『どよめけ! ミス・L学コンテスト』第二十一話 〜When a tiger runs, a wolf annexes there.〜 投稿者:神海

『あー、そこで日照権侵害しつつぼけらっと宙に浮かんでる、素手でも装甲握り潰さ
れそーな薄らでかいハリボテ。聞こえてるか? こっちはコンテスト運営本部のRune
だ。応答しろ』
『喧嘩売ってんですか、あなたはぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!』

 冬月俊範の絶叫が、戦艦『冬月』の外部スピーカーを通してLeaf学園中に響き渡っ
た。
 なにやら全力でトラウマに触れたらしい。





          『どよめけ! ミス・L学コンテスト』

               第二十一話

       〜When a tiger runs, a wolf annexes there.〜





 学園備品の拡声器で空中戦艦に向かって呼びかけるは、暗躍生徒会書記Rune。
『んな張り切らねえでも聞こえてるよ。どっちかっつーと、そのハリボテの今現在の
主人に用があんだが』
『余計なお世話だっ!』
『ん? なぁにー? Rune?』
 女子の声が割り込んだ。情報特捜部の切り込み隊長、長岡志保だ。
『てめぇらの報道で思惑が潰されたっつー抗議が、幾つか来てんだよ。参加者からな。
対処しろ』
 応答は、口を尖らせたような口調になった。
『なによぉ。報道の自由を侵害するつもりー? そーゆーこというのにはお仕置きし
てあげるわよ。具体的にはこの戦艦のハイメガ粒子砲で軽く撫でてあげるんだけどさ』
『別に侵害するつもりはねえよ。自称報道も勝手に続けていい』
『あら? んじゃ、なんの用なのよ?』
『競技は競技だっつーことだ。リスクを負わない局外者に引っ掻き回されるのは、興
ざめには違いねぇ。だろ?』
『……まーねぇ』
『だからだな──』
『ふんふん?』

・
・
・

 ……十分後、戦艦『冬月』の甲板上には。

『「どよめけ! Leaf学園コンテスト」競技参加艦艇』

 と大書きされたビームフラッグが、燦然と翻っていた。

 因みにシッポのバルキリーが、バトロイド形状で戦艦『冬月』の艦体に白いペンキ
を帯状に塗っている。ハチマキ代わりだ。
『私は雑用係じゃないっ!』
 そんな訴えを、ハチマキを締めた志保は完全に聞き流し、艦長席で改めて気合を入
れている。
「運営本部のお墨付きも貰ったし、これで恐いもの無しってわけね!」
 そんな艦橋の片隅で、同じく半強制的にハチマキを締めさせられた冬月が壁に向か
って鬱々と呟いていたのだが。
「……つまり、下で騒いでる奴らにいきなり攻撃されても文句言うな、ということな
のか?」

 戦艦『冬月』の受難は続く?




