにした形になってしまった。

「──今回は、私一人でやりたいのです。私に与えられた力の全てを使って……私、
一人で、やりたいのです」

 ……その判断が正しかったのか、まだわからない。
 サテライト・サービスは、少なくとも、HMX-13としての自分に備えられた機能の一
つだ。その意味では、『私』の一部ということはできる。
 では、彼らのような友人たちは、『私』の一部なのだろうか?
 もちろん違う。
 ──なのに、まだ躊躇う自分がいる。彼らの申し出を断った時の、二人の表情が、
グラフィック・メモリに焼き付いたように消えてくれない。

 わからないことだらけだ。

 そこで、セリオは一時、考えるのをやめにした。
 一人で戦うからには、あらゆる手を尽くさなければならない。そのために、彼女は
目的の部屋の前で立ち止まる。その部屋の扉を押し開けた。

 重い防音扉。頭上のプレートには『放送室』と記されていた。


「あら。何か御用ですか」
「──篠塚先生……」
 セリオは面食らった。
 据え付けの放送機器の前には、既に先客がいたのだ。長身の女性。学園の美術教師、
篠塚弥生。彼女も、この『どよコン』参加者のはずだった。
 無防備に人のいる場所へ出てしまうとは。交戦時間にはまだ間があるとはいえ、油
断していたらしい。……いや、考え事に夢中になっていた、というべきか。
「──先生が、なぜここに?」
「本戦前に、少々、やっておきたいことがございまして」
「──お一人で?」
 普通の教室の半分しかない放送室内には、彼女とセリオ自身しかいない。妙な話だ
った。全学園を挙げて行われるこのイベント。その参加者ともなれば、それだけで注
目の的になる、それなりの人数が護衛につくのが普通だろう。
 ……自分から、それを断らない限りは。
 彼女は、温度のない視線でセリオを見下ろしている。
「……あなたの方が、効率的かもしれませんわね」
 呟くと、腕時計に目を落とした。──セリオにはそうしなくともわかる。「戦闘」
開始まで、860秒。
「では、始めてください」
 言うと、弥生はセリオの返事を待たず、放送機器に手を伸ばした。




                  ◇




                     ── 6月1日 9時52分 ──
                         (「戦闘」開始、8分前)


 来栖川綾香は、格闘部武道館で待機していた。学園の人間には幟旗付きで居場所を
知らせているようなものだが、綾香はあえて、ここから競技を始めようとしている。
 坂下好恵は、「馴れ合うのもなんだかね」と言って、格闘部員の半数とともに行動
を別にした。
 姉、芹香が参加している。オカルト研究会の面々はこの手の競技にはいささか頼り
ないが──まあ、なんとかするだろう。
 綾芽も、箒乗りの魔法使いとともにどこかへ姿を消した。持久戦がどう、とか言っ
ていたが。
 マルチとセリオも、共に参加を表明している。彼女たちは上手くやるだろうか。
 不思議なのは、開会前の格闘部の集まりに松原葵が顔を見せなかったことだ。それ
に伴って、葵の取巻き達──と、気付いていないのは彼女本人だけだ──も、一人も
姿を見せていない。
 ──彼女ら全員に、敵になる可能性がある。
 そう考えると、なんだか自然に笑みが零れてくる。
 他に綾香と親しい人物──悠朔は、隆雨ひづきに引っ張られて校舎の中へと姿を消
した。最後の瞬間、綾香を見た顔が、自分の意志に反してよそへ貰われていく小犬の
表情だったように思えてしまったが──
(好恵があんなこと言うから! 気にしちゃうじゃないのよ)
 複雑な心境を、友人のせいにして気を落ち着ける。
 そして、もう一人はまだ、その姿を見ていない。
「……あいつの場合、いきなり全力で不意を打ってくる可能性もあるから、油断でき
ないのよねー……」
「あん?」
 現在綾香の傍にいる唯一のSS使い──ガンマルが首を傾げた。
「ハイドよ。奇襲してきたら、よろしくね、ガンマル」
「……あいつと? 俺が?」
 笑みが引きつるガンマル。綾香は力づけるように彼の肩を叩いた。
「だいじょーぶ! あなたの隠密能力は、はっきり言うけどハイドと互角に渡り合う
ポテンシャルを秘めてるんだから! えーと、『秘技・背景化』だっけ?」
「……嬉しくねえ……。全ッ然、嬉しくねえ……」
 なぜかさめざめと泣きだすガンマル。
 その時、放送を知らせるチャイムの音が鳴った。
「あら……まだ時間じゃないわよね?」