                  ◇




 とーるがやっとのことで目的の人を探し当てた時、当の彼女──新城沙織は、のほ
ほんとほうじ茶を啜りながら談笑していた。
 学園のとある教室の中にいたのは、新城沙織と、彼女と同じくエントリーヒロイン
の坂下好恵、そして女子バレー部員の川越たけると電芹だった。お茶を入れたのは電
芹らしい。
「あ、とーる君! 遅いぞ!」
 沙織はとーるに気が付くと、ぶんぶんと大きく手を振る。
「新城さん! 探し──」
「さおりんだよ!」
 駆け寄ったとーるにそれ以上言わせず、沙織は勢いよく指が突きつける。
「あ……ええと……その……とにかく!」
 いつまでたっても彼女を愛称で呼ぶことに慣れないとーるもとーるだが、ここは誤
魔化した。
「一人で駆け回らないでくださいって言ったでしょう。あなたも狙われる立場なんで
すよ?」
 因みに沙織は「どよコン」の趣旨から、いつもの黄色いセーラー服と同じデザイン
の特殊制服を着用していたが、とーるは『バレー部員』として、無理矢理ユニフォー
ムを着せられていた。見ると、たけると電芹もバレー部のジャージを着ている。好恵
は空手の道着姿。
「堅いこと言わなくてもいいだろ、とーる? お陰で私も助かったよ」
「そうですよー。せっかくだから皆で協力して頑張りましょうよー」
「勝負は楽しんでなんぼだ、と秋山師匠もおっしゃっていましたし」
 サラ・フリートを撃退した顛末を四人がかりで説明する。因みに剥かれて脱落した
サラは、一部始終をしっかり見届け(つまり傍観し)ていたティリアとエリアに爆笑
されながら、ふてくされて帰っていったらしい。
「だから、結果オーライだよ」
 沙織は総括した。
「そんないい加減な……」
 とーるとしては、各ヒロイン達の能力や人脈の情報収集からルール解析まで、事前
から綿密な計画を立てていたのだ。既に、序盤戦用に用意していた幾つかのプランが、
沙織の暴走で不意になっていたりする。
 予定通りいかないのは困る。──が、沙織の突拍子の無さに付き合うのは、確かに
楽しいとも思ってしまうのだが。
「ねえ、とーる君。次は剣道部がいいんじゃないかな? 強い子も多いし」
「剣道部ですか……」
 とーるはざっと、剣道部所属の猛者達を脳裏に思い浮かべた。九条和馬、八塚崇乃、
YOSSYFLAME……彼らは部内で上位に入る剣の使い手で、その上特殊能力を持つSS使
いだ。このコンテストに魂を賭けたかと思えるほど燃えまくっていたYOSSYはともか
く、和馬と崇乃の親しい生徒の中に、エントリー・ヒロインはいないように思える。
客員部員的な扱いのDガーネットは、おそらくDボックスの支援に回っているだろう
から期待出来ないとしても、悪い選択ではないはず。
 と。

「こんなところにいたんですかっ!!」

 唐突な声に、思考を中断された。
 入口に立っていたのは、185センチの大男。短髪を逆立てて、鍛えられた肉体を
和装風に紐を通した改造Yシャツに包んでいる。
「あ、ディアルト君だー」
 沙織がひらひらと手を振る。同じ学年のせいか、知り合いらしい。
「なんだってのよ、ディアルト? そんなに血相変えて」
 首を傾げたのは好恵だった。こちらは格闘部での付き合いだろう。
 当のディアルトは足音も荒く歩み寄り、とーる、沙織、そして好恵の前も通り過ぎ
て──
「えっ? えっ?」
 混乱の声を上げたのは、川越たける。厳しい顔つきのディアルトが立ち止まったの
は、彼女の目の前だった。
「川越さん、何をぼんやりしてるんですか! 放送を聞いていなかったんですか!?」

 ──ディアルトの説明を聞き、その場の者たちが驚愕の声をあげるのは、30秒後
のことだった。




                  ◇




 ……0勝0敗、1002引き分け。

「千人斬りとかいう設定は、たまに見るけどなぁ……」
 天神昂希が呆れ返って呟いた。
「「や〜あきゅううぅ〜う♪ すぅるなら〜♪ こういう具合にしなさんせ♪ アウ
ト! セーフ!」」
 マルチvsセリオの時間無制限三本先取勝負in校庭の端っこ、「野球拳」は、一時間
を越える死闘(休憩なし)の末、遂に四桁の大台に突入していた。
「よよいのグー! よよいのパー! よよいの……」」
 まったく同じペースで延々と続けるマルチとセリオ。期待にひしめいていた群衆た
ちからも、そろそろ緊張感が失われつつあった。それでも立ち去る者はいない辺りが、
往生際の悪さを表わしてはいる。
「ま……時間稼ぎにはなるけどね……」
 さすがのセリスも、少し呆れた様子で肩を竦める。
 もし、マルチがこの勝負に負けたなら、視界に存在するあらゆる動くものを根こそ
ぎ消滅させるつもりでいた彼だった。マルチが自ら制服を脱ぐなどという姿を、不浄
な男どもの視線に晒すわけにはいかなかった。
 勝負に負けること、それ自体は仕方がない。マルチが望んだ勝負の結果を否定する
ような真似は、セリスも昂希も微塵も考えていない。問題はむしろ、勝った場合だっ
た。まさかの長期戦で数百人規模にまで集まってしまったこの群衆を、たった三人で
どうやって──
「……ん?」
 ふと気づいて、セリスは空を見上げた。──風切音?
 その目に映った光景を、セリスの脳は即座に理解することができなかった。

『灰色の円が、急速に拡大して来ている』

 そんな、光景。
 考える暇もなく、『それ』はセリスの眼前を突っ切り、轟音とともに大地に突き刺
さった。
「……………」

 目の前に、文字が現れていた。セリスは読んでみた。緑色のプレートに白抜きの文
字。

『隆山市本町3−4』

「……電柱?」

 電柱が、空から降って来た。

 L学広しといえども、電柱を飛び道具に、いわんや視界外からの弾道射撃に使用で
きる存在など、一人しかいない。
「まさかっ、彼女が!?」
 セリスが再起動した瞬間、轟音が連鎖した。まるで、テレビで見る対地ミサイルの
着弾のように電柱が雨と降り注ぐ。あっという間にパニックに陥る群衆。
『マルチっ!』
 セリスと昂希が同時に叫び、彼女に駆け寄る。
 同じく駆け寄った陸奥崇がセリオの手を引っ張っていた。FENNEKが素早くエンジン
を始動し、彼女の前に横付ける。マルチ陣営と違い戦闘力に不安のある彼らだ。まず
逃走を選択する手はずなのだろう。
「セリオさんっ!」
「──ですが」
 セリオは一瞬、躊躇う様子を見せた。勝負途中のマルチを見て。
「セリオさん──」
 マルチが何かを言いかけた、瞬間、至近に着弾した。濛々と立ち込める土煙。狙い
が正確になっている。戦うにせよ逃げるにせよ、このままではいられない──
『セリオさん!』
 FENNEKと崇の声が重なる。
 セリオは、手を伸ばしていた。
「──マルチさん!」
「はいっ!」




                  ◇




『なんであんた達まで乗ってるんだよっ!』
「マルチを攫ったのはそっちだろうっ?」
 FENNEKとセリスが怒鳴りあう。疾走中の車内。セリオ、マルチ、崇、セリス、昂希
の五人で、既にFENNEKは定員オーバーだ。
「──……申し訳ありません」
「ごめんなさいですぅ……」
『い、いや、セリオさんが悪いわけじゃないけどもっ!』
「そう! マルチの判断にぼくが異論を挟むわけがないじゃないかっ!」
 あのまま勝負がうやむやになってしまうのが嫌だったのは間違いない。セリスとマ
ルチはほっと息をつくと、それぞれの表情で微笑み合った。
「次は、絶対に決着つけましょうね!」
「──はい」
 男達の気もわずかに安らぐ。
 昂希が苦笑気味に言った。
「ま、一段落がつくまでは同盟成立ってことだな」
 そう。その間にも、降り注ぐ電柱の雨は衰えていないのだ。空襲(砲撃?)を避け
るために校舎を盾にして移動しているはずなのだが。
「向こうも移動しているってことなの?」
『……俺についてくる走り屋が、まだこの学園にいたのか?』
「……いや」
 耳をすませて音源を探っていたらしいセリスが、ぽつりと呟いた。