『──ミス・Leaf学園コンテストに参加の皆さん、おはようございます。私は、
コンテストにエントリーしている一年生、HMX-13セリオです』

 流れてきたのは、よく知っている声だった。



                  ◇



「はわ〜〜、セリオさんですぅ」
「なるほど……最初のアプローチは彼女……意外だった、かな?」




「岩下さん……?」
「状況を考えればね。彼女のような参加者がこの手を選択してくる可能性は十分にあ
った」




「ね、ね、どういうこと? とーる君」
「つまり、彼女には求める条件があり、そして、それを満たすだけの能力があった、
ということです」




「特筆するほどの個人能力を持たない者が、単独ないし少数でこのコンテストを戦う
ならば、しておくべきことがあるだろうな。
 問題は──」




「問題は、何を取引きのテーブルに何を乗せるか、ね」




『──私が臨時生徒会長に就任した暁には、校則により──』




「さて。この椅子は、それほど甘くはないよ……?」



                  ◇





『──衛生面の理由から、第一購買部を除く学園内での一切の調理、また調理物の持
ち込みを、全面禁止することを、公約としてお約束します』




 静寂のはずの大気が、その時、確かに揺れた。

「それは困ったわね……皆に料理を振る舞えなくなっちゃうわ」

 その空気を感じなかったただ一人の人物──某校長・兼・全教科教師・兼・保健医
・兼・一年生徒の女性が当惑したように呟いていた。



                  ◇




『──それでは皆さん。お互い敢闘いたしましょう』

 その挨拶とともに、放送が終わった。ほぼ同時にチャイムが鳴る。刻む日常と同じ
チャイム。雑音が入り、間延びした、聞き飽きたメロディ。
「……はっ!?」
 綾香は我に帰った。
 ……このチャイムは──!

「時間だっ! 総員、競って剥けぇぇぇぇぇええええっ!!!」

 10人を越える生徒たちが、扉を蹴破って突入してくる。
「しまっ……!」




          ── 6月1日10時00分 ──

              (「戦闘」、開始)




                  ◇




 チャイムが鳴り終える。
 それは、真の競技開始の合図。
「──本当に……」
 セリオが弥生に振り向き、口を開きかけた瞬間──

 扉が蹴り開けられた。

「やっぱりここにいたぞぉおっ!!」

 男の叫び。殺到してくる人影たち。

「───!」
「………!」

 迎え撃つは無言。

 ウラニアブルーとキャロットオレンジの髪が躍るように翻り──

 鋭く差し向けられる右手。黒光りする金属の塊。

 ──イスラエル・IMIウージー・サブマシンガン。
 ──イタリア・ベレッタM92F・オートマチック。


 連弾。


 先頭の男子がなす術もなく吹っ飛び、後続もろとも廊下の向こうに叩き付けられる。
壁にドアに弾丸が炸裂し、跳弾が跳ね回る。連続する炸裂音。マズル・フラッシュ。
吐き出され続ける空の筒──
 ……やがて、最後の薬莢が床と高い音色を奏で。

 あとは、再び静寂。

 硝煙の匂いが立ち込めていく。立っているのは二人。右手をまっすぐに差し向けた
まま、佇む女性たち。




                ◇




 爆発。銃声。轟音。悲鳴。絶叫。

 しじまは破られた。
 校舎の向こうからは黒煙が上がり、ガラスの割れる音が聞こえてくる。
 綾香たちはなんとか切り抜けたが、他の29人──いや、27人のヒロインたちは
対応できただろうか。もしかしたら、何人か脱落者も出たかもしれない。
「……ここまで計算したの?」
「来栖川! こっちからもうようよ来やが──げふっ!?」
 警告した格闘部員がのけぞった。顔面に白い粉を食らったのだ。胡椒の香りが綾香
の鼻孔を刺激する。
「……ちょっとちょっと」
 戦闘中だというのにくしゃみを連発して、その部員はしばらく役に立ちそうにない。
 襲撃側に、大きめの銃を持っている生徒がいる。そこからカプセルのようなものを
撃ち出したのだ。それに対して、格闘部員たちは基本的に全員素手だ。連射されて、
さすがに怯む。
「あー、もう! 何マジになってんのかしらね、この男どもは!」
「おい、綾香!」
 ガンマルの制止を無視し、綾香は一人、前に出た。銃口を向けて来る──
「遅いわよ!」
 白鉢巻きの懐に一足跳びで飛び込み、拳を放った。