「追いつかれている」

『………』
 その気配を、無論FENNEKが気づいていなかったわけではない。
 校舎の向こう側で並走する気配は、確かにFENNEKに匹敵する速度で移動し続けてい
る。だが、エンジン音もモーター音も聞こえないのだ。ただ地面を疾走する、車にし
ては乱暴すぎる騒音が響くだけ。
(ガソリン車じゃない? ──いや、機械ですらない? まさか──俺と同じ?)
 九十九神。人に大切に扱われた器物が、年を経て意志を持つようになったもの。
FENNEKの脳裏に浮かんだのは、先日、陸奥崇に内緒でこっそりセリオと視聴した「ゲ
ゲゲの鬼太郎」に登場していた、「妖怪列車」だったりもしたが──
 ──校舎が途切れる。
『接触してくるぞっ! 注意しろよ!』
 次の瞬間、『それ』が、横から飛び出してきた。一気にFENNEKに並ぶ。

 接触するほどのSide by side。

 その姿を露わにした追走車には、赤い旗のようなものが翻っていて──







『でぃあると らーめん』








『…………………………………………………………………………………………まて』






        ──爆走するラーメン屋台伝説、再び──

              (筆者著 Lメモ私録 第三「屋台衆の昼休み」より)




『なんじゃそりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!?』
 男4人の絶叫が響き渡る。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああっ!!!」
 それをかき消すは、屋台主ディアルトの咆哮。……人力の屋台が、FENNEK──来栖
川モータース2000GT、幻と言われたスポーツクーペに並走しているのだ。
「なっ……ディアルト君なのか!?」
「ディアルトさんっ!?」
 我に返ったセリスと崇が叫ぶ。それぞれ親しいと言ってよい仲にあった男が、突然
その牙を向いたのだ。その動機は何か?

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふーのふーのふふふふふふふー★」

 口の端から零れ出るような。そんな笑い声が、彼らの耳に届いた。屋台の客席にち
ょこんと座る少女。その目は完全にすわっている。

「学園の食を守るため、セリオちゃんを勝たせるわけには行かないんだよー。ごめん
ね、私たちも生活が懸かってるんだってばー★」

 学園の食。生活。ディアルト、川越たける、電芹──

『ラーメン屋台と図書館カフェテリアだぁぁぁぁっ!?』
 男達の絶叫が再び重なった。

「──そのようですね。十分な動機です」
『第一購買部以外での調理、食事の持ち込みを全面禁止』。──『衛生上の問題』の
ためにセリオが掲げた『公約』だ。
「てゆーか、考えてみればマルチのミート煎餅がっ!?」
「はわわわ〜? 困りますですぅ〜」
 崇が大粒の汗をこめかみに貼り付ける。
「敵を増やさない策じゃなかったの、セリオさんっ!? 思いっきり敵作ってるじゃ
ないかっ!」
「──申し訳ありません。どっかりと失念していました。具体的には戦況推移シミュ
レーションと日常情報収集のデータベースとの互換性が──」
「どっかりって何っ!?」
「──先日中庭で三年生の神海先輩が使用しているのを小耳に挟みました。『すっか
り』の強意にあたる俗語だと推定され──」
「そういうのは推定しなくてもいいのっ!」
 二人が漫才を続けているうちに、屋台の屋根の上に、二つの影が現れる。

 新城沙織、電芹。

「おい、まさかー!」

 セリスの声。その懸念の意味を知るには時間はかからなかった。

「──ひーのーたーまー……」
「──でーんーちゅーうー……」

 ──Leaf学園女子バレー部が誇るアタッカー二人が、声を重ね──


『スパァァァァァァァァァァァアイクッ!!』


『のぁあああっ!?』
 闘気に包まれたバレーボールと電柱が高速で打ち込まれる。それをFENNEKは自分の
車体を左右に振って躱す。微妙な加減速を交えた見事な挙動だったが、並走する車
(屋台)から打ち込まれる飛び道具を躱し続けるには、あまりに分が悪い。
『てゆーか、どっから電柱だしてくるんだぁぁぁぁっ!?』
 視界の影になっている屋台の向こうから引っ張り出してくるらしいが。
「新城さんは一体どうしてっ!?」
 崇が叫ぶ。
 それに答えるように、沙織が目を光らせた。

「ディーアールートー君のぉー……」

 溜めを作り。気を練り上げる。
 バレーボールを上にトス。
 爆走する屋台の上という空気抵抗を無視して彼女の頭上に降りてくるそれに、渾身
の力と闘気を打ち込む。


「激辛ニンニクラーメンんんんんんっ!!」


『のぉぉぉぉおおおっ!!?』
 初弾よりも二回りは大きく見えるバレーボールがFENNEKのボディを焼きかすめる。
さらに連射されるスパイク。
「めん君のタコ焼きっ! 櫂君の焼トウモロコシッ! たけるちゃんのストパッッ!
結花さんのホットケーキィィィィィイイッ!!!」

『食い物の恨みだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!!??』

 揺られる車内で男四人の声が三たび重なる。その間にも、1メニュー毎に猛烈な闘
気に包まれたバレーボールが飛び込んでくる。暗記しているのかもしれない。
 人間、先にキレた方が強い。
 いかにセリスや昂希であっても、定員オーバーの車中(二人でマルチ横抱き)で高
速でシェイクされながら外の相手を迎撃するのはほとんど不可能だ。
「振り切ってくださいよっ! 壁でもなんでもぶち破ってっ!」
『俺のボディ強度は普通の車だっ、こっちが潰れるわ! そこらのバケモン達といっ
しょにするなっ!!』
「九十九神が言う台詞ですかっ!」
「停車して戦えばいい!」
『手を抜いた瞬間に直撃を貰っちまうよ!』
「くっ……!」
 セリスも歯噛みする。鉄壁の防御を誇るM.A.フィールドに護られるのは、セリス
自身とマルチだけ。集団戦では、いわば緊急避難、最後の手段だ。

「──策が、あります」

 ぽつりと、呟いたのはセリオ。




                  ◇




 昼時を知らせるチャイムが、のほほんと学内に鳴り渡っている。
 Dボックスwith来栖川警備保障陣営は、一戦も交えることなく、昼食の時間を迎え
ていた。
 森川由綺が手製のお弁当を広げ、Dシリーズは警備保障から持ち出した移動用バッ
テリーから充電している。
 ふと、へーのきは首を傾げた。
「……そういえば、神海先輩は?」
 開会式の時には確かにDボックスと共にいたはずなのだが。
 Dセリオが答えた。
「──競技開始直後に篠塚先生に合流しようとしたところ、『馴れ合う理由はありま
せん』とベレッタを全弾撃ち込まれた上、戦闘行動中だった戦艦『冬月』からのハイ
メガ粒子砲の流れ弾を受けて蒸発していました。
 ──それ以降、姿を見ていません」
「………………まぁ、いいんだけどね」
 へーのきはため息を吐いて、深く考えないようにした。何がしかの期待を掛けられ
る相手でもないのだし。きっと、懲りずに弥生の後でも付いていっているのだろう。
Dボックスを護る上では、Dシリーズとへーのきで十分以上の戦力になっている。
 それに何より、暇なのだ。
 ……遠くから、どこぞの峠かと思えるほどの激しいエンジン音やブレーキ音が聞こ
えてきている。音源はかなりの速度で移動しているようだ。
 サンドイッチを両手で支えた由綺が、ふと視線をそちらの方角へ向けた。
「向こうの方は、賑やかみたいなのにね」
「……そうですねえ」
 ……授業免除の上、由綺手製のお弁当を彼女と一緒に食べられたのだからまあいい
か、と思ったりもした彼だった。




                  ◇




                     ── 6月1日14時30分 ──
                       (競技開始より、4時間30分)