                 ◇




「──ペテンにすぎませんし、劇的な効果を狙ったわけでもありません」
「そうですね」
 セリオの言葉に、弥生はあっさりと頷いた。
 もとより、各ヒロインのシンパたちとの交戦は避けようがない。一斉にこちらへ寝
返ってくるのを望むのは馬鹿げている。
 だが、無駄に体力を使う必要もない。なにしろここは、軍用アサルトライフルを一
万円台で売り捌く店が存在する場所なのだから。
 少なくとも、学園内数千(!!)の無党派層からの無差別攻撃を、相当和らげるこ
とができるだろう。そして、持久戦が予想されるこのコンテストでは、いかに体力を
温存するかが勝負の分かれ目になる。……それでもなお、無差別に襲ってくる生徒は
いるようだが。どちらにしろ、この学園で決定的な有効打を探すこと自体がどだい無
理な話なのだ。
 因みにセリオは、サテライト・サービスの軍事用データをダウンロードしていた。
格闘戦を回避すべき以上、近中距離の一対多戦闘に最も適したプログラムだと判断さ
れたためだ。
 セリオと弥生が使った銃弾は、第二購買部特注のゲル状弾で、着弾の衝撃で弾頭が
液化し、無針注射の要領で睡眠薬を皮膚から吸収させる代物だ。あまり傷つけずに、
運が良ければ暫くの間戦闘力を奪うことができる。
「ベレッタの弾装で500ほど用意しました」
 と、弥生は言った。弥生のバッグには、どう見てもその五十分の一ほどしか入らな
いだろう。それ以上を持っても動きが鈍る。
 つまり、学園のどこかに隠しているということだ。おそらくは、分散して。伝え聞
く彼女の性格からすると、入念な準備を仕込んでいることだろう。
 その時、背後から爆音が聞こえた。振り返ると、放送室が爆炎に包まれている。遅
れてやってきた参加者がトラップに触れたのだ。
 ふと思い出して、セリオは尋ねた。
「──篠塚先生も、似たことをお考えだったのではありませんか?」
「構いませんわ」
 なぜ、と聞こうとして、急激に近づいてきた車のエンジン音に言葉を遮られた。
 校舎の向こうから中庭に飛び出してきたのは、銀色の国産スポーツクーペだった。
ただ、なぜかボンネット全体に黒い布をかぶせ、ヘッドライトの部分だけを切り抜い
ている。そして、運転席には人がいない。
「セリオさん! 無事?!」
 助手席には男子生徒が乗っていた。彼も同じく、目の部分だけを切り抜いた、鉢巻
きのような黒い覆面をしている。

「──ヤ●ターマン、ですか?」

「知ってるのっ!?」
 少年は何故かショックを受けた。
「──先日、全話視聴しました。それよりも……──応援はお断りしたはずですが」
「あ……ええっと、ほらっ……」
 指摘すると、覆面の少年は慌てふためいた。──ばれないとでも思っていたのだろ
うか?
 銀色の覆面スポーツカーと会話する。

『ほら見ろ、気付かれてるじゃないかっ』
「だって、レディ・Yだってあれで貫き通したじゃないですか!」

 ──思っていたらしい。
「そ、そうだっ」
 覆面少年は、ふと何かを思い付くと、がしっとセリオの手を掴んだ。

「さっきの放送聞きました! あなたの高い志に共感した名も無い一般生徒Tとスポ
ーツカーFですっ! 是非セリオさんに協力させてください!」

「………」
 ……生徒会運営の志に共感する銀色のスポーツカーが、この学園に二台もいるとは
思えないが。……よくわからないが、セリオは、それを口に出して指摘することを避
けたいと、思った。
「──わかりました。ご厚意、感謝します」
「はいっ!」




                  ◇




『名も無いスポーツカーF』の運転席に座ったセリオは、外の弥生を見上げた。ここ
に留まるつもりらしい。『彼』には、まだ乗車はできるのだが。
「──よろしいのですか?」
「お気遣いは無用ですわ」
『セリオさん、行くよ!』
 スキール音を響かせ、『彼』が急発進する。景色が流れ、それとともに弥生の姿を
背後へ流れていく。
 振り返って見たが、弥生は中庭の向こうを見ていて、表情はもうわからなかった。

 ──その方向へ視線を転じる。遠目からも見間違いようもない。青いブレザーの男
子生徒と、大きなリボン付きのセーラー服に包まれた自走する立方体の『彼女』が、
いやにのんびりと歩いて来るところだった。

 男子生徒の方が片手を挙げているのに、弥生は反応せず、ただ、その場に佇んでい
た。



                        七話へ ── 責任譲渡(笑)

──────────────────────────────────────