「うーん……割にあっさりとばれちゃったなぁ」
 隼魔樹が、頭を掻きながらぽつりと呟いた。
 来栖川綾香の『棄権』と、来栖川姉妹の共闘。偵察行動を行っていたじぇりーずの
身を賭した働きにより、魔樹はそれをいち早く察知したのだが、たった今、情報特捜
部の報道によりそれが全学園に暴露されてしまったのだ。
「まぁ、よかったよな。これで俺達が来栖川先輩のチームに狙われる理由はなくなっ
たわけだ」
 綾香、ハイドラントら強豪とぶつかり合わずに済んだのが半分、芹香を当面的に回
さずに済んだのが半分で、山浦は安堵のため息を吐いた。
 魔樹が不思議そうに首を傾げた。
「なぜ? 理由がなくなったんなら、売り直せばいいじゃないか」
「わざわざ敵を作ってどうするっ!?」
「にゃはは〜。猛者を探して旅に出ようよ〜」
「芳賀先生もっ! ウチらの戦力考えてくださいよ!」
 コスプレ教師芳賀玲子と、その弟子でもある同人作家SS使い隼魔樹。この二人と
行動を共にした結果、一番の慎重派が山浦だという事態になっている。
 事が実力行使の段になれば、最前線を務めるのは間違いなく彼のだけに、状況は切
実だ。そもそも、エントリーヒロインが二人に護衛者が一人という最悪のパーティバ
ランスに問題があるのだが。
「とにかく、今の問題は、アレなんだよ」
 山浦の魂からの叫びをあっさり無視して、魔樹は上空を示した。彼らの真上──お
そらく高度一千メートルほどだろうか──に遊弋する戦艦『冬月』。ただし、彼が指
したのは『冬月』そのものではなく、その艦内にいるのだろう、情報特捜部・長岡志
保の存在だ。
 あくまで「策略好き」であって、正統的な戦略戦術は専門といえない魔樹だが、
「情報の重要性」は十分以上に認識している。13体の「じぇりーず」を使役するが
故だ。
 先刻遭遇した式神の件も気になるが、特捜部に付いている情報提供者の能力は、そ
の使役者や魔樹自身の力を遥かに越えていると考えるべきだろう。
 芳賀玲子・隼魔樹連合の現状(総人数三名)では頭脳戦を主体せざるをえない以上、
「情報が筒抜けになっている」危惧を抱えたままでは、安心して行動も出来ない。
 情報提供者はどこの誰だろうか?
 工作部は完全中立を宣言している。科学部、オカルト研究会、雀鬼……あるいは魔
法少女達の誰かか?
「たくたくさんなら、何か知っていたかもしれないけどなあ」
 魔樹がぼやいている。
「しかも、正式にコンテストに参加したってことは、どんなガセ情報を流しても反則
じゃないってことだろ? それをなんとかしないと、おちおちハイドラントさんに喧
嘩を売り直すこともできやしない」
「……まだ言うか」
 山浦が半ば呆れ返りながらも説得しようとした時──


「──それは、聞き捨てなりませんね」


 男の声。
 不意に表われた声とその内容に、山浦と玲子が弾かれたように構えを取り──
「そこだっ!」
 気配を察知したか、玲子が飛び出す。
「玲子っ!? 待ってください!」
 さすがに緊張を取り戻した魔樹の制止も空しく……。


 げし。
「はうっ」


 まったく完全無欠なほどあっさりと、彼女のハイキックはその生徒の顎に炸裂した。


・
・
・
・


「ちょっと驚かせただけだったんですけどねー」
 顎を濡れハンカチで冷やしながら、彼は別段不満そうでもなくそう言った。
 三年生、神海。魔樹や山浦とは、一応知り合いということになる。同じ寮生だから
だ。
「ところで、T−star−reverseさんですよ」
「え?」
 唐突な言葉に、三人は首を傾げた。
「情報特捜部への情報提供者です。長岡さんとは放送部で繋がりがあるようですし、
能力的に言っても、あれほどのことができるのは」
 おそらくは百を越える傀儡を学園中に配置して、そこからダイレクトに情報を受信
しているのだろう、と神海は説明した。
 あまりといえばあまりの種に、山浦はがっくりと肩を落とした。
「……それって、ありっスか?」
「学内で行動しているすべての傀儡がハチマキを締めています。どこにいるのか特定
は難しいでしょうが、おそらくはご本人も。ルール違反ではありません」
 何しろ『兼部王』だ。ティーが所属している全ての部活を捜索して回るのは、ヒロ
インを抱えた状況では不可能だろう。
「ですが、ティーさんの性格から考えて、その目的は『戦力格差の減少による戦況の
流動化』、つまり、ある陣営が一方的に一人勝ちをするのを防ぐことにあると思えま
す。ですから」
 神海は3人の顔ぶれを見渡し、肩を竦めた。
「我々四人の弱小戦力にとっては、願ったりというわけです。
 今のところは、ですけどね」
 聞き流せないことを、神海はさらりと言った。
 そろそろ頭痛を感じながら、山浦が突っ込む。あまり触れたくないというのが本音
だったが。
「……なんスか、その『我々四人』つーのは?」
「俺も寮生なんですよ? いけませんか?」
「先輩、篠塚先生とDボックスがいるでしょ!?」
 篠塚弥生教師とDボックスのコンテストエントリーは、全学園的に話題になった話
だった。そして神海は、その両者に気がある(!?)と噂されている。
 神海はたじろぎもせず、首を傾げた。純粋に不思議そうに。
「山浦さんは、来栖川さんのために隼さんを裏切る予定なんですか?」
「ぐっ……」
 痛いところだった。確かに山浦自身、芹香と直接戦うことになったらどう行動する
か、決めあぐねている。神海はそれ以上突っ込まず、笑ってみせる。
「まあ、篠塚先生にはふられてしまいましたし。Dボックスさんの陣営は、どうも人
手が余り気味で暇なんですよ。
 で、ふらふらと散歩していたところに、あなたがたが。寮生同士という縁もありま
すし、せっかくですから」
「……せっかくだから、うちらに味方すると?」
「そうです」
「理由にはなってないっスよ? 言っちゃ悪いですが……信用していいんスかね?」
「理由。それは単純です」
 あっさりと言い、神海は魔樹に視線を向けた。
 その意味を悟ったように、魔樹も笑みを浮かべた。
 二人、声を揃え。

『一番、面白そうだから』

「………」
 本格的に頭を抱えた山浦だった。
 そんな様子をあっさりと無視して、神海は立ち上がった。
「では、始めましょうか」
「何を?」
 隼の疑問に、神海は、ゆるやかな足取りで歩き出しながら。
「もちろん、来栖川さん姉妹とハイドラントさんに喧嘩売り。がしがしと。徹底的に。
血も涙もなく──」
 その風貌に、いっそ爽やかなほどの微笑みをたたえ、指を一本立てる。


「──ただし、密やかに」


「おー、同志だぁ」
「だから待たんかいてめぇらぁぁあああっ!!!」



 ──山浦の苦労もまだまだ続く?




                  ◇




 ──激しくカーチェイスする屋台の車中──

「まさしく、呉越同舟、ですねぇ。車と屋台ですけど」

 接近戦にならないと出番のないとーるが、揺られる屋台道具を支えながらそっと呟
いて。
「うぎゅぅぅ〜」
 ……その隣で、同じく出番のない好恵が目を回していた。






        今回の脱落者無し、生き残り24名で ── 第二十二話へ続く


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「戦闘や駆け引きも結構新鮮」と言っておきながら、結局やることは果てしなくいつ
も通りですかぃ、自分(苦笑)
 でも、キャラ神海の方をやる気にさせてしまいました。考えてみればこんな美味し
い話、隼さん一人に任せておく手は無いでしょう(笑)
 セリオ。あの「公約」を書いた時には、ほんとにどっかり忘れてたんですよぅ。…
…ごめんなさい、学園の食を担う皆様(汗笑)

 本企画の私的テーマは、「呉越同舟」「二虎共食」「駆虎呑狼」だったりします。
……「美人計」もいーですな(笑)